STG/I:第百三十二話:バトン

 時計も無いのにサイトウは手首を見た。
 三歩近づく。


「まず、この一連の騒動の概要を話そう。ただし、これは私の考察の結果だからな。流石に解っているだろうが、地球は窮地に陥っている。最初は単純だった。全ては隕石型宇宙人による襲来と、その撃退に集約されていた。そこにアダンソン、そしてマブーヤが来たことで事態は複雑化した。それらはブラック・シングの顕現等にシンクロしている。あくまで私の推測に過ぎないのだが、アダンソンやマブーヤの狙いはブラック・シングの利用にある。そしてその為の実験をアダンソンは繰り返している。マブーヤやそこに便乗しようとているようだ。マザー達は別な視点だ。基本的に知的生命体の星を守ろうとしている。その理由は、彼女らにも国連に相当するものがあり、そ平和維持活動といった具合だろう。派遣された彼女達にもメリットはある。簡単に言えば何れ来るであろう備え、だな。他所の国の災害を見て、備えるようなものだ。隕石型は言わば自然災害だから必ず来る。主権や文明への干渉を避けつつ、あらゆる観察とデータ収集、考察、それが目的と思われる。だからSTGでの詳細なデータは常に全て吸い上げられている。STGは言うなれば銀河レベルでの国連軍のようなものだが、人材に相当するものはほとんど出さない点が違う。武器だけ渡し、それを教授する為のコンピューターやマニュアル、ルール、機体、素材は出すが、技術は拠出しない。そして何より、戦うか戦わないかは主権星に任せるといった具合だ。役に立つ地球人と個別に契約することが稀にある。俺もその一人だ。詮索はしないが、気をつけろ。当たり前だが一筋縄ではいかない。利益を享受出来る範囲内でしか交渉は成立しない。地球のようなブラフは通用しない。通用したとしたら彼女らの叡智外の見識なのだろうが、ブラフがバレたら始末される。もう解っているだろうが、彼女達が主体的に守ってくれることは無い。我々の発想力、行動力に合わせ装備はグレードアップされて来たが、如何せん、人は見たいモノだけしか見えないし、理解出来ないものを生み出すことは出来ない。よって文明の枠を越えることは無い。・・・気張るなよ。もたないからな。超長距離マラソンを想像しろ。歩ったり、途中で休むこともありだ。やる気があり過ぎるるヤツ、やる気が無いヤツから潰れていく。休んでても歩むことは忘れるな。そんなところかな・・・」

 一歩下がった。

「ちょっと喋りすぎたか。でも、時間はあまり無い。とにかく浴びるだけ浴びておいて欲しい。いずれ繋がるかもしれない。次は、STGとSTGIのことにザッと触れよう。凡そSTG36の中で最悪の事象が進行中と推測している。私が知る限り1/4程度のSTGが既に絶滅している。半分はもう後先無いだろう。STG同士で横の連携をとることは禁止されている。文明の枠を越えることは許されてない。我々が既に犯したミスであり、経験済のことだ。マザー達に殺されるから注意しろ。STGの仕様に深く潜れば記載はある。言明はされていないだろうが「コレ」という記述がある。過去の負の遺産だな。ルール違反に対し、彼女らに情状酌量の余地は無い。私の友人もそれが原因で何人か殺された。この場合の死とは地球での死を意味する。パートナーを上手く利用しろ。だが、それも観察されているからな。また、コレらの悲劇は主に理解していない地球側に責任があり彼女らのせいではなかった。STGIだが、マザーの治外法権だ。搭乗している間はアダンソンのルールに従い、マザー達のルールが適応されないと思われる。どこへでも行けるが、必ず本拠点へ戻る必要がある。マザーはSTGI搭乗員を好ましく思っていない。まあ、当然だ。ルールが適応出来ないからな。STGを狙ったり、本拠点を狙ったりすると、規約違反として戻れなくなるようだ。そして全力で殺しに来る。STGIを狙うことは問題無い。STGIは味方とは限らない。エネルギーを得る為に遠出することを躊躇うな。でも、必ず戻れ。マザーのご機嫌をあまり損なわない方が良い。彼女らの恨みをかって良いことは何もない。STGIはアダンソンに帰属するが、彼らはあまり干渉してこない。ただし必要な案件がある時は強制的に事に当たらせ選択権は無い。逃げることも出来ない。アダンソンを理解するのは難しい。私も未だに判らない。あまり深く考えるな。そしてSTGIは個別の契約に対し絶対的に縛られ、包括されたルールの影響を受けないようだ。つまりSTGIは一機毎に全く異なる。嘗てSTGI同士の戦いもあったが、省略する。そうだ、知っておく必要があるな・・・。STGで地球を攻撃することは不可能だが、STGIでは可能だ。それを君がどう解釈するかは任せる。マザーのことは私の方で今後も交渉を試みる。君は隕石型の驚異に集中し、STG28を導いてくれ。どのみちSTGにはそれしか出来ない。それは結果的に君を守ることにもなるだろう」

 歩み出ると膝がガクッと沈みかける。
 それでも構わず前へ二歩出ると、喋った。

「隕石型宇宙人だが、どういう訳か今はSTG29が本格的な攻撃を受けている。これはマザーの予測に無かった。本来であれば今頃28が攻撃されている頃だった。台風の予測同様、隕石型の動きはある程度予測が可能だが、それらの恩恵を我々が受けることは出来ない。そして予測は予測過ぎない。外れることもある。その為の影響が出ている。彼女らは予測に忠実に動く。マザー達も混乱しているだろう。今回は予測方位と違った結果になったが、だとしても28への襲来の可能性が無くなったわけではない。隕石型の進路は概ね決まっているし、そこに28も含まれている現実は変わらない。ただそれは本来有り得ないシナリオだったようだ。言うなれば、台風とは無縁の地域に突然進路を取るような状態といえばいい。そこには直接的な原因を生んだ何かがあると考えるのが自然だろう。私はその為の原因を探っている。彼女たちは地球側にその可能性が無いか調査している一環だ。他のSTGでもやっているだろう。これは聞いても言っても支障は無いから安心してくれ。君が楽観的であることを祈ろう。マザーからすれば、シリアルナンバーがついてしまった段階で最終的な破滅は避けられないと聞いた。彼女らの高度な予測からと思われる。ただ宇宙規模の話だから、明日どうこなるようなスパンじゃない。少なくともこれまで例外は無いようだ。我々に課せられたのは、如何に長く生き延びるかにある」

 フラフラと前へ三歩出る。
 片膝をついた。

「次に、ブラック・シング、ブラック・ナイト、これらも私が命名したのだが、ブラック・シングは君も知っているのじゃないか? 固有形状をした黒い空間物質だ。アレが何かは全く解っていない。STGでは観測できないし、STGIも似たりよったり。マザーは双方に差異を見いだせない為、十把一絡げでアレをブラック・ナイトと判定しているが、アレらは似て非なるものだ。何度言っても聞きやしない。証明出来ないからな。連中は定義できないものを纏めてしまう。アレらに言えることは多くない。とにかく重力変動の観測に注視することに尽きる。そして異変を察したら直ぐに逃げることだ。シングは、ある因子が放出される。コレが相当マズイとわかった。驚異レベルからしたら隕石型の非ではないようで、マザー達は躍起になっている。STG21の友人から得た情報だ。彼らはナイト因子の観測に成功し、それを利用した。だが、ルールを破ったことで処分された。既に死滅している。絶対に吸い込むな。浴びるな。貫かれるな。恐らくブラック・ナイトはSTG等と同じで船と思われる。何者かのね。ある意味で人口物と考えている。シングとはそこが決定的に違う。証拠は無い。そしてSTGIとアレとの相性は最悪だ。アレらが突然現れた原因についてはミッションに無いが、私は隕石型の進路と原因があると考えている。何れにしてもアレは誰も何も出来ない。通り過ぎるのを待つしか無いと、俺は考えている」

 両膝をついた。

「ジェラスについて語ろう。マザー達の枠には居ない知的生命体と仮定している。ブラック・シングやナイトとも関係があるだろう。それ以外は全く判っていない。目的も不明だ。単に賑やかそうで寄ってきた・・・なんて、こともありそうな気がしている。命名した名前の通り極めて嫉妬深い。気に入られても厄介、目障りになっても厄介な相手だ。愛らしくも恐ろしい生命体である。俺は幸か不幸か気に入られてしまったようだ。完全に自由を奪われていた。今は君のお陰で自由になったが、恐らく血眼になって探しているだろう。そして何れ見つかることは避けられない。あまりにも見つからなくて癇癪を起こされても困るから、時々、顔を出さざる負えないよ。彼女に関してはマザー達も把握出来ていないようだ。そして、ジェラスもまた観察出来ない存在であり、観測出来ないものは基本的に連中は頭数には入れない。具体的な驚異があれば別だが。今の所、俺以外は被害ねーんじゃないかね。彼女らに興味を抱くのは好奇心の強いアダンソンぐらいだろう。だが、そのアダンソンは、言ったように、ジェラスに殺されたと思われる。全て推測だ。宇宙に接続出来ていても、未知は広がるばかりだよ・・・。地球の私はそう遠くないうちに死ぬだろうが、私を探すな。私を見つけたら、それがどの勢力であろうと、地球は終わりだろう。だから私を守れとは言わない・・・」

 四つん這いになった。
 そのまま這って一歩前へ出た。

「もうエネルギーが無い・・・コレも言っておかないと・・・。アバターの運用に慣れると複数を同時に動かすことが出来るようになる。個々の能力次第だから、全員が出来るとは限らない。没入度によるし。少なくともSTGIに乗れるものは確実に出来る。STGでのアバターは知っているように活性化出来るのは一体までだ。だが抜け道はあり、複垢で可能だ。STGIのアバターはSTGとは理屈が全く違う。STGIが作っている。メイクに慣れると、複数作ることが可能だ。それはSTGIも同じで、STGIはリソースを割いて分裂可能なんだ。俺はコレをクローンと呼んでいる。ただし、100=100+100ではない。当然ながら50+50=100だ。そして分裂するほどにパワーダウンする。ロスも含めれるともっと少ないだろう。分裂メリットは多く、統合した際に、個々が得た情報や開発した能力を総括することが可能だ。だが、分裂の数が多いほど統合は難しくなる。恐ろしいのは自我を保つのが難しくなる点だ。複数人の経験が一つになる為、どれがオリジナルの経験か判らなくなる。この恐怖は経験しないとわからないだろう。そして再分裂した際に激しい記憶の断片化が進む原因にもなっていると判った。オリジナルは分裂元だから自覚が出来るが、再統合した際に一時的にわからなくなる。本当に解らなくなるんだ。統合前に自我を保て、境界を把握しろ、認識するんだ。整理した後は宇宙にストックし、忘れろ。忘れることに努めろ。これは繰り返すほどに加速度的に悪化するから。結果、何が起きるか、自我が壊れる。嘗てのSTGIパイロットにいる。認識力の著しい低下が落ち、記憶が曖昧になり、自我が保てなくなる。統合出来なくなる。リアルな分裂が起きる。統合出来なかったクローンは個別に存在し、次第に「俺」は「俺」だと思うようになる。自我モドキの芽生えだ。お前が、自分をシューニャと信じて疑わなかったようにね。それがもっと明確に起きる。進むと完全に戻れなくなる。問題は死ぬだけで済まされない点だが割愛する。アダンソンのルールは恐ろしいぞ。諜報活動やSTGIの能力開花に絶大な恩恵を与えるのは間違いない。分裂しなければいいと思うだろうが、そうはいかなくなる。いずれわかる。生命体は能力があるから利用したくなる。能力があるが故に飛躍する。飛躍すれば更に飛翔する。そして限界を知らず超える。それを多くは自覚出来ない。急速な飛躍は崩壊を生む。それでも止まらない。止められない。昔から言うように「腹八分目」にしろ。火事場の馬鹿力は、止む終えない状況の為にあるものだ。常時出したら短期で壊れる。長く生きろ」

 サイトウは完全に突っ伏した。

「来るな! 万が一統合に失敗しても気に病むなよ。巣立ったクローンは最早別人格だ。クローンはクローンで育っていけば何れ新たなオリジナルになる。俺たちは皆誰かの派生だ。兄妹だ。どのみちオリジナルの時代は遥か昔に終わっている。オリジナルがオリジナルであることにこだわりすぎると過去のような悲劇が生まれるだろう。尊重してあげろ。見分ける唯一の方法を教えておこう。オリジナルは分裂出来る。クローンは分裂出来ない。それだけだ。あのSTGI達のように悲劇を生むな・・・六機ある時にこうであれば良かったんだが・・・欲というのは実に人を愚かにする。・・・まぁ、この土壇場で君が居てくれたことだけでも幸運だ・・・生きていれば、私の方からまた会いに来る。・・・君がいい生徒で良かった・・・」

 鏡の大地にサイトウの体がゆっくりと沈んでいく。
 前回の初遭遇を彷彿とさせた。

「・・・STGでBANされるとSTGで得た記憶は全て消える。だから、もし私がSTGに新規でログイン出来るようになったとしても・・・俺は君のことを知らないことになる・・・知らない俺に出会ったら・・・育てて上げてくれ・・・頼む・・・」

 消えた。
 今は理解出来る。
 あの時に遠くで倒れた黒い何か、あれがアダンソンだったんだ。
 サイトウさんは死んだのだろうか?
 いや、違う。
 彼は死なない?
 死ねない?
 解らない。
 でも、彼は・・・何かが違う。
 それがマザーやアダンソンとの契約に由来するものかもしれない。
 そしてサイトウさんは最後まで自分ではなく第二の椅子を凝視していた。
 第二の椅子の主を警戒していた。

 第三の椅子を見る。
 前回迄は無かった椅子。
 彼の、サイトウさんの席。

(だとすると、この席は・・・)

 二番目の席を見る。
 昔からあった。
 私は夢の中で、きっと将来の結婚相手ぐらいに漠然と思っていた。

(違うんだ・・・)

 私には身に覚えないの無い誰かがいる。
 それも、ずっと前から・・・。

STG/I:第百三十一話:ルームシェア

 ケシャが肯定的な反応を示したことに家主は激しく動揺した。
 過去にプラスの反応を見た記憶がなかったからである。
 しかも、この明らかに異常な状況下で。


「・・・ブラックナイト隊の人?」

 不可解な単語。
 恐らくゲームと関係があるのだろう。
 不思議な生物でも見るような顔で彼女を見る。

「もっといいものですよ」

 派手さを感じる中年女性は、穏やかに、一方で、異なる意味を含め、ヌメリと言った。
 スーツが顔を上げると、目尻を下げ、張り付いた笑みを見せる。
 不自然なほど歯は見せない。

 その様は事情の判らない家主からすると合意の空気が流れたように感じられた。
 無力感に包まれ脱力する。

「出てって!」

 だが、ケシャは強い拒絶を示す。
 そのか細い体から想像も出来ないほど。
 家主にとって生まれて初めて聞く煌めく爆発のような声。

 それは異質な来訪者達も同じだったようだ。

 意表をつかれたのが伺える。
 彼女の発声を受け、薄っぺらい「観念」の仮面が消し飛んだように見えた。
 自我を失い、呆然とした直後、「素」が出ている。
 目を剥き、口を開け、憎悪に包まれ、震える。
 家主が見たスーツ男の歯はガチャガチャで酷くくすんでいた。

 だが、その羞悪な表情も訓練された観念により即座に是正される。

 女はその点において三人の中で最も優れていたようだった。
 ”如何にも”だけは何時までも憎悪を滲ませている。
 ダメ押しをするかのようにケシャは言った。

「ブラックナイト隊よりいいものなんて・・・無いんだから」

 その声は静かだった。
 派手女は目を見開き、笑みが張り付いたまま”如何にも”を見て頷く。
 男が彼女に歩み寄る。

 家主が間に割って入った。
 自分の中でこれほどの強い思いが湧いて出るとは思わなかった。
 何も考えていなかった。
 動いていた。

「帰って下さい」

 その言葉は静かだったが力強く響く。
 目でも”如何にも”を制する。
 だが”如何にも”には通用しない。

 次の瞬間、家主が棒のように横へ飛ぶ。
 ”如何にも”が右フックを振り抜いている。
 それを見たケシャは瞬間的に紅潮。
 呆然と座り込んでいる女からヘルメットを奪い、上体を伸ばし、両手に満身の力を込める。
 目線を受け”如何にも”が身構える。

「逃げてーっ!」

 発声と同時に振り下ろす。
 彼女は体の向きを変えている。
 ターゲットは派手な中年女性だ。
 迫るヘルメットを見て派手女は恐怖で顔を歪める。

 だが、寸ででスーツ男がケシャの左腕を掴み、手元に寄せながら下へ引く。
 スーツは武道の心得があるのか、振り下ろす最大パワーが出る前に力を削いだ。
 派手女は両手で恐怖に歪んだ顔面を庇う。
 のけぞり、廊下に後ずさると壁に背中をぶつけ、尻もちをつく。
 手を掴まれたケシャは姿勢を崩し、踏ん張れず、余力で倒れた。
 そのままスーツに肩を抑え込まれる。

 ヘルメットが乾いた音をたて床に落ちた。

 ”如何にも”は自身の防御姿勢に気づき、羞恥心が憎悪に変わる。
 それは派手女も同じ。
 薄っぺらい観念の笑みが簡単に剥がされ自尊心が傷ついた。
 憤り、震え、治療中の歯を剥き出しにし、猫の威嚇のような声を上げた。
「やるぞ」
 ”如何にも”が派手女に聞く。
 ドスの聞いた、本職にしか成し得ない声。
「やって!」
 派手女は本来の目的を忘れ、怒りにまかせて言ってしまう。
 同時に頭の中では打算が働く。
「ヤツが勝手にやったことにしよう」そう考えた。
 考えながら何故か意識を失う。
 静かに横倒しになる。

 憤怒の形相で”如何にも”がケシャに手を伸ばした時、
 暴力のプロとしての本能が異変に気づく。
 だが、それは手遅れだ。
 次の瞬間には拳が顔面をとらえ、追撃の二手で朦朧とする。
 そして穴に落ちるように意識を失う。

 スーツがそれに気づいたのは全てが終わった後だった。
 立ち上がった筈なのに自分の意思とは無関係に視線が下がっていく。
 そして強い衝撃と共に床と同じ目線になった。

「入りました」

 女の声。
 ”如何にも”を強襲したのは女だった。
 嘘みたいな十等身。
 映画の中から抜け出たような鍛え上げられた艶美な肉体。
 タイトでエナメル調の赤黒いボディースーツ。
 戸口から突然現れると、豹のように低く美しい姿勢から腕が伸びインパクト。
 それで”如何にも”が悶絶。
 エナメルの女は予備弾倉のように太ももにセットしてある注射器を無造作に手に取る。
 キャップを取ると、慣れた調子で”如何にも”の腕に刺す。

 スーツはそれを見て迎撃しようと立ち上がった。はずだった。
 今何が起きているのか、どうして自分は床に這いつくばっているのか。
 言えることは、首が痛い、背中が痛い、息苦しいということ。

「はぁーっ・・・動きにくいなぁ・・・たまんない・・・」
 言葉から響くストレスの一方で興奮しているのが伺える。
「ハイ、カット!」
 カメラを持った男が入ってくる。
 エナメル女が後ろに束ねた腰まで届く黒髪をセットし直す。
「こんなんじゃウンコも出来やしない・・・」
 エナメルは丹精な顔立ちに似合わずハッキリと言った。
「おい~そういう台詞はカメラが回っている時に言ってよ~。それに、そのためのジッパーがついているんだろ?」
 ガタイのいいカメラ男がガニ股を開き、股下でジッパーを操作する動きを見せる。
 昭和のコントで出てくる泥棒のように髭が口の周りを覆っている。
 濃く太め、でも頭髪は薄く、いつカットしたのだろうといった風情でボサボサだ。

「俺がトイレだ」

 スーツ男子の頭上で声がした。
 どうやら自分はソイツに肩をきめられ、背中を抑え込まれているようだ。
 いつ?

