STG/I:第百五十一話:孤軍奮闘

 STG28のコックピット内で頭を下げるマルゲリータの姿。
 モニター越しにそれを見守る河童と雌猫、そして中隊メンバー。


「やるぞ野郎ども!」
 部隊チャンネルは地鳴りのような足を踏み鳴らす音、そして河童コール。
「負けるもんか~女郎ども~!」
 黄色い声と共に拍手、上半身でダンスを踊る者も。
 一斉に灯る出撃サイン。
「本部許可申請、自動承認されましたーっ!」
「スターゲート、起動、開始! ぬ・・・丸・・八?」
「ぬ、丸、ハ、はひふへほのハ」
「改めまして、ぬ、丸ハ、六参壱、六参弐、六参参、起動しました!」
 ほとんどが使い捨てスターゲートを二から三輪装備。
 マルゲリータのSTGだけ一番多い。
 中隊の多くは船体レベル一から三と低レベル。
 五レベル以上に達しているのはマルゲリータと超長距離索敵で同行した隊員ぐらいなもの。
「ゲートライン接続開始。全機、操舵をパートナーに移譲、確認!っと」
「月詠のタイムライン同期、正常です」
「ランゲルハンスポッド自動射出設定、緑!」
「グリーンね」
「逃げ遅れるなよ~可愛い子ちゃ~ん!」
「そっちこそ! 猫の逃げ足を舐めないでよね!」
「寧ろ舐めさせて~ん」
「キモっ!」
「隊長、変態がいます!」
「通報しました」
「ゲートライン分岐!」
「ゲートラインって何ぃ~?」
「細くて長いの~。アレよーっ!」
「何あれ~っ! 千歳飴みたい!」
「舐めたーい!」
「ちとせ飴って何ぃー?」

 本拠点から飛び出した筒状のゲートラインが三つに別れ、各々の色に誘導灯が灯る。

「中隊長ぉ~一発号令を~、おなしゃす!」
「マルゲちゃん、かましてやって~!」
 マルゲは全員の顔をモニター越しに眺める。
「皆、無理だけはしないで・・・。マルゲリータ、中隊・・・全機発進!」

 丸い二輪の蛍光灯達が、まるでイカの稚魚のように一斉に飛び出した。
 本拠点の外、宙空に小隊用スターゲートが白く灯っている。
 三小隊は吸い込まれるように飛んで行き、消えた。
 ゲートは白から青へ。
 二小隊はゲートではなく闇を切り裂く白糸のように飛んで行く。
 

「雅、艶、茜、葵! スキャン範囲は三メートル以上重なり合うように!」
「御意!」「御意!」「御意!」「御意!」

 脚部にオプションスラスターを装備し、まるで氷上を滑り跳ぶように本部を滑走するアンドロイド達。
 サイコロ上のブロック達を無数に従え散開した。
 ブロックには細長いものもあり、まるでパズルゲームでも始めようと言うのか。

 彼女達は本部専用のパートナー、アンドロイドである。
 ブロックのような物体は本拠点のメンテナンスロボットの一種。
 通常、本部の外で見る事はまず無い。メンテナンス通路を使う為だ。

 本部委員会は仕事が多く、フォローする為に様々な設備がある。
 本部専用のパートナーもその一つ。大きく二種類存在する。
 一つは、部隊パートナーと同様な目的をもつ本部パートナー。
 そしてメンテナンス専用の本部メンテナンス・パートナー。
 静が連れているのは後者。
 本部専用のパートナーは、本部に居た経験が無い限りほぼ知らない。
 エイジやミリオタも当初はその存在を知らなかった。
 
 本部メンテナンス・パートナーは言い換えると、動く補助コンピューター。
 本部委員会の御用聞きとも言える。
 スーパーやコンビニで働く店員のように万能的に動き、自ら得意としない分野に関しては別のパートナーを呼んだり、代わったり、搭乗員パートナー、部隊パートナー等と協力し合うこともある。
 彼女達は「ブロック」と呼ばれる整備マシンを自在に操れ、補修の際は自動的に運用する。
 STG28に搭乗したり戦うことは出来ない。
 様々な入力ポート、装置をもち、本部搭乗員のインターフェースにもなっている。
 造形的には口が無く、黒目に相当するものも無い。
 エイジのパートナーが近いデザインだが、専用のロゴや装備、デザインをもつ。

 本部パートナーは部隊パートナーと概ね同様だが、異なる点が幾つかある。
 感情表現は抑えられており、部隊員の精神的ケアは担わない。
 本拠点内のパートナー全てを統括する能力を保有する。
 本部の意思決定をダイレクトに反映させる行動をとり、法の執行官でもある。
 部隊パートナーは理論に反しても部隊の存続やパワーバランスを汲み取る行動をとるが、本部パートナーは純粋に命令を執行する。ただし規約等に反してない場合に限られる。
 本部専用の大型迎撃装置等は本部の搭乗員もしくは本部パートナーしか操作出来ない。
 メンテナンス・パートナーと異なり、顔や身体は人間風のパーツも多い。

 本部専用のパートナーには共通点が幾つかある。
 感情表現や感情認知機能は抑えられており機械的な反応。
 基本的に人型で、組み合わせパターンを使用する。
 変更できるパーツは非常に多いが細かい調整は出来ない。
 これらは一目で本部パートナーと見分けられる為とも言われている。

 四体のデザインは全てミリオタが決定し、発言ベースは仮で静が設定された。
 本来は本部委員会で本部パートナーを統括するチームを作る。
 無設定でも必要なメンテナンス行動は自動で行う為、問題にはならない。
 ただし付加機能は指示を与える必要がある。
 エイジ達は急場の混乱、引継ぎ無し、時間が無いこともあり、彼女達を一時的に静に統括させた。
 他の本部委員会から後に不平不満も出たが、事態が落ち着いてから改めて話し合うことになっている。

 彼女達とブロックは搭乗員には不可能なペースでスキャナーを設置していった。

(何が起きた・・・)

 最初に浮かんだ言葉。
 身体が動かない。
 息が苦しいようだ。

 突然、グリンと繋がっていた感覚が途切れた。
 ビジョンは無限の如き隕石型が残像のように焼き付いている。
 対戦はおろか見た事すら無いヤツもいた。
 グリン・・・。

(グリンっ!)

 反応がない。
 電源が入っていない手応えの無さ。
 全く意図せず子供がコンセントを抜いた時のように突然だった。
 宇宙に接続されていない。

(デルタ・アサンガ! オメガ・アサンガ! 応答しろ!)

 分体とも通じない・・・。
 宇宙と切断されると分体ともコンタクト出来ないのか?
 なんだそのクソ仕様!
 俺自身なんだぞ!
 宇宙人のテクノロジーはその程度か!

 切り離された俺達はどうなる?
 圧倒的な経験と知識不足。
 普通に考えればエネルギーが切れたら死ぬだろう。
 いや、彼らは自立している。そう簡単じゃないはずだ。
 判らないことが多すぎる。

 待てよ、そもそも俺はオリジナルだよな?
 それともシータ・アサンガか?
 最後に分かれたのはシータだった気がする。
 思いだせない。
 すっぽり抜けている。
 記憶装置のその部分だけが読み出せない感覚。
 今度スライスする時に何か刻印をした方が良いな。

 今、何らかの生命体、アバターに接続されているのは判る。
 でもコレは動かない。
 動く気がしない。
 地球人か?
 いや、この感じは違う。
 もっと強力で、もっと機能的な・・・。
 そうだ。

(長い不調の経験がこんなところで役に立つとは)

 シューニャは全身の神経に丁寧に意識を張り巡らせた。
 まるで体内に小さな自分を血流にそって送り込むように。
 そうすることで様々な事が解る。
 どの程度のダメージなのか、どの程度動けるのか、回復にはどの程度かかるのか。
 そうした事を繰り返し辛うじて生きて来た。

 反応微弱。
 バッテリーが切れている感じ。
 ゼロでは無いが、僅かではある。
 全身のエネルギーが足りない。
 そして、どうやら女だな。
 ということは地球人じゃない。
 アレは男だった。
 唯一、瞼は動かせそうだ。

 半分開ける。

 真っ白な床。
 真っ白な白い壁。
 白い光。
 目を開けた瞬間、「眩しい」という感覚が無かった。
 やはり地球人では無い。
 調光反応が地球人のそれじゃない。
 もっとデジタル的な反応。

 動くのは目だけか。
 いや、聴力もある程度回復しているようだ。
 ノイズが聞こえる。
 これは空調の音か?
 テスト放送のような音も聞こえるな。
 警告音か?
 地球人の耳鳴りとは少し違う。

 目の体操でもするように、ゆっくり、ぐるりと、目だけで周囲を見渡す。

 ソファーが見えた。

 美しい若い女性の笑みが思い出される。
 搭乗員パートナーのビーナスだ。
 抹殺指令の時、二人で過ごした記憶。

 だとしたら私はオリジナルだ。
 いや、シータ・アサンガもその記憶は共有されているか。
 ・・・今はいい。原因探しをしている時間はなさそうだ。
 衰弱している。
 つまりココはSTGIの格納庫で、STG28のアバターということが判った。

 全身が接続されていく感覚に満ちてくる。
 目を瞑って頭に意識を集中。
 根本を理解すると、芋づる式にツリーの下々が一気に理解出来る。
 コマンドは生きている。
 ステータス、やっぱりスリープモード。
 栄養価が極端に低下した場合や脱水状態、生命維持に危険な状態で自動的になる、か。
 脱水、飢餓その他って感じだ。
 となると、出るのは強制転送か。

 なんで格納されないんだ?
 そうか・・・STGIの格納庫ではマザーのルール外。
 とんだリスクがあったもんだ。
 誰か説明書に書いておけ。
 と言っても、長すぎてほとんど読めていない。
 今度、格納庫にビュッフェと医療施設を作っておこう。
 出来ればの話だが。

 まてよ。
 普通に出るのは・・・駄目じゃないか?
 危ない危ない。
 動けないのだから。
 マイルームに転送されると詰むぞ。
 いや、その場合でもマザーに・・・それはヤバイ。
 抹殺指令はまだ有効と思った方が良い。
 ビーナスに助けてもらうか。
 でもビーナスがそもそもまだ居るのかすら判らない。
 なら・・・部隊のメディカル・ポッドに直転送か。
 そうだ、隊長専用のポッドがいい。

 どっと疲れる。 
 意識を集中させるだけでこんなに疲れる。
 健康な人間は気づいていないが、考えるというのは肉体のリソースを大量に消費する。
 少し休もう。

 まるでバッタの大群だった。
 いや、それより酷い。
 予想通り礫のような隕石型宇宙人がいた。
 まるで砂嵐。
 あの中を飛ぶというのは、ホワイトアウトする豪雪の中、高速道路で飛ばすようなもの。
 頭がおかしくなりそうな音を発するヤツ。
 息もつかない濁流のような隕石型宇宙人達。
 侮っていないつもりだったが、想像するのと、経験するのでは天と地ほどに差がある。
 STGIに乗りながら隕石型に恐怖を感じるとは。
 考えが甘かった・・・。

「シューにゃん、数は力だよ」

 不意にミリオタの言葉を思い出す。
 圧倒的な物量。
 夢幻の如き鉱物。
 メテオライトだけで何百万倒しただろうか・・・。
 どれほど居るんだ連中は。
 焼け石に水。

 でも、成果はあった。
 あの中では死なない。
 エネルギーは無限の如く供給出来る。
 幾らでも貪食出来る。
 攻撃がヒットしても瞬時に回復。
 よく漫画やアニメで見たが、回復を上回る場合は無理だろう。
 分体になるのも考え物だ。
 便利なようで時と場合と場所を選ばないと。

 厄介な万能感。
 湧き出る力。
 暗にどうにかなる気がしていた。
 経験してしまえば滑稽過ぎる。
 無知蒙昧。井の中の蛙。

 数は減らなかった。
 文字通り無限に居る。
 手強い敵も。
 明らかに知性があるヤツも。
 見た目も鉱物の類では無かった。
 STG21同様、そっち側についた連中だろうか?
 明らかに文明を感じる造形。
 グリンのお陰で助かったが・・・。
 何故? どうしてアッチ側につく?

「この戦いは永遠に終わらない」

 誰だか言っていた通り。
 やはり近くのコロニーを潰さない限りひと時の安息すら得られないんだ。
 つまり我々に出来る最低限かつ最高の目標は間違っていなかった。
 万に一つそれが成功しても後は運任せだが・・・。
 地球を守りながら近いコロニーを破壊する。
 それしかない。
 問題はコロニーの場所がまだ判らない点だが。
 仮に判ったところで出来るのかそんなこと・・・

 いや、やるしかない。
 他に選択肢は無いんだ。
 出来なければ死滅。
 本当に無いのか?
 あらゆる可能性を仮にしておこう。
 動きながら考えるしかない。
 今は単なる偶然の、奇跡の中で、偶々生きているに過ぎない。
 考えると恐ろしい話だ。

 分体とも上手く連携が取れない。
 考えれば当然だ。
 車だって自分の身体の一部のように動かせるようになるには相当な時間がかかる。
 俺は不器用な方だ、尚更だ。
 ましてや分体は生きている。
 何故そんな簡単なことが解らない。
 STGIはどうなっているんだ・・・
 グリンは・・・・。
 マズイ、疲れが増している。

 出来ないことを考えるな。
 発想を転換しろ。
 寧ろこの状態でアバターが死亡していたら危なかった。
 視点を変えればラッキーだったんだ。
 この状態でロストしていたら恐らくSTGIも消滅していた可能性がある。
 あくまでSTGIはSTG28あっての存在だ。
 ということは、地球のアバターがロストしても同じことか。
 地球のアバター?

(本体じゃねーか)

 そう言えば地球の俺はどうなってる・・・。
 判らない。
 また判らなくなってる!
 接続が切れている。

 ということは、今の中の人はSTG28のシューニャってことか?
 いや、どう考えたって地球の俺が死んだらマズイぞ!
 地球の俺はなんて名前だった?
 シューニャ・・・いやいや日本人だぞ・・・。

 思い出せない。
 あの時と同じ。
 リンクが切れている。
 地球に戻れる気がしない。
 どれぐらい地球人に戻っていない?
 時間間隔が地球人のそれとは違う。

 俺が生きているということは、地球の俺も生きているって考えていいよな?
 それとも、地球の俺が死んでも、STGの俺が生きていれば生きられる可能性も・・・。
 サイキさんが見つけて、前みたいに、食べ物なり、飲み物なり与えたり、呼んでくれれば可能性はある。

 シューニャは長く細く息を吐いた。

 急がないと。
 コマンド、転送、場所の指定・・・。
 意識が上手に収束出来ない。限界が近い。

 コマンド、転送、場所は・・・部隊のメディカル・ポッド。
 隊長専用ポッドを指定・・・出来ない? 何故?
 駄目だ。
 受け付けない。
 ココではエラー内容が解らないのが地味にキツイな。
 マイルームに簡易メディカルを設置しておくべきだったか・・・。

 いや、後悔している余裕は無い。
 とにかく、今はこのアバターを救わないと。
 部隊メディカルにしよう。もう限界だ。
 ものを考えるというのは思いの外リソースを消費する。
 具体的にイメージしてコマンドを送る。

(よし、転送!)

STG/I:第百五十話:信頼

第百五十話 信頼

「何が起きているの・・・」

 マルゲリータは本拠点に戻ってきた。
 自分と部隊で作ったマップに従い、スターゲートを二段階に分け、最後は高速航行から着艦。
 一気に跳んだ方が速いが、自身の直感を信じた。
 そして、改めて本拠点のマップが誤っていることを確認した。

 着艦許可は自動で行われ、オペレーターからの返事はない。
 それそのものは気にしなかったが、センターロビーで異常に気付く。

 静か過ぎる。

 先ほど帰還した時とは真逆。
 またしても浦島太郎になった感覚を受ける。
 自分だけが何か大きな流れから取り残されている気がした。

 胃の底がゾワゾワ。
 あの時の遠征帰りと同じ。
 その正体がわかった。恐怖だ。
 マルゲリータは自分の身体が無意識に震えていることに気づく。
 目をつぶってシューニャの顔を思い描く。

 そしてあの日の出来事。
 カーゴから出て来たアメジスト。
 危機を前にして温度差のある仲間達。
 事実を前にしても信じない。
 遠ざかるシューニャのSTG。
 込み上げてくる恐怖と、情けなさと、無力さ。

 強く、長く息を吐くと、腹に力を入れる。
 毛は短くなりショートになった。
 彼女は走り出す。

 本部も人数が少なく、エイジの姿が見えない。
 そればかりか、ミリオタ、武者小路、イシグロの姿も無い。
 彼らの姿は誰かしらいつ何時でも見えたのに。

 ここで気づいた。
 サインボードにイシグロがログアウトとある。
 かなりの人数がログアウトしている。
 こんなことは見た事が無い。
 まるで大戦前。
 あの時も多くのプレイヤーは身の危険を感じ去って行った。

 本部のログデータにアクセス。
 ミリオタはプライベートルームに居た。
、エイジと武者小路、イシグロは会議中と知る。

(STGアメリカ特定国際協議中?・・・予定時間を過ぎている・・・)

 自分が帰ってきた所が間違いなく日本・本拠点であると実感した。
 ログには、首相動静のように行動履歴が自動的に要約され記録される。
 一般搭乗員は見ることは出来ないが、本部の特定役職は見ることが出来る。
 宰相動静は一般にも公開されていた。
 個人レベルでも公開・公開範囲限定・非公開等が選べる。
 ログには、自らが警告した多国籍軍の接近、その後の攻撃、バルトーク隊の仲介、そして休戦協定、一時間後の協議だと流れが記録されている。

(どうしてこんな時に皆ログアウトしているの?)

