STG/I:第百三十五話:謀反


 それは問いかけのようでいて、確認のようにも感じられた。


 エイジは名を聞いた途端恐れは消し飛んでいた。
「シューニャさんを知ってるんですか?」
 この場にミリオタは居ない。
 STG28の関連施設を巡回している。
 痩せ細った侍風の老人は、袂に手を差し入れたまま、遠慮の無い目線で品定めをする。
「リアルでは虐められ、引きこもりの餓鬼といった感じだな・・・」
 エイジは驚きで目を丸くする。
「餓鬼はお母ちゃんのオッパイでも吸って寝てろ」
 老侍の頭上にペナルティポイント赤く付く。
「鬱陶しい! なんなんだコレはさっきから! ったく・・・」
 頭上を蠅でも振り払うように手で払いのける。
「オッパイの何が悪いんだ。お前らも吸ったからココにいるんだろうが」
 赤く数値が加算される。
 彼の顔も赤くなったが、次の瞬間にはその激高が嘘みたいに落ち着く。
 エイジを見た。
「おい餓鬼、ココの大将を呼べ」
 周囲の本部委員は彼を見た。
 エイジは気圧されること無く言った。
「・・・シューニャさんは、いません」
 その声は小さく、唇は震えている。
 彼への恐怖心なのか寂しさなのか。
 その両方か。
「お前は日本語がわからんのか? ココの大将を呼べと言ったんだ」
恫喝しているという風でも無いのに背筋が寒くなる。
 その声はこれまでのトラウマを呼び起こすのに十分な迫力があった。
 それは亡者の手のように伸びると、胃を鷲掴みにし、引き釣りだそうとしているかのよう。
 身体が小刻みに震えてくる。
 指を噛んだ。
 シューニャの顔が浮かぶ。
 思い出の彼女は何時も笑顔。

 彼は顔を上げると辛うじて老侍の目をチラリと見る。
 見た瞬間、身体が硬直する。
 深淵を覗いた気がした。
 悪魔と目があったような錯覚。
 声色からすると痛烈に威嚇しているようで、冷めているのが感じられる。
 寒気が止まらない。

 怖い。
 心底、恐ろしい。
 あの眼は慣れている目なんだ。
 暴力に。
 血肉になるほど。
 胃がキリキリする。
 重く感じられる。
 ストレス。これがストレスなんだ。
 最も苦手で、最も不愉快なタイプ。
 願わぐば・・・この世から消えてて欲しい人種。

 過去の様々な恫喝が我先にと蘇って来る。
 呼吸が荒くなる。
 苦しい。
 恐怖に心が満たされそうになった時、声が聞こえた。

「私を助けて、エイジ」

 シューニャの声。
 浮かんだその顔は孤独だった。
 エイジは歯を食いしばると、再び頭を上げ、目を剥き全身を震わせながら言った。

「僕が・・・この本拠点の、宰相です」

 大きくは無いが断固たる表明。
 多くの者がエイジを見た。
 その意外性の確認と、勇気を目に止めようと。

 老侍は冷めた目を丸くする。
 突然膝を叩くと、割れんばかりの大声で笑う。
 一人だけ。
 彼の従者を含め皆が驚いて彼を見る。
 その異様さに。
 膝を叩いて笑うという表現は聞いたことがあるけど、本当にするんだとエイジは思った。
 老侍は目だけで人を殺せそうな形相で言った。

「餓鬼・・・嘘だったら・・・わかるな」

 自分が知らない世界の片鱗を見た気がした。

*

「ビーナス、観測ポイントに接近」
「巡航速度へ」
「御意。STGホムスビ、巡航速度」

 ビーナスと静はマルゲリータ中隊長の許可を得て、未確認飛翔体を目視したポイントへ向かった。それはマルゲリータ中隊初の公式任務となる。

「長距離通信は断絶中。マザーはオフライン」
「ソナーは打てませんね」

 ソナーはマスターやマザーの許可無しに打つことは出来ない。
 パートナーがマスター無しに単独行動することは可能だ。
 しかしあくまでもマスターの指示あっての行為である。
 ソナーのような重要な判断を単独で下すことは出来ない。

 彼女らが単独で動く場合、索敵が主たる目的になることが多い。
 他にも、複数機のSTG28を所有する場合、マスターとパートナーでそれぞれ搭乗するケースもある。主にソリストに多い。
 パートナーは別の機体に登場中のマスターをフォローすることは可能。
 人間のような混乱は一切起きない。
 それでもマルチタスクに伴いリソースの多くを割かれることになる。
 部隊パートナーは武装の操作は強化されており、搭乗員パートナーより多くの兵装を同時に扱うことが出来る。しかし、それはマザーに接続されていることが大前提になり、同時に部隊の装備に限られる。

 二人は自分達にある種の異常性を認知しながら、一方で、行動出来る理由を理解していた。
 ビーナスはマスターを捜索する理由。
 静はビーナスの要請に従ってのこと。
 原理原則は変わらない。
 それ以外の案件では動かないし、それ以外の視点はあっても可能性は無い。
 ミリオタが嘗て言った言葉通りであった。
 マルゲリータ中隊長が、拒否をした場合、当然彼女達は別の任に当たったであろう。

(でも、今の静ならどうだろうか?)

 ビーナスは静に起きているある種のエラーを観測し続けている。
 オフラインになった彼女にはビーナスには起きていない判断材料が明らかにあった。
 部隊パートナーは部隊の為の存在であり、個体を優先することは無い。
 でも今の静は明らかに私情のようなものを優先しているように見えた。
 今こそ部隊パートナーの出来ることは広範囲に渡る。
 にも関わらず、静は当然のようにシューニャの捜索に乗り出す。
 それは部隊パートナーのロジックからすると明らかな選択ミスだ。
 でも、ビーナスは問わなかった。
 彼女の答えは想定出来る。

「シューニャ様を帰還させることが最も利する行動と判断したからです」

 それは一件通りのいい答えだったが、同時に確率の低い行いとも言える。
 最も確率の高い行動に出るパートナーから逸脱している。
 今のビーナスであっても、その選択肢はとらないだろう。
 彼女の変化は少なからずフェイクムーンで影響からだろうと推測している。
 ビーナスはこの遠征で見極めるつもりだった。
 マスターに利する為に。
 
「噴射痕を観測」

 人間と違い、パートナーは目に頼りすぎない。
 人間は多くの情報を目に頼り、他の情報を蔑ろにする傾向がある。
 それだけ目による映像情報が多くを語るからと同時に、他の入力装置が弱い。
 近年それは顕著になってきている。
 パートナーはセンサー寄りの判断をする。
 言い換えると総合情報を重視する。
 視覚情報は判断の一材料に過ぎない。
 見えているものが必ずしも「ある」とは限らない。
 事実、地球人は見えないモノを見ることが出来た。
 脳が誤って見せることがある。

 物理的存在が推進装置を利用した際、必ず「噴射痕」を残す。
 ビーナスは、フェイクムーンが地球へやってきたのも恐らくそれが理由であろうと一つの仮説を立てている。シューニャには問われなかった。
 パートナーは魔法のランプの魔神と同じで、主人が思いつかない行動はしない。
 半歩先を行くことはあっても、一歩先には行かない。
 人類が一歩先へ行く自分以外の存在を良しとしないからだ。
 過去の蓄積で明らか。

 マザーが他文明の存在を知る効果的な追跡の足がかり。
 それが「噴射痕」であり、「デブリ」であった。
 広域センサーで一瞬で検知出来る。
 ソナーのように相手に悟られる可能性が低い。

 噴射の痕跡は時間経過と共に減衰する。
 それでも地上の様に風の流れは無いので比較的長く滞留。
 装置によっては、まるで川のように何時までも痕跡を残す場合もある。
 例えば地球のロケットエンジン等はそれに当たる。

 それもありビーナスは真っ先に捜索を申し出た。
 痕跡がある内に。
 マスターを捜索するチャンスがあるとしたら今であると。
 ビーナスにとっては本拠点よりもマスターが常に第一。
 静はビーナスの要請に待ってましたとばかりに乗っかった。

「追えそう?」
「ええ」

 静はマルチフィンガーを展開し、ピアノのハンマーが忙しく動くようにキーを叩いた。
 今の静はSTG28にダイレクトに接続することは出来ない。
 ビーナスによってインターフェイスを焼かれている。
 修繕は出来なくも無かったが、静はそれをしなかった。
 その判断そのものが人間を模倣しているように感じられる。
 静がシューニャの前でマルチフィンガーを見せることは無い。
 その理由を問うと、
「だって、シューニャ様だってそうでしょ?」と言った。
「人間を模倣しているのでしょ?」と聞くと、
「自分でも解析中なの。・・・なんだろ、見せたくないの」と返した。
 感情の模倣。
 アンドロイドに感情は無い。
 今の静は感情の模倣に膨大なリソースを割いている。

「マルゲリータ中隊長のSTGトーメイト噴射痕と断定。追跡します」
「了解」

 それは道のように続いている。
 そして、その痕跡が強く出た。

「減速したポイントと思われます。報告データと一致」
「静、頭頂して船体を制御、私はフォローに回ります」
「御意」

 複座にいた静が飲み込まれると、次の瞬間には先端に移動。
 端部の全天球型コックピットにその姿を現す。
 漆黒のアンドロイドスーツに身に纏い、黒髪を翻し、手を広げた。
 船体や戦術兵器を手足のように扱える。
 そこは嘗て貫かれたポイントでもあるが、人間のようなトラウマは存在しない。
 
「中隊長の発言からすると、この方位、この距離内に未確認飛翔体が居たはず・・・」
「噴射痕はなし、デブリ反応にも異常なし」
「移動します」
「了解」
 彼女が身をかがめるとユルリと進みだした。
「戦闘の痕跡なし」

「STGIのデブリもセンサーに反応しないとか?」
「わからないわ。でも、本船の制御を離れた破片が何らかの性能を維持することはあり得るから、可能性はあります」
「感度を上げます」
「了解」

 感度を上げると、より小さな情報がマップで埋め尽くされる。
 人間なら到底読み解け無い情報量。

「痕跡なし」
「仕方ないわね」
「もう少し・・・もう少し索敵範囲を広げる?」

 この提案自体がビーナスにとっては意外。
 二人で最も安全性を鑑みた上で決めた索敵プラン。
 それをこの場で覆そうというのだ。
 人間ならともかく、アンドロイドが。

「静、」
「ごめん・・・判ってる」
「帰還しましょう。私達の出来ることは他にもあります」
「シューニャ様であれ、他の何かであれ、この問題を放置していいとは思えない」
「それは同意しますが、議論は尽くした筈です」
「でも、何も無いのにマルゲリータ中隊長が足を止める、違和感を感じたというのを放置するのはどうかと思うの。シューニャ様が、彼女の言葉には耳を傾けるようにって、言ってたわよね!」
「議論は尽くしたと言いました」
「もう少し・・・」
「人間が見間違うのは確率の高いことです。今、ここで低い可能性にかけ、時間を浪費する行為はアンバランスよね?」
「うん・・・」
「以上、帰還します」
「待って! 何も無いというのが引っかかるのよ! 中隊長のあの索敵スコア、これまでの実績で、何も無いという方が不自然じゃない? 可能性はけして低くない。論理的な数値化は難しいけど・・・」
「数値化出来ないテーマを入れると・・・」
「判ってる。判ってるけど・・・」
「・・・困った子ね静は・・・」
「ビーナス」
「判った。やりましょ!」
「ビーナス!」
「貴方の言う可能性は否定出来ない」
「有難う・・・」
「何を言うの。可能性にかけましょう。索敵プラン変更、ロードして」
「御意!」 

*

「こんな餓鬼が宰相とは・・日本も地に落ちたな・・・」

 確認は直ぐとれた。
 さぞや老侍は怒り心頭かと思いきや、項垂れた。
 でも、次の瞬間にはこう言う。

「代われ」
「えっ?」
「代表を俺に代われ。荷が重いだろ?」
「・・・」

 荷が重い。
 確かに荷が重い。
 もう嫌だと何度も叫んだ。
 でも、何故か即答出来なかった。

「シューニャのヤツ、相変わらずの甘ちゃんなんだな、変わってない」
「・・・」

 どうしてだろう。
 安堵している自分がいるのに。
 「はい」と言えない。
 どうして?
 自分が判らない。
 楽になりたいのに。
 僕には荷が重過ぎる。
 なのに、どうして。
 どうして言えない。

「辛かったろ? シューニャはそういうヤツなんだよ。可能性がどうとか、才能がどうとか言ってな、たぶらかしてやらせる。そして裏切られる」

 エイジは顔を上げる。

「無いんだよ可能性は。才能があれば最初からやってるっつーの。唆されてやっている時点で、お前の才能はたかだかしれている。その程度のもんなんだよ、ヤツの言う才能なんて。所詮は凡人の領域だ。目くそ鼻くその世界。俺からしたら、そんな程度は才能じゃねーよ。それなのにヤツと来たら、迷惑な話だよな? 辛かったろ? 苦しかったろ。その時点で才能が無いんだよ。だから代われ」

 やっぱりそうなんだ。
 知ってた。
 僕なんて何も才能なんて無い。
 だからこうなんだ。
 だから、これまれでも、これからも、そうなんだ。
 僕は・・・初めからクソなんだ。
 知ってた。
 騙されたんだ。

「耳を貸すな!」
 ミリオタ達が帰ってきた。
「なんだコイツら? このクソ忙しい時に次から次へと!」
「そうですよ! 天主様のマッスルを知らないヤツが、よく言う!」
 マッスル三男は、エイジのことを天主様と呼び敬愛している。
「見ろ兄ちゃん、あの筋肉。大胸筋が泣いているのが聞こえるようだ」
 次男も続く。
 だが、何時も調子のいいマッスル長男は黙っていた。
 そして歩みを制した。
 顔が険しい。
 ミリオタは構わず、行こうとすると袖を掴まれる。
 よろけた瞬間にマッスルが耳元で言った。
「気をつけろ・・・二メートル以内に近づくな」

 老侍は再び遠慮の無い視線で値踏みすると言い放った。

「スパイ崩れに、筋肉バカか。リアルと同じで日本は人材不足だねぇ~、平和ボケが」
 ミリオタの顔が強ばる。
 マッスル長男が睨み返す。
「人殺しが、偉そうに語るか・・・」
 マッスルは静かに言った。
 老侍の両脇で跪いていた二人がいつの間にか立ち上がっている。
 マッスル長男も全身がパンプアップ。
「道場自慢・・・私が・・・」
 白Tが言う。
「黙ってろ」
 二人は再び跪く。
「兄ちゃん、アイツ日和ったよ!」
 笑う三男に対し、長男の表情は堅いまま。
 老侍は、エイジに目線を戻す。

「代われ。それで全て済む」

STG/I:第百三十四話:アース

 誰かが“境界越え”について本部に問い合わせた時エイジはようやく思い出した。
 この騒動はそこを端に発していたことを。


 義母の迅速な対応でSTGや主要な施設、装置は固定された。
 重力による衝撃の影響も即座にチェック。
 異常が無いことが確認。
 STG28に関しては本船コンピューターとパートナーによる詳細な検証も実施。
 それは感動的なほど見事なものだった。
 固定出来ない小道具や食品等の散乱、破損等はあったが、それらは分解措置によって一瞬で消される。
 まるであの衝撃が無かったようですらある。

 だが、問題は特殊アバターの搭乗員。
 不幸中の幸いだったのはプレイヤーの絶対数が少なかった点。
 特殊アバターでも筋肉質であったプレイヤーは自身を衝撃から守ることが出来た。
 でも筋肉質を嫌うプレイヤーは昨今少なくない。
 ましてや握力設定を重視する搭乗員はほとんどいない。
 被害に拍車をかけたのは標準設定が低い点だ。
 ほとんどのプレイヤーはデフォルト設定でメイクする。
 
 ミリオタは重要施設の目視巡回をマッスル三兄弟ら有志と共に実施している。
 この期に及んでも機械を信じられないのだろう。
 寧ろ今回の件で決定的となった部分がある。
 義母からすれば地球側の指示が無かった為という弁だが彼には通用しない。
 ほとんどをオートメーション化することは可能だ。
 問題は「ほとんど」とはどこまでを指すかである。
 結局それを詰める必要がある。
 宇宙人と地球人の条約に関わる部分だが、それは最早複雑怪奇でブラックボックスに近い扱いになっている。
 その解明に乗り出した搭乗員の一人がシューニャだった。
 また、仮に全てを任せることが出来たとしても、地球人がそれを指示することは無いだろう。
 それは事実上の主権放棄を意味してしまう。

 立て続けに起こるトラブル。
 境界越えの可能性すら考えられなかった自分。
 無理からぬ事だったが、エイジは顔をくしゃくしゃに頭を抱える。
 パートナーのシャドウが妖精のように小さなホログラムで目の前に現れると言った。
「シューニャ様はこういう時『出来ることを確実に』と言っております」
 エイジは真っ黒な身体に水色の瞳をもった小さなシャドウを見つめると頷く。
「そうだね・・・『出来ることしか出来ない』だったよね。ありがとう!」
 悠長にメモに目を通している時間が無くなってきた為、エイジはシャドウにシューニャ発言集を記憶させ、該当しそうなシチュエーションで言って欲しいと伝えていた。
 これまでそうしなかったのは恥ずかしさからだ。
 もし万が一でも漏れて、誰かにバレたらと思うと出来なかった。

 問い合わせると、義母は正確な座標が不明を前提に言った。

「約三万キロメートル手前で静止、推定された元の位置まで航行を続けております」
 間に合っていたのだ。
 指示通り調整されていた。
 もし気づくのが遅かったら。
 もし指示を誤っていたら。
 事の重大さを知る者だけが各々肝を冷やす。
 特にエイジは生まれて初めてある種の恐怖を感じる。
 指示をした者だけしか判りえない恐怖。
 責任だ。
 こんな重責にシューニャが耐えていたんだとエイジは震えたが、同時に誇らしくも感じた。

