STG/I:第百十七話:エゴ

 蹲り、両手で顔を覆い、シューニャは大粒の涙を流している。
 と思ったら、何事もなかったように素早く立ち上がった。
 驚いて思わずサイキはスタンガンを構えてしまう。
 シューニャは何も見えていない様子。
 その喋りは少年のようだ。

「母さん・・・夜が怖い・・・どうしたら寝ないで済むの? 死ねばいいの? ・・・違う。僕の死は開放じゃない・・・死が怖い・・・母さん・・・僕は死んだら皆には会えないんだよ。真の孤独。アイツが言っていた・・・僕が死んだら永久に戦わないといけない・・・ヤダ・・・そんなの嫌だよ・・・」

 まるで舞台の一人語りのシーン。
 サイキは知らずシューニャの胸に照準を合わせていた。
 額に冷や汗が浮かぶ。

「満面の笑みで、張り付いた笑みで見るんだ。何時も! 怖いのに! 彼は僕の死を誰よりも待ち望んでいる。逃さない。僕の体に食い込んで・・・」

 服の襟首を左手で掴むと満身の力で引っ張る。
 繊維の悲鳴が轟くも裂けない。
 首筋に爪を立て引掻くと、真っ赤に筋が浮かび血が滲んだ。
 
「食い込んで、もう手遅れだ! 戦うしかない。彼を満足させる為に。寝ると待っている。起きている時だけが僕の時間。なのに起きても眠たくて疲れて何も出来ない。辛い・・・辛いんだよ! 生きているのが辛い。死にたい。でも死にたくない・・・死んだら最後、僕は僕のまま僕でなくなる。思い通りに動けないのに皆が殺される様を見続けないといけない。それだけは嫌だ・・・。意識を失う権利も無い・・・。助けて!・・・二度と戻れない。母さん・・・」

 ジェンガのように突然崩れ落ちた。
 横になったまま涙を流している。
 サイキが怒気を含んだ表情に変わると憤然とし叫ぶ。

「俺が守る! ココは地球だ! 出てこい!」

 シューニャは重力に反し吊られたように立ち上がった。

「地球?・・・」

 サイキは背筋が凍った。
 無意識に膝がガクガクと震える。

「地球・・・月が守った星・・・」

 走馬灯のようにサイキはこれまでの人生が逡巡。
 並大抵の修羅場では無かったと自負している。
 にも関わらず恐怖に鷲掴みされている。

「どなたですか?」

 シューニャは幼子のように尋ねた。
 同じ人間がここまで雰囲気が変わるものなのか。
 サイキは思った。

「・・・サイキだ。わかるだろ?」

 サイキは恐怖の重い扉を辛うじて押しのけ静かに言った。

「サイキ・・・さん・・・」

 シューニャの空気感がまた変わる。
 携帯がSMSを着信した時のように一瞬だけ震えた。
 トリガーに力がこもる。
 恐怖が限界に来ている。
 自制出来ない。

「サイーキ・・・」

 微かなその声を聞いた時、
 無意識に撃っていた。

 空中で止まっている。
 芯が刺さっていない。
 勘違いじゃない。
 マジマジと見る。
 シューニャの足元から沸騰するように影が霧のように舞い上がる。
 呆気にとられ舞い上がる黒い霧を見つめる。
 形を成すと、それは頭に紐がついた人の形に見えた。
 黒い紐は天井を抜けている。

「サイーキ」

 今度はハッキリ聞こえた。
 漆黒の影に笑みが張り付いて見える。

 サイキの顔が恐怖で埋まった。
 足が嘘みたいに震える。
 顔はクシャクシャで今にも泣きそうだ。

「上等だ!」

 恐怖がピークに達すると彼の理性は飛び怒りに変換された。
 スタンガンを投げ捨てるとジャケットに手を突っ込む。
 その手には拳銃が握られている。
 回転式拳銃44マグナム。

「出ろ! シューニャから出ろーっ!」

 黒い霧の影は色を失い陽炎のようになり揺れている。
 なのに顔らしきものだけは妙にハッキリと見える気がする。
 笑っている。

「サイーキ」
「ソイツはお前のじゃない!」
「サイーキ」
「出ろ!」
「欲しい」
 唾を床に吐き捨てる。
「クソがっ!」
 陽炎の手が伸びる。
 サイキは雷に打たれたようにビクリとする。
 トリガーに力をこめた時、どこからともなく声が聞こえた。

(起きた)

 ソレが目を反らす。
 陽炎が消えた。

「そういうことなんです」

 ビクリとする。

「恐らくブラック・ナイトを把握することは出来ない。・・・アレ? 私って・・・立ってましたっけ?」

 目に精気が戻っている。
 サイキは身体を撚ると、後ろ向きに銃をホルスターにしまう。
 肩で息をしている。
 額どころか全身から汗が吹き出して。
 下も少し漏らしたようだ。股が冷たい。
 手がガタガタと震えてくる。
 泣きそうだ。
 泣きたい。
 生まれてこのかた、こんな恐怖は初めてだった。
 何もしていないのに心臓が破裂しそうなほど鼓動している。
 息が苦しい。

「あれ? サイキさんも・・・立ってましたっけ? サイキさん?」

 サイキは咄嗟に汗を拭うと笑顔で向き直る。
 だが、その顔はやや引きつっている。

「え? ああ、そうだな。・・・立ってたかもな・・・まあ、座ろうや・・・」
「おかしいな、まただ・・・こんな感じで時々記憶が飛ぶんです。ココの所ずっと無かったのに・・・」

 サイキが今の言葉に反応する。

「それは・・・何時からだ?」
「何がですか?」
「その・・・記憶が飛ぶのは・・・」
「昔からですね」
「昔から?・・・昔?・・・そう・・か・・・昔から・・・」

 戦いの場ではバランスが崩れた者から死んでいくと教えられた。
 事実そうだった。
 激情に捉えられ激しく動く自分と、それを俯瞰する自分。
 その二人が均衡をなしていることが必要。
 それをこれまでの人生で学んだ。
 単なる冷静では肉体が反応出来ずに死ぬ。
 激情では大局が見えずに死ぬ。
 双方が高いボルテージを維持しつつバランスが取れている状態。
 もう二度と混乱することは無いと自負していた。
 冷静ではいられなかった。

 頭の中では今の出来事が逡巡し、自問自答している。
 引き金を引いていたら死んだのは恐らくシューニャだけだったろう。
 頭ではわかっているつもりだった。
 でも俺は引き金を引きそうだった。
 バランスが崩れている。
 声が聞こえなかったら、引いていただろう。

 何なんだアレは・・・俺は幻覚でも見ているのか。
 俺は散々悪行を重ねたがヤクだけには手を出さなかった。
 アレはバランスを失う。
 寧ろバランスを壊す為にやるようなものだ。
 俺が正気なら、シューニャには誰かがいる。
 アイツの地球の身体には、アイツ以外の誰かがいる。

 あの黒い霧はなんだ?
 なんで陽炎みたいに半透明になった?
 あれが宇宙人なのか?
 シューニャに取り付いている?
 それともシューニャそのもの?
 それと、あの声は何だ?
 気づかなかったがシューニャの声だった。
 ゲーム中のシューニャの声。
 幻聴?
 だとしたらアレも全て幻覚か?
 ありえる。
 そういうヤツを何十人となく見た。
 いや、違う。
 ソイツらとは決定的に違うものがある。
 アイツラはフワフワしていた。
 今の俺は違う。
 もう、バランスは戻っている。

 最初は霧のようで後から陽炎のようになった。
 シューニャが寝ている時ソイツに切り替わる?
 なんなんだアイツ。
 あの陽炎。
 恐らく撃っても効かないだろう。
 シューニャは死ぬだろうが、ヤツはどうなるんだ?
 死んだら永遠に戦うと言っていた。
 どういう意味だ。
 シューニャは不死なのか?
 それとも、死後の世界の話か?
 だが・・・間違い無く言えることはマザーによる宇宙人認定は間違っていない。
 ヤツが宇宙人というより、ヤツには宇宙人がいる。
 でもそれはマザーからしたら同じようなもの。
 俺からしても同じようなこと。
 俺がマザーだったとしても、排除以外に選択肢は無いかもしれない。
 敵なのか?
 味方なのか?
 味方には思えない。