 本部の一定階級の搭乗員に認めれた緊急コールサインをエイジに送る。
 だが、義母から拒否。

「お義母さん。急ぎなの。どうしても知らせないといけないの」
「特定国際協議は該当ユーザーのみ入室や連絡が許可されておりますが、マルゲリータ様は許可されておりません。如何なる理由でも協議終了まで介入は出来ません」
「急ぎなの! 大急ぎなの!」
「出来ません。STG国際連盟法の決定事項です」
「じゃあ、何時終わるの?」
「不明です。終了予定時刻は過ぎておりますが、協議終了するまで連絡手段はありません」
「緊急警報も流れないの?!」
「それは流れます。本拠点に著しい危険が迫る等、例えば隕石型宇宙人の侵入が検知された場合、放送されます」
「だったら、隕石型宇宙人の攻撃が始まるの! 直ぐにアラートを出して!」
「検知されておりません」
「んー・・検知されてからじゃ遅いこともあるじゃない!」
「放送は脅威を検知された場合に限られます」
「でも! 索敵ポッドの範囲には限界があるから」
「日本・本拠点の索敵ポット数は全国トップです」
「そういう問題じゃないの!」
「他には何か?」
「もう・・・頑固ババア! わからづやっ!」
「以上、通信終わり」
  
 マルゲリータの頭上にペナルティポイントが灯る。

「マッシュちゃん! ミリオタさんに繋いで!」
「プライベートルーム内は退室するまでアクセス出来ないマッシュよ」
「うー・・・・」

 マルゲリータは地団駄を踏む。

「だったら、判らせればいいんだ・・・」

 兎に角、索敵ポットを巻きまくる。
 遠く、出来るだけ遠くの位置で検知さえすれば、アラートは鳴る。
 私の役目を果たすことが結果的に皆の為にもなる。
 そう言えば中にも設置するって・・・急がないと。

「マスターマルゲリータ!」
「あっ! ビーナスちゃん! 静ちゃん!」

 ビーナスと静が駆けつける。
 二人に勢いよく抱き着く。

「シューニャさんから連絡があったの!」
「本当ですか!」「誠ですか!」
「これを」

 彼女は両手の人差し指を突き出した。
 二人は即座に理解し、指を合わせる。

 マルゲリータはシューニャの指示に従いネイルチップに指示内容をダウンロードしておいた。
 ネイルチップは爪状の記憶媒体で、爪の上に張り付ける。
 一般的なリーダーでは読めないが、STGやパートナーは直接リードが可能。
 左はビーナス、右は静。

「マルゲリータ様、書き込みを許可して下さい。この最中に起きたことを纏めておきました」
「ありがとうビーナスちゃん!」
「マスターマルゲリータ、不躾ですが私も許可願えれば幸いです」
「勿論、静ちゃん!」

 静の目つきが変わった。

「マスターマルゲリータ、感謝致します。ご武運を・・・」

 両手でマルゲリータの小さな手を包み一瞬強く握ると、滑るように走り出す。
 脚部のスラスターを噴出。浮く為というより機敏に動く為のようだ。

「マルゲリータ様、本部内のスキャナー設置は私と静に任せて下さいませんか?」
「やってくれるの?」
「はい。マルゲリータ様の装備補充は直ぐ終わります。部隊を率いてポッド配布へ向かって下さい」
「それよりどうしよう・・・。これを読むとシューニャさんは私の思いつきみたいな言葉から配置マップを考えているでしょ。もし私の仮説が間違っていれば・・・自信が無いの・・・。」
「マルゲリータ様・・・誰であっても全てを知ることは叶わないでしょう。そこは・・・信じて賭けるしか無いのではないでしょうか。シューニャ様は、マルゲリータ様を信じて、賭けたのだと思います。それにマスターは慎重なお方です。何の根拠もなく信じたわけでも無いと思うのです」
「ビーナスちゃんの確率はどう出てる?」
「・・・一旦ここは確率を忘れましょう」
「ビーナスちゃん・・・」
「正直なところ、確率を言えるほどの情報は集まっておりません」
「・・・ありがとう。多分・・・そうね。私・・・賭けは強いかも! 昔からよく当たり引くし!」
「では、やりましょう!」
「うん! 絶対また会おうね! フラグなんて折っちゃうから!」

 ビーナスが柔らかく抱きしめると、次の瞬間お互い別々な方に走り出した。

 武者小路は彼らを見ていた。
 まるで魔法のように何処からともなくディレクターチェアを出し寛いでいる。
 そればかりかケータリングまで。

 エイジと武者小路は時間の猶予を与えられる。

 その光景はまるでブラックだ。
 夢か現か判断出来ず緊張を漲らせている二人。
 対してあのリラックス。
 何かが、妙に引っ掛かる。
 第六感のようなもの。
 意識外の違和。

「エイジくん、彼女らは嘘を言っている気がしてならない」

 さっきまで自分はログインしたままマンションの自室に居たはず。
 だが、それは彼女らによって否定された。

「この世界は全て作っています・・・。押さない限り、現実には覚醒しません。ココは高度な仮想空間で、主要な感覚共有も可能な特殊な方法で接続されております。チープなサービスは既に民間でもあります」
「仮にそうだとして規模が桁違い過ぎる。どうしてここまで出来る?」
「アメリカや同盟国の全面バックアップがありますから」

 そうかもしれない。
 違うかもしれない。
 何が本当で、何が嘘なのか。
 答えを知っている側はなんとでも言える。
 彼女らは、判らないなら押せと言う。判りようが無いとも。
 圧倒的に不利な状況。
 徐々に武者小路の心が押すことへの肯定感が増してきた時、エイジがボソリと言った。

「僕はココに残ります」
「・・・君は知らないだろうが植物状態というのは大変な事なんだぞ」
「何となくわかります・・・」
「こんな時に嘘をつかなくてもいい」
「嘘じゃないです」
「これだから子供は・・・」
「僕の居場所はココなんです。仮想か現実かは問題じゃない・・・」
「本当に良いのか? よく考えろ」
「武者小路さんは行って下さい。もし残ることが間違いだったら、教えてください」
「ほら!」
「いえ、僕じゃなくて、皆に知らせないと・・・」

 この時、全身を恥という槍が貫いた。
 この瞬間まで自分のことしか考えていなかった事に気づかされた。
 この子供は当たり前のようにその他隊員のことを考えている。
 その上で自分だけは残るつもりなんだ。

「連絡出来ない可能性は大いにあるぞ・・・」
「だとしたら、それは嘘をついているってことじゃないですか?」
「どうして?」
「あの方達は協力的に見えます。助けたいと言ってます。だったら、助けてくれる筈です。連絡すらさせてくれないのなら・・・おかしい。嘘をついている」
「・・・ちょっと待て」

 武者小路は立ち上がり、向こう側を見た。

「あの、ちょっとよろしいでしょうか。どれぐらい待てますか?」
「お好きなだけ。ただ、ここではオートイーティング等は働かないので注意して下さい」
「であれば、一旦休戦協定を延長して、後日再協議し直すでは?」
「それは出来ません。決裁権のターンに入っておりますから。残念だけど・・・」
「無知で申し訳ない。決裁権とは?」
「この場合、そのスイッチを押して現実に戻るか、戻らずに脳死を選択するかです。繰り返しになりますが、後者を選択した場合、私達の保護な無くなり、数日内に生命維持装置が外され死亡します。残るという決断は、それを許可するということです」

 武者小路は息をのんだ。

「貴方達の研究に参加したのですから健康管理をするのは義務では?」
「それは同意した場合に限られます」
「それはおかしい!」
「入眠前の契約でそうなっており、貴方達はサインされております」
「その契約書を見せて欲しい」
「それはこの場では出来ません。覚醒すれば幾らでも」
「後で押すことは出来ないんですか?」

 エイジが割って入った。

「やり直しは出来ません」
「貴方達の言う・・・そう、貴方の言う現実で私はどんな職業ですか?」
「ごめんなさい。コンプライアンスの都合で言えません」

 俺の嫌いな言葉コンプライアンス。
 本来の意味を捻じ曲げ、権力者側が逃げ口上の為に使われる便利な言葉に成り下がっている。

「本人が知られても構わないと言っても?」
「ええ。そういう問題じゃないですから」
「わかった。もう少し待ってくれ」
「判りました」

 二人は椅子に座り直した。
 この椅子もどこからともなくいつの間にかそこにあった。
 最初は無かった。
 明らかに場をコントロール出来るのは連中だ。
 ある意味、この椅子ですらメッセージなんだ。
 お前らには敵わないという。

「エイジくん、どうする?」
「僕は帰りません」
「二度と戻れない。死ぬかもしれないんだぞ」
「僕は・・・ココで死ぬのは嬉しいです」
「あのさ・・・」
「それに、可能性が無いとは限らないじゃないですか」
「アッチはゲームメーカーかもしれない。作っている側だ。敵いやしない」
「仮にココで僕の人生が終わるなら・・・僕は幸せです」

 これだから子供は嫌いだ。
 なんの深慮もなく、先も見通さず、簡単に今この瞬間の思いだけで大事なことを決める。
 娘もそうだ。
 今の日本に居るくらいなら海外で学校を卒業した方が絶対いい。
 なのに金にもならない文化活動とやらに・・・。
 いや、今はいい。
 
「彼らの言っていることが本当なら死ぬんだぞ」
「それでいいです」

 現代日本人ってのはココまで浅薄になったのか。
 このゲームを安楽死マシーンだとでも思っているのか。

「武者小路さん」
「なんだ」
「さっきイシグロさんが、こう口を動かしていたんですど、なんだと思いますか?」
「口?・・・アイツの口なんてどうでもいい」
「イシグロさんて、あんな顔しないと思うんです」
「お前が知らないだけだろ。・・・待て。もう一度やってみろ」

 エイジは口を動かした。

「ウホ、ですかね?」
「馬鹿か、意味がわからな・・・」

 またエイジが口を動かした。

「ウソだ・・・」
「ウソ?・・・何が嘘なんですか?」
「恐らく、連中の言っていること。ということは・・・この提案は受けるべきじゃない」
「どうしてですか?」
「押させたいんだ連中は。そこには裏がある。もっともイシグロを手放しに信用は出来ないが、相手の意図が解らない間は迂闊に了解してはいけない」
「そうなんですか・・・」

 連中は無関心を装い談笑している。
 壮大な実験。
 あると言えばある。
 素人からすると一見意味不明な実験は多い。
 意図を知らされる場合と、知らされない場合もある・・・。
 主催者側が責任を負わない旨の了承サインもよくある。
 嘘には知られたくない不利な条件がある。
 それとも、イシグロのこの行動そのものが仕組まれたもの・・・。

 武者小路は立ち上がると装置の前に歩み寄った。

「意思が固まりましたか?」
「ああ。・・・俺たちはココに残る」

 向こう岸に明白な動揺はない。
 動揺しているのは彼女だけ。

「しかし・・・それでは・・・」
「脳死、植物状態になる。ですよね。彼は構わないと言っている。私もそれでも構わない」
「僕は・・・起きなくていいです」
「エイジさん、現実の貴方は苛められても居ないし、両親ともご健在なのですよ」
「僕は・・・苛められていません・・・」
「可愛そうに・・・。この成績で目が覚めれば、一生楽な暮らしが出来るのに・・・」
「いらないです・・・だって・・・」
「ちょっと伺いたい」
「どうぞ」
「私が結婚していて、子供がいることもご存知でしょうか?」
「はい」
「子供は何人?」
「一人です」
「性別は」
「女性」
「歳は?」
「五歳」
「五歳・・・・」
「はい」
「違う。・・・それは娘の写真の年齢だ」
「いえ、五歳です。現実の貴方の娘さんは」
「・・・俺の娘は死んだ。5歳の時に、事故で・・・」
「貴方達が疑心暗鬼になるのも無理はありません。また、申し訳ありませんが、あまりにも細かすぎる設定はAI任せなのです。常時数万人規模の変化を、作られた歴史を、全て把握しているわけではありません。だから齟齬はあるかもしれません」

 妙に説得力がある。
 回答に自信があり淀みない。
 嘘にも動じなかった。
 娘は死んで無い。
 五歳でもないが、言訳も自然だった。
 動じているのはエイジくんだけか・・・。
 そんな哀れんだ目で俺を見るな。嘘なんだから。
 現実なら恐らく君ぐらいの年齢かもしれない。
 君とは大違いなほど優秀で美しいが。

「判りました。もう少し考えさせて下さい」
「どうぞ。私は別な仕事に戻らないといけませんので、他の担当が当たります」
「いや、担当変更は許可出来ません。貴方が最後まで責任をもって下さい」
「ちょっと失礼」

 D と名乗った白衣を着た男が前へ出た。

「決裁権は私にあるので、彼女は居なくても影響はありません」
「それは判っております」
「武者小路さん、いいんじゃないですか?」
「いや、こういう時に交渉相手は絶対に替えるな」

 彼女は後ろの数人とコソコソと話すと頷いた。

「判りました。私の仕事は他の者に回し、私はココに居ます」
「それでお願い致します」

 彼女と話していた三人の姿が消えた。
 気になる。
 椅子や人は出たり入ったりしている。
 それなのにコッチは出来ない。
 それを突っ込んだところで体よく嘘をつかれるだけだろう。

 焦らせる気配も無し。
 詐欺は焦らせる。
 でも、テクニカルな詐欺師は長いスパンでモノを見る。
 蛇が獲物を締め上げるようにゆっくりと絡めとる。
 そして、その時が来た時に一気に・・・。

 状況が整う前に対処しないと手遅れになるぞ。
 言葉の羅列では馬脚を表さない可能性が高そうだ。
 アクションを起こさないと。

 それともこれは何かの時間稼ぎなのか?
 嘘にしても、スパイのイシグロがどうしてそれを我々に伝える。
 反目しているのは芝居かもしれない。
 アースが何か言っていたな・・・ヤツは何を知っている? どうして知っている?
 誰が敵で誰が味方か解らなくなってきた。

 エイジがじっと見つめている。

 その同情の目は止めろ。
 嘘を説明するのも面倒だ。

「武者小路さんは押してください」

 動くか・・・しかし・・・リスクが大きすぎる。

「もし事実なら、三時間以内で何らかの方法で知らせてください。なんの知らせも無かったら嘘だと思うことにします」

 この子は不思議だ。
 妙に自信がないかと思えば、今は揺らぎがない。
 彼なりの人生の修羅場をくぐってきたのか・・・。
 少なくとも・・・君は信用出来そうだ。

「わかった。虎穴に入らずんば虎子を得ず・・・。もしもの時は武田隊長に助言を求めるといい。私が唯一絶対信頼できるお方だ。必ず力になってくれる。手首を出して」

 エイジが右手を武者小路に差し出す。
 武者小路は手を握って手首を捻ると親指を強く押しつけた。
 彼の部隊紋章がプリントされる。
 そして手に印籠を握らせる。

「我が隊は外の者に煩い連中が少なくない。でも、これを見せれば隊長は必ず会ってくれる」
「・・・わかりました。ありがとうございます!」
「こっちこそすまない。残る方が危険かもしれないのに」
「いえ、僕はココに居たいんです」
「やろう」
「はい!」

STG/I:第百四十九話:虚と実


 マルゲリータは困惑していた。

 モニター前に小さくなったSTG29。
 彼女は仮に サンゴちゃん と名付ける。
 光るサンゴのような触手を無数に伸ばすからだ。
 STG28のコックピットは内部にあるにも関わらずモニターを覗くように触手が動いて見えた。
 別なモニターで見ると、触手は確実にメインモニターの一つに集まっている。
 外部モニターは無数にあり、メインモニターも一つでは無い。
 しかも、一見それとはわからない点のようなもの。
 触手同士は相談するように、時には首を傾げるように動いた。


「なんで・・・」

 諜報特化STGのコックピット内部は広い。
 彼女は複数の立体モニターを空間に出し、それを立体パズルのように照らし合わせていた。

 帰還時、観測した航路マップを義母にアップロード。
 同時に最新マップをダウンロードしていた。
 だが、自身の観測したデータとズレている。
 どの様に合わせても合致しない。
 不思議だったのは、全く一致しないのではなく、合致するブロックもある点。
 誤ったピースが混入したパズルのよう。

 センサーを配置しながら飛んだ自機と中隊。
 距離や範囲内のマッピングに関しては信じるに値する。
 これを正しいとすると、漂流していた本拠点の情報がまるで出鱈目になる。
 義母がおかしくなったのか。
 新人が誤った情報をインプットしたのか。
 それとも意図的に。

「宇宙で迷子に? でも、どうして戻れたの・・・」

 身体が震えた。
 もし、スターゲートを義母の情報基準に使っていたらどうなっていたか。
 緊急発進だった為、索敵中隊から集約したデータを使った。
 本拠点の航路上は彼女の中隊に計測させている。
 その情報は義母に届いているはず。
 一致しない筈が無い。

 義母がおかしいのか。
 それとも・・・。

「戻らないと・・・。ここからでは届かない」

 触手が彼女をメインモニター越しに覗きこんでいることに気づく。

「貴方は誰なの?」

 触手達はまるで聞こえていたように、触手を首のように傾げる。
 耳鳴りのような音が外から聞こえる。
 長く、短く、短く、長く。

「STG29じゃないの?」

 触手の先端が点滅し、首を傾げるような動作をする。
 考えてみると当たり前かもしれない。
 自分も STG29 が何か判っていない。
 言葉に出来るけど、何かは知らない・・・。

 その時、メインモニターに大きな表示。
 凝視する。

「えっ、何コレ? つき・・・えい? 作戦? マッシュちゃん、これ何?」

 小さなマッシュがモニター上に現れた。

「ツクヨミって読むんだよ。予めセットされた本部の作戦司令みたい」
「本部の作戦司令? 通信圏外だよね」
「圏外マッシュ。事前に登録していた作戦だね。映像やブリーフィング、プランとか含めた一式がパッケージされているマッシュ。本部の作戦と直接的な連携が無い独立したものだね。あっ、作成者は誰だと思う~マスターの大好きな、シューニャ様だよ!」
「えっ、ほんと! でも・・・どうして・・・」
「再生するマッシュ?」
「うん!」

 そこには紛れもなくシューニャ・アサンガが映っていた。

「マルゲ、突然御免ね。驚いたでしょ。
 色々大変で・・・説明するのを省かせてもらった。
 悩んだけど、君の聡明さに委ねることに決めたよ」

 シューニャは弱々しく笑っている。

「この作戦が発現されたと言うことは遂に始まるんだね。
 えっとね、これから実施される予定の史上最大の作戦について少し説明するね。
 三部構成になっているんだけど、本部の皆はほぼ知らない。
 拠点防衛の要である天照。エイジ君に委ねようと思う。
 コロニー攻撃の要、素戔嗚。これはミリオタさん。
 そして調査の要、月詠。それを君に任せたい。

 情報は過去から現在に至るまで戦局を左右する。
 ただ、残念ながら私達が宇宙人に対し情報で勝つことはあり得ない。
 我々は孫悟空のような存在で地球人はお釈迦様の掌の上だよ。
 でも、彼等だって神では無い・・・ああ、駄目だ、こんなことを言っている場合じゃないな。

 月詠に話を戻そう。
 可能であれば早急に部隊を編成して欲しい。
 そして出来るだけの情報を集めて。中も外も。
 中もだよ。本拠点の中ね。
 外は索敵ポッドを可能な限り設置して、出来るだけ遠くに。
 中はパートナーを最大限に活用し、明白に不必要な行動をしている人をチェックして。
 最低限必要なことは全部セットしておいたから。
 作戦を受けてくれたのなら主要な権限は付与されるように設定しておいた。
 判らないことがあったらエセさんに聞いて。
 彼が答えるかどうかは判らないけど。
 彼の前では嘘だけはつかないように。

 無理な場合は・・・無理でいい。
 誰かに代わろうとはしないで。
 どの道・・・いや、なんて言うか、君意外の代役はいないから。
 この作戦は移譲出来ないようにしてある。
 共有したり転送したりは出来ないし、別な人が乗ると見られない。
 私は、皆とは会えない可能性もあるから、先に仕込ませてもらった。
 何が何だか判らないだろうけど、とにかく御免ね。

 もし作戦を受領する場合、ブラック・ナイトには近づかないで。
 そして消滅だけは避けて。
 推測だけど、彼の中に落ちたら、恐らく人間ではいられなくなる。
 御免ね。意味深なことばかりになっちゃって。
 まだ判らないことだらけで確定的な事は言えない。
 全ては仮の情報だと思って欲しい。
 最終的には自分の目で見て、自分の頭で考えて、心で決めて欲しい。
 君には感謝しているよ。

 前髪の両サイド、ちょっとだけ巻いているでしょ。それ可愛いよね。
 凄く凝ってる。
 ケシャと仲良くしてくれてありがとう。
 これからも友達でいて上げて。
 ありがとう。じゃあね! 元気で!」

 モニターに手が伸びる。
 別な音が聞こえた。

「お、グリン、行こうか。やっぱり上手く喋れないなぁ~」

 プツリと切れる。

 マルゲリータはモニターの前で固まっていた。
 メインモニターの中に描画されているマッシュが心許ない様子。
 マルゲの視線が動く。

「マッシュちゃん、作戦を受領して」

 パートナーのマッシュは驚いた。

「その前に聞いて。この作戦の成功率は根拠不明過ぎて推定出来ないよ・・・」
「だったら、尚更受領して!」
「でも・・・」
「もう大丈夫だから。今度こそ逃げたくないの・・・」
「この作戦はマスターに固定されているから始まったら後戻り出来ないよ」
「・・・マッシュちゃんは、勧められないって言いたいの?」
「そうマッシュ。マスターの守護者だからね! 受けるべきじゃない。危険すぎる」
「でも、私、受けたい」
「マスター・・・」

 マルゲリータはメインモニターに向かって言った。

「マルゲリータです。本部作戦の月詠を受領します!」

 STGトーメイトの本船コンピューターの声が響く。

「声紋を確認。パッケージを展開します。インストール後、月詠のオートスタートを実行」

 緊張した面持ちのマルゲリータ。
 サブモニターに映った STG29 の触手を見る。

「サンゴちゃん、お別れだね。お願いだから生きて・・・」

 協議再開の五分前。

 最初に来たのは武者小路だった。
 本部はまだ混乱している。
 武者小路は鎧アバターのデザインを替えていた。
 装飾が少なく動きやすさを想起させる。
 長刀を左右に二本。
 搭乗員を攻撃することは出来ない。
 決闘システムでのみ使用可なアバター。
 二本刀専用のモーションがある。

 次いでイシグロ。
 武者小路は彼を目で追った。
 イシグロは受け流す。
 彼は黒のスーツにアバターを着替えている。
 ネクタイも黒い。

「自分の葬式にでも参列するのですか?」
「・・・」
「策があるのか・・・売国め・・・」

 イシグロは何も言い返さない。

「縛られている以上、先ほどは見逃したが、これが終わったら覚悟しろ」

 三分前。
 エイジが駆け付ける。

「ごめんなさい。遅れました!」

 一時間前と同じ格好のエイジ。
 寝起きで頭がボサボサ。
 再びトップ会談に三人が集った。
 武者小路は少し驚く。
 イシグロも訝しげに彼を見る。

「ごめんなさいギリギリになっちゃって」

 ペコペコしている。
 あの落ち込んでいた少年が何事も無かったようにココにいる。

(最近の餓鬼共は本当に宇宙人のようだ。何を考えている・・・)

 軽快な音が鳴り扉が開く。
 全員が揃うと開くシステム。

 エイジがおずおずと入る。
 武者小路が続く。
 その際もイシグロの目を正面から捉えながら入った。
 そしてイシグロ。
 全員が入ると背後の扉が消えた。
 どこに扉があったかすら判らない。

 六畳ほどの薄暗い部屋。
 壁は乳白色。
 中央に卵型の椅子が三つ。
 ゆで卵を半分にカットし、中をくり抜いて斜めにした様な一脚の椅子。
 
 座るべき位置は表示を見ればわかる。
 各々が座った。
 沈黙が流れ、硬い空気が満たす。

 武者小路は不思議でならなかった。
 イシグロが逃げられないことは調べて知っていた。
 契約リングを付けられると時間内は基本的にログアウトも出来ない。
 一分前になれば強制的に転送される。
 だから来るには来るのだろうが、どうしてリラックスしているのか。
 アメリカとは交信出来ないはず。
 更新履歴も無かった。
 何を考えている?