 作戦室からは安堵の声が漏れると同時に、「なんだ余裕じゃねーかよ」とか「脅かさないでよー」といった声が幾つも上がる。
 でも、事情に多少なりとも明るいと思しき隊員の一人が言った。
「宇宙規模なら目と鼻の先じゃないかな・・・」
「マジ?」近くの美少女型アバターが訊いた。
 知人では無いようで、少し躊躇いがちに彼は言った。
「光なら一秒で約三十万キロメートル飛びます。それを考えると・・・」
 チラチラと彼女を見ながら恥ずかしそうに答える。
 彼の言う通りだった。
「ゲッ! 怖っ!!」
 驚きの表情を見せ、小さき声を上げる。

 安心したのか、

 一つの部隊長が自身の隊の安否確認も兼ね戻る許可をエイジに求める。
 許可すると足早に作戦室を出ていく。
 驚いたのは、それを見て他の部隊員が確認することもなく蜘蛛の子を散らすように出て行った点だ。
 エイジからしたら想定外の行動。
 こうした行動がここ暫く混乱の要因を生んでいる。
 許可を出したのは彼に対してであって全員ではない。
「いい大人達がそんなことも判らないのか」と憤りが沸いたが、タイミングを逸してしまい、止めることなく、黙って見送る。
 これらはミリオタのストレスの原因でもあった。
 浮上する喪失感。
 同時に自らの統率能力の無さ。
 意思の弱さ。
 無力感に苛まれる。
 疲れている自分に気づかされ、疲労感を増す。
 シャドウが出るまでもなくシューニャの言葉が過った。
「君は向いていると思うよ」
「誰だって最初は素人だから」
 芋づる式に記憶が掘り起こされる。
「私は君が天才だとは言わない。でも、間違いなく才能がある。全体をよく見ているし、ある種の瞬発的判断力もある。私が指揮していた時ブツブツ言ってたでしょ。聞こえてたよ」
 脳裏のシューニャが笑い、思うわず微笑んでしまう。
「世の中は天才とそれ以外で単純に分け割れられるものでも無いと私は考えている。何より圧倒的大多数は凡人だ。言い換えると、凡人の質によって社会の質は成り立っていると言っていい。良い悪いじゃなくてね。それに皆天才だったら、それはつまり全員凡人ってことになっちゃうでしょ? 天才には天才の、凡人には凡人にしか出来ないことがある。天才を一人リアルで身近に知っているけど、肩の荷はとても重いよ。私だったら到底耐えきれないね。でも本人は平気な顔をしている。そんな天才だって欠けている部分が多い。裏を返すと皆必ず何か才能を持っていて、同時に何かが欠けている。天才も含め、足りない力をお互い補い合えばいいと思うんだ。活躍するフィールドが違うんだよ。お互い様なんだ。聞いてよ、その天才なんか直ぐ人に頼むんだよ。自分でやらずに。『助けて!』『手伝って!』『ありがとう!』それでいい。・・・ココへ来て私は痛感したよ。・・・だからエイジ、私を助けて」
 エイジは知らず目に涙を溜めていた。
 そして力強く立ち上がり声を上げる。
「誰か、手を、知恵を! 僕に貸して下さい!」
 彼らしからぬ必死な声に残った者達が手を止め、足を止めた。
 一部の者達は侮蔑的視線を向けたが、彼は自分に共鳴してくれそうな者だけを見た。
 視線に誘われ、幾人かが集まっていく。
 中にはフレンドに声をかける者達も。

 遠巻きに眺める集団に、一つの疑問を抱く者達がいた。
 エイジ達ほど必死になれず、一方、憎しみを抱くほど興味も無い。
 来て間が無いか、惰性で続け、何れにも肩入り出来ないプレイヤー。
 それ故に気づいた。
「もしマザーが復帰し、正確な位置が判明していた場合、実はエリア28を越えていたとしたらどうなるのだろうか?」という視点。
 マザーを多少なりとも知る者なら簡単な問い。
「本拠点は融解されるだろう」である。
 彼らは声にすること無く、緩慢な作業を続けた。

 混乱から脱しつつあるタイミング。
 ようやく仕切り直そうかという時。
 嵐はやって来る。

「お~お~凄いな! ゲームも遂にここまで来たかっ! 長生きするもんだな!」

 彼に対する作戦メンバーの第一印象は「声がでかい」である。
 そして「違和感」だ。
 
 皺が多く、浅黒い顔。
 老齢の設定なのだろう。
 身体は瘦せているが筋肉質で、筋張った印象。
 身長は百五十センチ程度で、丁度、昔の日本人を彷彿とさせる。
 目は肉食動物のように大きく圧が強い。
 通常の表情では目を閉じる設定のようだ。
 それが開いた時の目の印象を一層強くした。
 野武士のような髷、伸び散らかした口髭と顎髭。
 薄汚れたような和装。
 何故か迷彩カラーだ。
 加えてダメージ仕様と何気に凝っている。
 皆はこれまでの経験から、こうした特殊な外観のアバターが、本当に協力的だったり、心から友好的だったことは稀な気がした。
 ここまで凝っていながら、どうしてこのような外観をメイクしたのか。
 それが違和感の正体。

 大きいのは声だけでは無い。
 態度もだった。
 第一声からしてアレである。
 ここは他ならぬ本拠点の作戦指令室。
 誰しも無意識に気が引き締まる場所のはず。
 彼の声にはそうしたものが無かった。
 作戦指令室の主達を空気のように無視し、歴戦の勇者のように振舞っている。

 奇妙なのは老侍に控える両脇のプレイヤーもだ。
 長身で美人のアバターと、彼女よりずっと背の低い美形のアバターが付き添っている。
 従者にしては外観に統一感が無い。
 二人は和装ですら無い。
 合わせる気がゼロ。

 左の美人は長身で、アバターはSF的かつ露出度が高い。
 ほとんど下着同然の恰好に機能性を無視した意味不明な突起物が彼方此方についてる。
 先端のファッションショーで見るようなデザインと言えば話が早い。
 ある意味では最もゲームらしい出で立ちではある。
 露出は恐らく限界設定だろう。
 こうしたアバターは他のプレイヤーによる苦情が問題だ。
 ハラスメントやヘイト値に影響が出るのだが、ペナルティポイント一定量貯まると修正を要請される。
 それを避け、今ではココまで露出が激しいのは珍しい。
 新人がやりがちだが、今はキャラメイク時にも警告が出る。

 右の美男子の違和感も凄い。
 今風の小顔でシャープな顔立ち。
 アバターは自分の普段着を模しているのだろうか?
 普段着にしても珍しい。
 ややラフなサイズの白い半袖Tシャツに、タイトめの白いジーンズ。
 ベルトはしておらず、シャツは出している。
 シャツの丈は短いわけでは無いが、大きめだからか、動くと臍がチラリと見えた。
 ジーンズがローライズだからか。
 アクセサリーは付けていない。
 顔を見ると、目が大きく、まつ毛がエクステしたように長い。
 吸い込まれるような美形で、パッと見で女性と見間違えても不思議じゃない。
 肉体も女性のように滑らかであり、柔らかい筋肉が垣間見える。
 ただし性別の違いはパイロットカードで一発だ。

 二人は三歩下がった位置に立ち、頭を垂れ、目線を下にしている。

 更に驚かせたのは背後の者達。
 三十人はいる。
 全員がデフォルトにある人気アバター、軽装型宇宙戦闘服。
 しかもフルフェイスを装備したパターン。顔が見えない。
 迷彩柄で統一している。
 このアバターはデザインの良さは元より、外観オプションが豊富なのが人気。
 だが、個々の違いを見出だせない。
 恐らく同じ設定なのだろう。
 身長や身体の線、体格差から男女混合とわかる。
 体格は恐らくデフォルト設定だろう。
 彼らはまるで軍隊のように見えた。
 従者かパートナーであるかのように付き従っている。

(軍隊じゃあるまいし・・・)

 まさに居合わせた者が思った。
 パートナーではなくプレイヤーではあるようだ。
 名前の表示がプレイヤーのそれだ。
 沈黙と共にあるが、はち切れんばかりの興奮と熱気が伝わってくる。

 暁の侍から本部付になった武者小路は訓練されたものを感じていた。

 ステータスから新規プレイヤーであることは判る。
 それが却って疑問だ。
 ログインしたてのプレイヤーが本部の作戦指令室に入室することは普通あり得ない。
 そういう発想にならないし、そもそも入れない。

(いや・・・出来る方法があったな・・・)

 武者小路は新規プレイヤーでも可能であることに気づいた。
 入隊したのが今のブラックナイト隊なら可能だ。
 現在自動承認設定になっている。
 一定の案件に抵触していない限り即刻入隊が受理される。
 この案件が新人には該当しないものばかりで、新人にとっては事実上のフリー。
 その上、筆頭部隊である為に作戦室へ特別な入室許可が必要ない。
 他の部隊なら本部委員会でも一部の者しか許されない。
 恐らくゴタゴタで設定をし忘れたのだろう。
 知らない可能性もある。
 後で指摘せねば。
 現役だった本部委員はほぼ居ないし、皆それどころではない。
 本来であれば筆頭部隊でも新人を作戦指令室には入れないものだ。

 イシグロが何かを察したのか慌てて入室して来る。

 だが、ほとんどイシグロを見る者はいなかった。
 皆がこの異様な集団に心を奪われている。
 多くの者達にとって、この集団に何ら心当たりは無い。
 だから呆然と突っ立っている。
 どうしていいか判らない。
 ニュースをよく読む者は「テロ」を真っ先に想起し緊張感に包まれている。
 歴史好きは「内乱」を想起し、隠密に部隊員に連絡をとっている。
 武者小路もその一人。
 いずれも異常事態過ぎてどうすればいいか判らないでいた。
 結果、誰も動かず、誰も声を発しない。
 これが海外の拠点であったのなら、また違った反応を示しただろう。

 イシグロは迷わず老侍のパイロットカードを開き階層を下りると行動履歴を読む。

 本部委員で上位の役職を割り当てられている者は特権として当該拠点のプレイヤーの行動履歴を見る事が出来る。
 本部委員にスカウトする為に必要な行為だからだが、このメンツの中では、イシグロを始めとした一部の者しか出来ることを知らない。ただし、記録は残る。
 そして、権利を有するものがスカウトを目的に見ることは稀だ。
 ほとんどの場合、嫉妬、足の引っ張り合いが目的で見ている。

 行動履歴は履歴書以上に雄弁に語る。
 キャラメイクをして早々にブラックナイト隊に申請とある。
 部隊検索で「ブラックナイト」と直接打ち込んだようだ。
 完全な決め打ち。
 遡ると、彼らはマイルームにすら行って無い。
 ロビーに顕現すると、全員が揃うのを待って作戦室に直行したようだ。

(どうしてブラックナイトの名を知っている?)

 奇妙な点に気づいた。
 先陣を切る老侍は、ログインして幾らも経過していないにも関わらずペナルティ制限にかかりそうな勢い。
 性的・暴力的な発言や行動、・ルール無視等で自動的にペナルティポイントは加算される。
 指示上止む終えない場合があることから、隊長や副隊長には一定の緩和案件が設けられており、容量も大きい。
 本部なら尚更である。

 それでも昨今、このペナルティ制限が厳しくなっていた。
 特にハラスメントに対するペナルティは重くなりつつある。
 嘗ては貯めこんで一気に放出するプレイヤーもいたが、恣意的なコントロールと判断された場合、次は更に重くなる。そうなるとペナルティが重くなり容量も減る。
 最終的には行動の制限や発言権の制限を受け、アカウントの凍結処分が下される。一発アウトもあり得る。

 老侍が動いた。

 ようやく人がいることに気づいたのか、静かかつ、滑らかな動きで、射るような目を周囲の者達に向ける。
 その動きは、まるで歌舞伎の見栄を彷彿とさせ、その場にいる誰しもが目があったと感じた。
 実際はほんの一瞬。
 それだけ十分な迫力がある。
 そして叫ぶ。

「シューニャはいるかっ! アースが来たぞ!」

STG/I:第百三十三話:禁止区域


 久しぶりにミリオタが顔を真っ赤にして震えていた。

 慣れない管理業務のストレス。
 リアルで椅子に座り続けたエコノミークラス症候群。
 自由過ぎる面々、新人達の当然過ぎる態度、遅れる準備。
 復旧しないマザーとのコンタクト。
 何もかもが初めてのことばかり。
 何もかもがコントロール出来ていない。
運営に推挙した馴染みからも管理能力を問われた。
エイジが言った「当面は現場の判断に任せます」の言葉が頭の中でリピートされている。
そのことにも驚いた。
 全てに苛立っている。
 それでも彼は怒鳴らなかった。
 自分すら制御できない自覚が出来た。
 暁の侍の隊長に言われたのだ。
 思い返すと、ブラックナイト隊の副隊長の時ですら全く制御できなかった。
 今はそれどころではない。
 日本・本拠点の筆頭部隊であり、中央。
 出来るはずがないんだ。
 相手への苛立ちから、自身の力不足への腹立たしさへ向けられていく。
 今の彼には、背中を向け、全ての憤りに蓋をするのが精一杯だった。
 
 実際はエイジもミリオタ以上にパニクっていた。

 ネガティブな思考で頭まで浸かりそうに何度もなる。
 その度に自室に籠もって「引きこもりの子供に何が出来るんだよ! 大人たちこそしっかりしろっ!」と全力で叫び、泣いた。
 投げ出そうとしては、シューニャの笑顔が過ぎった。
 初めて自分を信頼してくれた人。評価してくれた人。
 彼女を裏切るのは、ガッカリさせるのは、死ぬよりも辛かった。
 居た頃を思い出した。
 いつも何事も無い風に軽口を叩き、部下からも軽口を叩かれ、ぶらぶらしては何もしていないような風だったが、今こうして部隊の様々な部分に目を通した時、彼女の下準備に気付かされる。
 パートナーのシャドウから何度も聞かされた。
「これはシューニャ様が用意されてました」という言葉。
 それが今正に役に立っているのだ。
 救われている。
 人知れずやっていたのだ。
 それを思うと喉元まで出来てきた「もう止めます!」が出なかった。
 時折見せた深刻な顔や、暗い表情を思い出す。
 こういうことだったんだと知った。
 恐らく、もっと深い。

「シューニャさんが戻ってくるまで僕が守る・・・」

 索敵に関してはマルゲリータ中隊に完全に委ねている。
 現実には気が回らなかったと言えたが、何よりシューニャの言葉が頭にあり、端から任せるのが当然ぐらいの無意識に刻まれた部分が大きかった。
 それでも報告を聞いた時は驚いた。
まさか小隊で方々に分散しているとは思ってもみなかったのだ。
 彼女は出撃の際に「出来るだけ多くの情報を集めるから」とだけ言った。
 それが彼女らの任務ではあるが、改めて考えると「何を探しに出たか」聞くべきだった。
 自分でも場を全くコントロール出来ていないことは自覚している。
 だから、コントロールを止めた。
 土台子供なんだ。
 出来るはずがない。
「この人なら任せられるなぁって人に任せればいいんだよ」
 メモにはそう書いてあった。
 確かにシューニャはそうしていた。

マルゲリータの一件はミリオタのイライラの原因にもなる。
彼の質問に答えられなかった。
何処へ行ったのか、何のために、何時戻るのか、一切答えられなかった。
 だが、それは結果として不要な心配となった。
 出立して間もなくするとマルゲリータ小隊が帰還。
 だが、彼女を除いて。
 帰還した小隊は二人を除いて遠足気分。
 STG28の宇宙演出のリアリティに驚きと感動を隠せないといった風情。
 新人搭乗員に有りがちな反応であり、そのレベルである。
 それでも彼女と仲の良かった新人搭乗員である雌猫と河童の二人は様子が違った。
二人の話を聞いた時、ミリオタのストレスは最大に達する。
身悶えし「あっ! くっ! こっ!」と言葉に出来ない擬音のような声を発し続け、最後には震え、沈黙する。

 エイジも二人が話し出す前から事の重大さに気づいた。

 小隊で出たSTGを一機だけ残して帰るということは流石にあり得ない。
 ましてやマルゲリータは中隊長であり、作戦の要である。
それは説明しているはずだ。
少なくとも、この二人はあの場に居た。
彼女を残すというのは、多少なりともこの手の集団対戦をゲームでやったことがあるプレイヤーなら察するだろうと思った。
これがミリオタの怒りの原因なのは明らかであり、彼の気持ちもこの時初めて理解出来た気がした。
 だからエイジも「えっ?・・・置いてきたの・・・」と言ってしまった。
 でも、二人の表情と彼女のこれまでの言動を思い返し「でも・・・最善の方法かもしれない・・・」と付け足した。
 それに対してもミリオタは怒りを向けかけたが腹が立ちすぎたのが何も言わなかった。

二人の弁を聞くにマルゲリータの指示であることは明らかだった。

 直ぐに彼女らが持ち帰ったデータの解読を始める。
 オンラインになっていないマザーの変わりとして、代理のような存在、システムがあることを初めて知る。これはシューニャがヒントを残していた。それを教えてくれたのは彼女のパートナーであるビーナスだった。シューニャは仮で、そのシステムを「義母」と命名していた。考えも及ばなかったが普段から独自に調べていたようだ。「義母は自動的に起動するが、マザーよりも限定的に機能するようだ」と記録があった。

 データが解読し終えると、最初にマルゲリータの映像が短く映る。

 ミリオタはまるで生き別れた彼女を見るようにモニターにかぶりつく。
「日本・本拠点は漂流している可能性があります! 星の位置や大きさ、マザーと断絶した時間から座標を大まかですけど割り出せると思いますので試してみて下さい。マザーにストックしてある過去のデータから照合出来ると思います。多分だけど・・・すごく流されてる、漂流しているんです!」
 エイジはハッとすると言った。
「オペレータさん、義母に繋いで下さい。今のマルゲリータ中隊長の音声を再生し、生データを提供、位置を分析させて下さい!」
「わかりました」
 全員がメインモニターを見つめる。
 賑やかだった面々もただならぬ気配に次第に静かになる。

 結果は直ぐに出た。

「マジかよ・・・」ミリオタがボソっと言う。
「ビンゴですね・・・凄い流されている・・・」とエイジ。
「こんなに長いこと前からマザーとオフラインだったんだな・・・」
「なんで警報が鳴らなかったんでしょうか・・・」
 本部の作戦室は俄かに騒がしくなる。
「なんかマズイの?」
「元の位置に戻らないとフライングになんじゃね?」
 如何にも新人らしい声も混じってくる。
 それはエイジの耳にも入った。
 それはどこか琴線に触れる発言だったようだ。