 彼を抑えている男が言った。
 涼しい顔をした今風の顔。
 顔は小さく目は細く切れ長。
 どこにでもいるような普段着だが妙に似合う。
 極普通のジーンズに綿の白長袖シャツ。
 ローライズではない。
 バンドもしている。
 シャツには無地で、プリントも無い。
 着込んだ風ではなく、卸したてに近い印象。
 チラチラとヘソが見えた。
 エナメルは表情を一変させると耳に手を当て、言った。

「ミッション完了。ターゲット確保。修羅場でした」

 簡単な言葉を交わすと相槌をうっている。

 ケシャがエナメルを猫のようにじっと見つめている。
 話し終えると、彼女はミチミチと音をたてながら両膝を床に着き言った。
「驚かせてごめんなさい。・・・ドラゴンリーダーの部下です」
 エナメルは詳細な情報をすっ飛ばした。
 険しいケシャの眼に光が戻ってくる。
「シューにゃんを助けて! 力を貸して!」
 目に涙をためる。
 皮膚が斑に赤くなっている。
「わかりました。どうすれば助けられますか?」
 出会ったばかりの女達はまるで旧知の友のように話し始める。
「出た方が良くない?」
 カメラを担いただ男が出た腹を掻きながら聞いた。
 エナメルはカメラ男を手で制し、ケシャとの話を続けている。
 爽やか男子は、床に捻じ伏せたスーツ男を起き上がらせる。
 もう無抵抗。
「本拠点へ連れて行こ」
「わかった。俺たちは車に戻ってる。通報されているかもしれないから、急いで」

 エナメルは頷くと、ケシャの瞳を一心に見つめ聞くに徹していた。

*

 タイムプラスで雲が流れる青い空。
 日本では最近余り見られなくなった幾重にも伸びる筋状の雲。
 スチールグレーの床が鏡のように空を反射している。
 三十メートルほど先に白い丸テーブル、椅子が三つ。
 歩き出すと硬い音が響く。
 革靴を履いている。
 左右に首をふる。
 地平と空しか見えない。
 その割には靴音が響いた。
 まるで狭い空間での響き方。
 更に二歩三歩を進める。
 テーブルは遠い。
 男は「ああ」とばかりに頷くと言った。

「テーブルの前へ」

 空間がゴムのように伸びると、一気に縮む。
 目の前に白いテーブル。
 男は満足そうに笑みを浮かべる。
 蔦がデザインされた鋼鉄製の白い椅子。
 重々しい椅子を引いて座ろうとすると、動きが止まった。
 目線を上げ、第三の椅子の方、そのずっと先を見る。

「いるんでしょ、貴方もどうぞ」

 何もない筈の空間から男がスルリと現れる。
 遠かったが、まるでズームしたかのように見えた。

 ボサボサの髪。
 あまり手入れされていないのが伺える。
 中途半端に伸びている髭。
 身長は百七十五センチぐらいだろうか。
 アポロ13号で観たような古いタイプの宇宙服を着ている。
 中年だがたるんでおらず、ガッシリしており、見るからに働く肉体。
 服の上からでも把握出来た。
 ヘルメット越しにも頭がいいことが判る。
 少年を感じさせる人懐っこい顔だ。
 男は何かを諦めたように笑顔で喋りだした。

「驚いたな。まさか一発で見抜かれるとは・・・末恐ろしい」
「気づいちゃう人なんだ、昔から。それとココは僕の夢の中だから、ね」
「・・・昔からとは、何歳ぐらい?」
「ん~、自覚出来たのは小学校三年生。でも五歳にはもう」
 鏡の男は驚いている。
 そして訊ねた。
「君は誰だ?」
「私?・・・私は・・・」
 男の表情がみるみる変わる。
 我に返るとはこのことだろう。
 戻ってきたのがわかる。
「サイトウさん・・・」
 感嘆の声が混じる。
 鏡の男はサイトウだった。
「忘れるな。認識しろ。認識に生きろ。まずは考えるな」
 漫画のようにどっと汗が吹き出るのが感じられる。
「私は・・・」
「STG28でシューニャ・アサンガと名乗っている。だな?」
「はい・・・はい、そうです」
「そして今、STGIに乗っている」
「どうしてそれが・・・」
「・・・なるほど」
「何か?」
「まず最初に、ココでの会話は聞かれている」
「誰に?」
 サイトウは二番目の椅子を見た。
「え?」
 誰も座っていない。
「長くは話せないし、枝葉末節に展開させる余裕も無い。出来るだけ簡潔に、一方で象徴的に伝えようと思う。ちなみにココは君の中でも無く、夢でも無い。覚えておくように」
「あの、色々、えっと・・・頭が回らない、です」
「うん、それでいい。及第点。認識に努めて。自分を誤魔化して得は無い」
「STGIのことを色々聞きたいんだです!」
「わかる。私もそうだったから。でもココでは出来ない」
 男は何か聞きたげだったが、サイトウは遮る。
「今は私が一方的に伝える。君は聞くに徹しろ。そして理解するよう努力してくれ。無理の無い範囲でね。理解できない事は一旦棚の上へ。棚の上とは、忘れることじゃないよ。何れやる課題だ。言ったように時間も無い」

 サイトウは自分が宇宙服を着ていることに初めて気づいた風に見えた。
 ヘルメットを外すと脇に抱え僅かに近づいた。

 カメラが寄ったり引いたりするように彼を見れる。

「まず、STGIの話しを詳細にするにはお互いがSTGIに乗る必要がある。宇宙に接続しない限り伝えるのは無理だろう。理由は単純でSTGIは言語化出来ない部分が多い。共通認識に無い存在だ。加えて君と僕では見ているものも違いすぎる。例えるなら、木を見て森を見ず。今の君は見えても『木』がせいぜい。侮辱しているんじゃないよ? 知識と経験の差だから当然だ。私もそうだったからね。今は木は見れても森は見れない。それは当然のことだから。通り過ぎないとわからない。今は木を見ることに専念してくれ」

 更に少し近づく。
 まだ十メートルはありそうだ。
 声は距離に関係なく、ノイズも無く、均一に聞こえてくる。
 耳を通してというより直接データが流入してくる感じに近い。
 見えているビジョンと声の距離感が違う。

「STGIという用語も私が考えた。なお私のSTGIは奪われている。ジェラスと命名した宇宙人に。彼女から逃れる術は今のところない。君は自覚が無いだろうが、君のお陰で私は自由の身になった。ありがとう。でも、それも一時的なものだろう。私のSTGIは裏返っている。君のは表だ。表と裏で話すことは難しい。君の裏側は今ブラック・シングに捕らえられている。筒状のヤツだ。君は裏に乗るな」

 また三歩近寄る。

「君を助けるようアダンソンに言われ、私がそうした。そのアダンソンは死んだ。殺されたと言っていいだろう。恐らく犯人はジェラス。STGIがどこから来るか気づいたんだと思う。アダンソンが残した痕跡があるだろう。私も探すが君も頭の片隅に置いておいてくれ。マザーは証拠にこだわる。ブラック・シングには固有の形状があるが、今は割愛しよう」

 また歩み寄ったが、今度は五歩。

「STGIだが、肝心なことを言っておく。既に少しは経験しただろうが、莫大なパワーを使える。その力は創造に等しいと言っていい。だが、燃費は悪く、莫大な代償も伴う。君も恐らく少しは味わっただろうが、そんなレベルのものではない。契約内容を覚えていないだろうが、必ず思い出せ。痕跡はある。でないと手遅れになる。契約を理解していないと飲み込まれる。嘗てのSTGI搭乗員のようにね。契約内容を思い出すまで力はセーブしろ。力の行使は即そのまま契約成立を意味する」

 サイトウは彼を見て眉を寄せ、二歩下がった。

「そうだな・・・。例えばだ、詐欺だったとしても身に覚えの無い商品にお金を少しでも払ったら後でややこしいことになるだろ? それと同じようなものだ」

 笑みを浮かべると一歩前へ出た。

「今は意味がわからないだろうが表と裏に同時に乗るな。そして絶対に表と裏を近づけてはいけない。格納したエネルギー次第ではあるが、三十%程度でも太陽系程度は消し飛ぶだろう。問題はそれだけでは済まされない点だ。詳細は省く。忘れるな」

 サイトウは表情を見て含みを持って言った。

「今はエッセンスだけ蒔いておく」

STG/I:第百三十話:思惑

 STGIに戻れない感覚がある。
 ホワイト・マターはジェラスの中にある。
 戻った途端に囚われの身だ。
 ブラック・マターにはいないようだ。
 追い出されたか、私が出たことで自ら出たか。


(これでまた新たな知見が得られた)

 STGIの中ではアダンソンの権限の方が強いことを意味する。
 なんらかのセーフティー・システムが機能しているんだろう。
 その影響力は想定より大きい。
 愛らしいが恐ろしい星人、アダンソン。
 狙った獲物は絶対に諦めない。
 逃げても、逃げても、逃げても・・・。
 でも、アダンソンを失うことはこの銀河で一つの可能性を潰すに等しい。

(アダンソンを襲ったのはジェラスかもしれない)

 彼女ほど強大な力を持てばアダンソンの存在は把握しただろう。
 彼女ほど貪欲ならそれを支配することを行動に移す。
 アダンソンやマザー達にとっても想定外に違いない。
 私にしてもそうだ。

 万に一つでもアダンソンを排除出来るなんて考えもしなかった。
 彼らほどの文明ならどうにか出来るという絶対的安心感があった。
 アダンソンの狼狽えぶりを見て気づくべきだったんだ。
 彼らとてこの宇宙における一つの文明に過ぎない。
 裏を返せば、彼ら以上の存在がいても何も不思議じゃない。
 驕れる者久しからず。

 一方で彼が黙って殺されるとも思えない。
 何か残したはず。
 ソレを探す必要がある。

 ブラック・シングの集積。
 アダンソンの死。
 ジェラスはやはり向こう側の存在の可能性が高い。
 彼らの実験が招いた結果だろうか?
 何れにしても色々説明がつく。

 次のアダンソンが来るまで我々は生き延びないと。
 派遣されるのは簡単じゃないだろう。
 以前よりもこの宙域は危険になりつつある。
 パワーバランスも大きく崩れつつある。
 いや、もう手遅れなほど問題が拡大していることを意味するかもしれない。

 マザーはどう出る?
 彼女らはドライだ。
 我々を捨てるかもしれない。
 STG28だけで済むか、それともこの宙域のSTGか。
 まさか全STG・・・それはないか。
 いや、わからない。
 有り得ない話ではない。
 マブーヤがしゃしゃり出てきたのは万が一の準備が整いつつあるということだろう。
 もう彼らは最後処理の前段階にまで来ているんだ。
 先の先を見越している。

 こんな状態でも約定にのっとり犯人探しは必要なのか?

 アダンソンは死んだのに?
 いや、問うまでもないな。
 マザーは厳格だ。
 最後の一瞬たりとも譲歩しないだろう。
 隕石型宇宙人を天の川銀河に導いたモノ。
 犯人はこの渦中にいることは間違いない。

 アダンソンが犯人だと一時は仮説を立てたが、これで可能性は下がった。

 彼らの作る創造物は莫大な力と引き換えに燃費が悪い。
 何かの実験をしていることも明らかだ。
 彼らが受ける恩恵は大きいはず。
 だが、アダンソンの線が無いとすると他はどうなる?
 地球人には出来るはずがない。
 まさかジェラス?
 いや、順番がおかしい。
 彼女が来たのは最近だ。
 まさか・・・地球人ないだろうが・・・。

(蜘蛛の糸を掴むのは誰だ・・・)

 マザーは地球を本当に助けたいのだろうか。
 いや、地球そのものというより、一部の地球人だろうが。
 ノアの方舟を作る気はなさそうだし。
 この宙域はもう幾らももたない。
 寧ろよく生き残っている。
 アダンソンのSTGIが無かったら二〇〇〇年に終わっていた。

(振り返ると奇跡のような月日だったなぁ・・・)

 わからないのはジェラスだ。
 どこから来た?
 どの銀河の所属だ?
 隕石型でも彼女らの枠組みにもいない勢力。
 破滅をもたらすモノか、それとも救いをもたらすモノか。
 少なくとも救いでは無さそうに感じる。
 彼女は赤ん坊に核ミサイルのボタンを玩具で与えたような存在だ。
 恐ろしく、同時に愛らしい。

(疲れた・・・眠い・・・)
 
 次が派遣されない限り手立ては無い。
 座して死を待つのみ。
 それならそれでいい・・・もう疲れた・・・。
 在るが儘、死ねばいい。
 私には終わりがあるだけ幸いだ。
 二次契約をせずに良かった。
 一時は少し後悔もしたが、結局は思った通りになった。
 皆・・・可愛そうに。
 まだ戦っているんだろう。
 命を燃やし尽くし、アイデンティティが崩壊するまで。
 そのどちらかか、両方か。

 この肉体が活動を停止する時、契約上次に目覚めるのはマザーの星だ。
 行き先は動物園か、実験室か、繁殖装置の中といったところだろう。
 彼女達はそんなことはしないと言っていたが。
 頭の良いヤツほど嘘をつく。

 初期の契約がココまで重くのしかかるとはな。
 好きなことで同意しますかと問われれば連打するだろ普通。
 騙されたようなものだ。
 それで契約成立とは片腹痛い。
 もっともコレは地球人が仕出かしたことか。
 騙したのは地球人ということになる。
 地球人を売ったのは地球人だ。
 無知に加えて若気の至りとは言え、取り返しのつかない契約をしてしまったものだ。

 連中の肉体はどの程度で死ぬんだろうか?
 案外死にたいと言ったら簡単に安楽死させてくれるかもしれない。
 他文明を見れるというのも楽しみではあるか。

(どうせ地球にいても・・・)

 男は辛うじてといった風情で目を開け、再び老齢の女性を見た。
 暫く見つめると、再び天井を見上げ瞼を閉じる。

(諦めるわけにはいかない)

 起きる少し前に見たナニカ。
 俺を起こした黒い塊。
 彼のお陰で、ジェラスの支配から離脱することが出来た。
 複雑に混じっている。
 あの感触は遠い昔にも経験がある。
 混ざった男。
 あのSTGI搭乗員に会う必要がある。

 水蜜桃の詩そのものだ。
 ほっといてもどんどん集まってきやがる。
 永六輔さんが「有名人なんてなるもんじゃない」と言っていたが今ならよく判る。
 大切な人にさえ、その存在を知っておいてくれればいい。

 当面は彼のSTGIが鍵だ。
 彼には悪いが仮住まいさせてもらおう。
 因果は結ばれている。
 恐らくSTG内で何かあったんだろう。
 記憶には無いが、彼の命を助けているはずだ。
 彼は何者なんだ?
 自身を率直にシューニャと言った。
 境界が曖昧になっている。
 認識力が低下しているんだ。
 危険なほどに。
 恐らくSTG28のアバターの名前のことを言っているんだろうが。
 ヒトガタに長く居すぎたんだろう。
 昔もよくあった。
 一番危ないパターン。
 自我の消失。
 それこそ彼らにとって好都合。

 彼は混じっていた・・・複雑に。
 好都合・・・。
 いや、有り得ない。
 アダンソン・・・何をやった?
 マザーはどこまで把握しているんだろうか。
 恐らく何も知らされていまい。

 彼に会う必要があるが、門番がマズイ。
 ジェラスと同じ感触だった。
 なんで同居している?
 しかもアレを認識出来ている。

 彼は私を助けようとした。
 アレは私を食べようとした。
 主権は曖昧のようだ。
 アレの狙いは私なのだろう。
 そのために彼を利用したのかもしれない。
 それほどまでに私と彼の間に因果、縁がある。
 その筋道に従った方が賢いだろう。

 足掻くほど悪い結果に陥っている気がする。
 アダンソンにまんまと嵌められたのだろうか。
 彼がもしブラック・ナイト化したら、地球はおろか、天の川銀河は終いだ。

 アダンソンの狙いはブラック・ナイトのコントロールにあるのだろう。
 アレを制御出来れば隕石型宇宙人等は怖いもの無し。
 この宇宙を統べる。
 でも、それは勘違いだ。
 如何にも頭のいい連中の考えそうなことではある。