 加えてエイジだ。
 一時間前、完全に壊れていた。
 到底立ち直れるとは思えない。
 嫌でも強制転送されるから来るには来るとは思っていたが自ら来るとは。
 現代人とはこうしたものなんだろうか。
 そして、どうして武田隊長は受けてくれないのか。
 武者小路は全てに対して憤然としていた。

「時間です」

 義母の声が聞こえる。
 薄暗い部屋が一気に明るくなる。
 同時に白くなった。
 しかも部屋が広がっていく。
 広く、
 更に広く、
 もっと広く。
 ドーム状に広がって行く。
 イシグロを除き、度肝を抜かれる。

 ドーム状の真っ白い部屋。
 壁は音を吸収する為か無数のドーム状のクッションになっている。
 いや、壁だけじゃない、床も。
 後ろを見るといつの間にか壁が遥か遠くにある。
 広大な空間。
 イシグロが小さく舌打ちをしたように聞こえた。

「それはどういう意味だ」

 武者小路が睨んだが答えない。
 イシグロは代わりに言った。

「始まるぞ」

 武者小路が正面を向くと、

「お疲れ様でしたーっ!
 見事達成しました。
 おめでとうございます!」

 無数のクラッカーの音。そして、金銀のテープが大砲で打ち出される。
 エイジは大晦日で母がよく見ていた番組を想起した。
 割れんばかりの拍手。
 五十人? 百人はいるだろうか。
 つい今しがたまで居なかったのに。
 第一声を発した長身の女性。
 まるでキャスターのうな様子。
 横にはテレビマン風の者達が大勢いる。
 無数のカメラが向き、激しいフラッシュ。
 呆然とする二人。

「これはどういうことだ・・・」

 腕輪を見る。
 協議中と出ている。

 キャスター風の女性が歩み寄って来る。
 目の前まで道が出来た。

「驚くのは無理もありません。
 記憶は無いのですから・・・。
 皆さんが参加されたのはNASAによる火星移住計画のシミュレーションです。
 それを最後まで貴方達はやり抜いたのです!」

 拍手が再び沸き上がる。

「何を言っている・・・」
「どういうことですか?・・・」
「申し上げた通りです。
 恐らく納得することは難しいでしょう。
 何故なら契約により、前の記憶が一部消えているはずです。
 火星移住には様々なトラブルが起きることが予想されます。
 その際に人がどのように行動し、どう精神バランスを保ち、肉体に影響が出るか長期的かつ大規模にシミュレーションしていたのです」
「ちょっと待て、火星なんて出てきてないぞ・・・」
「それはコンプライアンスの都合です。想起するものは排除されました」
「全部、嘘・・・ゲーム・・・だったんですか・・・」
「そうです」
「違うぞエイジ君! 騙されるな! イシグロ、お前、何をした!」

 イシグロは口をへの字に曲げただけで沈黙。

「彼は日本の現地コーディネーターです」
「・・・コーディネーター?」
「耳を貸すな! D はどうした! Kや、Aは!」
「私が A です」
「僕が K です」
「俺が D だ」
 
 白衣を来た三人が笑顔で前へ出る。
 回りのスタッフ達は笑みを浮かべ、メディア陣はフラッシュをたく。

「嘘だ・・・。STG28 は現実だ!」
「信じないことも想定内です。こちらをご覧ください」
 
 自分達の正面数メートル先に鋼鉄製の赤い箱が地面からせり上がって来る。
 前面上部に赤いランプが灯っている。
 その下に小さな円形の装置。
 スイッチが埋め込まれていた。

「このスイッチを押すと覚醒します。
 一人一人前へ出て押してください。
 話はそれからにしましょう。
 それにしても本当にお疲れ様でした。
 貴方お二人は特に勇敢でした。
 モニタリングしていて本当に感動しましたよ。
 まず、イシグロことサリーが見本を見せます」

 呆然とする二人。
 イシグロが前へ出る。
 二人が目で追った。
 大人程度の高さがある赤いオブジェを前に立ち止まる。

「サリー、それでは始めて下さい」

 キャスター風の女性が元来た道を戻る。
 イシグロが手を伸ばした。
 後ろを振り返ると、何の表情も浮かべず口を突き出す。
 そして口を開いた。
 向き直るとスイッチを押す。

 瞬間、消えた。

「イシグロ・・・」
「消えた・・・」
「いかがですか?
 このようにやります。
 これだけです。
 今、彼はコチラで覚醒しました。
 では、続いて下さい」

 穏やかな顔で促す。

STG/I:第百四十八話:静けさ

 人は個々の能力の範囲内でしか現実が見えない。
 それは持って生まれたものであり、積み上げられたものである。
 事ここに至っては今更どうしようも無いものだ。


 アメリカとの会談を終えた三人を迎える者は居なかった。

 本部は、簡単な言葉さえ通じないほどに混乱。
 委員会の一部は緊急会談の終わりに気づいたが、その結果を気にする者は少なかった。
 結論はモニターにも表示されている。
「一時停戦、一時間後に再協議」
 気づいた者の多くは「これで一呼吸出来る」その程度の感慨だった。

 アースを支持する派が増え、彼らの部隊内部隊へ編入されていく。
 情報が多すぎて個々の能力に齟齬が生じ、判り切ったことを質問してくる者もが増えた。
 誰かが言った。

「今更そんなことを聞くな! これから微分積分の問題を解かなきゃいけないのに、数字とは何だと聞かれているようなもんだぞ!」

 今起きたことを整理するので精いっぱいな者はまだ冷静だ。
 アースの発言を解析する少数チームも現れた。
 現実感を帯びた為か、一部では天照作戦の信憑性について検討が始まっている。
 パニックになる者も現れ、本部から零れる様にゲームを止める者も出てくる。
 エイジがよく知るメンバーの多くは、部隊メンバーの説得と並行して戦闘準備を急ピッチに進めている。

 一般兵に至っては天下泰平。
 今のアメリカとの一戦を何かのイベントと捉えていた。
 第二、第三のお祭り騒ぎを期待しロビーは盛り上がっている。
 最も、一部の優れたチームは本部に問い合わせているが、混乱から事実上無視されていた。
 何が嘘で、何が真実で、何が現実で、何が未来なのか。
 ほとんどの者は判っていなかった。

 スパイと名指しされたイシグロは何も問われること無く本部に戻る。
 誰も気にする者は居ない。
 彼は無視された存在として立場を確立していた。
 イシグロは変わらぬ様子でコンソールに座すと何やら調べ出す。
 
 武者小路はイシグロを即座に凍結する提議を上げるつもりだった。
 提議はあくまでも形だけであり、民主的プロセスをとったという証拠づくり。
 宰相がもつ権利の多くを武者小路も得ている。
 本部委員から説明を求められても、エイジに強制権を執行させる心づもり。

 アドバイスを貰うつもりで古巣である武田隊長の元に向かった結果、目論見が外れる。
 武者小路が戻ってきた時、部隊 暁の侍の作戦室には、フルメンバーが揃い踏み。
 この意識の高さ、荘厳さ、武者小路は勇気づけられた。

(やはり我々が本部を司るに相応しいメンバーだ!)

 だが、武田の口からは、想像にしない答えが返ってきた。
「イシグロは泳がせよう」
 普段穏やかな武田から想起出来ない確固たる意志力でもって発せられる。
 会議は僅か三十分。
 久しぶりに 暁の侍 は揺れに揺れた。

 白い煙がゆらゆらと立ち上っている。
 僅かな星が見えた。

 今日は天気が良かったようだ。
 思えば暫く外を眺めていなかった気がする。

 眼下には街の灯り。
 宝石箱のように煌めいている。

 子供の頃に街の夜景を作ったことを思い出した。

 自重気味に笑う若い男性。
 パリッとした白いYシャツに濃紺のスーツ。
 誰に会う訳でも無いのに毎日着替えている。
 男の目の下には深い隈。
 二重もクッキリと刻まれている。
 シャープな体系。
 筋肉質では無いが、日常的に鍛えられているのが伺える。
 知的な面差し。

(彼もう駄目だ・・・)

 エイジの顔が頭に浮かんでいた。
 
 どう転んでも所詮は子供。
 調子の良い時はいいが、雲行きが悪くなると一瞬で崩壊する。
 恐らく戦えないだろう。
 そうなると俺が天照に乗るのか・・・。
 参謀が主要兵器に最前線で搭乗する?
 馬鹿な。
 でも、天照が無ければ幾らも防げないのも事実。

「かと言って・・・」

 どうシミュレーションしても私では出力の三割が関の山。
 居ないよりマシだが。
 指揮を執る方が重要だ。

 闇夜の空を見上げる。

「まさか母親を差し出すとはなぁ~・・・」

 世も末だ・・・。
 思いだしただけでも胸糞が悪い。
 在野の連中はあの程度の情しかないのか。
 親は子を育てるだけのマシーンか。
 用が無ければ自ら差し出す。
 そんなヤツだとは思わなかった。
 下らない約束をしたものだ。
 我ながら嫌になる。

「お前は情に流され過ぎる」

 不意に思いだした。
 同期の言葉。

「うるせーわ」

 やっぱりエイジの成功は単なる偶然に過ぎない。
 思いつきだけで生きているような人間。
 なんの知的背景も無く、文化も歴史も思想信条も無い。
 あんな連中ばかりだから愚民政策が横行する。

 男は手持ちの空き缶に煙草を入れると、ベランダの床に置く。

 このゲームはほんの一休みのつもりだった。
 それがこんなにも長くここにいることになろうとは。
 死ぬ前に武田隊長を政界に送りたかった。

(その夢も潰える・・・)

 今の政治家は私利私欲のみ。
 馬鹿な国民は絵に描いた陽動で尻尾を振る。
 寄らば大樹か話題性。
 投票に行けばまだマシだが、行きやしない。
 結果、操作された票がまんまと機能する。
 この国が内側から破壊されようとしているのに。
 イシグロのようなスパイまで・・・。

 突然、一回、二回と欄干を両手で強く叩いた。
 三回目をやろうとして、思い留まる。

「クソッ・・・」

 無力だ。
 アイツらの言った通り。
 所詮はただの凡人なのだ。

 俺と違って武田隊長は賢い。
 話に乗らなかった。
 冗談と、笑い飛ばすわけでもなく。
 挙句に、日本・本拠点の宰相すら断る。
 彼が腰抜けじゃないことは明らか。
 言うように時期と情勢は見ないといけない。
 真に賢い人間は政治家にはならないのかもしれないな・・・・。

(でも、それじゃ駄目なんだ)

 その結果が今のこれだ・・・。
 もう既に手遅れかもしれない。
 手遅れ・・・。
 まさかこんな突拍子も無いことで日本はおろか地球が終わるとは神も仏も予測すまい。
 あれほど心血を注いで戦ったのに、何の意味があったというのだ。
 こんなことならもっと遊んでおけば良かった。

 また、エイジの顔が浮かんだ。

 あの時は勇気づけられた。
 彼のような子供がいるなら希望が持てるかもしれない。
 でも、それは誤りだった。
 ヒロイズムに浸って偶然成し遂げただけの偉業に過ぎない。
 彼の過去の戦績が物語っているじゃないか。
 所詮、彼も凡人なんだ。

 彼を推したシューニャ・アサンガなる搭乗員も同じだ。
 絵に描いたような凡庸な戦績。
 なんの突出した才能も無い。
 単なる偶然。
 その場に居合わせただけのラッキーマン。
 マザーから得られた天文学的戦果も単なるラッキーに過ぎないのだろう。
 そんなヤツに見初められた新たなラッキーマン。
 それが彼、エイジ。
 それが全て。
 そもそも子供に隊長を委ねるなんて正気の沙汰じゃない。
 大人として、恥知らずも甚だしい!

 大きく深呼吸する。
 下に向かって吐き出した。
 長く、長く。

「パパ、息くちゃーい!」

 思いだして笑みが宿る。
 禁煙したのに・・・。

(あとどれくらい時間があるのだろうか・・・)

 子供達の未来が終わってしまう。
 知った以上は無視できない。
 どの面下げて一週間生きばいいんだ。
 いや、今この瞬間にも落ちて来ないとは言えない。
 娘の未来が欲しい・・・。
 成長した姿を見たい。
 頼む。
 誰か・・・。

 ノロノロとバルコニーから室内に戻る。

 物の少ない部屋。
 白を基調とした今風のモダンな趣。
 床の間風の凹みに、古い武者鎧と日本刀が飾られている。
 足を止め会釈をすると、パソコンの前に向かった。

 無骨で頑丈そうな、無駄に大きな黒いテーブルの中央に大きなモニターが三台。
 煌々と七色に光るキーボード。
 VRヘッドセットとコントローラーも置かれている。
 机の両端には二台の中型モニター。
 一台は歴史文献に見られるような戦略マップが幾つも表示。
 もう一台には様々なメモや記録、ニュース等がマルチ画面で出ている。
 一つのウィンドウタイトルには NASA とあった。
 テーブルの下には小型冷蔵庫。
 その上にはグラスケース。
 菓子パンやお握り等も積まれている。

 網目調の大きな黒い椅子に腰かけると静かに座った。
 メインモニターを見る。
 マイルームで横になっている武者鎧の男性が映っている。
 マウスを動かしクリックすると腕輪の時間が表示。

(後二十分か・・・)

 目線が動き、モニターの下にある写真立てが目にとまる。
 三人の嬉しそうな顔。
 もっとも一人の顔は輪郭に沿って綺麗にくり抜いてある。
 真ん中には美しい少女の笑顔が眩しい。

「なんでこんなことに・・・」

 これから会いに行くか?
 どうせ助からないんだ。
 意地を張っている場合では無いだろ。
 本当に地球は終わりなのだろうか?
 それとも、噂通りこれは壮大な実験なの?

「いっそ、そうであってくれ・・・」

 NASAのデータを見れば、現実である可能性は高い。
 藤森はあれ以来何も言ってこなくなった。
 ヤツも今頃俺の言った意味を理解している頃かもしれない。
 恐らくアメリカは自分達だけが助かる為に動き出している。
 そのキーマンがサイトウだとは。
 サイトウとはなんだ?
 彼は何をしたのだ?
 日本政府は何をしている。
 全く知らないという訳でもあるまい。
 いや・・・知らないかもしれない。
 あり得る。
 議員に電話を・・・

 テーブルのスマホを手にとったが、やめた。

「気でも狂ったかと言われるのが落ちか・・・」

 今ならモルダーの孤独がよく判る。
 俺はモルダーにはなれない。
 一人で戦うなんて不可能だ。
 俺がスカリーの立場なら、やはりコイツは頭がオカシイと思うだろう。
どう考えても不可能だ。真面な作戦行動すら怪しい・・・。

 娘の写真に目がいく。

「会いたい・・・」

 どうして言わなかった。
 愛していると。
 当たり前だと思っていた。
 居るのが。
 当然だと思っていた。
 わかっているものと。
 何よりも大切だ。
 当たり前じゃないか。
 どうして・・・。
 どうしてもっと。
 彼女とだって、
 何故なんだ・・・
 どうして今なんだ。

 端正な顔をした武者小路の顔が苦痛に歪む。

 頬を叩く。
 次に逆側を。
 彼は顔が真っ赤になるほど自らの顔を叩き続けた。

 会談後のエイジは本部に戻らずマイルームに向かっていた。

「・・・おい」
 ミリオタが立っている。
 呆然と見返す。
「なんだよ・・・死んだ魚みたいな目して」
 ぎこちなく笑う。
 エイジは何も言わず、通り過ぎようとする。
「どうした。・・・何があった」
 振り返る。
「どうしてなんですか?」
 力無く応える。
「・・・何が?」
「地球が無くなるかもしれない時に、どうして皆・・・そうなんですか?」
「そうって・・・・」
「次は無いんです」
「・・・」
 ミリオタは顔を歪める。
「そうだ。・・・もう終わりなんだから、マルゲリータさんに告白して振られて下さい。笑って上げます」
 力なく笑みを浮かべる。
「さようなら・・・」
「エイジ・・・」
「ありがとう・・・嬉しかったです」

 エイジは頭を下げ、走り出す。
 ミリオタは膝から崩れ落ちると、声を押し殺して泣いた。

 マイルームの戻るとベッドに横になる。

「大丈夫だよエイジ」

 嘘だ。
 シューニャさんは嘘をついている。

「誰だって最初は出来ないよ。私なんて何時までたっても出来ない」

 笑っている。
 嘘だ。だって、出来ていたじゃないか。
 それに、最初から出来る人だっている。

「比較しても出来るようにはならないよ」

 そんなの知ってる!
 
「才能がある人に限って投げ出すのも早い。出来ないから粘れることもある」

 嘘だ!
 オリンピック選手なんて違うじゃないか!