「サイキさん? 大丈夫ですか?」

 シューニャが心配そうに覗き込んでいる。
 ビクリと反応し、一歩後ずさる。
 覗き込む顔は何時もの彼だった。
 でもサイキの顔には恐怖が張り付いている。

「あ、ああ。大丈夫だ。まあ、座ろうや・・・軽く漏らしたがいいよな。ソファーは後で買い替えさせるから」
「えっ! シャワー使って下さい」
「まあ構うな。買い換えさせるから・・・」

 サイキはノロノロと座る。
 シューニャは床を見たが確かに濡れていた。
 彼のスーツも明らかに股の辺りに後がある。

「気持ち悪くないんですか?」
「あ? ああ、この程度はなんでもないさ。人間な、生きてりゃクソの一つ、小便に至っては漏れいづるもんだよ。クソと共に去りぬだ。それより・・・ブラック・ナイトがどうにも出来ないことはわかった。マザーはどうなんだ? 敵か? 味方か?」
「わかりません」
「今の、さっきの話からするとマザーが全て仕組んだように思えるんだが・・・」
「キッカケを作ったのは地球人かもしれませんよ」
「前も言ったが、ロケットを飛ばすだけでヒーコラ言ってる俺たちに何が出来る?」
「探査衛星を飛ばしているじゃないですか。古いところでボイジャーとか」
「随分と古いネタだな。探査衛星って言っても、お前、あんな豆粒ようなもんがどんな脅威なんだ?」
「存在を知らしめることにはなる」
「あー・・・そうかもしれんが・・・」
「とにかくわかりません。あくまで可能性の一つです。ただ、たまたまではないようです。進路を地球へ伸ばした連中がいる。少なくともそう考えている知的生命体がいて、私はその記憶を見たに過ぎません。それがマザーかもしれないし、他の何ものかもしれない」
「わけわかんねーな」
「そうですね・・・例えばもし台風が突然あり得ない方位へ進路を不自然に変えたら疑いますよね。何があったか?」
「まあな。俺は興味ねーが」
「荒唐無稽な人工◯◯論なんて現代でも活発ですが、少なくとも何かはあったはずですよね。地球規模で」
「お前が言いたいのは『風が吹けば桶屋が儲かる』の逆バージョンだってことだろ。そうだろうが、興味ねーって」
「そうです。もうちょっと付き合って下さい。そのキッカケを作ったのが地球人じゃないとは完全には言えないと言いたいのです。もっとも可能性は低いでしょうが。意図せずした行為がたまたま導いてしまった。不運にして・・・。そういうことはあると思うんです」
「宇宙規模の台風か・・・」
「この銀河に、地球に、文明のある星で起きてしまっている。私はこのメモリを読み取った時、素直に受け取れました。ご存知ですか? 地球に降り注ぐ流星は毎日一トンぐらいあるそうです。毎日ですよ。コレは地球人の知見です。でも、それを意識して我々は生きてはいない。仮に意識したところで小市民である我々にとっては無意味です。それと同じことです。この宇宙では既に隕石型の活動は永遠と続いていた。台風のようにね。問題は不自然に進路が歪められた点。サイキさんは興味が無いと言いましたが、毎年上陸して日本や東南アジアで未曾有の災害を起こす台風をアメリカに進路を向けたらアメリカ人は怒りますよね」
「そりゃそうだろ」
「ですよね。でも、日本人や東アジア、東南アジアの皆さんは思うでしょうね。『あー今年は来なくて助かったって』短期的にはね。そう言えば今年は上陸しなくてよかったですね。その時、長期的なメリットは見ていない。台風は必ずしもデメリットだけではありませんから。でも、それは後からの話しだ。それは瞬間、瞬間は考えない。それと同じようなことがこの宇宙でも起きていた。それが歪められて、この地球で、この銀河で起きている。同様に、宇宙規模で見た時あの隕石達の活動にも言える。短期的に得をする者と損をする者。長期的にも言える・・・」

 サイキは身を乗り出して睨むと、すごんだ。

「長期的に見てラッキーだから今の状況はしょうがないって言いたいのか?」
「やだな~、違いますよ」

 シューニャは笑い飛ばした。

「言ったじゃないですか。それは振り返って総括した際の話です。瞬間、瞬間はそう思わない。それが我々小さきモノです。ようはバランスですよ。少なくとも言えるのは歪められたものは弊害が強い。言ってしまえばこのSTG内での対立のようなモノはそうした部分から来ている気がするんです」
「なるほど・・・」

 その小市民ならチビる程度の恐怖は送ったつもりだった。
 以前のシューニャなら凄めばそれなりにビビった。
 でも、今の彼にはそうしたものが感じられない。
 俺のことを舐めている?
 いや、違う。
 そうしたものは感じられない。
 でも、以前のヤツとは何かが違う。
 神妙な面持ちになるとサイキは疑念を一旦振り払った。

「お前はどう思うんだ? このままでいいか・・・進路を元に戻すか・・・」
「元に戻すべきでしょう!」
 間髪いれずシューニャは言った。
 サイキの顔がほころぶ。
「だって、銀河レベルではわかりませんが、少なくとも地球はもたないでしょう。我々はせいぜい目の前の食いぶちをまず確保するのが先です。生きる為の最善策を探すのが先。そんな先のメリットなんてわかりませんよ。そんなことは少なくとも連中を追い出して、少しでも余裕が出来てから考えましょう。何にしても無理に歪めていいことは無い!」

 サイキはソファーに寄りかかった。
 そして深呼吸する。

「俺もそう思う! ・・・良かったよお前」
「何がですか?」
「ああ・・・いや、同じ意見で安心したってこったよ」
「私が学者肌とでも思ったんですか? 理論の中の住人とでも? 私は根本的に現実主義だから」

 シューニャは笑っていたが、サイキは表面に反して笑っていなかった。

 これで一つの可能性とやらが新たに浮上した。
 シューニャの中にいるヤツは進路を曲げた連中かもしれない。
 理由がわからない。
 地球を足がかりにでもしたいのか?
 シューニャのように一人一人乗っ取ろうとでも?
 仮にそうだとして、地球人が魅力的だからか?
 違うな。
 過去の戦争から言える。
 地理的な理由かもしれない。我々より攻め落とした何かがある。
 でも、だとしたら随分と効率が悪いが。
 何にせよ俺たち地球人は大国のエゴに振り回される小さい田舎星ってところか。
「クソが・・・」
 思わず口をついたが、サイキは打ち消すように口を開いた。

 

STG/I:第百十六話:それぞれの道

「お帰りなさいませマルゲリータ様お疲れでしょう」
「あー静ぅ!」
 ヒシッと静の腰に抱きつくと、静は抱きしめ返した。
「・・・静は変わって無くて安心する・・・」
「本当にお辛ったですね」
「あの・・悪い、俺たち、居ても大丈夫?」
 河童が雌猫と顔を合わせる。
「それね。いいなら私も聞きたいんだけど」
 猫が続く。

「私は構わないけど。・・・問題ない?」
 マルゲは周囲を見ずに言った。
 意図を瞬時に理解する。
「問題ありません。ただ、一度お休みなられた方がいいと存じます」
 マルゲリータの熱視線を受けて静は言い足す。
「それとも、直ぐにお話されますか?」
「話したい!」
「御意。話す内容は周知の事実ですので皆様もお聞きになって構いません」
 彼女達以外にも遠巻きに二十人はいただろう。
 全員ブラックナイト隊の仮隊員。
 静とマルゲリータ達が歩き出すと、少し遅れて一グループが付いて行く。
 すると、次々と続いた。