 他人の庭で致死相当の実験を繰り返しやりやがって。
 我々もSTG20や21のように失敗し消されるのだろうか。
 少なからずマザー達は動揺している。
 想定の範疇に無かったのだろう。
 この銀河は、このまま彼らの壮大な実験場と化すのだろうか。

 俺たちは余りにも無力だ。

 それでもブラック・ナイトだけは駄目だ。
 あれは私達の外側の存在。
 被害はこの銀河だけにはとどまらない。
 この宇宙そのものが終わる。

 観測すら出来ないものを制御なんて出来るはずがない。
 頭の良い連中はどうしてこうも愚かなんだ。
 マザー達にとって対ブラック・ナイトの保険がマブーヤなんだろうが。
 ブラック・ホールの利用に精通しているとは言ってもアレは別物だ。
 連中のことだ、いよいよという時は天の川銀河ごと吸わして終わりにするつもりだろう。

 それは人類の核兵器を使って滅菌して終わりと発想が同じじゃないか。
 なんでこうも単細胞なんだ。
 驕っているんだ。
 想像力の欠如。
 ノー・イマジン。
 マザーは自らの文明を高らかに誇ったが、規模の違いだけで地球の馬鹿共と大差無い。

 彼女らは知らない。
 マブーヤ達はアレを知らないんだ。
 ブラック・ホールとブラック・シングは似て非なる存在。
 ナイト因子の流入。
 静かなる侵略。
 彼らを制御することは出来ない。
 STGIに乗らないとわからない。
 通らないとわからない。
 数値化出来ないもの。
 肉体を持ち得るモノだからこそ獲得できるもの。

 アダンソンやマザーが試みている数値的観測。
 彼らは出来ていない。
 観測すら出来ないものを制御出来るわけがない。

(くそっ、眠い・・・)

 地球の本体もあとどれくらい生きていられる?
 父さんや母さんはどうしているだろう。
 ヨウちゃんは?
 マーちゃん、トモは?
 私の肉体年齢からするともう大人だろう。
 結婚しているだろうか?
 ああ・・・もう一度皆に会いたい。
 会って、言葉を交わしたい。
 手を握り合い抱きしめ合いたい。
 それが出来るのなら・・・。

 どうしてアダンソンは彼にSTGIを与えたんだ。
 恐らく急ぐ必要があったんだろう。
 七つの理にたどり着いたとは思えない。
 彼はオリジナルの地球人なんだろうか。
 アダンソンが残した痕跡。
 それを探さないと。

 この銀河に残された選択肢は少ない。
 隕石型に破滅させられるか、宇宙人共に破壊されるか、ブラック・ナイトに食われるか。
 三つに一つだ。

(ブラック・ナイトだけは避けなければいけない)

 隕石型に破壊されるほうが遥かにマシなエンディングだったとは。
 地球のお偉方も驚くだろう。
 本拠点にいる彼らにしてもそうだ。
 必死に守り生き延びた結果、最悪の終わりが待っているとしたら。
 いや、それを考えても仕方がない。
 もうその程度の簡単な事実すら伝えることは不可能なんだ。
 今は時が来るまで彼の世界に住まわせてもらおう。
 彼の居場所は判る。
 
 病室に小さな吐息が漏れる
 婦人がその吐息に気づいた頃には彼は眠りについていた。

*

 外にまで言い争いが鮮明に聞こえて来る。
 男はゴミを几帳面に出すと、その声を聞いて走り出す。
 自宅の方からだった。

 背は高いが痩せ気味で、肩を落とし、頬はやや痩け、精気の無い顔をしている。
 仕事、家庭、双方の事情で憔悴仕切っている。
 足元はつっかけサンダルではなくスニーカー。
 身なりも正しく、誰と会っても恥ずかしく無い格好をしている。
 歳は若いだろうが、老けて見えた。

 一軒家だが古く、築六十年は経っている。
 慌てて玄関を上がると漫画の絵が刺繍されたスリッパを履く。
 言い争う声のする、真っ直ぐ行った奥の部屋を目指し足早に歩いた。
 扉を開ける。

「どうしたの?」

 やや高めの優しい声。
 朝にも関わらず部屋は暗い。
 常備灯だけがともり、閉められた雨戸とカーテンの隙間から僅かに光が漏れる。
 まるで宇宙服のようなものを身を纏う小柄な女性。
 その彼女を制止しているのも華奢だった。
 フルフェイスのヘルメットを奪い取ったところのようだ。
 二人共髪を振り乱している。
 宇宙服の女は幼い印象で威嚇する猫のよう鋭く大きな眼で彼女を見ていた。
「お願い・・・行かせて!」
「もう駄目・・・ついに頭がおかしくなった・・・」
 そう言うと女性は疲れ切った顔を向けた。
「何があったんだい?」
 穏やかな声で宇宙服に訊いた。
「シューにゃんを助けないといけないの! だから外に出たいの!」
 男は雨戸もカーテンも締め切った窓を見た。
「今は・・・朝だよ? 特に今日は陽射しが強い」
「でも、行かなきゃ!」
「・・・どうして、そこまでして?」
「私しか助けられないから!」
「シューニャンさんとは・・・どういう方?」
 あくまでも慎重に、探るように声をかける。 
「安心して・・・今度は現実の人だから・・・」
 彼女は少しだけトーンを落とす。
「ゲームの人でしょ!」
 女はヒステリックに怒鳴った。
「ゲームばかりするから!」
 女性は慟哭する。
 男は膝をつくと、その背中を擦る。
「説明してくれるかな?」
「後で! そんな時間は無いの!」
「でも、今日は日差しが強いから・・・ね・・・」
「急がないと駄目なの!」

 その時。

「こんにちわー」
 玄関から呑気な声が聞こえた。
 同時に数人が勝手に上がったようだ。
 音からして土足。

 鍵を締め忘れた。

 男たちは当然のように部屋に現れた。
 男が二人。
 廊下にもう一人いる。

 真っ先に入ってきた男は如何にもその筋のファッションに顔。
 上半身は肉厚でその手の職業にもってこいの圧力がある。
 背は高く、相乗効果で威圧的に感じられた。
 もう一人の男はスーツ。
 痩せて丹精な顔立ちだが精気のなさそうな顔。
 青白く、乾いた目をしている。
 如何にもが真っ白な歯を見せ笑ったのに対して、スーツは口を閉じている。 

 一言でいって異様だった。

 この家の主は考えを巡らせたが、全く心当たりが無い。
 そもそも人の家に許可なく勝手に上がり込む。
 しかも土足で。
 色々と有り得ないことが同時に発生している。
 それでも家主はこの男たちと状況に見えない共通点を感じた。
 そこに気づいた時、そのか細い様子から想像も出来ない俊敏さで携帯を手に取る。
 だが”如何にも”が瞬時に反応し蹴った。
 スマホは天井に当たって落ちる。
「足が滑っちゃった~」
 男は満面の笑みを浮かべた。
 綺麗に矯正され、ホワイトニング加工で不自然なほど真っ白になった歯を見せる。
 上げた足を、ゆっくりと見せつけながら下ろす。
「連れのモノが失礼いたしました」
 スーツ男子がバカ丁寧にお辞儀をする。
 ”如何にも”がスルリと部屋に入ると、スーツ男子は入り口を開けた。
 もう一人が姿を見せる。
 何処にでもいそうな中年の女性が入って来る。
 これで入り口は塞がれた。
 女は下手な女優のように状況を無視し、最初から満面の笑みを張り付かせている。
 スーツだけが跪き、女が口を開く。

「救世主ケシャ様。お迎えに上がりました」

 腹が太い女性は喋り慣れた台詞を陶酔気味に言うと、頭を垂れる。
 二人も同調し頭を下げた。

STG/I:第百二十九話:波紋

 モニターに巨大な鉱石が映る。
 それは減速すると静止。
 ふと「食べられなくもない大きさだ」と脳裏を過ぎる。
 視界の判断基準に気づいた。
 食べられるか食べられないか、美味しいか美味しくないかに変わっている。
 これでも食には煩く無いほうだった。



 
 シューニャは、その巨大な天体をジッと見つめる。
 少しすると笑った。
 
「食われると思って退避したか、なるほど賢いな。助かった。事実、忘れていたよ。それはそうと、何が食べられて、何が食べられないか、STGIのアシスト無しには今もわからない。・・・お前、美味しそうだな。・・・ハハハハ、冗談だよ。・・・いや、今はいい。因幡の白兎じゃあるまいし。取り敢えずの腹ごしらえしは済んだ。それより悪かったな。お前の警告を素直に聞いておくべきだったんだ・・・。あの時にちゃんと食っていれば、こんなことにはならなかった・・・申し訳ない。ああ・・・。まだ十分に腹を満たしたとはいい難い。少なくとも八割程度は補充したい。単なる感なんだが、この辺の種ではこれが限界な気がする。やはりか・・・だろうね。何処か、漁場って言ったらアレだが、狩場を知らないか?」
 
 グリンが言うには、死んだ鉱石で補充出来るエネルギーは多くない。
 ホムスビ程度のサイズでも三割程度から鈍化し、五割に満たない辺りで吸収限界を迎えると言った。
 体感とも一致する。
 そしてその知見は、彼の、サイトさんの言う通りだった。
 隕石型宇宙人、生きた鉱石を食べないといけないことは明らか。
 そして彼らが最も近くにいる位置を彼女は告げた。
 
「STG29・・・」
 
 知的生命体のいる29番目の星。
 お隣さん。
 
 グリンは宇宙側の存在。
 彼女らにテリトリー概念はあるのだろうか。
 マザーと違って無さそうに感じる。
 言うならば、この天の川銀河全てが庭。
 だがSTGIはどうだろうか。
 
 彼女から伝わる反応は限定的だった。
 我々にとっての流れ星に相当するのがSTGIの感覚に近い。
 基本は無視するが、驚異になるなら対応する。
 その程度の感覚が伝わってくる。
 マザー達のような恐怖や、ブラック・ナイトのような好色とはまるで違う。
 
 アダンソン型宇宙人についても訪ねた。
 モヤモヤとしたハッキリしないものが返ってくる。
 知らないわけではないが、知っているほどでも無い、そうした感覚。
 ズバリ言えば興味関心を惹いてない。
 
 宇宙を介しての会話は実に捗る。
 
 彼女からしたら文明や生命体は強い興味対象では無いのかもしれない。
 旅先で知り合った犬といった感覚かもしれない。
「あ、犬だ」
 そんな程度の認識だ。
 せいぜい「野良犬じゃない」とか「リードのついた飼い犬」といった具合。
 人によっては飼い主との距離感によって撫でることはあるかもしれない。
 だが、多くのモノにとっては「あ、犬だ」という感覚。
 驚異では無く、強い好奇心の対象でも無いのだろう。
 
 下手に手を出し、飼い主や、犬そのものから何らかの面倒を受けることは避けたい。
 そうした感覚に思えた。
 グリンはたまたま犬に、言い換えれば地球人に好奇心を抱くタイプなのだろう。
 過去に地球人と好意的な接触があったことが感じられた。
 それは強いものだ。
 前回までは全く気づかなかった。
 明らかに今回の遭遇が初めてでは無いフィードバックがある。
 でも、彼女からはその程度の情報しか得られなかった。
 
 それってボイジャーとかだったりして。
 いや、違うな。もっと直接的な・・・。
 サイトウさんも彼女を知っている可能性がある。
 
(サイトウさんかマザー、アダンソンに会わなければ・・・)
 
 改めて彼女に何故私を助けるから理由を問いただす。
 返ってくる答えは同じだった。
 
 助けられたから。
 約束したから。
 
 何故、隕石型側なのに助けるかも問うた。
 
 宇宙は自由だから。
 この台詞、以前、聞いた記憶がある。
 
(STG21の民だ・・・)
 
 今なら確信をもって質問出来る。
 
「漆黒の闇ですれ違ったのはグリン。君だね?」
 
 今はハッキリとコミュニケーション出来る。
 嘗ては聞こえるけど上手に言えない状態だった。
 グリンの感覚も今ひとつピンと来なかった。
 受信と発信能力に変化があるのだろう。
 あの時の感覚を想起して尋ねた。
 
 彼女は隠す気配も無く「そうだ」と答えた。
 
「では、どうしてあの時に応えなかったんだ?」
 彼女は「あの時は君との関係では無かった」と言った。
 どういう意味だろうか?
 その意味は次の質問でわかった。
 
 あの場に居た目的を問うと「それは制限されている」と返ってきたのだ。
 つまり、上位の制約により言えない。
 としたら、さっきの意味も同じだ。
 私の為に動いている訳じゃないから応える間柄になかったと言いたいのだろう。
 私を助け、交わした約定に従い行動するが、それを上回る指示や規約が発令されない範囲内に限る。
 そういう意味だろう。
 地球人の感情論より理解出来る。
 裏を返せば、隕石型の大攻勢が始まったら敵になる可能性は高いことを意味する。
 STG21の民と同じだ。
 
 彼女は別な主人の約定に従い、地球に関することで偵察していると考えられる。
 一つはサイトウさんに関することだろう。
 今ならハッキリ理解出来る。
 あの時、あの闇で見えていたのは地球でのサイトウさんだ。
 サイキさんが今探している。
 宇宙人とコンタクトがとれ、何か出来るとしたら彼しか居ない。
 
 STGが配備されている文明星はマザーの管轄下と推測される。
 他に考えられるのは何らかの利益に準ずる行動。
 ロストしたSTGIも嘗ては外部との関わりがあったのかもしれない。
 彼らともコンタクトがとりたいが、もう不可能だろう。
 ハンガリーのバルトークしか残存していない。
 最も、あれは十中八九STGIじゃない。
 あれは何だ?
 別の勢力による供給か?
 グリンは極めて危うい立ち位置にいるな・・・。
 私を手助けをするのも、その目的に近づく為もあるのかもしれない。
 
 彼女はイエスともノーとも捉えられる反応を返した。
 つまり、イエスであり、ノーでもあるという意味。
 彼女に対して、これまで以上の慎重な舵取りが必要になりそうだ。
 だが少なくとも宇宙では唯一に近い協力者。
 それはとても心強いものに感じられた。
 
 グリンはSTG29の宙域に行こうと促した。
 他意があるとは感じられない。
 伝わって来るのは暖かいもの。
 そして喜び。
 彼女にとっては遠足みたいな感覚。
 
 こうしている間にも僅かづつでも減っている。
 今のSTGIはバッテリーローの状態。
 スマホと同じで出来れば50%以上は欲しい。
 緊急時を思うと80%は欲しい。
 この宙域で50%以上は確保出来ないことがハッキリした。
 
 他の宙域に行くしかない。
 でもそれはSTG29の主権を脅かす行為。
 恐らくSTGIの義務と責任に関わってくる範疇に思える。
 何かを得るなら何かを手放さないと。
 STGIが何か知りたい、いや、知らないと。
 何れにせよ、今は選択の余地は無いな。
 
「わかった。行こう! 出来るだけ外縁部がいい。隠密行動で。彼らの文明に関わらないようにしよう。こっそりと案内してくれ」
 
 岩の裂け目から緑色の光が微かに見えた。
 彼女の本体。
 人間で言えばニヤリと笑ったって感じなのだろうか?
 それとも親愛の証なのか。
 それはどこか愛らしく感じられた。
 
 大きな岩の塊にしか見えないグリンは小刻み振動し出す。
 振動は時間経過とともに激しさを増すが一方で揺れは小さくなった。
 それでも時折激しく振動し、雷鳴を想起させるほどの大きな振動を周期的に伴う。
 まるでガソリンエンジンに火が灯り、アイドリングし、ふかしている様を彷彿とさせる。
 
「ホムスビ、彼女をマーク。追尾してくれ! 隠蔽飛行!」
 
 グリーン・アイと名付けた天体は、ゆっくりと動き出す。
 そして加速すると、あっと言う間に、消し飛ぶように跳んだ。
 ホムスビは彼女を追うように姿を掻き消す。
 
*
 
 黒塗りのクラウン。
 新宿の大ガード下交差点付近で渋滞に巻き込まれている。
 
 車内の後部座席にはサイキの姿。
 シートベルトもせず足を組んでいる。
 その隣には黒服の男がシートベルトをし、目を閉じ、俯いている。
 サイキの瞬きは少なく、目を剥き、何を見るでもなく外を向いている。
 顔は赤黒く紅潮、硬直し、眼輪筋が時々、ピクピクとした。
 口は全てを拒否するようにへの字に曲がっている。
 身体は固く締り、伝わる熱量からも全身から緊張が放出。
 足を組んでからピクリとも動いていない。
 車内は沈黙が満たしていた。
 サイキは足を組み解くと、おもむろに口を開いた。
 
「ヤマザキ・・・生きてるなら何でも殺せるって言ったよな」
 
 彼は外を見たまま仏頂面で言った。
 
「はい」
 
 男は短く答えた。
 声は小さかったが、通る声だ。
 
「陽炎を殺すなら、お前はどうやる?」
 
 男は眠そうに半眼で俯いていたが、天井を見上げた。
 口が何かを求めて魚のようにパクパクと動いた。
 
「足元に水をかけます」
 
 サイキは大きく引きつったよう顔をしかめた。
 
「陰ならどう殺す?」
 
 男はサイキを見た。
 
「光を当てます」
 
 サイキは懐のリボルバーに手を差し入れる。
 
「それで殺せんのか?」
「初手です。生きていれば殺す方法はあります」
「ああ、生きてる・・・。水と光・・・イイネ・・・」
 男は瞬きをせずサイキを見ている。
「あの民間人ですか?」
「ああ」
「民間人を殺したほうが早いのでは?」
「・・・そう思うよな・・・」
 
 サイキはリボルバーを強く握った。
 ヤマザキは彼を見たまま無表情で動かない。
 車が少しだけ動く。
 ヤマザキは口をだらし無く開けた。
 撃鉄に触れているのか、サイキの方から金属が僅かに動く音がする。
 車がまた止まった。
「恐らく、彼を殺してもソレは死なない」
「確かですか?」
「わからん・・・感だ」
「元を断たないと」
「彼は救世主だ。彼を殺すということは、詰む」
「神殺し・・・」
 男は笑みを宿している。
「神じゃねーよ。救世主だ・・・」
「アレが?」
「ああ」
「あの民間人から陽炎と陰が出て、それらを殺すという解釈でいいですか?」
「ああ」
「わかりました。準備しておきます」
「・・・言っとくが、今度の相手は人間じゃねーぞ」
「楽しみです」
「そんなに殺すのが好きか?」
「ええ。生きているって感じがします」
「相手が人間じゃなくても?」
「殺ってみないとわかりませんが・・・楽しみです」
「頼んだぞ」
「用が済んだら民間人も殺した方がいい」
「どうして?」
「多分・・・面倒なことになります」
「理由は?」
「感です」
「・・・」
「私がやります」
「いや・・・。もし、その必要があるなら、俺がやる」
「そうですか・・・。神殺し、してみたかったのですが・・・」
「だから救世主だ」
「同じようなものです」
 
 ヤマザキは歯の無い顔で声なく笑った。
 サイキは無言で、ただただ空の先をみていた。
 
*
 
 ベッドに横たわっている中年の男性。
 簡素な病室。
 緊急性を要する雰囲気では無い。
 身体に幾つか管が繋がれている。
 白髪まじりの毛量の多い頭髪。
 髪型は古い時代を想起させる。
 身体は痩せこけ、恐らくチューブによる栄養剤で生き延びている。
 顔からは若々しい印象すら受けるが、顔の皮膚は乾燥し白く、水分が抜け落ち、頬は痩せこけている。
 その割に髭はよく手入れされている印象だった。
 ベッドの横には老齢の女性がパイプ椅子に座ったまま眠りこけている。
 簡素で動きやすそうな、それでいて洒落た服装をしている。
 男はゆっくりと瞼を僅かに開けた。
 
(ち、きゆう(地球)・・・)
 
 声にしたつもりだったが音は出ていない。
 男がまず最初に思ったのは記憶が無いこと。
 脳内を意識で弄っても何も出てこなかった。
 
(地球での記憶、日本・本拠点での記憶が完全に抜け落ちている)
 
 本拠点での記憶が全く無いということはBANされたんだろう。
 予備があっても削除されては意味をなさない。
 嫉妬というヤツはつくづく厄介だ。
 
(今は西暦何年なんだ?)
 