「彼らは何でも出来るの? 出来ないことも一杯あるでしょ。君の方が出来ることもあるよ」

 絶対に嘘だ。
 僕は生まれてこなかった方が良かったんだ。
 だから父さんは死んだ。
 母さんも本当は思っているに違いない。
 叔父さんだってそうだ。
 皆、本当は僕に死んで欲しいんだ。

「エイジのお蔭で助かったよ」

 嘘だ。
 絶対に嘘だ。

「勝つつもりなら、逃げるのも手だよ」

 勝つなんて無理。
 無理なんですよ!
 もう嫌だ。
 僕にはもう無理です。
 ごめんなさい。
 許して下さい。
 生きててごめんなさい。

「ありがとうエイジ。本当に頼りになる」

 嘘だ。
 本当は死んで欲しいんだ。

「誰だって自分にしか出来ないことが目の前にある」

 嘘だ。
 あっても僕には出来ない。
 僕には無理です。
 ごめんなさい。
 馬鹿で、無能でごめんなさい。

「結局の所、自分の持ち場を一人一人がしっかりやるしか無いんだと思う」

 ごめんなさいシューニャさん・・・。
 ・・・死ぬ前に会いたかった。
 一杯話したかった。
 レフトウィングのこと。
 ミリオタさんのこと。
 ケシャさんのこと。
 マッスルさん達や、皆のこと。
 あの武者小路さんやイシグロさんと話しているんですよ僕が!
 皆のことを紹介したい・・・。

「マスターは戦っていると推測します」
「御意。何時もそうでした」

 ビーナスさん・・・静さん・・・。
 でも、僕はそんなに強くはなれない。
 シューニャさんみたいに強く無い。
 僕は嫌になるぐらい弱い人間だ。
 死んだ方がいい。
 
「お前、本当は強いのな・・・。俺とは違う・・・・俺は・・・駄目だ」

 ミリオタさん・・・。
 僕は強くない。
 僕は弱いんです。
 どうしようもなく。
 誰よりも・・・。
 僕は・・・。

「天主様はダンベル何キロ上げられるんですか!」

 ダンベルって、そもそも何?
 鉄の塊みたいなの?
 そんな目で見ないで。

「始まったら一週間だ」 

 アースの言葉が去来する。

 なんで判るんだろう。
 武者小路さん達が言うハッタリなんだろうか。
 知っているなら何で怖くないんだろう・・・。
 終わりと判かったのに・・・。
 誰よりも判っている筈なのに・・・・。
 なんで皆を煽っていたの?
 何のために・・・。
 本当に地球を征服するなら、小隊のメンバーだけで出来た筈だ。
 あれほどのシミュレーション結果を出しているんだから。
 他の国にも適うチームなんて無い。
 最後は圧倒的一位をとっていた。

「でも、やけくそには見えなかった・・・」

 シューニャのノートを呼び出す。
 軍神と呼ばれたアースというプレイヤーに関する発言、とタグが付されている。

「アースさんは我ら凡人にはさっぱりわからない人。嘘ばっかりだし。いや、御幣があるな。嘘というか、嘘にしか聞こえない事を言う。表面上の言葉だけ聞いたら嘘なんだけど、真意をくみ取ると嘘は言っていない。それがほとんどの人は判らない。彼には何時も信者が出来るんだけど何も判っていないね。でも、彼はそれを判っている。理解し、受け入れい、利用している」

 シューニャさん・・・。

「僕には言っている意味がわかりません」
「会ったら尚更判らないだろうね。考えると彼は判らなくなる。なんていうか、直感のようなものを働かせるといい。子供の頃には誰しももっている本能みたいな感覚。子供って凄いじゃない」
「そうなんですか?」
「凄いよ。私は・・・彼の底の底にあるのは人間愛って気がする。だから、なんか許せちゃう。私らの世代ならね、彼が来ただけで『勝った! もう大丈夫だ!』なんて気になっちゃうぐらい凄い人だよ。ただ・・・恐ろしいんだけどね。それは間違いない。全てを捨てられる人だから・・・」
「僕は苦手かな・・・」
「案外相性いいかもよ? 君は人の本質を言葉にしないだけでよく捉えているよね。何も知らないって顔で。それも才能だよ」
「え、僕がですか? 何かそんな事を言ってましたか?」
「言わなくても動きで判るよ。寧ろ、本心は行動にしか出ないからね。言葉では何とでも言えるから・・・」
「自分では判らないです・・・」
「突飛な話に聞こえるかもしれないけど、人間って、駄目だと思ったら自分の力は発揮されないし、大丈夫だと思ったら案外必要以上の力が発揮出来る。勘違いしているのは、成功するかしないかは別問題って言う点だ。個々人に出来るのは自己ベストのみ」
「でも!・・でも、出来ることが違い過ぎます」
「小さいスケールで見れば個々の才能差は大きいよね。でも。事が大きければ大きいほど個々人の差は微々たるものになる。何より決定打になる要因は別だったりする。判りやすい例で、ベルリンの壁崩壊なんか典型だよね。少なくとも積み上げたものがあっての結果だけど。何も無ければ何も起こらない。それは天才であろうと同じ」
「でも、天才だったら出来ることが多いじゃないですか!」
「ミクロなスケールではね。でも、それは背景のことを考えていないよ。天才は膨大なバックアップがあってこその存在だよ。そのバックアップをしているのは圧倒的な名も無き人々。選手の靴紐を作ってないのは誰なんだなという話。その素材を開発したのは? 結果的に、多くの人々の才能と経験と努力の結果が集約するから天才もより速く遠くに行ける。でも、結果が出るかどうかは判らない。でしょ? 実際のところ、金メダル確実視されている人がメダル逃すことはざらにある。つまり終わってみるまでわからないんだよ。出来ることは自己ベスト」
「でも・・・僕なんか足手まといにしならないです・・・ゴミ屑なんです・・・」
「違うよ。苔の一念岩をも通すって言うよね。事実そうなんだよ。問題があるとしたら君が駄目だと思っていることにある。君が今、目の前にあることをやることで、周り回って誰かの助けになる。そういうもんだよ世の中って。そして、実力を発揮出来ていたらそれ以上は出来ない。アースさんは、それを無自覚に引き出す才能がある。彼は嫌われ者になれる天才でもあるし、それを簡単に利用する」
「・・・僕にはわかりません」
「それでいいよ。判らないことは判らないままにしておく。無視はしない。判る時まで心の棚の上に仕舞っておく・・・。実際、判らない事だらけだよね」
「・・・能天気なんですねシューニャさんって。羨ましいです」
「私が能天気? そうなんだ・・・そっか。ありがとう。心が軽くなったよ」
「ありがとう?」

 なんで・・・ありがとう。
 なんで笑っていられるの。
 一度も会ったことない人をどうしてそこまで信頼できる。
 あの人のどこが信頼できるんだろう。
 判らない。
 嫌われる才能は大ありだけど。
 わざと嫌われるように・・・。
 どうして。

「好かれるより嫌われた方が相手をコントロールしやすいんだろうね」

 エイジはベッド脇のモニターを見た。
 シャドウのアップグレード完了の表示。

「お母さん・・・」

 顔つきが変わった。

 僕は母さんが死ぬまでは死ねない。
 お父さんとは違う。
 裏切りたく無い。
 僕だけはお母さんを苦しめたくない。
 僕が死ぬのは母さんの後。
 絶対に母さんの後。
 それだけで生きてきたんだから。
 それだけは絶対に譲れない。
 僕が生きる理由はそれしかない。
 目の前の事・・・。
 僕が守らないと。
 僕が・・・。
 僕だけでも・・・。

 眠りに落ちた。

STG/I:第百四十七話:獅子身中の虫

 マルガリータは一人出撃した。
 STG29を匿ったことを伏せたまま。

 彼女はSTGの換装中、ビュッフェに中隊メンバーを招集。
 既に任務に当たっている隊員はホログラムでの参加。
 参加率は高い。
 その様子を他の小隊が目にしている。
 河童とミケは特に入念に指示を与えていたと言う。

 彼らの真剣な眼差しは事の重大さを示していたが、周囲にとっては他人事だった。
 本拠点内の一般兵に至っては今しがたのアラートすら気にしていない。
 良い鴨が来たとばかりに煽り立てる。

「やれ! やれ!」と。
「我が軍の強さを思い知らせてやれと!」

 アースの偉業にお祭り騒ぎが加わり拡散されている。
 それを引っ張るのは彼の部隊外の配下であることは気づかれていない。
 アース部隊への入隊希望は膨れ上がっている。
 このままでは本体の部隊数を遥かに凌駕する。
 彼らは雰囲気に飲まれていた。
 酔いしれていた。

 彼女の中隊だけが臨戦態勢に入っていた。
 大戦を想定し、自分用に荒組していたプランに、帰還する間に考えた内容を付与、イシグロのアイデアも組み込んだプランを中隊メンバーに参考として配布。
 ミーティングを終えると彼女は脱兎の如く飛び出し、毛玉が転がるように走っている。
 走りながら彼女の毛が短くなるのが目撃されている。
 彼女の毛玉は心理状態によって変化する設定だ。
 武者小路における甲冑の炎エフェクトと同様の類。

 彼女はビュッフェで可能な限りレーションを補充し、食べながら、飲みながら走る。
 そして出撃する。
 一瞬、換装されたSTGトーメイトを見て立ち止まり息をのむ。
 ハンガーにビーナスと静姫がいた。

「マスター・マルガリータ。指示通りに換装完了しました」
 
 ビーナスがコントロールルームが声をかける。

「ありがとう!」

 発信の通知は運営全員に告げられていたが、見送る余裕のある者、気にかける者はほぼ居なかった。
 運営の特権上、彼女の出撃に許可は必要なく、警告も無い。

 黙して見送る静姫とビーナス。
 本来であれば宰相のパートナーがフォローを入れる案件。
 だが、エイジのパートナー、シャドウはアップデート中で何も出来ない。 
 二人は宰相に告げるようにとも告げるなとも言い渡されていない。
 そうした場合、彼女達は沈黙を選ぶ。

 二人に告げられた彼女の索敵行動は驚くべきもの。
 エリア28外縁部を中心に、可能な限り広範囲にセンサーを設置したと彼女は告げる。
 何をするにしても自信の無い彼女からは考えられない大胆さ。
 センサーはある意味で釣り餌になり隕石型を導く可能性があり、慎重であるべきだ。
 それは散々話し合われたテーマで彼女が知らない筈が無い。
 ビーナスに理由を問われたが、彼女は質問に答える代わりにこう言った。

「隕石型が直ぐ隣にまで来ています!」

 自身は配り終えたセンサー補充と換装の為に戻ってきたと。
 であれば、中隊の随伴機が入るべき状態。
 何より本拠点宰相であるエイジに伝達すべき案件だ。
 だが、彼女の経験・発想、考え、共に及ばなかった。

 STGトーメイトは使い捨て型スターゲート五輪を装着、その身に通す。
 円錐一機を囲う巨大な機械のリング。
 円形だが、視力検査のCの字のように一か所が欠けている。
 輪投げの環のように折り重なって見えるが、僅かにリング同士は接していない。
 無数のエネルギーワイヤーで中央から固定され、本体の動きと一体化。
 射出時に本機から供給される。
 リングはゆっくりと回転し出す。

 彼女は現在望みうる最高の索敵能力を誇るレベル最大のアラビアータに換装。
 この装備は外敵に対して何も出来ない。
 純粋なる索敵装備。
 大規模作戦での運用を想定された装備だ。
 見つかったら逃げるだけ。
 しかも、真っすぐに。
 直線での速度こそ目を見張るが機敏な動きは出来ない。
 放たれた矢に等しい。

 唯一攻撃装備らしき部分と言えば極限まで硬くした先端のみ。
 だが、そこでの攻撃は非現実的な選択。
 あれで刺せる隕石型は機動性の無い超大型に限られる。
 しかも貫くことは不可能。
 的に刺さる程度のもの。
 その後の攻撃手段は無い。
 無意味な行為。

 彼女が先端を硬く設計した理由にも深い意味は無い。
 好きだった弓道を思い出してのこと。
 おふざけで強度を上げて行ったら不意に思いだした。
 彼女が初めてSTG28を見た時、矢じりに見えたのだ。
 アラビアータを装備すると細長い雫型になる。
 STG28は円錐を基調とし、形状そのものをデザインすることは出来ない。
 換装される武装によって自動的に変化する。
 マザーは「装備を最適に利用する為」と理由を言った。
 彼女はその形状が気に入っていた。

「お願い・・・」

 何をお願いしているのか理解していない。

「ゲートアウト先の安全を確認中だよ」

 ゲートをくぐっている間は暗黒の中を静止したような状態になる。
 モニターは真っ黒になり計器類の証明は二割程度。
 壁紙に切り替えることも出来る。
 多くの者はSF映画の定番、無数の星が線になり収束する動画を再生する。
 しかし、それらは「最初はいいけど酔う」等の理由からデフォルトは真っ黒になった。
 駆動音はせず、流動体が定期的に流れる音が規則正しく聞こえる。
 この音は消すことは出来ず、ゲート中はBGMを流す者も居る。
 だが、この辺りをいじるのは長期プレイヤーに限られるだろう。
 ビギナーには考えも及ばない箇所だ。

 この状態はゲートアウトするまで続き、距離や出現先の状態によって変化する。
 衝撃も振動も無く、まるで止まっているようだった。
 安全性を確保出来ない場合は、選択肢が出る。

 ・最も近い安全な位置にゲートアウト。
 ・場所を再設定してゲートアウト。
 ・元の場所にゲートアウト。

 通常、元の場所には戻らない。
 ゲートアウト時には破壊的な衝撃波が発生するからだ。
 経験した多く搭乗員が「このまま帰れないんじゃないかと思って怖かった」や「二度としたくない」という感想を持つ。

「安全確認出来たよ。発破するね!3・2・1、発破!」
 
 衝撃波が発生。
 空間が束の間クリーンになる。 
 そこにヌッと現れた白い円錐。
 STGトーメイト・アラビアータ・エクストリーム。
 大戦に備えて用意してきたマルゲリータのSTG28決戦装備。

 通常STGの二倍半ほど細長くなり伸びた雫型をしている。
 先端が細い。
 通り抜けると射出されたゲートは蒸発するように霧散。
 ナノマシンにより分解された。
 残りのスターゲートを四つ抱えている。
 索敵型は最大で五つのスターゲートを抱えられるが特化系統や装備レベルによって異なる。
 初期型は一つ。

 使い捨て型と据え置き型ではその機能が大幅に異なる。
 使い捨て型のスターゲートは足取りを追われないメリットがある。
 だが、その出力から最大でも二機しか通れない。
 また、随伴機を通す場合、事前に登録する必要がある。
 中隊や大隊が丸ごと通る固定の大型スターゲートは条件が異なる。
 固定型のスターゲートは安全を確保された状態での出撃となる。

 距離も固定型に比べて短い。
 短いと言っても宇宙規模。
 エリア28を一輪で半分ほど縦断出来る距離。
 距離に関係なく一度使った使い捨て型は再使用できない。
 発破の衝撃波に耐えられる物体があった場合、ゲートアウトは出来ない。
 ゲートアウト時に必ず安全確認が行われる為、しばし空間に閉じ込められる。
 しかも安全確認精度は百%ではない。
 移動先に確認出来ない異物があった場合、蠅男現象に似たことが起こりえる。
 そうした理由により未知のエリアほど物理的移動手段をとる。
 その為、緊急時にしか使用されない。
 通常は安全が担保された固定ゲートを使用するか、飛ぶのが通例だ。
 また、一般隊員に運営の許可が必要。

 残りのリングが回転しながら移動する。
 後四つ。
 これを失ったらスターゲートでは戻れない。

 何かを探るように丁寧に推進。
 マルゲリータは立体モニターに目を凝らした。
 無数の索敵情報が流れる。
 全てグリーン。
 モニターには空気の綺麗な星宙を見るように無数に煌めている。
 慣れていない隊員は全く意味不明だろう。

「まだ来ていない・・・。逃げしてあげないと、でも、どこへ・・・」

 浮遊する大きな無機物から光る触手が伸びてくる。
 彼女は思わず叫んだ。

「あっ! 良かった・・・。待って! 延ばさないで!」

 触手はまるで言葉が通じたかのように、おずおずと巨大な鉱物の中へ戻っていく。
 彼女が施した偽装だ。
 外見上は全く区別がつかない。
 ただし大きな物質や小さすぎる塵等は貫通してしまう。
 索敵型のSTGならバレてしまうだろう。
 彼女はホログラムで出来た鉱物の中へ消えた。

「委譲に同意したと結論づけます」

 D が振り返り同じ顔をした後ろの二人を見る。
 呟くような声がした。

「・・・そうして下さい・・・」
「?」
 武者小路は声なき声を発する。
「移譲を許可するということですね?」

 D が向き直る。

「・・・・違います・・・」
「では、どういう意味ですか?」
「殺して下さい」
「えっ?」

 思わず武者小路の声が漏れる。

「お母様を殺して構わないと?」
「はい・・・」
「エイジ君!」

 思わず声を上げたが、D がひと睨みすると黙った。

「喜びます・・・多分」

 エイジは下を向いたまま言った。
 イシグロは初めて表情を変える。
 動揺を隠せない武者小路。
 その感情はエフェクトが無くとも明らかだ。
 D はしばし固まった。
 エイジの両肩だけが揺れている。

「脅しと思いましたか・・・」
「違います」
「では、本当に構わないと?」
「はい・・・」
「君のお母さんを殺して構わないと、今すぐにでも」

 語尾が強められた。

「はい・・・」

 一瞬、エイジ以外の全てが止まる。

「・・・・我々も随分と舐められたものですね」
「・・・喜ぶんです・・・」

 初めて D が大きく動く。
 これ見よがし身を乗り出す。

「白を切るし、明け渡さないし、君のお母様が殺されるのを認める。それが結論ですか?」
「違います。・・・知らないし、渡せないし、誰にも死んで欲しくないです・・・」 
「なのに、君のお母さんは死んでも構わないと?」
「はい・・・」

 武者小路が彼以上に震えている。
 それは怒りだった。

「その次に君を殺しても構わないと?」
「はい・・・」

 蚊の鳴くような声。
 D は座り直すと、左手を上げかけた。

「待て!」

 武者小路は刀に手を添えている。
 無意味な行為。
 相手はホログラム。

(わかってる)

 ココでは如何なる戦闘行為も出来ない。
 だが、同時に最悪のメッセージでもあった。
 D は上げた手をゆっくり下ろすと、初めて声を荒げた。

「サリー! どうなっている。話が違うぞ」

 武者小路は驚いてイシグロを見る。
 イシグロは身じろぐこともなく言った。
 
「そうきたか・・・。これだから・・・」

 エイジから距離をとり、中間の位置で壁に寄り掛かった。

「どうもこうも無い。言った通り初めから我々はサイトウを知らないし、ましてや地球でのサイトウがどこに居るかなんて雲を掴むような話だ。彼が言っていることは事実だよ」

 エイジは俯いたまま沈黙している。
 顔をぐしゃぐしゃに歪めていたが涙は無い。

「どうして本拠点を制圧しなかった?」
「報告した通りだ。作戦は失敗。味方は全員いなくなった。今の私には事務以外の権限は実質無い。知っての通り武力で権利を奪うことは不可能だ」
「大丈夫だと断言したのは貴様だ。カルトはどうなった?」
「彼らは嘘を真と信じた段階で手を離れている。今や私は蚊帳の外だよ。彼らは勝手に動いている」
「信じられんな。言い訳ばかり・・・。契約を遂行しろ」
「それはお互い様じゃないんですかね・・・・」
「どこが? そのような契約はしていない」
「ペテン師が・・・」
「いつもヘラヘラしていたお前が随分強気だな」
「そうでもない。心底慄いているよ。だが、なんだろ?・・・彼と同じで、もう死が怖くないんだ」
「では、試してみよう・・・」

 D がゆっくり手を上げようとする。

「そうだ。交渉決裂記念に一ついい情報を教えてやろう。アース曰くだが、連中は明日にも攻めてくるらしい」

 明らかな動揺が見える。

「何故それを早く言わない!」
「契約に無いからな。それに、私もついさっき聞いた」
「サリー・・・まだ懲りないのか・・・」
「だから怖くないんだよ。どのみち終わりなんだから。手遅れなんだよ!・・・全てが」
「本当に言ったのか? 確かなのか?」
「確かなものなんてあるのか? ましてやアース曰くだ」
「どうなってる・・・話が違うぞ・・・」
 K が口を開く。
 男の声。
「そんな話は聞いてない・・・」
 A が続く。
 女の声だ。
「どんな取引を宇宙人としたのか知らないが、アースが嘘をついている可能性は常にある。ヤツの言葉を信じ過ぎるのは危険だ」

 D はイシグロを無視し後ろの K と A と何やら話を始める。
 声は聞こえない。
 ホットラインだろう。

「D・・・あの条件を飲め。ここは引け」
「サリー・・・」
「俺を殺したいなら殺せばいい。未練は無い。だが、このタイミングで俺を失うと後悔するぞ」
「・・・わかった。一時間後に結論を出そう」

 武者小路が D を睨むとこれ見よがしに言った。

「三分後の間違いでは?」

 時計は既に止まっている。
 D は無視。
 指をグルリと回すとタイマーが消えた。

「では、一時停戦ということで?」

 イシグロが言う。

「一時停戦に合意する」

 右手を顔の横に軽く上げた。

「エイジ宰相、停戦協定に応じますか?」

 下を向いたまま首をこくりと頷く。

「声に出して下さい。一時間の停戦に応じると」
「一時間の停戦に応じます・・・」
「一時間の停戦に応じる」

 D が続く。

 その瞬間、ポーンと電子音が鳴る。

 部屋の天井に青いリングが灯り、ゆっくりと降りて来る。
 驚いたのは武者小路だけ。
 六人を一つの青いリングが囲う。

「停戦協定が締結されました。協議再開は一時間後ですね?」

 義母の声。

「はい」

 D が言った。
 この場の全員がエイジを見る。
 武者小路が肩に触れる。

「エイジ君・・・答えて」
「・・・はい・・・」

 下を向いたまま。

「一時間後に協議は再開されます」

 リングが弾ける。
 欠片は室内をピンポン玉のように跳ねると、収束し、六人の右手首に輪となって顕現する。
 K が「左に」と言う。
 イシグロも「左に」と続いた。
 すると、二人のリングは左手に移動。
 薄っすらと青く光る。
 彼等とイシグロだけがこのシステムを理解しているようだ。

(なるほど・・・)