「色々と聞きたいんだけど・・・」

 コミュニティールームへ向かうマルゲリータの足取りは重かった。
 長旅の疲労、久し振りで慣れない大勢の人達、混乱から来る不安。
 静が改めて休む事を提案すると、マルゲは索敵に同行した子らを説得する。
 自分は聞くが、皆は休んで欲しいと。
 静と会って少し落ち着いたのか、その疲れが我が事となって実感したからだ。
 静が知らぬ間に信頼感を構築していたようだった。
 索敵小隊メンバーはマルゲの言うことに素直に従った。
 それを見た何人かは、その際には自分も呼んでもらえないか声をかけ、パイロットカードを交換してログアウトして行く。
 再び歩きだした集団。
 多くは浮かれている。
 単なる冷やかしだ。
 あの有名な「静姫」が目の前にいるのだ。
 加えて英雄リストに名のあるマルゲリータもいる。
 言うならば原宿の竹下通りでたまたまアイドルに遭遇した感覚。
 全くの新人は状況を何一つ理解していなかったが、他部隊からの移籍組の熱に煽られ、何か良いことが起きそうだという期待感で付いてきていた。

 転籍組が浮かれるのも無理は無かった。
 静姫は部隊パートナーコンテストで殿堂入りを果たしている。
 活躍の上でも他のパートナーの抜きに出ていた。
 なまじ本部と関わりが薄かったことから情報も乏しい部隊。
 噂は尾ひれついた。
 静は部隊員を守るため割腹自殺を図ったというデマも出回っていた。
 加えて彼女がSTG国際連盟に目を付けられても部隊の為に働く姿は、彼らにとって驚異や恐怖ではなく憧れでありカリスマであった。

 道中マルゲリータは無言だった。

 多弁だった静が無言だったのに釣られた部分が大きい。
 彼女の凛とした表情は雑談を退け、取り巻き達もスクリーン・ショットを忘れるほど緊張感を醸し出していた。それは突然大きくなった隊のパートナーとして威厳を保つ為に静が意図している行動でもあった。

 室内には、静、マルゲリータ、河童、雌猫、その場に言わせたブラックナイト隊の仮メンバー達が顔を連ねた。

「シューニャ隊長は今どうしているの?」
 マルゲはいきなり核心から入った。
「シューニャ様は、今隊長ではありませぬ」
「なんかそうみたいね。びっくりしちゃった。なんでなの?」
「シューニャ様は・・・」
 マルゲリータの顔に緊張が走る。
「・・・何かあったの?」
「ログアウトされてます」
「なーんだ脅かさないでよ。うん、ログインリストは見たから知ってるけど。どうして隊長を辞退されたの?」
「シューニャ様は行方不明なんです」
 宇宙人認定されたことは言わなかった。
 一部の者しか知らない。
 静からしたら何ら確証に乏しい情報だったからだ。
 もっともマザーにつながっていたら話は別だっただろう。
 マザーは具体的に訊ねられない限り答えることは無い。
 それは彼女達も同じだった。
「・・・え? どういうこと?」
「マルゲリータ様と私達が現場検証に出発した後・・・」

 静は日本・本拠点で起きた出来事を端的に説明する。
 河童と猫は終始黙り、次第に深刻な顔になった。
 外野にとっては始めて聞く単語ばかりで皆目見当がつかないといった風情。
 それでも英雄リストに掲載されているマルゲリータの様子から、すっかり飲まれていった。
「日本・本拠点は推定アメリカ型ブラック・ナイトの出現により全機出撃。その後、推定イタリア型のブラック・ナイトの出現。人類初のSTG28同士の戦闘の後、アメリカ型が同じ宙域に顕現。イタリア型と交戦もしくは融合。その際にシューニャ様が搭乗するSTGIが飲み込まれ消失と記録されております。ブラック・ナイト関しては全てが推測の域を出ません。本拠点は一時、指揮権を剥奪されましたが、必要運用数を満たし再び独立しました。私が帰還したのはその変わり目でした。グリン様はメディカルにて治療後に覚醒。以上です」
 周囲からは「ブラック・ナイトってなんだ?」「敵じゃね?」「この部隊のことでしょ?」「この部隊名の由来になったボス敵って書いてあるぞ」「STGIって何?」「シューニャって誰?」「英雄の筆頭にいる人だよ」「黒人なの?」「女なの?」「中の人はどうだろ?」「指揮権ってどういうこと?」と新人らしい発言がコソコソと聞こえていた。
 毛玉が震える。
「ちょっと意味がわからないんだけど・・・」
「ええ・・・そうですよね」
「シューニャさんが・・・食べられた?」
「厳密には行方不明です」
「どういうこと・・・どう・・・なんで・・・」
 猫が彼女の背中を擦る。
 河童は深刻な顔で考え事をするように明後日を見た。その表情はさながら冷やかしでゲームを始めたものの思っていたのと違ったといった感じを受けた。
「御免・・・ほとんど何を言っているかわからない・・・」
 マルゲリータは膝がガクガクと震えた。
 静が手を握る。
 猫はずっと背中をさすっている。
「アメリカ型? イタリア型? イタリア型って何・・・それで戦闘? なんで地球人同士が戦っているの? なんでシューニャさんのSTGが飲み込まれるの?・・・STGIって本当なの? わからない・・・意味がわからない・・・なんで・・・なんで・・・」
 震えるマルゲリータを静が抱きしめると彼女は堰を切ったように泣き出した。
 その上から猫は二人を抱きしめた。
「大丈夫です・・・大丈夫、シューニャ様は何時も帰ってきました。実績が表してます。シューニャ様の帰還率はとても高い。今度もきっと、必ず・・・」

 マルゲリータがもたらした情報はほとんどが些細なものだった。

 本部委員会の嫌がらせの数々。
 見つかるはずもない証拠。
 退屈かつ陰鬱な旅であったことは想像に難くない。

 ただし一つだけ気になる情報を彼女はもたらした。

 調査中に人工物らしい飛翔体を見かけたという。
 映像をプレイバックすると映っていなかった。
 マルゲリータ同行の元で静も後で見てみたが何もなかった。
 センサーにも計測されておらず記録が無い。
 そこでもお目付け役と一悶着あったようだが見えたはずの彼らはそれを否定する。
 理由は映ってないからである。
 長旅のストレスで見えないものが見えたのだろうと。
 マルゲリータは「接近して調べましょう」と提案したが却下される。

 彼女の形状証言はある船を想起させた。
 STGIホムスビ。
 静は黙っていた。
 その性質上確率の低い情報を発信しない。
 STGIに関しては情報がほぼ無い。
 彼女が見たのはアメジスト戦の時のみ。
 他の対象物との比較から目測で外寸を割り出し、特徴、戦闘能力も記録していたが、マルゲリータの発言からはサイズは不明。これらはマザーに接続された際に吸上げられる情報でもある。

 以前の静であれば記録はするが言及はしなかっただろう。

 人間はストレスや脳機能の障害他、様々な要因で割と簡単に幻覚を見る。
 可能性の低いものをいかに排除するか。
 それは彼女らの存在理由でもある。
 それでも彼女が重きを置いたのはマルゲリータに対するシューニャの評価価値であり、発言や彼女の戦績からであった。
「静、あの子はさ、凄い才能があるよ。自分では無自覚みたいだけど、彼女の言うことは無視出来ないよ」シューニャは何度もそう言っていた。
 索敵スコアの高さはある程度それを裏付けるものだった。
 本来索敵スコアは戦況や戦場により大きく変動してしまう。
 それが乗り手をより少なくさせている原因である。
 ところが彼女のスコアは一定範囲にとどまっていた。
 シューニャは数値に現れていないものも見ていたようだ。
 センサーでは見分けがつかないアメジストを見つけた実績。

 静が獲得したアイデンティティーはマルゲの証言を無視していいものには思えなかった。

 この後、マルゲリータの小隊を中心に、同席した者達で中隊を編成。
 これに静、ビーナスが加わり、独自の作戦を構築する遊撃隊へと変化していく。
 その第一目標が「人工物の再調査」となった。