 首を動かそうとしたが動かない。
 無理に動かさない方がよさそうだ。
 筋肉が凝り固まっている。
 そもそも自発的に動かせる筋肉量も無さそうだ。
 加えて肉体全体にエネルギーが不足している。
 まるでコールドスリープにかけられた人間。
 内的に生命活動はしているが、外的な活動はしていない。
 天井に向けられた眼の範囲が世界だった。
 
(目は動きそうだな)
 
 右にゆっくりと目を動かす。
 椅子に座ったまま眠りこけている老婦人が見えた。
 静かな寝息をたてている。
 男の眼が潤った。
 
(どうして・・・ありがとう・・・)
 
 眼から一筋流れた。
 手を動かしたいが動かない。
 唇が震え、開きそうで開かない。
 声にはならない。
 男は瞼を再び閉じた。
 
 あの戦いからどれほど時間がたった?
 地球には長く戻っていない気がする。
 筋肉が衰弱しもう立てないかもしれない。
 自立呼吸は出来ているようだ。
 今、何歳だ?
 どこまで進んで、何が出来てないのか。
 出来たことは何か?
 地球に戻ってきたということは・・・。
 
(アダンソンの実験は失敗ということか・・・)
 
 何人が生き残っている?
 ココは本当に地球なのか?
 そっちの契約はしていないから地球のはずだ。
 タイム・パラドックスか?
 クローン部隊は結局どうなったんだ?
 解決したから生きているのか?
 
(いや、違う)
 
 それだけはわかる。
 もし解決したのなら俺はベッドで寝ていない。
 この状態は以前目覚めた時より悪い。
 かなりの年月を経たのだろう。
 
(どうして生きている?)
 
 首の皮一枚、繋がっているということか・・・。
 

STG/I:第百二十八話:貪食

 電子メロディが鳴り、喋りだす。
 何事かと思ったら電子レンジだ。

「今はチンじゃないのが多いんだったな。回転すらしていなかった。子供の頃の俺からしたらまるでSFだ。今まさにSFの世界に居るんだ・・・」


 アイスを食べきると、皿を取り出す。
 一見真っ白でデザインも簡素に見える。
 よく見ると、僅かに乳白色で、装飾が見事。
 触れた感触、重量、厚さ、置いた時の音といい気に入っていた。
 伝統のあるブランドなのだろうと感じる。

「必死に働いてた時には得られなくて、そうでない今得られる・・・皮肉なもんだ」

 レンジ用の蓋を外し、これまた見事な装飾のスプーンを手に、炒飯を頬張った。

「ん~美味い」

 冷凍食品を久しぶりに食べる。
 二十年でこんなに美味くなっているとは。

 気持ちが緩むと、サイトウが言っていた言葉が思い出された。

「地球に居てはいけない」

 言葉の前後や視線、脈絡からして私のことを指しているのは間違いないだろう。
 STGIを回収しろとも言った。
 話しから、地球人のようにテリトリーという概念が彼らにもあるようだ。
 そのテリトリーを越えていると言った。
 だとしたら極めてマズイ。

(少なくとも宇宙へ出た方がいいか・・・)

 出来ないことを考えるのは一旦やめよう。
 今考えたところで判断材料が少なすぎる。
 挙げ句にどうにも出来ない。
 慎重に事に当たる必要はありそうだが。
 頭の片隅に仕舞っておこう。
 今出来ることはSTGIの回収。
 そしてエネルギーの補充。
 本拠点をどうエリア内に戻すかだ。

 飢餓感を思い出す。

 アレはヤバかった。
 自我が飛びそうだった。
 彼の発言からもSTGIに食われる可能性がある。
 あの飢餓感に耐えられたのは痛みや苦痛に鈍感になっているからかもしれない。

 不意に、共通する病を持つ得意先の担当から言われたことを思い出した。

「私は貴方みたいには強くなれない・・・。上司や友人はおろか、親兄妹にも言ったこれありませんが・・・・辛くて、今も、毎日死にたくて仕方がありません・・・」

 彼女の目からは自然と涙が溢れた。
 同じ病を持つ同士、顔を見た瞬間ピンと来たようだ。
 私も気づいたが黙っていた。
 帰り際に声をかけられ、言われたのだ。

「どうして笑えるんですか?」

 あの頃には既に解決不能な問題に向き合う訓練が病によってもたらせれていた。
 物心ついた時からコウなんだ。
 涙は枯れ果てていた。
 結果的に痛みには強くなる。
 強くしたとも言える。
 苦痛に対処出来ないと難治難病には立ち行かなくなる。
 痛みを意識すると生活の質が落ち、仕事の能率は落ち、判断力は鈍る。
 だから痛みや苦しみに心を奪われない訓練を結果的に鍛えた。

「痛いなら痛いという顔をして下さい!」

 医者から何度も言われた。
 痛いから手を上げた。
 痛いなら手を上げろと医師は言った。
 痛いとも言ったのだが、顔は痛そうでは無かったようだ。
 痛い顔をしたところで解決しない。
 実際「我慢して下さい」と言われた。
 それなら何故問いただしたんだ。
 最低限を察することも出来ないなら医師なぞ辞めてしまえ。

(ひょっとすると、だからSTGIに選ばれたのかもしれない・・・)

 STGIに付与された権限の範囲が知りたい。
 彼の行動から推察するに、相当な範囲に思える。
 考えたことは無かったが、地球圏外にも及ぶかもしれない。
 理論的に考えると当然だ。
 そうでない限りSTGIを維持出来るエネルギーはない。

(与えられた義務と責任・・・)

 必ずあるはずだ。
 記憶のその領域はロックされている。
 契約と同時に記憶を抹消する条件なのかもしれない。
 知られたら不味いことがあるのだろう。
 契約には保有者と、所在地が明記される。
 それを隠す為の条件なのかもしれない。
 身バレを恐れているわけか。

(STGIなら、跳べるんだ・・・)

 驚異にならないなら秘密にする理由は無い。
 サイトウさんはどうの程度知っているのだろうか。
 少なくとも私より詳しいことは間違いない。
 その上でのアドバイス。
「近間のものを食べて自我を保て」と言った。
 自我を保つ程度なら「死んだ隕石」でも可能ということだ。

(彼に会わないと・・・)

 力の程度と範囲を知らないと。
 意思と無関係に力を発揮するのはリスクが大きすぎる。
 でも地球で会うのは望めないようだ。
 彼は自分の居場所を隠匿している。
 会うとしたら地球外か。
 STGI同士ならコンタクトする方法が必ずあるはず。

「ご馳走さまでした」

 手を合わせると、洗浄機にセットする。
 冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出し、一口飲む。
 鏡の自分をマジマジと見た。
 顎を触り、頬を撫で、髪をたくし上げる。
 
「コレが俺・・・実感が湧いてきた。サイトウ・・・サイ・・・」

 下の名前が出てこない。
 今までは単なる健忘と思っていたが違う。
 グリンとコンタクトをとるにしたがって判ってきた。

(これも読めない記憶のようにロックされている)

 都合が悪い事実。
 隠したい事実。
 そろそろグリンと約束した時間か。
 ログインしよう。
 サイトウさんの言うことが本当なら、今度はログイン出来る。
 トイレ、水分、腹ごしらえ、地球のアバター的には充分だろう。
 STG28のアバターはまだ平気なはずだ。
 恐らく今はスリープモードだろうが。

 心配な一方で、ワクワクしている自分に気づく。
 恍惚と不安は同時にこそ存在する。
 肉体は喜びの興奮と怒りの興奮は区別がつかない。
 興奮は興奮であり、共に同じ肉体的作用を生む。
 心の受け取り方、精神は別。
 興奮すれば疲れる。
 だから興奮しないように仕向けてきた。

 念の為にパソコンデスクの横、サイドテーブルに直ぐ食べられる食料を置いた。
 惣菜パン、菓子パン、おにぎり、ペットボトルを幾つか。

「そうだ、写真とっとかないと・・・」

 自分の顔を写す。
 セルフタイマーで全身。
 そして部屋の写真。
 周囲の様子。

「ついでにバッテリーに接続して動画も撮ってみるか」

 あ、せっかく買ったんだ。
 Webカメラで録画しよう。

「そうだ、それは駄目だった・・・」

 サイキさんから止められていたな。
 撮るならスマホじゃないと。
 足がつく可能性がある。
 
 スマホをセットし、録画を始める。
 彼は椅子に座るとスマホに目線を移した。

「なんだかカメラが向いていると落ち着かないな・・。えっとね・・・、もし、もし、死んだら、これを家族に見せて欲しい。父さん、母さん・・・皆。これまで色々あったけど、有難う。今にして思うと、喧嘩も悪くないもんだと思う。喧嘩するほど仲がいいとはよく言ったもんで、なんて言うか、色々悪かったよ。・・・申し訳ない。今にして思えば正論を振りかざし随分とキツイことを言ったと思う。病気が理解出来ないのなら、ああ言うのも無理からぬことだだ。すまなかった。でもさ・・・いかんな、長くなりそうだ。とにかく、有難う!・・・いかん、何一人で盛り上がってるんだ・・・とにかく、有難う。皆、元気で・・・サイキさん、有難う。最後に貴方に会えて良かった。お世話ついでに・・・後をよろしく!」

 スマホ画面に映る自分の眼に涙が浮かんでいた。
 手で拭うと、大きく深く息を吸い、長く長く吐いた。
 ログインをクリックする。
 次の瞬間、バッテリーが切れたロボットのようにぐったりとした。

*

「あっ、あっーっ、あっ、アッ、アッあっ、つつっつ・・・」

 声にならない音が自然と口から漏れた。
 全身が大火災。
 激しい炎症反応。
 痛みとも痒みとも衝撃ともつかない形容詞し難い苦痛が全身を覆った。
 詰まった配管を無理矢理削りながら突き進んでいるような感覚。
 止めることは出来ない。
 死にかけていたアバターが、今正に死地から再稼働を遂げようとしていた。
 
(知らぬが仏、知らぬが仏・・・知らぬがっ・・・)

 彼は念仏のように心の中でそう唱えていた。
 全く想定していなかった。
 経験したことがない苦痛。
 死にかかったアバターが、どう脳に影響を与えるか。
 どう捉えるか。
 知らないが故に出来た。
 五分もその苦痛に耐えると、全身反応から局所反応へと移り変わっていく。
 痛みで自我は満たされた。
 落ち着くと、今度は激しい飢餓感が全速力で追いすがってきた。

(飢餓がこれほど恐ろしいとは!)

 細胞という細胞が悲鳴を、怒りを、不満を述べている。
 栄養を寄越せと。
 そして大合唱は次第に言説を変えた。

「さもないとお前を食う!」

 再び、収まりかけた苦痛が全身に広がっていく。
 直感した。
 地球のアバターでは起こり得ないこと。
 細胞の反乱。
 宿主の貪食。 

(食っているんだ! 私自身を!)

 調和等が無い世界。
 彼女の全身の毛細血管が紫色に浮かび上がり目は血走った。

「ホムスビ、起きろ!」

 STGIホムスビの全天球型モニターが灯る。
 塵や欠片や様々な浮遊物が目に入る。
 普段なら気づきもしないような浮遊物がキラキラと魅力的な餌に見えた。

(飲める!)

 青黒く光るホムスビ。
 塵や浮遊物がホムスビに吸い込まれていく。
 エネルギーシールドに接触するや否や消えていく。
 最初は意味することが判らなかったが、直ぐに理解した。

 食べているんだ。

 モニターに大きく表示された赤い文字らしき部分が明滅。
 下のゲージが少しずつ上がっていく。

「自我を失わないうちに手当り次第に食べろ」

 サイトウの声が頭を満たした。
 その行為は凡そ地球人の食事とは遠いように見えた。
 でも、コレがSTGIの食事と理解する。

 飲み込むほどに満たされるものがある。

 止まったまま周囲をあらかた吸い終える頃にはゲージが一本だけ溜まった。
 それを見た瞬間、次なる事象を直感する。
 悠長にはしていられない。

「エネルギーになる鉱石を全てマーク」

 モニター上で次々に緑でマーキングされる。
「それを全て貪食」
 そう言いたがかったが、それは出来ないと感じた。
 音声指示で動きそうに無い。
 どう指示していいか判らなかったが、知らず口をついた。

「手当り次第に貪食しろ!」

 すると、上下一双のホムスビは細い管で繋がったまま大きく上下に間隔を開けた。
 それはどんどん開き、STG28三機ほどスッポリ入るほどに広がった。
 不釣り合いな空間が出来る。
 中央には主砲らしき砲門が鎮座したまま。
 主砲の内部が高速に回転しだすと、黒く渦を巻き、視覚化されていく。
 速度が増すに従い黒い渦は大きくなった。
 遂には広げた掌が埋まるほどに大きな黒い渦が空間を満たす。

 理解した。

 当初は戦闘機の給油のイメージだったが違う。
 人間のような食べ方とも違う。
 寧ろクジラと同じようなものだ。
 オキアミを飲み込むのにどこか似ている。
 そしてコイツの場合、飲み込みながらミキサーで砕くのだろう。
 続々と吸い込んでいく。

 操縦桿を握ると、手近な鉱石に飛んだ。

 その間にも自分の肉体が内部で燃え盛っているのが感じられる。
 先程感じた痛みとは違った意味での燃え方。

 まさにエネルギーを生産する為に燃えているんだ。
 満たされていく。

 ホムスビは掃除機でゴミでも吸い込むように次々と吸い込んだ。
 ゲージがゆっくりとだが次第に埋まっていく。
 始めは慎重に小さめの鉱石から狙ったが、次第に自制が効かなくなって来た。
 吸い込むほどに安堵と充足が覆い被さる。

 堪らず大きな鉱石へと飛んだ。

 それはホムスビが形成した黒い穴ほどの大きさがある。
 躊躇せずガポッと咥え込む。
 ホムスビは物ともせず、強力なミキサーのようにガリガリと削りながら飲み込んでいく。
 発生したデブリをもエネルギーシールドから吸収されている。
 無意識に「貪食」と言ったが、その様は正に貪食と言うに相応しい光景だった。

 ゲージが一気に上がった。

 操縦者であるシューニャにも快感性があった。
 これに気を良くしたのか、そこそこ大きなものから優先に食べだす。
 和らぐ痛みと、上がる快感。
 食べるに従い、美味い鉱石と、そうでな鉱石の差が感じられるように成ってきた。
 自分の中で「もっと食べたい。美味いのを食べたい」という欲求が膨れ上がってくる。
 
 近隣宙域を一通りたらい上げると、シューニャはようやく自我を認識した。

 それでもゲージは1/5にも満たない。
 効率が悪い。

(これほどの範囲をクリーンにしてこの程度とは)

 満腹にはほど遠いが、取り敢えず落ち着いた。
 ふと、考えが浮かんだ。

「生きた鉱石を食べたい」

 言いながら自分でハッとする。

(岩を食べる? どんなモンスターなんだ)

 このアバターとホムスビは限りなくシンクロしている。
 見た目こそSTG28と大差ないように感じていたが中身はまるで違う。
 コッチは生体パーツと考えるべきだろうか。
 それでも直接繋がっては居ないようだ。
 自らの手足をシゲシゲと見て、動かす。

(形を変えられそうだな・・・)

 不確かさを感じた。
 粘土でこねているような印象だ。

(一先ずはこういう形にした)

 そういう手応えのなさ、取り敢えず、といったものが感じられる。
 手足があるということは、使うことを前提としている。
 それとも、元が地球人であるから馴染むように手足をつけたと言えなくもない。

(そう言えば、グリンはどうした?)