 戻る必要があるのか?
 移動そのもに問題があるのか?
 自分を含め、この場にいる誰も理解していない。
 イシグロにコールしたが「過去に経験が無い」とだけ彼は短く言った。

 エイジは率直に尋ねる。

「お母さん、じゃなくて義母に継続接続」
 思わずお母さんと言ってしまったことで場はドッと失笑に包まれたが、彼は取り繕うことなく真顔で反応を待った。
「なんでしょうか?」
「本拠点が定位置にいなきゃいけない決まり事がありますか?」
「ありません。移動はエリア内なら自由です」
オフライン中の代理マザー、義母が応えた。
その存在を知ったのも今回が初めてのこと。
シューニャが残したメモでだ。
「なんだ、無いじゃん」
「ね~」
 そうした声が聞こえたが、エイジはふと気になる。
「エリアって何ですか?」
 皆は仲の良いもの同士で顔を見合わせる。
 余りにも素朴すぎる質問。
基本すぎる質問。
作戦室の面々はエイジに懐疑的な目を向ける。
自分達も知らないが、新人とは言え腐っても本拠点の宰相だ。
 それでもエイジは気にしなかった。
「当STGの管轄はエリア28です」
 作戦室中央に大きなホログラムモニターが展開され範囲が明示される。
 初めて聞いた管轄エリアという単語。
 初めて見た広大な立体マップ。
 この場にいる誰もこれまで本拠点の位置等気にしたことは無い。
 ましてや管轄エリアとは。
 今更ながらの疑問が浮上する。
 でも、エイジは妙に腑に落ちた。
 STG28、管轄エリア28。
漠とした黒い空間。
光る白ごまのような星々。
一見すると大きな目印らしきものが無い。
 いや、あった。
 少し大きな光が見える。
 中心部にある。
 恒星?
「あれって、ひょっとして太陽とか?・・・」
 部隊、暁の侍から本部入りした赤い甲冑を着た男性アバターが言った。
彼は立体ホログラムの中に入り、直接さした。
皆はそれを見て「あ、入ってもいいんだ」という全く異なる感慨を得ながら、近づいてマップ内にいる彼の指先を目線で追う。
エイジは見上げ、尋ねた。
「義母さん、そうですか?」
「そうです」
 それは小さな点のような光。
「じゃあ、あれが地球なのかな?」
 青い星がある。
 次々と楽しそうにホログラムの中に入る。
「どれ? どれよ!」
 また騒がしくなる。
「待って!」エイジは叫んだ。
「義母さん、このマップに本拠点の推定位置を表示して下さい!」
「現在地は不明です」
「さっきアップしたマルゲリータ中隊長のデータを元に推測で構いません」
「適合率は低くなりますが、かしこまりました」
 点がひと際赤く光る。
「あれっ?」
 大きな声が上がる。
 マルゲリータと同行した雌猫だ。
「端っこにいない?」
 その声は喜びではなく、危機感を内包している。
 河童が自らの皿を叩くと妙に乾いた音が響く。
「本当だ・・・」
「それって、マズイの?」
 呑気な声の後、不安がさざ波のように広がっていく。
 何もかもが判らない。
 本拠点は今まさにエリア28の境界に接近しつつある。
 騒めきが波紋のように広がる中、エイジは何かを察したようだ。
割くように澄んだ声で叫んだ。
「大至急、本部の位置を元のポイントに戻して下さい! 推測で構いません!」
「わかりました」
 ほとんど同時に中央作戦室が赤く染まる。
「警告。本拠点は現在航海禁止宙域に迫っております。航海禁止宙域に侵入した場合、本拠点は自動的に融解を開始します。警告。本拠点は・・・」
 赤く、ゆっくり明滅してくる。
 先ほどまで遠足気分だった新人達の表情が固まった。
「警告。本拠点は・・・」
 繰り返される警告、近づく境界。
「緊急停止! 元の位置に戻って!」
 エイジは再び叫んでいた。
「既に緊急停止措置を実施中です」
「でも動いているよ!」
雌猫が吠える。
「動いているって、義母さん!」
「現在重力被害を抑えた状況で減速中です」
 現状に似つかわしくない義母の淡々としながら慈愛のある声色が不安を逆なでする。
「警告。本拠点は・・・」
 繰り返し警告放送が流れ、次第に速く赤く明滅。
 色も濃くなったように感じられる。
 この間も境界線はどんどん近づいている。
「これ以上の減速は危険です」
「でも、これで間に合うのかな・・・」
「本拠点の規模になると重力的影響を抑えて・・」
「それって緊急停止? とにかく何でもいいから止まって!」
 エイジは悲痛な声を上げた。
 今まで生きてきて、自分がこんな声を出せるなんて夢にも思わなかった。
「緊急停止は実行中です」
「でも、この速度で・・・」
「これ以上の減速は危険領域です」
 エイジは拳を握りしめ顔をくしゃくしゃにしたが、ハッとして言い方を変えた。
「じゃあ・・・今の減速で・・・境界は越えないんだね?」

「越えます」

 この場にいる何人かが意味することに気づいて悲鳴を上げる。
 大多数は理解出来ずポカンとした。
 現実を受け入れられない。
「宰相命令発令! 義母さん、境界を越えない程度に最大減速! 可能な限り被害は最小限に、あらゆる手を尽くして下さい!」
 この間にも警告は拠点内に鳴り響いている。
「わかりました。警告後、カウント5で実施します」
 最初は鮮やかな朱色だった明滅も、赤黒く、速くなっている。
「凄い近いよ!」
 いずこから悲鳴のような声が轟く。
「緊急放送。本放送終了の5秒後に、本拠点は急減速します。STG28及び全稼働施設は自動的にロックされますが、ロック不能な物体は重力の影響を受けます。飛翔体にご注意下さい。また、搭乗員様及びパートナーの皆さまはライフラインが自動的に接続され、固定されますが、ライフラインが無い特殊アバターのプレイヤーは近くのモノにおつかまり下さい。なお、握力設定60キロ以下の搭乗員は最大限身を守って下さい。宰相命令により即時実行されます。・・・以上。カウント開始、5・・・」
 それは突然始まった。
 施設のあらゆる箇所で金属音が津波のように響く。
 作戦室は一瞬でパニックに陥る。
「4・・・」
 彼女の言うライフラインとやらが何かわからない。
 でも、自分達が何かに固定されているようには思えなかった。
 何をどうすれば接続出来るのかも判らない。
 マザーはマザーの優先順位があり、これまでも苦労させられた経験が閃く。
 エイジは咄嗟に吠えた。
「宰相命令! 即刻全ライフライン接続!」
「わかりました。1、減速します」

 直後に、かの巨大地震を彷彿とさせるようなこの世ならざる揺れが本拠点を襲う。

 振動音と悲鳴がない交ぜに聞こえる。
 それはまるで新たな生命体が生まれたような、過去に経験が無い音だった。
 幾つかの小さな物品が作戦室を飛んでいくのが見えた気がする。
 方々で上がる悲鳴。
 でも、誰しもが自らの身を案じるので精一杯。
 エイジの目の端に毛むくじゃらの何かが飛んで来て見えた。
ほとんど反射的にそれを掴む。
彼はリアルでのコンプレックスから細マッチョな設定にしていた。
 強い衝撃。

「死ぬ!」

直感で思った。
でも、放り出されなかった。
謎の白い有機的な管が、ゴムのように無数に手足から伸び、床に吸い付いている。
 間に合った!
 彼の咆哮は僅かにカウントダウンより早かったのだ。
手から来るフワッとした感触。
 見ると雌猫。
 明後日の方を向いている。
 次の瞬間、更にひと際強い荷重が。
 声にならない悲鳴が自分から漏れる。
 繊維が千切れるような感触を右肩と筋肉に感じる。
 彼女もまた緑色の何かを掴んでいた。
 河童だ!
 二人共特殊アバター。
ゴムを伸ばすように、万力を込め両手で彼女を掴むと、あらん限りの力を込める。
「うわああああああっ!」
 人生で経験したことが無い自身の絶叫!
 そして離す!
 飛んでいく二人。
 休憩用のソファーに直撃。
 見ると、二人からは白いゴムのような管、ライフラインが伸びていない。
 新人であるが故、ベースアバターの拡張もされていない。
 飛び方からして一時的に義母による重力軽減のコントロールもあったようだ。
 全員が画一的に動いた風には見えなかった。
 咄嗟に「被害を最小限に」と言ったのが功を奏していたようだ。
 だが、エイジにはそんなことに気づく余裕は無かった。

 本拠点は轟音と激しい振動の後、少しして静かになる。

 まだ赤く明滅している。
 心持ち、色が明るくなっている気がする。
 色と明滅で危険を知らせているんだと関係ない考えが浮かぶ。
 まるで巨大なブレイカーがバチンと落ちるような音がすると、通常の昼白色に戻る。
 境界を越えたかどうか、気に留める者はいない。
 あちこちから呻き声が聞こえてくる。
 間違いなく言えることは、少なくとも今は生きている。
 呆然と周囲を見渡すエイジ。
 いつの間にかライフラインとやらが消えている。
 フラフラする。
 まだ身体が揺れている気がする。
 目線を遊ばせると、ソファーに投げ飛ばした雌猫と目が合う。
 彼女はウィンクすると投げキッスをするアクション。
 それを見た隣で呆然とする河童もそれを真似る。
 エイジは二人を見て声を上げ笑うと、自然と涙が滲んで来た。

(生きてる・・・)

 緊張が一気に解れる。
 でも次の瞬間には声を上げた。

「義母さん! 被害状況を! 救命を優先して下さい!」

 そんな彼を、複雑な表情で見つめるミリオタがいた。

STG/I:第百三十二話:バトン

 時計も無いのにサイトウは手首を見た。
 三歩近づく。


「まず、この一連の騒動の概要を話そう。ただし、これは私の考察の結果だからな。流石に解っているだろうが、地球は窮地に陥っている。最初は単純だった。全ては隕石型宇宙人による襲来と、その撃退に集約されていた。そこにアダンソン、そしてマブーヤが来たことで事態は複雑化した。それらはブラック・シングの顕現等にシンクロしている。あくまで私の推測に過ぎないのだが、アダンソンやマブーヤの狙いはブラック・シングの利用にある。そしてその為の実験をアダンソンは繰り返している。マブーヤやそこに便乗しようとているようだ。マザー達は別な視点だ。基本的に知的生命体の星を守ろうとしている。その理由は、彼女らにも国連に相当するものがあり、そ平和維持活動といった具合だろう。派遣された彼女達にもメリットはある。簡単に言えば何れ来るであろう備え、だな。他所の国の災害を見て、備えるようなものだ。隕石型は言わば自然災害だから必ず来る。主権や文明への干渉を避けつつ、あらゆる観察とデータ収集、考察、それが目的と思われる。だからSTGでの詳細なデータは常に全て吸い上げられている。STGは言うなれば銀河レベルでの国連軍のようなものだが、人材に相当するものはほとんど出さない点が違う。武器だけ渡し、それを教授する為のコンピューターやマニュアル、ルール、機体、素材は出すが、技術は拠出しない。そして何より、戦うか戦わないかは主権星に任せるといった具合だ。役に立つ地球人と個別に契約することが稀にある。俺もその一人だ。詮索はしないが、気をつけろ。当たり前だが一筋縄ではいかない。利益を享受出来る範囲内でしか交渉は成立しない。地球のようなブラフは通用しない。通用したとしたら彼女らの叡智外の見識なのだろうが、ブラフがバレたら始末される。もう解っているだろうが、彼女達が主体的に守ってくれることは無い。我々の発想力、行動力に合わせ装備はグレードアップされて来たが、如何せん、人は見たいモノだけしか見えないし、理解出来ないものを生み出すことは出来ない。よって文明の枠を越えることは無い。・・・気張るなよ。もたないからな。超長距離マラソンを想像しろ。歩ったり、途中で休むこともありだ。やる気があり過ぎるるヤツ、やる気が無いヤツから潰れていく。休んでても歩むことは忘れるな。そんなところかな・・・」

 一歩下がった。

「ちょっと喋りすぎたか。でも、時間はあまり無い。とにかく浴びるだけ浴びておいて欲しい。いずれ繋がるかもしれない。次は、STGとSTGIのことにザッと触れよう。凡そSTG36の中で最悪の事象が進行中と推測している。私が知る限り1/4程度のSTGが既に絶滅している。半分はもう後先無いだろう。STG同士で横の連携をとることは禁止されている。文明の枠を越えることは許されてない。我々が既に犯したミスであり、経験済のことだ。マザー達に殺されるから注意しろ。STGの仕様に深く潜れば記載はある。言明はされていないだろうが「コレ」という記述がある。過去の負の遺産だな。ルール違反に対し、彼女らに情状酌量の余地は無い。私の友人もそれが原因で何人か殺された。この場合の死とは地球での死を意味する。パートナーを上手く利用しろ。だが、それも観察されているからな。また、コレらの悲劇は主に理解していない地球側に責任があり彼女らのせいではなかった。STGIだが、マザーの治外法権だ。搭乗している間はアダンソンのルールに従い、マザー達のルールが適応されないと思われる。どこへでも行けるが、必ず本拠点へ戻る必要がある。マザーはSTGI搭乗員を好ましく思っていない。まあ、当然だ。ルールが適応出来ないからな。STGを狙ったり、本拠点を狙ったりすると、規約違反として戻れなくなるようだ。そして全力で殺しに来る。STGIを狙うことは問題無い。STGIは味方とは限らない。エネルギーを得る為に遠出することを躊躇うな。でも、必ず戻れ。マザーのご機嫌をあまり損なわない方が良い。彼女らの恨みをかって良いことは何もない。STGIはアダンソンに帰属するが、彼らはあまり干渉してこない。ただし必要な案件がある時は強制的に事に当たらせ選択権は無い。逃げることも出来ない。アダンソンを理解するのは難しい。私も未だに判らない。あまり深く考えるな。そしてSTGIは個別の契約に対し絶対的に縛られ、包括されたルールの影響を受けないようだ。つまりSTGIは一機毎に全く異なる。嘗てSTGI同士の戦いもあったが、省略する。そうだ、知っておく必要があるな・・・。STGで地球を攻撃することは不可能だが、STGIでは可能だ。それを君がどう解釈するかは任せる。マザーのことは私の方で今後も交渉を試みる。君は隕石型の驚異に集中し、STG28を導いてくれ。どのみちSTGにはそれしか出来ない。それは結果的に君を守ることにもなるだろう」

 歩み出ると膝がガクッと沈みかける。
 それでも構わず前へ二歩出ると、喋った。

「隕石型宇宙人だが、どういう訳か今はSTG29が本格的な攻撃を受けている。これはマザーの予測に無かった。本来であれば今頃28が攻撃されている頃だった。台風の予測同様、隕石型の動きはある程度予測が可能だが、それらの恩恵を我々が受けることは出来ない。そして予測は予測過ぎない。外れることもある。その為の影響が出ている。彼女らは予測に忠実に動く。マザー達も混乱しているだろう。今回は予測方位と違った結果になったが、だとしても28への襲来の可能性が無くなったわけではない。隕石型の進路は概ね決まっているし、そこに28も含まれている現実は変わらない。ただそれは本来有り得ないシナリオだったようだ。言うなれば、台風とは無縁の地域に突然進路を取るような状態といえばいい。そこには直接的な原因を生んだ何かがあると考えるのが自然だろう。私はその為の原因を探っている。彼女たちは地球側にその可能性が無いか調査している一環だ。他のSTGでもやっているだろう。これは聞いても言っても支障は無いから安心してくれ。君が楽観的であることを祈ろう。マザーからすれば、シリアルナンバーがついてしまった段階で最終的な破滅は避けられないと聞いた。彼女らの高度な予測からと思われる。ただ宇宙規模の話だから、明日どうこなるようなスパンじゃない。少なくともこれまで例外は無いようだ。我々に課せられたのは、如何に長く生き延びるかにある」

 フラフラと前へ三歩出る。
 片膝をついた。

「次に、ブラック・シング、ブラック・ナイト、これらも私が命名したのだが、ブラック・シングは君も知っているのじゃないか? 固有形状をした黒い空間物質だ。アレが何かは全く解っていない。STGでは観測できないし、STGIも似たりよったり。マザーは双方に差異を見いだせない為、十把一絡げでアレをブラック・ナイトと判定しているが、アレらは似て非なるものだ。何度言っても聞きやしない。証明出来ないからな。連中は定義できないものを纏めてしまう。アレらに言えることは多くない。とにかく重力変動の観測に注視することに尽きる。そして異変を察したら直ぐに逃げることだ。シングは、ある因子が放出される。コレが相当マズイとわかった。驚異レベルからしたら隕石型の非ではないようで、マザー達は躍起になっている。STG21の友人から得た情報だ。彼らはナイト因子の観測に成功し、それを利用した。だが、ルールを破ったことで処分された。既に死滅している。絶対に吸い込むな。浴びるな。貫かれるな。恐らくブラック・ナイトはSTG等と同じで船と思われる。何者かのね。ある意味で人口物と考えている。シングとはそこが決定的に違う。証拠は無い。そしてSTGIとアレとの相性は最悪だ。アレらが突然現れた原因についてはミッションに無いが、私は隕石型の進路と原因があると考えている。何れにしてもアレは誰も何も出来ない。通り過ぎるのを待つしか無いと、俺は考えている」

 両膝をついた。

「ジェラスについて語ろう。マザー達の枠には居ない知的生命体と仮定している。ブラック・シングやナイトとも関係があるだろう。それ以外は全く判っていない。目的も不明だ。単に賑やかそうで寄ってきた・・・なんて、こともありそうな気がしている。命名した名前の通り極めて嫉妬深い。気に入られても厄介、目障りになっても厄介な相手だ。愛らしくも恐ろしい生命体である。俺は幸か不幸か気に入られてしまったようだ。完全に自由を奪われていた。今は君のお陰で自由になったが、恐らく血眼になって探しているだろう。そして何れ見つかることは避けられない。あまりにも見つからなくて癇癪を起こされても困るから、時々、顔を出さざる負えないよ。彼女に関してはマザー達も把握出来ていないようだ。そして、ジェラスもまた観察出来ない存在であり、観測出来ないものは基本的に連中は頭数には入れない。具体的な驚異があれば別だが。今の所、俺以外は被害ねーんじゃないかね。彼女らに興味を抱くのは好奇心の強いアダンソンぐらいだろう。だが、そのアダンソンは、言ったように、ジェラスに殺されたと思われる。全て推測だ。宇宙に接続出来ていても、未知は広がるばかりだよ・・・。地球の私はそう遠くないうちに死ぬだろうが、私を探すな。私を見つけたら、それがどの勢力であろうと、地球は終わりだろう。だから私を守れとは言わない・・・」

