STG/I:第百四十話:実力

 二人が退出した時、エイジが立っていた。
 ココから別な場所にダイレクトに飛ぶことは出来ない。
 宰相なら強制権で押し入ることが出来たが、しなかった。


 女はエイジを見初めると、平然と笑顔で手を振った。
「あら~ミニソーセージちゃん」
 ミリオタは女の後から出て来る。
 エイジと目が合った途端、顔を歪め、伏せた。
 女はするりと間に立つと、身をくねらせ胸を強調。
 エイジは頬を赤らめ目線を逸らす。
 女の頭上にペナルティポイントが表示。
「副隊長さん私がタイプなんだって。これ内緒よ。会議中もチラチラ見てたでしょ。ちょっと来いって言うから、き・て・み・た・ら・・・そこから先わぁ~、ひみつぅ~!」
 ミリオタが彼女の後ろで肩を小刻みに揺らしているのが僅かに見えた。
 それを隠すように身体を傾ける女。
 眼前には彼女の大きな胸が、エイジは思わ横を向いた。
「可愛いっ。若い燕に乗り換えちゃおかしら〜っ」
「あの、二人は・・・お知り合いなんですか?」
 横を向いたまま言った。
「食べて欲しかったら何時でも言ってぇ~」
 エイジの顔を両手で包み正面を向かせると、目の前で投げキッス。
 胸部と臀部を左右に揺らしながら靴音を響かせ出ていく。
 ミリオタが足早に去って行こうとする。
「待って下さいミリオタさん! 何があったんですか?」
「な、何でもない・・・」
「もし良かったら、何があったか、」
「何でも無いって言っただろ! 俺に指図するのか! お前、調子に乗ってんのか!」
 顔をじっと見る。
 眼の必死さとは裏腹に痛々しい。
 頬がまだ少し赤い。
「いえ、そんなつもりじゃ・・・。あの、僕なんて何の約にも立たないかもしれません。でも、力になれればと思ったから・・・」
 ミリオタは振り返ると、項垂れるエイジに悲壮な顔を向ける。
 そして頭を震わせると絞り出すように言った。
「役に立たねえなら・・・黙ってろよ・・・カス」

 エイジは黙って見送るしか出来なかった。

 過去の自分を瞬間的に思い出した。
 奇しくもミリオタの言葉は、自身が母に投げつけたものでもあった。
「こんな気持ちだったんだ・・・」
 胸を鷲掴みにする。

 苦しい。
 言葉を間違った。
 訂正したい。
 でも、訂正出来ない。
 天井を見上げる。
 次第に全身が震える。
 目を瞑り、少しすると、毅然とした表情が戻って来る。

 あれは嘘を付いた顔。

 顔の紅さは鏡に映った過去の自分を思い出させる。
 平手で何度も叩かれたに違いない。
 どうして彼女に?
 付き合っているんだろうか?

 違う。

 あの顔は支配されている人の顔。
 どんな弱みを?
 地球でのリアフレ?
 やっぱり彼女?
 そういう趣味?

 違う。

 彼女なのにあんなに冷たい顔で見られる?
 あんな目で好きな人を見られる?

 何かある。

 コールサインが頭の中で響く。
 武者小路からのホットライン。
 直接 声が聞こえる。

「エイジ君、まだかかるか?」
「ごめんなさい武者小路さん。今から行きます。ミリオタさんは体調が悪いから参加出来ないようです。はい、すいません。向かいます!」

 翌日。

 アース・リングは何事も無かったようにログインして来た。
 しかも午前四時に。
 彼らは行動監視対象になっている。(伝えてある)
 モニタリングしていた武者小路の部下によると、その日は誰とも会っておらず、マイルームからも出てこなかったと言う。
 閲覧履歴からすると、STG28に関するルールブック、規約類を片っ端から読んでいるようだった。

「なぜ?」

 武者小路は疑問に思った。
 しかも、読んでいると言うには甚だランダムで、見ては次、見ては次といった具合で、熟読している風でもなく、法則性もないように思える。
 ビュッフェにすら行かず、時々、数時間放置してはまた読み始める。

 普通の搭乗員なら、どういう施設があるか散策したり、ハンガーへ行ったり、装備を閲覧したり、シミュレーターに乗ったり、パートナー相手にあれやこれや試しながら数日費やすプレイヤーも多い。小隊に入隊した者なら、部隊ルームに行き、賑やかに楽しむものだ。
 アースはそれら一切をやらず、午後七時にログアウトする。

 深夜、イシグロもログを追いながら爪を噛み困惑する。
 彼らを監視する為の特別対策チームと共に議論した。
 エイジからは「武者小路さんの好きなようにやって下さい」と返されている。

「そうだ! リアルだ!」

 珍しくイシグロが大きな声を上げる。
「となると・・・彼らが言っていたことは概ね事実・・・」
 武者小路が応える。
「とは限らない。嘘に事実を混ぜることで真実味を増す。詐欺師の手口だよ。監視されていることは承知しているからね。ジャンケンでもあるだろ? 最初にパーを出すとか指定する行為。時々本当に出されると逆に混乱する。それと同じだ」
「情報が漏れることを恐れてゲーム上では連絡をとらない、か・・・」
「同じ場所で操縦しているというのは事実なのかもしれない。だから、STG28で連絡を取り合う必要が無い。連絡はリアルでとっているに違いない」

 取り巻きと小隊は午前九時にログインすると、ミッションルームに直行していた。
 正午に一時間ほどの休憩を挟むと午後五時半に全員ログアウト。

 データを細かく見ると、彼らはいきなり最高難易度SSランクのミッションから挑戦している。
 最初の二、三戦こそ凡庸な戦績で危ないシーンもあった。
 覚束ない操作も一部見られたが、度毎に是正し、戦績は次第に鰻登り。
 初日の最終ミッションでは、マザーとの断絶時に記録されたワールドレコードの上位百チームに名を連ねる戦績を叩き出す。

 リプレイを見ていた本部委員の誰しもが感嘆の声を上げる。
 思わず拍手するプレイヤーも。
 イシグロと武者小路の目線を受け、歓声は小さくなる。

「不可能だ・・・」
 イシグロはボソリと言った。
「いや、彼らが言うように既に訓練済なら不可能じゃないでしょう。もしくは、これが最適な訓練と装備を与えられた者達との差なのか、その両方か・・・」

 武者小路は素直に喜べなかった。
 もし彼らが事実を語っているなら、これはウォーミングアップだろう。
 明日はもっと成績を叩き出す。

(そうなると・・まずいことになる・・・)

 当初は、地上のシミュレーターはココとは違う。
 地上にパートナーは居ない。
 何より、幾ら訓練していたとは言え実機ではない。
 そんなに簡単では無いことを思い知ると推測していた。

「事前に出る設問がわかっているテストのようなものだな・・・」
「それだけでは無い。才能もあるようだ・・・単なる訓練や装備だけでは、こうはいかない・・・あのシミュレーターでSSランクミッションをやった者なら判るだろう・・・あれはクリアすることすら難しい・・・」

 彼らの言説が正しいことがまたしても証明された。
 完璧では無いが、地上では実機に近いシミュレーターで訓練をしていた可能性が高いことを戦績が物語っている。
 少なくとも本部の大半は前日の言説はハッタリだと思っていた。
 もし全てが事実なら、これ以上ない味方であることは明らか。
 そうした希望に満ちた空気感が指令室を覆いだす。
 それを察し、武者小路が誰に言うとでも無く言った。
「だが、彼らに任せるのは賛成しない。彼らは反乱者だ」
「そう。当然だ」
 イシグロも追従する。
 果たしてその声はどの程度の人数に響いただろうか。
 武者小路は毅然と振舞ったが、内心恐ろしくなる。

 エイジは終始無言だった。
 ずっとログインサインをぼんやりと見つめている。

 要所で武者小路は「いい加減疲れているだろうから今日は休むがいい」と言ったが、エイジは「大丈夫です。邪魔じゃなければ、いさせて下さい」と返事をしていた。

(ミリオタ、シューニャ、ケシャ、マルガリータといった感じか)

 武者小路は思った。
 唯一、マルガリータのサインは灯っている。
 定期連絡も猫を通しなされているが、情報収集中とされ詳細は不明らしい。
 その他は全員サインが灯っていない。
 その日、ミリオタは最後までログインして来なかった。

(折れたか)

 エイジを横目で見る。
 彼の成長には日々驚いている。
 同時にそれはミリオタにとっても同じこと。
 少なからぬショックを受けているだろうことは間違いない。
 賛辞を受ける彼と、遅々として成長を見せず地位だけ上がるミリオタ。
 態度が大きい、口が悪い等、批判は相変わらず少なくない。
 発言力に対し、彼は暫く際立った実績らしい実績も残していなかった。

 大戦の時も生き残りはしたが、個人のスコアとしてはそこまででも無かった。
 そうした事から、彼の事を、肯定的にはラッキーマン。
 否定的には寄生プレイヤーと陰口を叩く者も多い。

 彼が優秀なアタッカーであろうことは間違い無いようだ。

 武者小路も正直なところ意外だった。
 彼はどこにでも居る“口だけ番長”かと思っていたからだ。
 参謀権限を使い戦績を詳細に調べると、通常戦闘時、彼の攻撃スコアは非常に高いと判明。
 ワールドレコードでもトップ三百位には常にいる存在であることに気づく。
 STG28のプレイヤーは非常に多い。
 その中でこの戦績は十分な実力者である。
 だが、これが曲者だった。
 紛れもなく優秀にも関わらず、そこまで目立たない存在。
 特に彼の同期は嘗てのエースパイロットである竜頭巾を筆頭に、ドラゴンリーダー等の突出したパイロットがひしめいている。サイトウ等は更にずっと前の世代にあたる。
 現状のプレイヤーの質で比較すると国内でも上位に食い込むはずだ。

 ところが総合で見ると、なっていない。

 分析すると、彼は大規模戦になる度に大幅に戦績を落としている。
 ここで風評の寄生プレイヤーで無いことを武者小路は確信。
 もしそうなら、大規模線で大幅に戦果を上げ、小規模線や個人成績は低いはずだ。
 それが彼の「ウィークポイント」と見た。

(大舞台に弱いタイプか・・・)

 柔らかい自信の喪失が彼からプレイ意欲を削ぎ、弱い彼のことだから逃げるだろうと武者小路は踏んでいる。
 恐らく遥かに下に見ていたであろうエイジが自分を大きく凌駕していく。
 その結果、彼は逃避するだろうと考えた。

(後はどのタイミングで武田隊長を推薦するかだな、慎重にせねば・・・)
 
 二人の関係が強いことは深慮するまでも無い。
 下手な切り出しをすると、流石のエイジでも頑なになるだろう。
 事実彼は何時までも戻らないケシャを副隊長から下ろす気はない。
 一部隊としての構えならいいが、最早ブラックナイト隊は違う。
 筆頭部隊の役職はそのままスライドする。

(そこまで気が回ってもいないのだろうが)

 そればかりかシューニャ・アサンガを未だに真の隊長として譲らない。
 現役が居なくなるトップ部隊。
 そんなことはあってはならない。
 そればかりか、シューニャから受け継いだ「竜頭巾」や「プリン」のSTG28を維持する為に未だ戦果を隊が払い続けている点も驚きだった。
 新しく決められたルールで、それもタイムアップ間近。

(まるで亡者の部隊。ゴースト部隊だ)

 今はエイジの働きで帳消しになっている雰囲気だが些細なきっかけで凋落することは明らか。

 エイジずっと考えていた。
 具体的にでは無い。
 ぼんやりと。
 考えるとはなしに考える。
 シューニャがよく言っていた。
 今は少し理解出来る。
 その瞳が収束していく。

(やっぱり武者小路さんに伝えておくべきだ・・・ミリオタさん・・・)

 翌日もアースはマイルームに引き籠っていた。

 ただ読んでいる。
 それ以外の何もしない。
 分析班は「パートナーに聞けばいいものを」とシステムを理解していないと嘲笑。
 イシグロと武者小路は笑わなかった。

 小隊も前日と同じ行動だ。
 全員がミッションルームに直行。
 即座にミッションを開始。
 SSランクのミッションの中でもクリア不能と名高い「ウラブ・ラ・スラウガ大戦」を最小人数でクリアすると次のミッションに移行する。
 その時、観客から一際大きな歓声が上がる。
 ロビーのメインモニターにも流れたからだ。
 結果、更に観客が増える。
 次のミッションをクリアした時はオーディエンスの興奮は頂点に達した。

 シミュレーターのミッションはオープンに設定すれば鑑賞が可能。
 途中参加をオープンにすれば随時参加も可能である。
 二日目の午前の段階ではそれはクローズだったが、午後にはそれもオープンになった。
 噂が噂を呼び、ミッション再生回数はあっという間に記録的な伸びを見せ、指示派、冷やかし、反対派を含め中隊、連隊を組織した大規模シミュレーションへと移行していく。

 同僚の真田からその報は直ぐに武者小路にも届いた。
 午後の休憩を挟んでからは破竹の勢い。
 ワントライで三位を獲得したミッションも出てくる。
 その度にロビーやミッションルームはお祭り騒ぎ。
 彼らへの賛辞は回を重ねる毎に大きくなる。
 にも関わらず、前日通り午後五時半に小隊全員がログアウト。
 アースだけが前日同様マイルームで午後七時に退出する。

 二日目の終わりには驚くべき結果が出た。

 イシグロや武者小路は天を仰ぐ。
 多数の移籍希望通知がブラックナイト隊に届き自動承認。
 全員がアースの小隊への参加を希望していた。
 その数は史上稀にみる人数。
 彼らはいとも簡単に部隊を除隊、もしくは解隊すらして編入して来た。
 アースの小隊は一夜にして中隊へ昇格する。

 そして武者小路が恐れていたことが現実になる。

 作戦メンバーにも心境の変化が起きる。
 簡単にワールドレコードを出す彼ら。
 彼らの言説を証明するスコア。
 肯定的な反応を示すメンバーが増えてくる。
 最も、謀反の現場にいたメンバーは流石に慎重だった。
 それでも明らかに肯定的な雰囲気が大きく膨らんでいる。
 武者小路は落ち着かなかった。

(完全にアースの策略にはまっているかもしれない・・・)

 イシグロも悪行を流布することがこれ以上効果的では無いことを察し止めた。
 完全に流れが相手にいっている。
 しかも、それは激流だ。
 情報が却って悪い流れに加担する恐怖を味わっている。
 かといって今更情報を統制すれば一層不味いことになるだろう。
 メンバーの結構な人数が統制案を出したが、流石にイシグロも否定した。

「制限する時は、時と場合が肝心だ。少なくとも今じゃない」

 流れは強力でどうしようも出来ないように見える。
 もし何か抗えるとしたら彼らよりスコアを出すしか無い。
 武者小路はイシグロに相談した。
 トップメンバーを結集して彼らよりスコアを出す。
 ゲームは実力社会が根底にある。
 が、イシグロは冷静だった。
 自分たちの過去のミッション成績を黙って表示し、言った。
「これでか? どう逆立ちしても不可能だ。これを超えられるプレイヤーがいるとしたらサイトウぐらいだろう・・・」
 到底適う筈もない数値。
 策で埋まるとは思えない圧倒的実力差。
「これは奴らの罠だ。ここで下手を打てば最悪の結果を自ら招くことになる」
 イシグロの言葉を聞いて武者小路は慄く。
 嘗ての仕事のことを思い出したからだ。
 自分が彼らと同じ過ちをしようとしていることに気づき震えた。

 夜、ミリオタはログインして来た。

STG/I:第百三十九話:黒歴史

 詳細は取り巻きの白Tが語った。


 老侍のペナルティポイントが上限に達してしまい発言権を奪われたからである。
 初回ログインとはいえ、警告は何度もあった。
 その醜態は、凡そ策士とは思えない印象を与える。

 初期の制限は時間と共に文字数で回復するが、驚いたことに、首謀者である筈の老侍は発言権剥奪に気づくと白Tの肩を叩きログアウト。
 誰も止める暇も無く、彼は委員会のメンバーを一瞥すらせず忽然と消えた。
 会議中にログアウトする行為そのものが前代未聞だ。
 本部の動揺に対し、彼らは静寂を守っている。

 白Tは、栄誉あるスピーチの順番が回ってきたと言わんばかりに語り出す。

 その内容に委員会メンバーからは何度となくどよめきが上がる。
 それが燃料であるが如く、彼は意気揚々と喋り続ける。
 時折上がる疑問の声やヤジにも似た声すら燃料にして最後まで語った。

 スピーチの内容は信じ難いものだった。
 武者小路が後に纏めた報告が判りやすい。
 当時は誰しもが混乱し正確には把握出来ていなかったことに気づかされる。

 発端は元ブラックナイト隊の隊長だったドラゴンリーダー。
 彼は現在凍結中のプレイヤー。
 STG28のログインサーバーが彼の会社の傘下。
 取り巻きや兵士達は彼らがスカウト。
 ここにいる者達は招待メールが届いたメンバー。
 他にも訓練中の同僚がいる。
 全員が、地球では模擬シミュレーターにより訓練中。
 プレイ環境は最新のXR技術を駆使したコアと呼ばれる施設で行っている。
 費用は全てドラゴンリーダーの会社から拠出。
 彼らは契約により給料を払われている。

 唐突にそんな情報を聞かされたのだ。
 クーデターを企てた連中に。
 混乱しない筈がないし、信じられるわけがない。

 そして、とどめに告げられた老侍の正体。
 数多のオンラインゲームで伝説的な成果を示したプレイヤー。
 日本にその人ありと恐れられた軍神であると。
 それが老侍のアース。
 取り巻きの二人は彼の自称信奉者らしい。
 彼は最後にこう締めくくる。

「よって指揮権を譲るのが妥当である」

 全てを真に受けるとするならば説得力がある提案かもしれない。
 軍神と恐れられた文字通りの神プレーヤー。
 彼によって訓練され、統率された兵士。
 強固なバックアップ体制と卓越した操作環境。
 これ以上ない条件が揃っている。
 
 しかし、委員会の反応は鈍かった。
 混乱していたとも言える。

 主だった理由は、白Tの言説は大ボラ吹きにしか思えなかったからである。
 彼が話し終わると、様々な感情が綯い交ぜなった反応が噴出する。
 宇宙で戦い続けている彼らからすると、地上での事象は全くの門外漢。
 話は余りにも突拍子も無く、それでいて複雑で情報の洪水。
 事実であれば、これ以上ない好条件に思えたが、一方で大多数のプレイヤーにとっては釈然としないものが残る。
 その感情を理解できないプレイヤーが多かったが、会議中の不満でイシグロは直感する。

 彼らが給与をもらっているからだ。
 他にも、それほど優秀なら立場を追われるのではないかという恐れ。
 嘗ての職を思い出し、彼は一人不愉快に浸る。

(所詮人間なんて最後の最後までこうなんだ・・・私利私欲)