 契約で縛られていることを意味していることを察する。
 何らかの罰則規定があるのだろう。
 武者小路は理解した。
 
 一瞬ライトダウンすると、直ぐに明るくなる。
 その時、既に D達 の姿は無く、円台も消えている。
 ブルーの腕輪がアクセサリーのようにアバター化していた。
 注視すると光り、残り時間が表示。

(実体化している・・・)

 イシグロが退出しようとすると、
 すかさず武者小路が抜刀。
 切っ先はイシグロの首。
 ペナルティは灯らない。
 ここではペナルティは受けない。
 そして当然、斬ることも出来ない。
 単なるエモーション。
 だが、メッセージは放たれた。

「スパイがっ!!」
「・・・それは見方による」

 イシグロは何食わぬ顔で退出。
 エイジは項垂れたまま。
 武者小路は何かを言おうとしたが、黙って彼を見下ろす。
 耳に手を当てながら彼も退出した。

「武田隊長、よろしいですか? 大変なことになりました・・・」

 エイジは一人取り残された。

「母さん・・・シューニャさん・・・」

 涙が流れた。

STG/I:第百四十六話:選択

 外灯も無い闇の中。

 弱々しい光が微かな希望のように灯っている。
 闇を割く一筋のヘッドライト。
 車は灯から少し遠い位置に止まった。
 昔ながらの日本家屋が薄っすら浮かび上がる。
 止まるや否や、運転席側の後部座席が開いた。
 背中がやや弓なりになった小柄な男性が下りて来る。
 助手席からは山のような上半身をした男が慌てて下りた。


「明日は四時半に迎えに上がります」
「正午でいい」
「でも、ドランゴンは・・・」
「正・午・だ」
 背格好に似合わない迫力。
 声は切れ味を感じさせる。
 その一方でノイズの混じったザリザリとしたもの。
 まるで刀身だけは研いで鋭いが、後は錆びている。
 そういった印象の声。
 大男は憤りを瞬時にかみ殺すと、運転席の何者かと簡単な言葉を交わした。

「わかりました。では正午に」

 車は山のような大男を待たず直ぐに動き出した。
 流れるように山は助手席に滑り込む。
 車は速度を上げ去っていった。

 ヘッドライトに一瞬照らされた男は、何処にでもいるような老人。
 再び闇で満たされる。
 老人は星空を仰ぎ見た。

「長生きするものだなぁ。トモザカ、マガキ、皆ぁ・・・」

 どこか恍惚して見える。
 目を瞑ると、口角が歪む。

「ざまぁねぇ・・・人間も終わりだ。所詮は賢いふりをした猿。でも、敵はとるぜ・・・」

 灯から二つの小さな光が出て来た。

「じいちゃーん! おかえりーっ! 宇宙人たおしたぁ~?」
「地球すくったぁ~っ?」

 小さな男の子達だ。
 闇の中にも関わらず老人の元にまっしぐら。
 足元に抱きつく。

「まだ起きとったんか。寝らんと強くならんぞ」
「ねぇ! 宇宙人たおしたぁ~?」
「地球すくったぁ~っ?」

 老人は笑みを浮かべると二人を抱き寄せた。

「むぞらしか、むぞらしか」

 その抱擁は柔らかく強い。

「明日からだ」
「エイジってどうなったの?」
「なきべそエイジ!」

 老人の顔がほころぶ。

「戦こうそうだ」
「うっそっ!」
「すげーっ!」

 玄関から別な顔が覗かせる。
 強い光を放ち彼等を照らす。

「お爺ちゃん、いつ帰ったの? こら、早く寝なさい!」
「え~っ!」「ききたいっ!」
「寝らんと、いいパイロットになれんぞ」
「え~・・・ききたいぃ・・・」
「ききたいよ~」

 二人は絵に描いたような地団駄を踏む。

「ほれ、上官の指示は聞かんと」
「お爺ちゃん、言い方っ!」
「お~オジ~オジ~」

 子供達は腹を抱えて笑い、三人は手を繋いで歩き出す。
 玄関が締められ、暫くすると燈が消えた。

 花火が消え、闇が覆う。

 眼前に巨大な円錐。
 冗談みたいな光景。
 皆はそれをSTGIバルトークと呼んだ。

 多くが呆然と周囲を見渡す。
 お互いの目線が折り重なる。
 手を見つめる者。
 頬に触れる者。
 無意識の行為。
 生存確認。

 歓声は無かった。
 何が起こったか判らないのだ。

 武者小路は頭の中で今起きたことを整理している。
 直前に見た着弾予想は、まさにバルトークを指し示していた。
 そのバルトークは無傷。
 防いだのは天照。
 そして天照の盾は万能ではないようだ。
 ダメージに応じて削れている。
 盾の多くは消失し、幾つかは発光が薄くなっている。

 D2Mは日本・本拠点よりバルトークの攻撃を優先させた。
 先だってあった人類初の宇宙戦争。
 消えたブラック・ナイト。
 その後の会議で双方が先に手を出したのは相手だと証言。
 STG国際連盟の多くはD2Mを支持。
 エイジとミリオタはハンガリー側を支持。
 その決議がまだ終わっていない。

 それは圧倒的大多数が興味の無い中ニュース。
 だが、武者小路は熱い視線で見守っていた。
 彼からするとエイジ達の判断は無策に思えた。
 単純な感情論。
 この世は感情論では動いていない。
 アメリカを敵に回すのは得策じゃないと。

 武田隊長とも本件を話し合ったことがある。
 彼こそが宰相になるべき人。
 エイジは単なる運で宰相になったに過ぎない。

 思い返すと今も歯ぎしりをしてしまう。

 マザーから切り離されたのはそれが原因?
 STGアメリカはマザー達と繋がっている?
 交渉する為の材料は何だ?
 思考が逡巡する。

 本拠点機能が一時的に奪われた際、アメリカは何かを探していた。
 多くの多国籍軍が兵器やら設計図やら盗んでいたにも関わらず。
 D2Mは別なものを探していた。

(バルトークが狙われる理由と関係があるのだろうか?)

 その時、バルトークはその長く巨大な円錐をゆっくりと動かした。
 まるで日本・本拠点を庇うような位置をとる。

 エイジは自分が何をやったか頭では理解してないだろう。
 所詮は子供だ。
 子供に命運を握られている。
 その理不尽さに腸が煮えくり返る。
 彼が悪いわけではない。
 己の、大人達の不甲斐なさに憤りを禁じ得ないのだ。
 単なる偶然に翻弄されている。

 武者小路はエイジを見つめる。
 彼はシューニャの言葉を思い出していた。

「心の声・・・」

「エイジ宰相。協力に感謝します」

 ゾルタンの声。

「こちらこそ! ありがとう・・・ございます」

 エイジはバルトークへ向け、本拠点の一部の情報を咄嗟に共有した。
 武者小路が気づいたら目くじらを立てることは確実。
 情報は何時の世も戦場を決する。

「あわやだったな・・・ゾルタン」
「ああ、危なかった。・・・ブダ、よくやった」
 ブダは笑みをたたえる。
「エイジ宰相のお蔭と言っていいでしょう」
「あの新人の宰相、大丈夫なのか?」
「我々を信じてくれたんだ」
「近距離で跳ぶとこうなるの! 誤差が大きいんだから!」
「でも、損傷なし」
「結果論!」
「いや流石だよ」
「当然でしょ」
「会議でも我らを支持してくれた」
「そして・・・早々にD2Mは口封じか」
「恐れ入るよ」
「政治的戦闘にも慣れているし、本当に厄介ね」
「でも我々にはバルトークがある」
「それを言うなら彼らにはSTGIがある」
「流言飛語の域を越えないよ」
「消失したとも聞く」
「とにかく、間に合った」
「あの時のリベンジマッチ、やるか?」
「いいね」
「恨み、忘れてないから・・・」
「待て、待て。今はそれどころじゃない」
「それにしても、今のはなんだったんだ?」
「ライトニング・シールド?」
「いや、恐らくあれが噂に聞く日本の秘密兵器だろう」
「さすが変態の国、とんでもないものを考えてくるな!」
「だから大好き!」
「はいはい」
「配置につけ」
「ヨーッ!」「ヨーッ!」「ヨーッ!」「ヨーッ!」「・・」
 バルトークがまるで威嚇するトカゲがごとく円錐を大きく開く。

 その様子を見つめるD2M隊長、Mr.D。

「またかゾルタン・・・」
「あの時、始末しておけば」
「それが出来ていれば、今こうなっていない」

 全く同じ外見の搭乗員三人。
 全身を覆う黒のマシンスーツ。
 顔は見えない。
 アバターはロボットベースなのか、それとも男性ベースなのか。
 見ようによっては女性ベースにも見える。
 中世的な印象。

 STG28にはアバター服飾デザイナーがリアルマネーで仕事もしている。
 3Dモデルに素材設定込のセットで売られている場合もある。
 買取は戦果やゲーム内マネー、リアルマネーでも取引されていた。
 3Dモデルデザイナーとは別に素材設定技師もいる。

 STG28においてアバターに凝る意味は現実的にはほぼ無い。
 肉弾戦は基本的に発生しないし、レギュレーションも決まっている。
 あくまで嗜好品の域を出ない。
 だが、上位部隊の多くはオーダーメイドで、この周辺の分野は活発だ。
 理由は現実に近い。

 ブラックナイト隊はその点でも珍しい部隊だった。
 公式アバターが無い。
 理由は色々だが、それどころでは無かったと言うのが本音だろう。

 ノーマルスーツ型の装着アバターは市販品にも多く人気。
 オーダーメイド、再販無しのプレミア付なのは間違いない。
 一般販売品に、その外観は無いからだ。

 三人の視線の先はバルトークに向けられた。

 一時間後、日米ホログラム会談が開催される。

 D2Mの隊長、Mr.Dがエイジの目の前に座っている。
 仲介者はハンガリーのバルトーク隊ゾルタン隊長。
 だが、彼の姿はない。
 アメリカ側が同席を拒否した。

 D2M隊長の後ろに立っているのは副隊長二名。
 STG国際連盟の様式に従っていることが伺える。
 頭上に K と A と表示されている。
 全く同じ外観。
 頭上の名前が無いと判別は出来ないだろう。

 日本側はエイジが座し、背後に武者小路とイシグロが立っている。
 招集をかけたがミリオタは来なかった。
 ケシャはログインしていない。
 武者小路は端から同席してもらうつもりだったが、イシグロは選択肢の結果。
 何より本人が申し出た。

「私を出席させた方がいい」

 武者小路は武田をこの場に呼べない事をポーカーフェイスで一しきり悔いたが気持ちを切り替える。
 イシグロのことは信頼していないが実務経験での能力は折り紙つき。
 こうした場にも精通しているだろうと踏んだ。
 寧ろ問題なのはエイジ。
 思わぬことを喋らぬよう事前に釘をさしておく。

(彼は単なる子供に過ぎない)

 だが、彼の思惑は D の第一声で脆くも崩れ去る。

「高度に政治的な話題ですので、発言は代表同士にしましょう」

 先手をとられた。

「それは前提条件に・・・」

 武者小路が言い掛けたが、Dは右手の人差し指をピンと立てた。
 喋るな、そういう意味だろう。
 交渉はもう始まっている。

 この会談そのものが不利な状況から始まっている。
 それでもバルトーク隊の助けが無かったら出来なかった。
 武者小路もチャンスは最大限に活かしたかった。
 この間、他の本部委員会メンバーは防衛準備に大騒ぎだろう。

 脈絡からも、彼らが妥協することは無いと思われる。
 実際、この会談も中断しかけた。
 彼等は時間稼ぎという意味でも成功。
 STG多国籍軍は既に集結してしまった。
 バルトークが居る事で辛うじて緊張感を保っているに過ぎない。

 彼らの目的は会談前にバルトーク隊からもたらされた。
 俄かには信じられないことばかり。
 言ったことが全て事実とも限らない。
 でも、それを検証する時間は我々にない。
 嘘が一つも無いとは思わない。
 白か黒かは角度によって見え方が変わる。
 彼等の角度では白でも、我々の角度から黒に見えることもある。

 ゾルタン隊長の言うことが事実なら、
 慎重には慎重を来す必要がある。
 今は地球人同士で争っている場合では無い。
 でも、既に地球の存続を諦め、自らの命だけを考えている者達にどんな交渉材料があるというのだ。
 ハッタリは通用しないだろう。
 サイトウを餌に吊ることは出来ない。
 我々は彼について何も知らないのだ。
 もう大した情報も残っていない。
 彼のアカウントが無いことは歴然としている。
 これもアースの仕業なんだろうか?

「わかりました」

 エイジは透き通った声で返した。
 武者小路は顔を上げた。
 彼は特に緊張している様子は無い。

 君は事の重大さを理解しているのか?
 いや、理解している筈がない。
 世間を知らず、社会を知らず、政治を外交の怖さを知らない。
 我々の運命は、こんな子供に委ねられている。

「エイジ宰相は物分かりがいい。助かります」

 マシンボイスが聞こえた。
 かなり音声を弄っているようだ。
 恐らくリアルボイスがベースでも無いだろう。

「単刀直入に申し上げます。Mr.サイトウを引き渡して下さい」

 誰も驚かなかった。
 その設問の想定はゾルタンによってもたらされていたからだ。
 彼の言った通りだった。

「・・・サイトウさんって、あの伝説の・・・」
 エイジは少し驚いたような演技をしつつ、わざと聞き返した。
「そうです」
「でも、アカウントは削除されています、よね?」
「私が指定する地球のある場所に二十四時間以内に連れてきて下さい」
 これは予想外。
「ある場所・・・」
「日本にあるアメリカ大使館です」
「えっ? どういう・・・」
「中身の方ですよ」
「待って下さい。知らないです。サイトウさんがどこに居るかなんて!」
「それが撤退の条件です」
「ですから、僕達は何も知らないんです!」

 ゾルタンから言われた際、
 サイトウの件は改めて確認していた。
 彼のアカウントは削除されて既に無い事実は揺るがなかった。
 残っているのは彼の過去の記録のみ。
 ほぼレジェンドリストに登録されている部分のみで、生データは既に無い。

「では、日本・本拠点の権利を移譲して下さい。我々で探します」
「そんな、出来ませんよ・・・」
「連れてくるか、放棄するか、死ぬか、選んでください」
「えーっ!?」
 完全に相手のペースだった。
「ちょっと、よろしいですか」
 武者小路が声を出す。
 Dは再び指を立てた。
 さっきよりも鋭く。
「しかし、これは!」
 その指を貫くように高く上げる。
「・・・・っく!」
 二の句が継げない。
「あの・・せめて話し合う時間を下さい!」
「今、ここで、選んで下さい」
「こんな大切なこと一人で決められません!」
「であれば、全員、死んでもらいます」

「こちら新宿回遊魚。エイジ搭乗員の集合住宅と思われるアパートの前につきました」
「わかった。予定通り配置につけ。映像はオンラインのまま維持」
 応えたのはドラゴンリーダーことサイキ。
 大きなモニターが五台ほどある部屋に一人。
 その一つに外の映像が幾つも分割され映っている。
 彼の目線の先、広い別室には巨大なプロジェクタースクリーンと大小様々なモニターがひしめいていた。
 ほとんどはまだ電源も入っていない。
 段ボールが彼方此方に散乱し、今まさに設営中なのか、テーブルや椅子、パソコンが次々と運び込まれている。
 それを設置、設定しているようだ。
「わかりました」
 モニターに映し出される古いアパート。
 築四十年はいっているだろう。
「これが本拠点宰相・・・まだ子供か・・・」
 絶妙なバランスで成り立っていたシケモクの山から雑に一本抜くと山が崩れる。
 気に掛けることもなくサイキは火を灯す。
 大きく吸い、吐いた。
「禁煙したんだがなぁ・・・」
 机の上で消す。
「なんでこんな事になっちまったんだろうなぁ・・・シューニャよ・・・」

「君にも家族はいるでしょ?」
「・・・」
 エイジは黙り込んだ。
「君自身が死ぬことに抵抗が無いとして、ご家族はどうでしょう?」
「・・・」
「アバターの話ではありませんよ。地球の、貴方自身の話です」
「・・・」
「ご自宅、お母様の病院、調べはついています」
「そんな、だって、日本なのに・・・」
「日本だからですよ」
「お母さん・・・」
「お母様を失いたく無いでしょ?」
「・・・・・・」
 エイジは下を向いたまま固まった。
「選ぶんだ」

STG/I:第百四十五話:罠

 本拠点は赤く染まった。

 内装は白色が基調。
 それが赤色基調に切り替わっていた。
 誰しもアラートの赤が反射しているだけかと思っていた。
 だが、赤点滅は止まっている。
 誰も経験したことが無い現象。
 マグマの底に落ちたような色。
 オレンジに近い。


 変化は色だけじゃなかった。

 警告音も騒がしく鳴くのを止めたように思えた。
 実際は鳴っている。
 警告音と認識していないだけ。
 音程が違う。
 響きが違う。
 水中で聞くようなくぐもった音。
 重低音のノイズのような音が小さくゆっくりと唸っている。
 未知の生物の胎動のように。
 それらは、これまでとは異なる何かを意味している。
 だが、そこに心を置く余裕のある者はいなかった。

「緊急警報発令。
 敵対行動をとるSTG多国籍軍接近中。
 間もなく天槍の射程圏内。
 繰り返す」

 義母は繰り返し緊急事態を告げている。

「だれか糞婆のアラートを止めろ!」
「ほんと! いい加減頭に来る!」
「ねえ、壁の色、赤くない? 壁というか、全部・・・」
「アラートカラーが反射しているだけだよ」
「そうなの?・・・私がおかしくなった?」
「いや、赤いっ! 俺も赤く見える!」
「ほんとだ・・・赤っていうか、橙じゃない?」
「なんか・・・気持ち悪い・・・」
「これ、どういう意味なの?」
「マザーーーっ! 助けてーーーっ!」
「義母さん! この色はどういう意味?」
「警告カラーです」
「それだけ? 本当にそれだけなの?」
「今までなかったじゃん!」
「見てると吐き気がする・・・」
「元に戻してよ!」
「それは出来ません」
「なんでよ!」
「そういう設定です」
「戻してって! 気持ち悪いから!」
「キューピクルン様は設定変更の権限がありません」
「なんでよ!」
「誰がもってんの!」
「怖い怖い怖い怖い怖い怖い」
「化物のような声が聞こえる・・・」
「今度は何が起きるの・・・」
「誰か、この音を止めて!」
「これ以上何が起きるんだよ!」
「そう! 誰かこの音を止めてくれっ!」
「音なんか鳴ってねーだろ」
「そこ! 騒ぐな!」
「鳴ってるって!」
「なってる!」
「ほら、水中で聞こえるような音が・・・」
「ああ、鳴ってる! 響いていていると言えばいいか、 変な重低音が」
「嘘を言え、それより手をかせ、早く!」
「全員配置につけ!」
「もう限界だ・・・皆、悪く思うな」
「配置につけってバカ共!」
「海人団、一旦部隊ルームに集合!」
「後は頼むね・・・」
「ドロイドアンドーナツ出撃準備!」
「敵前逃亡は戦犯だぞ!」
「間抜けが、うるせーんだよ」
「GO! GO! GO!」
「無理だ、もう無理だ・・・もういい・・・」
「ごめん、私もう駄目、もう帰る」
「本部付は出来るだけ作戦室に残って下さい!」

 混乱の中、迎撃の陣頭指揮をとるのは武者小路。

「迎撃態勢用意。プラズマ砲全砲門チャージ!」
「これは訓練では無い! 繰り返す! これは訓練ではない!」
 同門の真田も応援に駆けつけていた。
 抜けた本部委員の穴を彼らの部隊員が埋めている。
「ムっちゃん、これ以上速度は上げられないのか?」
 真田が問う。
「どのみち追いつかれる」
「編隊が本拠点に追いつけるのか?」
「見ろ、D2Mの最速スプリンター、カールがいる」
「そこまでして仕留めたい・・・・どうして・・・」
「歴史のリプリントかもね」
「ヨド、どういう意味?」
「なんでも」
「これ以上の加速はエネルギー配分から迎撃に使用出来ない武装が出てくる」

 五人程度が武者小路の三面鏡モニターの前に集まる。
 現在使用可能な武装の一覧とその必要エネルギーが表示。
 タップすると作戦プランに乗っ取ったシミュレーション結果が描画された。
 武者小路は予め様々なプランセットを作成していたようだ。
 真田はグイっと彼に迫ると小声で言う。
 美青年型のアバター。

