STG/I:第百四十六話:選択

 外灯も無い闇の中。

 弱々しい光が微かな希望のように灯っている。
 闇を割く一筋のヘッドライト。
 車は灯から少し遠い位置に止まった。
 昔ながらの日本家屋が薄っすら浮かび上がる。
 止まるや否や、運転席側の後部座席が開いた。
 背中がやや弓なりになった小柄な男性が下りて来る。
 助手席からは山のような上半身をした男が慌てて下りた。


「明日は四時半に迎えに上がります」
「正午でいい」
「でも、ドランゴンは・・・」
「正・午・だ」
 背格好に似合わない迫力。
 声は切れ味を感じさせる。
 その一方でノイズの混じったザリザリとしたもの。
 まるで刀身だけは研いで鋭いが、後は錆びている。
 そういった印象の声。
 大男は憤りを瞬時にかみ殺すと、運転席の何者かと簡単な言葉を交わした。

「わかりました。では正午に」

 車は山のような大男を待たず直ぐに動き出した。
 流れるように山は助手席に滑り込む。
 車は速度を上げ去っていった。

 ヘッドライトに一瞬照らされた男は、何処にでもいるような老人。
 再び闇で満たされる。
 老人は星空を仰ぎ見た。

「長生きするものだなぁ。トモザカ、マガキ、皆ぁ・・・」

 どこか恍惚して見える。
 目を瞑ると、口角が歪む。

「ざまぁねぇ・・・人間も終わりだ。所詮は賢いふりをした猿。でも、敵はとるぜ・・・」

 灯から二つの小さな光が出て来た。

「じいちゃーん! おかえりーっ! 宇宙人たおしたぁ~?」
「地球すくったぁ~っ?」

 小さな男の子達だ。
 闇の中にも関わらず老人の元にまっしぐら。
 足元に抱きつく。

「まだ起きとったんか。寝らんと強くならんぞ」
「ねぇ! 宇宙人たおしたぁ~?」
「地球すくったぁ~っ?」

 老人は笑みを浮かべると二人を抱き寄せた。

「むぞらしか、むぞらしか」

 その抱擁は柔らかく強い。

「明日からだ」
「エイジってどうなったの?」
「なきべそエイジ!」

 老人の顔がほころぶ。

「戦こうそうだ」
「うっそっ!」
「すげーっ!」

 玄関から別な顔が覗かせる。
 強い光を放ち彼等を照らす。

「お爺ちゃん、いつ帰ったの? こら、早く寝なさい!」
「え~っ!」「ききたいっ!」
「寝らんと、いいパイロットになれんぞ」
「え~・・・ききたいぃ・・・」
「ききたいよ~」

 二人は絵に描いたような地団駄を踏む。

「ほれ、上官の指示は聞かんと」
「お爺ちゃん、言い方っ!」
「お~オジ~オジ~」

 子供達は腹を抱えて笑い、三人は手を繋いで歩き出す。
 玄関が締められ、暫くすると燈が消えた。

 花火が消え、闇が覆う。

 眼前に巨大な円錐。
 冗談みたいな光景。
 皆はそれをSTGIバルトークと呼んだ。

 多くが呆然と周囲を見渡す。
 お互いの目線が折り重なる。
 手を見つめる者。
 頬に触れる者。
 無意識の行為。
 生存確認。

 歓声は無かった。
 何が起こったか判らないのだ。

 武者小路は頭の中で今起きたことを整理している。
 直前に見た着弾予想は、まさにバルトークを指し示していた。
 そのバルトークは無傷。
 防いだのは天照。
 そして天照の盾は万能ではないようだ。
 ダメージに応じて削れている。
 盾の多くは消失し、幾つかは発光が薄くなっている。

 D2Mは日本・本拠点よりバルトークの攻撃を優先させた。
 先だってあった人類初の宇宙戦争。
 消えたブラック・ナイト。
 その後の会議で双方が先に手を出したのは相手だと証言。
 STG国際連盟の多くはD2Mを支持。
 エイジとミリオタはハンガリー側を支持。
 その決議がまだ終わっていない。

 それは圧倒的大多数が興味の無い中ニュース。
 だが、武者小路は熱い視線で見守っていた。
 彼からするとエイジ達の判断は無策に思えた。
 単純な感情論。
 この世は感情論では動いていない。
 アメリカを敵に回すのは得策じゃないと。

 武田隊長とも本件を話し合ったことがある。
 彼こそが宰相になるべき人。
 エイジは単なる運で宰相になったに過ぎない。

 思い返すと今も歯ぎしりをしてしまう。

 マザーから切り離されたのはそれが原因?
 STGアメリカはマザー達と繋がっている?
 交渉する為の材料は何だ?
 思考が逡巡する。

 本拠点機能が一時的に奪われた際、アメリカは何かを探していた。
 多くの多国籍軍が兵器やら設計図やら盗んでいたにも関わらず。
 D2Mは別なものを探していた。

(バルトークが狙われる理由と関係があるのだろうか?)

 その時、バルトークはその長く巨大な円錐をゆっくりと動かした。
 まるで日本・本拠点を庇うような位置をとる。

 エイジは自分が何をやったか頭では理解してないだろう。
 所詮は子供だ。
 子供に命運を握られている。
 その理不尽さに腸が煮えくり返る。
 彼が悪いわけではない。
 己の、大人達の不甲斐なさに憤りを禁じ得ないのだ。
 単なる偶然に翻弄されている。

 武者小路はエイジを見つめる。
 彼はシューニャの言葉を思い出していた。

「心の声・・・」

「エイジ宰相。協力に感謝します」

 ゾルタンの声。

「こちらこそ! ありがとう・・・ございます」

 エイジはバルトークへ向け、本拠点の一部の情報を咄嗟に共有した。
 武者小路が気づいたら目くじらを立てることは確実。
 情報は何時の世も戦場を決する。

「あわやだったな・・・ゾルタン」
「ああ、危なかった。・・・ブダ、よくやった」
 ブダは笑みをたたえる。
「エイジ宰相のお蔭と言っていいでしょう」
「あの新人の宰相、大丈夫なのか?」
「我々を信じてくれたんだ」
「近距離で跳ぶとこうなるの! 誤差が大きいんだから!」
「でも、損傷なし」
「結果論!」
「いや流石だよ」
「当然でしょ」
「会議でも我らを支持してくれた」
「そして・・・早々にD2Mは口封じか」
「恐れ入るよ」
「政治的戦闘にも慣れているし、本当に厄介ね」
「でも我々にはバルトークがある」
「それを言うなら彼らにはSTGIがある」
「流言飛語の域を越えないよ」
「消失したとも聞く」
「とにかく、間に合った」
「あの時のリベンジマッチ、やるか?」
「いいね」
「恨み、忘れてないから・・・」
「待て、待て。今はそれどころじゃない」
「それにしても、今のはなんだったんだ?」
「ライトニング・シールド?」
「いや、恐らくあれが噂に聞く日本の秘密兵器だろう」
「さすが変態の国、とんでもないものを考えてくるな!」
「だから大好き!」
「はいはい」
「配置につけ」
「ヨーッ!」「ヨーッ!」「ヨーッ!」「ヨーッ!」「・・」
 バルトークがまるで威嚇するトカゲがごとく円錐を大きく開く。

 その様子を見つめるD2M隊長、Mr.D。

「またかゾルタン・・・」
「あの時、始末しておけば」
「それが出来ていれば、今こうなっていない」

 全く同じ外見の搭乗員三人。
 全身を覆う黒のマシンスーツ。
 顔は見えない。
 アバターはロボットベースなのか、それとも男性ベースなのか。
 見ようによっては女性ベースにも見える。
 中世的な印象。

 STG28にはアバター服飾デザイナーがリアルマネーで仕事もしている。
 3Dモデルに素材設定込のセットで売られている場合もある。
 買取は戦果やゲーム内マネー、リアルマネーでも取引されていた。
 3Dモデルデザイナーとは別に素材設定技師もいる。

 STG28においてアバターに凝る意味は現実的にはほぼ無い。
 肉弾戦は基本的に発生しないし、レギュレーションも決まっている。
 あくまで嗜好品の域を出ない。
 だが、上位部隊の多くはオーダーメイドで、この周辺の分野は活発だ。
 理由は現実に近い。

 ブラックナイト隊はその点でも珍しい部隊だった。
 公式アバターが無い。
 理由は色々だが、それどころでは無かったと言うのが本音だろう。

 ノーマルスーツ型の装着アバターは市販品にも多く人気。
 オーダーメイド、再販無しのプレミア付なのは間違いない。
 一般販売品に、その外観は無いからだ。

 三人の視線の先はバルトークに向けられた。

 一時間後、日米ホログラム会談が開催される。

 D2Mの隊長、Mr.Dがエイジの目の前に座っている。
 仲介者はハンガリーのバルトーク隊ゾルタン隊長。
 だが、彼の姿はない。
 アメリカ側が同席を拒否した。

 D2M隊長の後ろに立っているのは副隊長二名。
 STG国際連盟の様式に従っていることが伺える。
 頭上に K と A と表示されている。
 全く同じ外観。
 頭上の名前が無いと判別は出来ないだろう。

 日本側はエイジが座し、背後に武者小路とイシグロが立っている。
 招集をかけたがミリオタは来なかった。
 ケシャはログインしていない。
 武者小路は端から同席してもらうつもりだったが、イシグロは選択肢の結果。
 何より本人が申し出た。

「私を出席させた方がいい」

 武者小路は武田をこの場に呼べない事をポーカーフェイスで一しきり悔いたが気持ちを切り替える。
 イシグロのことは信頼していないが実務経験での能力は折り紙つき。
 こうした場にも精通しているだろうと踏んだ。
 寧ろ問題なのはエイジ。
 思わぬことを喋らぬよう事前に釘をさしておく。

(彼は単なる子供に過ぎない)

 だが、彼の思惑は D の第一声で脆くも崩れ去る。

「高度に政治的な話題ですので、発言は代表同士にしましょう」

 先手をとられた。

「それは前提条件に・・・」

 武者小路が言い掛けたが、Dは右手の人差し指をピンと立てた。
 喋るな、そういう意味だろう。
 交渉はもう始まっている。

 この会談そのものが不利な状況から始まっている。
 それでもバルトーク隊の助けが無かったら出来なかった。
 武者小路もチャンスは最大限に活かしたかった。
 この間、他の本部委員会メンバーは防衛準備に大騒ぎだろう。

 脈絡からも、彼らが妥協することは無いと思われる。
 実際、この会談も中断しかけた。
 彼等は時間稼ぎという意味でも成功。
 STG多国籍軍は既に集結してしまった。
 バルトークが居る事で辛うじて緊張感を保っているに過ぎない。

 彼らの目的は会談前にバルトーク隊からもたらされた。
 俄かには信じられないことばかり。
 言ったことが全て事実とも限らない。
 でも、それを検証する時間は我々にない。
 嘘が一つも無いとは思わない。
 白か黒かは角度によって見え方が変わる。
 彼等の角度では白でも、我々の角度から黒に見えることもある。

 ゾルタン隊長の言うことが事実なら、
 慎重には慎重を来す必要がある。
 今は地球人同士で争っている場合では無い。
 でも、既に地球の存続を諦め、自らの命だけを考えている者達にどんな交渉材料があるというのだ。
 ハッタリは通用しないだろう。
 サイトウを餌に吊ることは出来ない。
 我々は彼について何も知らないのだ。
 もう大した情報も残っていない。
 彼のアカウントが無いことは歴然としている。
 これもアースの仕業なんだろうか?

「わかりました」

 エイジは透き通った声で返した。
 武者小路は顔を上げた。
 彼は特に緊張している様子は無い。

 君は事の重大さを理解しているのか?
 いや、理解している筈がない。
 世間を知らず、社会を知らず、政治を外交の怖さを知らない。
 我々の運命は、こんな子供に委ねられている。

「エイジ宰相は物分かりがいい。助かります」

 マシンボイスが聞こえた。
 かなり音声を弄っているようだ。
 恐らくリアルボイスがベースでも無いだろう。

「単刀直入に申し上げます。Mr.サイトウを引き渡して下さい」

 誰も驚かなかった。
 その設問の想定はゾルタンによってもたらされていたからだ。
 彼の言った通りだった。

「・・・サイトウさんって、あの伝説の・・・」
 エイジは少し驚いたような演技をしつつ、わざと聞き返した。
「そうです」
「でも、アカウントは削除されています、よね?」
「私が指定する地球のある場所に二十四時間以内に連れてきて下さい」
 これは予想外。
「ある場所・・・」
「日本にあるアメリカ大使館です」
「えっ? どういう・・・」
「中身の方ですよ」
「待って下さい。知らないです。サイトウさんがどこに居るかなんて!」
「それが撤退の条件です」
「ですから、僕達は何も知らないんです!」

 ゾルタンから言われた際、
 サイトウの件は改めて確認していた。
 彼のアカウントは削除されて既に無い事実は揺るがなかった。
 残っているのは彼の過去の記録のみ。
 ほぼレジェンドリストに登録されている部分のみで、生データは既に無い。

「では、日本・本拠点の権利を移譲して下さい。我々で探します」
「そんな、出来ませんよ・・・」
「連れてくるか、放棄するか、死ぬか、選んでください」
「えーっ!?」
 完全に相手のペースだった。
「ちょっと、よろしいですか」
 武者小路が声を出す。
 Dは再び指を立てた。
 さっきよりも鋭く。
「しかし、これは!」
 その指を貫くように高く上げる。
「・・・・っく!」
 二の句が継げない。
「あの・・せめて話し合う時間を下さい!」
「今、ここで、選んで下さい」
「こんな大切なこと一人で決められません!」
「であれば、全員、死んでもらいます」

「こちら新宿回遊魚。エイジ搭乗員の集合住宅と思われるアパートの前につきました」
「わかった。予定通り配置につけ。映像はオンラインのまま維持」
 応えたのはドラゴンリーダーことサイキ。
 大きなモニターが五台ほどある部屋に一人。
 その一つに外の映像が幾つも分割され映っている。
 彼の目線の先、広い別室には巨大なプロジェクタースクリーンと大小様々なモニターがひしめいていた。
 ほとんどはまだ電源も入っていない。
 段ボールが彼方此方に散乱し、今まさに設営中なのか、テーブルや椅子、パソコンが次々と運び込まれている。
 それを設置、設定しているようだ。
「わかりました」
 モニターに映し出される古いアパート。
 築四十年はいっているだろう。
「これが本拠点宰相・・・まだ子供か・・・」
 絶妙なバランスで成り立っていたシケモクの山から雑に一本抜くと山が崩れる。
 気に掛けることもなくサイキは火を灯す。
 大きく吸い、吐いた。
「禁煙したんだがなぁ・・・」
 机の上で消す。
「なんでこんな事になっちまったんだろうなぁ・・・シューニャよ・・・」

「君にも家族はいるでしょ?」
「・・・」
 エイジは黙り込んだ。
「君自身が死ぬことに抵抗が無いとして、ご家族はどうでしょう?」
「・・・」
「アバターの話ではありませんよ。地球の、貴方自身の話です」
「・・・」
「ご自宅、お母様の病院、調べはついています」
「そんな、だって、日本なのに・・・」
「日本だからですよ」
「お母さん・・・」
「お母様を失いたく無いでしょ?」
「・・・・・・」
 エイジは下を向いたまま固まった。
「選ぶんだ」

STG/I:第百四十五話:罠

 本拠点は赤く染まった。

 内装は白色が基調。
 それが赤色基調に切り替わっていた。
 誰しもアラートの赤が反射しているだけかと思っていた。
 だが、赤点滅は止まっている。
 誰も経験したことが無い現象。
 マグマの底に落ちたような色。
 オレンジに近い。


 変化は色だけじゃなかった。

 警告音も騒がしく鳴くのを止めたように思えた。
 実際は鳴っている。
 警告音と認識していないだけ。
 音程が違う。
 響きが違う。
 水中で聞くようなくぐもった音。
 重低音のノイズのような音が小さくゆっくりと唸っている。
 未知の生物の胎動のように。
 それらは、これまでとは異なる何かを意味している。
 だが、そこに心を置く余裕のある者はいなかった。

「緊急警報発令。
 敵対行動をとるSTG多国籍軍接近中。
 間もなく天槍の射程圏内。
 繰り返す」

 義母は繰り返し緊急事態を告げている。

「だれか糞婆のアラートを止めろ!」
「ほんと! いい加減頭に来る!」
「ねえ、壁の色、赤くない? 壁というか、全部・・・」
「アラートカラーが反射しているだけだよ」
「そうなの?・・・私がおかしくなった?」
「いや、赤いっ! 俺も赤く見える!」
「ほんとだ・・・赤っていうか、橙じゃない?」
「なんか・・・気持ち悪い・・・」
「これ、どういう意味なの?」
「マザーーーっ! 助けてーーーっ!」
「義母さん! この色はどういう意味?」
「警告カラーです」
「それだけ? 本当にそれだけなの?」
「今までなかったじゃん!」
「見てると吐き気がする・・・」
「元に戻してよ!」
「それは出来ません」
「なんでよ!」
「そういう設定です」
「戻してって! 気持ち悪いから!」
「キューピクルン様は設定変更の権限がありません」
「なんでよ!」
「誰がもってんの!」
「怖い怖い怖い怖い怖い怖い」
「化物のような声が聞こえる・・・」
「今度は何が起きるの・・・」
「誰か、この音を止めて!」
「これ以上何が起きるんだよ!」
「そう! 誰かこの音を止めてくれっ!」
「音なんか鳴ってねーだろ」
「そこ! 騒ぐな!」
「鳴ってるって!」
「なってる!」
「ほら、水中で聞こえるような音が・・・」
「ああ、鳴ってる! 響いていていると言えばいいか、 変な重低音が」
「嘘を言え、それより手をかせ、早く!」
「全員配置につけ!」
「もう限界だ・・・皆、悪く思うな」
「配置につけってバカ共!」
「海人団、一旦部隊ルームに集合!」
「後は頼むね・・・」
「ドロイドアンドーナツ出撃準備!」
「敵前逃亡は戦犯だぞ!」
「間抜けが、うるせーんだよ」
「GO! GO! GO!」
「無理だ、もう無理だ・・・もういい・・・」
「ごめん、私もう駄目、もう帰る」
「本部付は出来るだけ作戦室に残って下さい!」

 混乱の中、迎撃の陣頭指揮をとるのは武者小路。

「迎撃態勢用意。プラズマ砲全砲門チャージ!」
「これは訓練では無い! 繰り返す! これは訓練ではない!」
 同門の真田も応援に駆けつけていた。
 抜けた本部委員の穴を彼らの部隊員が埋めている。
「ムっちゃん、これ以上速度は上げられないのか?」
 真田が問う。
「どのみち追いつかれる」
「編隊が本拠点に追いつけるのか?」
「見ろ、D2Mの最速スプリンター、カールがいる」
「そこまでして仕留めたい・・・・どうして・・・」
「歴史のリプリントかもね」
「ヨド、どういう意味?」
「なんでも」
「これ以上の加速はエネルギー配分から迎撃に使用出来ない武装が出てくる」

 五人程度が武者小路の三面鏡モニターの前に集まる。
 現在使用可能な武装の一覧とその必要エネルギーが表示。
 タップすると作戦プランに乗っ取ったシミュレーション結果が描画された。
 武者小路は予め様々なプランセットを作成していたようだ。
 真田はグイっと彼に迫ると小声で言う。
 美青年型のアバター。