 老侍が軍神アースであること対し、本部委員の反応は一部を除いて弱いものだった。
 アースを知る者は勝利したかのような喜びを見せる。
 そして、周囲に軍神の凄さを語り出す。
 だが、逆の反応もあった。
 その代表格がイシグロである。
 冷静な者達は「果たしてこれらは事実なのか」と疑問に囚われる。

 当然、会議は大きく荒れる。

「何故地球人にそんなことが可能なのか?」
「これは宇宙人のシステムでは?」
「やっぱりこれはゲームだったのか」
「ドラゴンリーダーは反逆者だからアカウントを凍結されたのでは?」
「これは罠ではないか?」
「大嘘だ」
「ペテンだ」と。
 枝葉末節な議論から根本的なものまで噴出。
 流れで武者小路が会議を仕切ったが整理できないほどである。
 エイジはただ一点のみを考えていた。
「アースは敵か味方か? シューニャならどう考えるか」である。
 問いただしたい本人達は居ない。
 ミリオタは借りてきた猫のように緊張に包まれ静か。

 彼らの言説を即座に証明する方法は無かった。

 リーダーは凍結されたままだし、その理由すら知らない者達が大多数。
 ドラゴンリーダーの凍結に関してはエイジらによって情報が訂正される。
 それでも疑念の種は成長をし続ける。
 圧倒的に肯定する者、圧倒的に否定する者、考えを放棄する者、判断を放棄する者。
 主要な態勢は二極化が進む。

 なぜクーデターを起こしたのか。
 この答えは直ぐに得られたが、やはり証明は出来ない。

 曰く、地球では情報を読める形にするには解析が必要で、タイムラグがあるとのこと。
 改良中ではあるが、現時点ではリアルタイム解析は出来ていない。
 その為、ブラックナイト隊が本拠点の中央になったことをログインしてから知った。
 時間が無いというドラゴンからの情報で、このような行動に出た。
 当初の計画ではブラックナイト隊で主導権を握り一気に部隊を拡張。
 本部を制圧し、本拠点の主権を握ってやり易いようにと計画されていたようだ。

 目的だけ聞いたら丸っきりの味方だが、それでもやったことはクーデターである。

 情報はどれも突飛で俄かには信じられない。
 リアルでネット検索をしていた委員会メンバーの一人は彼らの言説を証明する情報を得られなかったと伝える。
 地球にログインサーバーがあることすらほとんどの搭乗員は認識していなかった。
 情報認識の格差は埋め難いほど広く、本部委員会は武者小路の提案から会議メンバーを絞ることから始まった。

 やはり第一印象がやはり悪すぎた。

 作戦も短絡的かつ横暴に思える。
 それに対しては「効率がいい」と、白Tは反論する。
 更に「バカほど会議が好きだからねぇ」と取り巻きのエロコスは付け加え、反感を買う。

 アースを知らないプレイヤーが多かったのは彼らの思惑外だったのではなかろうか。
 しかも彼に対する評価は真っ二つに割れる。
 イシグロは普段自ら口を開かないタイプだが、この時ばかりはアースがしてきた無秩序と素行の悪さ、被害を暴露する。
 そのやり口はまさに今しがたの老侍を彷彿とさせるもので、中立に近い作戦メンバーの心象を悪くする。

 工程派は具体的な作戦事象を述べ反論。
 ネットで調べると実際にあった戦いだとわかった。
 エイジを含め若い世代のプレイヤーにはゲーム名程度は知っているぐらいのタイトル。
 多くのプレイヤーにとって何があったか等は全く知らない。
 後に、この会議で検索を担当していた彼は情報分析班に推挙される。
 当時のプレイヤーの認識では、それら作戦は肯定的な見解で占められていたと知る。
 イシグロは裏側のグロテスクな人間模様を暴露し反論。
 エイジは度毎に肝心なことを繰り返し確認した。

「それで勝ったんですか?」

 イシグロは明言を避けたが、勝利は間違いないようだ。
 彼が弁解をすればするほどアースが勝利に貢献したようにエイジには思えた。
 思わずイシグロは「勝てば何でもいいのか!」と言いそうにった。
 それは完全にブーメランである。
 そこに気づいた時、彼の言説は勢いを失う。

「お二人は何が目的なのですか?」

 何度目かの中座を経て、エイジは取り巻き二人に率直に尋ねる。
 理由は絵に描いたような回答だった。
 しかも、この会議の流れを受けてである。
 「金」「スリル」「暇つぶし」とテンプレ通りのもの。
 でも、白Tから聞いた老侍の動機だけは違った。

「アース様は『シューニャに会いたい』と仰っておりました」

 紛糾の果てにエイジの最終決断は「皆が良ければ宰相を譲る」というもの。
 圧倒的ブーイングに包まれる。
 ほとんどの部隊から反対票が投じられ否決。

「その考えは危険だ!」
 今回の立役者でもあった武者小路にも注意される。
「私は君だからやったんだ! あんな奴らなら私は下りる!」
 あの場で根回しをした彼の決断と行動力に救われた。
「ごめんなさい。わかりました」
 だからこそエイジも彼の反対を受け入れる。

 最終的な条件をすり合わせる段になると、老侍が丁度ログインする。
 その場にいる全員に緊張が走った。
 武者小路が条件を言い渡す。
 アースは目を瞑ったまま聞き入ると、言った。

「わかった。解散!」

 武者小路は否決されると思っていた。
 その前提で弁節を用意していたのだ。
 しかも老侍はその場でログアウト。
 隊員もあっという間に会議室から出ていく。
 取り巻きの白Tは小隊の手続きに入ったようだ。
 部隊ステータスの動きで判る。
 エロコスは艶美な笑みを本部委員に向けると一人悠々と出ていく。
 部隊員は分隊ごとに移動を開始。
 武者小路がすぐさま反応し、手を耳に当て何やら指示を出している。
 真田に分隊の監視を提案。
 マッスル長男は白Tを睨むように見ている。
 目線に気づくと、彼は冷たい目で応えた。
 憤怒の表情で長男の大胸筋がパンプアップ。

「何もやらない? ・・・何を企んでいる」

 イシグロの大きな独り言が聞こえる。
 彼は武者小路に「否決するだろう。その時に何かやるつもりだ、気を付けろ」とアドバイスしていた。
 本部委員達は全てが思惑外の事象に混乱し、ストレスの溜まった北極熊のように同じ場所をウロウロしている。

 彼は偽物なのか?
 そもそも全てが嘘なのか?
 金で雇われているだけだからドライなのか?
 別のアプローチで来るのか。
 閉会の合図が無い中、会議は終わったと判断したプレイヤーが出て行こうとする。
 それに気づき、武者小路が言った。

「ちょっといいかな? 有志だけで構わない」
「エイジ君・・・」
 その時、エイジは天井を見上げていた。
「あ、はい!」
「いや・・・いい。君は少し休んだ方がいい」
「いえ、大丈夫です!」
「そうか?・・・わかった。すまないがもう少しだけ詰めたい」
「わかりました!」
「丁度いい。私もまだ話がある」
 イシグロも続く。
 彼らは別な会議室へ伴って行く。
 エイジはその時、ミリオタが居ないことに気づいた。

*

「この豚ぁ!!」
 プライベートルームに鳴り響く声。
 ココでは外には聞こえない。
 そればかりか一切の監視から開放され、入退室の記録だけが残る。
 女はミリオタの頬を叩いた。
 あの取り巻き、エロコスだ。
 ミリオタは何故か半裸で正座をし、呆然とした表情で項垂れている。

 彼の紅く染まった両頬。
 音と見た目ほどダメージは無い。
 傷つけられるのは身体の痛みよりもプライド。
 身体へのダメージは退室時に観測され、場合によってはペナルティや審議の対象になる。
 彼女はまるで既に知っているようだった。

 女は紅いヒールの爪先で彼の顎を上げる。
 スラリと伸び引き締まったアスリートのような足。
 ミリオタの眼から絶望が零れ落ちている。

「なんで私の股間を見ないの? お前の好きなアングルでしょ?」
 生気がない眼。
「ブヒブヒ言いながらシャブリついたの忘れた? 達観したふりしてもリアルではフル勃起なんでしょ? それともまさか、忘れたなんて言わないよね?」
 ミリオタの両眼から涙が静かに流れ落ちる。
「何か言えーっ!!」
 また頬を叩いた。
 今度はリズミカルに!
 でも彼はなんの感情も見せない。
 叩く度に大きな胸が揺れる。
 音楽を奏でるように叩きながら女は一人興奮。
 それも次第に冷めていく。
「今更友情に目覚めちゃったとか言わないよね? それとも色気づいた?」
「・・・」
「マルゲリータだっけ? 毛玉ちゃん」
 彼の眼に意思の光が灯る。
「まだ帰ってこないわね~。どうしたのかしら~?」
「・・・何かしたのか?」
 派手に頬を叩かれる。
「何も。したのは猫ちゃんの方」
 少しの空白の後、みるみる彼の眼に力が込みあがって来る。
「どうして・・・どうやって・・・」
「毛むくじゃらのマルゲリータとか言う餓鬼にしても、ケシャとかいう電波にしても。貴方本当に趣味悪いわね。あの電波女、正気なの? 普段、宇宙服みたいなの来てるのよ? 知ってたぁ?」
「なんで・・・どうして・・・」
「こっちではケシャだっけ?」
 ミリオタは立ち上がり吠えた。
「何が目的で!」
 意志が完全に戻っている。
 女は再び頬を思いっきり叩く。
「豚の分際で立つな! 礼儀を知れ! 豚らしくよつん這いになれ!」
 彼は素直に従う。
 女はその背中に乱暴に座った。
「いい時代になったわね~。XRがなんだかんだで、リアルで動いた通りに出来るんだから。これでナニが出来ればリアルなんて心底クソね。要らないわ。真っ先に導入すべきでしょ。CDドライブが普及したのってエロパワーのお蔭よね。知ってたぁ? 偽の倫理観の仮面を被った豚どもがペナルティシステムとか作ってるようだけど、邪魔よねほんと。仮想なんだからやり放題でいいじゃない。ねぇ」
 彼は固まったまま何も言わない。
「分かってるわね?」
「・・・」
 彼の上で反動をつける。
 呻きと共に背中がしなる。
「約束が違うんじゃないの?」
 女は声色を変える。
「地球なんて、人類なんて滅びた方が良いんだったよね? 『俺はあの国だけは許せない!』って言ってなかったぁ? 裏切るの? お前みたいな、汚い、臭い、豚を。忘れた? 忘れたのなら見せて上げようか? そうだ、せっかくだから彼女達にも見てもらいましょう。一緒に見ましょ。興奮するでょ?」
 ミリオタは苦悶の表情を浮かべると声を上げ泣いた。
 四肢が震える。
「豚あっ!! 役目を果たせ!!」
 太腿をしたたか叩く。
 乾いた音が慟哭に混じって響き渡った。
「貴方は逃げられない。裏切ったらネットの皆さんにも見てもらいましょう。自分がクズで、下衆で、裏切り者の、汚い豚だってこと」
 彼は動物のような声を上げた。
「豚らしくなってきた。相変わらずいい声で鳴くのねぇ。アース様は降臨された。もうシューニャ・アサンガなんて必要ない。直ぐよ。計画の前に前祝でもしましょ。人類の終わりに、私たちの来世に。明日、家に来なさい。色々と溜まってるでしょ?」
 女はラメ入りのピンクの唇をぐるりと舐めた。
「貴方も、私も、地球も終わりなの。お互い辛い人生だったんだから、最後ぐらい楽しみましょ、ね」

STG/I:第百三十八話:持つもの

「ご苦労。色々紙一重だったな」
 部隊「暁の侍」の作戦室。
 隊長の武田真打は言った。
 武者小路は兜を脱ぐ。


「些か肝を冷やしました」
 本部委員会・参謀の武者小路。
 今は本部に出向しているが、部隊では副隊長だ。
 ここへ来るのも久しぶり。
「彼は危なっかしくて目が離せませんよ・・・」
「その割には嬉しそうに見える」
「とんでもありません!」
「彼の成長は眼を見張るな。お前も含めて今後が楽しみだ」
「正直、あの時の彼の決断は意外でした」
 アースらによる作戦本部襲撃事件の事だ。
 エイジは代表権を移譲しなかった。
「投げると思っただろ?」
 武田は笑みを浮かべる。
「ええ! 百%間違いなく」
「彼が明言したからこその連携だったと言える。今も参謀特権は変わらずか?」
「はい。一体全体、エイジ君は何を考えているんですかね?」

 武者小路の行動は完全な独断だった。
 参謀であるが故、相応の権利はある。
 だが、彼のしたことは本来の参謀が持つ権限を逸脱した行為。
 本部・作戦室への入室には委員会もしくは代表の許可が必要だ。
 武者小路は端から宰相級の権利をエイジによって与えられていたからこそ出来た。

「私より頼りになるのは間違いありませんので」
「・・・私のことを何も知らないのに?」
 武者小路はその時、憮然として言った。
 甚だ無責任に思えたからだ。
 丸投げはするが責任はとらない。
 現代はそうした人間に溢れている。
 彼もまた随分と見てきた。
「武田隊長さんが全幅の信頼をしているのですから。間違いありません!」
 最初は幼いが故の無見識、無教養・無経験・無責任からくるものと思った。
 責任の重さを知らない。
 権利の怖さを知らない。
 でも、何れ判る。
 判らなければ愚か者だ。
 そう思っていた。

 彼が本部付になったのは、そもそも自分の意思ではない。
 武田が自分を託したからである。
 特権を与えられた日、部隊に戻ると武田に言った。

「隊長、何でも出来ますよ・・・」
 含みを理解した上で武田は返す。
「お前なら本拠点の最大能力を活かす事が出来そうだ。安心だな!」
 意図を聞き流したのだ。

 武者小路には理解出来なかった。
 何故、武田隊長は本部宰相権の譲渡を断ったのか。
 何故子供の彼に日本を託したのか。
 何故、自分を参謀として送り出したのか。
 知る限り武田は凡そこれまで見てきた中で最も責任感のある人だと確信している。
 彼なら理想的な本部を体現出来ると信じて疑わない。

 エイジは内々に武田に本部宰相を譲ると申し出ていていた。
 武田はそれを断ったのである。
 断る非礼を詫びる形で自分を差し出した。

「君は持っている人に思う。私は持っていない」

 あの日、武者小路は緊急事態を武田に告げ、彼の助言と連携によって下準備を整えた。
 レフトウィング最後の生存者達の結束は今も強く、武田の要請に彼らは直ぐ応じる。
 通常、上を飛ばして他部隊を複数動かすことは困難を伴う。
 役割の問題、報酬の問題、責任の所在。
 ましてや上下関係のプロセスを重んじる日本では尚更。

 リアルでは下らない理由で速度も質も犠牲にした仕事が横行している。
 それでいて責任はとらされる。
 リアルでの武者小路は疲弊し、夜な夜なゲームに逃げてきた。
 でも、多くのオンラインゲームですら似たような状況になっている。
 STG28と暁の侍はようやく彼が見出した安息の地。
 今はリアルで独立する為の準備をしている。

「彼は終わった後、なんて言った?」
「いえ、特に何も」
「我々が独断で動いたのを解っていない感じだった?」
「流石に解ってはいました。なので、ありがとうございました。助かりました。とだけ」
「それだけ? 他には?」
「他には特に・・・」
「・・・彼は深いな」
「失礼ですが、単に事の重大さを理解していないだけなのでは? 彼は社会の怖さを知らない」
「それは否定出来ない。だが、知らないからこそ出来るメリットもある。私は当初、彼の成功を単なる偶然だと思ったよ。シューニャ・アサンガは彼を買いかぶり過ぎだと思っていた。でも、レフトウィングの時、私は己の見る目の無さに失望したよ」
「私は結果論な気がします。今回も私が動いて、武田隊長が声をかけてくれ、皆が動いてくれたからであって、彼の力では無い。レフトウィングの時もそうでした。偶々です」
「人生は、その偶々の連続だよ。それに、偶然も重なれば、それはもう必然だ。それは何よりも代えがたい実力だよ」
「神頼みってことですか? 私は今も武田隊長が宰相に相応しいと思ってます。偶然は偶然です。努力をし、すべき事をした者に偶々舞い降りて初めて意味があるものであって、計算の内に入りません。オマケみたいなものです。『人事を尽くして天命を待つ』と言うじゃないですか。運頼みは怖すぎる」
「運頼みとは違うさ。まあ、お前らしい。お前はソコがいい。・・・先のレフトウィングでの彼の活躍。プロセスを閲覧してみたんだが、驚いた。彼は・・・持っている人間だと直感したよ。私は持っていない。だから断った。平時は私やお前みたいな構築的なタイプが有効だろう。でも、有事は違う。『持っている』ことが大切だ。そして自在に俯瞰出来ないと。私は人生において様々な局面で『持っていない』と痛感したよ。これは諦めではない。己を知るという意味でだ。無いものを願っても仕方がない。有るものをどう活かすか。最も、今でも私が受けると言ったら、彼は即刻譲るだろうが」
「でも、先程は譲りませんでしたよ?」
「不適切だと思ったんだろ。あのアース・リングを。軍神をだ。俺なら喜んで譲ってしまうだろう!」
「そんなに凄いんですか? ・・・私は嫌いです。いい歳してゲームでイキって・・・」
「私も同じようなものだろ?」
「とんでもない! 武田さんは違います。・・・あのご老人の何が凄いんですか?」
「勝つためには全てを利用出来る。そして、彼もまた持っている人だ・・・」
「私なんて躊躇なく捨て駒にされそうですね」
「必然ならそうだろう。彼は親しい友人だろうが勝つためなら捨てられる。その覚悟が出来ている。その重さも知っている。何より異次元的に全体を見通せる人だ。無いものを望まない。彼はこの戦いの結末も直ぐ見通すと思う。今の日本では貴重な人材だよ。彼のような人にこそ政治家になってもらいたいものだがね。現実はそう成らない」
「私は嫌です。あんな人に命運を握られ、捨てられるのなんて、ごめんだ・・・」
「もっともな意見だ。でも、戦いってのは勝たないと意味が無い。そして彼は勝てる」
「勝てるんですか? この終わりの無い戦いに?」
「我々では無理だろう。だから嬉しいんだよ。これ以上無い朗報さ。仮に勝てなくとも、自分の死に納得がいく」
「申し訳ありませんが、会談は決裂しました。彼は宰相ではありません」
「世の中とはそういうものだ」