「スターゲートでは?」
「この速度でスターゲートの射出は出来ない。加えてゲートを潜る際に無防備になる」
「だとしても、一先ず撤退した方がいいだろ?」
「恐らく逃げられない。長期戦になると不利だ」
「誤解があるんじゃない?」
 腰まである長髪を揺らし日本女性型アバターのヨドが言った。
 静のように和装型宇宙服だ。
「D2Mはアメリカ政府直轄とも噂に聞く。恐らく全てが織り込み済みなんだろう」
「冷静になれ。だとしても、この戦いは勝ち目が無い」
「本拠点を明け渡せと?」
「そうは言って無い。とにかく交渉だ」
「その交渉が上手く行って無いから言っている。我々はかなりのパワーをこの旅で使っている。これ以上は抗えなくなるぞ」
「・・・マザーから切断された件はアメリカが絡んでいるとか?」
「判らない。だが、物流も止まっている以上、今あるストックで乗り切るしかない」
「マザーの中継ステーションを襲ったのはまさか?」
「流石にそれは無いだろう。自身の首を絞めることになる」
「もしくは宇宙人認定は自作自演とか?」
「狙いは?」
「わからない」
「男ってどうして戦うことで解決しようとするの?」
「認定が事実なら物流が回復したとしても我々がその恩恵を受けられることは無くなる」
 弁慶そっくりにメイクしたアバターが冷静な一言。

 真田は本拠点のエネルギー残量を見る。

「今のエネルギーを使い切ったら・・・」
「終わりか・・・」
「だとしても! 尚更迎撃は不味い。降伏するか・・・」
「降伏勧告は来たか?」
「ヨド、D2Mから何か通知は来たか?」
「来てない」
「端から殲滅する気なんだよ」
 弁慶は眉をしかめる。
「おかしいだろ! いや、おかしいよ!」
「おかしいが・・・やるしかない」
「連中の狙いは何だ・・・」
「詮索は後だ」
「・・・先だって本拠点の権限消失した時、連合に乗り込まれただろ」
「何を盗ってた?」
「アメリカは何かを探しているようだった」
「何を?」
「それが判らない」
「交渉しましょ! 戦うのは最後の最後でいい!」
「俺もそう思う。 勝てないんだ! あの戦争の二の舞は御免だぞ」
「エイジ宰相が試みているが一切応じる気がない」
「どうして・・・どうしてなんだよ・・・」
「戦うなら今が最後のチャンスだと俺は思う」

 武者小路が顔を上げる。

「エイジ宰相! どうですかD2Mは?」
「駄目です。でも、交渉を続けてみます!」
「いや、もう充分です。狙いはどうあれココで始末するつもりでしょう。エネルギー分布を見て下さい。これ以上の航行は十分な迎撃が出来なくなる恐れがあります。今が潮時です」
「もう少し待って下さい! お願いです!」
「交渉で済むなら戦争はとっくに無くなっているんだよ・・・」
 言うとはなしに口に出てしまう。
 他のメンバーが驚いた顔で見つめる。
「もう少し! もう少しだけ!」
「・・・」

 武者小路はモニターを切った。

「おい・・・やるのか、本当に・・・」
「これだから・・・」
「やろう!」
「応戦したら一切の言い訳は通用しなくなるぞ!」
「まだ話し合うべきよ!」
「手を出したのはアッチが先だ!」
「だとしても!」
「プラズマ砲、全砲門チャージ完了。迎撃システム準備完了しました」

 オペレーターの声が聞こえる。
 武者小路の赤い甲冑が静かに燃えている。
 それはかがり火のようにも見える。
 一瞬、大きく燃えさかった。

「各員に告ぐ、ここで応戦する!
 迎撃態勢をとれ!
 作戦プラン、川中島の戦いオートダウンロード!
 配置につけ!」

 号令は発せられた。

 精神の限界を超えた者。
 ログアウトする者。
 歓喜の声を上げる者。
 罵声を浴びせる者。
 絶望に顔を埋める者。
 叫び続ける者。
 慌ただしく動き出す者。
 耳にした者達の反応は様々だが動き出した。

 号令を聞きエイジは項垂れている。
 そこへホットライン。
 武者小路からだ。

「嫌なら私を罷免しろ。任せたのはお前だ。責任をとれ」

 切れる。

「・・・」

 本拠点の速度が低下。
 正四面体に変化した本体に軌道リングがついた宇宙独楽のような本拠点。
 クルリと回転する。
 白くツルリとした繋ぎ目のない鏡張りのよう外壁が一瞬で格子状に反転。
 黒く反転した部分は全てプラズマ砲。

 エイジの眼に力がこもる。

「私達は味方です!
 同じ地球人です!
 近日中に敵宇宙人の大規模な攻撃が始まります!
 僕たちは争っている場合じゃ無いんです!
 日本はマザーと接続が出来ないでいます!
 マザーは外になんて言っているんですか!」

「どうしてプラズマ砲を向けるんだ?」

 ノイズ交じりだがD2Mの隊長とは別な声が聞こえた。
 副隊長だろうか?

「間もなく始まるという根拠は?」

 また別な声。

「プラズマ砲は貴方達が攻撃してきたから! せ・・・正当防衛です!」
「嘘をつけ。手を出したのはお前たちだ!」
「原因を作ったのはお前たちだろ!」

 色々な声が聞こえて来た。
 誰だ?

「間もなくという根拠は? 宇宙人だからか?」
 複数の笑い声。
「違います!」
「さっさと根拠を答えろ!」
「・・・貴方達が攻撃をしないのであれば開示します」
「嘘をついている」
「交渉決裂だな」
「D2M、さっさと攻撃しろ!」
「殲滅あるのみ!」
「人類を騙してきた薄汚い宇宙人!」
「報いを!」
「死を!」
 色々な声。
「許可なく割り込むな」
 D2M隊長の声。

 静かになった。

「何? 今の・・・」
 ホットラインが。
「イシグロさん?」
「通信インフラにもう少しパワーを回してくれ、遮断されてしまった」
「・・・何を」
「急いでくれ」
「でも、今は武者小路さんに委任してるから・・・」
「宰相なら出来る。逆に宰相じゃないと権限がない」
「・・・」
「今応戦するのと、孤立するのは不味い」
「今のはイシグロさんが?」
「マルガリータ君の協力を得ている」
「えっ!?」
「俺を信じろとは言わない。リスクはあるが、強制的に他国や他部隊に向けて大出力で発信した。だがD2Mの妨害を受けている。出力合戦になった場合、本拠点の方が強い。友好国だったSTGに向けても発信している。今しがたの様子を含め全て送り続ける必要がある、今迎撃するのは罠だ。連中はこっちが手を出すのを待っている」
「どうしてそんなことが言えるんですか・・・」
「・・・」

 本拠点が停止。

「ソーラーパネル展開!」
 軍配を振る武者小路。
 軌道リングから鏡のようなものが一斉に広がって行く。
「ソーラーパネル展開中! 後三十秒!」
 オペレーターの声。
「アメニティーホース始動」
「アメニティーホース始動します!」
「エイジ君。手を出してからでは交渉にはならない」
「出撃可能なSTGを全機出撃カタパルトに移送!」
「移送開始します!」
「出撃予定STG・・・十三%です・・・」
「義母の強制権を本部で使えないか?」
「わかりません・・・」
「調べてくれ」
「わかりました」
「これもアースの作戦なのか?・・・」
「ムッちゃん・・・」
「敵部隊、急減速、天槍の射程内まで推定一分!」
「メインモニターにカウンターを表示」
「出しました!」
「敵D2Mの最前列アタッカー、三十機、フォーメーション変更開始!」
「D2MのディフェンダーSTGエアーズロックを中心にミカエルを展開中!」
「・・・プラズマ砲を反射する気か? それとも吸収? 拠点出力に対抗出来るのか?」
「イシグロさん、貴方は何を知っているんですか?」
「・・・俺は宇宙人と契約した」
「えっ!」
「だから君達より少しは知っている」
「・・・」
「手遅れになるぞ」

 エイジの脳裏に閃光が走った。
 記憶が万華鏡のように渦巻く。
 本拠点の黒く反転した外壁が光り出す。

「義母さん、通信インフラの出力上げて!」
「わかりました」
「三十%だ!」
「三十%へ!」
「出力低下! 宰相が通信系統への出力を異常に上げています!」
「・・・・平和ボケが・・・」
「ミカエル構築完了したようです! 天槍A発射態勢!」
「通信系統のエネルギーを遮断!」
「無理です。宰相権です!」
「わかった。・・・現状の出力で応戦する」

 その時、眼前の空間が見えるほど歪んだ。

「スターゲート反応あり!」
「スターゲート!? どこに!」
「目の前! 本拠点の目前! マークしました!」
「大きい・・・・なんだこれは!」
「STG28のサイズじゃない・・・」
「国籍不明、船名共に不明!」
「事前告知無いぞ!」
「ゲートアウトの事前告知はありません!」
「奇襲だっ!」
「国際法違反をしてまで・・・」
「連中は本気だぞ!」
「ここで仕留めるつもりだ」

 武者小路の甲冑が燃え盛る。

「シールドは物理耐性寄りに組み換え!」
「ゲートアウト反応あり! ゲートリング顕現!」
「でかい!」
「衝撃波来ます! 5・4・」
「敵多国籍軍およびスターゲートにシールド最大!」

 衝撃波。

 凄まじいものだ。
 ゲートアウトに伴う衝撃波がここまでとは誰も経験したことが無い。
 国際法において、スターゲートの使用には事前告知が必須。
 無告知は過失であろうと重大な国際法違反を意味する。
 巨大な本拠点がその衝撃波により大きく流される。
 一帯が衝撃波によりクリーンに。
 
「姿勢制御出力上げろ! プラズマ砲全砲門、スターゲートにロックオン!」
「ロックオン!」
「フレンドリーファイヤーはどうされますか?」
 軍配を横に構える。
「大きい!」
「・・・あれは・・・」

 スターゲートから巨大な白い円錐の頭が見える。

「STG!」
「違う!」
「じゃない!」
「大き過ぎる!」
「判明! 船籍はハンガリー、旗艦バルトーク!」
「STGI!」
「どうして・・・」
「連合軍だ!」
「終わった・・・」
「本拠点に急速接近! 衝突します!」
「STGIじゃ、敵わない・・・」
「シールド接触! 干渉波!」

 金属に無数のガラスを突き立て引っ掻くような音が鳴った。
 悲鳴が満たす。

「この音をどうにかしろーっ!」
「バルトークの質量にシールドが耐えきれません!」
「耐物理シールドの配分をコントロール!」

 音がましになったが、STGIの進行速度が増す。
 バルトークの切っ先は本拠点のシールドに深く刺さっていく。

「このままだとシールドが割れます!」
「プラズマ砲発射用意!」
「天槍A、発射されました!」
「挟撃だっ!」
「これを待っていたのか!」

「天照ローブ参ハンド・トゥ・ハンド!」

 エイジの声。
 突如、何もない宙空に大きな光輪が発現。
 それは渦を巻きながら動きだす。
 拠点の前を素通りすると、本拠点とバルトークの間に差し挟む。
 更にもう一つ巨大な光輪が顕現。

「邪魔だーーーっ!」
「プラズマ砲、近すぎて発射できません!」
「天槍A、着弾します! 7・6・」

二枚目の光輪は本拠点ではなくバルトークの側面に向けられる。

「推定着弾位置!」
「スターゲート消滅!」
「バルトーク逆噴射してます?!」
「!?」

 武者小路は天槍の着弾位置を見る。
 メインモニターを仰いだ。

 着弾。
 無数の長大な物理槍が雨のように降り注ぐ。 
 激しい振動。
 無数の音達。
 眩い光。

 花火だ。

 まるで花火。
 その光は恐怖よりも胸躍る何かを感じさせる。
 宇宙に盛大な花火が一斉に上がったようだった。
 光の破片のような、小さな火花のような光が暗黒の宙に無数に煌めく。
 それが天照ローブ参の断片だと気づいたのは暫く後。

STG/I:第百四十四話:敵

 どんな人もパニックの中では冷静にいられない。
 それは始まると疫病のように広がった。


「終わりだー!」
 諦めきれない者。
「死のう、死にたい」
 悲嘆に暮れる者。
「助けて・・誰か助けて・・」
 助けを請う者。
「イヤだ、イヤだ、もうイヤだ」
 逃げる者。
「じゃあな、彼女と一緒に最後の時を過ごすよ」
 覚悟を決める者。
「最後のその時まで逃げるなっ!」
 誰よりも逃げたい者。
「あがーーーっ!!」
 奇声を上げる者。
「・・・」
 現実を受け容れられない者。

 一見それは異なる反応にも見えたが、パニックに陥っている点では同じだった。
 パニックへの耐性は、才覚や環境、経験によって上下するが、遅かれ早かれ坩堝に巻き込まれることは避けられない。
 自我を保つには早急に現場から離れるしかない。
 それが出来ない場合、ソレを少しでも先延ばしにするには、”目的意識”を持つこと。
 パニックの衝撃より上回る「明確に刻まれた目的意識」。
 それが、ある程度ソレを遠ざけることに貢献するだろう。
 だが、それもいずれ瓦解する。
 その時、人は理性を失う。

 その者は叫んでいた。

「私は日本・本拠点宰相のエイジ!
 攻撃する理由を教えて下さい!
 私達は味方です!
 私は宰相のエイジ!日本・本拠点の代表です!」

 彼の通信相手、それは・・・

「こちらSTG国際連合軍の統括部隊、アメリカ本拠点所属D2M隊です。貴殿らは敵宇宙生物と認定された。これはマザーによる認定であり指示である。よって、殲滅する。以上」

 その時、武者小路はアースの言葉を思い出していた。
 不意にイシグロが居た筈の方を見たが、
 彼の姿はそこに無かった。

*
 
 時を少し遡る。

 マルゲリータやビーナスが告げたのは恐ろしい情報だった。
 口火を切ったのはマルゲリータ。
 走って入室すると、あの無口だった彼女が叫んだ。
「エイジさん、本拠点を停めて!」
 呆然とする彼を見て、マルゲリータは何を思ったかビーナスにバトンを渡す。
「ビーナスちゃん後をお願い。私の代わりに説明して! 私、行ってくるから!」
「畏まりました。マスター・マルゲリータ」
 ビーナスは一礼すると話し出す。
 マルゲリータは走り出すと作戦室を後にする。
 ここにいる誰しもが呆然としている。
 ミリオタは顔をクシャクシャにして項垂れている。

「日本・本拠点の管轄エリアは、現在STG国際連合軍、所謂、多国籍軍が作戦を展開しており、彼らは全機フレンドリー・ファイヤーをオン。銃口は我々の本拠点を向いております。最前列にアタッカー特化10武装、最大射程の長距離砲撃である『天槍』が配備され、その射程距離圏内にもう時期当本拠点は入ります」

 ほとんどは何を言っているか理解出来なかった。
 これほど明確なのに。

 たった今、
 アースに「地球は終わり」であることを告げられ、その心の整理も着かないままに鳴り響いた絶望のゴング。
 しかもそれが味方である筈の地球人によって成されようとしている。
 普通に考えれば受け容れがたい言葉だ。

 ビーナスは彼らの反応を待った。

 僅かな静寂の後、
 透き通るような声が割く。

「義母さん! 本拠点緊急停止!」
「緊急停止します」
「重力の影響を可能な限り安全レベルで確保! マルゲリータ中隊長からの情報を元に『天槍』の射程外で停止出来る程度に逆噴射して下さい!」
「安全圏で逆噴射」

 地鳴りのような音が僅かに聞こえる。
 天球型モニターに見入る。
 エイジの目線に全員が釣られる。
 明らかに本拠点は速度をを弱め、モニター上でも逆噴射が確認。
 中にいると重力の抵抗はほぼ感じない。
 
「もっと聞かせて下さい!」

 エイジだけが声を上げていた。
 ほとんどのプレイヤーは何を言っているか理解出来ない。
 まだ今しがたのアースの言葉をリフレインしている。

 何故、地球は攻撃されるのか。
 何故、一週間なのか。
 これは現実のか、ゲームなのか。
 本当に地球は終わりなのか。

 何故、本拠点が止まったのか。
 何故、宰相は叫んだのか。
 何故、凍結されている筈の搭乗員パートナーが本身で歩き回っているのか。
 何故、部隊パートナーが戦闘装束で突っ立て居るのか。

 彼らが答えを理解する前に、
 ビーナスが口を開く前に、
 それは始まった。

 作戦室が真っ赤に染まる。
 本拠点のアラート音声がゴングを鳴らす。

「STG多国籍軍による本船への攻撃を確認。武装は『AT10あ199天槍A』投擲数3。着弾まで、5・4・3・・・」
 武者小路が絶叫する。
「シールド最大っ!」
 彼の甲冑が瞬時に燃えさかる。
「着弾」

 衝撃。
 地鳴り。
 警報音。
「シールドを30%貫通、隔壁閉鎖」
 悲鳴。
 絶叫。
 それらが耳を満たす。
 しかし義母は容赦なく続けざまに言った。

「第二弾の発射を確認。8・7・6・・・」
「着弾予測位置にシールド集中!」
 武者小路が吠える。
 位置を告げないと全方位シールドになることに気づく。

「着弾」

 衝撃。
 悲鳴。

「シールドを10%貫通、衝撃波、隔壁閉鎖」

 衝撃。
 怒号。
 各々が作戦位置に走る。

「第三弾の発射を確認。『AT10あ199天槍C』15・14・13・・・」
「着弾予測位置にシールド50%を集中!」
 武者小路。
「分裂」
「ぶっ?!」
 天槍タイプCは低速ながら内部から無数の槍を射出する天槍の亜種武装。
 聞き逃した。
「天照ローブ壱接続!
 想定着弾位置をカバー!」
 今度はエイジが吠えた。
 左目を手の平で覆っている。

「2・1・着弾」

 今度は静かだった。

 黄金色に光るエネルギー・シールドが盾のようにモニターに描画されている。
 武者小路は驚きをもってそれを見つめた。
 広範囲に広がった無数の小型の天槍を天照が防いでいる。
 武者小路はエイジを見つめる。

「義母さん! シャドウのアップグレード完了はいつ?!」
「凡そ一時間後です」
「・・・次は!?」
「ありません。現在、天槍の有効射程外。位置情報の補正中」
「エイジ君・・・」
「武者小路さん、私は念のために天照に搭乗します!」
「それは出来ません」
 義母の声。
「えっ? あ・・・そうか・・・」

 エイジは作戦本部に居ながら天照にリンクしていた。
 その時、彼は左目を押さえている。
 彼の左目にはモニターが描かれていた。

「やっぱり遠隔だと微妙なズレがある・・・」
「エイジ君!」
 武者小路は知らず声をかけた。
 何か具体的に聞きたいことがあったわけではない。
 勝手に声が出たのだ。
「あっ!・・・御免なさい勝手なことやって」
 彼は頭を下げた。
 武者小路は何かを咀嚼するように口を何度か僅かに動かすと、言った。
「お見事・・・」
「いえ、気をつけます」
 頭を下げた。

(この咄嗟の決断力・・・
 そして天照、もう動かせるのか・・・
 私の次の動作は相手に読まれていた。
 彼が咄嗟にカバーしてくれなかったら被害は現状の比じゃ無かっただろう・・・
 左目を時折押さえていたのはそういう意味だったのか・・・
 ゲーム世代は親和性は我々とは違うな・・・)

*

 エイジは天照のパイロットだ。
 それを羨む者は居ないだろう。
 少なからずアレがどういうモノかを知る者には。
 シャドウは専用のアップグレードを行っている。
 元に戻すことは出来ないだろうとエセは言った
 そして、それはエイジも似たようなものだった。

「コックピットに一度座ったら、もうそのアバターは使えないと思った方がいい」

 彼は何故か嬉しそうに言った。
 エイジは不思議と怖くなかった。
 寧ろ感動の中に居たと言っていい。

 搭乗員は天照が起動するとコックピットに固定され起動中は降りることが出来ない。
 戦闘もののアニメや漫画には良く出てくるが、実際にそれをされると誰しもが不快感と恐怖を本能的に感じるだろう。
 自由を奪われるとはそういうことだ。
 下半身をダイブ・ポイントと呼ばれる穴に挿入し、基本的に下半身は自由に動かすことが出来ない。
 タールの中に浸かるようなもので、それは極めて不快感に満たされた。
 力を込めればゆっくりと中で動くことは出来る。
 だが、それは極めてゆっくりであり呪いのように身体に纏わり付いた。
 中は、S字の椅子に座るような形状になっており、身体を屈曲させる。
 ゲル状の素材で出来ており、挿入後に圧着される。