 四つん這いになった。
 そのまま這って一歩前へ出た。

「もうエネルギーが無い・・・コレも言っておかないと・・・。アバターの運用に慣れると複数を同時に動かすことが出来るようになる。個々の能力次第だから、全員が出来るとは限らない。没入度によるし。少なくともSTGIに乗れるものは確実に出来る。STGでのアバターは知っているように活性化出来るのは一体までだ。だが抜け道はあり、複垢で可能だ。STGIのアバターはSTGとは理屈が全く違う。STGIが作っている。メイクに慣れると、複数作ることが可能だ。それはSTGIも同じで、STGIはリソースを割いて分裂可能なんだ。俺はコレをクローンと呼んでいる。ただし、100=100+100ではない。当然ながら50+50=100だ。そして分裂するほどにパワーダウンする。ロスも含めれるともっと少ないだろう。分裂メリットは多く、統合した際に、個々が得た情報や開発した能力を総括することが可能だ。だが、分裂の数が多いほど統合は難しくなる。恐ろしいのは自我を保つのが難しくなる点だ。複数人の経験が一つになる為、どれがオリジナルの経験か判らなくなる。この恐怖は経験しないとわからないだろう。そして再分裂した際に激しい記憶の断片化が進む原因にもなっていると判った。オリジナルは分裂元だから自覚が出来るが、再統合した際に一時的にわからなくなる。本当に解らなくなるんだ。統合前に自我を保て、境界を把握しろ、認識するんだ。整理した後は宇宙にストックし、忘れろ。忘れることに努めろ。これは繰り返すほどに加速度的に悪化するから。結果、何が起きるか、自我が壊れる。嘗てのSTGIパイロットにいる。認識力の著しい低下が落ち、記憶が曖昧になり、自我が保てなくなる。統合出来なくなる。リアルな分裂が起きる。統合出来なかったクローンは個別に存在し、次第に「俺」は「俺」だと思うようになる。自我モドキの芽生えだ。お前が、自分をシューニャと信じて疑わなかったようにね。それがもっと明確に起きる。進むと完全に戻れなくなる。問題は死ぬだけで済まされない点だが割愛する。アダンソンのルールは恐ろしいぞ。諜報活動やSTGIの能力開花に絶大な恩恵を与えるのは間違いない。分裂しなければいいと思うだろうが、そうはいかなくなる。いずれわかる。生命体は能力があるから利用したくなる。能力があるが故に飛躍する。飛躍すれば更に飛翔する。そして限界を知らず超える。それを多くは自覚出来ない。急速な飛躍は崩壊を生む。それでも止まらない。止められない。昔から言うように「腹八分目」にしろ。火事場の馬鹿力は、止む終えない状況の為にあるものだ。常時出したら短期で壊れる。長く生きろ」

 サイトウは完全に突っ伏した。

「来るな! 万が一統合に失敗しても気に病むなよ。巣立ったクローンは最早別人格だ。クローンはクローンで育っていけば何れ新たなオリジナルになる。俺たちは皆誰かの派生だ。兄妹だ。どのみちオリジナルの時代は遥か昔に終わっている。オリジナルがオリジナルであることにこだわりすぎると過去のような悲劇が生まれるだろう。尊重してあげろ。見分ける唯一の方法を教えておこう。オリジナルは分裂出来る。クローンは分裂出来ない。それだけだ。あのSTGI達のように悲劇を生むな・・・六機ある時にこうであれば良かったんだが・・・欲というのは実に人を愚かにする。・・・まぁ、この土壇場で君が居てくれたことだけでも幸運だ・・・生きていれば、私の方からまた会いに来る。・・・君がいい生徒で良かった・・・」

 鏡の大地にサイトウの体がゆっくりと沈んでいく。
 前回の初遭遇を彷彿とさせた。

「・・・STGでBANされるとSTGで得た記憶は全て消える。だから、もし私がSTGに新規でログイン出来るようになったとしても・・・俺は君のことを知らないことになる・・・知らない俺に出会ったら・・・育てて上げてくれ・・・頼む・・・」

 消えた。
 今は理解出来る。
 あの時に遠くで倒れた黒い何か、あれがアダンソンだったんだ。
 サイトウさんは死んだのだろうか?
 いや、違う。
 彼は死なない?
 死ねない?
 解らない。
 でも、彼は・・・何かが違う。
 それがマザーやアダンソンとの契約に由来するものかもしれない。
 そしてサイトウさんは最後まで自分ではなく第二の椅子を凝視していた。
 第二の椅子の主を警戒していた。

 第三の椅子を見る。
 前回迄は無かった椅子。
 彼の、サイトウさんの席。

(だとすると、この席は・・・)

 二番目の席を見る。
 昔からあった。
 私は夢の中で、きっと将来の結婚相手ぐらいに漠然と思っていた。

(違うんだ・・・)

 私には身に覚えないの無い誰かがいる。
 それも、ずっと前から・・・。

STG/I:第百三十一話:ルームシェア

 ケシャが肯定的な反応を示したことに家主は激しく動揺した。
 過去にプラスの反応を見た記憶がなかったからである。
 しかも、この明らかに異常な状況下で。


「・・・ブラックナイト隊の人?」

 不可解な単語。
 恐らくゲームと関係があるのだろう。
 不思議な生物でも見るような顔で彼女を見る。

「もっといいものですよ」

 派手さを感じる中年女性は、穏やかに、一方で、異なる意味を含め、ヌメリと言った。
 スーツが顔を上げると、目尻を下げ、張り付いた笑みを見せる。
 不自然なほど歯は見せない。

 その様は事情の判らない家主からすると合意の空気が流れたように感じられた。
 無力感に包まれ脱力する。

「出てって!」

 だが、ケシャは強い拒絶を示す。
 そのか細い体から想像も出来ないほど。
 家主にとって生まれて初めて聞く煌めく爆発のような声。

 それは異質な来訪者達も同じだったようだ。

 意表をつかれたのが伺える。
 彼女の発声を受け、薄っぺらい「観念」の仮面が消し飛んだように見えた。
 自我を失い、呆然とした直後、「素」が出ている。
 目を剥き、口を開け、憎悪に包まれ、震える。
 家主が見たスーツ男の歯はガチャガチャで酷くくすんでいた。

 だが、その羞悪な表情も訓練された観念により即座に是正される。

 女はその点において三人の中で最も優れていたようだった。
 ”如何にも”だけは何時までも憎悪を滲ませている。
 ダメ押しをするかのようにケシャは言った。

「ブラックナイト隊よりいいものなんて・・・無いんだから」

 その声は静かだった。
 派手女は目を見開き、笑みが張り付いたまま”如何にも”を見て頷く。
 男が彼女に歩み寄る。

 家主が間に割って入った。
 自分の中でこれほどの強い思いが湧いて出るとは思わなかった。
 何も考えていなかった。
 動いていた。

「帰って下さい」

 その言葉は静かだったが力強く響く。
 目でも”如何にも”を制する。
 だが”如何にも”には通用しない。

 次の瞬間、家主が棒のように横へ飛ぶ。
 ”如何にも”が右フックを振り抜いている。
 それを見たケシャは瞬間的に紅潮。
 呆然と座り込んでいる女からヘルメットを奪い、上体を伸ばし、両手に満身の力を込める。
 目線を受け”如何にも”が身構える。

「逃げてーっ!」

 発声と同時に振り下ろす。
 彼女は体の向きを変えている。
 ターゲットは派手な中年女性だ。
 迫るヘルメットを見て派手女は恐怖で顔を歪める。

 だが、寸ででスーツ男がケシャの左腕を掴み、手元に寄せながら下へ引く。
 スーツは武道の心得があるのか、振り下ろす最大パワーが出る前に力を削いだ。
 派手女は両手で恐怖に歪んだ顔面を庇う。
 のけぞり、廊下に後ずさると壁に背中をぶつけ、尻もちをつく。
 手を掴まれたケシャは姿勢を崩し、踏ん張れず、余力で倒れた。
 そのままスーツに肩を抑え込まれる。

 ヘルメットが乾いた音をたて床に落ちた。

 ”如何にも”は自身の防御姿勢に気づき、羞恥心が憎悪に変わる。
 それは派手女も同じ。
 薄っぺらい観念の笑みが簡単に剥がされ自尊心が傷ついた。
 憤り、震え、治療中の歯を剥き出しにし、猫の威嚇のような声を上げた。
「やるぞ」
 ”如何にも”が派手女に聞く。
 ドスの聞いた、本職にしか成し得ない声。
「やって!」
 派手女は本来の目的を忘れ、怒りにまかせて言ってしまう。
 同時に頭の中では打算が働く。
「ヤツが勝手にやったことにしよう」そう考えた。
 考えながら何故か意識を失う。
 静かに横倒しになる。

 憤怒の形相で”如何にも”がケシャに手を伸ばした時、
 暴力のプロとしての本能が異変に気づく。
 だが、それは手遅れだ。
 次の瞬間には拳が顔面をとらえ、追撃の二手で朦朧とする。
 そして穴に落ちるように意識を失う。

 スーツがそれに気づいたのは全てが終わった後だった。
 立ち上がった筈なのに自分の意思とは無関係に視線が下がっていく。
 そして強い衝撃と共に床と同じ目線になった。

「入りました」

 女の声。
 ”如何にも”を強襲したのは女だった。
 嘘みたいな十等身。
 映画の中から抜け出たような鍛え上げられた艶美な肉体。
 タイトでエナメル調の赤黒いボディースーツ。
 戸口から突然現れると、豹のように低く美しい姿勢から腕が伸びインパクト。
 それで”如何にも”が悶絶。
 エナメルの女は予備弾倉のように太ももにセットしてある注射器を無造作に手に取る。
 キャップを取ると、慣れた調子で”如何にも”の腕に刺す。

 スーツはそれを見て迎撃しようと立ち上がった。はずだった。
 今何が起きているのか、どうして自分は床に這いつくばっているのか。
 言えることは、首が痛い、背中が痛い、息苦しいということ。

「はぁーっ・・・動きにくいなぁ・・・たまんない・・・」
 言葉から響くストレスの一方で興奮しているのが伺える。
「ハイ、カット!」
 カメラを持った男が入ってくる。
 エナメル女が後ろに束ねた腰まで届く黒髪をセットし直す。
「こんなんじゃウンコも出来やしない・・・」
 エナメルは丹精な顔立ちに似合わずハッキリと言った。
「おい~そういう台詞はカメラが回っている時に言ってよ~。それに、そのためのジッパーがついているんだろ?」
 ガタイのいいカメラ男がガニ股を開き、股下でジッパーを操作する動きを見せる。
 昭和のコントで出てくる泥棒のように髭が口の周りを覆っている。
 濃く太め、でも頭髪は薄く、いつカットしたのだろうといった風情でボサボサだ。

「俺がトイレだ」

 スーツ男子の頭上で声がした。
 どうやら自分はソイツに肩をきめられ、背中を抑え込まれているようだ。
 いつ?

 彼を抑えている男が言った。
 涼しい顔をした今風の顔。
 顔は小さく目は細く切れ長。
 どこにでもいるような普段着だが妙に似合う。
 極普通のジーンズに綿の白長袖シャツ。
 ローライズではない。
 バンドもしている。
 シャツには無地で、プリントも無い。
 着込んだ風ではなく、卸したてに近い印象。
 チラチラとヘソが見えた。
 エナメルは表情を一変させると耳に手を当て、言った。

「ミッション完了。ターゲット確保。修羅場でした」

 簡単な言葉を交わすと相槌をうっている。

 ケシャがエナメルを猫のようにじっと見つめている。
 話し終えると、彼女はミチミチと音をたてながら両膝を床に着き言った。
「驚かせてごめんなさい。・・・ドラゴンリーダーの部下です」
 エナメルは詳細な情報をすっ飛ばした。
 険しいケシャの眼に光が戻ってくる。
「シューにゃんを助けて! 力を貸して!」
 目に涙をためる。
 皮膚が斑に赤くなっている。
「わかりました。どうすれば助けられますか?」
 出会ったばかりの女達はまるで旧知の友のように話し始める。
「出た方が良くない?」
 カメラを担いただ男が出た腹を掻きながら聞いた。
 エナメルはカメラ男を手で制し、ケシャとの話を続けている。
 爽やか男子は、床に捻じ伏せたスーツ男を起き上がらせる。
 もう無抵抗。
「本拠点へ連れて行こ」
「わかった。俺たちは車に戻ってる。通報されているかもしれないから、急いで」

 エナメルは頷くと、ケシャの瞳を一心に見つめ聞くに徹していた。

*

 タイムプラスで雲が流れる青い空。
 日本では最近余り見られなくなった幾重にも伸びる筋状の雲。
 スチールグレーの床が鏡のように空を反射している。
 三十メートルほど先に白い丸テーブル、椅子が三つ。
 歩き出すと硬い音が響く。
 革靴を履いている。
 左右に首をふる。
 地平と空しか見えない。
 その割には靴音が響いた。
 まるで狭い空間での響き方。
 更に二歩三歩を進める。
 テーブルは遠い。
 男は「ああ」とばかりに頷くと言った。

「テーブルの前へ」

 空間がゴムのように伸びると、一気に縮む。
 目の前に白いテーブル。
 男は満足そうに笑みを浮かべる。
 蔦がデザインされた鋼鉄製の白い椅子。
 重々しい椅子を引いて座ろうとすると、動きが止まった。
 目線を上げ、第三の椅子の方、そのずっと先を見る。

「いるんでしょ、貴方もどうぞ」

 何もない筈の空間から男がスルリと現れる。
 遠かったが、まるでズームしたかのように見えた。

 ボサボサの髪。
 あまり手入れされていないのが伺える。
 中途半端に伸びている髭。
 身長は百七十五センチぐらいだろうか。
 アポロ13号で観たような古いタイプの宇宙服を着ている。
 中年だがたるんでおらず、ガッシリしており、見るからに働く肉体。
 服の上からでも把握出来た。
 ヘルメット越しにも頭がいいことが判る。
 少年を感じさせる人懐っこい顔だ。
 男は何かを諦めたように笑顔で喋りだした。

「驚いたな。まさか一発で見抜かれるとは・・・末恐ろしい」
「気づいちゃう人なんだ、昔から。それとココは僕の夢の中だから、ね」
「・・・昔からとは、何歳ぐらい?」
「ん~、自覚出来たのは小学校三年生。でも五歳にはもう」
 鏡の男は驚いている。
 そして訊ねた。
「君は誰だ?」
「私?・・・私は・・・」
 男の表情がみるみる変わる。
 我に返るとはこのことだろう。
 戻ってきたのがわかる。
「サイトウさん・・・」
 感嘆の声が混じる。
 鏡の男はサイトウだった。
「忘れるな。認識しろ。認識に生きろ。まずは考えるな」
 漫画のようにどっと汗が吹き出るのが感じられる。
「私は・・・」
「STG28でシューニャ・アサンガと名乗っている。だな?」
「はい・・・はい、そうです」
「そして今、STGIに乗っている」
「どうしてそれが・・・」
「・・・なるほど」
「何か?」
「まず最初に、ココでの会話は聞かれている」
「誰に?」
 サイトウは二番目の椅子を見た。
「え?」
 誰も座っていない。
「長くは話せないし、枝葉末節に展開させる余裕も無い。出来るだけ簡潔に、一方で象徴的に伝えようと思う。ちなみにココは君の中でも無く、夢でも無い。覚えておくように」
「あの、色々、えっと・・・頭が回らない、です」
「うん、それでいい。及第点。認識に努めて。自分を誤魔化して得は無い」
「STGIのことを色々聞きたいんだです!」
「わかる。私もそうだったから。でもココでは出来ない」
 男は何か聞きたげだったが、サイトウは遮る。
「今は私が一方的に伝える。君は聞くに徹しろ。そして理解するよう努力してくれ。無理の無い範囲でね。理解できない事は一旦棚の上へ。棚の上とは、忘れることじゃないよ。何れやる課題だ。言ったように時間も無い」

 サイトウは自分が宇宙服を着ていることに初めて気づいた風に見えた。
 ヘルメットを外すと脇に抱え僅かに近づいた。

 カメラが寄ったり引いたりするように彼を見れる。

「まず、STGIの話しを詳細にするにはお互いがSTGIに乗る必要がある。宇宙に接続しない限り伝えるのは無理だろう。理由は単純でSTGIは言語化出来ない部分が多い。共通認識に無い存在だ。加えて君と僕では見ているものも違いすぎる。例えるなら、木を見て森を見ず。今の君は見えても『木』がせいぜい。侮辱しているんじゃないよ? 知識と経験の差だから当然だ。私もそうだったからね。今は木は見れても森は見れない。それは当然のことだから。通り過ぎないとわからない。今は木を見ることに専念してくれ」

 更に少し近づく。
 まだ十メートルはありそうだ。
 声は距離に関係なく、ノイズも無く、均一に聞こえてくる。
 耳を通してというより直接データが流入してくる感じに近い。
 見えているビジョンと声の距離感が違う。

「STGIという用語も私が考えた。なお私のSTGIは奪われている。ジェラスと命名した宇宙人に。彼女から逃れる術は今のところない。君は自覚が無いだろうが、君のお陰で私は自由の身になった。ありがとう。でも、それも一時的なものだろう。私のSTGIは裏返っている。君のは表だ。表と裏で話すことは難しい。君の裏側は今ブラック・シングに捕らえられている。筒状のヤツだ。君は裏に乗るな」