 会談は紛糾し、真っ向から主張が衝突。
 最終的には双方が歩み寄る形で妥結した。
 どこにでもある結論。
 全員に不満が残る結末。

「私も反対票に入れました」
「彼は? エイジ君は何と?」
 武者小路は苦笑する。
「何故かアース達の肩をもつんですよね・・・」
「ほほー・・・それで?」
「私は彼だけ残して全員BANすればいいと思いました。・・・BANは言い過ぎですが、少なくとも部隊を持つことを許すなんて・・・私からしたら狂気の沙汰です。強盗に拳銃を与えるような行為ですよ」

 ブラックナイト隊への入隊は維持。
 彼らを小隊として認め、一部例外を除き通常と同等の権限も与える。
 だが、作戦室への入室は全面禁止。
 アースのみ作戦顧問として迎え、ホログラムでの入室は許可とした。

「皆はエイジ君にかけたのか?」
「とんでもない! 彼は扱いやすいだけマシなだけです。過去の栄光に縋る老害は論外です。彼らは単なるペテン師集団ですよ!」
「あのアースさんが老害呼ばわりされるのか・・・時代だなぁ」
「隊長には大変申し訳ありませんが・・・私からしたらそうなります。隊長も会えばわかりますよ。過去の栄光です。今や不愉快な言葉を垂れ流す老害ですよ! 初日でペナルティーから発言権を奪われたんですよ? 信じられますか?」
 武田は腹を抱えて笑う。
「変わってないな、アースさん。エイジ君はそれでいいと?」
「皆の決定を尊重すると。その代わり助けて欲しいと・・・」
「面白いね彼は!」
「子供なんです」
「果たしてそれだけか? 彼は皆の受け皿になろうとしている・・・そんな気がするね」
「代表権はともかく、残すのは彼だけでいいじゃないですか。少なくとも、あの奇妙な取り巻きや、自由に動く兵隊を内部に入れるなんて、どうかしている」
「ひょっとしたらアースさんの絶対条件なんじゃないか?」
「そうなんです! 無茶な要求ですよ。盗っ人猛々しい!」
「お前から見てアースさんは正直どうだ?」
「不愉快な老害ペテン師ですよ! 今直ぐ反乱を起こす可能性すらあります」
 武田は豪快に笑った。
「それが良策なら彼はするだろう。でも、武装の排除や格闘権は停止なんだろ?」
「ええ。でも・・・どんな手を使ってくるかわかったものじゃ無い」
「初見でお前にこれだけストレスを与えるんだ。流石だな」
「笑い事じゃないですよ。本当に」
「悪い悪い。だがな、ストレスは判断を誤るし疲弊を生む。それを理解して撒いているんだよ彼は。その様子じゃ彼の手中に飲まれてるぞ。好き嫌いだけで物事を二分するな。現実はそんなに甘くない。頼むぞ。彼を、エイジ君を支えてやってくれ」
「もう部隊に戻りたいです・・・」
「その割には肩入れしているように見えるが」
「だって、あの部隊の連中は危なっかしくて! この重大事に副隊長はダンマリですよ!  あらだけ普段は煩かったのに、借りてきた猫みたいに静かで! もう一人の副隊長はログインすらして来ない。代理すら立てない。なんなんですかあの部隊は・・・滅茶苦茶ですよ。武田隊長・・・やっぱり今からでも我々がやった方がいいんじゃないですか?」
「ある意味ではね。でも、我々では勝てない。確実にね」
「誰だって勝てないですって! あの情報が事実なら!」
「我々は良くも悪くも常識人過ぎる。今、この有事に必要なのは常道を知りつつも常識に囚われず発想し行動する大胆な力と求心力。何より持っている人材だ。『これで行けるかもしれない』そう思わせるものだよ。こういう時、常識や理屈は無力だからね。かといって荒唐無稽では誰もその気にはなれない。彼らが発議した天照と須佐之男を主軸にしたコロニー作戦には震えたぞ」
「眉唾ものですが・・・余りにも不確定要素が多すぎます」
「かもしれない。だが、そういうものだよ現実は。全てを理解しては遅すぎる場合が多い。待てる時間があるなら待って見極めればいい。だが、少なくとも我々には時間がない」
「それすらも不確定です」
「これまでコロニーの存在を考えた者がいるか? この戦いに意義を見出したものは? 裏側の部隊を探ったものが? その可能性のデータを荒削りでも指し示すことが出来たか?」
「あんなのデータと言えるんですか?」
「それも理解する。恐らくシューニャ・アサンガが絡んでいるだろうが、この根本要因を探り、検討までツケていた。俄然、盛り上がるだろ! こういう事が大切なんだ。ただ黙って座して死する強さを持つ者はほぼおらんよ」
「でも、もし間違っていたら・・・取り返しがつかない」
「モシは常に付きまとう。恍惚と不安、共に我にありだよ。腹をくくるしか無い。それとも下りるか?」
「いえ、下りませんよ。乗りかかった船です」
「そうか。・・・今でも夢に見る。あのレフトウィングでの出来事。エイジ君は自分の命を盾にしても少しでも多くの搭乗員を助けようとした。しかも躊躇なく・・・。プロセスを解析すると、あれは無謀なようで、ちゃんと計算もしていることが伺える。そしてそれを支えるブレインの存在よ。彼の行為は振り返れば結果的に生存確率が高い行為だった。自分以外の命のね。あの驚異の現場で彼はそれをやってのけた」
「でも、私達が居なかったら確実に成功しませんでした」
「それもまた事実。だが、恥を語れば私は動転したよ。部隊の皆を見るのが精一杯だった。彼を単なる子供、無知では言い切れない。広く見ている。それでいて自分の命を顧みない。捨てているわけじゃない。見極めようとしている。自分の命の置き場を。きっと彼は辛い人生を送ってきたんだろうな。そして、彼の心の手綱を握っているのがシューニャ・アサンガなんだろう」
「フレンドでしたっけ?」
「ああ。ロビーフレンドだ」
「フェイクムーンの時はさぞや驚かれたのでは?」
「びっくりしたよ。彼女も不思議な人でね、正体がつかめない感じだ。エイジ君は上手に育てれば才能を開花すると言っていた。私はそうは思わないと言ったんだがな。機会があったら皆で育てて上げて欲しいと頭を下げてきた・・・」
「うちの部隊では入隊を断ったんですよね」
「ああ。・・・私は判らなかったよ」
「私は隊長の判断が正しいと思います」
「・・・さてと、忙しくなるぞ。・・・これからもソッチは頼む」
「はい!」

 彼らが今後何かをやらかすのは目に見えている。
 圧倒的大多数がアース達の除隊は当然として凍結を望んだ。
 それに反対したのはアースを知るプレイヤー達であり、何よりもエイジだった。

 部隊を許すと幾つかの権限が発生する。
 部隊内での強制力は非常に強いものだ。
 一方で部隊の権限は本部により大枠で制限が可能。
 本部のルールに矛盾した部隊権限は付与出来ない。
 同様に部隊内の中隊や小隊は部隊のルールに縛られる。
 矛盾する設定は出来ない。

 イシグロの提案で、強制力のある誓約を交わし、最終的には妥結する。
 意外にもアース達は抵抗を見せなかった。
 それが却って不気味だ。
 万が一の際は、誓約により彼らの相応な権利を無効化することが出来る。

「ドラゴンリーダーに依頼されて来た」

 老侍は言った。
 その名を聞いてピンと来る者は必ずしも多くはない。
 オンラインゲームでの栄枯盛衰はリアルより早い。
 一部の者達だけが沸き立ち、まるで勝利したかのような賑わい。
 顔ぶれを見ると長期プレイヤーだ。
 イシグロは顔を曇らせ、ミリオタは一瞬だが驚いているようだった。

 エイジは会議の際にミリオタの挙動に違和感を感じていた。
 会議の間、彼はずっと下を向き、時折、取り巻きの女を見ていた。
「知り合いなんですか?」
 何時もの調子でエイジが小声で話しかけると、
「えっ?・・・だ、誰と?」
 ミリオタは不自然なほど挙動不審に応えた。
「また~とぼけて。あの女性ですよ」
 彼はビクリとした。
「知らない・・・あんな女、知らない・・・」
 ミリオタは怯えるように言った。
 エイジはあくまで揶揄って言ったつもりだった。
 国際会議でもこうしたやり取りはしていたのに。
 
 エイジにとってドラゴンリーダーは雲の上の存在だ。
 大戦で既存の戦い方に多大な影響を与えた人物の一人と記録されている。
 現在アカウントは凍結中。
 当時の本部委員会が最低凍結期間を設けており、それを解除出来なかった。
 期間を短縮させるにはSTG国際連盟への申立が必要と知る。
 審議を経て認可されれば期間が短縮、もしくは解除される。
 一連の騒動が落ち着いてから提議する予定だった。
 現在STG国際連盟は通常手続きを全て停止している。
 
 ドラゴン・ツー・ブレイドのフォーメーションは今も海外でガッジーラとして有名。
 映像は再生数が億単位。
 フォーメーションの幾何学構造も入念に練られたものであることが後に解析され、海外では研究対象となっている。
 アイデアはシューニャ、具体的に考えたのはエセ・ニュートン、許可したのが彼だ。
 詳細な情報は秘匿され設計はドラゴンリーダーの名前が冠されていた。
 それは二人を守る為であり、同時に秘密を守る為だったようだ。
 ブレインが居ることはバレていたが、凡庸な戦績のシューニャ、活躍おろか記録のほとんどが無いエセ。二人に注目が集まることは、少なくともこれまでは無かった。
 本拠点機能剥奪時の混乱で白日の下に晒されたであろうことは間違いない。

 アースは、ここにいる全員が言うなれば「傭兵」であると言った。
 そして、ドラゴンリーダーの依頼と目的を次のように述べる。

「方法は問わず。地球を守り、STG28を勝利へ導くこと」

STG/I:第百三十七話:クローン

 空腹が満ちつつある。
 空腹は寄せては返す波のように繰り返す。
 波は次第に大きくなり耐え難くなる。
 限界に達し尚無視すれば、憑き物が落ちたように平気になる。
 だが、次の波はもっと大きい。
 小さく、大きく波を繰り返し、臨界に達する。
 そこから先は空腹以外の何物も感じなくなる。
 危険な状態だ。


 STGIの空腹はその規模が大きいものだった。
 今、私はSTGIと感覚が共有されている。
 自分の車を操縦している内に感覚が拡張されるように、
 いや、それ以上に、動かすほどに馴染んでいく。
 手足のように、身体のように、染み込んでいく。
 メニューの意味は相変わらず読めないのだが、
 動かしながら体感で理解していった。

 ここのアバターはSTGと違うようだ。
 一種の臓器のような存在。
 中を動くことは出来そうだが、外へ出ることを想定していないようだ。
 出られる感じがしない。
 脳という位置付けでも無いようだ。
 脳にあたる部位は外にある。
 恐らく本船コンピューターだろう。
 自分が巨大な飛行物体になったような感じ。
 STGIが空腹で満ちつつある。

(それにしても遠くないか?)

 STGIなら一瞬で行けると思っていた。
 当然のようにグリンに道案内を頼んだのは不味かっただろうか?
 だが自身はSTG29の位置がわからない。
 恐らく道を知らないからだろう。
 細かい機能は未だに掌握出来ていない。
 バッテリーが低いことは伝えてある。
 既にわかっているようだった。

 万が一グリンが何か勘違いをしていたらそれでアウト。
 深慮すべきだったか。
 彼女は未だよく解らない存在。
 いざとなったらその場で補充しよう。
 STGIで判別出来る。
 あの場ではもう蓄えられるエネルギーは限界だった。
 走りながら考えるしかない。
 私自身が彼女に対して妙な安心感がある。
 何故だ?

(今は彼女を信じるしかないか・・・)

 サイトウさんはSTGIで専用アバターが作れると言っていた。
 彼の説明からすると、クローンというより、分裂という印象だが。

(自分が分裂するってどういう感覚なんだろうか)

 STGのシューニャは恐らくスリープモード。
 STGIの格納庫には私しか入れない。
 彼女が消えると、STGIも消える可能性は高い。
 分裂出来るのであれば、クローンを向かわせたい。
 でも方法が全く解らない。
 足がかりが欲しい。
 ・・・あ、いるか。

「グリン、お前は分体を作るときどうやる?」

 手ごたえの無い反応が返って来る。
 そうだった。
 純粋に言葉だけを発するとほとんど届かない。
 明確な意思のようなものがいる。
 インターフェースの切り替え。
 その感覚を忘れていた。
 自分のものになっていない証拠。
 乗りこなさないと。
 ただでさえ不器用なんだ。

「・・・」

 なるほど、そうか。
 わかった。
 湯葉と言えばいいか、ミルフィーユというか。
 グリンからのイメージはそんなニュアンス。
 積層化している自分をペラっと引っ張り出し、膨らませると言えばいいか。
 そしてシュークリームのように中身を注ぐ。
 そんな感じか・・・。

「えっ!」

 目を閉じたのは一瞬だった。
 目の前に自分が浮いている。
 シューニャの形をした自分。
 しかもココはコックピットじゃない。
いつの間に!

 あの空間。
 鋼鉄の大地。
 テーブルが一つ。
 椅子が三つ。
 高速に流れる雲。
 今日は青空。
 何処からか下りてきたシューニャは、そのまま力なく足元に横たわった。

「待て、操縦しているのは誰だ?!」

 脳裏にコックピットの自分が見えた。
 目に意思を感じない。
 だが、安心感がある。
 大丈夫だという手応え。

(ホムスビに指示してあるから大丈夫か・・・)

 ココは夢のように実態感が乏しい。
 実態感と夢想感が霧のように満たしている感じ。
 視覚的には現実そのものなのだが、嘘を感じる。
 物理感が判然としないのだ。
 重さや質を感じない。
 でも、触ろうと思えば触れるし、重みもあるようだった。
 なのに手応えが薄く、どこか嘘くささを感じる。

 まるで触ろうとするまでは実体化していないよう。
 数日の羅列のような、どこか別の形に感じる。
 それでいて物質世界と完全に切り離されているわけでも無い。
 例えるなら、仮想メモリの中といった感じ。

(コンピューター上で画いているような・・・)

 データ的には正に存在しているのだが、物理的には存在していない。
 でも実体にも出来る。
 プリントすればいいから。
 でも手書きとは明らかに違う。
 偶発性が無い。
 自然を内包していない。
 だから変化に乏しい。

(それだ!)

 言葉が浮かんだ。
「仏像作って魂入れず」
 設計図、器、意思。
 この三つがバラバラなんだ。
 器はあるけど中身は無い。
 意思というか。
 中身は別の場所にある。
 この三つが揃って完成する。

 ココでは器を自由に作ることも出来るのだろう。
 ただし設計図はいる。
 展開図を設計し、3Dプリント。
 でも、それだけでは単なる器。
 本体がない。
 意思というか、魂というか。

 恐らく今の自分は器の無いホログラムのようなもの。
 設計図と意思だけで存在し、空間に投影している。
 若しくは、この空間に存在する物質を使って密度の薄い実体になっているかも。
 器はSTGI、本拠点、地球にある。
 本体は地球のみ。
 サイトウさんが地球での身バレを極度に恐れたのも関係がありそうだ。
 設計図と製造装置さえあれば器は出来る。
 でも、本体は製造出来ない。
 いや、待てよ。
 ゲームではメインキャラを変えられるよな。
 本体もひょっとしたら変えられるんじゃ・・・。

 少なくともこれで私がオリジナルであるという証明は出来た。
 サイトウさん曰く、オリジナル以外は分裂出来ないようだし。
 万が一にも無いとは思ったけど、良かった。
 そして、寧ろ今実体化しているのは・・・。

「起きろ」

 横になっている自分の肩を揺さぶる。
 実態感がある。
 でも、触った私への反射はダイクレトさに欠ける。
 ビーナスのパルス接触のようなものかもしれない。
 物理的には私は触っていない。
 触ったという判定が数値の羅列として届いているような感じかも。
 質感がわからない場合は曖昧になる。
 実体同士なら即座にわかる。
 使いようによっては色々出来るぞ。

 起きない。

 起きないばかりか、まるで人形だ。
 横たわった静を思い出した。
 この素体には意思が無いんだ。
 文字通り、魂入れず。
 設計図、器はあるけど、意思が無い。
 
 分裂するのは簡単だった。
 基本的に備わっている機能なのだろう。
 待てよ。

 タイムプラスのように高速で動く雲を見て思いついた。
 ちょっとした遊び心。

 時間経過で切り取ったらどうだ。
 アニメーションみたいに。

 そこからは早かった。

 ホップ、ステップ、ジャンプ。
 鋼鉄の大地を走り大きく跳躍。
 頭の中で切り取られた自分。
 振り返ると、アニメーションのように切り取られた自分が残っている。

「これは面白い!」

 空中で固定されている。
 さっきのは落ちてきた。
 共通しているのは意思がない点だ。
 器だけでの存在。
 粘土細工と変わらない。
 物理的存在ではある。
 触ると温かい。
 生命体として物理的には存在しているが、意思が無い。

(放置すれば死ぬ?)

 いや、ココは時間経過が無いかもしれない。
 今の繰り返しだから意思が無くても死なないのでは。

(となると、意思の分裂はどうやる?)

 オンラインゲームの要領でいいか。
 複アカを動かすように。
 コントローラーを複数用意して接続する感じ。
 待てよ、そもそも分裂した後はどう戻す?