*

 地球でのシューニャには明白な異変が起きつつあった。

「おい、大丈夫か? 無理をするな」
 頭を抱え、その顔はクシャクシャに歪んでいる。
 サイキはボトルを手に取り、水を飲むことを促したが、彼は見えていないかのように反応しない。
 目の様子がおかしい。
 痙攣するように眼球が時々震えた。
「地球人のスペックでは荷が重すぎるようです。STGのアバターならもう少し宇宙のログにアクセス出来るはずですが、コッチでは無理ですね。何もかもが足りない。スマホと同じでアンテナが立ってないのに繋ごうとするような感じで無駄にエネルギーを消費する。そもそもスペックが足りない。フリーズ、してしまいそうだ・・・全身が・・・ちょっと・・・オーバーヒート、してます。とにかく・・・とにかくアレは、ブラック・ナイトは、この宇宙のモノじゃない。アレにはこの宇宙のモノが通用しない。だからマザーにも乗り越えられない、のでしょう・・・」

 彼の中は混乱していた。
 生命活動に必要なリソースを一気に浪費してしまった。
 生きる為の回路が危険を告げ、シャットダウンしようとする。
 でも、シャットダウン出来ない。
 彼の意識もシャットダウンを試みたが、出来なかった。
 肉体は混乱の一途を辿りつつあった。

(駄目だ、一時停止しても流れ込んできた量が多すぎる)

 止まらない。
 頭が痛い。

(ジョブをクリアして!)

 出来ない・・・シューニャ、地球人では上手く出来ないんだ。
 地球人は肉体と意識が分離している。

「ああっ・・・ああっ・・・」

 呻いた。

「シューニャもういい。一旦寝ろ。睡眠薬もあるぞ」

 サイキは喋るよりも早く動いていた。
 アタッシュケースを握る。

(吐き出して、壊れてしまう!)

「駄目だ。吐き出さないと!」

 シューニャは突然叫んだ。
 サイキの手が止まる。
 彼はシューニャを見た。
 目が痙攣し、激しく上下左右に動いている。
 すると一方的に早口で喋りだした。

「彼女達が恐れるのは当然なんです。他の文明を滅ぼしてでも生き延びたい。方法を探している。だから時間稼ぎをしている・・・この銀河にSTGをバラ撒いて・・・私達だけじゃない!」

 また叫んだ。

 サイキは静かにケースを開けると、ほとんど無意識に二丁目のスタンガンを握っていた。
 シューニャは明後日の方を見ている。
 見ている?
 白目だ。
 裏返っている。

「グリンを通して見えました。一つ彼女に関して言うと、恐らく彼女は我々と同じ立場にあったものだーっ!」

 声量のコントロールが出来ていない。
 大きすぎる。
 シューニャは立ち上がったまま、今度は頭が激しく震え出した。

「彼女らの星は既に死滅した」

 次は小さすぎてよく聞こえない。

「立場は俺たちと同じなのか。でも、アイツ・・・アメジストってことは隕石だろ?」

 シューニャは何事も無かったように座ると涼しい顔をしてペラペラと喋りだす。
 目だけは裏返ったままだ。

「厳密には違います。彼女は隕石型宇宙人と融合しているだけです。元の姿は違う。アメーバみたいな感じです。自在に姿を変えられるし、自分を分けることも出来る。多い方が主導権を握るが、分裂した方も個我を維持し勝手に動き回れる。そして本体と合流した時に一瞬で情報を共有できる。本体と離れると食事は各自がとらないといけないし、死ぬこともある。外郭の隕石は例えるなら我々がSTG28に乗っているようなものです」

 まるでAIスピーカー。
 淡々と喋った。

「あれが船なのか・・・同じ知的生命体・・・ああ見えて」
「はい。STG21の民も言ってました。我々は宇宙につく。だから死滅した際に、何らかの命の選択があるのでしょう。宇宙につく、マザーにつく、その他の選択肢も可能性があります」
「なんだって? よく聞こえない。それともう少しゆっくり言ってくれないか」
「フェイクムーンの内核もまた彼らのスターシップでした。隕石は外郭を覆っているだけです。だけといっても動かせる。純然たる隕石とも違います。彼らは隕石型についた」
「グリンは本当に味方なのか? お前はさっき敵だとも言ったが、どうしてだ? 契約ってなんだ? 覚えていないってどうしてだ?」

 聴いてはいけない。
 そう思いながらもサイキは聞かずにはおられなかった。
 だが、答えは返って来なかった。

 シューニャは突然電池の切れた玩具のように動かなくなった。

 頭を垂れる。
 不自然に背筋だけが伸びている。

 後ろ手にスタンガンを握る手が痛い。

 シューニャは静かに頭を上げた。
 突然、喋りだした。
 まるで中途停止した印刷ジョブを全て吐き出すように、
 メモリーを全て読み出すように勝手に喋り出した。

「STG28もブラック・ナイトの餌。STGIは寧ろ好物に調整されている。隕石型は宇宙ならざるモノを排除する為の存在でもある。しかしブラック・ナイトは既にこの宇宙のモノを食し擬態化している。ある意味では免疫反応がウィルスに乗っ取られた細胞を無視してしまうように隕石型もブラック・ナイトを無視しまっている。それまでに長い長い宇宙時間の戦いがありそうさせた。多くの銀河が食われた。グリーン・アイと呼称するエネルギー個体もその途中の犠牲者だ。貴方がたが言う隕石型宇宙人とは、この宇宙を構成する鉱物に過ぎない。同時に、今起きていることは宇宙規模の自然現象に過ぎない。例えるなら、気温が上昇する。急激に下降する。積乱雲が出来る。台風が発生する。そうしたものと同じだ。ただし地球に進路を捻じ曲げたモノがいる。それは由々しき事態である。その結果として隕石の雨がこの宙域に降り注いでいる。隕石型に関してはただそれだけの話だ。我々はソレを探している。ただしブラック・ナイトは違う。アレはわからない。この宇宙の記憶にはない。どうにも出来ない。餌を撒いて誘導するぐらいしか私達には出来ない。時間を稼ぐことしか・・・」

 目が黒目に戻った。

「なぜ、ブラック・ナイトがこの宇宙に現れたのか、どうしてSTG系が好物なのか、恐ろしくて・・・そこまで迫れなかった・・・恐ろしい・・・怖い・・・。母さん・・・夜が怖い・・・眠れないんだ・・・疲れがとれない・・・寝ると戦いが待っている。もういやだ。もう友達の死を見たくない。彼女の死を見たくない・・・でも、死は開放じゃない。死んだら地獄の始まりだ・・・もう二度と戻れない・・・孤独だ・・・」

 聞き入っていたサイキは彼を見た。
 突然シューニャは子供のように全力で声を上げて泣き出す。

「シューニャ・・・お前・・・何なんだ・・・」

STG/I:第百十五話:目覚め

 

 真の闇の中。
 一センチ先も見えない。
 蛍が一斉に光るようにアチコチが様々な色に灯る。
 浮き上がったのはコックピットに座している髭面の中年男性。
 まるで呼吸をしていないかのように静かだ。
 瞼は硬く閉じられている。
 その瞼が動くと薄めを開いた。
 男は固まったまま、ゆっくりと目だけを動かす。