「スターゲートでは?」
「この速度でスターゲートの射出は出来ない。加えてゲートを潜る際に無防備になる」
「だとしても、一先ず撤退した方がいいだろ?」
「恐らく逃げられない。長期戦になると不利だ」
「誤解があるんじゃない?」
 腰まである長髪を揺らし日本女性型アバターのヨドが言った。
 静のように和装型宇宙服だ。
「D2Mはアメリカ政府直轄とも噂に聞く。恐らく全てが織り込み済みなんだろう」
「冷静になれ。だとしても、この戦いは勝ち目が無い」
「本拠点を明け渡せと?」
「そうは言って無い。とにかく交渉だ」
「その交渉が上手く行って無いから言っている。我々はかなりのパワーをこの旅で使っている。これ以上は抗えなくなるぞ」
「・・・マザーから切断された件はアメリカが絡んでいるとか?」
「判らない。だが、物流も止まっている以上、今あるストックで乗り切るしかない」
「マザーの中継ステーションを襲ったのはまさか?」
「流石にそれは無いだろう。自身の首を絞めることになる」
「もしくは宇宙人認定は自作自演とか?」
「狙いは?」
「わからない」
「男ってどうして戦うことで解決しようとするの?」
「認定が事実なら物流が回復したとしても我々がその恩恵を受けられることは無くなる」
 弁慶そっくりにメイクしたアバターが冷静な一言。

 真田は本拠点のエネルギー残量を見る。

「今のエネルギーを使い切ったら・・・」
「終わりか・・・」
「だとしても! 尚更迎撃は不味い。降伏するか・・・」
「降伏勧告は来たか?」
「ヨド、D2Mから何か通知は来たか?」
「来てない」
「端から殲滅する気なんだよ」
 弁慶は眉をしかめる。
「おかしいだろ! いや、おかしいよ!」
「おかしいが・・・やるしかない」
「連中の狙いは何だ・・・」
「詮索は後だ」
「・・・先だって本拠点の権限消失した時、連合に乗り込まれただろ」
「何を盗ってた?」
「アメリカは何かを探しているようだった」
「何を?」
「それが判らない」
「交渉しましょ! 戦うのは最後の最後でいい!」
「俺もそう思う。 勝てないんだ! あの戦争の二の舞は御免だぞ」
「エイジ宰相が試みているが一切応じる気がない」
「どうして・・・どうしてなんだよ・・・」
「戦うなら今が最後のチャンスだと俺は思う」

 武者小路が顔を上げる。

「エイジ宰相! どうですかD2Mは?」
「駄目です。でも、交渉を続けてみます!」
「いや、もう充分です。狙いはどうあれココで始末するつもりでしょう。エネルギー分布を見て下さい。これ以上の航行は十分な迎撃が出来なくなる恐れがあります。今が潮時です」
「もう少し待って下さい! お願いです!」
「交渉で済むなら戦争はとっくに無くなっているんだよ・・・」
 言うとはなしに口に出てしまう。
 他のメンバーが驚いた顔で見つめる。
「もう少し! もう少しだけ!」
「・・・」

 武者小路はモニターを切った。

「おい・・・やるのか、本当に・・・」
「これだから・・・」
「やろう!」
「応戦したら一切の言い訳は通用しなくなるぞ!」
「まだ話し合うべきよ!」
「手を出したのはアッチが先だ!」
「だとしても!」
「プラズマ砲、全砲門チャージ完了。迎撃システム準備完了しました」

 オペレーターの声が聞こえる。
 武者小路の赤い甲冑が静かに燃えている。
 それはかがり火のようにも見える。
 一瞬、大きく燃えさかった。

「各員に告ぐ、ここで応戦する!
 迎撃態勢をとれ!
 作戦プラン、川中島の戦いオートダウンロード!
 配置につけ!」

 号令は発せられた。

 精神の限界を超えた者。
 ログアウトする者。
 歓喜の声を上げる者。
 罵声を浴びせる者。
 絶望に顔を埋める者。
 叫び続ける者。
 慌ただしく動き出す者。
 耳にした者達の反応は様々だが動き出した。

 号令を聞きエイジは項垂れている。
 そこへホットライン。
 武者小路からだ。

「嫌なら私を罷免しろ。任せたのはお前だ。責任をとれ」

 切れる。

「・・・」

 本拠点の速度が低下。
 正四面体に変化した本体に軌道リングがついた宇宙独楽のような本拠点。
 クルリと回転する。
 白くツルリとした繋ぎ目のない鏡張りのよう外壁が一瞬で格子状に反転。
 黒く反転した部分は全てプラズマ砲。

 エイジの眼に力がこもる。

「私達は味方です!
 同じ地球人です!
 近日中に敵宇宙人の大規模な攻撃が始まります!
 僕たちは争っている場合じゃ無いんです!
 日本はマザーと接続が出来ないでいます!
 マザーは外になんて言っているんですか!」

「どうしてプラズマ砲を向けるんだ?」

 ノイズ交じりだがD2Mの隊長とは別な声が聞こえた。
 副隊長だろうか?

「間もなく始まるという根拠は?」

 また別な声。

「プラズマ砲は貴方達が攻撃してきたから! せ・・・正当防衛です!」
「嘘をつけ。手を出したのはお前たちだ!」
「原因を作ったのはお前たちだろ!」

 色々な声が聞こえて来た。
 誰だ?

「間もなくという根拠は? 宇宙人だからか?」
 複数の笑い声。
「違います!」
「さっさと根拠を答えろ!」
「・・・貴方達が攻撃をしないのであれば開示します」
「嘘をついている」
「交渉決裂だな」
「D2M、さっさと攻撃しろ!」
「殲滅あるのみ!」
「人類を騙してきた薄汚い宇宙人!」
「報いを!」
「死を!」
 色々な声。
「許可なく割り込むな」
 D2M隊長の声。

 静かになった。

「何? 今の・・・」
 ホットラインが。
「イシグロさん?」
「通信インフラにもう少しパワーを回してくれ、遮断されてしまった」
「・・・何を」
「急いでくれ」
「でも、今は武者小路さんに委任してるから・・・」
「宰相なら出来る。逆に宰相じゃないと権限がない」
「・・・」
「今応戦するのと、孤立するのは不味い」
「今のはイシグロさんが?」
「マルガリータ君の協力を得ている」
「えっ!?」
「俺を信じろとは言わない。リスクはあるが、強制的に他国や他部隊に向けて大出力で発信した。だがD2Mの妨害を受けている。出力合戦になった場合、本拠点の方が強い。友好国だったSTGに向けても発信している。今しがたの様子を含め全て送り続ける必要がある、今迎撃するのは罠だ。連中はこっちが手を出すのを待っている」
「どうしてそんなことが言えるんですか・・・」
「・・・」

 本拠点が停止。

「ソーラーパネル展開!」
 軍配を振る武者小路。
 軌道リングから鏡のようなものが一斉に広がって行く。
「ソーラーパネル展開中! 後三十秒!」
 オペレーターの声。
「アメニティーホース始動」
「アメニティーホース始動します!」
「エイジ君。手を出してからでは交渉にはならない」
「出撃可能なSTGを全機出撃カタパルトに移送!」
「移送開始します!」
「出撃予定STG・・・十三%です・・・」
「義母の強制権を本部で使えないか?」
「わかりません・・・」
「調べてくれ」
「わかりました」
「これもアースの作戦なのか?・・・」
「ムッちゃん・・・」
「敵部隊、急減速、天槍の射程内まで推定一分!」
「メインモニターにカウンターを表示」
「出しました!」
「敵D2Mの最前列アタッカー、三十機、フォーメーション変更開始!」
「D2MのディフェンダーSTGエアーズロックを中心にミカエルを展開中!」
「・・・プラズマ砲を反射する気か? それとも吸収? 拠点出力に対抗出来るのか?」
「イシグロさん、貴方は何を知っているんですか?」
「・・・俺は宇宙人と契約した」
「えっ!」
「だから君達より少しは知っている」
「・・・」
「手遅れになるぞ」

 エイジの脳裏に閃光が走った。
 記憶が万華鏡のように渦巻く。
 本拠点の黒く反転した外壁が光り出す。

「義母さん、通信インフラの出力上げて!」
「わかりました」
「三十%だ!」
「三十%へ!」
「出力低下! 宰相が通信系統への出力を異常に上げています!」
「・・・・平和ボケが・・・」
「ミカエル構築完了したようです! 天槍A発射態勢!」
「通信系統のエネルギーを遮断!」
「無理です。宰相権です!」
「わかった。・・・現状の出力で応戦する」

 その時、眼前の空間が見えるほど歪んだ。

「スターゲート反応あり!」
「スターゲート!? どこに!」
「目の前! 本拠点の目前! マークしました!」
「大きい・・・・なんだこれは!」
「STG28のサイズじゃない・・・」
「国籍不明、船名共に不明!」
「事前告知無いぞ!」
「ゲートアウトの事前告知はありません!」
「奇襲だっ!」
「国際法違反をしてまで・・・」
「連中は本気だぞ!」
「ここで仕留めるつもりだ」

 武者小路の甲冑が燃え盛る。

「シールドは物理耐性寄りに組み換え!」
「ゲートアウト反応あり! ゲートリング顕現!」
「でかい!」
「衝撃波来ます! 5・4・」
「敵多国籍軍およびスターゲートにシールド最大!」

 衝撃波。

 凄まじいものだ。
 ゲートアウトに伴う衝撃波がここまでとは誰も経験したことが無い。
 国際法において、スターゲートの使用には事前告知が必須。
 無告知は過失であろうと重大な国際法違反を意味する。
 巨大な本拠点がその衝撃波により大きく流される。
 一帯が衝撃波によりクリーンに。
 
「姿勢制御出力上げろ! プラズマ砲全砲門、スターゲートにロックオン!」
「ロックオン!」
「フレンドリーファイヤーはどうされますか?」
 軍配を横に構える。
「大きい!」
「・・・あれは・・・」

 スターゲートから巨大な白い円錐の頭が見える。

「STG!」
「違う!」
「じゃない!」
「大き過ぎる!」
「判明! 船籍はハンガリー、旗艦バルトーク!」
「STGI!」
「どうして・・・」
「連合軍だ!」
「終わった・・・」
「本拠点に急速接近! 衝突します!」
「STGIじゃ、敵わない・・・」
「シールド接触! 干渉波!」

 金属に無数のガラスを突き立て引っ掻くような音が鳴った。
 悲鳴が満たす。

「この音をどうにかしろーっ!」
「バルトークの質量にシールドが耐えきれません!」
「耐物理シールドの配分をコントロール!」

 音がましになったが、STGIの進行速度が増す。
 バルトークの切っ先は本拠点のシールドに深く刺さっていく。

「このままだとシールドが割れます!」
「プラズマ砲発射用意!」
「天槍A、発射されました!」
「挟撃だっ!」
「これを待っていたのか!」

「天照ローブ参ハンド・トゥ・ハンド!」

 エイジの声。
 突如、何もない宙空に大きな光輪が発現。
 それは渦を巻きながら動きだす。
 拠点の前を素通りすると、本拠点とバルトークの間に差し挟む。
 更にもう一つ巨大な光輪が顕現。

「邪魔だーーーっ!」
「プラズマ砲、近すぎて発射できません!」
「天槍A、着弾します! 7・6・」

二枚目の光輪は本拠点ではなくバルトークの側面に向けられる。

「推定着弾位置!」
「スターゲート消滅!」
「バルトーク逆噴射してます?!」
「!?」

 武者小路は天槍の着弾位置を見る。
 メインモニターを仰いだ。

 着弾。
 無数の長大な物理槍が雨のように降り注ぐ。 
 激しい振動。
 無数の音達。
 眩い光。

 花火だ。

 まるで花火。
 その光は恐怖よりも胸躍る何かを感じさせる。
 宇宙に盛大な花火が一斉に上がったようだった。
 光の破片のような、小さな火花のような光が暗黒の宙に無数に煌めく。
 それが天照ローブ参の断片だと気づいたのは暫く後。

STG/I:第百四十四話:敵

 どんな人もパニックの中では冷静にいられない。
 それは始まると疫病のように広がった。


「終わりだー!」
 諦めきれない者。
「死のう、死にたい」
 悲嘆に暮れる者。
「助けて・・誰か助けて・・」
 助けを請う者。
「イヤだ、イヤだ、もうイヤだ」
 逃げる者。
「じゃあな、彼女と一緒に最後の時を過ごすよ」
 覚悟を決める者。
「最後のその時まで逃げるなっ!」
 誰よりも逃げたい者。
「あがーーーっ!!」
 奇声を上げる者。
「・・・」
 現実を受け容れられない者。

 一見それは異なる反応にも見えたが、パニックに陥っている点では同じだった。
 パニックへの耐性は、才覚や環境、経験によって上下するが、遅かれ早かれ坩堝に巻き込まれることは避けられない。
 自我を保つには早急に現場から離れるしかない。
 それが出来ない場合、ソレを少しでも先延ばしにするには、”目的意識”を持つこと。
 パニックの衝撃より上回る「明確に刻まれた目的意識」。
 それが、ある程度ソレを遠ざけることに貢献するだろう。
 だが、それもいずれ瓦解する。
 その時、人は理性を失う。

 その者は叫んでいた。

「私は日本・本拠点宰相のエイジ!
 攻撃する理由を教えて下さい!
 私達は味方です!
 私は宰相のエイジ!日本・本拠点の代表です!」

 彼の通信相手、それは・・・

「こちらSTG国際連合軍の統括部隊、アメリカ本拠点所属D2M隊です。貴殿らは敵宇宙生物と認定された。これはマザーによる認定であり指示である。よって、殲滅する。以上」

 その時、武者小路はアースの言葉を思い出していた。
 不意にイシグロが居た筈の方を見たが、
 彼の姿はそこに無かった。

*
 
 時を少し遡る。

 マルゲリータやビーナスが告げたのは恐ろしい情報だった。
 口火を切ったのはマルゲリータ。
 走って入室すると、あの無口だった彼女が叫んだ。
「エイジさん、本拠点を停めて!」
 呆然とする彼を見て、マルゲリータは何を思ったかビーナスにバトンを渡す。
「ビーナスちゃん後をお願い。私の代わりに説明して! 私、行ってくるから!」
「畏まりました。マスター・マルゲリータ」
 ビーナスは一礼すると話し出す。
 マルゲリータは走り出すと作戦室を後にする。
 ここにいる誰しもが呆然としている。
 ミリオタは顔をクシャクシャにして項垂れている。

「日本・本拠点の管轄エリアは、現在STG国際連合軍、所謂、多国籍軍が作戦を展開しており、彼らは全機フレンドリー・ファイヤーをオン。銃口は我々の本拠点を向いております。最前列にアタッカー特化10武装、最大射程の長距離砲撃である『天槍』が配備され、その射程距離圏内にもう時期当本拠点は入ります」

 ほとんどは何を言っているか理解出来なかった。
 これほど明確なのに。

 たった今、
 アースに「地球は終わり」であることを告げられ、その心の整理も着かないままに鳴り響いた絶望のゴング。
 しかもそれが味方である筈の地球人によって成されようとしている。
 普通に考えれば受け容れがたい言葉だ。

 ビーナスは彼らの反応を待った。

 僅かな静寂の後、
 透き通るような声が割く。

「義母さん! 本拠点緊急停止!」
「緊急停止します」
「重力の影響を可能な限り安全レベルで確保! マルゲリータ中隊長からの情報を元に『天槍』の射程外で停止出来る程度に逆噴射して下さい!」
「安全圏で逆噴射」

 地鳴りのような音が僅かに聞こえる。
 天球型モニターに見入る。
 エイジの目線に全員が釣られる。
 明らかに本拠点は速度をを弱め、モニター上でも逆噴射が確認。
 中にいると重力の抵抗はほぼ感じない。
 
「もっと聞かせて下さい!」

 エイジだけが声を上げていた。
 ほとんどのプレイヤーは何を言っているか理解出来ない。
 まだ今しがたのアースの言葉をリフレインしている。

 何故、地球は攻撃されるのか。
 何故、一週間なのか。
 これは現実のか、ゲームなのか。
 本当に地球は終わりなのか。

 何故、本拠点が止まったのか。
 何故、宰相は叫んだのか。
 何故、凍結されている筈の搭乗員パートナーが本身で歩き回っているのか。
 何故、部隊パートナーが戦闘装束で突っ立て居るのか。

 彼らが答えを理解する前に、
 ビーナスが口を開く前に、
 それは始まった。

 作戦室が真っ赤に染まる。
 本拠点のアラート音声がゴングを鳴らす。

「STG多国籍軍による本船への攻撃を確認。武装は『AT10あ199天槍A』投擲数3。着弾まで、5・4・3・・・」
 武者小路が絶叫する。
「シールド最大っ!」
 彼の甲冑が瞬時に燃えさかる。
「着弾」

 衝撃。
 地鳴り。
 警報音。
「シールドを30%貫通、隔壁閉鎖」
 悲鳴。
 絶叫。
 それらが耳を満たす。
 しかし義母は容赦なく続けざまに言った。

「第二弾の発射を確認。8・7・6・・・」
「着弾予測位置にシールド集中!」
 武者小路が吠える。
 位置を告げないと全方位シールドになることに気づく。

「着弾」

 衝撃。
 悲鳴。

「シールドを10%貫通、衝撃波、隔壁閉鎖」

 衝撃。
 怒号。
 各々が作戦位置に走る。

「第三弾の発射を確認。『AT10あ199天槍C』15・14・13・・・」
「着弾予測位置にシールド50%を集中!」
 武者小路。
「分裂」
「ぶっ?!」
 天槍タイプCは低速ながら内部から無数の槍を射出する天槍の亜種武装。
 聞き逃した。
「天照ローブ壱接続!
 想定着弾位置をカバー!」
 今度はエイジが吠えた。
 左目を手の平で覆っている。

「2・1・着弾」

 今度は静かだった。

 黄金色に光るエネルギー・シールドが盾のようにモニターに描画されている。
 武者小路は驚きをもってそれを見つめた。
 広範囲に広がった無数の小型の天槍を天照が防いでいる。
 武者小路はエイジを見つめる。

「義母さん! シャドウのアップグレード完了はいつ?!」
「凡そ一時間後です」
「・・・次は!?」
「ありません。現在、天槍の有効射程外。位置情報の補正中」
「エイジ君・・・」
「武者小路さん、私は念のために天照に搭乗します!」
「それは出来ません」
 義母の声。
「えっ? あ・・・そうか・・・」

 エイジは作戦本部に居ながら天照にリンクしていた。
 その時、彼は左目を押さえている。
 彼の左目にはモニターが描かれていた。

「やっぱり遠隔だと微妙なズレがある・・・」
「エイジ君!」
 武者小路は知らず声をかけた。
 何か具体的に聞きたいことがあったわけではない。
 勝手に声が出たのだ。
「あっ!・・・御免なさい勝手なことやって」
 彼は頭を下げた。
 武者小路は何かを咀嚼するように口を何度か僅かに動かすと、言った。
「お見事・・・」
「いえ、気をつけます」
 頭を下げた。

(この咄嗟の決断力・・・
 そして天照、もう動かせるのか・・・
 私の次の動作は相手に読まれていた。
 彼が咄嗟にカバーしてくれなかったら被害は現状の比じゃ無かっただろう・・・
 左目を時折押さえていたのはそういう意味だったのか・・・
 ゲーム世代は親和性は我々とは違うな・・・)

*

 エイジは天照のパイロットだ。
 それを羨む者は居ないだろう。
 少なからずアレがどういうモノかを知る者には。
 シャドウは専用のアップグレードを行っている。
 元に戻すことは出来ないだろうとエセは言った
 そして、それはエイジも似たようなものだった。