「食べるんじゃあるまいな・・・」

 思い返すとグリンはそうしていたように思う。
 他に方法は無いのだろうか?
 例えば・・・水滴はどうだ?
 水滴同士が近づいて多きくなるように。
 頭で描き、近づいて、手を伸ばした。
“すいーっ” と、自分の中に吸い込まれる。

「気持ち悪っ! 人間掃除機かよ!」

 認識し理解すれば早い。
 シューニャはホイ、ホイと、手を伸ばし吸い込んだ。

 待てよ。
 掃除機なら“強”にすれば動く必要も無い?
 両手を広げる。
 頭の中では掃除機。
 それらはみるみる吸い寄せられた。

「出来た」

 吸い込んでわかった。
 母数が大きすぎて実感が無かったが、分裂すると確かに弱くなるようだ。

 となると、次は意識。
 自分が自分を制御する感じ。
 まさにアバターだ。
 ピョンと跳び、シャッターを押すように一人だけ切り取る。

(跳ぶことも無かったか)

 それにコントローラーを付ける感覚。
 目を瞑り、意識を繋ぐ。
 シューニャは振り返った。

「ビックリしたーっ!」

 分裂したシューニャが瞬きをした。

「こっちこそ!」

 彼女もまた驚いている。

「凄いなこれ! ・・・喋れる?」
「今喋ったじゃない」
「おー凄い! 喋った!」
「何言ってるの?」
「返事してるし!」

 クローンは呆れた顔をしている。

「名前は?」
「シューニャ・アサンガ」
「私が誰だかわかる?」
「誰? ・・・そっくりさん?」
「私は貴方の・・・言うなれば、大本です。貴方はクローン」
「え?」
「今、分裂したじゃん」
「分裂? 何時よ。知らない」

 どうやら生まれた時点の記憶は無いようだ。
 地続きというわけでは無いか。
 そうだ。これだけは確認しておきたい。
 サイトウさんが言っていた。

「君は分裂出来る?」
「分裂、何を?」
「自分を。出来る?」
「自分を分裂?・・・どういう意味。グリンじゃあるまいし」

 なるほど出来るという発想も無い。
 今、分裂という経験をしたのは私だけのものだ。
 彼女じゃない。
 そしてグリンの事は当然のように知っているわけだ。
 ということは過去の記憶はある。
 確かにクローンっぽい。
 でも、近々の記憶は無いかもしれない。
 仮にそうだとすると海馬はトレースされていないかもしれない。

「じゃ、いいや。君は日本・本拠点に戻って、寝ている私を起こして」
「どうやって?」
「どうやってって・・・」

 そうか。
 船が無い。
 船も分裂させる必要がある。
 ちょっと待て、思ったより面倒くさいぞ。
 もっと、こう、ポンポンポーン! って出来ないものか。
 経験して熟練度を上げるしか無いか。
 外の方法もあるかもしれない。

 飢餓感が増している。
 次の波だ。
 まずは食事か。

「過去の記憶はある?」
「過去って? 何時の?」
「例えば・・・」

 そうだ。
 STGIのノート。
 私は何度か思い出そうとしたが思い出せなかった。
 母にも電話を出来ていない。
 サイキさんに止められた。

「STGIのノート、覚えてる?」
「え、なんで知っているの!? ・・・覚えてないけど」
「おい~、なんでよ~」

 先入観が無い分、ポンと思い出すかと思ったが、そうもいかないようだ。
 私が思い出していない以上はクローンも思い出していない。
 まさに彼女は私そのものなんだ。

「ところで・・・君は私とそっくりだし、やけに詳しいね?」
 クローンが言った。
「当然。言ったじゃない。私が本体だから」
「本体? 何それ? キャラデータ公開した記憶無いけどなぁ・・・」

 成程、そういう認識か。
 ゲームではメイクし放題だから、似ることは間々ある。
 公開も可能だから、人気のあるアバターは亜種が多い。
 真似られたという認識なんだ。

「ビーナス知ってる?」
「私のパートナーだからね。美人でしょ」
「アメンボ赤いなあいうえお」
「何、突然?」
「言ってみて」
「なんでよ」
「いいから」
「アメンボ赤いなあいうえお」

 同じだ。
 本当に同じ。
 ニュアンスまで。
 私には独特な訛りのようなものがあるらしい。
 お芝居でかなり指摘されたが認知出来ず結局直らなかった。

「セクシーダンス躍ってみて」
 クローンは吹き出した。
「何でよ。やらないし、そもそも知らない。知ってても踊らないし。恥ずかしい」
「オイオイオイ! 俺、可愛いじゃないか!」
「何言ってるの、気持ち悪いなあ」
「ある意味で正しい。中の人はオッサンだからね」
「君も? 笑える」

 この反応も自分らしい。
 凄いな。
 でも、これは混乱する・・・。
 気づいて良かった。
 単に分裂するとこうなるんだ。
 考えようによっては恐ろしい。
 何か区別できるようにしないといけない。
 主従関係を明確にし、識別コードのようなものも欲しい。
 自分にABCとか付けるにも嫌だし・・甲乙とかも。
 数字もなぁ・・・ミドルネームにするか。

「ん?」
 グリンからだ。
「どうしたの?」
 クローンが私を見た。
「グリンから。聞こえたでしょ?」
「何も聞こえないよ。・・・なんでグリン知ってるの?」

 聞こえない?
 クローンは宇宙に接続出来ないのか。
 色々と差がありそうだな。

「STG29の管理宙域に入るって。一旦戻って」
「STG29!? 戻るって?」
「だから、私の所に」
「なんで?」
「なんでって・・・私が本体だから・・・」
「イミフ」
「ん~・・・ごめん!」

 手を伸ばして触れた。
 吸い込むイメージ。
 直は速い。
 まるで栓を抜いた水槽の水ように吸い込まれた。
 “しゅぽん!”そういう感じ。
 ほとんど一瞬。

「・・・気持ちのいいもんじゃないな」

 クローンがショックを受けた顔のまま吸い込まれたのが見えた。
 統合される瞬間まで無かった感情が同時に去来する。
 やはり間違いない。
 彼女は私をファンか何かのソックリさんだと思っていた。
 同時に不思議にも思っていた。

(何より・・・)

「なんで!」「何事!」というショック。
 事故に等しい。
 彼女は今まさに消えた。
 この宇宙から。
 ほんの今さっき生まれ、今死んだ。
 気の毒に感じた。
 自分なのに。
 この僅かな時間に彼女は独自に生きていたんだ。

「分裂と統合時には予め考えないといけないな・・・メンタルがやられる」

 とにかく今はエネルギーだ。
 感傷に浸る時間は無い。
 満タンにしないと。

「グリン、やろう!」

 つい喋ってしまう。
 でも、今回は届いている。
 両方接続している感覚。
 今は彼女を妄信するしかない。

 出来るだけ見つからず。
 通りすがりに頂く。
 辻斬りみたいでちょっとアレだが。
 STG29に出来るだけ気づかれないように。
 出来る限り文明的接触は無い方がいい。

 さっきの経験も活きそうだが、今は止めておこう。
 STGI、思っていた以上に出来ることが多いかもしれない。
 飛行機という形状、武装という部分に囚われ過ぎたかもしれない。

「よし!」

STG/I:第百三十六話:宰相

「解りました。後をお願いします」


 頭では返事していた。
 でも、声に出ていない。
 言ったはずなのに。

「君は出来るよ」

 シューニャの笑みが見える。
 無意識の抗いの原因。

(嘘つき)

 笑っている。
 初めて部隊の食堂で一緒に食べた時の顔。
 何時も笑っている印象だった。

(皆と同じように僕を嘲笑っていたんだ)

 凛とした表情。
 フェイクムーンの時の顔。
 何かを沢山抱えているようだった。
 思い返すと、笑っていない時もあった。

(僕を騙している)

 疲れた表情。
 皆が勝利に湧いていた時に見せた一瞬の表情。
 どうしてあんな顔をするのか判らなかった。
 勝ったのに。
 印象に残っている。

「君は出来るよ。大丈夫」

 シューニャの声が自然と湧き上がって来る。
 自信と決意、何かに満たされた声。
 あれは僕を代理に任命した時の顔。

(でもアバターの顔・・・嘘の顔だ・・・)

「はよせー」

 老侍の苛立ちが響いた。
 顔つきがさっきまでと違う。
 その声色に、この場にいる大多数が緊張する。
 彼の声は動物としての本能が強制的に呼び起こされる。
 音声合成じゃない。
 ノイズキャンセル等されているがリアルボイス設定だろう。
 穏やかに聞こえるのに、底知れない恐怖を感じる。
 イシグロは何か記憶を探るような顔で見ている。
 ミリオタはショックから立ち直れないといった風情。
 マッスル長男は腰を落とし身構えた。
 次男、三男にも指示をしている。
 暁の侍、武者小路は腕を固く組む。
 右手には知らず相撲の行司が持っているような団扇のようなもの、軍配を手にしていた。
 何かが始まろうとしている。

 嫌だ・・・。
 もう嫌だ・・・。
 もう、何もかも・・・。
 自分の人生すら身に余るのに・・・。
 どうして、こんな僕が、単なる子供が・・・。
 間違っている。

「おしっこもらしちゃったんでちゅか?」

 老侍が邪悪な笑みを浮かべ言った。

 怖い。
 この人は、今までで誰よりも怖い・・・。
 助けて・・・誰か・・・。
 シューニャさん!
 ミリオタさん!
 怖くて声が出ない。

「聞いてんのか?」

 ビクリとする。

「沈黙は是と解釈する。いいな?」

 嫌だ・・・何もかも・・・。
 そんなに欲しければくれてやればいいじゃないか。
 元の負け犬の暮らしが待っているだけ。
 何も変わらない。
 もういい、もう全部嫌だ。
 終わりにしよう。

「私はね、言葉は信じない。何時も行動だけを見ている」

 シューニャさん・・・。

「君は才能があるよエイジ。自信をもって言える」

 シューニャ隊長・・・。

「大丈夫。力になるから。任命責任があるからね」

 嘘つき!
 そうだ、全部嘘だったんだ!

「私は見捨てたことが無い。嫌なんだよね。投げ出すのが」

(今、居ないじゃないか! 嘘つきだ!)

「僕は逃げてばかりです・・・」
「逃げてもいいじゃない。勝つためなら」
「・・・逃げてるから負けじゃないですか?」
「いや、勝つために逃げることは間々あるよ」
「でも、逃げてますよね?」
「君の言っているのは短期的な勝ち負けの話でしょ。最後に勝てばいいんだよ」
「最後?」
「そう。最後に勝ってることが大切に思うね」
「最後って? 何時ですか?」
「端的に言うと死ぬときかな」
「・・・それって負け惜しみじゃ・・・」
「いや、冗談みたいだけど、そうなんだよ。最後を迎えるまでは経過だよ。通過点だ。真の勝ち負けは終わらないと判らない。ピンポイントで勝っているように見えても、振り返ってみたら総合的に負けていたことは往々にしてある。良い意味でも悪い意味でも大逆転はある。外からは常勝だったように見えていても、それは単なる印象で、実は完璧な負けというのもある。本人しかわらない事は多いからね。特に逃げながら戦うと、勝ったようには見えないから。周囲から羨ましがられているのに、本人は苦悩と苦痛の中で亡くなったり。沢山戦えば短期的な負けは多くなる。歴史にも例があるでしょ。振り返らないと判らないことは多い」
「逃げてもいい・・・」
「勝つためならね。でも、逃げる為に逃げるのは辛いよ」
「えっ? 同じですよね。何が違うんですか?」
「全く違うよ。天と地ほどに。到達点の有無とか色々違う」
「え? わかんない・・・です」
「例えば君は自分を逃げていると言ったでしょ」
「はい・・・僕は、逃げてます・・・」
「逃げてないと思うよ」
「いえ、本人が言うんです。僕は逃げてます・・・ずっと」
「リアルで目を見れば一発なんだけどなあ。アバターでも、言動でわかるよ」
「目? 言動で・・・」
「目に出るからね。君は向き合っている目をしていると思うよ。それは魅力的な目だろうね」
「僕は自分の眼を見たことありますけど・・・負け犬の眼です」
「自分っていうのはフィルターがかかるからね。思い込みで見てしまう。過剰に上げたり、下げたりしてしまう。君は無意識に勝つ為のタイミングを見ているよね。そして我慢強い。虐める人間はそれが嫌いなんだろうな。支配出来ない君が、根を上げない君が怖いんだ。優れているから怖い。怖いから支配したい。本当に強い人はそもそも虐めないからね」
「強いから虐めるんじゃないですか?」
「本当に強ければ、盤石ならその必要は無い。学生時代の友人が言っていたよ。本当に強い人でね。気づいたら取り巻きが沢山出来ていて自由気ままってわけじゃいかなくなった。他校からも挑戦しに来るし。一人で居たいのに、普通で居たいのに、いさせてくれ無い。慕って傍に人が集まるから無視も出来ない。取り巻きが仕出かした面倒を処理しに行く。結果、大喧嘩。んで、強いから負けない。すると余計に人が集まる。敵も味方もね。気の毒だったよ。言われたんだ。『お前ぐらいだよ、普通に何もなく友達として喋ってくれるの』って。・・・元気かな・・・彼がいい目をしていたんだ・・・今でも思い出す。色々判った上で飲み込んでいる目だった・・・」
「少なくとも僕は違います・・・」
「訊いたよね。『自分を逃げていると思っているでしょ』って。『逃げてます』って言ったよね」
「はい・・・」
「つまり、現状を理解し受け入れている。認識している。全ては認識から始まる。弱い人は認識から逃げる。認識せず、明確な否すら認めず。逃げてる人に『逃げてるの?』って聞くと、逃げてるとは言わない。言っても冗談っぽくはぐらかす。認めたく無いからね。でも、聞いてない時は自分から『逃げてる』と言う。心に負担があるから。負担、ストレスから逃げる為に言う。聞いてもいないのに。・・・ミリオタさんとか・・・」
「えっ! それこそ嘘です。ミリオタさんは強いじゃないですか!・・・怖いし」
「違う。最近の彼は向き合おうと努力しているけどね。最初は違ったよ。皆が怖くて仕方がないって風だった。今は弱い自分と向き合おうとしている。それが大事なんだ。誰しもね。彼は逃げる為に逃げていたけど、逃げるのを止めようとしている。葛藤している。勇気ってのは難しくてね。認識があって、その上で敢えてやるから勇気なんだ。色々と捨ててることになっても。でも、バランスを見誤ると命を落とす。逃げたことが無い人は脆い。自分の弱さを知らないから。単に限界を超すような場所に居なかっただけに過ぎない。だから限界を超す場に来ると突然折れる。随分と見てきた・・・才能あるのに、もったいない。折れるまでは無敵の人だった。世間が狭かったんだろうね。逆に弱さを知っている人は強い。自分の程度というのを知っている人は強いよ。向き合う術をしっているから。無い袖は振れないって理解している。ゼロから始めることに抵抗が無い」
「・・・逃げ切れば、いいんじゃないですか・・・」
「逃げ切れないよ」
「何で言い切れるんですか」
「逃げているという自覚があるからね。自分の影に追われる」
「自分の影?」
「負い目だね。逃げている人は、常に自分の影に怯える。他人じゃ無いよ」
「自分・・・」
「バランスだよ。逃げては寄って、寄っては逃げて、自分の心身が壊れないように向かい合う。基本的に慎重に、時々大胆に。それだけ、でも難しい。君はもっと自分を俯瞰した方がいい。他人の評価は一旦横へ置いておいてね。他人ってのは実に適当なことを言うから。総体は見えていない。でも、局部を拡大視している分、そこは当たっている。だから無視すると損するよ。それを自分に活かせばいい。何より親身に向かい合ってくれる人の言葉は頭の片隅に残した方がいい。逃がしちゃ駄目だよ。早々そんな人は現れないから」
「・・・信じていいですか?」
「さあね。それは自分で見極めな。自分の人生に責任を持てるのは自分だけだよ。何事も話半分だよ。正解は自分の中にしか無いから。私の正解が君の正解とは限らない。だから人間は太古の昔から判り切ったことを今も繰り返し研究したりする。学問だね。何より口では幾らでも言えるからさ。だから私は行動しか見ていない。行動は正直だから」
「僕のことなんか誰も見てくれません・・・」
「見てるじゃない。私が。何より人は見ていないようで見ているよ」
「シューニャ隊長はともかく、僕のことなんて誰も見てませんよ・・・」
「見てるよ。他人が動き出すには切っ掛けが必要なんだ。それを無意識に待っている。動き出すのはパワーを使うからね。私みたいに軽く動ける人もいるけど。ほとんどは違う。でも、見てる。互いに影響し合っている。君は私と同じで抱え込み過ぎる。もっと周りを頼っていい。今はそう思う・・・」
「頼れる相手なんていません・・・」
「そういう時もある。でも、ゼロってことは無いはずだ。無人島に住んでいるわけじゃないから。まずは、さぼり上手になることだね。自分が壊れてしまえば意味が無い。余裕が無ければ何も受け入れられないよ。自分という箱がぎゅうぎゅうに詰まっていたら、他の何も入らないでしょ? どんな言葉も助けも気づかないよ。だから、勝つ為に一先ず逃げるというのは大事だよ。少なくとも今は私がいるから頼っていい。頼られるのは慣れているんだ」
「いいんですか・・・」
「既に頼っているでしょ?」
「そうですね。・・・ありがとうございます!」

 沈黙が流れた。

「じゃあ、委任ってことだな」

 老侍が大声で言った。

「嫌です」

 透き通るような声が遮る。
 エイジだ。
 委縮していたミリオタが驚いた顔で見ている。
 固唾を飲んで見守っていたイシグロも驚いている。
 二人とも信じられないといった風情。

「委任はしません。私が日本・本拠点の代表ですから」

 マッスル長男が満面の笑みを浮かべ、兄弟は互いに頷き合う。
 老侍の取り巻きが立ち上がった。
 マッスル三兄弟が素早く動くとエイジの一歩後ろで身構える。
 長男が長い息を吐く。
 肉食動物が獲物に襲いかかる直前といった様相。
 取り巻きの武装兵士達が一斉に立ち上がった。
 武者小路が腕を解くと、交流のある隊員達が慌ただしく動き出す。
 申し合わせたように彼らを囲うように動いていく。

「私は、宰相です。・・・この意味が解りますか?」

 エイジは震える声で言った。
 必ずしも余裕は無いようだ。

「貴方達のアカウントを即座に一時停止することも不可能ではありません」

 老侍が満面の笑みを浮かべる。

「勿論、理由も無くしません。・・・まずは、聞かせて下さい」

 老侍は両脇の二人を見た。
 刹那、赤備えの鎧武者、武者小路が軍配を上げた。
 作戦室の大扉が大解放、武者達が一斉になだれ込む。
 入口を塞ぐ。
 部隊「暁の侍」達だ。
 いや、武者達だけじゃない。
 後から次々と友好部隊が入室。
 武者小路が軍配を左右に振ると、それに合わせて規律正しく動く。
 合間に忍び装束の集団も見えた。黒葉佩衆だ。
 流れは完全に逆転した。
 態勢の変化、潮流の変化を捉えた大衆は、憎悪を膨らませ異端者達を見た。
 作戦室は一気に怒気が膨らむ。
 お互いの臨戦態勢が整った。
 老侍は余裕の笑みを宿している。
 そして、この場に相応しくなく豪快に笑った。

「思ったよりヤルじゃね~か! 引き篭もりの、糞餓鬼の分際で!」

 頭上に赤いペナルティーポイントが加算。
 誰も声を上げる者はいない。

「判った。面倒くせーが話し合おう。引き篭もりさんよ」
「エイジさんだ! 彼の名前はエイジさん! 間違えるな!」
 マッスル三男が吠える。
「あー? 最近耳が遠くてなぁ。引き篭もりさん? 合ってるじゃねーか」
「だから!」
 長男が制止する。
「構うな」
「でもっ!」 
 エイジはマッスル三男に向かって微笑む。
「ありがとう」と言った。そして、
「では、経緯を聞かせて下さい」

 宇宙のクラウドを通し一瞬何かと繋がった。
 エイジかもしれない。
 彼の記憶を通した自分が見えた。
 かなりマズイ心理状況だったが好転したようだ。
 その原因が私なんだろう。
 レバーを捻るようにマイナスからプラスに逆転した気がする。
 エイジ、君ならやれる。
 傍にいて上げられなくて御免な。
 お互い出来る最善を尽くそう。