 また三歩近寄る。

「君を助けるようアダンソンに言われ、私がそうした。そのアダンソンは死んだ。殺されたと言っていいだろう。恐らく犯人はジェラス。STGIがどこから来るか気づいたんだと思う。アダンソンが残した痕跡があるだろう。私も探すが君も頭の片隅に置いておいてくれ。マザーは証拠にこだわる。ブラック・シングには固有の形状があるが、今は割愛しよう」

 また歩み寄ったが、今度は五歩。

「STGIだが、肝心なことを言っておく。既に少しは経験しただろうが、莫大なパワーを使える。その力は創造に等しいと言っていい。だが、燃費は悪く、莫大な代償も伴う。君も恐らく少しは味わっただろうが、そんなレベルのものではない。契約内容を覚えていないだろうが、必ず思い出せ。痕跡はある。でないと手遅れになる。契約を理解していないと飲み込まれる。嘗てのSTGI搭乗員のようにね。契約内容を思い出すまで力はセーブしろ。力の行使は即そのまま契約成立を意味する」

 サイトウは彼を見て眉を寄せ、二歩下がった。

「そうだな・・・。例えばだ、詐欺だったとしても身に覚えの無い商品にお金を少しでも払ったら後でややこしいことになるだろ? それと同じようなものだ」

 笑みを浮かべると一歩前へ出た。

「今は意味がわからないだろうが表と裏に同時に乗るな。そして絶対に表と裏を近づけてはいけない。格納したエネルギー次第ではあるが、三十%程度でも太陽系程度は消し飛ぶだろう。問題はそれだけでは済まされない点だ。詳細は省く。忘れるな」

 サイトウは表情を見て含みを持って言った。

「今はエッセンスだけ蒔いておく」

STG/I:第百三十話:思惑

 STGIに戻れない感覚がある。
 ホワイト・マターはジェラスの中にある。
 戻った途端に囚われの身だ。
 ブラック・マターにはいないようだ。
 追い出されたか、私が出たことで自ら出たか。


(これでまた新たな知見が得られた)

 STGIの中ではアダンソンの権限の方が強いことを意味する。
 なんらかのセーフティー・システムが機能しているんだろう。
 その影響力は想定より大きい。
 愛らしいが恐ろしい星人、アダンソン。
 狙った獲物は絶対に諦めない。
 逃げても、逃げても、逃げても・・・。
 でも、アダンソンを失うことはこの銀河で一つの可能性を潰すに等しい。

(アダンソンを襲ったのはジェラスかもしれない)

 彼女ほど強大な力を持てばアダンソンの存在は把握しただろう。
 彼女ほど貪欲ならそれを支配することを行動に移す。
 アダンソンやマザー達にとっても想定外に違いない。
 私にしてもそうだ。

 万に一つでもアダンソンを排除出来るなんて考えもしなかった。
 彼らほどの文明ならどうにか出来るという絶対的安心感があった。
 アダンソンの狼狽えぶりを見て気づくべきだったんだ。
 彼らとてこの宇宙における一つの文明に過ぎない。
 裏を返せば、彼ら以上の存在がいても何も不思議じゃない。
 驕れる者久しからず。

 一方で彼が黙って殺されるとも思えない。
 何か残したはず。
 ソレを探す必要がある。

 ブラック・シングの集積。
 アダンソンの死。
 ジェラスはやはり向こう側の存在の可能性が高い。
 彼らの実験が招いた結果だろうか?
 何れにしても色々説明がつく。

 次のアダンソンが来るまで我々は生き延びないと。
 派遣されるのは簡単じゃないだろう。
 以前よりもこの宙域は危険になりつつある。
 パワーバランスも大きく崩れつつある。
 いや、もう手遅れなほど問題が拡大していることを意味するかもしれない。

 マザーはどう出る?
 彼女らはドライだ。
 我々を捨てるかもしれない。
 STG28だけで済むか、それともこの宙域のSTGか。
 まさか全STG・・・それはないか。
 いや、わからない。
 有り得ない話ではない。
 マブーヤがしゃしゃり出てきたのは万が一の準備が整いつつあるということだろう。
 もう彼らは最後処理の前段階にまで来ているんだ。
 先の先を見越している。

 こんな状態でも約定にのっとり犯人探しは必要なのか?

 アダンソンは死んだのに?
 いや、問うまでもないな。
 マザーは厳格だ。
 最後の一瞬たりとも譲歩しないだろう。
 隕石型宇宙人を天の川銀河に導いたモノ。
 犯人はこの渦中にいることは間違いない。

 アダンソンが犯人だと一時は仮説を立てたが、これで可能性は下がった。

 彼らの作る創造物は莫大な力と引き換えに燃費が悪い。
 何かの実験をしていることも明らかだ。
 彼らが受ける恩恵は大きいはず。
 だが、アダンソンの線が無いとすると他はどうなる?
 地球人には出来るはずがない。
 まさかジェラス?
 いや、順番がおかしい。
 彼女が来たのは最近だ。
 まさか・・・地球人ないだろうが・・・。

(蜘蛛の糸を掴むのは誰だ・・・)

 マザーは地球を本当に助けたいのだろうか。
 いや、地球そのものというより、一部の地球人だろうが。
 ノアの方舟を作る気はなさそうだし。
 この宙域はもう幾らももたない。
 寧ろよく生き残っている。
 アダンソンのSTGIが無かったら二〇〇〇年に終わっていた。

(振り返ると奇跡のような月日だったなぁ・・・)

 わからないのはジェラスだ。
 どこから来た?
 どの銀河の所属だ?
 隕石型でも彼女らの枠組みにもいない勢力。
 破滅をもたらすモノか、それとも救いをもたらすモノか。
 少なくとも救いでは無さそうに感じる。
 彼女は赤ん坊に核ミサイルのボタンを玩具で与えたような存在だ。
 恐ろしく、同時に愛らしい。

(疲れた・・・眠い・・・)
 
 次が派遣されない限り手立ては無い。
 座して死を待つのみ。
 それならそれでいい・・・もう疲れた・・・。
 在るが儘、死ねばいい。
 私には終わりがあるだけ幸いだ。
 二次契約をせずに良かった。
 一時は少し後悔もしたが、結局は思った通りになった。
 皆・・・可愛そうに。
 まだ戦っているんだろう。
 命を燃やし尽くし、アイデンティティが崩壊するまで。
 そのどちらかか、両方か。

 この肉体が活動を停止する時、契約上次に目覚めるのはマザーの星だ。
 行き先は動物園か、実験室か、繁殖装置の中といったところだろう。
 彼女達はそんなことはしないと言っていたが。
 頭の良いヤツほど嘘をつく。

 初期の契約がココまで重くのしかかるとはな。
 好きなことで同意しますかと問われれば連打するだろ普通。
 騙されたようなものだ。
 それで契約成立とは片腹痛い。
 もっともコレは地球人が仕出かしたことか。
 騙したのは地球人ということになる。
 地球人を売ったのは地球人だ。
 無知に加えて若気の至りとは言え、取り返しのつかない契約をしてしまったものだ。

 連中の肉体はどの程度で死ぬんだろうか?
 案外死にたいと言ったら簡単に安楽死させてくれるかもしれない。
 他文明を見れるというのも楽しみではあるか。

(どうせ地球にいても・・・)

 男は辛うじてといった風情で目を開け、再び老齢の女性を見た。
 暫く見つめると、再び天井を見上げ瞼を閉じる。

(諦めるわけにはいかない)

 起きる少し前に見たナニカ。
 俺を起こした黒い塊。
 彼のお陰で、ジェラスの支配から離脱することが出来た。
 複雑に混じっている。
 あの感触は遠い昔にも経験がある。
 混ざった男。
 あのSTGI搭乗員に会う必要がある。

 水蜜桃の詩そのものだ。
 ほっといてもどんどん集まってきやがる。
 永六輔さんが「有名人なんてなるもんじゃない」と言っていたが今ならよく判る。
 大切な人にさえ、その存在を知っておいてくれればいい。

 当面は彼のSTGIが鍵だ。
 彼には悪いが仮住まいさせてもらおう。
 因果は結ばれている。
 恐らくSTG内で何かあったんだろう。
 記憶には無いが、彼の命を助けているはずだ。
 彼は何者なんだ?
 自身を率直にシューニャと言った。
 境界が曖昧になっている。
 認識力が低下しているんだ。
 危険なほどに。
 恐らくSTG28のアバターの名前のことを言っているんだろうが。
 ヒトガタに長く居すぎたんだろう。
 昔もよくあった。
 一番危ないパターン。
 自我の消失。
 それこそ彼らにとって好都合。

 彼は混じっていた・・・複雑に。
 好都合・・・。
 いや、有り得ない。
 アダンソン・・・何をやった?
 マザーはどこまで把握しているんだろうか。
 恐らく何も知らされていまい。

 彼に会う必要があるが、門番がマズイ。
 ジェラスと同じ感触だった。
 なんで同居している?
 しかもアレを認識出来ている。

 彼は私を助けようとした。
 アレは私を食べようとした。
 主権は曖昧のようだ。
 アレの狙いは私なのだろう。
 そのために彼を利用したのかもしれない。
 それほどまでに私と彼の間に因果、縁がある。
 その筋道に従った方が賢いだろう。

 足掻くほど悪い結果に陥っている気がする。
 アダンソンにまんまと嵌められたのだろうか。
 彼がもしブラック・ナイト化したら、地球はおろか、天の川銀河は終いだ。

 アダンソンの狙いはブラック・ナイトのコントロールにあるのだろう。
 アレを制御出来れば隕石型宇宙人等は怖いもの無し。
 この宇宙を統べる。
 でも、それは勘違いだ。
 如何にも頭のいい連中の考えそうなことではある。

 他人の庭で致死相当の実験を繰り返しやりやがって。
 我々もSTG20や21のように失敗し消されるのだろうか。
 少なからずマザー達は動揺している。
 想定の範疇に無かったのだろう。
 この銀河は、このまま彼らの壮大な実験場と化すのだろうか。

 俺たちは余りにも無力だ。

 それでもブラック・ナイトだけは駄目だ。
 あれは私達の外側の存在。
 被害はこの銀河だけにはとどまらない。
 この宇宙そのものが終わる。

 観測すら出来ないものを制御なんて出来るはずがない。
 頭の良い連中はどうしてこうも愚かなんだ。
 マザー達にとって対ブラック・ナイトの保険がマブーヤなんだろうが。
 ブラック・ホールの利用に精通しているとは言ってもアレは別物だ。
 連中のことだ、いよいよという時は天の川銀河ごと吸わして終わりにするつもりだろう。

 それは人類の核兵器を使って滅菌して終わりと発想が同じじゃないか。
 なんでこうも単細胞なんだ。
 驕っているんだ。
 想像力の欠如。
 ノー・イマジン。
 マザーは自らの文明を高らかに誇ったが、規模の違いだけで地球の馬鹿共と大差無い。

 彼女らは知らない。
 マブーヤ達はアレを知らないんだ。
 ブラック・ホールとブラック・シングは似て非なる存在。
 ナイト因子の流入。
 静かなる侵略。
 彼らを制御することは出来ない。
 STGIに乗らないとわからない。
 通らないとわからない。
 数値化出来ないもの。
 肉体を持ち得るモノだからこそ獲得できるもの。

 アダンソンやマザーが試みている数値的観測。
 彼らは出来ていない。
 観測すら出来ないものを制御出来るわけがない。

(くそっ、眠い・・・)

 地球の本体もあとどれくらい生きていられる?
 父さんや母さんはどうしているだろう。
 ヨウちゃんは?
 マーちゃん、トモは?
 私の肉体年齢からするともう大人だろう。
 結婚しているだろうか?
 ああ・・・もう一度皆に会いたい。
 会って、言葉を交わしたい。
 手を握り合い抱きしめ合いたい。
 それが出来るのなら・・・。

 どうしてアダンソンは彼にSTGIを与えたんだ。
 恐らく急ぐ必要があったんだろう。
 七つの理にたどり着いたとは思えない。
 彼はオリジナルの地球人なんだろうか。
 アダンソンが残した痕跡。
 それを探さないと。

 この銀河に残された選択肢は少ない。
 隕石型に破滅させられるか、宇宙人共に破壊されるか、ブラック・ナイトに食われるか。
 三つに一つだ。

(ブラック・ナイトだけは避けなければいけない)

 隕石型に破壊されるほうが遥かにマシなエンディングだったとは。
 地球のお偉方も驚くだろう。
 本拠点にいる彼らにしてもそうだ。
 必死に守り生き延びた結果、最悪の終わりが待っているとしたら。
 いや、それを考えても仕方がない。
 もうその程度の簡単な事実すら伝えることは不可能なんだ。
 今は時が来るまで彼の世界に住まわせてもらおう。
 彼の居場所は判る。
 
 病室に小さな吐息が漏れる
 婦人がその吐息に気づいた頃には彼は眠りについていた。

*

 外にまで言い争いが鮮明に聞こえて来る。
 男はゴミを几帳面に出すと、その声を聞いて走り出す。
 自宅の方からだった。

 背は高いが痩せ気味で、肩を落とし、頬はやや痩け、精気の無い顔をしている。
 仕事、家庭、双方の事情で憔悴仕切っている。
 足元はつっかけサンダルではなくスニーカー。
 身なりも正しく、誰と会っても恥ずかしく無い格好をしている。
 歳は若いだろうが、老けて見えた。

 一軒家だが古く、築六十年は経っている。
 慌てて玄関を上がると漫画の絵が刺繍されたスリッパを履く。
 言い争う声のする、真っ直ぐ行った奥の部屋を目指し足早に歩いた。
 扉を開ける。

「どうしたの?」

 やや高めの優しい声。
 朝にも関わらず部屋は暗い。
 常備灯だけがともり、閉められた雨戸とカーテンの隙間から僅かに光が漏れる。
 まるで宇宙服のようなものを身を纏う小柄な女性。
 その彼女を制止しているのも華奢だった。
 フルフェイスのヘルメットを奪い取ったところのようだ。
 二人共髪を振り乱している。
 宇宙服の女は幼い印象で威嚇する猫のよう鋭く大きな眼で彼女を見ていた。
「お願い・・・行かせて!」
「もう駄目・・・ついに頭がおかしくなった・・・」
 そう言うと女性は疲れ切った顔を向けた。
「何があったんだい?」
 穏やかな声で宇宙服に訊いた。
「シューにゃんを助けないといけないの! だから外に出たいの!」
 男は雨戸もカーテンも締め切った窓を見た。
「今は・・・朝だよ? 特に今日は陽射しが強い」
「でも、行かなきゃ!」
「・・・どうして、そこまでして?」
「私しか助けられないから!」
「シューニャンさんとは・・・どういう方?」
 あくまでも慎重に、探るように声をかける。 
「安心して・・・今度は現実の人だから・・・」
 彼女は少しだけトーンを落とす。
「ゲームの人でしょ!」
 女はヒステリックに怒鳴った。
「ゲームばかりするから!」
 女性は慟哭する。
 男は膝をつくと、その背中を擦る。
「説明してくれるかな?」
「後で! そんな時間は無いの!」
「でも、今日は日差しが強いから・・・ね・・・」
「急がないと駄目なの!」

 その時。

「こんにちわー」
 玄関から呑気な声が聞こえた。
 同時に数人が勝手に上がったようだ。
 音からして土足。

 鍵を締め忘れた。

 男たちは当然のように部屋に現れた。
 男が二人。
 廊下にもう一人いる。

 真っ先に入ってきた男は如何にもその筋のファッションに顔。
 上半身は肉厚でその手の職業にもってこいの圧力がある。
 背は高く、相乗効果で威圧的に感じられた。
 もう一人の男はスーツ。
 痩せて丹精な顔立ちだが精気のなさそうな顔。
 青白く、乾いた目をしている。
 如何にもが真っ白な歯を見せ笑ったのに対して、スーツは口を閉じている。 

 一言でいって異様だった。

 この家の主は考えを巡らせたが、全く心当たりが無い。
 そもそも人の家に許可なく勝手に上がり込む。
 しかも土足で。
 色々と有り得ないことが同時に発生している。
 それでも家主はこの男たちと状況に見えない共通点を感じた。
 そこに気づいた時、そのか細い様子から想像も出来ない俊敏さで携帯を手に取る。
 だが”如何にも”が瞬時に反応し蹴った。
 スマホは天井に当たって落ちる。
「足が滑っちゃった~」
 男は満面の笑みを浮かべた。
 綺麗に矯正され、ホワイトニング加工で不自然なほど真っ白になった歯を見せる。
 上げた足を、ゆっくりと見せつけながら下ろす。
「連れのモノが失礼いたしました」
 スーツ男子がバカ丁寧にお辞儀をする。
 ”如何にも”がスルリと部屋に入ると、スーツ男子は入り口を開けた。
 もう一人が姿を見せる。
 何処にでもいそうな中年の女性が入って来る。
 これで入り口は塞がれた。
 女は下手な女優のように状況を無視し、最初から満面の笑みを張り付かせている。
 スーツだけが跪き、女が口を開く。

「救世主ケシャ様。お迎えに上がりました」

 腹が太い女性は喋り慣れた台詞を陶酔気味に言うと、頭を垂れる。
 二人も同調し頭を下げた。

STG/I:第百二十九話:波紋

 モニターに巨大な鉱石が映る。
 それは減速すると静止。
 ふと「食べられなくもない大きさだ」と脳裏を過ぎる。
 視界の判断基準に気づいた。
 食べられるか食べられないか、美味しいか美味しくないかに変わっている。
 これでも食には煩く無いほうだった。



 
 シューニャは、その巨大な天体をジッと見つめる。
 少しすると笑った。
 
「食われると思って退避したか、なるほど賢いな。助かった。事実、忘れていたよ。それはそうと、何が食べられて、何が食べられないか、STGIのアシスト無しには今もわからない。・・・お前、美味しそうだな。・・・ハハハハ、冗談だよ。・・・いや、今はいい。因幡の白兎じゃあるまいし。取り敢えずの腹ごしらえしは済んだ。それより悪かったな。お前の警告を素直に聞いておくべきだったんだ・・・。あの時にちゃんと食っていれば、こんなことにはならなかった・・・申し訳ない。ああ・・・。まだ十分に腹を満たしたとはいい難い。少なくとも八割程度は補充したい。単なる感なんだが、この辺の種ではこれが限界な気がする。やはりか・・・だろうね。何処か、漁場って言ったらアレだが、狩場を知らないか?」
 