「コックピットに一度座ったら、もうそのアバターは使えないと思った方がいい」

 彼は何故か嬉しそうに言った。
 エイジは不思議と怖くなかった。
 寧ろ感動の中に居たと言っていい。

 搭乗員は天照が起動するとコックピットに固定され起動中は降りることが出来ない。
 戦闘もののアニメや漫画には良く出てくるが、実際にそれをされると誰しもが不快感と恐怖を本能的に感じるだろう。
 自由を奪われるとはそういうことだ。
 下半身をダイブ・ポイントと呼ばれる穴に挿入し、基本的に下半身は自由に動かすことが出来ない。
 タールの中に浸かるようなもので、それは極めて不快感に満たされた。
 力を込めればゆっくりと中で動くことは出来る。
 だが、それは極めてゆっくりであり呪いのように身体に纏わり付いた。
 中は、S字の椅子に座るような形状になっており、身体を屈曲させる。
 ゲル状の素材で出来ており、挿入後に圧着される。

 上半身はパイロットスーツが出ている状態だが、下半身と両腕を固定されているので動き回ることは出来ない。
 両手はアーム・ポイントと呼ばれる装具に手を突っ込み下半身と同様な感覚を得る。
 概ね肩の位置にあり、常に手を上げ前に出した姿勢になる。
 中はダイブ・ポイント同様な素材で、装具そのものは動かない。
 中に取っ手のようなものがあり、掴める。
 丁度、マジックハンドの握りてのような感じだ。

 そして頭部のバイザー・ポイント。
 視野とモニターが直結され、見えたものがSTGと同じ状態になる。
 頭部は覆われ、装具は鼻の位置までくる。
 装着されると天照とシームレスな情報交換が可能で、言語だけでは無く脳波で指示を出せる。
 搭乗時、頭部から装置が挿入され、ナノマシンによりアバターの頭脳チップに直接接続。
 その際に痛覚遮断処置が施される為、痛み等は無い。
 エセが再利用が難しいと言った理由だ。
 頭部は可動域がある。
 搭乗せずとも本拠点からなら何処からでも動かせるリンク機能がある。
 だが、その能力は大幅に制限を受ける。

 ある作戦室メンバーは、そのコックピットを見て「張りつけだ・・・」と形容した。
 なお、手は横ではなく、前に出しているのでポーズは異なる。
 搭乗員側はアップグレードを必要としなかったが、一度搭乗するとアバター本体が再び使用出来るかどうかは判らないと開発者であるエセから説明されている。
 搭乗時に必要な接続処理が施される為だ。
 また、極めて負荷が高い為、肉体的、脳的に再利用出来るかは怪しいという判断だった。

 エイジは制作の仮定で何度かエセを訪れ訊ねたことがある。
 彼は直接的な回答はしなかったが、一言「あの設計思想は竜頭巾君の使ったデス・ロードと、君から聞いたバルトークの話がヒントになった。君が本当に困った時、真価を発揮してくれる設計だと思うよ。代償は必要だけどね」と笑って言った。
 エイジは意味を理解しかねたが、彼はそれ以上何も答えてはくれなかった。
 
 皆がアースの部隊に一喜一憂している時もエイジは天照のシミュレーターに乗っていた。
 リンク機能を最大限に活かしたのだ。
 それはエセのアドバイスからだった。

「アレはいきなり乗っても動かせるもんじゃないからよく練習しときな。本番とシミュレーターでは天と地だろうけど、やらないよりはいい」と彼は言った。

 その意味は乗って直ぐにわかった。
 全てが規格外だった。
 空いた時間にはシミュレーターに通い詰める。
 立場上、居なければいけないことは多い。その際にリンク機能を使う。
 皆に黙って会議中もリンク機能を使い乗っていた。

 STG28は事実上操縦しているのはパートナーである。
 それを機械的にサポートしているのが本船コンピューターであり、搭乗員は言うなれば大まかな行動指針を与えているに過ぎない。
 その為にプロファイル・セットやプラニング・セットがある。
 咄嗟の事象にはセットプログラムによって反応する。
 全ての人間が咄嗟に多くの事象に対して行動出来るわけではない為だった。

 予め大きな指針をプログラムしておく。
 自動運転には必ず間違いが起こる。
 現状の解釈の仕方で間違いを選択することもある。
 細かく規定していればいるほど不整合は起きづらい。
 でも起きないわけではない。

 加え何をもって正解とするかは個々のパイロットによって事なる。
 それを補うためのパートナーでもあった。
 パートナーは常にセットを最適化して行く。
 それでも遭遇したことが無い事象には見本を使わざる終えない。
 経験を繰り返さない限り最適化は成されない。

 STG28にはプロファイルを得意とするプロファイラーやプランナーがフリーで活動をしていたりする。
 戦闘で戦果貢献出来なくてもこうした活動で戦果を得ることが可能だ。
 もっともその戦果は多くは無い。
 そうした活動を主にして食っているプレイヤーは極一部に限られる。
 多くの部隊員は所属する部隊やフレンドのセットをコピーさせてもらう。
 過去の英知を使わせてもらうのだ。
 結果、カラーが分かれていった。

 部隊によっては部隊セットを強制するが、その範囲設定は自由で、隊長に権限が委ねられている。
 基本セットのみであったり、特化セットもだったり、全てであったり、例外を認めない場合であったりと自由に設定出来た。基本セットを共有しない場合もありだが、多くの場合、基本セットは共有される。
 同時にそれを期待してフリーのパイロットは入隊するのだ。
 保安上、除隊と同時にセット情報は消される。
 それでも入隊時にプランを見て、除隊後に記憶したコピーをメイクするプレイヤーは後を絶たない。
 自分でメイクしたセットは公開することも非公開にするのも自由。
 ほとんどの場合、フレンド以外には公開されない。
 取り逃げを防ぐ為だが、基本的にフレンドを解消した次点でセットも抹消される。
 同様に取り逃げを試みる者は多い。

 エイジはシューニャ・アサンガをベースに、ドラゴン・リーダー、竜頭巾のプロファイルセットを使っていた。
 それは必ずしも自分のプロファイルとはマッチしなかった。
 シューニャはサーチャー寄りのオールランダー。
 対して、彼は完全なディフェンダー型だ。
 ドラゴンはアタッカーだし、竜頭巾に至ってはアタッカーの中でも極端なパイロットだった。

 それ故、当初は天照の起動時にほとんどがグレーアウト。
 適合しないことを意味する。
 天照は基本的に動けない。
 また、攻撃も出来ない。
 超巨大なエネルギーの盾を幾つも発生させ、その強弱を調整したり広げたりするだけの能力。
 言うならば、イージス・ガードの超強力版である。

 その際に役にたったのは先だってのブラック・ナイト騒動のもの。
 彼は本拠点回復後に、自らの経験を忘れないウチにとセットを構築していた。
 それらが見事にマッチする。
 彼は共に戦ったガーディアン達と話し込む中で、元々プランニングが好きだったこともあり、ガーディアン特化型のモデルも数多くフレンドとしてゲット出来ていた。
 「君なら信用できる!」と、ほとんど全ての搭乗員が提供してくれる。
 同時に彼もまた選りすぐりのプランを提供すると大いに喜ばれ、信頼は深まった。

 プランセットは言うならば虎の子である。

 自らの得手不得手を晒すような行為なので、大して親しくも無いのに「プランをコピらせてよ~」とか言うのは御法度である。(横行しているが)
 本来は、本当に心を通わせた相手にだけ披露される。
 ましてやコピーさせるのは余程のこと。
 アフロディーテ辺りは特殊過ぎて実戦で役に立つかは疑問であったが、エイジは思想が個性的で夢中になって研究したものである。

 天照は本拠点から一定の距離で発現し、本拠点の動力でもって稼働。本拠点の力を実質使い放題。
 その為、結果的に本部の一部の者以外はパイロット候補にすらなれない事情があった。
 必要な権利があるからである。
 ベースとなる司令船STG天照は初期配布に近い状態で戦闘能力は無い。
 コックピットのみが専用に改造されてある。
 天照の思想は大筋でこれまで同じものでSTGの複合体である。
 違うのは直接ドッキングしない点。
 STG天照は、言うならばドローンショーのドローンだ。
 各々制御された状態で宙空に射出され、エネルギーワイヤーで繋ぎ本拠点からのパワーを供給。
 司令船の指示によって無数のエネルギー・シールドを展開させる。
 遠くから見ると巨大な宇宙船だが、その実態は複合体。
 司令船のみが指示を出せる。

 本拠点のシールドと同等の強度を持ち、シールドの操作をすることで複合的な強度増強効果を得る。
 それを為し得たのがイージス・ガードで得た仕組みと実戦経験だった。
 一つ一つの円は中心部が最も強固であり、周辺部に行くほど弱くなる。
 だが、アクティブに動かすことで中心部を移動させ通常では得られない強度を得ることが出来る。
 この動作にはアフロディーテのプロファイルを取り入れた。

 問題も幾つかあった。

 一つは司令船が破壊されると性能は著しく低下する。
 分散化しているので無効になることは無いが、司令船は負荷が極めて高い為、集約処理出来る為のパートナー及び本船コンピューターのアップグレードは必須であり、搭乗員も相応に訓練する必要がある。
 表向き上、メインパイロットはエイジ、サブパイロットが武者小路になっていたが、武者小路はほぼ訓練をしていない。
 リンク機能を使えるのもメインパイロットに限られる。
 権限の都合で武者小路が搭乗しても最大でも30%程度しか能力を発揮出来ないことが判っている。
 マニュアル等は熟読済みで、何度かテスト搭乗みしたが、それ以後彼は載っていない。
 当然、自身のパートナーをアップグレートもしていない。
 アップグレードとは言うが、実際には天照用に最適化する為、逆に通常のSTGでは使えなくなってしまう。
 パイロットになるには権限をある程度使える立場が必要だ。
 武者小路以上に発揮するとなると本拠点副隊長以上の立場が必要になる。
 肝心の本拠点副隊長であるミリオタは素戔嗚隊のパイロットだ。
 ケシャはログインしていない。
 結果、サブパイロットは三人迄設定出来たが、残り二席は空白だった。

 細かい問題には弾いたのがエネルギーだった場合どこへ飛んでいくか制御が難しい点等がある。
 近間が交戦エリアだった場合は危険になる。
 その為、天照の起動は本拠点を離れた位置を想定されている。
 内側には本拠点・防衛隊が配備。
 戦闘エリアは外宇宙と内側を想定している。
 外宇宙は天照の恩恵を受けられない。

 天照のメリットは多い。
 司令船を除き、構成STGは初期STGに近い状態で稼働させることが出来る為、損失した箇所を即座に別なSTGで補うことが出来る。
 天照を拡張させるSTG蕾は本船コンピューターだけで操舵可能だ。
 また、初期オプションで導入が出来るシンクロナイズド・エナジーをセットすることで、既存のSTGをドッキングさせ、その部分だけある程度独立して制御することが出来るようにもなる。
 ドッキングしたSTGがアタッカー特化なら守りながら攻撃が可能。
 ガーディアンを接続すれば、より強度の高い防衛が可能になる。
 それらはほとんどシューニャ・アサンガの戦果によって建造されている。

 司令船は尋常ならざる負荷がかかる。

 当然ながら初期状態のSTGでは数千機のSTGを同時に処理できない為、本拠点コンピューターおよび並列接続した部隊パートナーによって賄われる。
 だが、搭乗員はそうしたことが出来ない。
 あくまでも主権者の意思が重要になるSTGにおいて司令船STG天照は、権限が拡張されている点からも全てパートナー任せとは行かなかった。

 本拠点が再び赤く染まる。

「STG多国籍軍、日本・本拠点へ向けて行軍を開始」

 義母の声が無情に響き渡る。 

STG/I:第百四十三話:原理原則

「馬鹿なお前らに簡潔に説明してやる」

 アースは真顔になると言った。


「敵を知り己を知れば百戦危うからず。
 だがな、その前にもっと必要なことがある。
 俺が強いと言われる所以だが、秘密でも何でもない。
 原理原則を踏み外さない。

 具体的に一つ上げてやる。
 ルールだ。

 戦いには常に有形無形のルールを伴う。
 ゲームなんか正にそうだろ?
 それが頭に入っている必要がある。
 血肉になってりゃ幸いだ。
 敵や自分が強いか弱いかはその後の話。
 理解出来ないヤツは結局んところ勝てない。
 目の前の戦いには一度や二度は勝ってもな。
 特に大きな戦いは偶然では勝てない。

 そしてルールにはシナリオがある。思想がある。
 それを読み取れば勝つ為の作戦が見える。
 後はそれを消化しつつカオスを読む。
 単にそれだけだ。
 それらを踏まえた上で、
 今回の戦いがどうかと言うと、

 勝てない。

 地球は終わり。
 それは、この銀河の破局の始まりも意味する。

 人間はまんまと欲という餌につられ自ら引き金を引いたわけだ。
 後はせっせと墓穴を掘った。
 連中の作戦通りという訳さ。

 残された時間は少ない。
 想定外も幾つかあったようだが大局的には予定通りだろう」

 作戦室は静まり返った。
 天球型モニターが煌々と光り、ゆっくりと回っていた。
 息遣いも聞こえてこない。

 エイジはシューニャの顔を思い出していた。
 時折見せた沈痛な面持ち。
 抱えているだろう大きな荷持を想起させる。
 時折見せる焦りのようなもの。
 降って湧いたような作戦。
 素戔嗚と天照。
 史上最大の作戦。

(気づいていたんだ・・・)

「まんまと馬脚を露したな」
 イシグロは歩み出ると声を上げた。
 エイジが彼を不安そうな顔で見た。
「何が、ですか?」
 イシグロはエイジを見ず、真っすぐアースを見ていた。
「地球人と宇宙人との契約は公開されていない。つまり嘘だ」
「間抜け」
 間髪入れず返す。
「一般搭乗員に、だろ? 今の俺は一般搭乗員か? そしてお前も(エイジを顎で指す)サリー・・・テメー知ってたんだろ? お前もD2M同様に地球を売ったおこぼれを貰える予定か?」
 騒めいた。
「どういうことですかイシグロさん!」
 アースを見据えたまま目を見開くイシグロ。
「どっちが馬脚を露したんだろうなぁサリ~。テメーは昔から詰めが甘いんだよ。卑怯者のサリー。未だに語り草だ・・・」
「貴様がっ!・・・・」
 言葉が続かなかった。
 直ぐに何時もの平静な彼が戻って来た。
「サリー・・・」
「その名で呼ぶな・・・」
 呟くように、唸るように、恫喝する。
 武者小路は目を細め彼を見る。

「さて、間抜けが黙ったところで話を進めるか。
 んで、さっきの話だが・・・
 残された時間を楽しもうって訳だ。

 餓鬼、辛かったんだろ?
 わかるぜ。
 これが最後なんだ。
 憎たらしい連中をぶっ殺してやれ。
 この船の装備なら簡単だ。
 地球人からしたら今のアバターすら超人だ。
 そう考えるとワクワクするだろ?
 我慢して生きて来た甲斐があったな!」

 エイジが顔を上げる。
 ミリオタが離れた所で不安そうな顔で見ている。

「STG28で防衛圏を抜けることは出来ないのでは・・・」
 武者小路が言った。
「お袋さんがいればだろ?」
 面倒くさそうに応える。 
 武者小路は息をのむ。

「お前たち、やりたい放題できるぞ。

 映画みたいなことだってな。
 お前達が主人公だ。
 それこそ地球の軍隊なんぞ玩具だぜぃ。
 ピュン、ピュン、ピューン!
 ドカン! ドカーン!」

 アースは両手を銃のように構え、笑顔で撃つ真似をしている。
 子供のごっこ遊びのように。

 エイジは目を丸々とする。

 これまでの日々が嵐のように頭の中を巡ってくる。
 思い出したくない日々。
 圧倒的に苦しく悲しい記憶。
 それでも、その中に挟まれる煌めくような笑顔が見えた。
 母やシューニャを筆頭にSTGの仲間の顔が浮かぶ。
 小刻みに震えていた。

「お前らも童貞や処女のまま死ぬのはつれーだろ?
 最後だから好きにしろ!
 軍神の名において俺が許す!
 やりたいようにやれ!
 自由だ!
 それを、一緒にやろうぜぃ~」

 エイジの全身が震えている。
 口は次第に何かを求めて大きく開かれた。
 アースは両手を広げ自愛の表情を浮かべる。

「苦しかったなぁ・・・」

歩み寄ろうとした。

 その時。

「違う」

 エイジが言った。
 その声はけして大きく無かったが存在感があった。
 眼も口も大きく開かれた。
 震えが次第に小さくなる。

「最後のチャンスなんだぞ? ちったあ人生を楽しめよ、なっ」
「煩い・・・」
「カッコつけるな。無理する必要は無い・・・憎いんだろ? 憎いよなぁ」
「・・・」
「まさかお前殴られるのが趣味か? 違うだろ?」
「・・・」
「本心は殺したいほど憎いだろ?
 今なら出来るんだ。
 簡単に。
 報いを・・・」

 内容に反して優しい声。

 突然エイジは自分の両頬を思いっきり叩く。
 それは二度響き渡った。

「今、気づきました・・・」
「そうか!」
「はい・・・ずっと憎かった、です。どこか遠くで殺してやりたいと思ってました・・・死ねばいいのにって・・・」

 ミリオタが、武者小路やイシグロ、マッスル達がエイジを見た。

「そうだろ? 解ってる。そうだろ~よ・・・ようやく望みが叶うな」
「貴方に言われて、気づきました・・・」
「よし! やろう、共に!」

 武者小路の軍配を握る手に力が籠る。

「嫌です」

 アースの表情から熱が冷めていくのが感じられる。
 
「私は弱い! 弱い人間です!!」

 全身から発せられたように響く。

「なんの取柄もなく!
 才能もなく!
 意志薄弱で!
 身体も弱く、心も弱い人間。
 それが僕です!
 その、弱さが・・・そうした思いを育てた・・・
 クソ野郎です」

 張り詰めるほど静かになる。
 だが、アースだけが違った。

「そんなことは無い。
 お前は悪くない。
 悪いのはそいつらだ!
 アレなら簡単だぞ。
 ナイフのように刺す感触も残らない。
 銃のように反動も無い。
 反撃も食らわない。
 蟻を水で流すように簡単に始末出来る。
 だから心も痛まない。
 思い詰めること無いんだ。
 ゲームだよ。
 簡単に殺せる。
 殺したという感触もないほど簡単に」

 その声はどこまでも優しかった。

「誰も殺したくありません」

「嘘を言うな。
 正直になれ。
 最後なんだから。
 素直になれ。
 本当は殺したいよな?
 俺にはわかる。
 俺もそうだ」

 エイジは全身をブルッと震わせた。

「僕は・・・最後の一秒まで地球を守ります」

 静かだった。
 苦しいほどに。

 アースを除いて。

「勝てなくてもか?」

「はい」

 アースは皮肉に笑うと、脱力した。
 
「なら、好きにしろ。
 その時間が長ければ長いほど俺の天下が伸びるだけだ。
 お前が守っている地球で俺は好きなようにさせてもらう。
 三億人は、ぶっ殺したいんだよ。
『一人を殺せば犯罪者だが、百万人殺すと英雄になる』だそうだ。
 三億だど何なんだろうな・・・神か?」

 邪悪な笑みを浮かべる。
 マッスル三兄弟、イシグロ、武者小路の顔つきが変わった。

「狂信者め・・・」

 武者小路の甲冑が燃え上り、マッスルの筋肉は膨れ上がる。

「今のうちに言っておく。
 守ってくれてありがとうよ・・・。
 さ~て、楽しくなってきたーっ!」

 アースが踵を返した時。

「アカウントを凍結します!」

 エイジが叫んだ。

 マッスル達がガッツポーズ。

「イエスッ!」

 ミリオタを筆頭に驚いた顔達。
 未だに現実を理解出来ない者もエイジを見た。
 武者小路の表情だけ優れない。
 イシグロは何かに気づきコンソールを操作しだす。
 一瞬の間の後、アースは腹を抱えて笑い出した。