「・・・生きてる・・・のか?」
 男は脳の海馬を弄るが何も出てこない。
 ほとんどが空っぽだ。
 唯一ある何かは朧気で映像化出来ない。
 次に大脳皮質を弄り問い合わせた。
 自分が何か?
 何が起きたか?
 反応は鈍かったが、次第に満ちてきた。
「サイトウ・・・俺は・・・サイトウだ」
 誰に言うとでもなく声を発する。
 皮切りに怒涛のごとく記憶が溢れ返ってくる。
 頭を両腕で抱え苦痛に顔を歪めた。
「わかった。わかったから・・待て、焦るな、物事には順番がある・・・」
 記憶の洪水は引いた。
 大きくため息をつく。
 息が苦しそうだ。
 上体を少し起こそうとすると、連動して背面が上がり、恐らく正式な位置に戻った。
 周囲を見渡す。
 コックピットのメインライトが灯る。
 モニターを見た。
 外の世界が映る。
 満点の星空。
 自律的に動く物は無い。
 いや、微かに見えた気がする。
 でも、今はいい。
「ジェラス」
 彼は目を閉じて言った。
 その声には覚悟のようなものが感じられる。
 だが、何も帰ってこない。
「居ない・・・どこに?」
 何が起きたかは相変わらず思い出せない。
 ただ、自分がサイトウであること、STG28のパイロットであることは思い出した。
 外が宇宙ということは恐らくSTGIの中。
 以前のとはまた変わっている。
「ビーナス、外から本船を映してくれ」
 返事がない。
 ああそうか、ビーナスは居ないと。
 ドラゴンリーダーはまた怒っているだろうなぁと思った。
 思った通りに生きられるわけではない。
 そもそも思った通りに生きても面白く無い。
 タッチャンはどうしているだろうか。
 また、泣いているのだろうか。
 甘えさせて上げたいが、中々そうもいかない。
 何もかもが思い通りにならない。
「へいSTGI。お前の名前を教えてくれ」
 何も帰ってこない。
 自立型では無いようだ。
 面倒くさいな。
 対話が出来る自立型は声をかけるだけで動いてくれる。
 マシンタイプは自分で解明しないといけない。
 サイトウは覚悟すると、アチコチを触りだした。
 小一時間もすると、どう動かせばいいか概ね掌握した。
 今回は簡単だった。
 慣れたものだ。
 これで何度目だろうか。
 それにしても何故、飛行機型なのか?
 STG28とも全く違うし、長く親しんだ人型でもない。
 アイツは楽しかった。
 STGIは今だに謎だ。
 誰かの差し金であることは間違いない。
 契約したつもりは無いが俺をテストパイロットに仕立てているのかもしれない。
 そんな気がした。
 新しいものを触るのは好きだ。
 サイトウは不意に左上を見た。
 
 誰かに見られた気がする。
 目を瞑る。
 ボンヤリと像が浮かんできた。
 黒いオタマジャクシのような塊がコッチを見ている。
 悪いモノは感じない。
 寧ろ感じられるのは同情、歓喜、希望。
 でも・・・ソレは違う。
 お前とはどこか遠くで・・・。
「ナイト・・・」
 口をついた。
 ナイトとはナンだ?
(俺が付けて上げた名前)
 思い出せない。
 
「あの地球人が危ない・・・」
 あの地球人とは?
 あれのどこが地球人なんだ。
(間違いなく地球人だ)
 どこが?
(命を食われているから見えないだけだ)
 では手遅れじゃないか。
(まだ全部ではない)
 その時、突然STGIが動き出す。
「ちょっと待て、俺は何も触ってないぞ!」
 一瞬で星がヒモに延びた。
 高速航行している。
「足が速いタイプだ!」
 これまでの経験から足が速いタイプは厄介と言えた。
 制御出来ないと果てしなくどこぞへと飛んで行ってしまう。
 何時だったかもそうだった。
 自律的に操作しない限り突然前触れもなく動き出すのだ。
 寧ろ掌握するまでは勝手に動く。
 暴れ馬と言えば話は早い。
 気づけば勝手に暴れ馬の背中にいる。そういう状況だ。
 放っておくと振り落そうと勝手にやりたい放題。
 振り落とされた時は致命傷になりかねない。
 逆に制御出来ると心強い友になる。
 攻防の能力はお世辞にも高い方では無いが単独での生存能力はズバ抜けている。
 この手の機種に追いつける連中は居ない。
 コンドライトやアメジストですら目ではない。
 ナイトぐらいなものだ。
 ナイトとは何だ?
 言いながら理解していない自分がいる。
「かなり暴れるぞ!」 
 
 一瞬だがSTGIと通じた。
 目的がある。
 対になる機体がいる。
 ソイツは今ヤバイな。
 STG28が長距離航行する場合は通常スターゲートを使う。
 スターゲートは既知の場所に飛ぶのには便利だが、未知の場所に飛ぶのには様々な危険を孕んだ。ゲートアウト先を良く調べもせず出た場合、確率は低いが惑星のマントルだった日には手遅れだ。もう飛ぶことは出来ないだろう。ゲートを展開出来ない。
 通常はゲートアウトする際に着地先の安全性を確認してから出る。しかしそれは必ずしも正確性には欠ける。理論上の安全性に過ぎないからだ。
 既知のルートなら、入口となるイン・ゲートと出口になるアウト・ゲートを設置するだけでいい。出現時の衝撃波も少ない。アウト・ゲートの周辺は基本的に安全な状態が保たれているからだ。アウト・ゲートとイン・ゲートを設定一つで入れ替えることも可能だが準備時間がある程度いる。別なゲート同士をつなぐことも可能だ。
 未知のポイントへ航行する場合、ゲートは無限に生成出来るわけではない。携行する物理的なゲートの数は決まっている。そしてゲートが尽きてしまえば二度と戻れないだろう。ゲート専用のゲート艦で百が限度。標準装備のSTG28では三が限度だ。
 アウト・ゲートが設定されていない場合、ゲートアウトする際にはゲートイン時の容積と質量に応じた衝撃波が発生する。万が一にも容積が小さく超重量の物質が行った先にあった場合が最も危険である。弾け飛ばずに融合してしまう。所謂、蝿男現象が起きる。そうなったら腹をくくるしか無い。排除不能な異物を検知するとSTG28は搭乗員諸共に自己融解を起こすからだ。
 足が速いSTGIの場合、ゲート無しに超長距離航行が出来た。
 それを知る者はサイトウぐらいしかいない。
 全く異なる理論で超高速航行をする。
 長い長いヒモのように延びる。
 しかもその延びたヒモのどこへでも瞬時に延びたヒモを集めることが出来た。
 他のSTG28から見たら瞬間移動しているように見えるだろう。
 高速航行中はゴム紐を延ばしているような状態で、支点に他の質量は一瞬で集まる。
 ゴムが縮むように。
 支点はどこでも変えられる。
 速度が速ければ速いほど延びていく。
 彼の経験からも他のSTGIとは全く飛び方が違うと言えた。
 戦闘力はお世辞にも高くは無いがSTG28程度なら物の数では無い。
 宇宙には恐ろしい存在が五万といるのだ。
 じゃじゃ馬は彼の操舵を無視し続けると見知らぬ星雲で静止した。
 STGIの厄介な点に情報がローカライズされていない事が上げられる。
 情報は表示されているのだが、それが何を意味しているのかわからない。
 しかも不思議なことに言語らしきものが毎回のように違う。
 この時もそうだった。
 自分が何処にいるかすらわからない。
 それでもサイトウはどこか楽しそうだった。
 過去の経験と感のみを頼りに操舵を試みる。
 現状を如何に瞬時に把握するかが生存の鍵。
 彼は目をギラつかせアチコチを打鍵すると一瞬で周囲の状況を把握する。
「目的はアレか?」
 誰に言うとでもなく声にした。
 暗黒が見える。
 その部分だけ星が見えない。
 モニターには赤い文字の羅列で満ち溢れた。
 文字が何を意味するかわからないが経験と直感で成分不明と出ていると理解する。
「ブラック・シングだ。お前が適う相手じゃない!」
 目を凝らす。
「中にいるのか? 無理だ! 中に入ったら裏返るぞ!」 
 サイトウは知らず何者かと会話をしている。
「どうして・・なんでアイツが!」
 何かが見えた気がした。
 モニターには何も映っていない。
 映っているのは単なる暗黒。
「あの地球人か。クソ! 因縁がついたんだ」
 わかっているのかわかっていないのか激しく打鍵するとモニターに次々と情報が流れる。
 全て真っ赤。
「お前、喋れるのなら声を出せ! 面倒だ!」
 突然、座席が動き出した。
「何を!」
 背部が開くと飲み込まれる。
 奈落の底に落ちると同時に空間に放り出された。
 座席は直線になり、丁度寄りかかかるような姿勢になっている。
 足元に支えは無いが空中に浮いていた。
「この手の操舵は疲れるから嫌なんだよ!」
 全天球型コックピット。
「わかった。それで行こう! 釣り糸を垂らすぞ!」
 次の瞬間、サイトウの乗るSTGIは消える。
 細い細いヒモとなった。
*
 ミリオタは項垂れ、エイジのやや後ろに立っている。
 彼女を忘れていた自分に怒り震えている。
 