 指示もしてないのにホムスビは元の形状に戻っている。
 塵一つ無い宙域に接近する流れ星。
 いや、違う。
 モニターで映し出されるより早く、気づいた。

「グリン!」

STG/I:第百二十七話:追手

 考えが纏まらない。

 有益な情報を得たのに、膨大すぎて包括的に判断するための記憶力や処理速度や処理能力がこのアバターには無い。
 得た傍からバケツから溢れる水の如く情報が流れ落ちる。
 重要な情報を能率よく選択したくとも、処理が追いつかない。
 挙げ句に、その情報をプールしている間にもっと大事な情報が溢れた。
 その判断ミスによる棘がさらなる漏洩を生む。
 それらを繰り返す内に次ぐ次ぎと情報か消えていく。
 何が大切かも判らなくなってきた。


 まるで水を運ぶのに水源を確保し水路を作ることが望ましいことは理解していても、現実には日々の水分を賄うだけで精一杯でバケツで運ばざる負えないような感覚だ。
 バケツで運びながら、一方で少しでも水路を掘らないと。
 でもその道程は遠く険しい。
 挙げ句に些細なトラブルから水疱に帰すこともある。
 絶望に浸る間に必要な水が不足する。
 そんな悪循環が自分の中で起きている。

 グリンから記憶を受け継ぐだけでも。

 この素体は最適化されていないんだ。
 無駄な能力の浪費が大きい。
 様々な箇所で衝突が発生している。
 それでもこのアバターが人間よりマシなのは明らかだ。
 この素体のまま地球に降り立つことが出来たのならどんな大学もチョロイだろう。
 どんだけ地球のアバターがポンコツかって話しだ。

 このゲームはキャラメイク時に性格設定がある。
 明らかな嘘で設定すると性能の衝突や搭乗員パートナーの調整に時間がかかる。
 これは何度かパートナーをリセットしたり、部隊やロビーで雑談していた気づいた。
 設定嫌いのプレイヤーに向けた簡単なデフォ設定もあった。
 私は自分で全部質問に答えていったが。
 まさかこんな所で効いているとは驚きだ。
 どうやら素体の設定に反映されている。
 中の人のスペックに同期し最適化する為の調整なんだ。
 素体の性能はどれも同じだが、中の人のスペックは違う。
 中の人のスペックに合わせて最適化し、初めて総合力が上がる。
 この微細な仕様は、STG28を効率よく動かす為のものだろう。
 生産物で、生産者の思いや裏側を慮ることは可能だ。
 マザー達は少なくとも、最善を尽くしていることが感じられる。

 裏を返すと、設定されていない、ログインしていない素体は凄く動かしずらい。
 他人の、車種も違う車に乗る状況に近い。
 乗りなれた自家用車を持っていると、感覚に大きなズレを感じる。
 仮に同じ車種でも他人の車の実に動かしにくいこと。
 癖が染み込んでおり、微細な調整が自分の車とは違うことに驚かされる。
 パソコンでもそうだ。
 昔からデスクトップを見た瞬間に「コイツはヤバイ」というのがわかるのに近い。
 同じ規格、同じOSなの全く別物のように使いづらいことがある。
 それと同じなんだ。
 STG28も、アバターも、パートナーも、癖がついてる。
 良し悪しではなく、使う人に最適化されていく。

 両手を話した。

 グリンはまだ話したがっているようだが、限界だった。
 首を振って、拒否を示すと、彼女は諦めた。
 息が苦しい。
 上半身、特に頭部だけが異常に熱い。

 拾えた情報だけでも恐ろしいことが起きていることは判った。
 
 でも、それをどうすればいいか判らない。
 規模が大きすぎる。
 問題が多すぎる。
 自分がパニクっていることが感じられる。

 パニクっても解決しない。
 出来ること、出来ることだ。
 思い出せ、俺は昔こういう時にどうしていた。
 仕事でのトラブルの時。
 もうこの世の終わりだと思った時。

(勤め人時代を思い出せ!)

 自ら手に余る仕事に溺れそうになった時に出来ること。
 早い段階に協力や助言を仰ぎ、協力者を増やすこと。
 時間が経つほどに、それらは手遅れになる。
 それでも無理ならプロジェクトから降りる。
 相談出来る相手が居ない場合どうすればいい。
 降りることも出来ないのなら。

(いや、居なくも無い・・・サイトウさんだ・・・)

 彼しか居ない。
 そして、マザー。
 アダンソンとか言う宇宙人も。
 でも、この何れも今はコンタクト出来ない。

 グリンは無理そうだ。
 今なら判る。
 彼女は何者かに手綱を握られている。
 私に協力的なのも、契約の件が全てでは無いだろう。
 グリンの記憶のテリトリーのほとんどはロックされているが、与えられた情報には幾つか矛盾がある。

 サイトウさんの言葉が思い出された。

「視点による。限定的に味方と言えなくもない」だったか。
 あれはマザーについての発言だったが、彼女もそれに近い。
 事実、彼女のしていることを振り返ると協力は限定的だった。
 大きな制約の中で動いている感じを受ける。
 でも、何も珍しいことではない。
 リアルでもそうじゃないか。
 無条件に味方で居てくれるのは家族ぐらいだ・・・。
 最も俺の場合は違うが・・・。

(降りるか・・・降りるの判断の一つだ・・・)

 ココまで知ってこの不安を抱えながら何事もなく生きられるのだろうか。
 いっそ記憶を消してくれたら別だが。
 目覚めても記憶は継承される。

(大原則を思い出せ)

 とにかく一旦緊急度の高い情報から整理しよう。
 何も出来ないままパニクっても事態は深刻になるだけだ。
 出来ることだけに絞ること。
 自分が出来ないことに不安に思っても無意味。

(緊急度の高い情報・・・)

 隕石型のこと、本拠点のこと、STGIのこと。
 隕石型は今この宙域には居ないが、別の宙域には出現している。
 恐らくは俺たちに向けられた大部隊だったのだろう。
 連中の辞書には作戦を練り直そうとか出直そうという考えは無いようだ。
 そのまま出撃し別の宙域を攻撃している。
 我々にとっては幸運だったが、STG29にとっては悲劇。
 厄介なことに29の交戦エリアは28にほど近い。

 挙げ句に日本・本拠点が漂流し、今まさにエリア28を越えている。

 唯一の吉報はSTGIだ。
 サイトウさんの助言通りSTGIホムスビは開放されている。
 あれは夢じゃない。
 恐らく、これまでのことも夢じゃないのかもしれない・・・。
 いや、断定は危険だ。一つの可能性に留めておこう。
 グリンは開放された原因はわからないと言った。
 つまりサイトウさんのしたことを知らない。
 グリンがずっと追跡してくれたお陰で位置は特定出来ている。

 他にも収穫はあった。
 テレパス的会話も以前と違って少しはコントロール出来ている。
 グリンの記憶を弄る手は子供のように容赦がない。
 でも、今回は言いたくない、見せたくない領域を隠すことが出来た。
 だからサイトウさんの事は黙っていた。
 今のところ信じられるのはサイトウさんだけかもしれない。

 もう一つ重要なこと。
 グリンは夢の主催者のことは全く理解出来ないようだ。
 彼女が知らないナニカ。宇宙人かどうか、俺が狂ってきているかどうかも、検討がつかないといった反応だった。

 そして驚いたのは静と、ビーナス。

 グリンを救出するとは思いもよらなかった。
 マザーの管理下を外れた結果、個性のようなものが芽生えかけているのかもしれない。
 個性と言っても私の性格を背景に反映しているものだろうが。
 それは子供と親の関係に少しだけ近いようだ。
 グリンのことをある程度把握しているのは二人しか居ない。
 あの二つのAIがここまで頼りになるとは。
 最も過信は出来ない。
 命令されれば彼女らは私を殺すだろう。
 そこに意味は無いのだ。

(よし、落ち着いてきた・・・)

 今出来ることは、STGIに乗り込み、エネルギー補充して、本拠点を圏内に戻す。
 一つ一つ。出来ないことを考えても無意味。

 グリンが肩を激しく叩いた。

「どうした?」
 入り口を指で指し示している。
 緑に光ると、ドアがスライドし、開いた。
「えっ!」
 グリンが自分やビーナス以外を入室許可にしているとは思えない。
 煌々と指す通路の光。
 そこには一体の女性型・搭乗員パートナーが立っている。
 長いピンクの巻き毛。ポップカラーの衣装。
 ハロウィンを意識したかのようなデザイン。
 丸みを帯びたスカートは雪洞のように膨らみ、縁がそっている。
 シューニャはアバターのウィドウショッピングをよくするが、見たことがない。
 顔はテンプレ的でアニメ調の丸い輪郭、大きな瞳に、自然なアヒル口。
 ブラックナイト隊で記憶に無いパートナー。
 新人のだろうか。

「あっ!」

 気づいた瞬間には遅かった。
 胸を焼きごてで貫かれたような痛みが走る。
 思わず見てしまう。
 心臓辺りに穴が空いている。
 パートナーを見ると手にはレーザーピストル。
 部隊ルームには持ち込めないはず。
 彼女はニッコリと愛らしく笑うと言った。

「み~つけた♪」

 ヤツだ。
 ポップカラーのアバターを見た瞬間に気づくべきだった。
 夢の主催者!

(意識が・・・)

 棒のように後ろに倒れる。
 次の瞬間、折り重なったアバターの一体が起き上がる。

「な~んちゃって♪」

 撃たれたアバターは砂のように分解される。

(危なかった!)

 今のは正真正銘にヤバかった!
 この夢の戦いではアレが出来ないと確実に死ぬ。
 自らの死を自覚した瞬間に本当に絶命する。
 焼きごてで貫かれたと感じたのはイメージだ。
 銃・胸に空いた穴・過去の知識、それらから想起される「死」という連想。
 イメージに毒されたら最後それは現実になってしまう。
 過去、何度も何度もやらかした。
 ほとんど無意識に反応出来た。
 彼女は不愉快そうな顔を向けると、再びピストルを向ける。

「後で!」

 グリンに向かってそう叫ぶと、彼はアバターの海にダイブする。
 
 薄暗がりの室内に残れさたパートナーと、グリン。
 グリンはシューニャが居た位置を見ている。
 パートナーはキョロキョロと見回している。
「あれ?・・・ココはどこですの?」
 部屋が赤く光ると警告音が鳴った。
「不正を検出しました。部隊コア権限により、該当パートナーを凍結します」
 パートナーは崩れ落ちる。
 通路の壁が開き、天井からマジック・アームが伸びるとパートナーは壁に格納された。
 部隊コアから音声が再生。
「大変失礼いたしました。お詫びの品をメールボックスに配信いたしました。後ほど受領して下さい。原因が判明次第バグは修正されます。追ってメールさせて頂きます。本エラーはマザーが復帰され次第、自動的に報告されます。ご協力に感謝いたします」
 ドアがスライドし閉まる。
 グリンは何事も無かったかのように、そのままベッドに潜り込んだ。

*

「んあーーーっ!」

 酷い汗をかいてる。
 息が荒い。
 見回すまでもなく戻ってきたと判る。
 地球に。

「逃げおおせた・・・」

 何が相互作用して逃げられるのか全く判らない。
 それは相変わらずのようだ。
 ただ、これまでと違って、起きたことをハッキリと記憶している。
 地続きの感覚。
 身体は相応にスッキリしているようだ。
 このアバター・・・もとい、肉体は眠ってはいたのだろう。
 問題は脳の方だが・・・脳内を感覚で弄る。

「うん・・・大丈夫だな、ちゃんと寝ていたんだ」

 恐らく、アッチのアバターを拝借している間はノンレム睡眠のように脳が休んでいる状態なんだろう。
 脳は処理能力の限界に来るとブレインフォグが起きる。
 強制的に何もさせない、何も感がさせない状況へ誘うとする。
 嘗ては常態化していたが、今はそれが感じられない。

(しかし、ずっと起きている感覚は気持ちが悪いな・・・)
 
 シューニャは素早く起き上がると、冷蔵庫へ向かって歩いた。
 一人住まいには無用なほど大きい。
 常に食品が満載されている。
 アイスが好きだと言えば高級なアイスがダースで入れられた。

 おかしい。あれほど腹が減っていたのに、全く食欲が無い。
 でも、取り敢えず食べておこう。

 これは自分の便利な性質だと思っている。
 腹が痛くとも、一杯でも、取り敢えず食べられる。
 好きなものを食べるというより、栄養価のバランスで食べる。
 身体を本格的に壊してからというもの、食事は治療の延長線になってしまった。
 その視点からすると、美味しいかどうかは大した問題では無くなる。
 それだけに、アイスやケーキといった甘いものが唯一の憩いだ。

 電子レンジはビタミンが破壊されるから出来るだけ使いたく無いが。
 今は急ぐから仕方ない。
 チャーハンと唐揚げを取り出し、白い皿に盛ると、レンジに放り込む。
 アイスにも手を伸ばし、みつ葉の北海道アイス小豆に手にとる。

「美味しい・・・癒やされる」

 教団の最大のターゲットはサイトウさん。
 次は私であることは間違いない。
 サイキさんはそれを知っていながら黙って私を保護したんだ。
 あの時は知らなかった的な反応をしたが、恐らく知っていたのだろう。
 食えない人だ。何より強い。そして大胆。

(そういう人間になりたかった)

 軽率な行動はこれまで以上に慎まないと。
 彼の用心と好意を無駄にしてはいけない。
 他のプレイヤーは大丈夫だろうか・・・。
 ケシャや、ミリオタさんや、エイジ・・・。
 プリンやタッちゃんが、タゲられている可能性は極めて高い。
 日本・本拠点の上位だけでも守って貰えないだろうか。
 サイキさんは今ひとつ乗り気に見えなかった。
 それも無理からぬ話しかもしれない。
 出来ることには限りがある。
 彼の優先順位と私のとは違う。
 置かれている状況も厳しい。
 他人からしたらサイキさんのやっていることは教団の連中と大差無いように見える。

 実にクレイジー。

 幸か不幸か今は動画サイトでバカなことをやる人間が多いから、その連中の一人ぐらいの感じに見えているんだろうが、それも何れバレる。頼むからあの三人だけでも・・・。

STG/I:第百二十六話:遭遇

「マッシュちゃん、タコパ開始!」

 彼女の言うタコパとは、球形センサーが無数に繋がれた多関節チェーンを三百六十度、無数に目一杯広げ、大規模索敵する行為を意味する。
 現時点では静止中なら最も長距離索敵が可能。
 デメリットも多く、余裕があるタイミングでしか使用出来ない。
 非常に目立ち、展開中はほとんど移動が出来ない。
 格納時間も要する為、敵襲があった際に即応出来ない。
 それら欠点から装備そのものの汎用性はある程度用意されている。
 切り捨てる場合に、武装や索敵ポッド、ビーコン、ダミーとしても用途を切り替え使用出来る他、高い隠蔽性を持ち合わせ、STGを覆うことで各種センサーから存在を消すことが出来る。
 ただし利用者はほとんど居ない。


 触手を全方位に広げていく。
 各々の触手が別々にユラユラと動いた。
 金属製の球形、たこ焼き部分が大きく膨れ上がり、色が変わった。
 範囲を広げるほど、ゾッとする数がマップに反映される。
 マルゲリータは思わず身を堅くした。
「凄い数・・・」
 生唾を飲み込む。
「マッシュちゃん、気をつけて、慎重に・・・」
「OK、マッシュ・・・」 
 知らずお互い小声になっていた。
 伸びるに従い続々と広域情報が反映。
 その数は夥しいほど膨れあがった。
 宙域辺りの密度が大戦時の数を越えていた。
 センサーがキャッチした情報が画面を埋め詰め尽くしていく。
 彼女は石像のように身を固くし、目を皿のように開いた。
「隕石型と異なる反応をキャッチ。小集団、追われてるかも」
「どれ?!」
 青く強調された。
「ほんとだ・・・どこの部隊だろ・・・」
「識別不明。STG28じゃないっぽい・・・」
「えっ!・・・じゃあ・・・なに?」

(宇宙人)

 咄嗟に頭に浮かんだ。
 本当にいるんだ。
 シューニャさんが言っていた。
 他のSTGの存在。
 私達と同じような知的生命体。
 私は何処か遠いでき事のように聞いていた。
 本当にいる・・・。

「データベースに該当無し。未確認飛翔体と認定。オーラ分析だと三十%程度がSTG28に類似マッシュ」
「・・・それって・・・STGIとか?」
「STGIは分析出来ないマッシュよ」
「あ、そっか・・・。3Dモデル出来きないかな?」
「ぼんやりなら」

 ソナーを打たないと物理モデルは正確にはわからない。
 また正確な形を捉える為にセンサー強度を上げる必要がある。
 それは危険が伴う。
 今は最も隕石型が把握しずらいセンサーで索敵していた。

 画面にモデリングされた。
 曖昧だが外形はどことなく掴めた。

「細長い、ね・・・でも、なんだろ、どことなく似てる?・・・」
 それはマッチ棒のような人工物に見えた。
 姿形は到底STG28とは思えない。
 でもマルゲリータは共通点を感じた。

(そうだ。あっちも幾何学模様に近いんだ・・・)

 小集団が夥しい数の隕石型に追われている。
 彼らは追い立てられ、散り散りになって行く。

「・・・どうしよう・・・」
「どうしようって・・・何かする気なの?」
「だって、追われているんだよ・・・あんなに・・・」
 彼女は顔を歪めた。
「もしあれが他の星系の船なら絶対に手を出しちゃ駄目ッシュ」
「なんで? 可愛そうじゃない」
「外交問題。影響が出るよ。マルゲちゃん一人だけの問題じゃ済まなくなる」
「そうなんだ・・・でも・・・」
 外交問題と言われてもピンとこない。

 分断された各機は四方八方に飛んでいく。
 その距離は増々離れていく。
 一機が、乱れ飛んだ後、最後の力を振り絞ってか、猛然と真っ直ぐ飛翔して来た。
 それは彼女のいる方位だった。