 STGIの圧倒的万能感は相変わらず感動的だ。
 加えて宇宙というクラウドに繋がる全能感。
 何でも引き出せそうだが、危険でもある。
 今のエイジといい、ある意味で同じ方向を向くとき、繋がるんだな。
 見ているということは、見られていることを意味する。
 基本的に慎重に、時には大胆に。
 無謀と勇気は違う。
 この暴れ馬は地球人には荷が重すぎるんじゃないか。
 F1を仮免許で動かしているような不自由さだ。
 無駄が多すぎる。
 裏を返せば、乗りこなせれば大きな力になる。
 でもそんな才能があるとは思えない。
 やれるだけやるのみ、だな。

STG/I:第百三十五話:謀反


 それは問いかけのようでいて、確認のようにも感じられた。


 エイジは名を聞いた途端恐れは消し飛んでいた。
「シューニャさんを知ってるんですか?」
 この場にミリオタは居ない。
 STG28の関連施設を巡回している。
 痩せ細った侍風の老人は、袂に手を差し入れたまま、遠慮の無い目線で品定めをする。
「リアルでは虐められ、引きこもりの餓鬼といった感じだな・・・」
 エイジは驚きで目を丸くする。
「餓鬼はお母ちゃんのオッパイでも吸って寝てろ」
 老侍の頭上にペナルティポイント赤く付く。
「鬱陶しい! なんなんだコレはさっきから! ったく・・・」
 頭上を蠅でも振り払うように手で払いのける。
「オッパイの何が悪いんだ。お前らも吸ったからココにいるんだろうが」
 赤く数値が加算される。
 彼の顔も赤くなったが、次の瞬間にはその激高が嘘みたいに落ち着く。
 エイジを見た。
「おい餓鬼、ココの大将を呼べ」
 周囲の本部委員は彼を見た。
 エイジは気圧されること無く言った。
「・・・シューニャさんは、いません」
 その声は小さく、唇は震えている。
 彼への恐怖心なのか寂しさなのか。
 その両方か。
「お前は日本語がわからんのか? ココの大将を呼べと言ったんだ」
恫喝しているという風でも無いのに背筋が寒くなる。
 その声はこれまでのトラウマを呼び起こすのに十分な迫力があった。
 それは亡者の手のように伸びると、胃を鷲掴みにし、引き釣りだそうとしているかのよう。
 身体が小刻みに震えてくる。
 指を噛んだ。
 シューニャの顔が浮かぶ。
 思い出の彼女は何時も笑顔。

 彼は顔を上げると辛うじて老侍の目をチラリと見る。
 見た瞬間、身体が硬直する。
 深淵を覗いた気がした。
 悪魔と目があったような錯覚。
 声色からすると痛烈に威嚇しているようで、冷めているのが感じられる。
 寒気が止まらない。

 怖い。
 心底、恐ろしい。
 あの眼は慣れている目なんだ。
 暴力に。
 血肉になるほど。
 胃がキリキリする。
 重く感じられる。
 ストレス。これがストレスなんだ。
 最も苦手で、最も不愉快なタイプ。
 願わぐば・・・この世から消えてて欲しい人種。

 過去の様々な恫喝が我先にと蘇って来る。
 呼吸が荒くなる。
 苦しい。
 恐怖に心が満たされそうになった時、声が聞こえた。

「私を助けて、エイジ」

 シューニャの声。
 浮かんだその顔は孤独だった。
 エイジは歯を食いしばると、再び頭を上げ、目を剥き全身を震わせながら言った。

「僕が・・・この本拠点の、宰相です」

 大きくは無いが断固たる表明。
 多くの者がエイジを見た。
 その意外性の確認と、勇気を目に止めようと。

 老侍は冷めた目を丸くする。
 突然膝を叩くと、割れんばかりの大声で笑う。
 一人だけ。
 彼の従者を含め皆が驚いて彼を見る。
 その異様さに。
 膝を叩いて笑うという表現は聞いたことがあるけど、本当にするんだとエイジは思った。
 老侍は目だけで人を殺せそうな形相で言った。

「餓鬼・・・嘘だったら・・・わかるな」

 自分が知らない世界の片鱗を見た気がした。

*

「ビーナス、観測ポイントに接近」
「巡航速度へ」
「御意。STGホムスビ、巡航速度」

 ビーナスと静はマルゲリータ中隊長の許可を得て、未確認飛翔体を目視したポイントへ向かった。それはマルゲリータ中隊初の公式任務となる。

「長距離通信は断絶中。マザーはオフライン」
「ソナーは打てませんね」

 ソナーはマスターやマザーの許可無しに打つことは出来ない。
 パートナーがマスター無しに単独行動することは可能だ。
 しかしあくまでもマスターの指示あっての行為である。
 ソナーのような重要な判断を単独で下すことは出来ない。

 彼女らが単独で動く場合、索敵が主たる目的になることが多い。
 他にも、複数機のSTG28を所有する場合、マスターとパートナーでそれぞれ搭乗するケースもある。主にソリストに多い。
 パートナーは別の機体に登場中のマスターをフォローすることは可能。
 人間のような混乱は一切起きない。
 それでもマルチタスクに伴いリソースの多くを割かれることになる。
 部隊パートナーは武装の操作は強化されており、搭乗員パートナーより多くの兵装を同時に扱うことが出来る。しかし、それはマザーに接続されていることが大前提になり、同時に部隊の装備に限られる。

 二人は自分達にある種の異常性を認知しながら、一方で、行動出来る理由を理解していた。
 ビーナスはマスターを捜索する理由。
 静はビーナスの要請に従ってのこと。
 原理原則は変わらない。
 それ以外の案件では動かないし、それ以外の視点はあっても可能性は無い。
 ミリオタが嘗て言った言葉通りであった。
 マルゲリータ中隊長が、拒否をした場合、当然彼女達は別の任に当たったであろう。

(でも、今の静ならどうだろうか?)

 ビーナスは静に起きているある種のエラーを観測し続けている。
 オフラインになった彼女にはビーナスには起きていない判断材料が明らかにあった。
 部隊パートナーは部隊の為の存在であり、個体を優先することは無い。
 でも今の静は明らかに私情のようなものを優先しているように見えた。
 今こそ部隊パートナーの出来ることは広範囲に渡る。
 にも関わらず、静は当然のようにシューニャの捜索に乗り出す。
 それは部隊パートナーのロジックからすると明らかな選択ミスだ。
 でも、ビーナスは問わなかった。
 彼女の答えは想定出来る。

「シューニャ様を帰還させることが最も利する行動と判断したからです」

 それは一件通りのいい答えだったが、同時に確率の低い行いとも言える。
 最も確率の高い行動に出るパートナーから逸脱している。
 今のビーナスであっても、その選択肢はとらないだろう。
 彼女の変化は少なからずフェイクムーンで影響からだろうと推測している。
 ビーナスはこの遠征で見極めるつもりだった。
 マスターに利する為に。
 
「噴射痕を観測」

 人間と違い、パートナーは目に頼りすぎない。
 人間は多くの情報を目に頼り、他の情報を蔑ろにする傾向がある。
 それだけ目による映像情報が多くを語るからと同時に、他の入力装置が弱い。
 近年それは顕著になってきている。
 パートナーはセンサー寄りの判断をする。
 言い換えると総合情報を重視する。
 視覚情報は判断の一材料に過ぎない。
 見えているものが必ずしも「ある」とは限らない。
 事実、地球人は見えないモノを見ることが出来た。
 脳が誤って見せることがある。

 物理的存在が推進装置を利用した際、必ず「噴射痕」を残す。
 ビーナスは、フェイクムーンが地球へやってきたのも恐らくそれが理由であろうと一つの仮説を立てている。シューニャには問われなかった。
 パートナーは魔法のランプの魔神と同じで、主人が思いつかない行動はしない。
 半歩先を行くことはあっても、一歩先には行かない。
 人類が一歩先へ行く自分以外の存在を良しとしないからだ。
 過去の蓄積で明らか。

 マザーが他文明の存在を知る効果的な追跡の足がかり。
 それが「噴射痕」であり、「デブリ」であった。
 広域センサーで一瞬で検知出来る。
 ソナーのように相手に悟られる可能性が低い。

 噴射の痕跡は時間経過と共に減衰する。
 それでも地上の様に風の流れは無いので比較的長く滞留。
 装置によっては、まるで川のように何時までも痕跡を残す場合もある。
 例えば地球のロケットエンジン等はそれに当たる。

 それもありビーナスは真っ先に捜索を申し出た。
 痕跡がある内に。
 マスターを捜索するチャンスがあるとしたら今であると。
 ビーナスにとっては本拠点よりもマスターが常に第一。
 静はビーナスの要請に待ってましたとばかりに乗っかった。

「追えそう?」
「ええ」

 静はマルチフィンガーを展開し、ピアノのハンマーが忙しく動くようにキーを叩いた。
 今の静はSTG28にダイレクトに接続することは出来ない。
 ビーナスによってインターフェイスを焼かれている。
 修繕は出来なくも無かったが、静はそれをしなかった。
 その判断そのものが人間を模倣しているように感じられる。
 静がシューニャの前でマルチフィンガーを見せることは無い。
 その理由を問うと、
「だって、シューニャ様だってそうでしょ?」と言った。
「人間を模倣しているのでしょ?」と聞くと、
「自分でも解析中なの。・・・なんだろ、見せたくないの」と返した。
 感情の模倣。
 アンドロイドに感情は無い。
 今の静は感情の模倣に膨大なリソースを割いている。

「マルゲリータ中隊長のSTGトーメイト噴射痕と断定。追跡します」
「了解」

 それは道のように続いている。
 そして、その痕跡が強く出た。

「減速したポイントと思われます。報告データと一致」
「静、頭頂して船体を制御、私はフォローに回ります」
「御意」

 複座にいた静が飲み込まれると、次の瞬間には先端に移動。
 端部の全天球型コックピットにその姿を現す。
 漆黒のアンドロイドスーツに身に纏い、黒髪を翻し、手を広げた。
 船体や戦術兵器を手足のように扱える。
 そこは嘗て貫かれたポイントでもあるが、人間のようなトラウマは存在しない。
 
「中隊長の発言からすると、この方位、この距離内に未確認飛翔体が居たはず・・・」
「噴射痕はなし、デブリ反応にも異常なし」
「移動します」
「了解」
 彼女が身をかがめるとユルリと進みだした。
「戦闘の痕跡なし」

「STGIのデブリもセンサーに反応しないとか?」
「わからないわ。でも、本船の制御を離れた破片が何らかの性能を維持することはあり得るから、可能性はあります」
「感度を上げます」
「了解」

 感度を上げると、より小さな情報がマップで埋め尽くされる。
 人間なら到底読み解け無い情報量。

「痕跡なし」
「仕方ないわね」
「もう少し・・・もう少し索敵範囲を広げる?」

 この提案自体がビーナスにとっては意外。
 二人で最も安全性を鑑みた上で決めた索敵プラン。
 それをこの場で覆そうというのだ。
 人間ならともかく、アンドロイドが。

「静、」
「ごめん・・・判ってる」
「帰還しましょう。私達の出来ることは他にもあります」
「シューニャ様であれ、他の何かであれ、この問題を放置していいとは思えない」
「それは同意しますが、議論は尽くした筈です」
「でも、何も無いのにマルゲリータ中隊長が足を止める、違和感を感じたというのを放置するのはどうかと思うの。シューニャ様が、彼女の言葉には耳を傾けるようにって、言ってたわよね!」
「議論は尽くしたと言いました」
「もう少し・・・」
「人間が見間違うのは確率の高いことです。今、ここで低い可能性にかけ、時間を浪費する行為はアンバランスよね?」
「うん・・・」
「以上、帰還します」
「待って! 何も無いというのが引っかかるのよ! 中隊長のあの索敵スコア、これまでの実績で、何も無いという方が不自然じゃない? 可能性はけして低くない。論理的な数値化は難しいけど・・・」
「数値化出来ないテーマを入れると・・・」
「判ってる。判ってるけど・・・」
「・・・困った子ね静は・・・」
「ビーナス」
「判った。やりましょ!」
「ビーナス!」
「貴方の言う可能性は否定出来ない」
「有難う・・・」
「何を言うの。可能性にかけましょう。索敵プラン変更、ロードして」
「御意!」 

*

「こんな餓鬼が宰相とは・・日本も地に落ちたな・・・」

 確認は直ぐとれた。
 さぞや老侍は怒り心頭かと思いきや、項垂れた。
 でも、次の瞬間にはこう言う。

「代われ」
「えっ?」
「代表を俺に代われ。荷が重いだろ?」
「・・・」

 荷が重い。
 確かに荷が重い。
 もう嫌だと何度も叫んだ。
 でも、何故か即答出来なかった。

「シューニャのヤツ、相変わらずの甘ちゃんなんだな、変わってない」
「・・・」

 どうしてだろう。
 安堵している自分がいるのに。
 「はい」と言えない。
 どうして?
 自分が判らない。
 楽になりたいのに。
 僕には荷が重過ぎる。
 なのに、どうして。
 どうして言えない。

「辛かったろ? シューニャはそういうヤツなんだよ。可能性がどうとか、才能がどうとか言ってな、たぶらかしてやらせる。そして裏切られる」

 エイジは顔を上げる。

「無いんだよ可能性は。才能があれば最初からやってるっつーの。唆されてやっている時点で、お前の才能はたかだかしれている。その程度のもんなんだよ、ヤツの言う才能なんて。所詮は凡人の領域だ。目くそ鼻くその世界。俺からしたら、そんな程度は才能じゃねーよ。それなのにヤツと来たら、迷惑な話だよな? 辛かったろ? 苦しかったろ。その時点で才能が無いんだよ。だから代われ」

 やっぱりそうなんだ。
 知ってた。
 僕なんて何も才能なんて無い。
 だからこうなんだ。
 だから、これまれでも、これからも、そうなんだ。
 僕は・・・初めからクソなんだ。
 知ってた。
 騙されたんだ。

「耳を貸すな!」
 ミリオタ達が帰ってきた。
「なんだコイツら? このクソ忙しい時に次から次へと!」
「そうですよ! 天主様のマッスルを知らないヤツが、よく言う!」
 マッスル三男は、エイジのことを天主様と呼び敬愛している。
「見ろ兄ちゃん、あの筋肉。大胸筋が泣いているのが聞こえるようだ」
 次男も続く。
 だが、何時も調子のいいマッスル長男は黙っていた。
 そして歩みを制した。
 顔が険しい。
 ミリオタは構わず、行こうとすると袖を掴まれる。
 よろけた瞬間にマッスルが耳元で言った。
「気をつけろ・・・二メートル以内に近づくな」

 老侍は再び遠慮の無い視線で値踏みすると言い放った。

「スパイ崩れに、筋肉バカか。リアルと同じで日本は人材不足だねぇ~、平和ボケが」
 ミリオタの顔が強ばる。
 マッスル長男が睨み返す。
「人殺しが、偉そうに語るか・・・」
 マッスルは静かに言った。
 老侍の両脇で跪いていた二人がいつの間にか立ち上がっている。
 マッスル長男も全身がパンプアップ。
「道場自慢・・・私が・・・」
 白Tが言う。
「黙ってろ」
 二人は再び跪く。
「兄ちゃん、アイツ日和ったよ!」
 笑う三男に対し、長男の表情は堅いまま。
 老侍は、エイジに目線を戻す。

「代われ。それで全て済む」

STG/I:第百三十四話:アース

 誰かが“境界越え”について本部に問い合わせた時エイジはようやく思い出した。
 この騒動はそこを端に発していたことを。


 義母の迅速な対応でSTGや主要な施設、装置は固定された。
 重力による衝撃の影響も即座にチェック。
 異常が無いことが確認。
 STG28に関しては本船コンピューターとパートナーによる詳細な検証も実施。
 それは感動的なほど見事なものだった。
 固定出来ない小道具や食品等の散乱、破損等はあったが、それらは分解措置によって一瞬で消される。
 まるであの衝撃が無かったようですらある。

 だが、問題は特殊アバターの搭乗員。
 不幸中の幸いだったのはプレイヤーの絶対数が少なかった点。
 特殊アバターでも筋肉質であったプレイヤーは自身を衝撃から守ることが出来た。
 でも筋肉質を嫌うプレイヤーは昨今少なくない。
 ましてや握力設定を重視する搭乗員はほとんどいない。
 被害に拍車をかけたのは標準設定が低い点だ。
 ほとんどのプレイヤーはデフォルト設定でメイクする。
 
 ミリオタは重要施設の目視巡回をマッスル三兄弟ら有志と共に実施している。
 この期に及んでも機械を信じられないのだろう。
 寧ろ今回の件で決定的となった部分がある。
 義母からすれば地球側の指示が無かった為という弁だが彼には通用しない。
 ほとんどをオートメーション化することは可能だ。
 問題は「ほとんど」とはどこまでを指すかである。
 結局それを詰める必要がある。
 宇宙人と地球人の条約に関わる部分だが、それは最早複雑怪奇でブラックボックスに近い扱いになっている。
 その解明に乗り出した搭乗員の一人がシューニャだった。
 また、仮に全てを任せることが出来たとしても、地球人がそれを指示することは無いだろう。
 それは事実上の主権放棄を意味してしまう。

 立て続けに起こるトラブル。
 境界越えの可能性すら考えられなかった自分。
 無理からぬ事だったが、エイジは顔をくしゃくしゃに頭を抱える。
 パートナーのシャドウが妖精のように小さなホログラムで目の前に現れると言った。
「シューニャ様はこういう時『出来ることを確実に』と言っております」
 エイジは真っ黒な身体に水色の瞳をもった小さなシャドウを見つめると頷く。
「そうだね・・・『出来ることしか出来ない』だったよね。ありがとう!」
 悠長にメモに目を通している時間が無くなってきた為、エイジはシャドウにシューニャ発言集を記憶させ、該当しそうなシチュエーションで言って欲しいと伝えていた。
 これまでそうしなかったのは恥ずかしさからだ。
 もし万が一でも漏れて、誰かにバレたらと思うと出来なかった。

 問い合わせると、義母は正確な座標が不明を前提に言った。

「約三万キロメートル手前で静止、推定された元の位置まで航行を続けております」
 間に合っていたのだ。
 指示通り調整されていた。
 もし気づくのが遅かったら。
 もし指示を誤っていたら。
 事の重大さを知る者だけが各々肝を冷やす。
 特にエイジは生まれて初めてある種の恐怖を感じる。
 指示をした者だけしか判りえない恐怖。
 責任だ。
 こんな重責にシューニャが耐えていたんだとエイジは震えたが、同時に誇らしくも感じた。