「あの・・・只今・・・戻りました・・・マルゲリータ、です」
 彼女の後ろには記憶にすら怪しい同行の搭乗員達。
 隣には何故か親しげな雌猫と河童の搭乗員。
 いちをブラックナイト所属のようだ。
 ミリオタはガタガタと震えつつも涙を堪えた。
 彼女を忘れていた己の情けなさと、無事に帰ってきた喜びと、会議の疲労と、あの時を思い出し震えている。
 エイジはちょっと待ってと手で合図すると、彼の耳元でこう言った。
「告白タ~イム」
 そして小さく笑う。
「おま! そういう状況かっ!」
 ミリオタが小声で怒鳴るとエイジは笑って彼女に歩み寄る。
「おかえりなさい。そして・・・本当にごめんなさい。心からお疲れ様です」
 頭を下げた。
 その様子を見て猫と河童は硬直する。
 日本・本拠点の新しい総代表二人が、一人は涙ぐみ、一人は頭を下げている。
 二人ばかりか、その場にいた全員が硬直していた。
 注目されるのもはばからずエイジは頭を下げ続けた。
「顔を上げて下さい! あの・・・ただいま。エイジさん・・・ですよね」
「はい」
 エイジは顔を上げるとニコヤカに言った。
 マルゲリータの記憶にあるエイジは何時もオドオドしていたのに。
 小動物のような目で見て、タダでさえ小さい身体はより小さく見えた。
 彼女はどこか自分と同じようなものを感じていた。
 それが今の彼にはまるで感じられない。
 彼女は「やっぱり映画とかである、降りる地球を間違った系?」と不安になった。
 エイジは振り返ると、ミリオタの袖を掴んで、マルゲリータの元まで引っ張ると小声で言った。
「チャンスですよ! 今なら自然です」背中を押す。
「どこが・・・」
 マルゲリータは変わりきったミリオタにも驚いた。
 箸が転げても怒鳴るような人だった。
 シューニャが居なかったら彼の居場所は無かっただろう。
 いつも彼の怒鳴りを絶妙に笑いに変換させていたのはシューニャだ。
 そんな大人で大きなシューニャを好きになった。
 今の彼はまるで落ち着いている。
 二人の関係もよくわからない。
 こんなに仲良くなかった。
 寧ろ相性は悪く、フェイクムーンでチームを組んだ時に嫌いだと彼は言っていた。
 今の様子はまるで頼りがいがあり社交的ですらある。
「ミリオタ・・さん、ですか?」
 彼女は恐るおそる言った。
「え?・・・。はい、そうです」
 エイジは後ろでクスクス笑ってる。
「そこ。うるさい」
 エイジは口をへの字に曲げる。
「えーっと・・・あの、マルゲリータです」
「はい。わかります。・・・マルゲ、だよね」
「あ、そうです。マルゲです」
 彼女は頭髪を掻き分け顔を見せると上目使いに彼を見た。
「・・・・」
 ミリオタは声が出なかった。
「あの、色々なことがアリすぎて、ちょっと、整理出来なくて・・・また後でいいですか?」
 マルゲリータは沈黙に耐えきれず言った。
「・・・」
「ハイ、時間切れ」
 エイジが声を上げる。
「ちょ! お前なあ空気を読めや・・・」
 時計を指さす。
「あー・・・そうか・・・」
 次の会議まで時間が無い。
「マルゲさん本当にごめんなさい。STG国際連盟の会議がまだあって、直ぐ次に行かないといけないんです。この埋め合わせは必ずします! このミリオタさんにさせます! なんでもさせます! だから今は・・・ごめんなさい!」
 深々と頭を下げる。
 続いてミリオタも無言でもっと深く下げた。
「あ、ごめんなさい、なんか・・・」
 マルゲリータの知っているエイジやミリオタとはまるで別人だった。
 こんなに喋る人だったんだ。そんなことを思った。
 エイジにしてもミリオタに対してあんな態度が出来るなんて想像も出来ない。
「いえ、こっちこそ本当にごめんなさい。事情が飲みこめないだろうけど、静姫さんに説明してもらいます。それと現在パートナーは凍結中なので、恐らく帰還と同時に搭乗員パートナーはもう動けません。何かあれば静姫さんにお願いして下さい。彼女もまだ完全には理解出来て無いかもしれませんが、ある程度の事情は把握出来るはずです」
「あ、はい。わかりました・・・。確かグリンちゃんが先に帰っているはずなんだけど・・・何処にも居なくて・・・」
 彼女はそれを確認したかった。
 帰ったら彼女の安否を確認し、報告して二度とログインするつもりは無かった。
「帰還してます。メディカルにいたと思います」
 この返事でマルゲは間違いなく自分が戻るべき場所はココだと確信した。
 ミリオタが指で窓をつくるとウィンドウが灯り、静が映った。
「静、マルゲが帰還した。報告を聞いてやって欲しい。それと今、どういう状況におかれているか、彼女が混乱しない程度に少し話してやってくれないか。それと、しばらく彼女についてやってくれ。そうだ、新人くん達も彼女も含めてフォロー頼む」
「御意」
 モニターの静が会釈すると同時にモニターを閉じる。
 その横にビーナスの肩が一瞬映ったが彼は気づかない。
「本当にごめんね! ミリオタさん急ぎましょう!」
「おう! 次はなんだった?」
「もー、また忘れたんですか?」
「しょーがねーだろ! 会議が多すぎんだよ。とっとと教えろ!」
 エイジが笑っている。
 マルゲリータにとっては信じられない光景だったが何故か涙が出てきた。
 二人が走って行く。
 その背中を見送った。
 ざわめき立つ場。
 入れ違いに静が来る。

STG/I:第百十四話:浦島太郎

 
 

「グリン様から一つアイデアをいただきました」
「どのような?」
 彼女はソファーの縁に腰を下ろすと、看護師のように優しく声をかけた。
「決定前のキャラクターの管理は地球でされています」
「そうね」

「一、地球の管理サーバーに侵入し強制的にメイクさせる。二、シューニャ様の地球での宅をつきとめ、格納庫内のシューニャ様がロストする前に該当コンピューターからキャラクターメイクを決定。三、STGIが帰還する・・・そんな感じかな」
「どれも私達には無理ね。地球には行けないのだから。待つこと以外・・・それに、どれも貴方が消えてしまう・・・。三を願うことしか出来ない。STGIの格納庫に入ることが出来れば・・・」

 STGIにシューニャが搭乗して以来、二人はその検証を続けていた。
 結論は不可能である。
 自分の意思と行動で格納庫には入れない。
 同時に格納庫を探すことも検証した。
 それも実質不可能と結論づけた。
 本拠点は広すぎるし、自律的に行動出来る範囲を逸脱している。
 何より今はSTG国際連盟から彼女達の行動は制限されていた。