 グリンが言うには、死んだ鉱石で補充出来るエネルギーは多くない。
 ホムスビ程度のサイズでも三割程度から鈍化し、五割に満たない辺りで吸収限界を迎えると言った。
 体感とも一致する。
 そしてその知見は、彼の、サイトさんの言う通りだった。
 隕石型宇宙人、生きた鉱石を食べないといけないことは明らか。
 そして彼らが最も近くにいる位置を彼女は告げた。
 
「STG29・・・」
 
 知的生命体のいる29番目の星。
 お隣さん。
 
 グリンは宇宙側の存在。
 彼女らにテリトリー概念はあるのだろうか。
 マザーと違って無さそうに感じる。
 言うならば、この天の川銀河全てが庭。
 だがSTGIはどうだろうか。
 
 彼女から伝わる反応は限定的だった。
 我々にとっての流れ星に相当するのがSTGIの感覚に近い。
 基本は無視するが、驚異になるなら対応する。
 その程度の感覚が伝わってくる。
 マザー達のような恐怖や、ブラック・ナイトのような好色とはまるで違う。
 
 アダンソン型宇宙人についても訪ねた。
 モヤモヤとしたハッキリしないものが返ってくる。
 知らないわけではないが、知っているほどでも無い、そうした感覚。
 ズバリ言えば興味関心を惹いてない。
 
 宇宙を介しての会話は実に捗る。
 
 彼女からしたら文明や生命体は強い興味対象では無いのかもしれない。
 旅先で知り合った犬といった感覚かもしれない。
「あ、犬だ」
 そんな程度の認識だ。
 せいぜい「野良犬じゃない」とか「リードのついた飼い犬」といった具合。
 人によっては飼い主との距離感によって撫でることはあるかもしれない。
 だが、多くのモノにとっては「あ、犬だ」という感覚。
 驚異では無く、強い好奇心の対象でも無いのだろう。
 
 下手に手を出し、飼い主や、犬そのものから何らかの面倒を受けることは避けたい。
 そうした感覚に思えた。
 グリンはたまたま犬に、言い換えれば地球人に好奇心を抱くタイプなのだろう。
 過去に地球人と好意的な接触があったことが感じられた。
 それは強いものだ。
 前回までは全く気づかなかった。
 明らかに今回の遭遇が初めてでは無いフィードバックがある。
 でも、彼女からはその程度の情報しか得られなかった。
 
 それってボイジャーとかだったりして。
 いや、違うな。もっと直接的な・・・。
 サイトウさんも彼女を知っている可能性がある。
 
(サイトウさんかマザー、アダンソンに会わなければ・・・)
 
 改めて彼女に何故私を助けるから理由を問いただす。
 返ってくる答えは同じだった。
 
 助けられたから。
 約束したから。
 
 何故、隕石型側なのに助けるかも問うた。
 
 宇宙は自由だから。
 この台詞、以前、聞いた記憶がある。
 
(STG21の民だ・・・)
 
 今なら確信をもって質問出来る。
 
「漆黒の闇ですれ違ったのはグリン。君だね?」
 
 今はハッキリとコミュニケーション出来る。
 嘗ては聞こえるけど上手に言えない状態だった。
 グリンの感覚も今ひとつピンと来なかった。
 受信と発信能力に変化があるのだろう。
 あの時の感覚を想起して尋ねた。
 
 彼女は隠す気配も無く「そうだ」と答えた。
 
「では、どうしてあの時に応えなかったんだ?」
 彼女は「あの時は君との関係では無かった」と言った。
 どういう意味だろうか?
 その意味は次の質問でわかった。
 
 あの場に居た目的を問うと「それは制限されている」と返ってきたのだ。
 つまり、上位の制約により言えない。
 としたら、さっきの意味も同じだ。
 私の為に動いている訳じゃないから応える間柄になかったと言いたいのだろう。
 私を助け、交わした約定に従い行動するが、それを上回る指示や規約が発令されない範囲内に限る。
 そういう意味だろう。
 地球人の感情論より理解出来る。
 裏を返せば、隕石型の大攻勢が始まったら敵になる可能性は高いことを意味する。
 STG21の民と同じだ。
 
 彼女は別な主人の約定に従い、地球に関することで偵察していると考えられる。
 一つはサイトウさんに関することだろう。
 今ならハッキリ理解出来る。
 あの時、あの闇で見えていたのは地球でのサイトウさんだ。
 サイキさんが今探している。
 宇宙人とコンタクトがとれ、何か出来るとしたら彼しか居ない。
 
 STGが配備されている文明星はマザーの管轄下と推測される。
 他に考えられるのは何らかの利益に準ずる行動。
 ロストしたSTGIも嘗ては外部との関わりがあったのかもしれない。
 彼らともコンタクトがとりたいが、もう不可能だろう。
 ハンガリーのバルトークしか残存していない。
 最も、あれは十中八九STGIじゃない。
 あれは何だ?
 別の勢力による供給か?
 グリンは極めて危うい立ち位置にいるな・・・。
 私を手助けをするのも、その目的に近づく為もあるのかもしれない。
 
 彼女はイエスともノーとも捉えられる反応を返した。
 つまり、イエスであり、ノーでもあるという意味。
 彼女に対して、これまで以上の慎重な舵取りが必要になりそうだ。
 だが少なくとも宇宙では唯一に近い協力者。
 それはとても心強いものに感じられた。
 
 グリンはSTG29の宙域に行こうと促した。
 他意があるとは感じられない。
 伝わって来るのは暖かいもの。
 そして喜び。
 彼女にとっては遠足みたいな感覚。
 
 こうしている間にも僅かづつでも減っている。
 今のSTGIはバッテリーローの状態。
 スマホと同じで出来れば50%以上は欲しい。
 緊急時を思うと80%は欲しい。
 この宙域で50%以上は確保出来ないことがハッキリした。
 
 他の宙域に行くしかない。
 でもそれはSTG29の主権を脅かす行為。
 恐らくSTGIの義務と責任に関わってくる範疇に思える。
 何かを得るなら何かを手放さないと。
 STGIが何か知りたい、いや、知らないと。
 何れにせよ、今は選択の余地は無いな。
 
「わかった。行こう! 出来るだけ外縁部がいい。隠密行動で。彼らの文明に関わらないようにしよう。こっそりと案内してくれ」
 
 岩の裂け目から緑色の光が微かに見えた。
 彼女の本体。
 人間で言えばニヤリと笑ったって感じなのだろうか?
 それとも親愛の証なのか。
 それはどこか愛らしく感じられた。
 
 大きな岩の塊にしか見えないグリンは小刻み振動し出す。
 振動は時間経過とともに激しさを増すが一方で揺れは小さくなった。
 それでも時折激しく振動し、雷鳴を想起させるほどの大きな振動を周期的に伴う。
 まるでガソリンエンジンに火が灯り、アイドリングし、ふかしている様を彷彿とさせる。
 
「ホムスビ、彼女をマーク。追尾してくれ! 隠蔽飛行!」
 
 グリーン・アイと名付けた天体は、ゆっくりと動き出す。
 そして加速すると、あっと言う間に、消し飛ぶように跳んだ。
 ホムスビは彼女を追うように姿を掻き消す。
 
*
 
 黒塗りのクラウン。
 新宿の大ガード下交差点付近で渋滞に巻き込まれている。
 
 車内の後部座席にはサイキの姿。
 シートベルトもせず足を組んでいる。
 その隣には黒服の男がシートベルトをし、目を閉じ、俯いている。
 サイキの瞬きは少なく、目を剥き、何を見るでもなく外を向いている。
 顔は赤黒く紅潮、硬直し、眼輪筋が時々、ピクピクとした。
 口は全てを拒否するようにへの字に曲がっている。
 身体は固く締り、伝わる熱量からも全身から緊張が放出。
 足を組んでからピクリとも動いていない。
 車内は沈黙が満たしていた。
 サイキは足を組み解くと、おもむろに口を開いた。
 
「ヤマザキ・・・生きてるなら何でも殺せるって言ったよな」
 
 彼は外を見たまま仏頂面で言った。
 
「はい」
 
 男は短く答えた。
 声は小さかったが、通る声だ。
 
「陽炎を殺すなら、お前はどうやる?」
 
 男は眠そうに半眼で俯いていたが、天井を見上げた。
 口が何かを求めて魚のようにパクパクと動いた。
 
「足元に水をかけます」
 
 サイキは大きく引きつったよう顔をしかめた。
 
「陰ならどう殺す?」
 
 男はサイキを見た。
 
「光を当てます」
 
 サイキは懐のリボルバーに手を差し入れる。
 
「それで殺せんのか?」
「初手です。生きていれば殺す方法はあります」
「ああ、生きてる・・・。水と光・・・イイネ・・・」
 男は瞬きをせずサイキを見ている。
「あの民間人ですか?」
「ああ」
「民間人を殺したほうが早いのでは?」
「・・・そう思うよな・・・」
 
 サイキはリボルバーを強く握った。
 ヤマザキは彼を見たまま無表情で動かない。
 車が少しだけ動く。
 ヤマザキは口をだらし無く開けた。
 撃鉄に触れているのか、サイキの方から金属が僅かに動く音がする。
 車がまた止まった。
「恐らく、彼を殺してもソレは死なない」
「確かですか?」
「わからん・・・感だ」
「元を断たないと」
「彼は救世主だ。彼を殺すということは、詰む」
「神殺し・・・」
 男は笑みを宿している。
「神じゃねーよ。救世主だ・・・」
「アレが?」
「ああ」
「あの民間人から陽炎と陰が出て、それらを殺すという解釈でいいですか?」
「ああ」
「わかりました。準備しておきます」
「・・・言っとくが、今度の相手は人間じゃねーぞ」
「楽しみです」
「そんなに殺すのが好きか?」
「ええ。生きているって感じがします」
「相手が人間じゃなくても?」
「殺ってみないとわかりませんが・・・楽しみです」
「頼んだぞ」
「用が済んだら民間人も殺した方がいい」
「どうして?」
「多分・・・面倒なことになります」
「理由は?」
「感です」
「・・・」
「私がやります」
「いや・・・。もし、その必要があるなら、俺がやる」
「そうですか・・・。神殺し、してみたかったのですが・・・」
「だから救世主だ」
「同じようなものです」
 
 ヤマザキは歯の無い顔で声なく笑った。
 サイキは無言で、ただただ空の先をみていた。
 
*
 
 ベッドに横たわっている中年の男性。
 簡素な病室。
 緊急性を要する雰囲気では無い。
 身体に幾つか管が繋がれている。
 白髪まじりの毛量の多い頭髪。
 髪型は古い時代を想起させる。
 身体は痩せこけ、恐らくチューブによる栄養剤で生き延びている。
 顔からは若々しい印象すら受けるが、顔の皮膚は乾燥し白く、水分が抜け落ち、頬は痩せこけている。
 その割に髭はよく手入れされている印象だった。
 ベッドの横には老齢の女性がパイプ椅子に座ったまま眠りこけている。
 簡素で動きやすそうな、それでいて洒落た服装をしている。
 男はゆっくりと瞼を僅かに開けた。
 
(ち、きゆう(地球)・・・)
 
 声にしたつもりだったが音は出ていない。
 男がまず最初に思ったのは記憶が無いこと。
 脳内を意識で弄っても何も出てこなかった。
 
(地球での記憶、日本・本拠点での記憶が完全に抜け落ちている)
 
 本拠点での記憶が全く無いということはBANされたんだろう。
 予備があっても削除されては意味をなさない。
 嫉妬というヤツはつくづく厄介だ。
 
(今は西暦何年なんだ?)
 
 首を動かそうとしたが動かない。
 無理に動かさない方がよさそうだ。
 筋肉が凝り固まっている。
 そもそも自発的に動かせる筋肉量も無さそうだ。
 加えて肉体全体にエネルギーが不足している。
 まるでコールドスリープにかけられた人間。
 内的に生命活動はしているが、外的な活動はしていない。
 天井に向けられた眼の範囲が世界だった。
 
(目は動きそうだな)
 
 右にゆっくりと目を動かす。
 椅子に座ったまま眠りこけている老婦人が見えた。
 静かな寝息をたてている。
 男の眼が潤った。
 
(どうして・・・ありがとう・・・)
 
 眼から一筋流れた。
 手を動かしたいが動かない。
 唇が震え、開きそうで開かない。
 声にはならない。
 男は瞼を再び閉じた。
 
 あの戦いからどれほど時間がたった?
 地球には長く戻っていない気がする。
 筋肉が衰弱しもう立てないかもしれない。
 自立呼吸は出来ているようだ。
 今、何歳だ?
 どこまで進んで、何が出来てないのか。
 出来たことは何か?
 地球に戻ってきたということは・・・。
 
(アダンソンの実験は失敗ということか・・・)
 
 何人が生き残っている?
 ココは本当に地球なのか?
 そっちの契約はしていないから地球のはずだ。
 タイム・パラドックスか?
 クローン部隊は結局どうなったんだ?
 解決したから生きているのか?
 
(いや、違う)
 
 それだけはわかる。
 もし解決したのなら俺はベッドで寝ていない。
 この状態は以前目覚めた時より悪い。
 かなりの年月を経たのだろう。
 
(どうして生きている?)
 
 首の皮一枚、繋がっているということか・・・。
 

STG/I:第百二十八話:貪食

 電子メロディが鳴り、喋りだす。
 何事かと思ったら電子レンジだ。

「今はチンじゃないのが多いんだったな。回転すらしていなかった。子供の頃の俺からしたらまるでSFだ。今まさにSFの世界に居るんだ・・・」


 アイスを食べきると、皿を取り出す。
 一見真っ白でデザインも簡素に見える。
 よく見ると、僅かに乳白色で、装飾が見事。
 触れた感触、重量、厚さ、置いた時の音といい気に入っていた。
 伝統のあるブランドなのだろうと感じる。

「必死に働いてた時には得られなくて、そうでない今得られる・・・皮肉なもんだ」

 レンジ用の蓋を外し、これまた見事な装飾のスプーンを手に、炒飯を頬張った。

「ん~美味い」

 冷凍食品を久しぶりに食べる。
 二十年でこんなに美味くなっているとは。

 気持ちが緩むと、サイトウが言っていた言葉が思い出された。

「地球に居てはいけない」

 言葉の前後や視線、脈絡からして私のことを指しているのは間違いないだろう。
 STGIを回収しろとも言った。
 話しから、地球人のようにテリトリーという概念が彼らにもあるようだ。
 そのテリトリーを越えていると言った。
 だとしたら極めてマズイ。

(少なくとも宇宙へ出た方がいいか・・・)

 出来ないことを考えるのは一旦やめよう。
 今考えたところで判断材料が少なすぎる。
 挙げ句にどうにも出来ない。
 慎重に事に当たる必要はありそうだが。
 頭の片隅に仕舞っておこう。
 今出来ることはSTGIの回収。
 そしてエネルギーの補充。
 本拠点をどうエリア内に戻すかだ。

 飢餓感を思い出す。

 アレはヤバかった。
 自我が飛びそうだった。
 彼の発言からもSTGIに食われる可能性がある。
 あの飢餓感に耐えられたのは痛みや苦痛に鈍感になっているからかもしれない。

 不意に、共通する病を持つ得意先の担当から言われたことを思い出した。

「私は貴方みたいには強くなれない・・・。上司や友人はおろか、親兄妹にも言ったこれありませんが・・・・辛くて、今も、毎日死にたくて仕方がありません・・・」

 彼女の目からは自然と涙が溢れた。
 同じ病を持つ同士、顔を見た瞬間ピンと来たようだ。
 私も気づいたが黙っていた。
 帰り際に声をかけられ、言われたのだ。

「どうして笑えるんですか?」

 あの頃には既に解決不能な問題に向き合う訓練が病によってもたらせれていた。
 物心ついた時からコウなんだ。
 涙は枯れ果てていた。
 結果的に痛みには強くなる。
 強くしたとも言える。
 苦痛に対処出来ないと難治難病には立ち行かなくなる。
 痛みを意識すると生活の質が落ち、仕事の能率は落ち、判断力は鈍る。
 だから痛みや苦しみに心を奪われない訓練を結果的に鍛えた。

「痛いなら痛いという顔をして下さい!」

 医者から何度も言われた。
 痛いから手を上げた。
 痛いなら手を上げろと医師は言った。
 痛いとも言ったのだが、顔は痛そうでは無かったようだ。
 痛い顔をしたところで解決しない。
 実際「我慢して下さい」と言われた。
 それなら何故問いただしたんだ。
 最低限を察することも出来ないなら医師なぞ辞めてしまえ。

(ひょっとすると、だからSTGIに選ばれたのかもしれない・・・)

 STGIに付与された権限の範囲が知りたい。
 彼の行動から推察するに、相当な範囲に思える。
 考えたことは無かったが、地球圏外にも及ぶかもしれない。
 理論的に考えると当然だ。
 そうでない限りSTGIを維持出来るエネルギーはない。

(与えられた義務と責任・・・)

 必ずあるはずだ。
 記憶のその領域はロックされている。
 契約と同時に記憶を抹消する条件なのかもしれない。
 知られたら不味いことがあるのだろう。
 契約には保有者と、所在地が明記される。
 それを隠す為の条件なのかもしれない。
 身バレを恐れているわけか。

(STGIなら、跳べるんだ・・・)

 驚異にならないなら秘密にする理由は無い。
 サイトウさんはどうの程度知っているのだろうか。
 少なくとも私より詳しいことは間違いない。
 その上でのアドバイス。
「近間のものを食べて自我を保て」と言った。
 自我を保つ程度なら「死んだ隕石」でも可能ということだ。

(彼に会わないと・・・)

 力の程度と範囲を知らないと。
 意思と無関係に力を発揮するのはリスクが大きすぎる。
 でも地球で会うのは望めないようだ。
 彼は自分の居場所を隠匿している。
 会うとしたら地球外か。
 STGI同士ならコンタクトする方法が必ずあるはず。

「ご馳走さまでした」

 手を合わせると、洗浄機にセットする。
 冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出し、一口飲む。
 鏡の自分をマジマジと見た。
 顎を触り、頬を撫で、髪をたくし上げる。
 