「向かってくる!」
「えっ! 気づかれたの?」
「わかんない。偶然かもしれないけど、この速度はマズイ。撤退するね!」
「でも・・・」
「マスターっ!」
「・・・うん、そうだね。タコパ終了! 撤退!」
「了解。緊急回収!」

 広がりきった触手はSTGの何倍もあり、ユラユラと不安定。
 一気に引き込むと絡みつきそうな様子に見えた。
 だからか、マッシュは緊急回収と言ったが、悠長に回収しているように見えた。

「大変! コンドライトよりずっと速い! 回収が間に合わない!」
 マッチ棒は真っ直ぐコッチへ飛翔している。
 モニター上では嘘みたいな速度で間を詰めて見えた。
「迷彩マリモに!」
「了解マッシュ!」
 触手を完全には格納せず、STG28を球形に覆い出す。
 しかしその動きもやはりスローだった。
 光学的、電磁的といった様々な迷彩反応をし、存在をかき消す。
 だが、それは一か八かの賭けだった。
 この状態では何も出来ない。
 マリモのように宇宙をじっと漂うしか無い。

 触手に完全に覆われ、STGトーメイトは姿を消した。

 センサー類は遮断されると同時に、コチラ側からも観測は出来なくなる。
 迷彩マリモの状態から格納する場合、更に時間はかかった。
 安全が確保されるまで浮遊するしかない。
 そして、物理的には存在している為、宙域に存在しているアステロイドや、隕石の欠片、デブリといった物には衝突する。

「迷彩マリモ完成したよ」
「うん」

 マルゲリータは息を潜めた。
 モニターは自機を中央にSTGを覆っている状態が描画されている。
 それ以外は真っ黒だ。
 STG独特の音色のような駆動音だけが聞こえる。
 触手カメラを写すことは出来たが、マルゲはしなかった。
 仮に何かに気づいたところで、この状態からは何も出来ない。
 塵や浮遊物が触手に接触する度にモニターに描画される。

「後どれくらいかな・・・」
「五分ぐらい」

 また、小声になっている。

「格納したほうが良かったかな・・・」
「あの速度だったら追いつかれていた。正しい判断だと思う。凄いよマスターは」
「凄くないよ・・・臆病なだけ・・・」
「臆病だったら無闇に逃げる方を選ぶよ、立派だったよ」
「ありがと・・・」

 漂う沈黙。

 声が聞こえるということは無い。
 それでも喋ることが怖かった。
 センサーに時折衝突反応がある。
 でも、それらは小さい。
 微細な塵はそのまま触手の内側を通り過ぎてそのまま反対側へ流れていく。
 言い換えると、突然消えて、突然現れる塵やデブリ。
 STGトーメイト級のセンサーが装備された船ならキャッチするだろう。
 事実、そうした違和にマルゲリータは気づきやすい方だ。
 でもそれは今更の考えだった。

 それはとても長く感じた。

「そろそろ・・・」

 マッシュの声にビクリとする。
 すっかりマッシュの存在も忘れていた。
 この宇宙に、たった一人取り残された感覚になっていた。
 後どれくらい待てばいいのだろうか。
 あの速度のままなら一分でも充分かもしれない。
 それとも途中で方向を変えた可能性も低くない。
 センサーを閉じるのが早すぎた?
 ギリギリまで見ているべきだったか!
 それともやはり逃げるべきだったか。
 追ってきたのでないなら、充分それで引き離せる。
 でも、動いているのを感知されたら逆に追ってくる可能性もある。

 後悔と選択肢が通り過ぎる。

 マッシュの警告を聞いた時、瞬間的に「逃げられない」と感じた。
 タコパのほとんど限界距離で索敵している。
 あの距離で気づかれるなんて夢にも思わなかった。
 追われていた宇宙船。
 散り散りになる船達。
 ほんとうに宇宙人なんだろうか。
 何かの間違いじゃないか。
 やっぱりタコみたいな感じなんだろうか。
 それともイカだろうか。
 昆虫が実は宇宙人なんじゃなかって聞いたことがある。
 それとも私達みたいな・・・。
 彼女たちも戦っていた。
 隕石型宇宙人と。
 アレはなんだろう。
 隕石型ってなんだろう。
 なんで岩が動き回るんだろう。
 なんで私達を襲うんだろう。
 そもそもこの宇宙船、STG28ってなんだろう。
 STG28・・STG・・・28。
 シューニャさんが、STG21の民と喋ったって言っていた。
 現実味が無かった。
 嘘じゃないとは思ったけど。
 途方も無くて、リアルに感じられなかった。
 21・・・21番目の船。
 21番目の知的生命体。
 もう無い星。
 もう居ない星人。

(戻れない故郷・・・)

 急に涙が出てきた。
 怖い。
 隕石型宇宙人はどうしてそんなことをするんだろう。
 なんで壊されないといけないんだろう。
 彼女たちは何番目なんだろう。
 仲間にはなれないのかな・・・。

『たすけて』

 マルゲリータは顔を上げる。

「マッシュちゃん、何か言った?」
「言ってないよ」
「でも、『助けてって』・・・声が・・・」

 時が止まったかのように静止する。

「どうしよ・・・」
「このまま流されるのも得策とは言えないけど、もう少し待ったほうがいいと思う」

 接触センサーが同時に全方位で反応!

「反応アリ!」
 マルゲリータはビクリとする。
 完全に覆われている!
 鷲掴みにされたように、一瞬だった。
 でも衝撃反応は無い。
 触れる程度。
 しかも、今は触れていない。

「何物かが侵入!」

 モニターでは触手が広げらているのが見えた。
 その隙間から生物的な管が無数に見える。
「どうするマスター?」
 マルゲは答えられなかった。
 裂け目からイソギンチャクのような管がSTGに伸びるのをジッと見ている。
 そして今度はハッキリと聞こえた。

『たすけて』

「ほらっ! 言ってる!」
「何を?! 防衛システムが働かない!」 
 触手はSTGトーメイトのエネルギーシールドをスルリと貫通すると第一装甲板に触れた。
「パルスショックを発生させるね!」
「待って・・・少し、聞いて上げよ・・・」
「マスター?」
 コックピットが赤く染まる。
 コアの音声が流れた。
「外部から侵入あり、搭乗員に精神汚染の影響がみられます」
「マスターっ! 操舵権を僕にっ!」
「大丈夫、怖いけど、大丈夫、私、ハッキリしているから、今、この子といる・・・」
「この子? コア・コンピューター、精神判定は?」
「イエローです。喪失状態とは言えません」

 マッシュはホログラムでコックピットに現れた。
 マルゲリータは気の抜けた顔をしており、目が真っ白になっている。

「マスターっ、僕に譲渡して! 早く!」
「大丈夫、落ち着いて・・・彼女は怖がっているだけだから。・・・今、私は青空の下にいるの。足元には短い草が生い茂っていて、立派な樹が一本立ってる。その下に白いテーブルがあって・・・」
「何言ってるの? マスターは今STGのコックピットにいるんだよ!」
「わかっている。そっちも見えているから・・・。私は浮いていて、フワフワしていて、眺めているの・・・コックピットに座っている私と、樹の下の彼女を・・・」
「コンピューター、精神汚染が進んでいる!」
「イエローです」
 コックピットに座っているマルゲリータの両目から涙が流れた。
「マルゲちゃん?」
「大丈夫・・・彼女たちの星が・・・星が・・・襲われて・・・こんなに小さいのに・・・可愛そうに・・・散り散りになって・・・なんで・・・こんな・・・」
 マルゲリータは瞬きもせず涙を流し続けていた。
 彼女に黒目が戻ってきた。
「マッシュちゃん、触手を広げて、彼女も入れてあげて!」
「そんな! それは・・・」マッシュは「出来ない」と言えなかった。
 搭乗員パートナーはその基本において命令をきく。
 搭乗員の命の危険に及ぶ場合は別であるが、コアは異常判定を示していない。
「トーメイト、主権の譲渡提案を申請!」
「パートナー権限を受領・・・否決されました。条件不十分です」
「マッシュちゃん、大丈夫だから・・・お願い・・・」

 即座に命の危険が及ぶ状況とは判定されなかった。
 命令に従わざる負えない。
 マッシュはホログラムを消すと、触手を展開した。

 全貌が間近で見える。

 STG28よりも遥かに大きい。
 長いといった方がいい。
 少なくとも全長は五倍以上あるようだ。
 直径は28の円錐底部より短く半分程度。
 全体は白く、円筒状で、先端が膨らんでおり、マッチ棒のような形状をしている。
 戦闘の為かアチコチが欠けていた。
 それはマルゲリータが思った通り、STG28にどこか似たものを感じさせた。
 タコパのメカニカルな触手とは異なり、その船の触手は有機的で海に揺らめくイソギンチャクを想起させた。青白く発光し、うごめく様はお世辞にも気持ちのいい光景では無い。
 それでもマルゲリータは愛おしそうにその触手を見ていた。

「包んであげて」

 彼女は自身の保護対象でも見るように穏やかな声で言った。
 マッシュは何も言わなかった。
 精神汚染は正常値に下がっている。
 バイタルサインにも異常は無い。
 今の彼女は数値上は完全に正常だ。
 マザーとの接続はオフラインのまま。
 オンラインだったらアウトだろうことは明らかに思えた。

「うん」

 マッシュは短く応えた。
 触手を伸ばしていき、ソレを包みこむ。
 白いマッチ棒は自らの触手を船内に格納すると、どういう原理か、小さく縮んでいった。
 今はSTG28と同じ全長にまで縮む。

 コレで包めないという言い訳も出来なくなった。
 円錐に寄り添う円筒。
 包み込んでいく。

 完全に包み込むと、二機は宇宙から姿を消した。

STG/I:第百二十五話:ログイン

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 全く違う場所にいる。

(地下だ・・・)



 その瞬間、自身の異常を察知する。
 STGIで宇宙の記憶に触れた際に隕石型の位置づけは体感している。
 サイトウさんの話がピン来ないのもオカシイ。
 何かズレがある。
 彼が言っていたブラック・シングとは何だ?
 ブラック・ナイトとどう違う?
 それと、あの声。
 明らかに自分じゃない。
 でも、自分の肉体から聞こえた。
 口が動いていた。
 サイトウさんの言う「君は・・・違うだろ?」とはどういう意味だ。
 何かがおかしい。

 くぐもった轟音が聞こえる。

 辺りを見渡すと、岩盤を荒くくり抜いたような壁。
 穴は大きく直径十五メートルはありそう。
 小学生の頃に頻繁に見た夢の一つ。
 地下の夢は大体ロクなことが起きない。
 シールドマシンで削ったというより、巨大な掘削機で削ったような後。

(この展開は久しぶりだな・・・)

 強制場面転換。
 昔は夢を見ている間によくあった。
 如何にも夢って感じの現象。
 夢の主催者か何かが、自身にとって都合の悪い展開になると、こういう嫌がらせをする。
 当時はそのように解釈していた。
 あの頃はあまりにも酷い夢ばかり。
 眠るのが恐ろしかった。
 でも、恐れると悪夢は余計に悪化することを知った。
 眠るのが怖くて毎日のように泣いた。

 しかし、次第に考え方が変わっていく。
 涙は一時的な癒やしにはなっても、解決にはならないと実感した。
 逃げられない以上、発想の転換が必要だと。
 夢を制御出来ないのなら、せめて自分を制御しようと気づいた。

 連中が出来るのなら自分にも出来るのではないか。
 言っても自分の夢だ。
 何にも出来ないのはおかしい。
 抗いようがないものは受け入れ、抗えるもので戦う。
 恐怖が怒りに反転し、アルことに挑戦するようになる。
 夢で生き延びる方法。
 その一つが夢を自覚する方法。
 次に、夢を終わらせる方法。
 最後に強制場面転換。

 殺人事件のストーリーに巻き込まれたのなら、その瞬間、犯人を言い当てる。
 瞬間的な認識力、洞察力、経験で出来るだけ早期に。
 始まったと同時に夢を強制終了させる。

 しかし、次第に夢は複雑化し、厄介な宇宙戦争ものに変わった。
 特に規模の大きい宇宙戦争ものは映画のように何かを倒せば即終了とはいかない。
 彼らはあらゆる手を使って夢の中で私を殺そうとした。
 私一人の為にスターシップを落とされたこともある。
 それに対抗すべく最後に編み出したのが強制場面転換である。
 
 そこから何かが変わった。

 それでも最初は全く出来なかった。
 執拗にチャレンジしていくうちに、何らかの兆しが感じられるようになった。
 必ずしも成功はしなかったが、確率は上がっていく。
 成功する時には必ず成功する兆しがあった。
 言い換えれば、それが「幸運」なのかもしれない。

 星が幾重にも自分の中で公転をしている。
 その星に「コレ」という星が回ってくる。
 その瞬間を掴む。
 その時、主催者の強制場面転換に対抗し、自分も違う場所へジャンプする。
 それがいよいよ極まってきた時、突然夢を見なくなった。
 私は勝利を確信した。

「STG28、日本・本拠点に舞台変更!」

 世界が一回転する。
 そこはもう本拠点内。

(出来た! ザマー見晒せ!)

 こんなに簡単に出来たことは一度も無い。
 実に痛快だ。
 でも安心は出来ない。
 問題はココから。
 鬼ごっこが始まる。
 捕まったら終わりのデスゲーム。
 理由は判らない。
 でも、最初に出来た時から肉体が理解していた。
 今も強く感じている。

「逃げろ!」、「逃げ通せ!」と。

 辺りを見渡す。
 感性を解き放ち、直感に委ねる。
 出来るだけ短時間に居場所を特定し、自分の立場や能力、状況を認識する。
 でないと逃げられない。
 あるものでしか戦えない。
 
(作戦司令室・・・ブラックナイト隊!)

 誰もいない。
 司令室に誰も居ない?
 ブラックナイト隊は解隊されたのだろうか。
 この短期間に?
 有り得ない話ではないが。
 ネットゲームでの栄枯盛衰は展開が早い。
 些細な揉め事から一夜にして解隊されることもある。
 それでも妙だ。

 ざっくりと、それでいて血眼になってモニター全体を見る。
 ヒントを探さなければいけない。
 司令室に描画されている情報。
 作戦活動中の様子が写されている。

(間違いない! ブラックナイト隊だ!)

 モニターにマルゲリータとSTGトーメイトの姿。
 そしてビーナス、静のペア。
 STGホムスビに乗っている。
 彼女らは一様に硬い表情をしていた。

「リアルのマルゲちゃん・・・今どうしているだろう」

 静、ビーナス、随分と会ってない気がする。
 喜びと同時に隔世の感をえる。
 ほんの僅かな期間なのに。
 モニターには知らない顔も多い。
 状況についていけない。

(そもそもコレは夢だ)

 モニターには調査隊と思しき複数の小隊が出撃中とあった。
 でも、彼女らはまるで遠足のように賑やに見えた。
 帰還してくる小隊もある。

「マルゲリータ、中隊・・・中隊?」

 夢の中ではなんでもアリ。
 驚くことはない。
 そういうこともあるだろう。

 ログイン情報に目を走らせる。
 部隊名の横に日本・本拠点・筆頭部隊と金字で表示されている。

「これは夢だ!」

 言いながら夢とは思えない自分がいた。
 夢にも色々ある。
 現実と交錯する夢もある。
 決めつけは危険だ。
 情報を集めないと。
 もっと決定的な情報を。

 夢を制御出来るかどうかは、この認知能力と、自己の置かれた状況や才能の把握、そして、それらの限られた状況と力をどう扱うかにかかっていた。
 これまでの経験からも、夢の規模が大きいほど、一人でやろうとすると必ず失敗する。
 逃げ切るにはあらゆる事象を味方につけないといけない。

 隊長がエイジとあった。
 代理にしているからありえるシチュエーションだ。
 その横に金字で宰相とある。
 副隊長がケシャ、飯田(ミリオタのこと)。同じく横に銀字で副宰相とある。
 そしてズラリと並んだ同盟部隊。
 名だたる部隊だ。
 シューニャ・アサンガの欄はグレーアウト。

「ログインになっていないか・・・」

 現在進行中の作戦をモニターに映そうとパネルを触った途端、身体が動かなくなった。

(まずい。見つかった・・・)

 亡者に全身を掴まれたような感覚。
 動けそうで動けない。
 物理的な力じゃない。
 別の何処かへ連れて行かれそうな力。
 身体が散り散りに霧散しそうな。

(アイツだ・・・)

 子供の頃からいる夢の主催者。
 追いつかれてはいけない。
 会ってはいけない。
 見てはいけない。
 怒っている。
 遊びを邪魔された幼児にように。
 激しく。

 主催者の意向を無視して強制的に場面転換を行うとやって来る。
 追いつかれたら恐らく死ぬ。
 しかも単なる夢の死とは違う。
 ズルや誤魔化しはいっさい通じない。
 完全なる死。
 消滅。

「ロビーへ!」

 叫んだ。
 辛うじて声が出た。
 夢では声が封じられることが多い。

 場面が一瞬で切り替わった。

「よし、いける!」

 でも、すぐ追ってくる。
 ロビーは奇妙な賑わいを見せている。
 何かのイベントのようだ。
 ほとんど知らない顔ばかり。
 誰も私を見ようとはしない。
 マルゲリータの表情と落差が大きい。
 お祭り前のソワソワ感。
 理解していることに乖離があるのだろう。

 急に腹が減ってきた。
 何が食べたい。
 食べたい。 
 ビュッフェには行けそうに無い。
 捕まる気がする。

「シューニャ・アサンガのマイルームへ!」

 ほんの少し浮かびあった瞬間、回廊にいた。
 もう、難なく出来そうだ。
 若い頃散々苦労した成果だろうか。

 ドアをタッチ。
 赤く光った。
「入れない? どうして」
 相変わらず夢の中で無敵とはいかないようだ。
 寧ろ現実より思い通りにはいかない。

 再びドアをタッチするも開かない。

 赤く光り、アラート。
 おかしい。
 マザーのアナウンスが聞こえない。
 コアサービスの音声すら無い。
 本来なら赤く光り、アラートが鳴った際にウィンドウが開く。
 そして警告文が表示される。
 それが見えない。
 効果音は聞こえたのに。