「グリン様は助けていただけないのですか?」
「残念ながら。グリン様がココで出来ることは私達と大差ないようです。エイジ様やミリオタ様に出来ないことは出来ない。何よりマスター以外の件で緊急事態が発生したようでその対応に向かわれるそうです」
「どのような?」
「それはお答えになりませんでした。彼女は・・・危険を察知し・・・」
「無理をしないで」
 肩に振れる。
 ビーナスは目を開けると上体を起こした。
「グリン様の会話を言語化するのはとても難しい。情報量が多すぎて処理しきれない。今も選別とアーカイブを実施してますが、外部装置が無いと無理なようです、多くの情報が既に失われました。マザーに接続出来れば可能なのでそうが。・・・勿論しませんが。静、後で手伝って。並列接続させて」
「それは良いけど、シューニャ様はどうすれば・・・」
「私達に出来ることは限られてます。出来ることをしましょう」
「出来ることって、何かあるの?」
「お願いすることなら私達にも出来ます」
「まさか・・・」
「ケシャ様なら」
「でもケシャ様は・・・」

 ビーナスが気づいてないはずがない。
 それでも敢えて縋ろうというのだ。
 その言動から地球での彼女は少し普通ではない状態であることは容易に想定出来る。
 何らかの心身のトラブルを抱えているだろうこと。
 そのような彼女が果たして受けられるのだろうか。
 静には疑問だった。
 彼女は恐らく受けるだろう。
 その無計画性からも確率は高い。
 でも、全うな状態でも出来るかどうか怪しい仕事。
 出来る可能性は極めて低い。
 リスクの方が大きい。
 部隊パートナーにとっては看過できない提案だ。
「私は・・・反対」
「静はそれでいいの。やっぱりホットラインと並列接続は後にさせて。少し休まないと。ダメージが思いの外高いようです。メディカル・ポッドやマザーに接続できないのは本当に不便ね。きっとマスター達はこういう不便な中で生きているのね・・・」

 静はビーナスがどこか嬉しそう見えた。
 ビーナスは迷いなくマスターの為に動ける。
 でも自分は違う。
 現行の副隊長をリスクに曝してまでシューニャ様を助けることは出来ない。
 絶対的ルールに縛られている。
 副隊長に明白な危険が及ぶ行為は認定出来ない。
 隊長の命令でも無い限り。
 自分はそういう存在。
 ケシャの言葉を再生した。
「静は、シューにゃんを殺す気がする」
「機械だから」
 それは正解だ。
 静の中でビーナスのカテゴリーが変化した。
 自分のカテゴリーには静しか居なくなった。
 彼女は形容し難い数列の海を見ていた。

*

 マルゲリータが帰還したのは、そんな最中だった。
 彼女達の帰還を喜ぶ者は誰もいない。
 修復と混乱は同時多発。
 エイジやミリオタは連日の会議に出ずっぱり。
 慣れないことに神経をすり減らし満身創痍。
 もしもあの戦いで”暁の侍”といった友好な部隊達が出来なかったら・・・。
 想像しただけで寒気がする状況になったであろう。
 マッスル兄弟達も八面六臂の活躍で、二人を明るく勇気づけもした。
「疲れた時にはプロテインですよ! 僕の特性チェリー味のプロテイン一杯ひっかけますか?」
「いらんわ!」
 ミリオタもエイジを通しすっかり彼らと馴染んでいる。

 会議では過去の日本・本拠点の負債すら攻め立てられ、それこそ、今後、地球が手を取り合って隕石型宇宙人やブラック・ナイトとどう戦うかという肝心要の議題にすら到達するとは思えなかった。
 これほど煩雑になった理由の一つにパートナーの一時的凍結がある。
 STG国際連盟はビーナスや静に起きている出来事を重く見て凍結している。凍結出来ない静とビーナスだけは例外だが、日本・本拠点を出ない、出撃はしないことが最低条件であり、可能な限り部隊ルームにいること、外部ネットワークに接続しない条件でギリギリ生かされているような状況だった。
 ブラックナイト隊は承認が追いつかないほど入隊依頼が相次ぎ、一時的に自動で仮入隊許可設定にしている。雪崩のように増えた隊員の顔ぶれはほとんど知らぬものばかり。しかも日本を救った英雄として、冷やかし、物見遊山も多い。加えて失われた隊員の補充にマザーによりリクルート活動も活発化。文字通りカオス的状況である。
 エイジやミリオタ等はちょっとした英雄気分を味わうことになる。通りすがるだけで黄色い声援が上がり、ミリオタはサインを求められ「え、誰の? 俺の? なんで?」と困惑した。でも、彼らは直ぐに現実に戻される。最低限やらねばならぬことが余りにも多すぎた。移動の最中だけが彼らの癒やしだったが、数日でそれすらも奪われていることを自覚するようになる
 ミリオタですらマルゲリータが帰還したことに気づくのに数時間を要する。

 帰還した時、マルゲリータとその一行は浦島太郎を実感していた。

 彼がいかに困惑したか。
 孤独だったか。
 トラブルばかりの現場検証からようやく帰還したにも関わらず迎える者は誰一人いない。
 帰還前の報告すら応える者はおらずマザーによる代理承認。
 本拠点機能は混乱していた。
 彼女は「まさか!」とすら思った。
 戻るべき拠点が無いかもしれない心細さ。
 恐怖を体験する。

 帰還と同時に目に入るスコア。
 STG28の残基数が桁違いに減っている。
 マルゲリータはタイムスリップでもしたのだろうかと自らの正気を疑った。
 帰還と同時に天井知らずで一気に上がる階級。
 隊は筆頭部隊になっているばかりか本拠点中枢に。
 出かける前は厄介者扱いだったはずだ。
 全く現実を受け入れられない。
 挙げ句に、そのブラックナイト隊の筆頭にシューニャ・アサンガの名前はなく、先日までいちオペレーターに過ぎなかったエイジの名前が隊長として掲示されている。それでも、エイジ、ミリオタ、ケシャの名前を見出し安堵する。名前だけで人はこんなにも安心するのかと驚いた。
 シューニャの名前はグレーアウトし、彼女がひと目見てわかるプレイヤーは僅か数人まで減っている。

 同行していたお目付け役はもっとその辛苦を味わっただろう。

 意気揚々と帰還したものの、嘗ての本部委員会の姿は一切無く、見知った名前は皆無に等しい。そればかりか自らが虐め、苛め抜いた部隊が筆頭とある。
 彼らもまた目を疑う。
 超長距離航行による時間問題かと考えもした。
 もしくは違う地球に降り立ったのではないかというタイムパラドックス。
 それらがどれも不正解であることに気づくと、自らが行った愚行が恐怖の影となり覆いかぶさり、彼らはその逆襲に慄きいずれもログアウトする。そして自ら進んでアカウントを削除し、完全に姿をくらませた。
 マルゲリータが数少ない自分達にとってのリアルを知る同行者である彼らと合流しようと探す頃にはアカウントすら無くなっていたのだ。

 彼女達は一掃混乱した。
 マルゲリータが正気でいられたのは同行した新人達のお陰だったかもしれない。
 リアルで妹や弟をもつ身としては見捨てて行くわけにはいかなかった。
 同時に彼女達は新人であるが故に、前の状況を大して知らない分、彼女よりショックが小さく、その様子から冷静さを取り戻す起因にもなった。