「傑作だっ! 腹いてーっ! やっぱ、餓鬼だなぁーっ!」
「武者小路さん、日本・本拠点宰相の名において彼を凍結して下さい! 本気です!」

 彼は力無く首を振った。

「どうして!」

 アースはまだ笑っている。

「餓鬼っ、餓鬼がっ、あー腹いてーっ! 言ってやれよ戦国馬鹿っ!」

「武者小路さん?」

「無理なんです。もう・・・
 彼らの大隊は・・・
 本拠点のコア人数を、今日、越えました・・・」

 イシグロがコンソールを叩いた。

「勇気をだすのが遅かったでちゅね~ちゅぱちゅぱぁ~」

 膝を叩いて笑っている。
 マッスルの顔が絶望から怒りに染まった。
 筋肉がはちきれんばかりにパンプアップ。

「餓鬼は餓鬼ってことで。笑かしてもらったわ」
「・・・なら解隊命令を!」
 武者小路がビクリとする。
「いいよ~してもね~。どうぞ~」
「それは許可出来ない!」
「どうして!・・・あっ・・・」
「あれ~おかしいな~その瞬間に単独で筆頭部隊になっちゃうな~、と、い・う・こ・と・わ~、あれ~僕ちゃんの狙いと違うぞぉ~」
「そんな・・・そんな・・・」
「参謀や周囲にもそっと真面な大人を配置するんだったなぁ。最も昨今は視野の狭いカスばかりだから無理もない。戦国馬鹿も悪くはなかったが、所詮はテメーを少々頭のいい戦略家だと思っている井の中の蛙。いい大学は出てるんだろうが、現実でもせいぜい秘書止まりって感じだろうな・・・」
 武者小路がビクリとし、アースを睨む。
「清濁併せ?むような芸当は出来ねーだろ。石頭のサリー、イシグロがいる時点でお察しだ。シューニャが居なかったのは運が無かったな。アイツなら気づいたろうよ。ヤツがいない時点で俺の勝ち確なんだわ、オッツ~」
「だからシューニャさんのことを気にして・・・」
「ヤツがいると色々狂うんだよ・・・」
「貴方は嘘をっ!」
「嘘は言ってねぇ」
「えっ?」
「ドラゴンリーダーに頼まれ来た。地球を救ってくれと。手段を問わないと。だがな餓鬼。無理なもんは無理なんだ。此奴は条件が悪いって次元じゃねーぞ。竹槍で高高度のB29落とせって話だよ。B29って知ってまちゅか?」
「はい・・・」
「竹槍で出来まちゅか?」
「・・・」
「無理だよな~」
「兄貴の投擲なら届く!」
 マッスル三男が吠える。
「馬鹿はさておき。お前さ、シューニャに相当感化されてんのな。お前の今の言いぶりで完璧に理解した。俺んところに居る連中と同じようなもんだ。アイツのこったから適わないのは気づいているだろうよ。だから、一分一秒でも長く守ろうという思想なんだろ。お前らがご丁寧にロックしている史上最大の作戦とやらも概ね想像が出来る。それは地獄のような作戦だろう。いっそ死んでくれと言われた方が清々しいような。奴はああ見えて甘くねーぞ。最も餓鬼共にそれを期待してるほど愚かでもね~だろ。自分なりの秘策があるんだろうな~」

 エイジとミリオタが反応を示す。

「だが、それをもってしても希望と言うには淡い。だから言わねーんだよ奴は。全部背負うつもりだ。希望にするには無茶過ぎるからな。この作戦は縋るには恐ろしいぞ。嘗ての戦争のように凄惨なものになるだろう。俺に言わせれば勝つ確率が無い時点で糞な考えだ」

 エイジの顔が変わる。

「クソは貴方だっ!」
 アースが微笑む。
「じゃあ、お前らは戦う。俺たちは地球を征服するってーことで合意だな」
「合意では無い!」
 武者小路が吠える。
「勝手に決めるな!」
「巫山戯るな!」
「裏切り者!」
 幾つか声が上がった。
 だがその声は少なかった。
 ほとんどの搭乗員は暗く項垂れている。
「仮に防衛圏を抜けても地球では武装は使えないんじゃ・・」
 声が聞こえた。
「はい、そこ~、馬鹿はっけーん」
「だってそーじゃん!」
 別な声が上がる。
「言っただろ。ママが、い・れ・ば、な?」

 騒がしくなる。

「今動いているのはマザーじゃないの?」
「いや、今のは義母って言ってただろ」
「何が違うの?」
「・・さー・・・」

 騒ぎが大きくなる。
 アースはそれをニヤニヤと黙って見ている。
 エイジは脳をフル回転していたが妙案は浮かばない。
 武者小路は無線を使い武田に報告しているようだ。
 イシグロは目を瞑り何かを考えている。

「てーことでだ今日は寝るわ。疲れちまった。
 全ては明日から。それまで無い頭でせいぜい考えるんだな。
 腹を決めておけ」
「待って下さい!」
「あん?」
「アース・・さんの、考えている地球のタイムリミットを、教えてください・・・」
「君は誰に何を・・・」
 武者小路は言い掛けたが止めた。
「ふーん・・・」
 値踏みするようにエイジを見る。
「始まったら一週間だ」
「えっ?」
「思ったより長いと思ったか?
 だから、あめーんだよ。
 いいか、肝を据えろ。
 じゃあな、オヤス!」
 手を上げるとホログラムが消える。
「まだ聞きたいことが!」
 ログインサインはグレーアウト。
 ざわめきは次第に大きくなる。 
「一週間・・・」
「どんな根拠があって・・」
「無視も出来ないが・・・しかし・・・」

 中途半端に短い。
 多くが一日と持たないと考えていた。
 数時間で雌雄を決すと。
 どう自分の中で解釈していいか理解できない。
 言い換えると、迫りくる死をどう受け止めていいか消化できない。

「なんで一週間なんだ・・・」
「義母さん、天照と素戔嗚の進捗を!」
 エイジは叫んだ。
「目標に定めた理想値に対し七〇%。
 最低作戦実行ライン、標準ラインは既に越えております」
 シューニャのお膳立てが無ければ最低ラインすら危なかった。
「シューニャさん・・・」
 エイジは胸を強く握る。
「帰還報告」
 義母の声。
 多くの者がギョっとし、天球型モニターに視線が注がれる。
「STGトーメイト、STGホムスビ帰還しました」

STG/I:第百四十二話:策謀

 夜の対策会議は更に紛糾した。

 特別対策班は監視続行派、中止派に二分したが勢いは中止派にあった。
 日が経つほどに彼らの言説の正しさを証明することはあっても、否定する要素が無くなっていく。


 リアルのネットで調べた結果すらそうだ。
 該当する企業が確かに存在していることを示した。
 救世主かもしれないという機運が止めどなく湧き上がっている。

 イシグロと武者小路は監視続行派。
 武者小路は「仮に過去はともかくとしても、彼が何か好ましくない方法で何かを企んでいることは明らであり、仕出かした事も明らかである」と言った。
 だが、彼らの戦績を前に説得力を明らかに失いつつある。
 それは態度を保留中の一人の発言からも明らか。

「それは些細なことじゃないか?」
「些細?・・・さ、さい、なのか?」

 武者小路は言葉を詰まらせた。
 会議は言葉だけが溢れ続け全員が苛立ちを募らせる。

「アカウントを凍結しよう」
「いや駄目だ。流れは完全にアイツらにいっている。支持されない。今度の作戦は中央だけでは到底賄えない」
「その時は本部の強制権を使えばいいでしょ」
「それじゃ今迄の人たちと何が違うの?」
「四の五の言っている場合なのか・・・」
「あの反逆者達より遥かにまし!」
「本当にマシなのか?・・・」
「ああ雑魚だよ。俺も含め、ここにいる全員がザ・コ」
「クソみたいな自慰行為的発言は控えてくれ、うんざりする・・・」
「うまえがな」
「あーもー、目を覚ませ!」
「明け渡そう、少なくとも我々より可能性がある」
「どこを見て!?」
「戦績を! だよ」
「そう、彼らなら勝てるかもしれない!」
「連中は根っこが腐ってる。それが全て」
「勝てないより良いだろ?」
「良いのか、それ?」
「良いに決まってる!」
「そうだ・・勝てるなら、もう何でもいいよ」
「勝てる・・・勝てるんだよ! 彼らなら!」
「判らないのか? それは不可能なんだよ・・・」
「やってみないと分からないだろ?」
「駄目でしたで済むのか?」
「そうだ。シミュレーターで何がわかる」
「わかるだろ!?」
「勝てる保証は?」
「仮にだ、連中が勝った後どうする?」
「BANしよう、それで解決」
「馬鹿な事を言うな・・・」
「そんなこと出来るのか?」
「あー低レベル過ぎて嫌になる、もう落ちる!!」

 イシグロはおろか、武者小路も沈黙した。

 こんなのは作戦会議じゃない。
 単なる子供の喧嘩。
 大人の雑談。
 戦う以前の問題。
 作戦以前の問題。

 壁が高すぎて思考停止している。
 感情的になり過ぎて、具体性や根拠すら無い提案。
 嘗てないほどの大規模作戦を控えているというのに。
 絶望的過ぎる。
 多少なりとも話が出来そうな連中を選んでもこの次元なのか。
 
「彼らの否定的な発言を公にすれば?」
「無意味だろ。『彼らの戦績を上回れるのか!』で論破される」
「論破ねぇ・・・」
「言葉が全く響かないことは明らかだろ」
「なら、『反乱分子だ!』と騒ぎ立てたらどうだろうか」
「仕方がない正当な理由ありと捉えられるだろう」
「どうして!?」
「世論を巻き込むことが逆に立場を危うくする」
「あれもダメ、これもダメじゃ、何も出来ないだろう! 対案を示せよ!」
「致命的なミスになったらしょうもないだろ!」
「否定ばかり言ってる奴は楽でいいな~。・・・クソして寝るわ」

 この会議一つとってもコレだ。
 流れは完全に彼らにある。
 取り返しがつかない。

(彼らをBANしなかった時点で我々は詰んでいたのかもしれない)

 武者小路はコントロール・ルームに籠るエイジをモニターで見た。
 アースのマイルームを映した監視モニターに目線を移す。
 彼はずっとSTG28の仕様や多数のマニュアル、ルールブック、宇宙人と交わしたとされる真偽不明な条約や事例を読み漁っている。
 他にも公開されている宇宙人との謁見記録や、過去の違反事例も多く読んでいるようだ。

(爺さんよ・・・コレはお前の狙い通りなのか? それとも偶然か・・・教えてくれ)

 始まりの動機は最終的な結果を知らず伴う。
 連中の動機は金と遊びと暇つぶし。
 金が尽きたり、要求レベルに達しなければ去っていく。
 面白くなければ去っていく。
 地球なんてどうでもいい。
 他人なんてどうでもいい。
 今、自分が面白いかだけで生きている類だ。
 そんな連中だろう。
 命運を左右するこの場で全う出来る筈がない。
 強いか弱いかは問題じゃない。
 始まる前に終わっているんだ連中は。
 それが何故わからない。

 深夜になり結論は出た。 

 監視は続行。
 強く反対した数人は対策チームを脱退。
 彼らは当てつけのようにブラックナイト隊内のアースの隊に編入。
 彼らの隊はあっという間に大きくなっていた。

 明日には結論も逆転するだろう。
 何より本隊の数を超える。
 非常時ならともかく、単純な数では本部の運営権は移らないが発言権は自ずと強くなる。
 世論の後押しも強い。
 一度傾いた世論の慣性力は鈍い。
 連中の本性を目の当たりにする頃には手遅れだ。
 こうなると戦う前に終わっている。
 なるほど、あの糞な政治家が勝つことばかりに猛進する理由が実感出来た気がする。
 勝たないと何も出来ない。
 でも勝つことが目的になっている時点で無意味。
 でも、勝たないと意味が無い。
 無力だ。

 餓鬼と無知は能天気でいい。
 中途半端な知性は辛くなるばかりか。
 つくづく秘書には向いてなかったな、俺は。

「失礼します」
 武者小路はエイジに現状を報告した。
 一通り報告した後、言うとはなしに呟いてしまう。
「誰もかれもが軽率な者達だ。つくづく嫌になる。強いと思ったらすぐ縋る。なんのビジョンも主体性も意思も道もない連中ばかり・・・心底虫唾が走る・・・」
 何も言い返さないと思っていたエイジが応えた。
「きっと・・・僕が悪いんです。頼りない宰相ですから。ごめ・・・、いえ、苦労をかけます。ありがとうございます」
 彼は頭を下げた。
 武者小路は何かを言いかけたが止め、一礼し指令室を出た。

(子供相手に何を愚痴ってるんだ俺は・・・頭を冷やせ・・・)

 四日目。

 その日は土曜日。
 アースの隊は彼以外誰一人ログインしてこない。
 彼だけがこの三日間と同じことを繰り返している。
 不審に思ったが、直ぐ気づいた。

「土曜日か、残業代や休日出勤手当は出ないらしいな」

 沈黙していたイシグロが久しぶりに口を開く。
 武者小路は力なく笑った。

 朝から退所の準備にとりかかっている。
 もう手遅れなのは明らか。
 今夜にも実質主導権は奪われるだろう。
 ここに居ても鉄砲玉のように捨てられるのが落ちだ。
 手塩に育てたSTGやパートナーを蹂躙されるぐらいなら戻ろうと決めた。

(最後ぐらい心通う人と一緒に戦いたい・・・もう、あんな思いは御免だ)
 
 昨晩、武者小路は今後の対策を武田や真田らと考えた。
 妙案は無かった。
 どの展開も、程度の差こそあれ、悪いものばかり。
 下手な抵抗はかえって自分たちの資材を失うだけと結論づける。
 埋めがたい実力差と世論の後押し。
 全ての対策がその場凌ぎに思える。
 アース達に本部の権利が委譲される前に武田達は部隊を本部から離脱する段取りだ。
 本部から外れれば要請はあるだろうが無視することが出来る。
 ブラック・ナイト急襲のような事態は別として。
 もっとも、それすらも出撃さえすればいいので、誤魔化しようは幾らでもある。
 生き残ることを模索していた。
 最後の武田とのやり取りが思い出される。

「機会を待とう」
「次、ですか・・・」
「勿論あればの話だ。あると思って動こう!」
「そう・・・ですね」

 言わなかったが、自分は思えない。
 次は恐らく無い。
 チャンスはそう巡ってくるものではない。
 我々は逃した。
 地球が亡くなれば、本拠点が壊滅すれば、次は無い。

 あの大戦ですら偶然生き延びたに過ぎない。
 フェイクムーンの脅威にも我々は何も出来なかった。
 本部に近い者は誰もが知りながら向き合わない事実。

 無力だ・・・。
 あの時のように。
 涙も出ない。
 悔しさすら無くなってきた。
 もう、どうでもいい。

(やれるものなら、やってみろよ・・アースさんよ)
 
 午後七時を過ぎた。
 不意にログインサインを見る。
 アースの欄が灯っている。

「ログアウトしていない・・・」

 エイジと目が合った。
 彼も気づいたようだ。
 イシグロが動くと、本部権限を使いマイルームを覗き見る。
 武者小路とエイジが立ちあがり、イシグロのコンソールブースに駆け寄る。

「いた」

 まだ読んでいる。
 マイルームは本で埋まりそうなほど散らかっている。
 初日の午前中こそデータで読んでいたが、中途から書庫から呼び出していた。
 如何にも旧世代の人類。

「何を考えている・・・」

 武者小路は誰に言うともなく呟く。
 作戦室は静まりかえっている。
 夕食時だ。
 リアルで食べながらプレイしているメンバーが何事かとイシグロのコンソールに集まって来る。

「何かやるつもりか?」

 イシグロはモニターを見つめたまま武者小路に言った。
 武者小路が動く。

「武田隊長よろしいですか」

 程なくして武装した武田軍が入室。
 忍び装束の黒葉佩衆は音も無く闇に混じる。

 二十時。

 まだ読んでいる。
 あれで果たして読めているのだろうか。
 開いては閉じ、開いては戻りを繰り返す。
 武者小路は横目で並びの奥にいるミリオタを見た。
 ずっと牙を折られた犬のように静かだ。
 コチラに興味を示す素振りもなく、プロジェクトの進捗と修正、兵器開発に集中しているように見える。
 自分の戦果を大量の導入しているよう。
 何か起こすつもりだろう。

 エイジとの秘密会談により彼は武者小路の監視対象だ。
 他の者は知らない。
 事が始まった瞬間に捕らえるよう準備してある。

(こいつら何を考えている?)

 二十一時になろうという時。

 アースは大きな本をこれ見よがしに閉じた。
 立ち上がると部屋を出る。

「動いた!」

 監視班の一人が思わず叫んだ。
 次の瞬間、作戦室にアースの姿がホログラムで現れる。
 突然の事に、これまでとは違った質で静まり返る。
 まるで猛獣と突然遭遇してしまったかのような緊張感。
 混乱、恐れ、不安。現実を受け入れられない。
 息をしているかも怪しいほど我を忘れている。

 だが武者小路は違った。
 軍配を左手に持つ。
 すると、外周から圧を加えんばかりに身構える暁の侍達。
 アースはまるで彼らが見えないかのように悠々と周囲を一瞥。
 エイジを見初めると足早に近づく。
 笑みを浮かべた。

 マッスル三兄弟がどこからともなく現れる。
 無言で間に入った。

「邪魔だ筋肉。失せろ」

 アースの顔から笑みが消える。

「どかせてみろよ・・・爺さん」

 三兄弟の筋肉が張りを増す。

「マッスルさん大丈夫です! ・・・ありがとうございます」

 慌てて走り寄ったエイジは頭を下げる。
 三兄弟は黙って頷くと、ゆっくりと前を空けた。
 三兄弟は互いに見合うと、頷き、エイジを囲むように動いた。
 奥義トライアングル・マッスル・アーツの間合い。
 エイジを守りつつ、アースを攻撃出来る。
 アースは頭をボリボリと掻くと、何事も無かったように無造作に歩き出す。

「そこまで!」

 今度は武者小路の声。
 右手を押し出す。
 彼はいつの間にか全身フル甲冑の戦闘装束。
 刀は挿していないように見える。

 アースは一瞥しただけで足を止めた。
 下を向き笑みを浮かべる。
 顔を上げるとエイジだけを見た。

「餓鬼、こりゃ勝てねーぞ」

 時が止まったようだった。
 誰しもが「何を言っているんだ?」そうした疑問が逡巡した。
 簡潔な言葉にも関わらず意味が解らなかい。
 勝てない。
 笑っている。

(何を言っている?)

 無双している彼の部隊。
 自信満々のアースとその配下。
 軍神と恐れられたプレイヤー。
 圧倒的なスコア。
 生まれ立ての希望の光。
 盛り上がる拠点の搭乗員。
 膨れ上がる隊員。
 皆の明るい表情。
 意味がわからない。

「端っから勝てないよう仕組まれている」

 アースが言葉を足した。
 それでも意味が解らない。
 闇に姿を消していた黒葉佩衆すら思わず姿を現している。
 彼は何を言っている。
 勝てない?
 仕組まれている?
 意味がわからない。

「まんまとやられたな、お前ら」

 笑っている。
 なぜ?
 何が可笑しい?
 笑うことか。
 笑えることか。
 勝てないとはどういう意味だ。
 仕組まれている?
 誰に?
 なにを?