「ビーナス」

 反応が無い。
 というより、届いている感覚がしない。
 作戦室の様子からするとビーナスは稼働している。
 正規のログインじゃないからか?
 相変わらず夢は理屈通りにならない。
 
(来る)

 主催者に妨害されている気配は無い。
 入れない理由は他にあるかもしれない。
 例えば許可されていない。
 ちゃんとログインしないと駄目とか。
 それとも・・・他に方法が。
 夢の中の事象はパズルにように複雑な場合が多い。
 それでいて理屈通りじゃない。
 ヒントを見つけないと。

「グリーン・アイのマイルームへ」

 さっきの作戦室でログイン中と出ていたのを見逃さなかった。
 彼女の部屋は入室が許可されている。
 今度はもっと簡単に飛べた。
 近いからだろうか。
 慣れてきた部分もありそうだ。
 夢の中は現実以上にトライ&エラー。

 ヤツとの鬼ごっこは物理的距離と関係が無い。
 それでも短距離飛びはいずれ追いつかれる。
 過去にウンザリするほど繰り返した失敗。
 何らかの法則に合致すると突然距離を縮めてくる。
 出来るだけ脈絡が無い方がいい。
 でも今はステージそのものを強制転換出来そうにない。
 閉じ込められているようだ。
 こうなると厄介。

 部屋前の回廊。
 中に直接は飛べない。
 そう言えば、昔もそうだった。
 開始位置が重要だ。
 最初が司令室なら、他の司令室にしか飛べないだろう。
 でも、他の司令室は知らない。
 跳べる気がしない。
 訳のわからない理屈が作用している。

 タッチする。

(開いた!)
 部屋の中は相変わらずアバターが折り重なっていた。
 でも以前とは違う。
 リアルではビーナスが片付けたと言っていた。
 全てデフォルトの人型女性アバター。
 どれも比較的新しいようだ。

「グリン、シューニャだ、入るぞ!」

 自然に声が出た。
 夢の中では声が出せない方が多い。
 声が出せないと詰むことも多い。

 閉まると、追手の感覚が一気に遠ざかった。
 昔と法則は同じようだ。
 外から屋内に入れると逃げられる確率がグンと上がる。
 苦労したのは部屋や家に入れないことだ。
 住人がほぼ居ない。
 昔あったRPGの入れない家や部屋と同じ現象が起きる。
 誰かいないと入れない。
 しかも、誰かいても住人が許可しないと入れない。
 強制的に入ることは不可能。
 そして、入ることにこだわると追いつかれる。
 そうだ、忘れていた。
 入れればアドバンテージだが勝確では無い。

(思い出した・・・)

 入れさせてくれたヒロインが犠牲になった夢がある。
 それ以来、部屋に入ることが怖くなった。
 思い出したくない夢。
 忘れていた夢。
 胸くそ悪い夢。
 しかもシリーズものだ。
 罪悪感と怒りと悲しみにただ暮れる。
 あの夢は精神的に危なかった。

 物音がする。
 見ると、ベッドに横たわっているアバターが一体起き上がった。

「グリン、生きてたか・・・」

 安堵が熱風となった身の内を通り過ぎた。
 横になっていた女性型アバターはノソリと起き上がる。
 グリンは私を見ると口角を不自然に思いっきり上げた。

「ほら、もう忘れてる。口角を上げすぎ。それに目尻を少し下げて、頬肉をちょっと上げて」

 アバターは言われた通りやって見せた。

「そうそう! そんな感じ・・・良かった」

 シューニャは安堵のあまり声なく笑い出した。
 同時に気づく。

(夢と現実が交錯している)

 この場合は怖い。
 夢の出来事が現実でも少なからず影響を与えることが過去に何度もあった。
 ほとんどの夢は登場人物は朧気で見たことも無い顔ばかり。
 知人が出ることの方が自分の場合は稀だ。
 そして知人が出ても舞台や展開は荒唐無稽である。
 そうした場合、知人が味方として役割を演じたことはほぼ無い。
 現実とリンクしていないのだ。
 でも、舞台や展開がリアルと合致する時、決まって奇妙なことが起きた。
 そしてその時、演者もまたリアルそのものであった。

 このグリンは間違いない、あのグリンだ。
 そして味方なんだ。
 今正に現実に介入している。
 以前よりハッキリと感じられる。

 グリンは私の顔を指でさして、次に壁の鏡を指し示した。

(鏡を見ろ、ということか)

 振り返ってギョッとする。

(シューニャじゃない・・・デフォのアバター・・・グリンと同じ・・・)

 さっき入れなかった理由はコレか。
 STGIに引き篭もる作戦を考えた際、入室許可を見直したんだ。

 そして瞬間的に理解する。
 これがアカウント情報が無い幽霊アバターの原因。
 正規のログインを経ずにログインしているヤツがいる。
 グリンと他にもう一人は確実にいた。
(アレは恐らくサイトウさんだ・・・)

「あ、あーっ」

 グリンが何かを言いたげに声を上げた。
 以前の彼女は全くと言っていいほど音声を発しなかった。
 そういう器官をもたない種族の宇宙人なんだと理解している。
 だから引き篭もっている間に指南した。
 何かある時は声を出すようにと。
 発声練習もさせた。
 
 彼女は両手を前へ出しブラブラさせている。

 情報交換をしたいという意思表示だろう。
 簡単な手話を教えたはずだったが、意思疎通を図る場合は思念を使った方が早い。
 シューニャの時は宇宙というクラウドを介して会話が出来た。
(でも、恐らく・・・)
 グリンを見て思念を送る。
(やはり無理だ)
 そんな気がした。
 この素体では無理なようだ。
 グリンもさっきから見つめていることから試していたのだろう。
 それにしても、たったコレだけの動作で随分と愛らしく見えるものだ。
 笑みを浮かべ彼女の右手を握る。

(あれ? 疎通出来ない)

 グリンがじれったいと言いたげに左手も握った。
 すると、彼女のこれまでの記憶がドッと津波のように押し寄せてくる。

「うあっ!」

 電気で弾かれたように私は倒れた。
 頭を抱え蹲る。

(頭が痛い! 割れそうだ・・・)

 情報量が多すぎる。
 コッチの受け皿が小さすぎる。
 細い管に大量の水を一気に流し込もうとして管に圧がかかる。
 血管が破裂しそうな痛み。
 全く同じようで違うんだ。

「グリン、少しずつ頼む。頭が破裂する・・・」

 頷いている。
 頷きは一、二回でいいと言ったのに。
 まだ頷いている。
 でも、その様がなんとも愛らしい。
 恐る恐る手を合わせる。

 彼女の情報がゆっくりと流れ込んで来た。

STG/I:第百二十四話:入夢

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 ずっと考えてきた。
 色々なことを。



 一つは、何故マザーはパートナーで戦わないのか。
 彼女らなら地球人より優秀かつ忠実だ。
 自らの手足となって動く。
 事実マザーは緊急時にそれに近いことをやっている。
 だが、それは常に規則に則ってのこと。
 パートナー・システムを導入したのは地球人の進言と聞く。
 地球人全てが「パートナーで戦うこと」に同意すればマザーは自らの力を存分に振るうのだろうか。
 恐らくそれは無い。
 規約の類で縛られているようだ。
 しかも地球人と違って厳密かつ厳格で、破ってはいけないものに感じる。
 同時に地球人が権利を手放すとも思えない。

 地球人と宇宙人との契約は公開されていなかった。

 一般搭乗員が目にすることは出来ない。
 条約が見られるのは本部委員会でも一部とサイキさんが言った。
 ブラックナイト隊が本部に入れる可能性は現時点では低い。
 本部宰相が開放すれば読めそうだが、過去誰もしたことがない。
 無理も無い。
 自身も苦い経験がある。
 管理する側になった途端、容易に開放しなくなる。
 部下に言われて改めたことがある。
 これまで本部委員会経験者のほとんどはSTG28を去っている。
 色々な理由があるにせよ、それも気になるところだ。

 次に、マザーの狙いだ。
 単純に地球防衛を割り当てられた可能性は低くない。
 だが、敢えて選んだ可能性もある。
 フェイクムーンとの交渉の際に、彼女らから「惜しい」というものを感じた。
 だとしたらその理由はなんだろうか。
 それがわかれば交渉に使えなくもない。
 STGシリーズは全てマザーの管轄なんだろうか?

 そしてマザー以外の知的生命体だ。
 サイキさんの話ではアダンソンと命名されている宇宙人がいるらしい。
 他にも会ったことがあると言っていた。
 彼女らはどういう括りにいる集まりなんだろうか。
 本当に異なる生命体なんだろうか?
 種類の違いということは無いだろうか?

 いずれにしても知らないことが多すぎる。

 見えない綱を渡っているようだ。
 今は足元の感覚を頼りに歩むしか無い・・・なんとも心細く恐ろしい。
 踏み外す可能性が常にあるんだ。

「皆・・・大丈夫だろうか」

 カーテンを開け、窓越しに空を見た。
 快晴の空を見ても心が踊らない。
 宇宙を望んでいる自分を感じる。

「今は生きている。それだけでも儲けもんだ。出来ることをしよう」

 その後、パソコンからSTG28にログインしようと試みたがやはり駄目だった。
 ネットワークの設定、ソフトの起動設定も弄ってみる。
 結局は徒労に終わる。

 久しぶりに世界のニュース記事を読む。
 相変わらずいいニュースは無い。
 特に国内の惨状ときたら目を覆うばかり。
 何時から日本人はここまで愚かになったのだろうか。
 いや、少なくとも世界的に劣化していっているのは過去の書物からも明らかだろう。
 それでも日本人の劣化速度は別格な気がする。
 記事を読みながら、学生時代に読んだUniverse25を思い出し寒くなる。
 当時は、言っても所詮はマウス実験だからと不安を抱えながらも否定した。
 人間が愚かといっても流石にマウスとは違う。

 ところがどうだろうか。

 今まさに同じような経過を歩んでいる。
 人類の知能がマウスレベルなのか。
 マウスレベルに落ちたのか。
 そもそもマウスと人間、対した差が無いのか。
 動物とはそもそもそういうものなのか。
 いや、だとしたら恐竜の方が遥かに賢いということになる。

(マウスと人間が同列)

 到底受け入れ難いが、事実そうなっている。
 ふと、少し嬉しくなっている自分を見つけた。
 まるで普通の暮らしだ。
 STG28に参戦するまでは生きることが辛すぎた。
 覆う倦怠感、請求書と見つめ合う日々。
 晴れることのない心、治ることの無い身体。
 不快感に満たされる世界。
 昔はそれこそ「いっそ殺してくれ」と何度も願ったものだ。
 無意識に電車に飛び込みかけたこともあった。
 電車がホームに入るのを見た際、足がフラッと前へ出てた。
 たまたまOLと目が合った。
 彼女の顔で我に返った。
 不安な顔をしていた。

「人様に心配されるような人間になるんじゃないよ」

 祖母の言葉が去来する。
 巨大隕石群が降ってくる可能性なんて嘗てはリアルに感じられなかった。
 それどころか「いっそ降ってこい」と思っていたのに。
 あの時は現実感が無かったから言えたんだろう。
 現実にはこの瞬間に降ってこない確証は無い。
 今、生きているということは、本当に奇跡、偶然なんだ。
 今まさに、彼らによって守られていると感じる。

「皆、ありがとう・・・」

 こうしている間にも普通の人たちが命がけで守ってくれている。
 宇宙では彼らが、地球では我々が。
 偶然性と必然性の上に命がある。
 
 食事の量が増えている。

 味の好みは特に変わっていない。
 だが肉食への渇望が増している。
 五年ぶりに冷凍食品の唐揚げを食べた。
 こんな美味い食べ物があったのかと感動してしまう。
 知っていたはずなのに。
 胃腸が弱くなり、自然と遠のいていった。
 便秘になり安く、加えて肉食は便や体臭が増すこと、日本人は肉の消化には向いていないことも知り植物性に切り替えていった。

 十年ぶりに筋トレもしてみる。

 以前は三十回と出来なかったのに、あっと言う間に百回出来てしまう。
 少し動いただけで嘗ては息が苦しかったのに全く平気だ。
 心不全気味だった。
 スクワット等は何回も出来なかった。
 跳ねるように出来る。
 逆立ちは二十年とやっていない。
 難なく出来た。

 おかしい。

 何かがおかしい。
 出来すぎる。
 これだけ動いても全く疲れない。
 まだまだ出来そうだ。
 頭のクロックも信じられないほど速く感じる。
 十年前に買って投げ出したFPSを久しぶりに起動してみた。
 明らかに動体視力が上がっている。
 ついていけなくなっていたのに。
 それだけじゃない、反応出来ている。
 手も、頭も。
 しかも正確だ。
 以前はピタリとマウスを動かすことが出来なかった。

 記録をとろう。

 今までも食事は撮っていた。
 胃腸がおかしい時に逆算的に食材を特定する為だ。
 そうでもしないと直ぐに体調を崩す。
 食後に自分の顔も撮ることにする。
 以前は肉体に異常が出た時だけ写真を撮っていた。
 加えて一日一度全身写真を一枚、室内の写真もとり変化を記録する。
 認知機能の確認になる。
 玄関とパソコン、寝室を集中的に。
 認知症が入っているという可能性も否定出来ない。
 機能低下がある場合、記録と認知にズレが生じる。
 自覚するには客観的に捉えるしかない。

 十年前に原因不明の記憶障害を起こした際もこれで乗り切った。
 元からメモ魔だったが、行動記録もとるようにしていた。
 会話は基本的に録音し、齟齬がある場合に聞き直した。
 ズレが多々あった。
 それを認識することで少しずつ治っていった。
 でも、肉親や友人には「遂に狂った」と言わしめた行為だ。
 STG28の一件で、ここんところはご無沙汰だったな。
 面倒だが仕方がない。
 
 体調を少しでも改善しようと、この二十年、食事は大幅に見直した。
 一定の効果はあったが、根本的な改善にはつながらなかった。
 最も大きかったのは睡眠時間だ。
 睡眠時間が個々によってここまで必要時間が違うとは思わなかった。
 日本人の標準化意識による硬直は病的だ。

 ある夢を思い出す。

 血まみれのシューニャの口。
 肉団子になったブラックナイト隊の隊員。
 あれも何か関係があるのかもしれない。

 睡眠が長時間になる理由は自分なりに推測している。
 慢性疲労症候群を始めとした自己免疫疾患。
 少なくとも自分を観察し続け、結論づけた。
 ダメージから回復する際に多くのビタミンを始め要素を浪費してしまう。
 休むこと無く攻撃する自分。それを治す自分。当然疲労を伴う。
 毎日満身創痍での入眠。
 何もしていないのに疲れきっていた。

 この日、何も成果が得られず眠りに入る。

 STG28のことを考えていたら知らず眠っていた。
 夢は嘗てより現実としか思えないほど鮮明だった。

 鋼鉄の大地。
 秋終盤に見られる天高い晴天の青空。
 雲がタイムプラスで撮影したかのように高速で動いている。
 実にドラマティック。

 美しい。

 目の前には何時ものように白く塗られた小さな鋼鉄製のテーブルが一つ。
 これまた鋼鉄製の白い椅子が二つ置いてある。
 蔦をデザインしたかのようなテーブルと椅子。
 ゴツゴツとして洗練さは無いが手作りを思わせる。
 ここ暫くは入眠すると直ぐにこの光景が見えた。

「来たね」

(今日の客は誰だ?)
 今日の客と思ったが、客が来ない日が多い。
 中年の髭面の男性が空間から滑るように現れる。
 待っていたようだと直感する。

 髭は案外難しい。
 整えないと不潔感が出る。
 彼は整えていない割にそれが無かった。
 似合っているのだろう。
 私は髭が伸びると皮膚炎で発狂しそうなほど辛くなる。

 男性は椅子に座らない。
 急いでいることを意味する。

「アレは君がロックしたの? 何があった?」

 彼の背後に見える雲の象形が覚えのある物体に成った。
 STGIホムスビ。
「ロックって何?」
 男は少し斜め上を見ると言った。
「君じゃないか・・・なるほど。不味いな・・・」
 私は目線で「どうぞ座って」と促す。
 彼は首を振った。

「君の船は取り敢えず出しておいたから回収しておいて。悠長にしていられない。かなり流されている。それと、アダンソンの支援はしばらく受けられない。もう判ったろうが、アレを扱う際は気をつけて。無闇に浪費しないように。少なくとも隕石型と一戦交えるような状況じゃない限りまともには扱えないと思った方がいい。便利だが格納庫で何かしようと思わないように。身に覚えが無いだろうがアダンソンとの契約は条件が厳しい。借りパクも無視も一切出来ない。利息も大きい。放置すると貴方自身も食われる。そして血縁および関係性の強い順にそれは起きる。搭乗出来たら自我が保てる内に一刻も早くエネルギーを吸収すること。君が乗っている状態でアレの制御が失われた場合、責任は君に覆い被さるからね。君が責任を回避出来ない場合、地球人に降ってかかかる。アダンソンは恐らく我々を利用しているに過ぎない。上手に対峙するように」