 作戦室からは安堵の声が漏れると同時に、「なんだ余裕じゃねーかよ」とか「脅かさないでよー」といった声が幾つも上がる。
 でも、事情に多少なりとも明るいと思しき隊員の一人が言った。
「宇宙規模なら目と鼻の先じゃないかな・・・」
「マジ?」近くの美少女型アバターが訊いた。
 知人では無いようで、少し躊躇いがちに彼は言った。
「光なら一秒で約三十万キロメートル飛びます。それを考えると・・・」
 チラチラと彼女を見ながら恥ずかしそうに答える。
 彼の言う通りだった。
「ゲッ! 怖っ!!」
 驚きの表情を見せ、小さき声を上げる。

 安心したのか、

 一つの部隊長が自身の隊の安否確認も兼ね戻る許可をエイジに求める。
 許可すると足早に作戦室を出ていく。
 驚いたのは、それを見て他の部隊員が確認することもなく蜘蛛の子を散らすように出て行った点だ。
 エイジからしたら想定外の行動。
 こうした行動がここ暫く混乱の要因を生んでいる。
 許可を出したのは彼に対してであって全員ではない。
「いい大人達がそんなことも判らないのか」と憤りが沸いたが、タイミングを逸してしまい、止めることなく、黙って見送る。
 これらはミリオタのストレスの原因でもあった。
 浮上する喪失感。
 同時に自らの統率能力の無さ。
 意思の弱さ。
 無力感に苛まれる。
 疲れている自分に気づかされ、疲労感を増す。
 シャドウが出るまでもなくシューニャの言葉が過った。
「君は向いていると思うよ」
「誰だって最初は素人だから」
 芋づる式に記憶が掘り起こされる。
「私は君が天才だとは言わない。でも、間違いなく才能がある。全体をよく見ているし、ある種の瞬発的判断力もある。私が指揮していた時ブツブツ言ってたでしょ。聞こえてたよ」
 脳裏のシューニャが笑い、思うわず微笑んでしまう。
「世の中は天才とそれ以外で単純に分け割れられるものでも無いと私は考えている。何より圧倒的大多数は凡人だ。言い換えると、凡人の質によって社会の質は成り立っていると言っていい。良い悪いじゃなくてね。それに皆天才だったら、それはつまり全員凡人ってことになっちゃうでしょ? 天才には天才の、凡人には凡人にしか出来ないことがある。天才を一人リアルで身近に知っているけど、肩の荷はとても重いよ。私だったら到底耐えきれないね。でも本人は平気な顔をしている。そんな天才だって欠けている部分が多い。裏を返すと皆必ず何か才能を持っていて、同時に何かが欠けている。天才も含め、足りない力をお互い補い合えばいいと思うんだ。活躍するフィールドが違うんだよ。お互い様なんだ。聞いてよ、その天才なんか直ぐ人に頼むんだよ。自分でやらずに。『助けて!』『手伝って!』『ありがとう!』それでいい。・・・ココへ来て私は痛感したよ。・・・だからエイジ、私を助けて」
 エイジは知らず目に涙を溜めていた。
 そして力強く立ち上がり声を上げる。
「誰か、手を、知恵を! 僕に貸して下さい!」
 彼らしからぬ必死な声に残った者達が手を止め、足を止めた。
 一部の者達は侮蔑的視線を向けたが、彼は自分に共鳴してくれそうな者だけを見た。
 視線に誘われ、幾人かが集まっていく。
 中にはフレンドに声をかける者達も。

 遠巻きに眺める集団に、一つの疑問を抱く者達がいた。
 エイジ達ほど必死になれず、一方、憎しみを抱くほど興味も無い。
 来て間が無いか、惰性で続け、何れにも肩入り出来ないプレイヤー。
 それ故に気づいた。
「もしマザーが復帰し、正確な位置が判明していた場合、実はエリア28を越えていたとしたらどうなるのだろうか?」という視点。
 マザーを多少なりとも知る者なら簡単な問い。
「本拠点は融解されるだろう」である。
 彼らは声にすること無く、緩慢な作業を続けた。

 混乱から脱しつつあるタイミング。
 ようやく仕切り直そうかという時。
 嵐はやって来る。

「お~お~凄いな! ゲームも遂にここまで来たかっ! 長生きするもんだな!」

 彼に対する作戦メンバーの第一印象は「声がでかい」である。
 そして「違和感」だ。
 
 皺が多く、浅黒い顔。
 老齢の設定なのだろう。
 身体は瘦せているが筋肉質で、筋張った印象。
 身長は百五十センチ程度で、丁度、昔の日本人を彷彿とさせる。
 目は肉食動物のように大きく圧が強い。
 通常の表情では目を閉じる設定のようだ。
 それが開いた時の目の印象を一層強くした。
 野武士のような髷、伸び散らかした口髭と顎髭。
 薄汚れたような和装。
 何故か迷彩カラーだ。
 加えてダメージ仕様と何気に凝っている。
 皆はこれまでの経験から、こうした特殊な外観のアバターが、本当に協力的だったり、心から友好的だったことは稀な気がした。
 ここまで凝っていながら、どうしてこのような外観をメイクしたのか。
 それが違和感の正体。

 大きいのは声だけでは無い。
 態度もだった。
 第一声からしてアレである。
 ここは他ならぬ本拠点の作戦指令室。
 誰しも無意識に気が引き締まる場所のはず。
 彼の声にはそうしたものが無かった。
 作戦指令室の主達を空気のように無視し、歴戦の勇者のように振舞っている。

 奇妙なのは老侍に控える両脇のプレイヤーもだ。
 長身で美人のアバターと、彼女よりずっと背の低い美形のアバターが付き添っている。
 従者にしては外観に統一感が無い。
 二人は和装ですら無い。
 合わせる気がゼロ。

 左の美人は長身で、アバターはSF的かつ露出度が高い。
 ほとんど下着同然の恰好に機能性を無視した意味不明な突起物が彼方此方についてる。
 先端のファッションショーで見るようなデザインと言えば話が早い。
 ある意味では最もゲームらしい出で立ちではある。
 露出は恐らく限界設定だろう。
 こうしたアバターは他のプレイヤーによる苦情が問題だ。
 ハラスメントやヘイト値に影響が出るのだが、ペナルティポイント一定量貯まると修正を要請される。
 それを避け、今ではココまで露出が激しいのは珍しい。
 新人がやりがちだが、今はキャラメイク時にも警告が出る。

 右の美男子の違和感も凄い。
 今風の小顔でシャープな顔立ち。
 アバターは自分の普段着を模しているのだろうか?
 普段着にしても珍しい。
 ややラフなサイズの白い半袖Tシャツに、タイトめの白いジーンズ。
 ベルトはしておらず、シャツは出している。
 シャツの丈は短いわけでは無いが、大きめだからか、動くと臍がチラリと見えた。
 ジーンズがローライズだからか。
 アクセサリーは付けていない。
 顔を見ると、目が大きく、まつ毛がエクステしたように長い。
 吸い込まれるような美形で、パッと見で女性と見間違えても不思議じゃない。
 肉体も女性のように滑らかであり、柔らかい筋肉が垣間見える。
 ただし性別の違いはパイロットカードで一発だ。

 二人は三歩下がった位置に立ち、頭を垂れ、目線を下にしている。

 更に驚かせたのは背後の者達。
 三十人はいる。
 全員がデフォルトにある人気アバター、軽装型宇宙戦闘服。
 しかもフルフェイスを装備したパターン。顔が見えない。
 迷彩柄で統一している。
 このアバターはデザインの良さは元より、外観オプションが豊富なのが人気。
 だが、個々の違いを見出だせない。
 恐らく同じ設定なのだろう。
 身長や身体の線、体格差から男女混合とわかる。
 体格は恐らくデフォルト設定だろう。
 彼らはまるで軍隊のように見えた。
 従者かパートナーであるかのように付き従っている。

(軍隊じゃあるまいし・・・)

 まさに居合わせた者が思った。
 パートナーではなくプレイヤーではあるようだ。
 名前の表示がプレイヤーのそれだ。
 沈黙と共にあるが、はち切れんばかりの興奮と熱気が伝わってくる。

 暁の侍から本部付になった武者小路は訓練されたものを感じていた。

 ステータスから新規プレイヤーであることは判る。
 それが却って疑問だ。
 ログインしたてのプレイヤーが本部の作戦指令室に入室することは普通あり得ない。
 そういう発想にならないし、そもそも入れない。

(いや・・・出来る方法があったな・・・)

 武者小路は新規プレイヤーでも可能であることに気づいた。
 入隊したのが今のブラックナイト隊なら可能だ。
 現在自動承認設定になっている。
 一定の案件に抵触していない限り即刻入隊が受理される。
 この案件が新人には該当しないものばかりで、新人にとっては事実上のフリー。
 その上、筆頭部隊である為に作戦室へ特別な入室許可が必要ない。
 他の部隊なら本部委員会でも一部の者しか許されない。
 恐らくゴタゴタで設定をし忘れたのだろう。
 知らない可能性もある。
 後で指摘せねば。
 現役だった本部委員はほぼ居ないし、皆それどころではない。
 本来であれば筆頭部隊でも新人を作戦指令室には入れないものだ。

 イシグロが何かを察したのか慌てて入室して来る。

 だが、ほとんどイシグロを見る者はいなかった。
 皆がこの異様な集団に心を奪われている。
 多くの者達にとって、この集団に何ら心当たりは無い。
 だから呆然と突っ立っている。
 どうしていいか判らない。
 ニュースをよく読む者は「テロ」を真っ先に想起し緊張感に包まれている。
 歴史好きは「内乱」を想起し、隠密に部隊員に連絡をとっている。
 武者小路もその一人。
 いずれも異常事態過ぎてどうすればいいか判らないでいた。
 結果、誰も動かず、誰も声を発しない。
 これが海外の拠点であったのなら、また違った反応を示しただろう。

 イシグロは迷わず老侍のパイロットカードを開き階層を下りると行動履歴を読む。

 本部委員で上位の役職を割り当てられている者は特権として当該拠点のプレイヤーの行動履歴を見る事が出来る。
 本部委員にスカウトする為に必要な行為だからだが、このメンツの中では、イシグロを始めとした一部の者しか出来ることを知らない。ただし、記録は残る。
 そして、権利を有するものがスカウトを目的に見ることは稀だ。
 ほとんどの場合、嫉妬、足の引っ張り合いが目的で見ている。

 行動履歴は履歴書以上に雄弁に語る。
 キャラメイクをして早々にブラックナイト隊に申請とある。
 部隊検索で「ブラックナイト」と直接打ち込んだようだ。
 完全な決め打ち。
 遡ると、彼らはマイルームにすら行って無い。
 ロビーに顕現すると、全員が揃うのを待って作戦室に直行したようだ。

(どうしてブラックナイトの名を知っている?)

 奇妙な点に気づいた。
 先陣を切る老侍は、ログインして幾らも経過していないにも関わらずペナルティ制限にかかりそうな勢い。
 性的・暴力的な発言や行動、・ルール無視等で自動的にペナルティポイントは加算される。
 指示上止む終えない場合があることから、隊長や副隊長には一定の緩和案件が設けられており、容量も大きい。
 本部なら尚更である。

 それでも昨今、このペナルティ制限が厳しくなっていた。
 特にハラスメントに対するペナルティは重くなりつつある。
 嘗ては貯めこんで一気に放出するプレイヤーもいたが、恣意的なコントロールと判断された場合、次は更に重くなる。そうなるとペナルティが重くなり容量も減る。
 最終的には行動の制限や発言権の制限を受け、アカウントの凍結処分が下される。一発アウトもあり得る。

 老侍が動いた。

 ようやく人がいることに気づいたのか、静かかつ、滑らかな動きで、射るような目を周囲の者達に向ける。
 その動きは、まるで歌舞伎の見栄を彷彿とさせ、その場にいる誰しもが目があったと感じた。
 実際はほんの一瞬。
 それだけ十分な迫力がある。
 そして叫ぶ。

「シューニャはいるかっ! アースが来たぞ!」

STG/I:第百三十三話:禁止区域


 久しぶりにミリオタが顔を真っ赤にして震えていた。

 慣れない管理業務のストレス。
 リアルで椅子に座り続けたエコノミークラス症候群。
 自由過ぎる面々、新人達の当然過ぎる態度、遅れる準備。
 復旧しないマザーとのコンタクト。
 何もかもが初めてのことばかり。
 何もかもがコントロール出来ていない。
運営に推挙した馴染みからも管理能力を問われた。
エイジが言った「当面は現場の判断に任せます」の言葉が頭の中でリピートされている。
そのことにも驚いた。
 全てに苛立っている。
 それでも彼は怒鳴らなかった。
 自分すら制御できない自覚が出来た。
 暁の侍の隊長に言われたのだ。
 思い返すと、ブラックナイト隊の副隊長の時ですら全く制御できなかった。
 今はそれどころではない。
 日本・本拠点の筆頭部隊であり、中央。
 出来るはずがないんだ。
 相手への苛立ちから、自身の力不足への腹立たしさへ向けられていく。
 今の彼には、背中を向け、全ての憤りに蓋をするのが精一杯だった。
 
 実際はエイジもミリオタ以上にパニクっていた。

 ネガティブな思考で頭まで浸かりそうに何度もなる。
 その度に自室に籠もって「引きこもりの子供に何が出来るんだよ! 大人たちこそしっかりしろっ!」と全力で叫び、泣いた。
 投げ出そうとしては、シューニャの笑顔が過ぎった。
 初めて自分を信頼してくれた人。評価してくれた人。
 彼女を裏切るのは、ガッカリさせるのは、死ぬよりも辛かった。
 居た頃を思い出した。
 いつも何事も無い風に軽口を叩き、部下からも軽口を叩かれ、ぶらぶらしては何もしていないような風だったが、今こうして部隊の様々な部分に目を通した時、彼女の下準備に気付かされる。
 パートナーのシャドウから何度も聞かされた。
「これはシューニャ様が用意されてました」という言葉。
 それが今正に役に立っているのだ。
 救われている。
 人知れずやっていたのだ。
 それを思うと喉元まで出来てきた「もう止めます!」が出なかった。
 時折見せた深刻な顔や、暗い表情を思い出す。
 こういうことだったんだと知った。
 恐らく、もっと深い。

「シューニャさんが戻ってくるまで僕が守る・・・」

 索敵に関してはマルゲリータ中隊に完全に委ねている。
 現実には気が回らなかったと言えたが、何よりシューニャの言葉が頭にあり、端から任せるのが当然ぐらいの無意識に刻まれた部分が大きかった。
 それでも報告を聞いた時は驚いた。
まさか小隊で方々に分散しているとは思ってもみなかったのだ。
 彼女は出撃の際に「出来るだけ多くの情報を集めるから」とだけ言った。
 それが彼女らの任務ではあるが、改めて考えると「何を探しに出たか」聞くべきだった。
 自分でも場を全くコントロール出来ていないことは自覚している。
 だから、コントロールを止めた。
 土台子供なんだ。
 出来るはずがない。
「この人なら任せられるなぁって人に任せればいいんだよ」
 メモにはそう書いてあった。
 確かにシューニャはそうしていた。

マルゲリータの一件はミリオタのイライラの原因にもなる。
彼の質問に答えられなかった。
何処へ行ったのか、何のために、何時戻るのか、一切答えられなかった。
 だが、それは結果として不要な心配となった。
 出立して間もなくするとマルゲリータ小隊が帰還。
 だが、彼女を除いて。
 帰還した小隊は二人を除いて遠足気分。
 STG28の宇宙演出のリアリティに驚きと感動を隠せないといった風情。
 新人搭乗員に有りがちな反応であり、そのレベルである。
 それでも彼女と仲の良かった新人搭乗員である雌猫と河童の二人は様子が違った。
二人の話を聞いた時、ミリオタのストレスは最大に達する。
身悶えし「あっ! くっ! こっ!」と言葉に出来ない擬音のような声を発し続け、最後には震え、沈黙する。

 エイジも二人が話し出す前から事の重大さに気づいた。

 小隊で出たSTGを一機だけ残して帰るということは流石にあり得ない。
 ましてやマルゲリータは中隊長であり、作戦の要である。
それは説明しているはずだ。
少なくとも、この二人はあの場に居た。
彼女を残すというのは、多少なりともこの手の集団対戦をゲームでやったことがあるプレイヤーなら察するだろうと思った。
これがミリオタの怒りの原因なのは明らかであり、彼の気持ちもこの時初めて理解出来た気がした。
 だからエイジも「えっ?・・・置いてきたの・・・」と言ってしまった。
 でも、二人の表情と彼女のこれまでの言動を思い返し「でも・・・最善の方法かもしれない・・・」と付け足した。
 それに対してもミリオタは怒りを向けかけたが腹が立ちすぎたのが何も言わなかった。

二人の弁を聞くにマルゲリータの指示であることは明らかだった。

 直ぐに彼女らが持ち帰ったデータの解読を始める。
 オンラインになっていないマザーの変わりとして、代理のような存在、システムがあることを初めて知る。これはシューニャがヒントを残していた。それを教えてくれたのは彼女のパートナーであるビーナスだった。シューニャは仮で、そのシステムを「義母」と命名していた。考えも及ばなかったが普段から独自に調べていたようだ。「義母は自動的に起動するが、マザーよりも限定的に機能するようだ」と記録があった。

 データが解読し終えると、最初にマルゲリータの映像が短く映る。

 ミリオタはまるで生き別れた彼女を見るようにモニターにかぶりつく。
「日本・本拠点は漂流している可能性があります! 星の位置や大きさ、マザーと断絶した時間から座標を大まかですけど割り出せると思いますので試してみて下さい。マザーにストックしてある過去のデータから照合出来ると思います。多分だけど・・・すごく流されてる、漂流しているんです!」
 エイジはハッとすると言った。
「オペレータさん、義母に繋いで下さい。今のマルゲリータ中隊長の音声を再生し、生データを提供、位置を分析させて下さい!」
「わかりました」
 全員がメインモニターを見つめる。
 賑やかだった面々もただならぬ気配に次第に静かになる。

 結果は直ぐに出た。

「マジかよ・・・」ミリオタがボソっと言う。
「ビンゴですね・・・凄い流されている・・・」とエイジ。
「こんなに長いこと前からマザーとオフラインだったんだな・・・」
「なんで警報が鳴らなかったんでしょうか・・・」
 本部の作戦室は俄かに騒がしくなる。
「なんかマズイの?」
「元の位置に戻らないとフライングになんじゃね?」
 如何にも新人らしい声も混じってくる。
 それはエイジの耳にも入った。
 それはどこか琴線に触れる発言だったようだ。

 戻る必要があるのか?
 移動そのもに問題があるのか?
 自分を含め、この場にいる誰も理解していない。
 イシグロにコールしたが「過去に経験が無い」とだけ彼は短く言った。