「そこで提案なんだが、地球を支配しようぜ?」

 始めてザワついた。
 意味が判らなさ過ぎる。
 なんでそうなる。
 敵わないから地球を襲う?
 なぜ?
 それが何の解決になる?
 それで勝てるのか?
 意味がわからない。
 聞き違いか?
 そうに違いない。
 疲れているんだ。

 アースは更に大きく笑った。

 何人かが目を丸くしてパクパクと口を動かしたからだ。
 まるで餌を求める金魚のように見えた。
 でも、笑えるのか?
 この状況で。

 言葉にならない。
 彼は何を言っている。
 今のは日本語か?
 何が起きている?
 何故笑っている。
 わからない。
 理解できない。
 現実感が無い。

「どうせ死ぬんだ。楽しくやろうぜ!」

 両手を広げる。
 何が楽しいんだ。
 何が嬉しい。
 優しい笑顔。
 この数日でただの一度も見せたことがない笑み。

「三日天下だろうが、何も無いよりいいだろ? なっ!」

 意味がわからない。
 なんでそうなる?
 どうして笑っている?
 狂ったのか?
 何を企んでいる?
 何をしたい?

 少しすると笑い声が聞こえてきた。
 それは徐々に大きくなる。
 アース以外のほぼ全員が笑い声の主を見た。
 イシグロだ。

「そう。貴方は所詮そういう人です・・・安心した」

 手を叩く。
 乾いた音が三度響く。

「さっ、皆、わかっただろ? 所定の位置について職務に戻ろう!」

 声を張り上げた。
 でも誰も同調しない。

 武者小路ですら何も言えなかった。
 軍配を強く握りしてまたまま仁王立ち。
 鎧が赤黒く濁っていく。
 アースはエイジだけを見ている。

「おい餓鬼、一人や二人、いや、お前のことだ、十人や二十人、殺したい奴がいるだろ?」

 固まっていたエイジが顔を上げる。
 酷く邪悪な笑みでエイジを見ている。

 人間にこんな顔ができるんだ。
 そんな思いを抱いた。

STG/I:第百四十一話:祭り

 中央の焦りを他所に陽気な河童と猫が入って来る。
 二人は中継ポイントの情報を義母に上げる役目だ。
 そこにはマルゲリータからの指示も入っている。
 タイムラグはあるが安全性と確実性がとられた。
 猫と河童の二人だけが情報を抜くことが出来る。
 そうしたセキュリティ設定。
 システムを熟知していない二人はそういうものだと素直に受け止めている。
 河童は肩を落とすと言った。
 今や彼も立派な作戦メンバー。


「なんだろうなぁ・・・なんか、俺って才能ないなぁ~」
 噂になっている彼らのミッションに挑戦したようだ。
 実際、彼のような搭乗員が多く出ている。
(実は簡単なんじゃないか?)
 多くのプレイヤーが思った。
 オリンピックを見てスポーツがしたくなる心境に似ている。
 それほど彼らは簡単に熟しているように見えた。
「しょうがないでしょ」
 他の索敵班との中継的役割モ担っている。
 情報を集約し、マルガリータや本部に報告。
 その情報の意味を二人は理解していない。
「出来ることをする! マルゲちゃんだって言ったじゃない」
 猫はイチゴシェイクを飲みながら喋っている。
「作戦室は・・・」武者小路が苛立ちを隠せず言いかける。
「ごめんなさ~い」ズズっと飲み切ると、体毛の中に隠した。
「そうだけどさ~。あそこまで見せつかられるとな~、男としてだよ~」
 猫は河童の皿の上の空気を一つまみすると、投げ捨てた。
「これで大丈夫。下らないプライドは今投げ捨てたから」
「・・・あ、本当だぁ! 気にならな~い!」

 二人が笑っている。
 周囲の作戦メンバーは苦笑していたが、エイジは笑顔になった。

 二人は現実を認識していない。
 イシグロさんや武者小路さんの言う通り。
 でも、だからこそ救いを感じる。

 エイズはずっとシューニャがやり掛けたプランの進捗状況を見ていた。
 足りない部分や、遅れている部分に人員を手配。
 素材の再配分や計画の見直しを打診。
 宰相というより、現場監督の仕事かもしれない。
 武者小路からも「君の仕事じゃないだろ」と言われた。
 でも、やらないと落ち着かなかった。
 本部の重要な運営やアース達の監視は武者小路に任せている。
 自分がしゃしゃり出ると話がややこしくなりそうだと感じた。

 マルガリータの考えた方針に則り索敵分隊はプラン通り動き成果を上げている。
 プランそのものが良かったのは勿論だが、新人が大半を占める中隊だった為か、彼女のリーダー的才覚かはわからないが、素直にプラン通り動いているのも幸いしている。
 お蔭で本拠点はようやく記録されている星の配置を捉えた。
 同時に、それでも日本・本拠点のカバーエリアがまだ遠いことを知る。
 エリア28の外縁部。
 割り当てられている国は無い。
 嘗てはどうだったんだろうか?

 単独で飛び出たマルガリータ中隊長はまだ戻らない。
 彼女からの情報は出撃直後に一度もたらされてから上がってこない。
 ほとんの隊員は一度ならずとも帰還し、ルーティーンで出撃している。
 中継を任された河童と猫も、マルガリータから「心配しないで」としか聞かされていないらしい。
 本拠点は索敵班と中継ポイントの距離をある程度の間隔に保つ為、加速はしていない。
 外縁部から来たのだから敵襲が無いと考えた。

 義母が警告したように、宇宙希望の「ちょっと」は想像絶する乖離を生んでいた。
 推定位置は都度更新され、本拠点が青い炎を発する。
 それを不思議な感慨をもって何時も見た。
 迫力に上がる歓声。

 エイジは恐ろしく感じている。
 宇宙は生命を感じない。
 何より、あの星々が何時動き出すか判らない。
 恐ろしい。
 これまでは安全だという思い込みで見ていた。
 その一方で希望に感じている自分もいる。
 命を感じない漆黒の中で、青い炎を発している人工物。
 今、自分達は生きている。
 強く感じさせてくれる。

 もし中隊の情報もなく、完全な推測で動いていたらと思うと・・・。
 如何に多くの情報や支えによって「当たり前」がなされているか。
 エイジは「当たり前は・・・当たり前じゃない」と呟いた。

 立ち上がると、脱兎のごとく作戦指令室を後にした。
 横目でみる武者小路。
 ログインボードに、ミリオタのサインが灯った。

(スパイ崩れ・・・)

 アースの言葉を思い出していた。

「どうした、慌てて?」
 ミリオタは何事も無かったように言った。
 どこか心の距離を感じる。
 妙に角が落ちた様子。
 脱力したような、気が萎えたような感じとも言える。
 それでいて妙に爽やかな印象も受ける。
 エイジは意図せず「心配しました」と口から漏れた。
 彼は驚いたような顔をすると、苦しそうにし、弱々しく笑った。

「ありがとう・・・」

 言葉が続かない。
 らしくない。
 妙に居心地が悪い。
 何時ものようにおふざけが無い。
 空威張りも空元気も。
 まるで遠い所に行ってしまったような寂しさを感じる。
 言葉が溢れてきて絶句。

 結局それ以上エイジは声をかけられなかった。

 ミリオタはそのまま作戦室に向かう。
 後を付いていくような形になったが互いに無言。
 まるでアース等居なかったかのような振る舞いにも見える。
 気にしている様子も無い。
 エロコスと連絡を取り合っている風も無い。

 今日も彼女達はミッションルームにいる。

 ギャラリーは増え続けている。
 ミッションに挑戦する者達も嘗てないほどに増加。

 ミリオタは淡々とプランの進行に注力しているよう見える。
 エイジはミリオタが立つ度に偶然を装い立ち上がった。
 度毎にビュッフェに誘ったが、「悪い」と短く断られる。
 マルゲリータの情報を調べいるわけでもない。
 彼女は限りなく失踪状態に近いのに。

(気にならないんだろうか?)

 伝えて上げたかった。
「マルゲはどうなった?」そう言ってくれさえすれば。
「安心して下さい」と言いたかった。
 見るとは無しに彼を見ていると、武者小路からホットラインが入る。
「彼は、大丈夫なのか?」
 その声には明白な疑念が感じられる。

 武者小路は昨夜のことを思い出していた。
 エイジが告げた事実。
 ミリオタとエロコスがリアルで知り合いの可能性が高いこと。
 武者小路にだけ打ち明けた。

 その際にエイジは取引をする。
 二点だけ譲らなかった。
 ミリオタを副隊長から下ろさないこと。
 作戦メンバーから外さないこと。

(思い出すと今でもイライラする)

「責任は僕がとります」
 エイジがそう言うと、武者小路は激高。
「責任がなんたるか判るのかっ! 判らない餓鬼がとれるのかっ!」
 テーブルを一度だが両手で強く叩いた。
 リアルでもしたことが無い。
 エイジは驚いた風も無く、少し間をおくと言った。
「・・・そうですね・・・ごめんなさい。私は判りませんね。なんて言えばいいか・・・」
 エイジは少し考えると言い直す。
「彼が何かしたら・・・私を殺して下さい」
 エイジの頭上にペナルティポイントが加算。

 武者小路の中で何かが壊れた。

「ふざけるなーーーっ!」
 軍配が二つに割れ飛んでいく。
 仁王がごとく顔を真っ赤に憤怒。
 鎧が赤い炎のエフェクトで業火のごとく燃え上っている。
 今度は自身の椅子を蹴り飛ばすと、コンソールに当たり砕け散り、霧散。
 頭上にペナルティポイントが連続して灯る。
 このゲームにキャラメイクしてから初めてだ。

 エイジは武者小路をじっと見つめている。

 自身は怒りの余りブルブルと震え、肩で息をしている。
「漫画やアニメの見過ぎなんじゃ・・・軽々しく・・・言うなーーーっ!」
 残った軍配も膝で二つに折る。
 ペナルティポイント。
 それでもエイジは言った。

「僕の全てを差し出します」

 その瞬間、鎧が更に大きく燃え盛る。
 その様は不動明王だ。

「黙れっ・・・
 黙れ! 黙れ! 黙れーーーっ!
 意味わかってんのかっ?
 重みも知らずに・・・生いってんじゃねーぞっ!」

 抜刀するとは手当たり次第に椅子を斬り捨てる。
 ペナルティポイントの桁が上がる。
 エイジは微動だにしない。

 どれくらい経ったろうか。

 鎧から炎のエフェクトが消え、
 彼の息が整えられた。

「リアルの、住所と氏名、年齢、携帯番号を書いて寄こせ・・・」

 エイジはメモを取り出すと書いて渡す。
 その行動に躊躇いは無く、喜びすら感じているように見えた。
 それを奪うように受け取る。

「・・・正真正銘の餓鬼じゃねーか・・・」

 再び鎧が燃え出す。
 しかし、今度は直ぐに鎮火した。

「判った・・・覚悟しろ・・・」
「ありがとうございます」
 エイジは頭を下げる。
「・・・俺は本気でやる・・・」
「はい」
「もう一枚よこせ。今の言葉、一筆書いてサインしろ」
「はい」
 さらさらと書く。
 受け取ると、武者小路は指令室を出ていく。

「大丈夫です」
 エイジの声で我に返る。
「昨日のこと、忘れてないよな?」
「はい」
「なら、いい・・・」

(俺は何をしている・・・間違っている)

 今日も定刻通りに連中はログアウトした。
 夜、彼の部隊は更に大きくなる。
 夜組が彼らのリプレイを見て、主役不在で祭りとなった。
 ロビーでは何度かアースコールが上がる。
 それを苦々しく武者小路は見た。

 流行に機敏な搭乗員はアースや白T、エロコスのファンアートを続々と発表。
 救世主、軍神と盛り上がる。

(糞世論が・・・)
 
 特別対策班も不穏なムードに包まれている。
 武者小路の恐れが最悪の形で的中しつつある。
 本部の人間なら過去の履歴をある程度閲覧できる。
 対策班の権限は広い。
 知れば知るほど愕然とする中の人の性能差。

 連中のアバターのスキルは戦果が無い為デフォルトだ。
 にも拘わらずこの戦績だ。
 戦闘においてアバターの性能はここぞで出る。
 重力耐性や衝撃耐性等々、一見地味なスペックは通常運用では無用だ。
 STGが緩和する。

 耐熱性能を例にすると解りやすい。
 普通の搭乗員なら必要ない。
 だが、ガーディアンにとっては極めて有用なスキルだ。
 ガーディアン特化はハイレベルほど極地戦が増える。
 アバター性能差で三秒余計に守れることは紙一重の結果を生むことがある。

 武者小路がエイジを見直したのはその点であった。
 彼はレフトウィング戦では既にアバターに耐熱性能を付与していた。
 それもあっての無謀だったのだ。
 全くの考えなしでは無い。
 ほとんどの搭乗員は自らの方向性を定められず、特徴的な性能から振り分け、全体的に上げる傾向が見られる。
 でも彼は、エイジはガチガチのガーディアン志向であることが伺えた。

 先日の本拠点緊急停止でもアバター性能によって被害の程度に差が出た。
 STGや本拠点の、言わば常識の範囲を逸脱した事象に際しスキルは意味が出る。
 あの後でアバターをリセットしたプレイヤーは多い。
 リセットすると、積み上げたものは全て失う。
 
 困難な作戦ほど積み上げたアバターの戦果は意味が出てくる。
 そのアドバンテージが連中には無い。
 なのに。

 ゲームは実力がものを言う。

 武者小路はどうにかして実力で本部が上回ることを示したかった。
 どんな小細工も、どんなプロパガンダも最終的には現実の前に効果は薄れる。
 この数日、何度シミュレートしても差は埋まらなかった。
 どう作戦を練り直しても、恥を忍んで同じ作戦で出ても結果は遥かに下回る。
「実際のシミュレーターでやらないと判らないんじゃ?」
 同僚の真田に言われた。
 だが、参謀が使用出来る義母を介したシミュレーションでこの差なら試すまでも無い。

 個々のスペックが違い過ぎる。
 そして人外の連携力。
 まるでパートナーの次元だ。

 最も、実際の戦闘では彼らがまだ使用出来ない装備の使用を仮定しての結果ではある。
 彼らのSTGはデフォ。
 標準装備のツインバルカンでは不可能。
 アバターのみ自身の設定を反映させている。
 それはそれで紛れもない事実。
 当初はそれを抗いのネタにも使っていたが、世論は動き出した。

「与えればいいじゃないか」

 戦果は移譲や寄付が出来る。
 工期短縮も限界はあるがある程度なら戦果で賄える。
 既に彼らへのファンディングは始まっている。
 彼らは日本の希望への光となりつつある。

(何かがおかしい)

 これもアースの策略なんだろうか?
 アースはどうやって指示を出している?
 やはりリアルでと考えるべきだろう。
 どうしてパートナーの英知を使わない?
 もしアース抜きでこの実力だとしたら、アースが入ったらどうなるんだ?
 あり得ない。
 こんなことは絶対に。

 武者小路は頭を抱えた。
 ずば抜けて戦闘能力の高いアースの配下達。
 物事が想像を遥かに超えた速度で進行している。

 三日目。

 何も変わらなかった。
 連中はコンピューターのように同じ行為を繰り返している。
 だが、その効果は絶大。
 連中の公開ミッションは完全に一大イベントと化している。
 実況するプレイヤーまで現れ場を盛り上げる。
 ファンアートは一夜にして流布され、有名な絵師やCGクリエイターも参戦。
 一層の盛り上がりを見せている。
 ギャラリーはまるでイベントを見に来た客のようだ。
 神プレイヤーの超絶技がロビーのモニターに流れる度に歓声が上がり、興奮を皆が味わう。

 しかも、難関ミッションにチャレンジするプレイヤーが現れれば現れるほど彼らの価値は勝手に、それこそ天井知らずで上がった。
 如何に彼らの攻撃が、連携が、超絶技巧が、凄まじいか、自ずと比較できる。
 個々が知る上手いプレイヤーが全く歯が立たない現実。
 光速のように速いコンドライトの突進をマタドールのようにヒラリと交わす。
 すれ違いざまに打ち込まれるアンカー。
 遠心力により、まるでハンマーでも投げのように回転。
 捕獲機に投げ込みロック。
「ゲームじゃあるまいし!」
 思わず上がった声にロビーでは大爆笑。
 だが、それを言った彼の顔は必死だった。
「ゲームだろ」
 上がる声。
「ゲームでも凄いけど」
 捕捉する声。
 何も知らないプレイヤーですら判る絶技。
「あんなプレイ、百万回挑戦しても出来る気がしない・・・」
 当然だった。
 当初こそ多かった冷やかしやアンチも、その圧倒的技術格差になりを潜めていく。
 繰り返される遠吠えすら、「じゃあ、やってみろよ?」のギャラリーの一言で封殺され、オーディエンスも支持。

 溢れかえる虎の威を借る狐達。
 おこぼれに預かろうとたかるプレイヤー。
 ブラックナイト隊は雪ダルマ式に膨れ上がった。
 喜ばしいこととも言い切れない。
 何故なら行く先は彼らの隊だ。

(一定数増えたところで袂を分かつ気なんだろうか?)

 単純に人数で権利は入れ替わらない。
 それでも数の力はあらゆる面で大きい。

「このままでは明日にはコアの隊を超すな・・・」

 作戦メンバーから不安の声が上がった。
 この段になると、イシグロからは冷めたものを感じる。
 次の策を弄しているのか、手のひらを反すのか。
 無言になっていた。
 武者小路の苛立ちと憤りがその鎧のエフェクトからも見て取れる。
 抑えようとしても抑えきれない。

 全てが手遅れ。

STG/I:第百四十話:実力

 二人が退出した時、エイジが立っていた。
 ココから別な場所にダイレクトに飛ぶことは出来ない。
 宰相なら強制権で押し入ることが出来たが、しなかった。


 女はエイジを見初めると、平然と笑顔で手を振った。
「あら~ミニソーセージちゃん」
 ミリオタは女の後から出て来る。
 エイジと目が合った途端、顔を歪め、伏せた。
 女はするりと間に立つと、身をくねらせ胸を強調。
 エイジは頬を赤らめ目線を逸らす。
 女の頭上にペナルティポイントが表示。
「副隊長さん私がタイプなんだって。これ内緒よ。会議中もチラチラ見てたでしょ。ちょっと来いって言うから、き・て・み・た・ら・・・そこから先わぁ~、ひみつぅ~!」
 ミリオタが彼女の後ろで肩を小刻みに揺らしているのが僅かに見えた。
 それを隠すように身体を傾ける女。
 眼前には彼女の大きな胸が、エイジは思わ横を向いた。
「可愛いっ。若い燕に乗り換えちゃおかしら〜っ」
「あの、二人は・・・お知り合いなんですか?」
 横を向いたまま言った。
「食べて欲しかったら何時でも言ってぇ~」
 エイジの顔を両手で包み正面を向かせると、目の前で投げキッス。
 胸部と臀部を左右に揺らしながら靴音を響かせ出ていく。
 ミリオタが足早に去って行こうとする。
「待って下さいミリオタさん! 何があったんですか?」
「な、何でもない・・・」
「もし良かったら、何があったか、」
「何でも無いって言っただろ! 俺に指図するのか! お前、調子に乗ってんのか!」
 顔をじっと見る。
 眼の必死さとは裏腹に痛々しい。
 頬がまだ少し赤い。
「いえ、そんなつもりじゃ・・・。あの、僕なんて何の約にも立たないかもしれません。でも、力になれればと思ったから・・・」
 ミリオタは振り返ると、項垂れるエイジに悲壮な顔を向ける。
 そして頭を震わせると絞り出すように言った。
「役に立たねえなら・・・黙ってろよ・・・カス」

 エイジは黙って見送るしか出来なかった。

 過去の自分を瞬間的に思い出した。
 奇しくもミリオタの言葉は、自身が母に投げつけたものでもあった。
「こんな気持ちだったんだ・・・」
 胸を鷲掴みにする。

 苦しい。
 言葉を間違った。
 訂正したい。
 でも、訂正出来ない。
 天井を見上げる。
 次第に全身が震える。
 目を瞑り、少しすると、毅然とした表情が戻って来る。

 あれは嘘を付いた顔。

 顔の紅さは鏡に映った過去の自分を思い出させる。
 平手で何度も叩かれたに違いない。
 どうして彼女に?
 付き合っているんだろうか?