 上半身はパイロットスーツが出ている状態だが、下半身と両腕を固定されているので動き回ることは出来ない。
 両手はアーム・ポイントと呼ばれる装具に手を突っ込み下半身と同様な感覚を得る。
 概ね肩の位置にあり、常に手を上げ前に出した姿勢になる。
 中はダイブ・ポイント同様な素材で、装具そのものは動かない。
 中に取っ手のようなものがあり、掴める。
 丁度、マジックハンドの握りてのような感じだ。

 そして頭部のバイザー・ポイント。
 視野とモニターが直結され、見えたものがSTGと同じ状態になる。
 頭部は覆われ、装具は鼻の位置までくる。
 装着されると天照とシームレスな情報交換が可能で、言語だけでは無く脳波で指示を出せる。
 搭乗時、頭部から装置が挿入され、ナノマシンによりアバターの頭脳チップに直接接続。
 その際に痛覚遮断処置が施される為、痛み等は無い。
 エセが再利用が難しいと言った理由だ。
 頭部は可動域がある。
 搭乗せずとも本拠点からなら何処からでも動かせるリンク機能がある。
 だが、その能力は大幅に制限を受ける。

 ある作戦室メンバーは、そのコックピットを見て「張りつけだ・・・」と形容した。
 なお、手は横ではなく、前に出しているのでポーズは異なる。
 搭乗員側はアップグレードを必要としなかったが、一度搭乗するとアバター本体が再び使用出来るかどうかは判らないと開発者であるエセから説明されている。
 搭乗時に必要な接続処理が施される為だ。
 また、極めて負荷が高い為、肉体的、脳的に再利用出来るかは怪しいという判断だった。

 エイジは制作の仮定で何度かエセを訪れ訊ねたことがある。
 彼は直接的な回答はしなかったが、一言「あの設計思想は竜頭巾君の使ったデス・ロードと、君から聞いたバルトークの話がヒントになった。君が本当に困った時、真価を発揮してくれる設計だと思うよ。代償は必要だけどね」と笑って言った。
 エイジは意味を理解しかねたが、彼はそれ以上何も答えてはくれなかった。
 
 皆がアースの部隊に一喜一憂している時もエイジは天照のシミュレーターに乗っていた。
 リンク機能を最大限に活かしたのだ。
 それはエセのアドバイスからだった。

「アレはいきなり乗っても動かせるもんじゃないからよく練習しときな。本番とシミュレーターでは天と地だろうけど、やらないよりはいい」と彼は言った。

 その意味は乗って直ぐにわかった。
 全てが規格外だった。
 空いた時間にはシミュレーターに通い詰める。
 立場上、居なければいけないことは多い。その際にリンク機能を使う。
 皆に黙って会議中もリンク機能を使い乗っていた。

 STG28は事実上操縦しているのはパートナーである。
 それを機械的にサポートしているのが本船コンピューターであり、搭乗員は言うなれば大まかな行動指針を与えているに過ぎない。
 その為にプロファイル・セットやプラニング・セットがある。
 咄嗟の事象にはセットプログラムによって反応する。
 全ての人間が咄嗟に多くの事象に対して行動出来るわけではない為だった。

 予め大きな指針をプログラムしておく。
 自動運転には必ず間違いが起こる。
 現状の解釈の仕方で間違いを選択することもある。
 細かく規定していればいるほど不整合は起きづらい。
 でも起きないわけではない。

 加え何をもって正解とするかは個々のパイロットによって事なる。
 それを補うためのパートナーでもあった。
 パートナーは常にセットを最適化して行く。
 それでも遭遇したことが無い事象には見本を使わざる終えない。
 経験を繰り返さない限り最適化は成されない。

 STG28にはプロファイルを得意とするプロファイラーやプランナーがフリーで活動をしていたりする。
 戦闘で戦果貢献出来なくてもこうした活動で戦果を得ることが可能だ。
 もっともその戦果は多くは無い。
 そうした活動を主にして食っているプレイヤーは極一部に限られる。
 多くの部隊員は所属する部隊やフレンドのセットをコピーさせてもらう。
 過去の英知を使わせてもらうのだ。
 結果、カラーが分かれていった。

 部隊によっては部隊セットを強制するが、その範囲設定は自由で、隊長に権限が委ねられている。
 基本セットのみであったり、特化セットもだったり、全てであったり、例外を認めない場合であったりと自由に設定出来た。基本セットを共有しない場合もありだが、多くの場合、基本セットは共有される。
 同時にそれを期待してフリーのパイロットは入隊するのだ。
 保安上、除隊と同時にセット情報は消される。
 それでも入隊時にプランを見て、除隊後に記憶したコピーをメイクするプレイヤーは後を絶たない。
 自分でメイクしたセットは公開することも非公開にするのも自由。
 ほとんどの場合、フレンド以外には公開されない。
 取り逃げを防ぐ為だが、基本的にフレンドを解消した次点でセットも抹消される。
 同様に取り逃げを試みる者は多い。

 エイジはシューニャ・アサンガをベースに、ドラゴン・リーダー、竜頭巾のプロファイルセットを使っていた。
 それは必ずしも自分のプロファイルとはマッチしなかった。
 シューニャはサーチャー寄りのオールランダー。
 対して、彼は完全なディフェンダー型だ。
 ドラゴンはアタッカーだし、竜頭巾に至ってはアタッカーの中でも極端なパイロットだった。

 それ故、当初は天照の起動時にほとんどがグレーアウト。
 適合しないことを意味する。
 天照は基本的に動けない。
 また、攻撃も出来ない。
 超巨大なエネルギーの盾を幾つも発生させ、その強弱を調整したり広げたりするだけの能力。
 言うならば、イージス・ガードの超強力版である。

 その際に役にたったのは先だってのブラック・ナイト騒動のもの。
 彼は本拠点回復後に、自らの経験を忘れないウチにとセットを構築していた。
 それらが見事にマッチする。
 彼は共に戦ったガーディアン達と話し込む中で、元々プランニングが好きだったこともあり、ガーディアン特化型のモデルも数多くフレンドとしてゲット出来ていた。
 「君なら信用できる!」と、ほとんど全ての搭乗員が提供してくれる。
 同時に彼もまた選りすぐりのプランを提供すると大いに喜ばれ、信頼は深まった。

 プランセットは言うならば虎の子である。

 自らの得手不得手を晒すような行為なので、大して親しくも無いのに「プランをコピらせてよ~」とか言うのは御法度である。(横行しているが)
 本来は、本当に心を通わせた相手にだけ披露される。
 ましてやコピーさせるのは余程のこと。
 アフロディーテ辺りは特殊過ぎて実戦で役に立つかは疑問であったが、エイジは思想が個性的で夢中になって研究したものである。

 天照は本拠点から一定の距離で発現し、本拠点の動力でもって稼働。本拠点の力を実質使い放題。
 その為、結果的に本部の一部の者以外はパイロット候補にすらなれない事情があった。
 必要な権利があるからである。
 ベースとなる司令船STG天照は初期配布に近い状態で戦闘能力は無い。
 コックピットのみが専用に改造されてある。
 天照の思想は大筋でこれまで同じものでSTGの複合体である。
 違うのは直接ドッキングしない点。
 STG天照は、言うならばドローンショーのドローンだ。
 各々制御された状態で宙空に射出され、エネルギーワイヤーで繋ぎ本拠点からのパワーを供給。
 司令船の指示によって無数のエネルギー・シールドを展開させる。
 遠くから見ると巨大な宇宙船だが、その実態は複合体。
 司令船のみが指示を出せる。

 本拠点のシールドと同等の強度を持ち、シールドの操作をすることで複合的な強度増強効果を得る。
 それを為し得たのがイージス・ガードで得た仕組みと実戦経験だった。
 一つ一つの円は中心部が最も強固であり、周辺部に行くほど弱くなる。
 だが、アクティブに動かすことで中心部を移動させ通常では得られない強度を得ることが出来る。
 この動作にはアフロディーテのプロファイルを取り入れた。

 問題も幾つかあった。

 一つは司令船が破壊されると性能は著しく低下する。
 分散化しているので無効になることは無いが、司令船は負荷が極めて高い為、集約処理出来る為のパートナー及び本船コンピューターのアップグレードは必須であり、搭乗員も相応に訓練する必要がある。
 表向き上、メインパイロットはエイジ、サブパイロットが武者小路になっていたが、武者小路はほぼ訓練をしていない。
 リンク機能を使えるのもメインパイロットに限られる。
 権限の都合で武者小路が搭乗しても最大でも30%程度しか能力を発揮出来ないことが判っている。
 マニュアル等は熟読済みで、何度かテスト搭乗みしたが、それ以後彼は載っていない。
 当然、自身のパートナーをアップグレートもしていない。
 アップグレードとは言うが、実際には天照用に最適化する為、逆に通常のSTGでは使えなくなってしまう。
 パイロットになるには権限をある程度使える立場が必要だ。
 武者小路以上に発揮するとなると本拠点副隊長以上の立場が必要になる。
 肝心の本拠点副隊長であるミリオタは素戔嗚隊のパイロットだ。
 ケシャはログインしていない。
 結果、サブパイロットは三人迄設定出来たが、残り二席は空白だった。

 細かい問題には弾いたのがエネルギーだった場合どこへ飛んでいくか制御が難しい点等がある。
 近間が交戦エリアだった場合は危険になる。
 その為、天照の起動は本拠点を離れた位置を想定されている。
 内側には本拠点・防衛隊が配備。
 戦闘エリアは外宇宙と内側を想定している。
 外宇宙は天照の恩恵を受けられない。

 天照のメリットは多い。
 司令船を除き、構成STGは初期STGに近い状態で稼働させることが出来る為、損失した箇所を即座に別なSTGで補うことが出来る。
 天照を拡張させるSTG蕾は本船コンピューターだけで操舵可能だ。
 また、初期オプションで導入が出来るシンクロナイズド・エナジーをセットすることで、既存のSTGをドッキングさせ、その部分だけある程度独立して制御することが出来るようにもなる。
 ドッキングしたSTGがアタッカー特化なら守りながら攻撃が可能。
 ガーディアンを接続すれば、より強度の高い防衛が可能になる。
 それらはほとんどシューニャ・アサンガの戦果によって建造されている。

 司令船は尋常ならざる負荷がかかる。

 当然ながら初期状態のSTGでは数千機のSTGを同時に処理できない為、本拠点コンピューターおよび並列接続した部隊パートナーによって賄われる。
 だが、搭乗員はそうしたことが出来ない。
 あくまでも主権者の意思が重要になるSTGにおいて司令船STG天照は、権限が拡張されている点からも全てパートナー任せとは行かなかった。

 本拠点が再び赤く染まる。

「STG多国籍軍、日本・本拠点へ向けて行軍を開始」

 義母の声が無情に響き渡る。 

STG/I:第百四十三話:原理原則

「馬鹿なお前らに簡潔に説明してやる」

 アースは真顔になると言った。


「敵を知り己を知れば百戦危うからず。
 だがな、その前にもっと必要なことがある。
 俺が強いと言われる所以だが、秘密でも何でもない。
 原理原則を踏み外さない。

 具体的に一つ上げてやる。
 ルールだ。

 戦いには常に有形無形のルールを伴う。
 ゲームなんか正にそうだろ?
 それが頭に入っている必要がある。
 血肉になってりゃ幸いだ。
 敵や自分が強いか弱いかはその後の話。
 理解出来ないヤツは結局んところ勝てない。
 目の前の戦いには一度や二度は勝ってもな。
 特に大きな戦いは偶然では勝てない。

 そしてルールにはシナリオがある。思想がある。
 それを読み取れば勝つ為の作戦が見える。
 後はそれを消化しつつカオスを読む。
 単にそれだけだ。
 それらを踏まえた上で、
 今回の戦いがどうかと言うと、

 勝てない。

 地球は終わり。
 それは、この銀河の破局の始まりも意味する。

 人間はまんまと欲という餌につられ自ら引き金を引いたわけだ。
 後はせっせと墓穴を掘った。
 連中の作戦通りという訳さ。

 残された時間は少ない。
 想定外も幾つかあったようだが大局的には予定通りだろう」

 作戦室は静まり返った。
 天球型モニターが煌々と光り、ゆっくりと回っていた。
 息遣いも聞こえてこない。

 エイジはシューニャの顔を思い出していた。
 時折見せた沈痛な面持ち。
 抱えているだろう大きな荷持を想起させる。
 時折見せる焦りのようなもの。
 降って湧いたような作戦。
 素戔嗚と天照。
 史上最大の作戦。

(気づいていたんだ・・・)

「まんまと馬脚を露したな」
 イシグロは歩み出ると声を上げた。
 エイジが彼を不安そうな顔で見た。
「何が、ですか?」
 イシグロはエイジを見ず、真っすぐアースを見ていた。
「地球人と宇宙人との契約は公開されていない。つまり嘘だ」
「間抜け」
 間髪入れず返す。
「一般搭乗員に、だろ? 今の俺は一般搭乗員か? そしてお前も(エイジを顎で指す)サリー・・・テメー知ってたんだろ? お前もD2M同様に地球を売ったおこぼれを貰える予定か?」
 騒めいた。
「どういうことですかイシグロさん!」
 アースを見据えたまま目を見開くイシグロ。
「どっちが馬脚を露したんだろうなぁサリ~。テメーは昔から詰めが甘いんだよ。卑怯者のサリー。未だに語り草だ・・・」
「貴様がっ!・・・・」
 言葉が続かなかった。
 直ぐに何時もの平静な彼が戻って来た。
「サリー・・・」
「その名で呼ぶな・・・」
 呟くように、唸るように、恫喝する。
 武者小路は目を細め彼を見る。

「さて、間抜けが黙ったところで話を進めるか。
 んで、さっきの話だが・・・
 残された時間を楽しもうって訳だ。

 餓鬼、辛かったんだろ?
 わかるぜ。
 これが最後なんだ。
 憎たらしい連中をぶっ殺してやれ。
 この船の装備なら簡単だ。
 地球人からしたら今のアバターすら超人だ。
 そう考えるとワクワクするだろ?
 我慢して生きて来た甲斐があったな!」

 エイジが顔を上げる。
 ミリオタが離れた所で不安そうな顔で見ている。

「STG28で防衛圏を抜けることは出来ないのでは・・・」
 武者小路が言った。
「お袋さんがいればだろ?」
 面倒くさそうに応える。 
 武者小路は息をのむ。

「お前たち、やりたい放題できるぞ。

 映画みたいなことだってな。
 お前達が主人公だ。
 それこそ地球の軍隊なんぞ玩具だぜぃ。
 ピュン、ピュン、ピューン!
 ドカン! ドカーン!」

 アースは両手を銃のように構え、笑顔で撃つ真似をしている。
 子供のごっこ遊びのように。

 エイジは目を丸々とする。

 これまでの日々が嵐のように頭の中を巡ってくる。
 思い出したくない日々。
 圧倒的に苦しく悲しい記憶。
 それでも、その中に挟まれる煌めくような笑顔が見えた。
 母やシューニャを筆頭にSTGの仲間の顔が浮かぶ。
 小刻みに震えていた。

「お前らも童貞や処女のまま死ぬのはつれーだろ?
 最後だから好きにしろ!
 軍神の名において俺が許す!
 やりたいようにやれ!
 自由だ!
 それを、一緒にやろうぜぃ~」

 エイジの全身が震えている。
 口は次第に何かを求めて大きく開かれた。
 アースは両手を広げ自愛の表情を浮かべる。

「苦しかったなぁ・・・」

歩み寄ろうとした。

 その時。

「違う」

 エイジが言った。
 その声はけして大きく無かったが存在感があった。
 眼も口も大きく開かれた。
 震えが次第に小さくなる。

「最後のチャンスなんだぞ? ちったあ人生を楽しめよ、なっ」
「煩い・・・」
「カッコつけるな。無理する必要は無い・・・憎いんだろ? 憎いよなぁ」
「・・・」
「まさかお前殴られるのが趣味か? 違うだろ?」
「・・・」
「本心は殺したいほど憎いだろ?
 今なら出来るんだ。
 簡単に。
 報いを・・・」

 内容に反して優しい声。

 突然エイジは自分の両頬を思いっきり叩く。
 それは二度響き渡った。

「今、気づきました・・・」
「そうか!」
「はい・・・ずっと憎かった、です。どこか遠くで殺してやりたいと思ってました・・・死ねばいいのにって・・・」

 ミリオタが、武者小路やイシグロ、マッスル達がエイジを見た。

「そうだろ? 解ってる。そうだろ~よ・・・ようやく望みが叶うな」
「貴方に言われて、気づきました・・・」
「よし! やろう、共に!」

 武者小路の軍配を握る手に力が籠る。

「嫌です」

 アースの表情から熱が冷めていくのが感じられる。
 
「私は弱い! 弱い人間です!!」

 全身から発せられたように響く。

「なんの取柄もなく!
 才能もなく!
 意志薄弱で!
 身体も弱く、心も弱い人間。
 それが僕です!
 その、弱さが・・・そうした思いを育てた・・・
 クソ野郎です」

 張り詰めるほど静かになる。
 だが、アースだけが違った。

「そんなことは無い。
 お前は悪くない。
 悪いのはそいつらだ!
 アレなら簡単だぞ。
 ナイフのように刺す感触も残らない。
 銃のように反動も無い。
 反撃も食らわない。
 蟻を水で流すように簡単に始末出来る。
 だから心も痛まない。
 思い詰めること無いんだ。
 ゲームだよ。
 簡単に殺せる。
 殺したという感触もないほど簡単に」

 その声はどこまでも優しかった。

「誰も殺したくありません」

「嘘を言うな。
 正直になれ。
 最後なんだから。
 素直になれ。
 本当は殺したいよな?
 俺にはわかる。
 俺もそうだ」

 エイジは全身をブルッと震わせた。

「僕は・・・最後の一秒まで地球を守ります」

 静かだった。
 苦しいほどに。

 アースを除いて。

「勝てなくてもか?」

「はい」

 アースは皮肉に笑うと、脱力した。
 
「なら、好きにしろ。
 その時間が長ければ長いほど俺の天下が伸びるだけだ。
 お前が守っている地球で俺は好きなようにさせてもらう。
 三億人は、ぶっ殺したいんだよ。
『一人を殺せば犯罪者だが、百万人殺すと英雄になる』だそうだ。
 三億だど何なんだろうな・・・神か?」

 邪悪な笑みを浮かべる。
 マッスル三兄弟、イシグロ、武者小路の顔つきが変わった。

「狂信者め・・・」

 武者小路の甲冑が燃え上り、マッスルの筋肉は膨れ上がる。

「今のうちに言っておく。
 守ってくれてありがとうよ・・・。
 さ~て、楽しくなってきたーっ!」

 アースが踵を返した時。

「アカウントを凍結します!」

 エイジが叫んだ。

 マッスル達がガッツポーズ。

「イエスッ!」

 ミリオタを筆頭に驚いた顔達。
 未だに現実を理解出来ない者もエイジを見た。
 武者小路の表情だけ優れない。
 イシグロは何かに気づきコンソールを操作しだす。
 一瞬の間の後、アースは腹を抱えて笑い出した。