「会えませんか?」

 声が出た。
 夢で声が出ることは自分の場合は稀だった。
「また来るよ。今は時間がない。私は今、STGやSTGIに乗れない」
「地球では?」
 別な声が自分の口から出た。
(誰だ?)
「リアルでは会えない。色々面倒な立場なんでね。味方は皆無だ」
 自分の意思とは違って悔しがっているのが感じられる。
「地球は勝てるんですか?」
 俺の声だ。
「勝つ? ああ、そういう認識か・・・」
 彼は残念そうに下を見た。
「勝つというのは無いよ。あるのは距離を保った協調だ」
「隕石型とですか?」
 違和感なく声が出せる。
「えっ? いや・・・今、STG28では教育はどうなってるの?」
「教育?」
 彼の表情が曇る。
「なるほど・・・そこまで退化しているのか。・・・簡単に言うとアレは宇宙そのものだよ。例えるなら細胞の代謝と変わらない。必要だからいる。勝つも負けるも無い」
 ピンとこない。
「ではどうして我々は戦っているんですか?」
「天災と言い換えるとわかり易いか。天災は必ず起きる。それに対して我々が事前に出来ることは備えるようにすること。災害時に適切に対処する知恵と行いのみ。だけど災害をある程度コントロールしようとはする。それと同じだ。本来なら天の川銀河に来るタイミングではなかった。引っ張った者がいる」
「宇宙人!」
「まあ、我々も宇宙人なわけだが・・・。地球外生命体ではある」
「マザーですか?」
「彼女が出来ることは限定的だ。本件もマザーが調査している」
「味方なんだ・・・」
「視点による。まあ、限定的に味方と言えなくもない」
「マザーが解決すれば、隕石は降ってこないのですか?」
 語彙が増えつつある。
 かなり自由に発言出来るようになっている。
「何れは降る。当面という意味では君の言う通りだ。最もそう簡単ではないだろう。地球でもそうだろ? 外来種が知らず生息しだすと完全に追い出すことは困難だよね。それは時が経つほどに深刻になる。でも普段は放置に近い。それと同じだ。だからこそSTG機関を提供されている。それと、彼女らの活動スパンは地球人より長い。君が生きている間に解決するかどうかはわからない。少なくとも私が就任した際には既に始まっていたよ。紡いでいくしかない。安全をね」
「今更失礼ですが、貴方はどなたですか?」
「サイトウだよ。知らない?」
「サイトウさん! 私はシューニャです!」
 彼は首を傾げた。
「君は・・・違うだろ?」
「え?」
「なるほど・・・。境界を保て。己を出来るだけひいて見ろ。認識しろ。君は見えていないようだ・・・」
 サイトウは半歩出ると眉をしかめ覗き込んだ。
「どうされました?」
 サイトウの顔が険しくなった。
「動くな」
 彼の顔が緊張している。
「自己を俯瞰するんだ。境界を越えるな。認識しろ。ブラック・シングには絶対に近づくな」
「手遅れだ」
 別な声が自分の口から出た。
「誰だ! ブラック・シングって何ですか?」
 彼の背後に雲が像を成した。
 アレは黒なまこだ。
 私の背後を見たサイトウが青ざめる。

「君・・・どうしてアダンソンは・・・何時からだ!」

 空が暗転し、雷鳴が轟く。
 風が渦を巻き雲が巻き込まれていく。
 そして雲をスクリーンにして早送りの映像が投影されると稲光の合間にそれが見えた。
 STG28の戦いの歴史。
 それは竜巻のように一瞬で通り過ぎた。
「・・・」
 サイトウが絶句している。
 あれはどういう顔だ。
 危機感と恐怖と失望と焦りが綯い交ぜになっている。

「・・・地球に居てはいけない・・・」

 自分の意思なく身体が勝手に動いた。
 白いテーブルを横倒しにすると飛びかかっている。
 人間とは思えない跳躍力。
 口を大きく開いている。

 サイトウは空間の亀裂に身を滑らせると、消えた。

 鋼鉄の大地に蛙のように着地する。
「くそ・・・」
 私の声じゃない。
 真っ暗な空に真っ黒な雲が円筒形を成す。
「なんだ・・・アレは・・・」
 俺の声。
 闇がゆっくりと晴れ、巻かれた雲が元の場所に戻っていく。

(息が・・・苦しい・・・)

 顔を上げると、地平線の彼方に歩く者の姿が見える。
 それは陽炎のように不安定。
 次第に黒い形を成す。

「・・・仏様?・・・」

 手観音みたいに多くの手が見える。
 でも頭が大きい。
 その黒い塊はヨロメクと前のめりに倒れた。
 無意識に駆けっていく自分。
 その時、下から突き上げるような衝撃が襲った。
 世界は激しい振動と轟音、地割れによって崩壊する。
 空が高い音を立ててガラスのように割れた。

STG/I:第百二十三話:気づき


「やはり器の残骸だけか・・・」


 サイトウは慎重に観察すると円筒に侵入していく。
 吸い込まれる気配は無く、自らの意思で中心部まで進む。
 STGIホムスビはまるでゴムボール内に固定された玩具のようにそこにあった。

「搭乗員に告げる。転移法で位置を入れ替える。備えよ」

 反応は無い。
 コックピットに黒い塊が鎮座して見える。
 まるで泥で出来た人形だ。
 動いていない。
 筒の反対側から差し込まれる光で、物体であり、立体であることが見てとれる。
 内側は全く光が通らない。
 泥人形の分析結果に数値は出ておらず、恐らく不明を意味した。
 形状から人間であり、男性の可能性を想起させる。

「本船コアにコンタクトは出来ませんか?」

 コックピットが赤く明滅。

「出来ないか・・・ミラーなのに。となると、ロックされている可能性が高そうだ」

 オレンジに明滅。

 基本的に要注意を意味するが、複合的な意味をもつ。
 船体に危機が迫った際、物理的にも電子的にも内部へ侵入させない為に搭乗員がロックすることがある。
 つまり、この船体は危機的状況にある。
 その上でブラック・シングの只中。
 中に入ることは到底愚かな行為に思える。

「条約上、提供者であるアダンソンに回収義務があるわけですが、動けない。だから代わりに回収を委ねたで間違いないですね」

 強く青く明滅した。

「これは借りですから」

 青く明滅。

 このまま地球防衛圏外を漂流しているのは条約違反になる。
 地球はそのものは同盟の括りには居ないが、義務が全く無いわけではない。
 STG28を扱う以上は知ろうと知るまいと一定の義務と責任を伴った。
 その為に彼のような者が選ばれていた。
 遵守しなければ関係性は遠ざかり、すれば近づいていく。
 それ以外は個別案件。

 どうして母星の連中に頼まないんだ。
 アダンソンらしいと言えばらしいが。
 独立独歩だからな。
 わざわざ言葉が通じないヤツをよこしたということは余程余裕が無いらしい。
 ロックの原因はなんだ?
 この黒い搭乗員か?
 それともウィルス的何かなのか?
 侵入者か?
 意図的にブラック・ナイト化を防ぐ為の措置なのか・・・。

(どれもありそうだ)

 STGIプラスマターが落ちないのは器の因子がマイナス・マターだからだろう。
 もしくはブラック・シングを媒介に動力を伴うプラス・マターという可能性も。
 見ようによってはブラックホール・エンジンに近いか・・・。
 もっともアダンソン型では聞いたことがない。
 連中の仲はお世辞にもよくない。
 敵対的協合なのだろうか?
 目的は全く違うように思っていたが。
 そもそも天の川銀河では禁止されている。
 どう転んでも重度の条約違反。

(マブーヤが噛んでいる可能性がある)

 使わせろと主張していた。
 連中のブラックホール・エンジンなら地球圏まで一足飛び。
 でもコイツはどう見てもアダンソンの船。
 搭乗者による夢の体現。
 加えて随分と具体的。
 明確なビジョンがあるだけでなく、恐らく自らスケッチし、細部に渡って趣向を凝らしたのが伺える。そうでない限りココまで具現化されない。
 アダンソン型なのにブラック・シングに吸収されるでもなく、抗っているでもない。
 ただ浮いている。
 水に包まれた油のように。
 馴染むわけでもなく、強く反発するでもない。
 いずれにせよ・・・

「彼も選ばれし地球人・・・」

 それにしても困った。
 私の意識が無い間に何が起きてたんだ。
 どうしてブラック・シングが太陽系に比較的近い宙域まで流れてきている?
 マブーヤの仕業だろうか?
 STG16を引き上げたのも彼らの進言だと聞く。
 末期を迎えた文明星が全て同じ道を辿っているのは今の所は事実だ。
 終末期を無視するのは一定の妥当性があると言えば言えなくもない。
 少なくとも28は、末期の入り口は越えている。
 このまま地球圏は捨てるのか?
 それとも事の大きさからして天の川銀河全てなのかもしれない。
 まさかSTG全てを引き上げたいのか?
 連盟の意思なのか、マブーヤ単独か、マザーは知っているのか?
 アダンソンは結局何をしたかったんだ?
 マザーはどうして地球を選んだ?
 この状況は最悪に見えて、打破する為の切っ掛けを与えられていると言えなくもない。
 マブーヤが地球の保護に乗り出すことだけは有り得ないが。
 アダンソンがもう少し話の出来るヤツだったら良かったが。
 連盟で孤立の道まで選んで、何をしたいんだ連中は。
 何れにしても隕石型の本格的進行が始まったら終いだ。
 抵抗の術はない。
 今は29が標的になっていると聞く。
 何者かの気まぐれでターゲットが決まる。
 連盟は犯人探しをする気がないし。
 抗えなければ死滅。
 遅いか早いかの差。
 もっとも宇宙単位で見れば充分な時間なのかもしれない。
 ほっといても地球人は自滅するシナリオしか見えない。
 だからマザーも手を拱いているのだろう。
 可能性の手が地球から伸びない限り手を引くつもりなのは間違いない。
 彼女らは冷静かつドライだ。
 アダンソンはその後で自らの食用星として地球を欲しいのだろう。
 連中は貪欲だ。
 文明星の中では地球人同様に食にこだわる。 
 連盟における地球の評価は信用出来ない文明星。
 ファースト・コンタクトが不味すぎた。
 可能性を示さないと・・・私達が意味がある存在だという・・・。

 眼前のホムスビが青く光った。

「よし。転移法始動」

 コックピットが青く明滅する。

「アダンソンが戻ってきたら伝えて欲しい。私のSTGのアバターをどうにかして再配給願います。現在本拠点に入れない。それとSTGIのアバターも予備が必要です。現行STGIアバターは心身喪失につき機能していない。また、STGIマイナス・マターは何者かの侵食を受けコントロールを奪われています。彼が命名したジェラスを放置するのは我々にとって危険です。仲間も既に集結しつつあり、ブラック・シングも彼女らが纏ってきた可能性があります。地球は条約に加盟してはおりませんが、これを見過ごしたのは連盟内において明確な義務違反です。連盟が対処すべき案件と考えます。地球側のいち管理官として正式に抗議いたします。以上」

 ゆっくり青く強く明滅した。

 STGIホムスビと向かい合っていた黒い飛翔体はくるりと船首を反転すると後退した。
 飛翔体の船尾がホムスビの船首に接触する。
 衝撃は発生しない。
 まるで映像がピントを合わせるように重なっていく。
 そして完全に重なった。
 刹那、STGIホムスビが消えた。
 そこには円筒状の闇とホムスビの形で撃ち抜かれたような穴だけが残った。

*

 サイキとの会話は毎度のことながら収穫が多い。
 彼から伝わる恐怖心からいって私自身が何かしたのだろう。
 記憶が完全に途切れた僅かな間。
 彼がそれを黙っていたことからも、敵か、味方か判断をつきかねたのだろう。

 彼の口が饒舌なようで次第に重くなっていったことが思い出される。

 帰り、ボタンをとめる際に上着からチラリと見えた。
 彼のことだ、モデルガンじゃないだろう。
 そしてアタッシュケースに見えた針のついた銃。
 あれはスタンガンじゃないのか?
 ワイヤーは伸びていた。
 あれは恐らく撃った後だ。

 同行したヤマザキもカタギじゃない。
 明らかに顔が違う。

 私の身体か、周囲に何かが起きたのだろう。
 それで私を怖がってる。
 彼が失禁したのは、私が意識を失っている間に何かをしたからだろう。
 あの誤魔化しようが無い反応。
 圧倒的な恐怖心。

 私はマザーが言うように地球人の敵になってしまったのだろうか。
 確かに肉体がおかしい。
 元気過ぎる。

 あれは小三の頃。
 毒でももられたように疲れて動かなくなっていく肉体。
 歳を追うごとに悪化する疲労感。
 増える免疫疾患。
 医者に行っても治らず、大袈裟と言われた。
 当時は免疫疾患という言葉すら無かった。
 皆には怠け者と罵られ。
 原因がわからない疲労。
 子供にしてこの身体は壊れていると確信した。
 大人や医師達は「絶対に治る」と叱咤したが、「絶対に治らない」と理解した。

 それが今は違う。
 羽でも生えたかのように軽い。
 マグマが溢れ返るように何でも出来そうな肉体感覚がある。
 根拠の無い自信が湯水のように湧いてくる。
 サイキさんに殺意を込めて睨まれても全く怖くない。
 逆に秒速で倒せそうな気さえする。
 恐らく三日ぐらい寝なくても平気だろう。
 実際のところ全く疲れていない。
 何かが起きている。
 俺の身体で。

 これまで眠ることだけが唯一の開放だった。
 食事をすると倦怠感は増す。
 眠気も増す。
 だから食事は苦痛だった。
 眠ることだけが救い。

「救いなのか?」

 子供の頃から夢はリアルだった。
 わけのわからない何かと何時も戦っていた気がする。
 毎日、毎日、来る日も来る日も。
 地底であったり、空であったら、宇宙だったり、時々海だったり。
 そう言えば、一人乗りの宇宙船のコックピットが割れて宇宙を漂流したこともあった。
 あれは凄まじい恐怖体験だった。
 普通、夢の中では死なないらしいが、何度も死んだことがある。
 改造人間になったこともあった。
 入眠した途端に改造中。
 でも、それらも終いには慣れた。
 何せ物心ついてからずっとだ。
 夢のくせに何一つ思うようにならない。
 あの夢は傑作だったな。

 夢に入った瞬間にポップカラーの宇宙船の中にいて、自分もマントなんか羽織ってて「あっ、コレ夢だろ!」って言った瞬間にレーザーピストルでヒロイン風の美女に心臓を撃ち抜かれた。不機嫌な顔でだ。でも俺は「夢だから平気だも~ん」って笑い返す。キャップが不愉快そうな顔をして腕を振るんだ。もうお終いだと言いたげに。そして次の瞬間には地下にいる。俺が地下を嫌いなことを知ってやがる。嫌がらせだ。巫山戯やがって。でも結局は俺が最後まで見抜いて連中が呆れて目が覚める。ある意味で俺の勝ちだ。夢主催者は何が気に入らないのか、その度にステージを変えて俺を苦しめることにご執心だった。

 どれもこれも勝ち目の無い戦いばかり。
 夢なのにスーパーパワーも使えない。
 ヒロインとイチャコラも出来ない。
 全てが全て敵。
 なのに自分はモブ中のモブ。
 夢の中ぐらい自由にさせろって。

 子供の頃は恐怖でしかなかった。
 永遠に続くトイレの中で汚物に塗れながら銃撃したこともあった。
 人生であれほど怖い夢は見たことがない。
 入眠と同時に空中に放り出されたこともあったっけ。
 羽があるのにハリボテで羽ばたかず、地上まで落下したことが何度もある。
 夢での死は何も面白く無い。
 単なる無。
 だから途中で自分を覗けるようにした。
 死の直前に見ている側にすげ替える。
 自身の亡骸に「酷いことをする」と憐れむ。

 最終的には夢の中でどれだけ制御出来るか実験するようになった。
 エンターテイメント化させていった。
 こんな糞みたいな夢のパレードでも倦怠感が無いだけましだった。
 救いだった。
 あれは生き地獄だ。
 経験したものじゃない限りわからない。
 そして克服した。
 克服したか?
 今も続いているわけだが。

 黒い人影、雷雲のような人間、人魂のように浮かぶ黒い塊。
 あれも夢なんだろう。
 昔から奇妙な夢ばかり。
 起きている間には会えない連中。

 時々、シリーズものや、同じ搭乗人物もいた。
 言い換えれば夢のレギュラー。
 ずっと忘れていたのに、今は絵にも描けるぐらハッキリ記憶している。

「おかしいな・・・覚えているぞ」

 夢なんか覚えていても意味が無いのに、割と覚えている。
 ただ、それでも断片だった。
 今はハッキリと再生するように覚えている。
 楽しい夢なんて一割にも満たないのに。

 あの夢もそうだ。
 覗き込んだシューニャ・アサンガ。
 俺がデザインしたアバター。
 夢の中で幽体離脱したことはある。
 でも彼女は俺とは別の人格として自立して動いていた。
 あの経験は初めてだろう。
 影と喋っていた。
 STG28に関係することを。
 リアルの延長線にある夢も割と見るから不自然には思わなかったが。

 ビーナスに質問をしたことがある。

「パートナーは夢を見るの?」
「地球人で言うところの夢は見ません。脳のデフラグのことですよね?」
「人間の夢はそうらしいね。記憶の断片を無理矢理つなげて、取り敢えずでっち上げた結果の産物。だから意味不明だし飛ぶ」
「人間の脳は主にストーリーにして格納する傾向がありますからね。私達の記憶はコンピューターに近いので、インデックスをつけてバラバラに格納されます。その際に共通部分は削除され圧縮されます」
「人間も圧縮するらしいね。だからゴッチャになる。君等からしたら圧倒的に情報量が多い割に意味の無い我々の発言や行動の数々は性格相性を上げる為のカスタマイズ材料となるんでしょ。その辺りの保存や判定はどうなっているの?」
「さすがマスターご存知でしたか」
「いちをプログラマーもやっていたからね。なんとなく想像した」
「判定した後はマザーに一時材料としてプールされ、私達の中にはありません。何時でも取り出せますので」
「ということはオフラインになるとストックしない?」
「寧ろオフラインの方がストックせざるおえないですね。マザーに預けられないので。一定期間プールされ、重要度判定の材料になります」
「どれくらいの期間?」
「一年です」
「断定ということはルールか」
「はい。情報量の如何によらず一年で選別されます」
「なるほど、さすが能率がいい。溢れるぐらい多かった場合は?」
「重要度や時系列に応じて上書きされます。類型化されるので三十年以上は溢れることはありません」
「ぶっちゃけ本当に重要な情報と比較したら、それらの情報ってどれぐらい占める?」
「99%以上ですね」
「はは、やっぱり多いな。君等からしたら私らは馬鹿以外の何者でも無いんだろうね」
「そんなことありません。私は好きです」
「・・・で、改めて聞くけど、夢は見るの?」
「見ません」