 違う。

 あの顔は支配されている人の顔。
 どんな弱みを?
 地球でのリアフレ?
 やっぱり彼女?
 そういう趣味?

 違う。

 彼女なのにあんなに冷たい顔で見られる?
 あんな目で好きな人を見られる?

 何かある。

 コールサインが頭の中で響く。
 武者小路からのホットライン。
 直接 声が聞こえる。

「エイジ君、まだかかるか?」
「ごめんなさい武者小路さん。今から行きます。ミリオタさんは体調が悪いから参加出来ないようです。はい、すいません。向かいます!」

 翌日。

 アース・リングは何事も無かったようにログインして来た。
 しかも午前四時に。
 彼らは行動監視対象になっている。(伝えてある)
 モニタリングしていた武者小路の部下によると、その日は誰とも会っておらず、マイルームからも出てこなかったと言う。
 閲覧履歴からすると、STG28に関するルールブック、規約類を片っ端から読んでいるようだった。

「なぜ?」

 武者小路は疑問に思った。
 しかも、読んでいると言うには甚だランダムで、見ては次、見ては次といった具合で、熟読している風でもなく、法則性もないように思える。
 ビュッフェにすら行かず、時々、数時間放置してはまた読み始める。

 普通の搭乗員なら、どういう施設があるか散策したり、ハンガーへ行ったり、装備を閲覧したり、シミュレーターに乗ったり、パートナー相手にあれやこれや試しながら数日費やすプレイヤーも多い。小隊に入隊した者なら、部隊ルームに行き、賑やかに楽しむものだ。
 アースはそれら一切をやらず、午後七時にログアウトする。

 深夜、イシグロもログを追いながら爪を噛み困惑する。
 彼らを監視する為の特別対策チームと共に議論した。
 エイジからは「武者小路さんの好きなようにやって下さい」と返されている。

「そうだ! リアルだ!」

 珍しくイシグロが大きな声を上げる。
「となると・・・彼らが言っていたことは概ね事実・・・」
 武者小路が応える。
「とは限らない。嘘に事実を混ぜることで真実味を増す。詐欺師の手口だよ。監視されていることは承知しているからね。ジャンケンでもあるだろ? 最初にパーを出すとか指定する行為。時々本当に出されると逆に混乱する。それと同じだ」
「情報が漏れることを恐れてゲーム上では連絡をとらない、か・・・」
「同じ場所で操縦しているというのは事実なのかもしれない。だから、STG28で連絡を取り合う必要が無い。連絡はリアルでとっているに違いない」

 取り巻きと小隊は午前九時にログインすると、ミッションルームに直行していた。
 正午に一時間ほどの休憩を挟むと午後五時半に全員ログアウト。

 データを細かく見ると、彼らはいきなり最高難易度SSランクのミッションから挑戦している。
 最初の二、三戦こそ凡庸な戦績で危ないシーンもあった。
 覚束ない操作も一部見られたが、度毎に是正し、戦績は次第に鰻登り。
 初日の最終ミッションでは、マザーとの断絶時に記録されたワールドレコードの上位百チームに名を連ねる戦績を叩き出す。

 リプレイを見ていた本部委員の誰しもが感嘆の声を上げる。
 思わず拍手するプレイヤーも。
 イシグロと武者小路の目線を受け、歓声は小さくなる。

「不可能だ・・・」
 イシグロはボソリと言った。
「いや、彼らが言うように既に訓練済なら不可能じゃないでしょう。もしくは、これが最適な訓練と装備を与えられた者達との差なのか、その両方か・・・」

 武者小路は素直に喜べなかった。
 もし彼らが事実を語っているなら、これはウォーミングアップだろう。
 明日はもっと成績を叩き出す。

(そうなると・・まずいことになる・・・)

 当初は、地上のシミュレーターはココとは違う。
 地上にパートナーは居ない。
 何より、幾ら訓練していたとは言え実機ではない。
 そんなに簡単では無いことを思い知ると推測していた。

「事前に出る設問がわかっているテストのようなものだな・・・」
「それだけでは無い。才能もあるようだ・・・単なる訓練や装備だけでは、こうはいかない・・・あのシミュレーターでSSランクミッションをやった者なら判るだろう・・・あれはクリアすることすら難しい・・・」

 彼らの言説が正しいことがまたしても証明された。
 完璧では無いが、地上では実機に近いシミュレーターで訓練をしていた可能性が高いことを戦績が物語っている。
 少なくとも本部の大半は前日の言説はハッタリだと思っていた。
 もし全てが事実なら、これ以上ない味方であることは明らか。
 そうした希望に満ちた空気感が指令室を覆いだす。
 それを察し、武者小路が誰に言うとでも無く言った。
「だが、彼らに任せるのは賛成しない。彼らは反乱者だ」
「そう。当然だ」
 イシグロも追従する。
 果たしてその声はどの程度の人数に響いただろうか。
 武者小路は毅然と振舞ったが、内心恐ろしくなる。

 エイジは終始無言だった。
 ずっとログインサインをぼんやりと見つめている。

 要所で武者小路は「いい加減疲れているだろうから今日は休むがいい」と言ったが、エイジは「大丈夫です。邪魔じゃなければ、いさせて下さい」と返事をしていた。

(ミリオタ、シューニャ、ケシャ、マルガリータといった感じか)

 武者小路は思った。
 唯一、マルガリータのサインは灯っている。
 定期連絡も猫を通しなされているが、情報収集中とされ詳細は不明らしい。
 その他は全員サインが灯っていない。
 その日、ミリオタは最後までログインして来なかった。

(折れたか)

 エイジを横目で見る。
 彼の成長には日々驚いている。
 同時にそれはミリオタにとっても同じこと。
 少なからぬショックを受けているだろうことは間違いない。
 賛辞を受ける彼と、遅々として成長を見せず地位だけ上がるミリオタ。
 態度が大きい、口が悪い等、批判は相変わらず少なくない。
 発言力に対し、彼は暫く際立った実績らしい実績も残していなかった。

 大戦の時も生き残りはしたが、個人のスコアとしてはそこまででも無かった。
 そうした事から、彼の事を、肯定的にはラッキーマン。
 否定的には寄生プレイヤーと陰口を叩く者も多い。

 彼が優秀なアタッカーであろうことは間違い無いようだ。

 武者小路も正直なところ意外だった。
 彼はどこにでも居る“口だけ番長”かと思っていたからだ。
 参謀権限を使い戦績を詳細に調べると、通常戦闘時、彼の攻撃スコアは非常に高いと判明。
 ワールドレコードでもトップ三百位には常にいる存在であることに気づく。
 STG28のプレイヤーは非常に多い。
 その中でこの戦績は十分な実力者である。
 だが、これが曲者だった。
 紛れもなく優秀にも関わらず、そこまで目立たない存在。
 特に彼の同期は嘗てのエースパイロットである竜頭巾を筆頭に、ドラゴンリーダー等の突出したパイロットがひしめいている。サイトウ等は更にずっと前の世代にあたる。
 現状のプレイヤーの質で比較すると国内でも上位に食い込むはずだ。

 ところが総合で見ると、なっていない。

 分析すると、彼は大規模戦になる度に大幅に戦績を落としている。
 ここで風評の寄生プレイヤーで無いことを武者小路は確信。
 もしそうなら、大規模線で大幅に戦果を上げ、小規模線や個人成績は低いはずだ。
 それが彼の「ウィークポイント」と見た。

(大舞台に弱いタイプか・・・)

 柔らかい自信の喪失が彼からプレイ意欲を削ぎ、弱い彼のことだから逃げるだろうと武者小路は踏んでいる。
 恐らく遥かに下に見ていたであろうエイジが自分を大きく凌駕していく。
 その結果、彼は逃避するだろうと考えた。

(後はどのタイミングで武田隊長を推薦するかだな、慎重にせねば・・・)
 
 二人の関係が強いことは深慮するまでも無い。
 下手な切り出しをすると、流石のエイジでも頑なになるだろう。
 事実彼は何時までも戻らないケシャを副隊長から下ろす気はない。
 一部隊としての構えならいいが、最早ブラックナイト隊は違う。
 筆頭部隊の役職はそのままスライドする。

(そこまで気が回ってもいないのだろうが)

 そればかりかシューニャ・アサンガを未だに真の隊長として譲らない。
 現役が居なくなるトップ部隊。
 そんなことはあってはならない。
 そればかりか、シューニャから受け継いだ「竜頭巾」や「プリン」のSTG28を維持する為に未だ戦果を隊が払い続けている点も驚きだった。
 新しく決められたルールで、それもタイムアップ間近。

(まるで亡者の部隊。ゴースト部隊だ)

 今はエイジの働きで帳消しになっている雰囲気だが些細なきっかけで凋落することは明らか。

 エイジずっと考えていた。
 具体的にでは無い。
 ぼんやりと。
 考えるとはなしに考える。
 シューニャがよく言っていた。
 今は少し理解出来る。
 その瞳が収束していく。

(やっぱり武者小路さんに伝えておくべきだ・・・ミリオタさん・・・)

 翌日もアースはマイルームに引き籠っていた。

 ただ読んでいる。
 それ以外の何もしない。
 分析班は「パートナーに聞けばいいものを」とシステムを理解していないと嘲笑。
 イシグロと武者小路は笑わなかった。

 小隊も前日と同じ行動だ。
 全員がミッションルームに直行。
 即座にミッションを開始。
 SSランクのミッションの中でもクリア不能と名高い「ウラブ・ラ・スラウガ大戦」を最小人数でクリアすると次のミッションに移行する。
 その時、観客から一際大きな歓声が上がる。
 ロビーのメインモニターにも流れたからだ。
 結果、更に観客が増える。
 次のミッションをクリアした時はオーディエンスの興奮は頂点に達した。

 シミュレーターのミッションはオープンに設定すれば鑑賞が可能。
 途中参加をオープンにすれば随時参加も可能である。
 二日目の午前の段階ではそれはクローズだったが、午後にはそれもオープンになった。
 噂が噂を呼び、ミッション再生回数はあっという間に記録的な伸びを見せ、指示派、冷やかし、反対派を含め中隊、連隊を組織した大規模シミュレーションへと移行していく。

 同僚の真田からその報は直ぐに武者小路にも届いた。
 午後の休憩を挟んでからは破竹の勢い。
 ワントライで三位を獲得したミッションも出てくる。
 その度にロビーやミッションルームはお祭り騒ぎ。
 彼らへの賛辞は回を重ねる毎に大きくなる。
 にも関わらず、前日通り午後五時半に小隊全員がログアウト。
 アースだけが前日同様マイルームで午後七時に退出する。

 二日目の終わりには驚くべき結果が出た。

 イシグロや武者小路は天を仰ぐ。
 多数の移籍希望通知がブラックナイト隊に届き自動承認。
 全員がアースの小隊への参加を希望していた。
 その数は史上稀にみる人数。
 彼らはいとも簡単に部隊を除隊、もしくは解隊すらして編入して来た。
 アースの小隊は一夜にして中隊へ昇格する。

 そして武者小路が恐れていたことが現実になる。

 作戦メンバーにも心境の変化が起きる。
 簡単にワールドレコードを出す彼ら。
 彼らの言説を証明するスコア。
 肯定的な反応を示すメンバーが増えてくる。
 最も、謀反の現場にいたメンバーは流石に慎重だった。
 それでも明らかに肯定的な雰囲気が大きく膨らんでいる。
 武者小路は落ち着かなかった。

(完全にアースの策略にはまっているかもしれない・・・)

 イシグロも悪行を流布することがこれ以上効果的では無いことを察し止めた。
 完全に流れが相手にいっている。
 しかも、それは激流だ。
 情報が却って悪い流れに加担する恐怖を味わっている。
 かといって今更情報を統制すれば一層不味いことになるだろう。
 メンバーの結構な人数が統制案を出したが、流石にイシグロも否定した。

「制限する時は、時と場合が肝心だ。少なくとも今じゃない」

 流れは強力でどうしようも出来ないように見える。
 もし何か抗えるとしたら彼らよりスコアを出すしか無い。
 武者小路はイシグロに相談した。
 トップメンバーを結集して彼らよりスコアを出す。
 ゲームは実力社会が根底にある。
 が、イシグロは冷静だった。
 自分たちの過去のミッション成績を黙って表示し、言った。
「これでか? どう逆立ちしても不可能だ。これを超えられるプレイヤーがいるとしたらサイトウぐらいだろう・・・」
 到底適う筈もない数値。
 策で埋まるとは思えない圧倒的実力差。
「これは奴らの罠だ。ここで下手を打てば最悪の結果を自ら招くことになる」
 イシグロの言葉を聞いて武者小路は慄く。
 嘗ての仕事のことを思い出したからだ。
 自分が彼らと同じ過ちをしようとしていることに気づき震えた。

 夜、ミリオタはログインして来た。

STG/I:第百三十九話:黒歴史

 詳細は取り巻きの白Tが語った。


 老侍のペナルティポイントが上限に達してしまい発言権を奪われたからである。
 初回ログインとはいえ、警告は何度もあった。
 その醜態は、凡そ策士とは思えない印象を与える。

 初期の制限は時間と共に文字数で回復するが、驚いたことに、首謀者である筈の老侍は発言権剥奪に気づくと白Tの肩を叩きログアウト。
 誰も止める暇も無く、彼は委員会のメンバーを一瞥すらせず忽然と消えた。
 会議中にログアウトする行為そのものが前代未聞だ。
 本部の動揺に対し、彼らは静寂を守っている。

 白Tは、栄誉あるスピーチの順番が回ってきたと言わんばかりに語り出す。

 その内容に委員会メンバーからは何度となくどよめきが上がる。
 それが燃料であるが如く、彼は意気揚々と喋り続ける。
 時折上がる疑問の声やヤジにも似た声すら燃料にして最後まで語った。

 スピーチの内容は信じ難いものだった。
 武者小路が後に纏めた報告が判りやすい。
 当時は誰しもが混乱し正確には把握出来ていなかったことに気づかされる。

 発端は元ブラックナイト隊の隊長だったドラゴンリーダー。
 彼は現在凍結中のプレイヤー。
 STG28のログインサーバーが彼の会社の傘下。
 取り巻きや兵士達は彼らがスカウト。
 ここにいる者達は招待メールが届いたメンバー。
 他にも訓練中の同僚がいる。
 全員が、地球では模擬シミュレーターにより訓練中。
 プレイ環境は最新のXR技術を駆使したコアと呼ばれる施設で行っている。
 費用は全てドラゴンリーダーの会社から拠出。
 彼らは契約により給料を払われている。

 唐突にそんな情報を聞かされたのだ。
 クーデターを企てた連中に。
 混乱しない筈がないし、信じられるわけがない。

 そして、とどめに告げられた老侍の正体。
 数多のオンラインゲームで伝説的な成果を示したプレイヤー。
 日本にその人ありと恐れられた軍神であると。
 それが老侍のアース。
 取り巻きの二人は彼の自称信奉者らしい。
 彼は最後にこう締めくくる。

「よって指揮権を譲るのが妥当である」

 全てを真に受けるとするならば説得力がある提案かもしれない。
 軍神と恐れられた文字通りの神プレーヤー。
 彼によって訓練され、統率された兵士。
 強固なバックアップ体制と卓越した操作環境。
 これ以上ない条件が揃っている。
 
 しかし、委員会の反応は鈍かった。
 混乱していたとも言える。

 主だった理由は、白Tの言説は大ボラ吹きにしか思えなかったからである。
 彼が話し終わると、様々な感情が綯い交ぜなった反応が噴出する。
 宇宙で戦い続けている彼らからすると、地上での事象は全くの門外漢。
 話は余りにも突拍子も無く、それでいて複雑で情報の洪水。
 事実であれば、これ以上ない好条件に思えたが、一方で大多数のプレイヤーにとっては釈然としないものが残る。
 その感情を理解できないプレイヤーが多かったが、会議中の不満でイシグロは直感する。

 彼らが給与をもらっているからだ。
 他にも、それほど優秀なら立場を追われるのではないかという恐れ。
 嘗ての職を思い出し、彼は一人不愉快に浸る。

(所詮人間なんて最後の最後までこうなんだ・・・私利私欲)

 老侍が軍神アースであること対し、本部委員の反応は一部を除いて弱いものだった。
 アースを知る者は勝利したかのような喜びを見せる。
 そして、周囲に軍神の凄さを語り出す。
 だが、逆の反応もあった。
 その代表格がイシグロである。
 冷静な者達は「果たしてこれらは事実なのか」と疑問に囚われる。

 当然、会議は大きく荒れる。

「何故地球人にそんなことが可能なのか?」
「これは宇宙人のシステムでは?」
「やっぱりこれはゲームだったのか」
「ドラゴンリーダーは反逆者だからアカウントを凍結されたのでは?」
「これは罠ではないか?」
「大嘘だ」
「ペテンだ」と。
 枝葉末節な議論から根本的なものまで噴出。
 流れで武者小路が会議を仕切ったが整理できないほどである。
 エイジはただ一点のみを考えていた。
「アースは敵か味方か? シューニャならどう考えるか」である。
 問いただしたい本人達は居ない。
 ミリオタは借りてきた猫のように緊張に包まれ静か。

 彼らの言説を即座に証明する方法は無かった。

 リーダーは凍結されたままだし、その理由すら知らない者達が大多数。
 ドラゴンリーダーの凍結に関してはエイジらによって情報が訂正される。
 それでも疑念の種は成長をし続ける。
 圧倒的に肯定する者、圧倒的に否定する者、考えを放棄する者、判断を放棄する者。
 主要な態勢は二極化が進む。

 なぜクーデターを起こしたのか。
 この答えは直ぐに得られたが、やはり証明は出来ない。

 曰く、地球では情報を読める形にするには解析が必要で、タイムラグがあるとのこと。
 改良中ではあるが、現時点ではリアルタイム解析は出来ていない。
 その為、ブラックナイト隊が本拠点の中央になったことをログインしてから知った。
 時間が無いというドラゴンからの情報で、このような行動に出た。
 当初の計画ではブラックナイト隊で主導権を握り一気に部隊を拡張。
 本部を制圧し、本拠点の主権を握ってやり易いようにと計画されていたようだ。

 目的だけ聞いたら丸っきりの味方だが、それでもやったことはクーデターである。

 情報はどれも突飛で俄かには信じられない。
 リアルでネット検索をしていた委員会メンバーの一人は彼らの言説を証明する情報を得られなかったと伝える。
 地球にログインサーバーがあることすらほとんどの搭乗員は認識していなかった。
 情報認識の格差は埋め難いほど広く、本部委員会は武者小路の提案から会議メンバーを絞ることから始まった。

 やはり第一印象がやはり悪すぎた。

 作戦も短絡的かつ横暴に思える。
 それに対しては「効率がいい」と、白Tは反論する。
 更に「バカほど会議が好きだからねぇ」と取り巻きのエロコスは付け加え、反感を買う。

 アースを知らないプレイヤーが多かったのは彼らの思惑外だったのではなかろうか。
 しかも彼に対する評価は真っ二つに割れる。
 イシグロは普段自ら口を開かないタイプだが、この時ばかりはアースがしてきた無秩序と素行の悪さ、被害を暴露する。
 そのやり口はまさに今しがたの老侍を彷彿とさせるもので、中立に近い作戦メンバーの心象を悪くする。