「傑作だっ! 腹いてーっ! やっぱ、餓鬼だなぁーっ!」
「武者小路さん、日本・本拠点宰相の名において彼を凍結して下さい! 本気です!」

 彼は力無く首を振った。

「どうして!」

 アースはまだ笑っている。

「餓鬼っ、餓鬼がっ、あー腹いてーっ! 言ってやれよ戦国馬鹿っ!」

「武者小路さん?」

「無理なんです。もう・・・
 彼らの大隊は・・・
 本拠点のコア人数を、今日、越えました・・・」

 イシグロがコンソールを叩いた。

「勇気をだすのが遅かったでちゅね~ちゅぱちゅぱぁ~」

 膝を叩いて笑っている。
 マッスルの顔が絶望から怒りに染まった。
 筋肉がはちきれんばかりにパンプアップ。

「餓鬼は餓鬼ってことで。笑かしてもらったわ」
「・・・なら解隊命令を!」
 武者小路がビクリとする。
「いいよ~してもね~。どうぞ~」
「それは許可出来ない!」
「どうして!・・・あっ・・・」
「あれ~おかしいな~その瞬間に単独で筆頭部隊になっちゃうな~、と、い・う・こ・と・わ~、あれ~僕ちゃんの狙いと違うぞぉ~」
「そんな・・・そんな・・・」
「参謀や周囲にもそっと真面な大人を配置するんだったなぁ。最も昨今は視野の狭いカスばかりだから無理もない。戦国馬鹿も悪くはなかったが、所詮はテメーを少々頭のいい戦略家だと思っている井の中の蛙。いい大学は出てるんだろうが、現実でもせいぜい秘書止まりって感じだろうな・・・」
 武者小路がビクリとし、アースを睨む。
「清濁併せ?むような芸当は出来ねーだろ。石頭のサリー、イシグロがいる時点でお察しだ。シューニャが居なかったのは運が無かったな。アイツなら気づいたろうよ。ヤツがいない時点で俺の勝ち確なんだわ、オッツ~」
「だからシューニャさんのことを気にして・・・」
「ヤツがいると色々狂うんだよ・・・」
「貴方は嘘をっ!」
「嘘は言ってねぇ」
「えっ?」
「ドラゴンリーダーに頼まれ来た。地球を救ってくれと。手段を問わないと。だがな餓鬼。無理なもんは無理なんだ。此奴は条件が悪いって次元じゃねーぞ。竹槍で高高度のB29落とせって話だよ。B29って知ってまちゅか?」
「はい・・・」
「竹槍で出来まちゅか?」
「・・・」
「無理だよな~」
「兄貴の投擲なら届く!」
 マッスル三男が吠える。
「馬鹿はさておき。お前さ、シューニャに相当感化されてんのな。お前の今の言いぶりで完璧に理解した。俺んところに居る連中と同じようなもんだ。アイツのこったから適わないのは気づいているだろうよ。だから、一分一秒でも長く守ろうという思想なんだろ。お前らがご丁寧にロックしている史上最大の作戦とやらも概ね想像が出来る。それは地獄のような作戦だろう。いっそ死んでくれと言われた方が清々しいような。奴はああ見えて甘くねーぞ。最も餓鬼共にそれを期待してるほど愚かでもね~だろ。自分なりの秘策があるんだろうな~」

 エイジとミリオタが反応を示す。

「だが、それをもってしても希望と言うには淡い。だから言わねーんだよ奴は。全部背負うつもりだ。希望にするには無茶過ぎるからな。この作戦は縋るには恐ろしいぞ。嘗ての戦争のように凄惨なものになるだろう。俺に言わせれば勝つ確率が無い時点で糞な考えだ」

 エイジの顔が変わる。

「クソは貴方だっ!」
 アースが微笑む。
「じゃあ、お前らは戦う。俺たちは地球を征服するってーことで合意だな」
「合意では無い!」
 武者小路が吠える。
「勝手に決めるな!」
「巫山戯るな!」
「裏切り者!」
 幾つか声が上がった。
 だがその声は少なかった。
 ほとんどの搭乗員は暗く項垂れている。
「仮に防衛圏を抜けても地球では武装は使えないんじゃ・・」
 声が聞こえた。
「はい、そこ~、馬鹿はっけーん」
「だってそーじゃん!」
 別な声が上がる。
「言っただろ。ママが、い・れ・ば、な?」

 騒がしくなる。

「今動いているのはマザーじゃないの?」
「いや、今のは義母って言ってただろ」
「何が違うの?」
「・・さー・・・」

 騒ぎが大きくなる。
 アースはそれをニヤニヤと黙って見ている。
 エイジは脳をフル回転していたが妙案は浮かばない。
 武者小路は無線を使い武田に報告しているようだ。
 イシグロは目を瞑り何かを考えている。

「てーことでだ今日は寝るわ。疲れちまった。
 全ては明日から。それまで無い頭でせいぜい考えるんだな。
 腹を決めておけ」
「待って下さい!」
「あん?」
「アース・・さんの、考えている地球のタイムリミットを、教えてください・・・」
「君は誰に何を・・・」
 武者小路は言い掛けたが止めた。
「ふーん・・・」
 値踏みするようにエイジを見る。
「始まったら一週間だ」
「えっ?」
「思ったより長いと思ったか?
 だから、あめーんだよ。
 いいか、肝を据えろ。
 じゃあな、オヤス!」
 手を上げるとホログラムが消える。
「まだ聞きたいことが!」
 ログインサインはグレーアウト。
 ざわめきは次第に大きくなる。 
「一週間・・・」
「どんな根拠があって・・」
「無視も出来ないが・・・しかし・・・」

 中途半端に短い。
 多くが一日と持たないと考えていた。
 数時間で雌雄を決すと。
 どう自分の中で解釈していいか理解できない。
 言い換えると、迫りくる死をどう受け止めていいか消化できない。

「なんで一週間なんだ・・・」
「義母さん、天照と素戔嗚の進捗を!」
 エイジは叫んだ。
「目標に定めた理想値に対し七〇%。
 最低作戦実行ライン、標準ラインは既に越えております」
 シューニャのお膳立てが無ければ最低ラインすら危なかった。
「シューニャさん・・・」
 エイジは胸を強く握る。
「帰還報告」
 義母の声。
 多くの者がギョっとし、天球型モニターに視線が注がれる。
「STGトーメイト、STGホムスビ帰還しました」

STG/I:第百四十二話:策謀

 夜の対策会議は更に紛糾した。

 特別対策班は監視続行派、中止派に二分したが勢いは中止派にあった。
 日が経つほどに彼らの言説の正しさを証明することはあっても、否定する要素が無くなっていく。


 リアルのネットで調べた結果すらそうだ。
 該当する企業が確かに存在していることを示した。
 救世主かもしれないという機運が止めどなく湧き上がっている。

 イシグロと武者小路は監視続行派。
 武者小路は「仮に過去はともかくとしても、彼が何か好ましくない方法で何かを企んでいることは明らであり、仕出かした事も明らかである」と言った。
 だが、彼らの戦績を前に説得力を明らかに失いつつある。
 それは態度を保留中の一人の発言からも明らか。

「それは些細なことじゃないか?」
「些細?・・・さ、さい、なのか?」

 武者小路は言葉を詰まらせた。
 会議は言葉だけが溢れ続け全員が苛立ちを募らせる。

「アカウントを凍結しよう」
「いや駄目だ。流れは完全にアイツらにいっている。支持されない。今度の作戦は中央だけでは到底賄えない」
「その時は本部の強制権を使えばいいでしょ」
「それじゃ今迄の人たちと何が違うの?」
「四の五の言っている場合なのか・・・」
「あの反逆者達より遥かにまし!」
「本当にマシなのか?・・・」
「ああ雑魚だよ。俺も含め、ここにいる全員がザ・コ」
「クソみたいな自慰行為的発言は控えてくれ、うんざりする・・・」
「うまえがな」
「あーもー、目を覚ませ!」
「明け渡そう、少なくとも我々より可能性がある」
「どこを見て!?」
「戦績を! だよ」
「そう、彼らなら勝てるかもしれない!」
「連中は根っこが腐ってる。それが全て」
「勝てないより良いだろ?」
「良いのか、それ?」
「良いに決まってる!」
「そうだ・・勝てるなら、もう何でもいいよ」
「勝てる・・・勝てるんだよ! 彼らなら!」
「判らないのか? それは不可能なんだよ・・・」
「やってみないと分からないだろ?」
「駄目でしたで済むのか?」
「そうだ。シミュレーターで何がわかる」
「わかるだろ!?」
「勝てる保証は?」
「仮にだ、連中が勝った後どうする?」
「BANしよう、それで解決」
「馬鹿な事を言うな・・・」
「そんなこと出来るのか?」
「あー低レベル過ぎて嫌になる、もう落ちる!!」

 イシグロはおろか、武者小路も沈黙した。

 こんなのは作戦会議じゃない。
 単なる子供の喧嘩。
 大人の雑談。
 戦う以前の問題。
 作戦以前の問題。

 壁が高すぎて思考停止している。
 感情的になり過ぎて、具体性や根拠すら無い提案。
 嘗てないほどの大規模作戦を控えているというのに。
 絶望的過ぎる。
 多少なりとも話が出来そうな連中を選んでもこの次元なのか。
 
「彼らの否定的な発言を公にすれば?」
「無意味だろ。『彼らの戦績を上回れるのか!』で論破される」
「論破ねぇ・・・」
「言葉が全く響かないことは明らかだろ」
「なら、『反乱分子だ!』と騒ぎ立てたらどうだろうか」
「仕方がない正当な理由ありと捉えられるだろう」
「どうして!?」
「世論を巻き込むことが逆に立場を危うくする」
「あれもダメ、これもダメじゃ、何も出来ないだろう! 対案を示せよ!」
「致命的なミスになったらしょうもないだろ!」
「否定ばかり言ってる奴は楽でいいな~。・・・クソして寝るわ」

 この会議一つとってもコレだ。
 流れは完全に彼らにある。
 取り返しがつかない。

(彼らをBANしなかった時点で我々は詰んでいたのかもしれない)

 武者小路はコントロール・ルームに籠るエイジをモニターで見た。
 アースのマイルームを映した監視モニターに目線を移す。
 彼はずっとSTG28の仕様や多数のマニュアル、ルールブック、宇宙人と交わしたとされる真偽不明な条約や事例を読み漁っている。
 他にも公開されている宇宙人との謁見記録や、過去の違反事例も多く読んでいるようだ。

(爺さんよ・・・コレはお前の狙い通りなのか? それとも偶然か・・・教えてくれ)

 始まりの動機は最終的な結果を知らず伴う。
 連中の動機は金と遊びと暇つぶし。
 金が尽きたり、要求レベルに達しなければ去っていく。
 面白くなければ去っていく。
 地球なんてどうでもいい。
 他人なんてどうでもいい。
 今、自分が面白いかだけで生きている類だ。
 そんな連中だろう。
 命運を左右するこの場で全う出来る筈がない。
 強いか弱いかは問題じゃない。
 始まる前に終わっているんだ連中は。
 それが何故わからない。

 深夜になり結論は出た。 

 監視は続行。
 強く反対した数人は対策チームを脱退。
 彼らは当てつけのようにブラックナイト隊内のアースの隊に編入。
 彼らの隊はあっという間に大きくなっていた。

 明日には結論も逆転するだろう。
 何より本隊の数を超える。
 非常時ならともかく、単純な数では本部の運営権は移らないが発言権は自ずと強くなる。
 世論の後押しも強い。
 一度傾いた世論の慣性力は鈍い。
 連中の本性を目の当たりにする頃には手遅れだ。
 こうなると戦う前に終わっている。
 なるほど、あの糞な政治家が勝つことばかりに猛進する理由が実感出来た気がする。
 勝たないと何も出来ない。
 でも勝つことが目的になっている時点で無意味。
 でも、勝たないと意味が無い。
 無力だ。

 餓鬼と無知は能天気でいい。
 中途半端な知性は辛くなるばかりか。
 つくづく秘書には向いてなかったな、俺は。

「失礼します」
 武者小路はエイジに現状を報告した。
 一通り報告した後、言うとはなしに呟いてしまう。
「誰もかれもが軽率な者達だ。つくづく嫌になる。強いと思ったらすぐ縋る。なんのビジョンも主体性も意思も道もない連中ばかり・・・心底虫唾が走る・・・」
 何も言い返さないと思っていたエイジが応えた。
「きっと・・・僕が悪いんです。頼りない宰相ですから。ごめ・・・、いえ、苦労をかけます。ありがとうございます」
 彼は頭を下げた。
 武者小路は何かを言いかけたが止め、一礼し指令室を出た。

(子供相手に何を愚痴ってるんだ俺は・・・頭を冷やせ・・・)

 四日目。

 その日は土曜日。
 アースの隊は彼以外誰一人ログインしてこない。
 彼だけがこの三日間と同じことを繰り返している。
 不審に思ったが、直ぐ気づいた。

「土曜日か、残業代や休日出勤手当は出ないらしいな」

 沈黙していたイシグロが久しぶりに口を開く。
 武者小路は力なく笑った。

 朝から退所の準備にとりかかっている。
 もう手遅れなのは明らか。
 今夜にも実質主導権は奪われるだろう。
 ここに居ても鉄砲玉のように捨てられるのが落ちだ。
 手塩に育てたSTGやパートナーを蹂躙されるぐらいなら戻ろうと決めた。

(最後ぐらい心通う人と一緒に戦いたい・・・もう、あんな思いは御免だ)
 
 昨晩、武者小路は今後の対策を武田や真田らと考えた。
 妙案は無かった。
 どの展開も、程度の差こそあれ、悪いものばかり。
 下手な抵抗はかえって自分たちの資材を失うだけと結論づける。
 埋めがたい実力差と世論の後押し。
 全ての対策がその場凌ぎに思える。
 アース達に本部の権利が委譲される前に武田達は部隊を本部から離脱する段取りだ。
 本部から外れれば要請はあるだろうが無視することが出来る。
 ブラック・ナイト急襲のような事態は別として。
 もっとも、それすらも出撃さえすればいいので、誤魔化しようは幾らでもある。
 生き残ることを模索していた。
 最後の武田とのやり取りが思い出される。

「機会を待とう」
「次、ですか・・・」
「勿論あればの話だ。あると思って動こう!」
「そう・・・ですね」

 言わなかったが、自分は思えない。
 次は恐らく無い。
 チャンスはそう巡ってくるものではない。
 我々は逃した。
 地球が亡くなれば、本拠点が壊滅すれば、次は無い。

 あの大戦ですら偶然生き延びたに過ぎない。
 フェイクムーンの脅威にも我々は何も出来なかった。
 本部に近い者は誰もが知りながら向き合わない事実。

 無力だ・・・。
 あの時のように。
 涙も出ない。
 悔しさすら無くなってきた。
 もう、どうでもいい。

(やれるものなら、やってみろよ・・アースさんよ)
 
 午後七時を過ぎた。
 不意にログインサインを見る。
 アースの欄が灯っている。

「ログアウトしていない・・・」

 エイジと目が合った。
 彼も気づいたようだ。
 イシグロが動くと、本部権限を使いマイルームを覗き見る。
 武者小路とエイジが立ちあがり、イシグロのコンソールブースに駆け寄る。

「いた」

 まだ読んでいる。
 マイルームは本で埋まりそうなほど散らかっている。
 初日の午前中こそデータで読んでいたが、中途から書庫から呼び出していた。
 如何にも旧世代の人類。

「何を考えている・・・」

 武者小路は誰に言うともなく呟く。
 作戦室は静まりかえっている。
 夕食時だ。
 リアルで食べながらプレイしているメンバーが何事かとイシグロのコンソールに集まって来る。

「何かやるつもりか?」

 イシグロはモニターを見つめたまま武者小路に言った。
 武者小路が動く。

「武田隊長よろしいですか」

 程なくして武装した武田軍が入室。
 忍び装束の黒葉佩衆は音も無く闇に混じる。

 二十時。

 まだ読んでいる。
 あれで果たして読めているのだろうか。
 開いては閉じ、開いては戻りを繰り返す。
 武者小路は横目で並びの奥にいるミリオタを見た。
 ずっと牙を折られた犬のように静かだ。
 コチラに興味を示す素振りもなく、プロジェクトの進捗と修正、兵器開発に集中しているように見える。
 自分の戦果を大量の導入しているよう。
 何か起こすつもりだろう。

 エイジとの秘密会談により彼は武者小路の監視対象だ。
 他の者は知らない。
 事が始まった瞬間に捕らえるよう準備してある。

(こいつら何を考えている?)

 二十一時になろうという時。

 アースは大きな本をこれ見よがしに閉じた。
 立ち上がると部屋を出る。

「動いた!」

 監視班の一人が思わず叫んだ。
 次の瞬間、作戦室にアースの姿がホログラムで現れる。
 突然の事に、これまでとは違った質で静まり返る。
 まるで猛獣と突然遭遇してしまったかのような緊張感。
 混乱、恐れ、不安。現実を受け入れられない。
 息をしているかも怪しいほど我を忘れている。

 だが武者小路は違った。
 軍配を左手に持つ。
 すると、外周から圧を加えんばかりに身構える暁の侍達。
 アースはまるで彼らが見えないかのように悠々と周囲を一瞥。
 エイジを見初めると足早に近づく。
 笑みを浮かべた。

 マッスル三兄弟がどこからともなく現れる。
 無言で間に入った。

「邪魔だ筋肉。失せろ」

 アースの顔から笑みが消える。

「どかせてみろよ・・・爺さん」

 三兄弟の筋肉が張りを増す。

「マッスルさん大丈夫です! ・・・ありがとうございます」

 慌てて走り寄ったエイジは頭を下げる。
 三兄弟は黙って頷くと、ゆっくりと前を空けた。
 三兄弟は互いに見合うと、頷き、エイジを囲むように動いた。
 奥義トライアングル・マッスル・アーツの間合い。
 エイジを守りつつ、アースを攻撃出来る。
 アースは頭をボリボリと掻くと、何事も無かったように無造作に歩き出す。

「そこまで!」

 今度は武者小路の声。
 右手を押し出す。
 彼はいつの間にか全身フル甲冑の戦闘装束。
 刀は挿していないように見える。

 アースは一瞥しただけで足を止めた。
 下を向き笑みを浮かべる。
 顔を上げるとエイジだけを見た。

「餓鬼、こりゃ勝てねーぞ」

 時が止まったようだった。
 誰しもが「何を言っているんだ?」そうした疑問が逡巡した。
 簡潔な言葉にも関わらず意味が解らなかい。
 勝てない。
 笑っている。

(何を言っている?)

 無双している彼の部隊。
 自信満々のアースとその配下。
 軍神と恐れられたプレイヤー。
 圧倒的なスコア。
 生まれ立ての希望の光。
 盛り上がる拠点の搭乗員。
 膨れ上がる隊員。
 皆の明るい表情。
 意味がわからない。

「端っから勝てないよう仕組まれている」

 アースが言葉を足した。
 それでも意味が解らない。
 闇に姿を消していた黒葉佩衆すら思わず姿を現している。
 彼は何を言っている。
 勝てない?
 仕組まれている?
 意味がわからない。

「まんまとやられたな、お前ら」

 笑っている。
 なぜ?
 何が可笑しい?
 笑うことか。
 笑えることか。
 勝てないとはどういう意味だ。
 仕組まれている?
 誰に?
 なにを?

「そこで提案なんだが、地球を支配しようぜ?」

 始めてザワついた。
 意味が判らなさ過ぎる。
 なんでそうなる。
 敵わないから地球を襲う?
 なぜ?
 それが何の解決になる?
 それで勝てるのか?
 意味がわからない。
 聞き違いか?
 そうに違いない。
 疲れているんだ。

 アースは更に大きく笑った。

 何人かが目を丸くしてパクパクと口を動かしたからだ。
 まるで餌を求める金魚のように見えた。
 でも、笑えるのか?
 この状況で。

 言葉にならない。
 彼は何を言っている。
 今のは日本語か?
 何が起きている?
 何故笑っている。
 わからない。
 理解できない。
 現実感が無い。

「どうせ死ぬんだ。楽しくやろうぜ!」

 両手を広げる。
 何が楽しいんだ。
 何が嬉しい。
 優しい笑顔。
 この数日でただの一度も見せたことがない笑み。

「三日天下だろうが、何も無いよりいいだろ? なっ!」

 意味がわからない。
 なんでそうなる?
 どうして笑っている?
 狂ったのか?
 何を企んでいる?
 何をしたい?

 少しすると笑い声が聞こえてきた。
 それは徐々に大きくなる。
 アース以外のほぼ全員が笑い声の主を見た。
 イシグロだ。

「そう。貴方は所詮そういう人です・・・安心した」

 手を叩く。
 乾いた音が三度響く。

「さっ、皆、わかっただろ? 所定の位置について職務に戻ろう!」

 声を張り上げた。
 でも誰も同調しない。

 武者小路ですら何も言えなかった。
 軍配を強く握りしてまたまま仁王立ち。
 鎧が赤黒く濁っていく。
 アースはエイジだけを見ている。

「おい餓鬼、一人や二人、いや、お前のことだ、十人や二十人、殺したい奴がいるだろ?」

 固まっていたエイジが顔を上げる。
 酷く邪悪な笑みでエイジを見ている。

 人間にこんな顔ができるんだ。
 そんな思いを抱いた。