 エイジは率直に尋ねる。

「お母さん、じゃなくて義母に継続接続」
 思わずお母さんと言ってしまったことで場はドッと失笑に包まれたが、彼は取り繕うことなく真顔で反応を待った。
「なんでしょうか?」
「本拠点が定位置にいなきゃいけない決まり事がありますか?」
「ありません。移動はエリア内なら自由です」
オフライン中の代理マザー、義母が応えた。
その存在を知ったのも今回が初めてのこと。
シューニャが残したメモでだ。
「なんだ、無いじゃん」
「ね~」
 そうした声が聞こえたが、エイジはふと気になる。
「エリアって何ですか?」
 皆は仲の良いもの同士で顔を見合わせる。
 余りにも素朴すぎる質問。
基本すぎる質問。
作戦室の面々はエイジに懐疑的な目を向ける。
自分達も知らないが、新人とは言え腐っても本拠点の宰相だ。
 それでもエイジは気にしなかった。
「当STGの管轄はエリア28です」
 作戦室中央に大きなホログラムモニターが展開され範囲が明示される。
 初めて聞いた管轄エリアという単語。
 初めて見た広大な立体マップ。
 この場にいる誰もこれまで本拠点の位置等気にしたことは無い。
 ましてや管轄エリアとは。
 今更ながらの疑問が浮上する。
 でも、エイジは妙に腑に落ちた。
 STG28、管轄エリア28。
漠とした黒い空間。
光る白ごまのような星々。
一見すると大きな目印らしきものが無い。
 いや、あった。
 少し大きな光が見える。
 中心部にある。
 恒星?
「あれって、ひょっとして太陽とか?・・・」
 部隊、暁の侍から本部入りした赤い甲冑を着た男性アバターが言った。
彼は立体ホログラムの中に入り、直接さした。
皆はそれを見て「あ、入ってもいいんだ」という全く異なる感慨を得ながら、近づいてマップ内にいる彼の指先を目線で追う。
エイジは見上げ、尋ねた。
「義母さん、そうですか?」
「そうです」
 それは小さな点のような光。
「じゃあ、あれが地球なのかな?」
 青い星がある。
 次々と楽しそうにホログラムの中に入る。
「どれ? どれよ!」
 また騒がしくなる。
「待って!」エイジは叫んだ。
「義母さん、このマップに本拠点の推定位置を表示して下さい!」
「現在地は不明です」
「さっきアップしたマルゲリータ中隊長のデータを元に推測で構いません」
「適合率は低くなりますが、かしこまりました」
 点がひと際赤く光る。
「あれっ?」
 大きな声が上がる。
 マルゲリータと同行した雌猫だ。
「端っこにいない?」
 その声は喜びではなく、危機感を内包している。
 河童が自らの皿を叩くと妙に乾いた音が響く。
「本当だ・・・」
「それって、マズイの?」
 呑気な声の後、不安がさざ波のように広がっていく。
 何もかもが判らない。
 本拠点は今まさにエリア28の境界に接近しつつある。
 騒めきが波紋のように広がる中、エイジは何かを察したようだ。
割くように澄んだ声で叫んだ。
「大至急、本部の位置を元のポイントに戻して下さい! 推測で構いません!」
「わかりました」
 ほとんど同時に中央作戦室が赤く染まる。
「警告。本拠点は現在航海禁止宙域に迫っております。航海禁止宙域に侵入した場合、本拠点は自動的に融解を開始します。警告。本拠点は・・・」
 赤く、ゆっくり明滅してくる。
 先ほどまで遠足気分だった新人達の表情が固まった。
「警告。本拠点は・・・」
 繰り返される警告、近づく境界。
「緊急停止! 元の位置に戻って!」
 エイジは再び叫んでいた。
「既に緊急停止措置を実施中です」
「でも動いているよ!」
雌猫が吠える。
「動いているって、義母さん!」
「現在重力被害を抑えた状況で減速中です」
 現状に似つかわしくない義母の淡々としながら慈愛のある声色が不安を逆なでする。
「警告。本拠点は・・・」
 繰り返し警告放送が流れ、次第に速く赤く明滅。
 色も濃くなったように感じられる。
 この間も境界線はどんどん近づいている。
「これ以上の減速は危険です」
「でも、これで間に合うのかな・・・」
「本拠点の規模になると重力的影響を抑えて・・」
「それって緊急停止? とにかく何でもいいから止まって!」
 エイジは悲痛な声を上げた。
 今まで生きてきて、自分がこんな声を出せるなんて夢にも思わなかった。
「緊急停止は実行中です」
「でも、この速度で・・・」
「これ以上の減速は危険領域です」
 エイジは拳を握りしめ顔をくしゃくしゃにしたが、ハッとして言い方を変えた。
「じゃあ・・・今の減速で・・・境界は越えないんだね?」

「越えます」

 この場にいる何人かが意味することに気づいて悲鳴を上げる。
 大多数は理解出来ずポカンとした。
 現実を受け入れられない。
「宰相命令発令! 義母さん、境界を越えない程度に最大減速! 可能な限り被害は最小限に、あらゆる手を尽くして下さい!」
 この間にも警告は拠点内に鳴り響いている。
「わかりました。警告後、カウント5で実施します」
 最初は鮮やかな朱色だった明滅も、赤黒く、速くなっている。
「凄い近いよ!」
 いずこから悲鳴のような声が轟く。
「緊急放送。本放送終了の5秒後に、本拠点は急減速します。STG28及び全稼働施設は自動的にロックされますが、ロック不能な物体は重力の影響を受けます。飛翔体にご注意下さい。また、搭乗員様及びパートナーの皆さまはライフラインが自動的に接続され、固定されますが、ライフラインが無い特殊アバターのプレイヤーは近くのモノにおつかまり下さい。なお、握力設定60キロ以下の搭乗員は最大限身を守って下さい。宰相命令により即時実行されます。・・・以上。カウント開始、5・・・」
 それは突然始まった。
 施設のあらゆる箇所で金属音が津波のように響く。
 作戦室は一瞬でパニックに陥る。
「4・・・」
 彼女の言うライフラインとやらが何かわからない。
 でも、自分達が何かに固定されているようには思えなかった。
 何をどうすれば接続出来るのかも判らない。
 マザーはマザーの優先順位があり、これまでも苦労させられた経験が閃く。
 エイジは咄嗟に吠えた。
「宰相命令! 即刻全ライフライン接続!」
「わかりました。1、減速します」

 直後に、かの巨大地震を彷彿とさせるようなこの世ならざる揺れが本拠点を襲う。

 振動音と悲鳴がない交ぜに聞こえる。
 それはまるで新たな生命体が生まれたような、過去に経験が無い音だった。
 幾つかの小さな物品が作戦室を飛んでいくのが見えた気がする。
 方々で上がる悲鳴。
 でも、誰しもが自らの身を案じるので精一杯。
 エイジの目の端に毛むくじゃらの何かが飛んで来て見えた。
ほとんど反射的にそれを掴む。
彼はリアルでのコンプレックスから細マッチョな設定にしていた。
 強い衝撃。

「死ぬ!」

直感で思った。
でも、放り出されなかった。
謎の白い有機的な管が、ゴムのように無数に手足から伸び、床に吸い付いている。
 間に合った!
 彼の咆哮は僅かにカウントダウンより早かったのだ。
手から来るフワッとした感触。
 見ると雌猫。
 明後日の方を向いている。
 次の瞬間、更にひと際強い荷重が。
 声にならない悲鳴が自分から漏れる。
 繊維が千切れるような感触を右肩と筋肉に感じる。
 彼女もまた緑色の何かを掴んでいた。
 河童だ!
 二人共特殊アバター。
ゴムを伸ばすように、万力を込め両手で彼女を掴むと、あらん限りの力を込める。
「うわああああああっ!」
 人生で経験したことが無い自身の絶叫!
 そして離す!
 飛んでいく二人。
 休憩用のソファーに直撃。
 見ると、二人からは白いゴムのような管、ライフラインが伸びていない。
 新人であるが故、ベースアバターの拡張もされていない。
 飛び方からして一時的に義母による重力軽減のコントロールもあったようだ。
 全員が画一的に動いた風には見えなかった。
 咄嗟に「被害を最小限に」と言ったのが功を奏していたようだ。
 だが、エイジにはそんなことに気づく余裕は無かった。

 本拠点は轟音と激しい振動の後、少しして静かになる。

 まだ赤く明滅している。
 心持ち、色が明るくなっている気がする。
 色と明滅で危険を知らせているんだと関係ない考えが浮かぶ。
 まるで巨大なブレイカーがバチンと落ちるような音がすると、通常の昼白色に戻る。
 境界を越えたかどうか、気に留める者はいない。
 あちこちから呻き声が聞こえてくる。
 間違いなく言えることは、少なくとも今は生きている。
 呆然と周囲を見渡すエイジ。
 いつの間にかライフラインとやらが消えている。
 フラフラする。
 まだ身体が揺れている気がする。
 目線を遊ばせると、ソファーに投げ飛ばした雌猫と目が合う。
 彼女はウィンクすると投げキッスをするアクション。
 それを見た隣で呆然とする河童もそれを真似る。
 エイジは二人を見て声を上げ笑うと、自然と涙が滲んで来た。

(生きてる・・・)

 緊張が一気に解れる。
 でも次の瞬間には声を上げた。

「義母さん! 被害状況を! 救命を優先して下さい!」

 そんな彼を、複雑な表情で見つめるミリオタがいた。

STG/I:第百三十二話:バトン

 時計も無いのにサイトウは手首を見た。
 三歩近づく。


「まず、この一連の騒動の概要を話そう。ただし、これは私の考察の結果だからな。流石に解っているだろうが、地球は窮地に陥っている。最初は単純だった。全ては隕石型宇宙人による襲来と、その撃退に集約されていた。そこにアダンソン、そしてマブーヤが来たことで事態は複雑化した。それらはブラック・シングの顕現等にシンクロしている。あくまで私の推測に過ぎないのだが、アダンソンやマブーヤの狙いはブラック・シングの利用にある。そしてその為の実験をアダンソンは繰り返している。マブーヤやそこに便乗しようとているようだ。マザー達は別な視点だ。基本的に知的生命体の星を守ろうとしている。その理由は、彼女らにも国連に相当するものがあり、そ平和維持活動といった具合だろう。派遣された彼女達にもメリットはある。簡単に言えば何れ来るであろう備え、だな。他所の国の災害を見て、備えるようなものだ。隕石型は言わば自然災害だから必ず来る。主権や文明への干渉を避けつつ、あらゆる観察とデータ収集、考察、それが目的と思われる。だからSTGでの詳細なデータは常に全て吸い上げられている。STGは言うなれば銀河レベルでの国連軍のようなものだが、人材に相当するものはほとんど出さない点が違う。武器だけ渡し、それを教授する為のコンピューターやマニュアル、ルール、機体、素材は出すが、技術は拠出しない。そして何より、戦うか戦わないかは主権星に任せるといった具合だ。役に立つ地球人と個別に契約することが稀にある。俺もその一人だ。詮索はしないが、気をつけろ。当たり前だが一筋縄ではいかない。利益を享受出来る範囲内でしか交渉は成立しない。地球のようなブラフは通用しない。通用したとしたら彼女らの叡智外の見識なのだろうが、ブラフがバレたら始末される。もう解っているだろうが、彼女達が主体的に守ってくれることは無い。我々の発想力、行動力に合わせ装備はグレードアップされて来たが、如何せん、人は見たいモノだけしか見えないし、理解出来ないものを生み出すことは出来ない。よって文明の枠を越えることは無い。・・・気張るなよ。もたないからな。超長距離マラソンを想像しろ。歩ったり、途中で休むこともありだ。やる気があり過ぎるるヤツ、やる気が無いヤツから潰れていく。休んでても歩むことは忘れるな。そんなところかな・・・」

 一歩下がった。

「ちょっと喋りすぎたか。でも、時間はあまり無い。とにかく浴びるだけ浴びておいて欲しい。いずれ繋がるかもしれない。次は、STGとSTGIのことにザッと触れよう。凡そSTG36の中で最悪の事象が進行中と推測している。私が知る限り1/4程度のSTGが既に絶滅している。半分はもう後先無いだろう。STG同士で横の連携をとることは禁止されている。文明の枠を越えることは許されてない。我々が既に犯したミスであり、経験済のことだ。マザー達に殺されるから注意しろ。STGの仕様に深く潜れば記載はある。言明はされていないだろうが「コレ」という記述がある。過去の負の遺産だな。ルール違反に対し、彼女らに情状酌量の余地は無い。私の友人もそれが原因で何人か殺された。この場合の死とは地球での死を意味する。パートナーを上手く利用しろ。だが、それも観察されているからな。また、コレらの悲劇は主に理解していない地球側に責任があり彼女らのせいではなかった。STGIだが、マザーの治外法権だ。搭乗している間はアダンソンのルールに従い、マザー達のルールが適応されないと思われる。どこへでも行けるが、必ず本拠点へ戻る必要がある。マザーはSTGI搭乗員を好ましく思っていない。まあ、当然だ。ルールが適応出来ないからな。STGを狙ったり、本拠点を狙ったりすると、規約違反として戻れなくなるようだ。そして全力で殺しに来る。STGIを狙うことは問題無い。STGIは味方とは限らない。エネルギーを得る為に遠出することを躊躇うな。でも、必ず戻れ。マザーのご機嫌をあまり損なわない方が良い。彼女らの恨みをかって良いことは何もない。STGIはアダンソンに帰属するが、彼らはあまり干渉してこない。ただし必要な案件がある時は強制的に事に当たらせ選択権は無い。逃げることも出来ない。アダンソンを理解するのは難しい。私も未だに判らない。あまり深く考えるな。そしてSTGIは個別の契約に対し絶対的に縛られ、包括されたルールの影響を受けないようだ。つまりSTGIは一機毎に全く異なる。嘗てSTGI同士の戦いもあったが、省略する。そうだ、知っておく必要があるな・・・。STGで地球を攻撃することは不可能だが、STGIでは可能だ。それを君がどう解釈するかは任せる。マザーのことは私の方で今後も交渉を試みる。君は隕石型の驚異に集中し、STG28を導いてくれ。どのみちSTGにはそれしか出来ない。それは結果的に君を守ることにもなるだろう」

 歩み出ると膝がガクッと沈みかける。
 それでも構わず前へ二歩出ると、喋った。

「隕石型宇宙人だが、どういう訳か今はSTG29が本格的な攻撃を受けている。これはマザーの予測に無かった。本来であれば今頃28が攻撃されている頃だった。台風の予測同様、隕石型の動きはある程度予測が可能だが、それらの恩恵を我々が受けることは出来ない。そして予測は予測過ぎない。外れることもある。その為の影響が出ている。彼女らは予測に忠実に動く。マザー達も混乱しているだろう。今回は予測方位と違った結果になったが、だとしても28への襲来の可能性が無くなったわけではない。隕石型の進路は概ね決まっているし、そこに28も含まれている現実は変わらない。ただそれは本来有り得ないシナリオだったようだ。言うなれば、台風とは無縁の地域に突然進路を取るような状態といえばいい。そこには直接的な原因を生んだ何かがあると考えるのが自然だろう。私はその為の原因を探っている。彼女たちは地球側にその可能性が無いか調査している一環だ。他のSTGでもやっているだろう。これは聞いても言っても支障は無いから安心してくれ。君が楽観的であることを祈ろう。マザーからすれば、シリアルナンバーがついてしまった段階で最終的な破滅は避けられないと聞いた。彼女らの高度な予測からと思われる。ただ宇宙規模の話だから、明日どうこなるようなスパンじゃない。少なくともこれまで例外は無いようだ。我々に課せられたのは、如何に長く生き延びるかにある」

 フラフラと前へ三歩出る。
 片膝をついた。

「次に、ブラック・シング、ブラック・ナイト、これらも私が命名したのだが、ブラック・シングは君も知っているのじゃないか? 固有形状をした黒い空間物質だ。アレが何かは全く解っていない。STGでは観測できないし、STGIも似たりよったり。マザーは双方に差異を見いだせない為、十把一絡げでアレをブラック・ナイトと判定しているが、アレらは似て非なるものだ。何度言っても聞きやしない。証明出来ないからな。連中は定義できないものを纏めてしまう。アレらに言えることは多くない。とにかく重力変動の観測に注視することに尽きる。そして異変を察したら直ぐに逃げることだ。シングは、ある因子が放出される。コレが相当マズイとわかった。驚異レベルからしたら隕石型の非ではないようで、マザー達は躍起になっている。STG21の友人から得た情報だ。彼らはナイト因子の観測に成功し、それを利用した。だが、ルールを破ったことで処分された。既に死滅している。絶対に吸い込むな。浴びるな。貫かれるな。恐らくブラック・ナイトはSTG等と同じで船と思われる。何者かのね。ある意味で人口物と考えている。シングとはそこが決定的に違う。証拠は無い。そしてSTGIとアレとの相性は最悪だ。アレらが突然現れた原因についてはミッションに無いが、私は隕石型の進路と原因があると考えている。何れにしてもアレは誰も何も出来ない。通り過ぎるのを待つしか無いと、俺は考えている」

 両膝をついた。

「ジェラスについて語ろう。マザー達の枠には居ない知的生命体と仮定している。ブラック・シングやナイトとも関係があるだろう。それ以外は全く判っていない。目的も不明だ。単に賑やかそうで寄ってきた・・・なんて、こともありそうな気がしている。命名した名前の通り極めて嫉妬深い。気に入られても厄介、目障りになっても厄介な相手だ。愛らしくも恐ろしい生命体である。俺は幸か不幸か気に入られてしまったようだ。完全に自由を奪われていた。今は君のお陰で自由になったが、恐らく血眼になって探しているだろう。そして何れ見つかることは避けられない。あまりにも見つからなくて癇癪を起こされても困るから、時々、顔を出さざる負えないよ。彼女に関してはマザー達も把握出来ていないようだ。そして、ジェラスもまた観察出来ない存在であり、観測出来ないものは基本的に連中は頭数には入れない。具体的な驚異があれば別だが。今の所、俺以外は被害ねーんじゃないかね。彼女らに興味を抱くのは好奇心の強いアダンソンぐらいだろう。だが、そのアダンソンは、言ったように、ジェラスに殺されたと思われる。全て推測だ。宇宙に接続出来ていても、未知は広がるばかりだよ・・・。地球の私はそう遠くないうちに死ぬだろうが、私を探すな。私を見つけたら、それがどの勢力であろうと、地球は終わりだろう。だから私を守れとは言わない・・・」