 工程派は具体的な作戦事象を述べ反論。
 ネットで調べると実際にあった戦いだとわかった。
 エイジを含め若い世代のプレイヤーにはゲーム名程度は知っているぐらいのタイトル。
 多くのプレイヤーにとって何があったか等は全く知らない。
 後に、この会議で検索を担当していた彼は情報分析班に推挙される。
 当時のプレイヤーの認識では、それら作戦は肯定的な見解で占められていたと知る。
 イシグロは裏側のグロテスクな人間模様を暴露し反論。
 エイジは度毎に肝心なことを繰り返し確認した。

「それで勝ったんですか?」

 イシグロは明言を避けたが、勝利は間違いないようだ。
 彼が弁解をすればするほどアースが勝利に貢献したようにエイジには思えた。
 思わずイシグロは「勝てば何でもいいのか!」と言いそうにった。
 それは完全にブーメランである。
 そこに気づいた時、彼の言説は勢いを失う。

「お二人は何が目的なのですか?」

 何度目かの中座を経て、エイジは取り巻き二人に率直に尋ねる。
 理由は絵に描いたような回答だった。
 しかも、この会議の流れを受けてである。
 「金」「スリル」「暇つぶし」とテンプレ通りのもの。
 でも、白Tから聞いた老侍の動機だけは違った。

「アース様は『シューニャに会いたい』と仰っておりました」

 紛糾の果てにエイジの最終決断は「皆が良ければ宰相を譲る」というもの。
 圧倒的ブーイングに包まれる。
 ほとんどの部隊から反対票が投じられ否決。

「その考えは危険だ!」
 今回の立役者でもあった武者小路にも注意される。
「私は君だからやったんだ! あんな奴らなら私は下りる!」
 あの場で根回しをした彼の決断と行動力に救われた。
「ごめんなさい。わかりました」
 だからこそエイジも彼の反対を受け入れる。

 最終的な条件をすり合わせる段になると、老侍が丁度ログインする。
 その場にいる全員に緊張が走った。
 武者小路が条件を言い渡す。
 アースは目を瞑ったまま聞き入ると、言った。

「わかった。解散!」

 武者小路は否決されると思っていた。
 その前提で弁節を用意していたのだ。
 しかも老侍はその場でログアウト。
 隊員もあっという間に会議室から出ていく。
 取り巻きの白Tは小隊の手続きに入ったようだ。
 部隊ステータスの動きで判る。
 エロコスは艶美な笑みを本部委員に向けると一人悠々と出ていく。
 部隊員は分隊ごとに移動を開始。
 武者小路がすぐさま反応し、手を耳に当て何やら指示を出している。
 真田に分隊の監視を提案。
 マッスル長男は白Tを睨むように見ている。
 目線に気づくと、彼は冷たい目で応えた。
 憤怒の表情で長男の大胸筋がパンプアップ。

「何もやらない? ・・・何を企んでいる」

 イシグロの大きな独り言が聞こえる。
 彼は武者小路に「否決するだろう。その時に何かやるつもりだ、気を付けろ」とアドバイスしていた。
 本部委員達は全てが思惑外の事象に混乱し、ストレスの溜まった北極熊のように同じ場所をウロウロしている。

 彼は偽物なのか?
 そもそも全てが嘘なのか?
 金で雇われているだけだからドライなのか?
 別のアプローチで来るのか。
 閉会の合図が無い中、会議は終わったと判断したプレイヤーが出て行こうとする。
 それに気づき、武者小路が言った。

「ちょっといいかな? 有志だけで構わない」
「エイジ君・・・」
 その時、エイジは天井を見上げていた。
「あ、はい!」
「いや・・・いい。君は少し休んだ方がいい」
「いえ、大丈夫です!」
「そうか?・・・わかった。すまないがもう少しだけ詰めたい」
「わかりました!」
「丁度いい。私もまだ話がある」
 イシグロも続く。
 彼らは別な会議室へ伴って行く。
 エイジはその時、ミリオタが居ないことに気づいた。

*

「この豚ぁ!!」
 プライベートルームに鳴り響く声。
 ココでは外には聞こえない。
 そればかりか一切の監視から開放され、入退室の記録だけが残る。
 女はミリオタの頬を叩いた。
 あの取り巻き、エロコスだ。
 ミリオタは何故か半裸で正座をし、呆然とした表情で項垂れている。

 彼の紅く染まった両頬。
 音と見た目ほどダメージは無い。
 傷つけられるのは身体の痛みよりもプライド。
 身体へのダメージは退室時に観測され、場合によってはペナルティや審議の対象になる。
 彼女はまるで既に知っているようだった。

 女は紅いヒールの爪先で彼の顎を上げる。
 スラリと伸び引き締まったアスリートのような足。
 ミリオタの眼から絶望が零れ落ちている。

「なんで私の股間を見ないの? お前の好きなアングルでしょ?」
 生気がない眼。
「ブヒブヒ言いながらシャブリついたの忘れた? 達観したふりしてもリアルではフル勃起なんでしょ? それともまさか、忘れたなんて言わないよね?」
 ミリオタの両眼から涙が静かに流れ落ちる。
「何か言えーっ!!」
 また頬を叩いた。
 今度はリズミカルに!
 でも彼はなんの感情も見せない。
 叩く度に大きな胸が揺れる。
 音楽を奏でるように叩きながら女は一人興奮。
 それも次第に冷めていく。
「今更友情に目覚めちゃったとか言わないよね? それとも色気づいた?」
「・・・」
「マルゲリータだっけ? 毛玉ちゃん」
 彼の眼に意思の光が灯る。
「まだ帰ってこないわね~。どうしたのかしら~?」
「・・・何かしたのか?」
 派手に頬を叩かれる。
「何も。したのは猫ちゃんの方」
 少しの空白の後、みるみる彼の眼に力が込みあがって来る。
「どうして・・・どうやって・・・」
「毛むくじゃらのマルゲリータとか言う餓鬼にしても、ケシャとかいう電波にしても。貴方本当に趣味悪いわね。あの電波女、正気なの? 普段、宇宙服みたいなの来てるのよ? 知ってたぁ?」
「なんで・・・どうして・・・」
「こっちではケシャだっけ?」
 ミリオタは立ち上がり吠えた。
「何が目的で!」
 意志が完全に戻っている。
 女は再び頬を思いっきり叩く。
「豚の分際で立つな! 礼儀を知れ! 豚らしくよつん這いになれ!」
 彼は素直に従う。
 女はその背中に乱暴に座った。
「いい時代になったわね~。XRがなんだかんだで、リアルで動いた通りに出来るんだから。これでナニが出来ればリアルなんて心底クソね。要らないわ。真っ先に導入すべきでしょ。CDドライブが普及したのってエロパワーのお蔭よね。知ってたぁ? 偽の倫理観の仮面を被った豚どもがペナルティシステムとか作ってるようだけど、邪魔よねほんと。仮想なんだからやり放題でいいじゃない。ねぇ」
 彼は固まったまま何も言わない。
「分かってるわね?」
「・・・」
 彼の上で反動をつける。
 呻きと共に背中がしなる。
「約束が違うんじゃないの?」
 女は声色を変える。
「地球なんて、人類なんて滅びた方が良いんだったよね? 『俺はあの国だけは許せない!』って言ってなかったぁ? 裏切るの? お前みたいな、汚い、臭い、豚を。忘れた? 忘れたのなら見せて上げようか? そうだ、せっかくだから彼女達にも見てもらいましょう。一緒に見ましょ。興奮するでょ?」
 ミリオタは苦悶の表情を浮かべると声を上げ泣いた。
 四肢が震える。
「豚あっ!! 役目を果たせ!!」
 太腿をしたたか叩く。
 乾いた音が慟哭に混じって響き渡った。
「貴方は逃げられない。裏切ったらネットの皆さんにも見てもらいましょう。自分がクズで、下衆で、裏切り者の、汚い豚だってこと」
 彼は動物のような声を上げた。
「豚らしくなってきた。相変わらずいい声で鳴くのねぇ。アース様は降臨された。もうシューニャ・アサンガなんて必要ない。直ぐよ。計画の前に前祝でもしましょ。人類の終わりに、私たちの来世に。明日、家に来なさい。色々と溜まってるでしょ?」
 女はラメ入りのピンクの唇をぐるりと舐めた。
「貴方も、私も、地球も終わりなの。お互い辛い人生だったんだから、最後ぐらい楽しみましょ、ね」

STG/I:第百三十八話:持つもの

「ご苦労。色々紙一重だったな」
 部隊「暁の侍」の作戦室。
 隊長の武田真打は言った。
 武者小路は兜を脱ぐ。


「些か肝を冷やしました」
 本部委員会・参謀の武者小路。
 今は本部に出向しているが、部隊では副隊長だ。
 ここへ来るのも久しぶり。
「彼は危なっかしくて目が離せませんよ・・・」
「その割には嬉しそうに見える」
「とんでもありません!」
「彼の成長は眼を見張るな。お前も含めて今後が楽しみだ」
「正直、あの時の彼の決断は意外でした」
 アースらによる作戦本部襲撃事件の事だ。
 エイジは代表権を移譲しなかった。
「投げると思っただろ?」
 武田は笑みを浮かべる。
「ええ! 百%間違いなく」
「彼が明言したからこその連携だったと言える。今も参謀特権は変わらずか?」
「はい。一体全体、エイジ君は何を考えているんですかね?」

 武者小路の行動は完全な独断だった。
 参謀であるが故、相応の権利はある。
 だが、彼のしたことは本来の参謀が持つ権限を逸脱した行為。
 本部・作戦室への入室には委員会もしくは代表の許可が必要だ。
 武者小路は端から宰相級の権利をエイジによって与えられていたからこそ出来た。

「私より頼りになるのは間違いありませんので」
「・・・私のことを何も知らないのに?」
 武者小路はその時、憮然として言った。
 甚だ無責任に思えたからだ。
 丸投げはするが責任はとらない。
 現代はそうした人間に溢れている。
 彼もまた随分と見てきた。
「武田隊長さんが全幅の信頼をしているのですから。間違いありません!」
 最初は幼いが故の無見識、無教養・無経験・無責任からくるものと思った。
 責任の重さを知らない。
 権利の怖さを知らない。
 でも、何れ判る。
 判らなければ愚か者だ。
 そう思っていた。

 彼が本部付になったのは、そもそも自分の意思ではない。
 武田が自分を託したからである。
 特権を与えられた日、部隊に戻ると武田に言った。

「隊長、何でも出来ますよ・・・」
 含みを理解した上で武田は返す。
「お前なら本拠点の最大能力を活かす事が出来そうだ。安心だな!」
 意図を聞き流したのだ。

 武者小路には理解出来なかった。
 何故、武田隊長は本部宰相権の譲渡を断ったのか。
 何故子供の彼に日本を託したのか。
 何故、自分を参謀として送り出したのか。
 知る限り武田は凡そこれまで見てきた中で最も責任感のある人だと確信している。
 彼なら理想的な本部を体現出来ると信じて疑わない。

 エイジは内々に武田に本部宰相を譲ると申し出ていていた。
 武田はそれを断ったのである。
 断る非礼を詫びる形で自分を差し出した。

「君は持っている人に思う。私は持っていない」

 あの日、武者小路は緊急事態を武田に告げ、彼の助言と連携によって下準備を整えた。
 レフトウィング最後の生存者達の結束は今も強く、武田の要請に彼らは直ぐ応じる。
 通常、上を飛ばして他部隊を複数動かすことは困難を伴う。
 役割の問題、報酬の問題、責任の所在。
 ましてや上下関係のプロセスを重んじる日本では尚更。

 リアルでは下らない理由で速度も質も犠牲にした仕事が横行している。
 それでいて責任はとらされる。
 リアルでの武者小路は疲弊し、夜な夜なゲームに逃げてきた。
 でも、多くのオンラインゲームですら似たような状況になっている。
 STG28と暁の侍はようやく彼が見出した安息の地。
 今はリアルで独立する為の準備をしている。

「彼は終わった後、なんて言った?」
「いえ、特に何も」
「我々が独断で動いたのを解っていない感じだった?」
「流石に解ってはいました。なので、ありがとうございました。助かりました。とだけ」
「それだけ? 他には?」
「他には特に・・・」
「・・・彼は深いな」
「失礼ですが、単に事の重大さを理解していないだけなのでは? 彼は社会の怖さを知らない」
「それは否定出来ない。だが、知らないからこそ出来るメリットもある。私は当初、彼の成功を単なる偶然だと思ったよ。シューニャ・アサンガは彼を買いかぶり過ぎだと思っていた。でも、レフトウィングの時、私は己の見る目の無さに失望したよ」
「私は結果論な気がします。今回も私が動いて、武田隊長が声をかけてくれ、皆が動いてくれたからであって、彼の力では無い。レフトウィングの時もそうでした。偶々です」
「人生は、その偶々の連続だよ。それに、偶然も重なれば、それはもう必然だ。それは何よりも代えがたい実力だよ」
「神頼みってことですか? 私は今も武田隊長が宰相に相応しいと思ってます。偶然は偶然です。努力をし、すべき事をした者に偶々舞い降りて初めて意味があるものであって、計算の内に入りません。オマケみたいなものです。『人事を尽くして天命を待つ』と言うじゃないですか。運頼みは怖すぎる」
「運頼みとは違うさ。まあ、お前らしい。お前はソコがいい。・・・先のレフトウィングでの彼の活躍。プロセスを閲覧してみたんだが、驚いた。彼は・・・持っている人間だと直感したよ。私は持っていない。だから断った。平時は私やお前みたいな構築的なタイプが有効だろう。でも、有事は違う。『持っている』ことが大切だ。そして自在に俯瞰出来ないと。私は人生において様々な局面で『持っていない』と痛感したよ。これは諦めではない。己を知るという意味でだ。無いものを願っても仕方がない。有るものをどう活かすか。最も、今でも私が受けると言ったら、彼は即刻譲るだろうが」
「でも、先程は譲りませんでしたよ?」
「不適切だと思ったんだろ。あのアース・リングを。軍神をだ。俺なら喜んで譲ってしまうだろう!」
「そんなに凄いんですか? ・・・私は嫌いです。いい歳してゲームでイキって・・・」
「私も同じようなものだろ?」
「とんでもない! 武田さんは違います。・・・あのご老人の何が凄いんですか?」
「勝つためには全てを利用出来る。そして、彼もまた持っている人だ・・・」
「私なんて躊躇なく捨て駒にされそうですね」
「必然ならそうだろう。彼は親しい友人だろうが勝つためなら捨てられる。その覚悟が出来ている。その重さも知っている。何より異次元的に全体を見通せる人だ。無いものを望まない。彼はこの戦いの結末も直ぐ見通すと思う。今の日本では貴重な人材だよ。彼のような人にこそ政治家になってもらいたいものだがね。現実はそう成らない」
「私は嫌です。あんな人に命運を握られ、捨てられるのなんて、ごめんだ・・・」
「もっともな意見だ。でも、戦いってのは勝たないと意味が無い。そして彼は勝てる」
「勝てるんですか? この終わりの無い戦いに?」
「我々では無理だろう。だから嬉しいんだよ。これ以上無い朗報さ。仮に勝てなくとも、自分の死に納得がいく」
「申し訳ありませんが、会談は決裂しました。彼は宰相ではありません」
「世の中とはそういうものだ」

 会談は紛糾し、真っ向から主張が衝突。
 最終的には双方が歩み寄る形で妥結した。
 どこにでもある結論。
 全員に不満が残る結末。

「私も反対票に入れました」
「彼は? エイジ君は何と?」
 武者小路は苦笑する。
「何故かアース達の肩をもつんですよね・・・」
「ほほー・・・それで?」
「私は彼だけ残して全員BANすればいいと思いました。・・・BANは言い過ぎですが、少なくとも部隊を持つことを許すなんて・・・私からしたら狂気の沙汰です。強盗に拳銃を与えるような行為ですよ」

 ブラックナイト隊への入隊は維持。
 彼らを小隊として認め、一部例外を除き通常と同等の権限も与える。
 だが、作戦室への入室は全面禁止。
 アースのみ作戦顧問として迎え、ホログラムでの入室は許可とした。

「皆はエイジ君にかけたのか?」
「とんでもない! 彼は扱いやすいだけマシなだけです。過去の栄光に縋る老害は論外です。彼らは単なるペテン師集団ですよ!」
「あのアースさんが老害呼ばわりされるのか・・・時代だなぁ」
「隊長には大変申し訳ありませんが・・・私からしたらそうなります。隊長も会えばわかりますよ。過去の栄光です。今や不愉快な言葉を垂れ流す老害ですよ! 初日でペナルティーから発言権を奪われたんですよ? 信じられますか?」
 武田は腹を抱えて笑う。
「変わってないな、アースさん。エイジ君はそれでいいと?」
「皆の決定を尊重すると。その代わり助けて欲しいと・・・」
「面白いね彼は!」
「子供なんです」
「果たしてそれだけか? 彼は皆の受け皿になろうとしている・・・そんな気がするね」
「代表権はともかく、残すのは彼だけでいいじゃないですか。少なくとも、あの奇妙な取り巻きや、自由に動く兵隊を内部に入れるなんて、どうかしている」
「ひょっとしたらアースさんの絶対条件なんじゃないか?」
「そうなんです! 無茶な要求ですよ。盗っ人猛々しい!」
「お前から見てアースさんは正直どうだ?」
「不愉快な老害ペテン師ですよ! 今直ぐ反乱を起こす可能性すらあります」
 武田は豪快に笑った。
「それが良策なら彼はするだろう。でも、武装の排除や格闘権は停止なんだろ?」
「ええ。でも・・・どんな手を使ってくるかわかったものじゃ無い」
「初見でお前にこれだけストレスを与えるんだ。流石だな」
「笑い事じゃないですよ。本当に」
「悪い悪い。だがな、ストレスは判断を誤るし疲弊を生む。それを理解して撒いているんだよ彼は。その様子じゃ彼の手中に飲まれてるぞ。好き嫌いだけで物事を二分するな。現実はそんなに甘くない。頼むぞ。彼を、エイジ君を支えてやってくれ」
「もう部隊に戻りたいです・・・」
「その割には肩入れしているように見えるが」
「だって、あの部隊の連中は危なっかしくて! この重大事に副隊長はダンマリですよ!  あらだけ普段は煩かったのに、借りてきた猫みたいに静かで! もう一人の副隊長はログインすらして来ない。代理すら立てない。なんなんですかあの部隊は・・・滅茶苦茶ですよ。武田隊長・・・やっぱり今からでも我々がやった方がいいんじゃないですか?」
「ある意味ではね。でも、我々では勝てない。確実にね」
「誰だって勝てないですって! あの情報が事実なら!」
「我々は良くも悪くも常識人過ぎる。今、この有事に必要なのは常道を知りつつも常識に囚われず発想し行動する大胆な力と求心力。何より持っている人材だ。『これで行けるかもしれない』そう思わせるものだよ。こういう時、常識や理屈は無力だからね。かといって荒唐無稽では誰もその気にはなれない。彼らが発議した天照と須佐之男を主軸にしたコロニー作戦には震えたぞ」
「眉唾ものですが・・・余りにも不確定要素が多すぎます」
「かもしれない。だが、そういうものだよ現実は。全てを理解しては遅すぎる場合が多い。待てる時間があるなら待って見極めればいい。だが、少なくとも我々には時間がない」
「それすらも不確定です」
「これまでコロニーの存在を考えた者がいるか? この戦いに意義を見出したものは? 裏側の部隊を探ったものが? その可能性のデータを荒削りでも指し示すことが出来たか?」
「あんなのデータと言えるんですか?」
「それも理解する。恐らくシューニャ・アサンガが絡んでいるだろうが、この根本要因を探り、検討までツケていた。俄然、盛り上がるだろ! こういう事が大切なんだ。ただ黙って座して死する強さを持つ者はほぼおらんよ」
「でも、もし間違っていたら・・・取り返しがつかない」
「モシは常に付きまとう。恍惚と不安、共に我にありだよ。腹をくくるしか無い。それとも下りるか?」
「いえ、下りませんよ。乗りかかった船です」
「そうか。・・・今でも夢に見る。あのレフトウィングでの出来事。エイジ君は自分の命を盾にしても少しでも多くの搭乗員を助けようとした。しかも躊躇なく・・・。プロセスを解析すると、あれは無謀なようで、ちゃんと計算もしていることが伺える。そしてそれを支えるブレインの存在よ。彼の行為は振り返れば結果的に生存確率が高い行為だった。自分以外の命のね。あの驚異の現場で彼はそれをやってのけた」
「でも、私達が居なかったら確実に成功しませんでした」
「それもまた事実。だが、恥を語れば私は動転したよ。部隊の皆を見るのが精一杯だった。彼を単なる子供、無知では言い切れない。広く見ている。それでいて自分の命を顧みない。捨てているわけじゃない。見極めようとしている。自分の命の置き場を。きっと彼は辛い人生を送ってきたんだろうな。そして、彼の心の手綱を握っているのがシューニャ・アサンガなんだろう」
「フレンドでしたっけ?」
「ああ。ロビーフレンドだ」
「フェイクムーンの時はさぞや驚かれたのでは?」
「びっくりしたよ。彼女も不思議な人でね、正体がつかめない感じだ。エイジ君は上手に育てれば才能を開花すると言っていた。私はそうは思わないと言ったんだがな。機会があったら皆で育てて上げて欲しいと頭を下げてきた・・・」
「うちの部隊では入隊を断ったんですよね」
「ああ。・・・私は判らなかったよ」
「私は隊長の判断が正しいと思います」
「・・・さてと、忙しくなるぞ。・・・これからもソッチは頼む」
「はい!」