「コレが俺・・・実感が湧いてきた。サイトウ・・・サイ・・・」

 下の名前が出てこない。
 今までは単なる健忘と思っていたが違う。
 グリンとコンタクトをとるにしたがって判ってきた。

(これも読めない記憶のようにロックされている)

 都合が悪い事実。
 隠したい事実。
 そろそろグリンと約束した時間か。
 ログインしよう。
 サイトウさんの言うことが本当なら、今度はログイン出来る。
 トイレ、水分、腹ごしらえ、地球のアバター的には充分だろう。
 STG28のアバターはまだ平気なはずだ。
 恐らく今はスリープモードだろうが。

 心配な一方で、ワクワクしている自分に気づく。
 恍惚と不安は同時にこそ存在する。
 肉体は喜びの興奮と怒りの興奮は区別がつかない。
 興奮は興奮であり、共に同じ肉体的作用を生む。
 心の受け取り方、精神は別。
 興奮すれば疲れる。
 だから興奮しないように仕向けてきた。

 念の為にパソコンデスクの横、サイドテーブルに直ぐ食べられる食料を置いた。
 惣菜パン、菓子パン、おにぎり、ペットボトルを幾つか。

「そうだ、写真とっとかないと・・・」

 自分の顔を写す。
 セルフタイマーで全身。
 そして部屋の写真。
 周囲の様子。

「ついでにバッテリーに接続して動画も撮ってみるか」

 あ、せっかく買ったんだ。
 Webカメラで録画しよう。

「そうだ、それは駄目だった・・・」

 サイキさんから止められていたな。
 撮るならスマホじゃないと。
 足がつく可能性がある。
 
 スマホをセットし、録画を始める。
 彼は椅子に座るとスマホに目線を移した。

「なんだかカメラが向いていると落ち着かないな・・。えっとね・・・、もし、もし、死んだら、これを家族に見せて欲しい。父さん、母さん・・・皆。これまで色々あったけど、有難う。今にして思うと、喧嘩も悪くないもんだと思う。喧嘩するほど仲がいいとはよく言ったもんで、なんて言うか、色々悪かったよ。・・・申し訳ない。今にして思えば正論を振りかざし随分とキツイことを言ったと思う。病気が理解出来ないのなら、ああ言うのも無理からぬことだだ。すまなかった。でもさ・・・いかんな、長くなりそうだ。とにかく、有難う!・・・いかん、何一人で盛り上がってるんだ・・・とにかく、有難う。皆、元気で・・・サイキさん、有難う。最後に貴方に会えて良かった。お世話ついでに・・・後をよろしく!」

 スマホ画面に映る自分の眼に涙が浮かんでいた。
 手で拭うと、大きく深く息を吸い、長く長く吐いた。
 ログインをクリックする。
 次の瞬間、バッテリーが切れたロボットのようにぐったりとした。

*

「あっ、あっーっ、あっ、アッ、アッあっ、つつっつ・・・」

 声にならない音が自然と口から漏れた。
 全身が大火災。
 激しい炎症反応。
 痛みとも痒みとも衝撃ともつかない形容詞し難い苦痛が全身を覆った。
 詰まった配管を無理矢理削りながら突き進んでいるような感覚。
 止めることは出来ない。
 死にかけていたアバターが、今正に死地から再稼働を遂げようとしていた。
 
(知らぬが仏、知らぬが仏・・・知らぬがっ・・・)

 彼は念仏のように心の中でそう唱えていた。
 全く想定していなかった。
 経験したことがない苦痛。
 死にかかったアバターが、どう脳に影響を与えるか。
 どう捉えるか。
 知らないが故に出来た。
 五分もその苦痛に耐えると、全身反応から局所反応へと移り変わっていく。
 痛みで自我は満たされた。
 落ち着くと、今度は激しい飢餓感が全速力で追いすがってきた。

(飢餓がこれほど恐ろしいとは!)

 細胞という細胞が悲鳴を、怒りを、不満を述べている。
 栄養を寄越せと。
 そして大合唱は次第に言説を変えた。

「さもないとお前を食う!」

 再び、収まりかけた苦痛が全身に広がっていく。
 直感した。
 地球のアバターでは起こり得ないこと。
 細胞の反乱。
 宿主の貪食。 

(食っているんだ! 私自身を!)

 調和等が無い世界。
 彼女の全身の毛細血管が紫色に浮かび上がり目は血走った。

「ホムスビ、起きろ!」

 STGIホムスビの全天球型モニターが灯る。
 塵や欠片や様々な浮遊物が目に入る。
 普段なら気づきもしないような浮遊物がキラキラと魅力的な餌に見えた。

(飲める!)

 青黒く光るホムスビ。
 塵や浮遊物がホムスビに吸い込まれていく。
 エネルギーシールドに接触するや否や消えていく。
 最初は意味することが判らなかったが、直ぐに理解した。

 食べているんだ。

 モニターに大きく表示された赤い文字らしき部分が明滅。
 下のゲージが少しずつ上がっていく。

「自我を失わないうちに手当り次第に食べろ」

 サイトウの声が頭を満たした。
 その行為は凡そ地球人の食事とは遠いように見えた。
 でも、コレがSTGIの食事と理解する。

 飲み込むほどに満たされるものがある。

 止まったまま周囲をあらかた吸い終える頃にはゲージが一本だけ溜まった。
 それを見た瞬間、次なる事象を直感する。
 悠長にはしていられない。

「エネルギーになる鉱石を全てマーク」

 モニター上で次々に緑でマーキングされる。
「それを全て貪食」
 そう言いたがかったが、それは出来ないと感じた。
 音声指示で動きそうに無い。
 どう指示していいか判らなかったが、知らず口をついた。

「手当り次第に貪食しろ!」

 すると、上下一双のホムスビは細い管で繋がったまま大きく上下に間隔を開けた。
 それはどんどん開き、STG28三機ほどスッポリ入るほどに広がった。
 不釣り合いな空間が出来る。
 中央には主砲らしき砲門が鎮座したまま。
 主砲の内部が高速に回転しだすと、黒く渦を巻き、視覚化されていく。
 速度が増すに従い黒い渦は大きくなった。
 遂には広げた掌が埋まるほどに大きな黒い渦が空間を満たす。

 理解した。

 当初は戦闘機の給油のイメージだったが違う。
 人間のような食べ方とも違う。
 寧ろクジラと同じようなものだ。
 オキアミを飲み込むのにどこか似ている。
 そしてコイツの場合、飲み込みながらミキサーで砕くのだろう。
 続々と吸い込んでいく。

 操縦桿を握ると、手近な鉱石に飛んだ。

 その間にも自分の肉体が内部で燃え盛っているのが感じられる。
 先程感じた痛みとは違った意味での燃え方。

 まさにエネルギーを生産する為に燃えているんだ。
 満たされていく。

 ホムスビは掃除機でゴミでも吸い込むように次々と吸い込んだ。
 ゲージがゆっくりとだが次第に埋まっていく。
 始めは慎重に小さめの鉱石から狙ったが、次第に自制が効かなくなって来た。
 吸い込むほどに安堵と充足が覆い被さる。

 堪らず大きな鉱石へと飛んだ。

 それはホムスビが形成した黒い穴ほどの大きさがある。
 躊躇せずガポッと咥え込む。
 ホムスビは物ともせず、強力なミキサーのようにガリガリと削りながら飲み込んでいく。
 発生したデブリをもエネルギーシールドから吸収されている。
 無意識に「貪食」と言ったが、その様は正に貪食と言うに相応しい光景だった。

 ゲージが一気に上がった。

 操縦者であるシューニャにも快感性があった。
 これに気を良くしたのか、そこそこ大きなものから優先に食べだす。
 和らぐ痛みと、上がる快感。
 食べるに従い、美味い鉱石と、そうでな鉱石の差が感じられるように成ってきた。
 自分の中で「もっと食べたい。美味いのを食べたい」という欲求が膨れ上がってくる。
 
 近隣宙域を一通りたらい上げると、シューニャはようやく自我を認識した。

 それでもゲージは1/5にも満たない。
 効率が悪い。

(これほどの範囲をクリーンにしてこの程度とは)

 満腹にはほど遠いが、取り敢えず落ち着いた。
 ふと、考えが浮かんだ。

「生きた鉱石を食べたい」

 言いながら自分でハッとする。

(岩を食べる? どんなモンスターなんだ)

 このアバターとホムスビは限りなくシンクロしている。
 見た目こそSTG28と大差ないように感じていたが中身はまるで違う。
 コッチは生体パーツと考えるべきだろうか。
 それでも直接繋がっては居ないようだ。
 自らの手足をシゲシゲと見て、動かす。

(形を変えられそうだな・・・)

 不確かさを感じた。
 粘土でこねているような印象だ。

(一先ずはこういう形にした)

 そういう手応えのなさ、取り敢えず、といったものが感じられる。
 手足があるということは、使うことを前提としている。
 それとも、元が地球人であるから馴染むように手足をつけたと言えなくもない。

(そう言えば、グリンはどうした?)

 指示もしてないのにホムスビは元の形状に戻っている。
 塵一つ無い宙域に接近する流れ星。
 いや、違う。
 モニターで映し出されるより早く、気づいた。

「グリン!」

STG/I:第百二十七話:追手

 考えが纏まらない。

 有益な情報を得たのに、膨大すぎて包括的に判断するための記憶力や処理速度や処理能力がこのアバターには無い。
 得た傍からバケツから溢れる水の如く情報が流れ落ちる。
 重要な情報を能率よく選択したくとも、処理が追いつかない。
 挙げ句に、その情報をプールしている間にもっと大事な情報が溢れた。
 その判断ミスによる棘がさらなる漏洩を生む。
 それらを繰り返す内に次ぐ次ぎと情報か消えていく。
 何が大切かも判らなくなってきた。


 まるで水を運ぶのに水源を確保し水路を作ることが望ましいことは理解していても、現実には日々の水分を賄うだけで精一杯でバケツで運ばざる負えないような感覚だ。
 バケツで運びながら、一方で少しでも水路を掘らないと。
 でもその道程は遠く険しい。
 挙げ句に些細なトラブルから水疱に帰すこともある。
 絶望に浸る間に必要な水が不足する。
 そんな悪循環が自分の中で起きている。

 グリンから記憶を受け継ぐだけでも。

 この素体は最適化されていないんだ。
 無駄な能力の浪費が大きい。
 様々な箇所で衝突が発生している。
 それでもこのアバターが人間よりマシなのは明らかだ。
 この素体のまま地球に降り立つことが出来たのならどんな大学もチョロイだろう。
 どんだけ地球のアバターがポンコツかって話しだ。

 このゲームはキャラメイク時に性格設定がある。
 明らかな嘘で設定すると性能の衝突や搭乗員パートナーの調整に時間がかかる。
 これは何度かパートナーをリセットしたり、部隊やロビーで雑談していた気づいた。
 設定嫌いのプレイヤーに向けた簡単なデフォ設定もあった。
 私は自分で全部質問に答えていったが。
 まさかこんな所で効いているとは驚きだ。
 どうやら素体の設定に反映されている。
 中の人のスペックに同期し最適化する為の調整なんだ。
 素体の性能はどれも同じだが、中の人のスペックは違う。
 中の人のスペックに合わせて最適化し、初めて総合力が上がる。
 この微細な仕様は、STG28を効率よく動かす為のものだろう。
 生産物で、生産者の思いや裏側を慮ることは可能だ。
 マザー達は少なくとも、最善を尽くしていることが感じられる。

 裏を返すと、設定されていない、ログインしていない素体は凄く動かしずらい。
 他人の、車種も違う車に乗る状況に近い。
 乗りなれた自家用車を持っていると、感覚に大きなズレを感じる。
 仮に同じ車種でも他人の車の実に動かしにくいこと。
 癖が染み込んでおり、微細な調整が自分の車とは違うことに驚かされる。
 パソコンでもそうだ。
 昔からデスクトップを見た瞬間に「コイツはヤバイ」というのがわかるのに近い。
 同じ規格、同じOSなの全く別物のように使いづらいことがある。
 それと同じなんだ。
 STG28も、アバターも、パートナーも、癖がついてる。
 良し悪しではなく、使う人に最適化されていく。

 両手を話した。

 グリンはまだ話したがっているようだが、限界だった。
 首を振って、拒否を示すと、彼女は諦めた。
 息が苦しい。
 上半身、特に頭部だけが異常に熱い。

 拾えた情報だけでも恐ろしいことが起きていることは判った。
 
 でも、それをどうすればいいか判らない。
 規模が大きすぎる。
 問題が多すぎる。
 自分がパニクっていることが感じられる。

 パニクっても解決しない。
 出来ること、出来ることだ。
 思い出せ、俺は昔こういう時にどうしていた。
 仕事でのトラブルの時。
 もうこの世の終わりだと思った時。

(勤め人時代を思い出せ!)

 自ら手に余る仕事に溺れそうになった時に出来ること。
 早い段階に協力や助言を仰ぎ、協力者を増やすこと。
 時間が経つほどに、それらは手遅れになる。
 それでも無理ならプロジェクトから降りる。
 相談出来る相手が居ない場合どうすればいい。
 降りることも出来ないのなら。

(いや、居なくも無い・・・サイトウさんだ・・・)

 彼しか居ない。
 そして、マザー。
 アダンソンとか言う宇宙人も。
 でも、この何れも今はコンタクト出来ない。

 グリンは無理そうだ。
 今なら判る。
 彼女は何者かに手綱を握られている。
 私に協力的なのも、契約の件が全てでは無いだろう。
 グリンの記憶のテリトリーのほとんどはロックされているが、与えられた情報には幾つか矛盾がある。

 サイトウさんの言葉が思い出された。

「視点による。限定的に味方と言えなくもない」だったか。
 あれはマザーについての発言だったが、彼女もそれに近い。
 事実、彼女のしていることを振り返ると協力は限定的だった。
 大きな制約の中で動いている感じを受ける。
 でも、何も珍しいことではない。
 リアルでもそうじゃないか。
 無条件に味方で居てくれるのは家族ぐらいだ・・・。
 最も俺の場合は違うが・・・。

(降りるか・・・降りるの判断の一つだ・・・)

 ココまで知ってこの不安を抱えながら何事もなく生きられるのだろうか。
 いっそ記憶を消してくれたら別だが。
 目覚めても記憶は継承される。

(大原則を思い出せ)

 とにかく一旦緊急度の高い情報から整理しよう。
 何も出来ないままパニクっても事態は深刻になるだけだ。
 出来ることだけに絞ること。
 自分が出来ないことに不安に思っても無意味。

(緊急度の高い情報・・・)

 隕石型のこと、本拠点のこと、STGIのこと。
 隕石型は今この宙域には居ないが、別の宙域には出現している。
 恐らくは俺たちに向けられた大部隊だったのだろう。
 連中の辞書には作戦を練り直そうとか出直そうという考えは無いようだ。
 そのまま出撃し別の宙域を攻撃している。
 我々にとっては幸運だったが、STG29にとっては悲劇。
 厄介なことに29の交戦エリアは28にほど近い。

 挙げ句に日本・本拠点が漂流し、今まさにエリア28を越えている。

 唯一の吉報はSTGIだ。
 サイトウさんの助言通りSTGIホムスビは開放されている。
 あれは夢じゃない。
 恐らく、これまでのことも夢じゃないのかもしれない・・・。
 いや、断定は危険だ。一つの可能性に留めておこう。
 グリンは開放された原因はわからないと言った。
 つまりサイトウさんのしたことを知らない。
 グリンがずっと追跡してくれたお陰で位置は特定出来ている。

 他にも収穫はあった。
 テレパス的会話も以前と違って少しはコントロール出来ている。
 グリンの記憶を弄る手は子供のように容赦がない。
 でも、今回は言いたくない、見せたくない領域を隠すことが出来た。
 だからサイトウさんの事は黙っていた。
 今のところ信じられるのはサイトウさんだけかもしれない。

 もう一つ重要なこと。
 グリンは夢の主催者のことは全く理解出来ないようだ。
 彼女が知らないナニカ。宇宙人かどうか、俺が狂ってきているかどうかも、検討がつかないといった反応だった。

 そして驚いたのは静と、ビーナス。

 グリンを救出するとは思いもよらなかった。
 マザーの管理下を外れた結果、個性のようなものが芽生えかけているのかもしれない。
 個性と言っても私の性格を背景に反映しているものだろうが。
 それは子供と親の関係に少しだけ近いようだ。
 グリンのことをある程度把握しているのは二人しか居ない。
 あの二つのAIがここまで頼りになるとは。
 最も過信は出来ない。
 命令されれば彼女らは私を殺すだろう。
 そこに意味は無いのだ。

(よし、落ち着いてきた・・・)

 今出来ることは、STGIに乗り込み、エネルギー補充して、本拠点を圏内に戻す。
 一つ一つ。出来ないことを考えても無意味。

 グリンが肩を激しく叩いた。

「どうした?」
 入り口を指で指し示している。
 緑に光ると、ドアがスライドし、開いた。
「えっ!」
 グリンが自分やビーナス以外を入室許可にしているとは思えない。
 煌々と指す通路の光。
 そこには一体の女性型・搭乗員パートナーが立っている。
 長いピンクの巻き毛。ポップカラーの衣装。
 ハロウィンを意識したかのようなデザイン。
 丸みを帯びたスカートは雪洞のように膨らみ、縁がそっている。
 シューニャはアバターのウィドウショッピングをよくするが、見たことがない。
 顔はテンプレ的でアニメ調の丸い輪郭、大きな瞳に、自然なアヒル口。
 ブラックナイト隊で記憶に無いパートナー。
 新人のだろうか。

「あっ!」

 気づいた瞬間には遅かった。
 胸を焼きごてで貫かれたような痛みが走る。
 思わず見てしまう。
 心臓辺りに穴が空いている。
 パートナーを見ると手にはレーザーピストル。
 部隊ルームには持ち込めないはず。
 彼女はニッコリと愛らしく笑うと言った。

「み~つけた♪」

 ヤツだ。
 ポップカラーのアバターを見た瞬間に気づくべきだった。
 夢の主催者!

(意識が・・・)

 棒のように後ろに倒れる。
 次の瞬間、折り重なったアバターの一体が起き上がる。

「な~んちゃって♪」

 撃たれたアバターは砂のように分解される。

(危なかった!)