 四つん這いになった。
 そのまま這って一歩前へ出た。

「もうエネルギーが無い・・・コレも言っておかないと・・・。アバターの運用に慣れると複数を同時に動かすことが出来るようになる。個々の能力次第だから、全員が出来るとは限らない。没入度によるし。少なくともSTGIに乗れるものは確実に出来る。STGでのアバターは知っているように活性化出来るのは一体までだ。だが抜け道はあり、複垢で可能だ。STGIのアバターはSTGとは理屈が全く違う。STGIが作っている。メイクに慣れると、複数作ることが可能だ。それはSTGIも同じで、STGIはリソースを割いて分裂可能なんだ。俺はコレをクローンと呼んでいる。ただし、100=100+100ではない。当然ながら50+50=100だ。そして分裂するほどにパワーダウンする。ロスも含めれるともっと少ないだろう。分裂メリットは多く、統合した際に、個々が得た情報や開発した能力を総括することが可能だ。だが、分裂の数が多いほど統合は難しくなる。恐ろしいのは自我を保つのが難しくなる点だ。複数人の経験が一つになる為、どれがオリジナルの経験か判らなくなる。この恐怖は経験しないとわからないだろう。そして再分裂した際に激しい記憶の断片化が進む原因にもなっていると判った。オリジナルは分裂元だから自覚が出来るが、再統合した際に一時的にわからなくなる。本当に解らなくなるんだ。統合前に自我を保て、境界を把握しろ、認識するんだ。整理した後は宇宙にストックし、忘れろ。忘れることに努めろ。これは繰り返すほどに加速度的に悪化するから。結果、何が起きるか、自我が壊れる。嘗てのSTGIパイロットにいる。認識力の著しい低下が落ち、記憶が曖昧になり、自我が保てなくなる。統合出来なくなる。リアルな分裂が起きる。統合出来なかったクローンは個別に存在し、次第に「俺」は「俺」だと思うようになる。自我モドキの芽生えだ。お前が、自分をシューニャと信じて疑わなかったようにね。それがもっと明確に起きる。進むと完全に戻れなくなる。問題は死ぬだけで済まされない点だが割愛する。アダンソンのルールは恐ろしいぞ。諜報活動やSTGIの能力開花に絶大な恩恵を与えるのは間違いない。分裂しなければいいと思うだろうが、そうはいかなくなる。いずれわかる。生命体は能力があるから利用したくなる。能力があるが故に飛躍する。飛躍すれば更に飛翔する。そして限界を知らず超える。それを多くは自覚出来ない。急速な飛躍は崩壊を生む。それでも止まらない。止められない。昔から言うように「腹八分目」にしろ。火事場の馬鹿力は、止む終えない状況の為にあるものだ。常時出したら短期で壊れる。長く生きろ」

 サイトウは完全に突っ伏した。

「来るな! 万が一統合に失敗しても気に病むなよ。巣立ったクローンは最早別人格だ。クローンはクローンで育っていけば何れ新たなオリジナルになる。俺たちは皆誰かの派生だ。兄妹だ。どのみちオリジナルの時代は遥か昔に終わっている。オリジナルがオリジナルであることにこだわりすぎると過去のような悲劇が生まれるだろう。尊重してあげろ。見分ける唯一の方法を教えておこう。オリジナルは分裂出来る。クローンは分裂出来ない。それだけだ。あのSTGI達のように悲劇を生むな・・・六機ある時にこうであれば良かったんだが・・・欲というのは実に人を愚かにする。・・・まぁ、この土壇場で君が居てくれたことだけでも幸運だ・・・生きていれば、私の方からまた会いに来る。・・・君がいい生徒で良かった・・・」

 鏡の大地にサイトウの体がゆっくりと沈んでいく。
 前回の初遭遇を彷彿とさせた。

「・・・STGでBANされるとSTGで得た記憶は全て消える。だから、もし私がSTGに新規でログイン出来るようになったとしても・・・俺は君のことを知らないことになる・・・知らない俺に出会ったら・・・育てて上げてくれ・・・頼む・・・」

 消えた。
 今は理解出来る。
 あの時に遠くで倒れた黒い何か、あれがアダンソンだったんだ。
 サイトウさんは死んだのだろうか?
 いや、違う。
 彼は死なない?
 死ねない?
 解らない。
 でも、彼は・・・何かが違う。
 それがマザーやアダンソンとの契約に由来するものかもしれない。
 そしてサイトウさんは最後まで自分ではなく第二の椅子を凝視していた。
 第二の椅子の主を警戒していた。

 第三の椅子を見る。
 前回迄は無かった椅子。
 彼の、サイトウさんの席。

(だとすると、この席は・・・)

 二番目の席を見る。
 昔からあった。
 私は夢の中で、きっと将来の結婚相手ぐらいに漠然と思っていた。

(違うんだ・・・)

 私には身に覚えないの無い誰かがいる。
 それも、ずっと前から・・・。

STG/I:第百三十一話:ルームシェア

 ケシャが肯定的な反応を示したことに家主は激しく動揺した。
 過去にプラスの反応を見た記憶がなかったからである。
 しかも、この明らかに異常な状況下で。


「・・・ブラックナイト隊の人?」

 不可解な単語。
 恐らくゲームと関係があるのだろう。
 不思議な生物でも見るような顔で彼女を見る。

「もっといいものですよ」

 派手さを感じる中年女性は、穏やかに、一方で、異なる意味を含め、ヌメリと言った。
 スーツが顔を上げると、目尻を下げ、張り付いた笑みを見せる。
 不自然なほど歯は見せない。

 その様は事情の判らない家主からすると合意の空気が流れたように感じられた。
 無力感に包まれ脱力する。

「出てって!」

 だが、ケシャは強い拒絶を示す。
 そのか細い体から想像も出来ないほど。
 家主にとって生まれて初めて聞く煌めく爆発のような声。

 それは異質な来訪者達も同じだったようだ。

 意表をつかれたのが伺える。
 彼女の発声を受け、薄っぺらい「観念」の仮面が消し飛んだように見えた。
 自我を失い、呆然とした直後、「素」が出ている。
 目を剥き、口を開け、憎悪に包まれ、震える。
 家主が見たスーツ男の歯はガチャガチャで酷くくすんでいた。

 だが、その羞悪な表情も訓練された観念により即座に是正される。

 女はその点において三人の中で最も優れていたようだった。
 ”如何にも”だけは何時までも憎悪を滲ませている。
 ダメ押しをするかのようにケシャは言った。

「ブラックナイト隊よりいいものなんて・・・無いんだから」

 その声は静かだった。
 派手女は目を見開き、笑みが張り付いたまま”如何にも”を見て頷く。
 男が彼女に歩み寄る。

 家主が間に割って入った。
 自分の中でこれほどの強い思いが湧いて出るとは思わなかった。
 何も考えていなかった。
 動いていた。

「帰って下さい」

 その言葉は静かだったが力強く響く。
 目でも”如何にも”を制する。
 だが”如何にも”には通用しない。

 次の瞬間、家主が棒のように横へ飛ぶ。
 ”如何にも”が右フックを振り抜いている。
 それを見たケシャは瞬間的に紅潮。
 呆然と座り込んでいる女からヘルメットを奪い、上体を伸ばし、両手に満身の力を込める。
 目線を受け”如何にも”が身構える。

「逃げてーっ!」

 発声と同時に振り下ろす。
 彼女は体の向きを変えている。
 ターゲットは派手な中年女性だ。
 迫るヘルメットを見て派手女は恐怖で顔を歪める。

 だが、寸ででスーツ男がケシャの左腕を掴み、手元に寄せながら下へ引く。
 スーツは武道の心得があるのか、振り下ろす最大パワーが出る前に力を削いだ。
 派手女は両手で恐怖に歪んだ顔面を庇う。
 のけぞり、廊下に後ずさると壁に背中をぶつけ、尻もちをつく。
 手を掴まれたケシャは姿勢を崩し、踏ん張れず、余力で倒れた。
 そのままスーツに肩を抑え込まれる。

 ヘルメットが乾いた音をたて床に落ちた。

 ”如何にも”は自身の防御姿勢に気づき、羞恥心が憎悪に変わる。
 それは派手女も同じ。
 薄っぺらい観念の笑みが簡単に剥がされ自尊心が傷ついた。
 憤り、震え、治療中の歯を剥き出しにし、猫の威嚇のような声を上げた。
「やるぞ」
 ”如何にも”が派手女に聞く。
 ドスの聞いた、本職にしか成し得ない声。
「やって!」
 派手女は本来の目的を忘れ、怒りにまかせて言ってしまう。
 同時に頭の中では打算が働く。
「ヤツが勝手にやったことにしよう」そう考えた。
 考えながら何故か意識を失う。
 静かに横倒しになる。

 憤怒の形相で”如何にも”がケシャに手を伸ばした時、
 暴力のプロとしての本能が異変に気づく。
 だが、それは手遅れだ。
 次の瞬間には拳が顔面をとらえ、追撃の二手で朦朧とする。
 そして穴に落ちるように意識を失う。

 スーツがそれに気づいたのは全てが終わった後だった。
 立ち上がった筈なのに自分の意思とは無関係に視線が下がっていく。
 そして強い衝撃と共に床と同じ目線になった。

「入りました」

 女の声。
 ”如何にも”を強襲したのは女だった。
 嘘みたいな十等身。
 映画の中から抜け出たような鍛え上げられた艶美な肉体。
 タイトでエナメル調の赤黒いボディースーツ。
 戸口から突然現れると、豹のように低く美しい姿勢から腕が伸びインパクト。
 それで”如何にも”が悶絶。
 エナメルの女は予備弾倉のように太ももにセットしてある注射器を無造作に手に取る。
 キャップを取ると、慣れた調子で”如何にも”の腕に刺す。

 スーツはそれを見て迎撃しようと立ち上がった。はずだった。
 今何が起きているのか、どうして自分は床に這いつくばっているのか。
 言えることは、首が痛い、背中が痛い、息苦しいということ。

「はぁーっ・・・動きにくいなぁ・・・たまんない・・・」
 言葉から響くストレスの一方で興奮しているのが伺える。
「ハイ、カット!」
 カメラを持った男が入ってくる。
 エナメル女が後ろに束ねた腰まで届く黒髪をセットし直す。
「こんなんじゃウンコも出来やしない・・・」
 エナメルは丹精な顔立ちに似合わずハッキリと言った。
「おい~そういう台詞はカメラが回っている時に言ってよ~。それに、そのためのジッパーがついているんだろ?」
 ガタイのいいカメラ男がガニ股を開き、股下でジッパーを操作する動きを見せる。
 昭和のコントで出てくる泥棒のように髭が口の周りを覆っている。
 濃く太め、でも頭髪は薄く、いつカットしたのだろうといった風情でボサボサだ。

「俺がトイレだ」

 スーツ男子の頭上で声がした。
 どうやら自分はソイツに肩をきめられ、背中を抑え込まれているようだ。
 いつ?

 彼を抑えている男が言った。
 涼しい顔をした今風の顔。
 顔は小さく目は細く切れ長。
 どこにでもいるような普段着だが妙に似合う。
 極普通のジーンズに綿の白長袖シャツ。
 ローライズではない。
 バンドもしている。
 シャツには無地で、プリントも無い。
 着込んだ風ではなく、卸したてに近い印象。
 チラチラとヘソが見えた。
 エナメルは表情を一変させると耳に手を当て、言った。

「ミッション完了。ターゲット確保。修羅場でした」

 簡単な言葉を交わすと相槌をうっている。

 ケシャがエナメルを猫のようにじっと見つめている。
 話し終えると、彼女はミチミチと音をたてながら両膝を床に着き言った。
「驚かせてごめんなさい。・・・ドラゴンリーダーの部下です」
 エナメルは詳細な情報をすっ飛ばした。
 険しいケシャの眼に光が戻ってくる。
「シューにゃんを助けて! 力を貸して!」
 目に涙をためる。
 皮膚が斑に赤くなっている。
「わかりました。どうすれば助けられますか?」
 出会ったばかりの女達はまるで旧知の友のように話し始める。
「出た方が良くない?」
 カメラを担いただ男が出た腹を掻きながら聞いた。
 エナメルはカメラ男を手で制し、ケシャとの話を続けている。
 爽やか男子は、床に捻じ伏せたスーツ男を起き上がらせる。
 もう無抵抗。
「本拠点へ連れて行こ」
「わかった。俺たちは車に戻ってる。通報されているかもしれないから、急いで」

 エナメルは頷くと、ケシャの瞳を一心に見つめ聞くに徹していた。

*

 タイムプラスで雲が流れる青い空。
 日本では最近余り見られなくなった幾重にも伸びる筋状の雲。
 スチールグレーの床が鏡のように空を反射している。
 三十メートルほど先に白い丸テーブル、椅子が三つ。
 歩き出すと硬い音が響く。
 革靴を履いている。
 左右に首をふる。
 地平と空しか見えない。
 その割には靴音が響いた。
 まるで狭い空間での響き方。
 更に二歩三歩を進める。
 テーブルは遠い。
 男は「ああ」とばかりに頷くと言った。

「テーブルの前へ」

 空間がゴムのように伸びると、一気に縮む。
 目の前に白いテーブル。
 男は満足そうに笑みを浮かべる。
 蔦がデザインされた鋼鉄製の白い椅子。
 重々しい椅子を引いて座ろうとすると、動きが止まった。
 目線を上げ、第三の椅子の方、そのずっと先を見る。

「いるんでしょ、貴方もどうぞ」

 何もない筈の空間から男がスルリと現れる。
 遠かったが、まるでズームしたかのように見えた。

 ボサボサの髪。
 あまり手入れされていないのが伺える。
 中途半端に伸びている髭。
 身長は百七十五センチぐらいだろうか。
 アポロ13号で観たような古いタイプの宇宙服を着ている。
 中年だがたるんでおらず、ガッシリしており、見るからに働く肉体。
 服の上からでも把握出来た。
 ヘルメット越しにも頭がいいことが判る。
 少年を感じさせる人懐っこい顔だ。
 男は何かを諦めたように笑顔で喋りだした。

「驚いたな。まさか一発で見抜かれるとは・・・末恐ろしい」
「気づいちゃう人なんだ、昔から。それとココは僕の夢の中だから、ね」
「・・・昔からとは、何歳ぐらい?」
「ん~、自覚出来たのは小学校三年生。でも五歳にはもう」
 鏡の男は驚いている。
 そして訊ねた。
「君は誰だ?」
「私?・・・私は・・・」
 男の表情がみるみる変わる。
 我に返るとはこのことだろう。
 戻ってきたのがわかる。
「サイトウさん・・・」
 感嘆の声が混じる。
 鏡の男はサイトウだった。
「忘れるな。認識しろ。認識に生きろ。まずは考えるな」
 漫画のようにどっと汗が吹き出るのが感じられる。
「私は・・・」
「STG28でシューニャ・アサンガと名乗っている。だな?」
「はい・・・はい、そうです」
「そして今、STGIに乗っている」
「どうしてそれが・・・」
「・・・なるほど」
「何か?」
「まず最初に、ココでの会話は聞かれている」
「誰に?」
 サイトウは二番目の椅子を見た。
「え?」
 誰も座っていない。
「長くは話せないし、枝葉末節に展開させる余裕も無い。出来るだけ簡潔に、一方で象徴的に伝えようと思う。ちなみにココは君の中でも無く、夢でも無い。覚えておくように」
「あの、色々、えっと・・・頭が回らない、です」
「うん、それでいい。及第点。認識に努めて。自分を誤魔化して得は無い」
「STGIのことを色々聞きたいんだです!」
「わかる。私もそうだったから。でもココでは出来ない」
 男は何か聞きたげだったが、サイトウは遮る。
「今は私が一方的に伝える。君は聞くに徹しろ。そして理解するよう努力してくれ。無理の無い範囲でね。理解できない事は一旦棚の上へ。棚の上とは、忘れることじゃないよ。何れやる課題だ。言ったように時間も無い」

 サイトウは自分が宇宙服を着ていることに初めて気づいた風に見えた。
 ヘルメットを外すと脇に抱え僅かに近づいた。

 カメラが寄ったり引いたりするように彼を見れる。

「まず、STGIの話しを詳細にするにはお互いがSTGIに乗る必要がある。宇宙に接続しない限り伝えるのは無理だろう。理由は単純でSTGIは言語化出来ない部分が多い。共通認識に無い存在だ。加えて君と僕では見ているものも違いすぎる。例えるなら、木を見て森を見ず。今の君は見えても『木』がせいぜい。侮辱しているんじゃないよ? 知識と経験の差だから当然だ。私もそうだったからね。今は木は見れても森は見れない。それは当然のことだから。通り過ぎないとわからない。今は木を見ることに専念してくれ」

 更に少し近づく。
 まだ十メートルはありそうだ。
 声は距離に関係なく、ノイズも無く、均一に聞こえてくる。
 耳を通してというより直接データが流入してくる感じに近い。
 見えているビジョンと声の距離感が違う。

「STGIという用語も私が考えた。なお私のSTGIは奪われている。ジェラスと命名した宇宙人に。彼女から逃れる術は今のところない。君は自覚が無いだろうが、君のお陰で私は自由の身になった。ありがとう。でも、それも一時的なものだろう。私のSTGIは裏返っている。君のは表だ。表と裏で話すことは難しい。君の裏側は今ブラック・シングに捕らえられている。筒状のヤツだ。君は裏に乗るな」

 また三歩近寄る。

「君を助けるようアダンソンに言われ、私がそうした。そのアダンソンは死んだ。殺されたと言っていいだろう。恐らく犯人はジェラス。STGIがどこから来るか気づいたんだと思う。アダンソンが残した痕跡があるだろう。私も探すが君も頭の片隅に置いておいてくれ。マザーは証拠にこだわる。ブラック・シングには固有の形状があるが、今は割愛しよう」

 また歩み寄ったが、今度は五歩。

「STGIだが、肝心なことを言っておく。既に少しは経験しただろうが、莫大なパワーを使える。その力は創造に等しいと言っていい。だが、燃費は悪く、莫大な代償も伴う。君も恐らく少しは味わっただろうが、そんなレベルのものではない。契約内容を覚えていないだろうが、必ず思い出せ。痕跡はある。でないと手遅れになる。契約を理解していないと飲み込まれる。嘗てのSTGI搭乗員のようにね。契約内容を思い出すまで力はセーブしろ。力の行使は即そのまま契約成立を意味する」

 サイトウは彼を見て眉を寄せ、二歩下がった。

「そうだな・・・。例えばだ、詐欺だったとしても身に覚えの無い商品にお金を少しでも払ったら後でややこしいことになるだろ? それと同じようなものだ」

 笑みを浮かべると一歩前へ出た。

「今は意味がわからないだろうが表と裏に同時に乗るな。そして絶対に表と裏を近づけてはいけない。格納したエネルギー次第ではあるが、三十%程度でも太陽系程度は消し飛ぶだろう。問題はそれだけでは済まされない点だ。詳細は省く。忘れるな」

 サイトウは表情を見て含みを持って言った。

「今はエッセンスだけ蒔いておく」