 彼らが今後何かをやらかすのは目に見えている。
 圧倒的大多数がアース達の除隊は当然として凍結を望んだ。
 それに反対したのはアースを知るプレイヤー達であり、何よりもエイジだった。

 部隊を許すと幾つかの権限が発生する。
 部隊内での強制力は非常に強いものだ。
 一方で部隊の権限は本部により大枠で制限が可能。
 本部のルールに矛盾した部隊権限は付与出来ない。
 同様に部隊内の中隊や小隊は部隊のルールに縛られる。
 矛盾する設定は出来ない。

 イシグロの提案で、強制力のある誓約を交わし、最終的には妥結する。
 意外にもアース達は抵抗を見せなかった。
 それが却って不気味だ。
 万が一の際は、誓約により彼らの相応な権利を無効化することが出来る。

「ドラゴンリーダーに依頼されて来た」

 老侍は言った。
 その名を聞いてピンと来る者は必ずしも多くはない。
 オンラインゲームでの栄枯盛衰はリアルより早い。
 一部の者達だけが沸き立ち、まるで勝利したかのような賑わい。
 顔ぶれを見ると長期プレイヤーだ。
 イシグロは顔を曇らせ、ミリオタは一瞬だが驚いているようだった。

 エイジは会議の際にミリオタの挙動に違和感を感じていた。
 会議の間、彼はずっと下を向き、時折、取り巻きの女を見ていた。
「知り合いなんですか?」
 何時もの調子でエイジが小声で話しかけると、
「えっ?・・・だ、誰と?」
 ミリオタは不自然なほど挙動不審に応えた。
「また~とぼけて。あの女性ですよ」
 彼はビクリとした。
「知らない・・・あんな女、知らない・・・」
 ミリオタは怯えるように言った。
 エイジはあくまで揶揄って言ったつもりだった。
 国際会議でもこうしたやり取りはしていたのに。
 
 エイジにとってドラゴンリーダーは雲の上の存在だ。
 大戦で既存の戦い方に多大な影響を与えた人物の一人と記録されている。
 現在アカウントは凍結中。
 当時の本部委員会が最低凍結期間を設けており、それを解除出来なかった。
 期間を短縮させるにはSTG国際連盟への申立が必要と知る。
 審議を経て認可されれば期間が短縮、もしくは解除される。
 一連の騒動が落ち着いてから提議する予定だった。
 現在STG国際連盟は通常手続きを全て停止している。
 
 ドラゴン・ツー・ブレイドのフォーメーションは今も海外でガッジーラとして有名。
 映像は再生数が億単位。
 フォーメーションの幾何学構造も入念に練られたものであることが後に解析され、海外では研究対象となっている。
 アイデアはシューニャ、具体的に考えたのはエセ・ニュートン、許可したのが彼だ。
 詳細な情報は秘匿され設計はドラゴンリーダーの名前が冠されていた。
 それは二人を守る為であり、同時に秘密を守る為だったようだ。
 ブレインが居ることはバレていたが、凡庸な戦績のシューニャ、活躍おろか記録のほとんどが無いエセ。二人に注目が集まることは、少なくともこれまでは無かった。
 本拠点機能剥奪時の混乱で白日の下に晒されたであろうことは間違いない。

 アースは、ここにいる全員が言うなれば「傭兵」であると言った。
 そして、ドラゴンリーダーの依頼と目的を次のように述べる。

「方法は問わず。地球を守り、STG28を勝利へ導くこと」

STG/I:第百三十七話:クローン

 空腹が満ちつつある。
 空腹は寄せては返す波のように繰り返す。
 波は次第に大きくなり耐え難くなる。
 限界に達し尚無視すれば、憑き物が落ちたように平気になる。
 だが、次の波はもっと大きい。
 小さく、大きく波を繰り返し、臨界に達する。
 そこから先は空腹以外の何物も感じなくなる。
 危険な状態だ。


 STGIの空腹はその規模が大きいものだった。
 今、私はSTGIと感覚が共有されている。
 自分の車を操縦している内に感覚が拡張されるように、
 いや、それ以上に、動かすほどに馴染んでいく。
 手足のように、身体のように、染み込んでいく。
 メニューの意味は相変わらず読めないのだが、
 動かしながら体感で理解していった。

 ここのアバターはSTGと違うようだ。
 一種の臓器のような存在。
 中を動くことは出来そうだが、外へ出ることを想定していないようだ。
 出られる感じがしない。
 脳という位置付けでも無いようだ。
 脳にあたる部位は外にある。
 恐らく本船コンピューターだろう。
 自分が巨大な飛行物体になったような感じ。
 STGIが空腹で満ちつつある。

(それにしても遠くないか?)

 STGIなら一瞬で行けると思っていた。
 当然のようにグリンに道案内を頼んだのは不味かっただろうか?
 だが自身はSTG29の位置がわからない。
 恐らく道を知らないからだろう。
 細かい機能は未だに掌握出来ていない。
 バッテリーが低いことは伝えてある。
 既にわかっているようだった。

 万が一グリンが何か勘違いをしていたらそれでアウト。
 深慮すべきだったか。
 彼女は未だよく解らない存在。
 いざとなったらその場で補充しよう。
 STGIで判別出来る。
 あの場ではもう蓄えられるエネルギーは限界だった。
 走りながら考えるしかない。
 私自身が彼女に対して妙な安心感がある。
 何故だ?

(今は彼女を信じるしかないか・・・)

 サイトウさんはSTGIで専用アバターが作れると言っていた。
 彼の説明からすると、クローンというより、分裂という印象だが。

(自分が分裂するってどういう感覚なんだろうか)

 STGのシューニャは恐らくスリープモード。
 STGIの格納庫には私しか入れない。
 彼女が消えると、STGIも消える可能性は高い。
 分裂出来るのであれば、クローンを向かわせたい。
 でも方法が全く解らない。
 足がかりが欲しい。
 ・・・あ、いるか。

「グリン、お前は分体を作るときどうやる?」

 手ごたえの無い反応が返って来る。
 そうだった。
 純粋に言葉だけを発するとほとんど届かない。
 明確な意思のようなものがいる。
 インターフェースの切り替え。
 その感覚を忘れていた。
 自分のものになっていない証拠。
 乗りこなさないと。
 ただでさえ不器用なんだ。

「・・・」

 なるほど、そうか。
 わかった。
 湯葉と言えばいいか、ミルフィーユというか。
 グリンからのイメージはそんなニュアンス。
 積層化している自分をペラっと引っ張り出し、膨らませると言えばいいか。
 そしてシュークリームのように中身を注ぐ。
 そんな感じか・・・。

「えっ!」

 目を閉じたのは一瞬だった。
 目の前に自分が浮いている。
 シューニャの形をした自分。
 しかもココはコックピットじゃない。
いつの間に!

 あの空間。
 鋼鉄の大地。
 テーブルが一つ。
 椅子が三つ。
 高速に流れる雲。
 今日は青空。
 何処からか下りてきたシューニャは、そのまま力なく足元に横たわった。

「待て、操縦しているのは誰だ?!」

 脳裏にコックピットの自分が見えた。
 目に意思を感じない。
 だが、安心感がある。
 大丈夫だという手応え。

(ホムスビに指示してあるから大丈夫か・・・)

 ココは夢のように実態感が乏しい。
 実態感と夢想感が霧のように満たしている感じ。
 視覚的には現実そのものなのだが、嘘を感じる。
 物理感が判然としないのだ。
 重さや質を感じない。
 でも、触ろうと思えば触れるし、重みもあるようだった。
 なのに手応えが薄く、どこか嘘くささを感じる。

 まるで触ろうとするまでは実体化していないよう。
 数日の羅列のような、どこか別の形に感じる。
 それでいて物質世界と完全に切り離されているわけでも無い。
 例えるなら、仮想メモリの中といった感じ。

(コンピューター上で画いているような・・・)

 データ的には正に存在しているのだが、物理的には存在していない。
 でも実体にも出来る。
 プリントすればいいから。
 でも手書きとは明らかに違う。
 偶発性が無い。
 自然を内包していない。
 だから変化に乏しい。

(それだ!)

 言葉が浮かんだ。
「仏像作って魂入れず」
 設計図、器、意思。
 この三つがバラバラなんだ。
 器はあるけど中身は無い。
 意思というか。
 中身は別の場所にある。
 この三つが揃って完成する。

 ココでは器を自由に作ることも出来るのだろう。
 ただし設計図はいる。
 展開図を設計し、3Dプリント。
 でも、それだけでは単なる器。
 本体がない。
 意思というか、魂というか。

 恐らく今の自分は器の無いホログラムのようなもの。
 設計図と意思だけで存在し、空間に投影している。
 若しくは、この空間に存在する物質を使って密度の薄い実体になっているかも。
 器はSTGI、本拠点、地球にある。
 本体は地球のみ。
 サイトウさんが地球での身バレを極度に恐れたのも関係がありそうだ。
 設計図と製造装置さえあれば器は出来る。
 でも、本体は製造出来ない。
 いや、待てよ。
 ゲームではメインキャラを変えられるよな。
 本体もひょっとしたら変えられるんじゃ・・・。

 少なくともこれで私がオリジナルであるという証明は出来た。
 サイトウさん曰く、オリジナル以外は分裂出来ないようだし。
 万が一にも無いとは思ったけど、良かった。
 そして、寧ろ今実体化しているのは・・・。

「起きろ」

 横になっている自分の肩を揺さぶる。
 実態感がある。
 でも、触った私への反射はダイクレトさに欠ける。
 ビーナスのパルス接触のようなものかもしれない。
 物理的には私は触っていない。
 触ったという判定が数値の羅列として届いているような感じかも。
 質感がわからない場合は曖昧になる。
 実体同士なら即座にわかる。
 使いようによっては色々出来るぞ。

 起きない。

 起きないばかりか、まるで人形だ。
 横たわった静を思い出した。
 この素体には意思が無いんだ。
 文字通り、魂入れず。
 設計図、器はあるけど、意思が無い。
 
 分裂するのは簡単だった。
 基本的に備わっている機能なのだろう。
 待てよ。

 タイムプラスのように高速で動く雲を見て思いついた。
 ちょっとした遊び心。

 時間経過で切り取ったらどうだ。
 アニメーションみたいに。

 そこからは早かった。

 ホップ、ステップ、ジャンプ。
 鋼鉄の大地を走り大きく跳躍。
 頭の中で切り取られた自分。
 振り返ると、アニメーションのように切り取られた自分が残っている。

「これは面白い!」

 空中で固定されている。
 さっきのは落ちてきた。
 共通しているのは意思がない点だ。
 器だけでの存在。
 粘土細工と変わらない。
 物理的存在ではある。
 触ると温かい。
 生命体として物理的には存在しているが、意思が無い。

(放置すれば死ぬ?)

 いや、ココは時間経過が無いかもしれない。
 今の繰り返しだから意思が無くても死なないのでは。

(となると、意思の分裂はどうやる?)

 オンラインゲームの要領でいいか。
 複アカを動かすように。
 コントローラーを複数用意して接続する感じ。
 待てよ、そもそも分裂した後はどう戻す?

「食べるんじゃあるまいな・・・」

 思い返すとグリンはそうしていたように思う。
 他に方法は無いのだろうか?
 例えば・・・水滴はどうだ?
 水滴同士が近づいて多きくなるように。
 頭で描き、近づいて、手を伸ばした。
“すいーっ” と、自分の中に吸い込まれる。

「気持ち悪っ! 人間掃除機かよ!」

 認識し理解すれば早い。
 シューニャはホイ、ホイと、手を伸ばし吸い込んだ。

 待てよ。
 掃除機なら“強”にすれば動く必要も無い?
 両手を広げる。
 頭の中では掃除機。
 それらはみるみる吸い寄せられた。

「出来た」

 吸い込んでわかった。
 母数が大きすぎて実感が無かったが、分裂すると確かに弱くなるようだ。

 となると、次は意識。
 自分が自分を制御する感じ。
 まさにアバターだ。
 ピョンと跳び、シャッターを押すように一人だけ切り取る。

(跳ぶことも無かったか)

 それにコントローラーを付ける感覚。
 目を瞑り、意識を繋ぐ。
 シューニャは振り返った。

「ビックリしたーっ!」

 分裂したシューニャが瞬きをした。

「こっちこそ!」

 彼女もまた驚いている。

「凄いなこれ! ・・・喋れる?」
「今喋ったじゃない」
「おー凄い! 喋った!」
「何言ってるの?」
「返事してるし!」

 クローンは呆れた顔をしている。

「名前は?」
「シューニャ・アサンガ」
「私が誰だかわかる?」
「誰? ・・・そっくりさん?」
「私は貴方の・・・言うなれば、大本です。貴方はクローン」
「え?」
「今、分裂したじゃん」
「分裂? 何時よ。知らない」

 どうやら生まれた時点の記憶は無いようだ。
 地続きというわけでは無いか。
 そうだ。これだけは確認しておきたい。
 サイトウさんが言っていた。

「君は分裂出来る?」
「分裂、何を?」
「自分を。出来る?」
「自分を分裂?・・・どういう意味。グリンじゃあるまいし」

 なるほど出来るという発想も無い。
 今、分裂という経験をしたのは私だけのものだ。
 彼女じゃない。
 そしてグリンの事は当然のように知っているわけだ。
 ということは過去の記憶はある。
 確かにクローンっぽい。
 でも、近々の記憶は無いかもしれない。
 仮にそうだとすると海馬はトレースされていないかもしれない。

「じゃ、いいや。君は日本・本拠点に戻って、寝ている私を起こして」
「どうやって?」
「どうやってって・・・」

 そうか。
 船が無い。
 船も分裂させる必要がある。
 ちょっと待て、思ったより面倒くさいぞ。
 もっと、こう、ポンポンポーン! って出来ないものか。
 経験して熟練度を上げるしか無いか。
 外の方法もあるかもしれない。

 飢餓感が増している。
 次の波だ。
 まずは食事か。

「過去の記憶はある?」
「過去って? 何時の?」
「例えば・・・」

 そうだ。
 STGIのノート。
 私は何度か思い出そうとしたが思い出せなかった。
 母にも電話を出来ていない。
 サイキさんに止められた。

「STGIのノート、覚えてる?」
「え、なんで知っているの!? ・・・覚えてないけど」
「おい~、なんでよ~」

 先入観が無い分、ポンと思い出すかと思ったが、そうもいかないようだ。
 私が思い出していない以上はクローンも思い出していない。
 まさに彼女は私そのものなんだ。

「ところで・・・君は私とそっくりだし、やけに詳しいね?」
 クローンが言った。
「当然。言ったじゃない。私が本体だから」
「本体? 何それ? キャラデータ公開した記憶無いけどなぁ・・・」

 成程、そういう認識か。
 ゲームではメイクし放題だから、似ることは間々ある。
 公開も可能だから、人気のあるアバターは亜種が多い。
 真似られたという認識なんだ。

「ビーナス知ってる?」
「私のパートナーだからね。美人でしょ」
「アメンボ赤いなあいうえお」
「何、突然?」
「言ってみて」
「なんでよ」
「いいから」
「アメンボ赤いなあいうえお」

 同じだ。
 本当に同じ。
 ニュアンスまで。
 私には独特な訛りのようなものがあるらしい。
 お芝居でかなり指摘されたが認知出来ず結局直らなかった。

「セクシーダンス躍ってみて」
 クローンは吹き出した。
「何でよ。やらないし、そもそも知らない。知ってても踊らないし。恥ずかしい」
「オイオイオイ! 俺、可愛いじゃないか!」
「何言ってるの、気持ち悪いなあ」
「ある意味で正しい。中の人はオッサンだからね」
「君も? 笑える」

 この反応も自分らしい。
 凄いな。
 でも、これは混乱する・・・。
 気づいて良かった。
 単に分裂するとこうなるんだ。
 考えようによっては恐ろしい。
 何か区別できるようにしないといけない。
 主従関係を明確にし、識別コードのようなものも欲しい。
 自分にABCとか付けるにも嫌だし・・甲乙とかも。
 数字もなぁ・・・ミドルネームにするか。

「ん?」
 グリンからだ。
「どうしたの?」
 クローンが私を見た。
「グリンから。聞こえたでしょ?」
「何も聞こえないよ。・・・なんでグリン知ってるの?」

 聞こえない?
 クローンは宇宙に接続出来ないのか。
 色々と差がありそうだな。

「STG29の管理宙域に入るって。一旦戻って」
「STG29!? 戻るって?」
「だから、私の所に」
「なんで?」
「なんでって・・・私が本体だから・・・」
「イミフ」
「ん~・・・ごめん!」

 手を伸ばして触れた。
 吸い込むイメージ。
 直は速い。
 まるで栓を抜いた水槽の水ように吸い込まれた。
 “しゅぽん!”そういう感じ。
 ほとんど一瞬。

「・・・気持ちのいいもんじゃないな」

 クローンがショックを受けた顔のまま吸い込まれたのが見えた。
 統合される瞬間まで無かった感情が同時に去来する。
 やはり間違いない。
 彼女は私をファンか何かのソックリさんだと思っていた。
 同時に不思議にも思っていた。

(何より・・・)

「なんで!」「何事!」というショック。
 事故に等しい。
 彼女は今まさに消えた。
 この宇宙から。
 ほんの今さっき生まれ、今死んだ。
 気の毒に感じた。
 自分なのに。
 この僅かな時間に彼女は独自に生きていたんだ。

「分裂と統合時には予め考えないといけないな・・・メンタルがやられる」

 とにかく今はエネルギーだ。
 感傷に浸る時間は無い。
 満タンにしないと。

「グリン、やろう!」

 つい喋ってしまう。
 でも、今回は届いている。
 両方接続している感覚。
 今は彼女を妄信するしかない。

 出来るだけ見つからず。
 通りすがりに頂く。
 辻斬りみたいでちょっとアレだが。
 STG29に出来るだけ気づかれないように。
 出来る限り文明的接触は無い方がいい。

 さっきの経験も活きそうだが、今は止めておこう。
 STGI、思っていた以上に出来ることが多いかもしれない。
 飛行機という形状、武装という部分に囚われ過ぎたかもしれない。

「よし!」