 今のは正真正銘にヤバかった!
 この夢の戦いではアレが出来ないと確実に死ぬ。
 自らの死を自覚した瞬間に本当に絶命する。
 焼きごてで貫かれたと感じたのはイメージだ。
 銃・胸に空いた穴・過去の知識、それらから想起される「死」という連想。
 イメージに毒されたら最後それは現実になってしまう。
 過去、何度も何度もやらかした。
 ほとんど無意識に反応出来た。
 彼女は不愉快そうな顔を向けると、再びピストルを向ける。

「後で!」

 グリンに向かってそう叫ぶと、彼はアバターの海にダイブする。
 
 薄暗がりの室内に残れさたパートナーと、グリン。
 グリンはシューニャが居た位置を見ている。
 パートナーはキョロキョロと見回している。
「あれ?・・・ココはどこですの?」
 部屋が赤く光ると警告音が鳴った。
「不正を検出しました。部隊コア権限により、該当パートナーを凍結します」
 パートナーは崩れ落ちる。
 通路の壁が開き、天井からマジック・アームが伸びるとパートナーは壁に格納された。
 部隊コアから音声が再生。
「大変失礼いたしました。お詫びの品をメールボックスに配信いたしました。後ほど受領して下さい。原因が判明次第バグは修正されます。追ってメールさせて頂きます。本エラーはマザーが復帰され次第、自動的に報告されます。ご協力に感謝いたします」
 ドアがスライドし閉まる。
 グリンは何事も無かったかのように、そのままベッドに潜り込んだ。

*

「んあーーーっ!」

 酷い汗をかいてる。
 息が荒い。
 見回すまでもなく戻ってきたと判る。
 地球に。

「逃げおおせた・・・」

 何が相互作用して逃げられるのか全く判らない。
 それは相変わらずのようだ。
 ただ、これまでと違って、起きたことをハッキリと記憶している。
 地続きの感覚。
 身体は相応にスッキリしているようだ。
 このアバター・・・もとい、肉体は眠ってはいたのだろう。
 問題は脳の方だが・・・脳内を感覚で弄る。

「うん・・・大丈夫だな、ちゃんと寝ていたんだ」

 恐らく、アッチのアバターを拝借している間はノンレム睡眠のように脳が休んでいる状態なんだろう。
 脳は処理能力の限界に来るとブレインフォグが起きる。
 強制的に何もさせない、何も感がさせない状況へ誘うとする。
 嘗ては常態化していたが、今はそれが感じられない。

(しかし、ずっと起きている感覚は気持ちが悪いな・・・)
 
 シューニャは素早く起き上がると、冷蔵庫へ向かって歩いた。
 一人住まいには無用なほど大きい。
 常に食品が満載されている。
 アイスが好きだと言えば高級なアイスがダースで入れられた。

 おかしい。あれほど腹が減っていたのに、全く食欲が無い。
 でも、取り敢えず食べておこう。

 これは自分の便利な性質だと思っている。
 腹が痛くとも、一杯でも、取り敢えず食べられる。
 好きなものを食べるというより、栄養価のバランスで食べる。
 身体を本格的に壊してからというもの、食事は治療の延長線になってしまった。
 その視点からすると、美味しいかどうかは大した問題では無くなる。
 それだけに、アイスやケーキといった甘いものが唯一の憩いだ。

 電子レンジはビタミンが破壊されるから出来るだけ使いたく無いが。
 今は急ぐから仕方ない。
 チャーハンと唐揚げを取り出し、白い皿に盛ると、レンジに放り込む。
 アイスにも手を伸ばし、みつ葉の北海道アイス小豆に手にとる。

「美味しい・・・癒やされる」

 教団の最大のターゲットはサイトウさん。
 次は私であることは間違いない。
 サイキさんはそれを知っていながら黙って私を保護したんだ。
 あの時は知らなかった的な反応をしたが、恐らく知っていたのだろう。
 食えない人だ。何より強い。そして大胆。

(そういう人間になりたかった)

 軽率な行動はこれまで以上に慎まないと。
 彼の用心と好意を無駄にしてはいけない。
 他のプレイヤーは大丈夫だろうか・・・。
 ケシャや、ミリオタさんや、エイジ・・・。
 プリンやタッちゃんが、タゲられている可能性は極めて高い。
 日本・本拠点の上位だけでも守って貰えないだろうか。
 サイキさんは今ひとつ乗り気に見えなかった。
 それも無理からぬ話しかもしれない。
 出来ることには限りがある。
 彼の優先順位と私のとは違う。
 置かれている状況も厳しい。
 他人からしたらサイキさんのやっていることは教団の連中と大差無いように見える。

 実にクレイジー。

 幸か不幸か今は動画サイトでバカなことをやる人間が多いから、その連中の一人ぐらいの感じに見えているんだろうが、それも何れバレる。頼むからあの三人だけでも・・・。

STG/I:第百二十六話:遭遇

「マッシュちゃん、タコパ開始!」

 彼女の言うタコパとは、球形センサーが無数に繋がれた多関節チェーンを三百六十度、無数に目一杯広げ、大規模索敵する行為を意味する。
 現時点では静止中なら最も長距離索敵が可能。
 デメリットも多く、余裕があるタイミングでしか使用出来ない。
 非常に目立ち、展開中はほとんど移動が出来ない。
 格納時間も要する為、敵襲があった際に即応出来ない。
 それら欠点から装備そのものの汎用性はある程度用意されている。
 切り捨てる場合に、武装や索敵ポッド、ビーコン、ダミーとしても用途を切り替え使用出来る他、高い隠蔽性を持ち合わせ、STGを覆うことで各種センサーから存在を消すことが出来る。
 ただし利用者はほとんど居ない。


 触手を全方位に広げていく。
 各々の触手が別々にユラユラと動いた。
 金属製の球形、たこ焼き部分が大きく膨れ上がり、色が変わった。
 範囲を広げるほど、ゾッとする数がマップに反映される。
 マルゲリータは思わず身を堅くした。
「凄い数・・・」
 生唾を飲み込む。
「マッシュちゃん、気をつけて、慎重に・・・」
「OK、マッシュ・・・」 
 知らずお互い小声になっていた。
 伸びるに従い続々と広域情報が反映。
 その数は夥しいほど膨れあがった。
 宙域辺りの密度が大戦時の数を越えていた。
 センサーがキャッチした情報が画面を埋め詰め尽くしていく。
 彼女は石像のように身を固くし、目を皿のように開いた。
「隕石型と異なる反応をキャッチ。小集団、追われてるかも」
「どれ?!」
 青く強調された。
「ほんとだ・・・どこの部隊だろ・・・」
「識別不明。STG28じゃないっぽい・・・」
「えっ!・・・じゃあ・・・なに?」

(宇宙人)

 咄嗟に頭に浮かんだ。
 本当にいるんだ。
 シューニャさんが言っていた。
 他のSTGの存在。
 私達と同じような知的生命体。
 私は何処か遠いでき事のように聞いていた。
 本当にいる・・・。

「データベースに該当無し。未確認飛翔体と認定。オーラ分析だと三十%程度がSTG28に類似マッシュ」
「・・・それって・・・STGIとか?」
「STGIは分析出来ないマッシュよ」
「あ、そっか・・・。3Dモデル出来きないかな?」
「ぼんやりなら」

 ソナーを打たないと物理モデルは正確にはわからない。
 また正確な形を捉える為にセンサー強度を上げる必要がある。
 それは危険が伴う。
 今は最も隕石型が把握しずらいセンサーで索敵していた。

 画面にモデリングされた。
 曖昧だが外形はどことなく掴めた。

「細長い、ね・・・でも、なんだろ、どことなく似てる?・・・」
 それはマッチ棒のような人工物に見えた。
 姿形は到底STG28とは思えない。
 でもマルゲリータは共通点を感じた。

(そうだ。あっちも幾何学模様に近いんだ・・・)

 小集団が夥しい数の隕石型に追われている。
 彼らは追い立てられ、散り散りになって行く。

「・・・どうしよう・・・」
「どうしようって・・・何かする気なの?」
「だって、追われているんだよ・・・あんなに・・・」
 彼女は顔を歪めた。
「もしあれが他の星系の船なら絶対に手を出しちゃ駄目ッシュ」
「なんで? 可愛そうじゃない」
「外交問題。影響が出るよ。マルゲちゃん一人だけの問題じゃ済まなくなる」
「そうなんだ・・・でも・・・」
 外交問題と言われてもピンとこない。

 分断された各機は四方八方に飛んでいく。
 その距離は増々離れていく。
 一機が、乱れ飛んだ後、最後の力を振り絞ってか、猛然と真っ直ぐ飛翔して来た。
 それは彼女のいる方位だった。

「向かってくる!」
「えっ! 気づかれたの?」
「わかんない。偶然かもしれないけど、この速度はマズイ。撤退するね!」
「でも・・・」
「マスターっ!」
「・・・うん、そうだね。タコパ終了! 撤退!」
「了解。緊急回収!」

 広がりきった触手はSTGの何倍もあり、ユラユラと不安定。
 一気に引き込むと絡みつきそうな様子に見えた。
 だからか、マッシュは緊急回収と言ったが、悠長に回収しているように見えた。

「大変! コンドライトよりずっと速い! 回収が間に合わない!」
 マッチ棒は真っ直ぐコッチへ飛翔している。
 モニター上では嘘みたいな速度で間を詰めて見えた。
「迷彩マリモに!」
「了解マッシュ!」
 触手を完全には格納せず、STG28を球形に覆い出す。
 しかしその動きもやはりスローだった。
 光学的、電磁的といった様々な迷彩反応をし、存在をかき消す。
 だが、それは一か八かの賭けだった。
 この状態では何も出来ない。
 マリモのように宇宙をじっと漂うしか無い。

 触手に完全に覆われ、STGトーメイトは姿を消した。

 センサー類は遮断されると同時に、コチラ側からも観測は出来なくなる。
 迷彩マリモの状態から格納する場合、更に時間はかかった。
 安全が確保されるまで浮遊するしかない。
 そして、物理的には存在している為、宙域に存在しているアステロイドや、隕石の欠片、デブリといった物には衝突する。

「迷彩マリモ完成したよ」
「うん」

 マルゲリータは息を潜めた。
 モニターは自機を中央にSTGを覆っている状態が描画されている。
 それ以外は真っ黒だ。
 STG独特の音色のような駆動音だけが聞こえる。
 触手カメラを写すことは出来たが、マルゲはしなかった。
 仮に何かに気づいたところで、この状態からは何も出来ない。
 塵や浮遊物が触手に接触する度にモニターに描画される。

「後どれくらいかな・・・」
「五分ぐらい」

 また、小声になっている。

「格納したほうが良かったかな・・・」
「あの速度だったら追いつかれていた。正しい判断だと思う。凄いよマスターは」
「凄くないよ・・・臆病なだけ・・・」
「臆病だったら無闇に逃げる方を選ぶよ、立派だったよ」
「ありがと・・・」

 漂う沈黙。

 声が聞こえるということは無い。
 それでも喋ることが怖かった。
 センサーに時折衝突反応がある。
 でも、それらは小さい。
 微細な塵はそのまま触手の内側を通り過ぎてそのまま反対側へ流れていく。
 言い換えると、突然消えて、突然現れる塵やデブリ。
 STGトーメイト級のセンサーが装備された船ならキャッチするだろう。
 事実、そうした違和にマルゲリータは気づきやすい方だ。
 でもそれは今更の考えだった。

 それはとても長く感じた。

「そろそろ・・・」

 マッシュの声にビクリとする。
 すっかりマッシュの存在も忘れていた。
 この宇宙に、たった一人取り残された感覚になっていた。
 後どれくらい待てばいいのだろうか。
 あの速度のままなら一分でも充分かもしれない。
 それとも途中で方向を変えた可能性も低くない。
 センサーを閉じるのが早すぎた?
 ギリギリまで見ているべきだったか!
 それともやはり逃げるべきだったか。
 追ってきたのでないなら、充分それで引き離せる。
 でも、動いているのを感知されたら逆に追ってくる可能性もある。

 後悔と選択肢が通り過ぎる。

 マッシュの警告を聞いた時、瞬間的に「逃げられない」と感じた。
 タコパのほとんど限界距離で索敵している。
 あの距離で気づかれるなんて夢にも思わなかった。
 追われていた宇宙船。
 散り散りになる船達。
 ほんとうに宇宙人なんだろうか。
 何かの間違いじゃないか。
 やっぱりタコみたいな感じなんだろうか。
 それともイカだろうか。
 昆虫が実は宇宙人なんじゃなかって聞いたことがある。
 それとも私達みたいな・・・。
 彼女たちも戦っていた。
 隕石型宇宙人と。
 アレはなんだろう。
 隕石型ってなんだろう。
 なんで岩が動き回るんだろう。
 なんで私達を襲うんだろう。
 そもそもこの宇宙船、STG28ってなんだろう。
 STG28・・STG・・・28。
 シューニャさんが、STG21の民と喋ったって言っていた。
 現実味が無かった。
 嘘じゃないとは思ったけど。
 途方も無くて、リアルに感じられなかった。
 21・・・21番目の船。
 21番目の知的生命体。
 もう無い星。
 もう居ない星人。

(戻れない故郷・・・)

 急に涙が出てきた。
 怖い。
 隕石型宇宙人はどうしてそんなことをするんだろう。
 なんで壊されないといけないんだろう。
 彼女たちは何番目なんだろう。
 仲間にはなれないのかな・・・。

『たすけて』

 マルゲリータは顔を上げる。

「マッシュちゃん、何か言った?」
「言ってないよ」
「でも、『助けてって』・・・声が・・・」

 時が止まったかのように静止する。

「どうしよ・・・」
「このまま流されるのも得策とは言えないけど、もう少し待ったほうがいいと思う」

 接触センサーが同時に全方位で反応!

「反応アリ!」
 マルゲリータはビクリとする。
 完全に覆われている!
 鷲掴みにされたように、一瞬だった。
 でも衝撃反応は無い。
 触れる程度。
 しかも、今は触れていない。

「何物かが侵入!」

 モニターでは触手が広げらているのが見えた。
 その隙間から生物的な管が無数に見える。
「どうするマスター?」
 マルゲは答えられなかった。
 裂け目からイソギンチャクのような管がSTGに伸びるのをジッと見ている。
 そして今度はハッキリと聞こえた。

『たすけて』

「ほらっ! 言ってる!」
「何を?! 防衛システムが働かない!」 
 触手はSTGトーメイトのエネルギーシールドをスルリと貫通すると第一装甲板に触れた。
「パルスショックを発生させるね!」
「待って・・・少し、聞いて上げよ・・・」
「マスター?」
 コックピットが赤く染まる。
 コアの音声が流れた。
「外部から侵入あり、搭乗員に精神汚染の影響がみられます」
「マスターっ! 操舵権を僕にっ!」
「大丈夫、怖いけど、大丈夫、私、ハッキリしているから、今、この子といる・・・」
「この子? コア・コンピューター、精神判定は?」
「イエローです。喪失状態とは言えません」

 マッシュはホログラムでコックピットに現れた。
 マルゲリータは気の抜けた顔をしており、目が真っ白になっている。

「マスターっ、僕に譲渡して! 早く!」
「大丈夫、落ち着いて・・・彼女は怖がっているだけだから。・・・今、私は青空の下にいるの。足元には短い草が生い茂っていて、立派な樹が一本立ってる。その下に白いテーブルがあって・・・」
「何言ってるの? マスターは今STGのコックピットにいるんだよ!」
「わかっている。そっちも見えているから・・・。私は浮いていて、フワフワしていて、眺めているの・・・コックピットに座っている私と、樹の下の彼女を・・・」
「コンピューター、精神汚染が進んでいる!」
「イエローです」
 コックピットに座っているマルゲリータの両目から涙が流れた。
「マルゲちゃん?」
「大丈夫・・・彼女たちの星が・・・星が・・・襲われて・・・こんなに小さいのに・・・可愛そうに・・・散り散りになって・・・なんで・・・こんな・・・」
 マルゲリータは瞬きもせず涙を流し続けていた。
 彼女に黒目が戻ってきた。
「マッシュちゃん、触手を広げて、彼女も入れてあげて!」
「そんな! それは・・・」マッシュは「出来ない」と言えなかった。
 搭乗員パートナーはその基本において命令をきく。
 搭乗員の命の危険に及ぶ場合は別であるが、コアは異常判定を示していない。
「トーメイト、主権の譲渡提案を申請!」
「パートナー権限を受領・・・否決されました。条件不十分です」
「マッシュちゃん、大丈夫だから・・・お願い・・・」

 即座に命の危険が及ぶ状況とは判定されなかった。
 命令に従わざる負えない。
 マッシュはホログラムを消すと、触手を展開した。

 全貌が間近で見える。

 STG28よりも遥かに大きい。
 長いといった方がいい。
 少なくとも全長は五倍以上あるようだ。
 直径は28の円錐底部より短く半分程度。
 全体は白く、円筒状で、先端が膨らんでおり、マッチ棒のような形状をしている。
 戦闘の為かアチコチが欠けていた。
 それはマルゲリータが思った通り、STG28にどこか似たものを感じさせた。
 タコパのメカニカルな触手とは異なり、その船の触手は有機的で海に揺らめくイソギンチャクを想起させた。青白く発光し、うごめく様はお世辞にも気持ちのいい光景では無い。
 それでもマルゲリータは愛おしそうにその触手を見ていた。

「包んであげて」

 彼女は自身の保護対象でも見るように穏やかな声で言った。
 マッシュは何も言わなかった。
 精神汚染は正常値に下がっている。
 バイタルサインにも異常は無い。
 今の彼女は数値上は完全に正常だ。
 マザーとの接続はオフラインのまま。
 オンラインだったらアウトだろうことは明らかに思えた。

「うん」

 マッシュは短く応えた。
 触手を伸ばしていき、ソレを包みこむ。
 白いマッチ棒は自らの触手を船内に格納すると、どういう原理か、小さく縮んでいった。
 今はSTG28と同じ全長にまで縮む。

 コレで包めないという言い訳も出来なくなった。
 円錐に寄り添う円筒。
 包み込んでいく。

 完全に包み込むと、二機は宇宙から姿を消した。