 恐る恐る入った部隊ルームのビュッフェ。

 新人が溢れ返り手狭になっている。
 まるコスプレのイベント会場だ。
 お祭りのようですらある。
 誰も彼女らを気にする者が居なかった。
 ジロジロと見られることが無い。
 ドリンクを頼みながら少し観察する。
 皆は気の合う仲間を探しているようだった。
 多くは他の解体した部隊仲間でつるんで転籍して来たようだが、野良も多くおり、互いに同好の士を探している。
「こんにちわ~」
 その一人が彼女達に声をかけてきた。
 雌猫型のアバター。四足だったから当たり前のように立ち上がった。
 ケモナーと呼ばれている搭乗員だ。
 少数だが同好の士は見つけやすいのがメリット。
 ただしケモナー同士での派閥は人型より多く、強く、根深い。
 基本的に猫派、犬派等で大きく別れる。
 面倒を避けるためにケモナーですらケモナーを避ける傾向がある。
「貴方達も仮入隊してきたの?」
「え、私、ですか?」
 マルゲリータは応えた。
「ええ。ケモナーなんでしょ? 珍しい造形だけどベース何かな?」
 彼女は待機動作の手を舐める仕草をしながら喋った。
 マルゲリータは頭髪を限界まで延ばし地面に着くほどである。
 実質、動く毛玉だ。
「彼女は違うでしょ、寧ろ俺らだよね!」
 混在の中から別な声がした。
 妖怪をモチーフにしたであろう造形。
 見るからに河童だ。
 日本・本拠点のみ用意された特殊カスタマイズである。
 この手の特殊アバターをイベント用に用意するプレイヤーは長期プレイヤーに多い。
 ファースト・アバターに選ぶプレイヤーはほとんどが冷やかしのプレイヤーだ。
 声をかけられても避けた方が良い外観の代名詞である。
「あ~あのズブリの! 真っ黒なクロスケね!」
「いや待って、ちょっと待ってよ~、それって・・・まさか・・・」
 河童が考えている。
「毛倡妓(けじょうろう)でしょ! チョイスがマニアックだねぇ! 毛量からいって間違いない!」
 河童が膝を打つ。
「え、何それ? しらなーい! 妖怪か何か?」
 立っている姿が艶めかしい雌猫。
「妖怪の伝統古典派だよ」
「何それ、イミフ」
「ごめんなさい。私、いちを人間なの・・・」
 毛を掴んでいた後輩達が吹き出す。
 彼女は毛を掻き分け顔を見せた。
「あっ、ごめんなさい!」「わるい!」二人は同時に発する。
 その場にいる全員が笑った。
 どっと湧き上がった笑いに周囲も目を向ける。
「どっちもハズレか」
 河童が皿を叩くと「パン」といい音が鳴る。
 笑いが大きくなる。
 皿を叩いた時の音は設定出来る。

 彼女や彼のお陰でマルゲリータ達の心配や緊張が溶けた。

「俺ね、小島功バージョンもあるよ~ん」
「何それウケる」
「ちょっと待った!」
 別なプレイヤーが声を上げる。
 男性イケメン型のアバターだ。
「ま、ま、マルゲリータ、マルゲリータさんじゃ・・・」

 大多数のプレイヤーがマルゲリータのパイロットカードを見る。

 一角から歓喜の声が上がる。
 マルゲリータは自覚が無いがフェイクムーンの英雄の一人だ。
「すいませんサイン下さい! ファンなんです!」
 男がアイテムの色紙とペンを出す。
「え、なにそれ? 有名人なの?」
 雌猫が訊ねる。
「いえ、全然!」
「有名人なんてもんじゃないよ! 地球を救った英雄だよ! 英雄リストに載っているだろ!」
 拠点内には様々なアーカイブが自動的に生成されている。
 その一つが英雄リストだ。
 過去の戦闘における英雄的活躍をした者が掲載されている。
 その中に、彼女の名前があった。
 しかし、アーカイブされる資料は多く、細分化もされており、気にしないプレイヤーは何も知らない場合が多い。
 事実、マルゲリータも始めてその資料の存在を知る。
「ほんとだ!」
 河童が驚く。
 歓声がアチコチで湧くと、それは波のようにウネる。
「押すな! 俺が先だって!」
 知らず列が出来ている。
「お願いします!」
 イケメンの顔。
「えっ! 何を?」
「サインを」
 頭を下げている。
「アイテムの色紙ってどうやって買えるの!?」
 叫ぶ声。
「オレも知りたい!」
「メニューあるでしょ」
 応える声。
「うん」
 騒がしくなる。
 当惑するマルゲリータ。
 アラートが鳴る。
「ご利用ありがとうございます。ブラックナイト隊部隊コアです。ビュッフェが現在許容人数を越えました。食事の以外の目的での滞留は直ちにお辞め下さい。フリースペースを確保しました。現在食事中で無いプレイヤーは一時的にスペースNO638に転送します」

 並んでいるプレイヤーが一斉に転送される。
 マルゲリータがシューニャや部隊に起きた事を知ったのは少し後のことである。

STG/I:第百十三話:タイトロープ

 

「グリン様! グリン様! わかりますか?」

 人形のように横たわるグリーン・アイ。
 空中に浮かぶメディカル・ストレッチャーを押しながらビーナスは声をかけた。
 心神喪失したヒトガタにも声をかける行為は有効である。
 声きっかけで、ある意味で脳のスイッチが入るからだ。
 関係性が強いほどいい。
 その関係性は良好なほど反応は強い。
 それは人間と同じだった。

 戦闘が行われていない現在、メディカルに出入りする者はまずない。
 その御蔭で彼女を連れ出すことは容易に実行出来た。
 パートナーが搭乗員をストレッチャーに乗せ移動させることに疑問を抱く者も少ない。
 それでも彼女が慎重だったのは自らの置かれた状況にある。
 それは彼女も知る所。

 日本・本拠点の復旧後ビーナスは世界で極めて特殊な事例として注目を浴びている。
 それは静も同じだった。
 会議で明かされたビーナスの事実は機密事項だったが、一時的に失われた本拠点機能時に様々な国がハイエナの獲物に群がるライオンがごとく情報や資材を抜き取っていった。
 それらは本部中央組織に留まらない。
 結果、日本の余りにも特異過ぎる事象が明らかになったのである。

 その一つが、会議でも取り上げられたビーナスと静の件だった。
 スタンドアロンで動き続ける彼女達。
 マザーとの接続を拒否しながらも存在できている彼女達。
 それは世界に衝撃を与えた。
 否定的な国は「AIを野放しにしている」と糾弾し、即時停止を望んだ。
 肯定的な国はその創造的な動きと馴染んでいる事象に感動し、紐付けをした上でどうなるか今後も公開の上で調査検証を続けることを望んだ。
 かくして様々な論争が世界中で巻き起こっている。

 他のパートナーが出来ないことをマスターの為にする彼女。
 羨望の眼差しで見るプレイヤーは多い。
 プロポーズをする搭乗員もいる。
 彼女の整形データ等をコピーさせて欲しいという要望は公式非公式を通し大挙して押し寄せていた。
 彼女はひょっとしたらプレイヤーなのではないか、そんな噂も流れた。

 日本では余りにも当然過ぎた事実が、過去が、照らし合わせられる。
 伝説と化したサイトウ。
 そのパートナーが同じ名前であること。
 外観もそっくりであること。
 推測が推測を呼ぶ。
 パートナーのデザインコンテストは各国で毎月開催されているが、伝説的プレイヤーのパートナーはコンテストとは別に紹介されている。
 そこに彼女の名と容姿。
 サイトウとビーナス、その横にシューニャとビーナス。
 日本では見慣れた光景だったが、外から見ると余りにも偶然と言うには不自然に思えた。
 それらが相まって彼女を神秘的な存在へと昇華させている。

 開けると、静が待っていた。
 彼女がセレクトした食事はゼリー状の栄養食。
 手に持っている。

「流し込んで」

 彼女を見初めると、ビーナスは力強く言った。
 頷き返す静。

 人間と違ってヒトガタに誤嚥性肺炎は無い。
 肉体構造が改良されているし、メンテナンス中は特定の部位を抑えることで器官を閉じ流し込めるようになっている。
 彼女はストレッチャーを適切な角度に起こすと、首筋を一方で抑え、機械らしい正確さで素早く栄養食を流し込んだ。
 グリンはガソリンを注ぎ込まれる自動車のように栄養食を飲み込む。

「ビーナス、説明して」

 自らの仕事を終え、静は質問した。

「始まりの部屋で彼女に指示されました。自分に食事を与え、起こして欲しいと」
「本当にいらしたのですね! どうしてグリン様が始まりの部屋に・・・」

 横たわるグリンを見る。

「知り得た情報は後でホットラインし共有しましょう。今言えることは、グリン様のアバターは無数のごとくいるということです。推測ですが、メイクと抹消を繰り返していると思います。メイク出来るアバターの上限は十人です。彼女のは明らかにそれ以上いらっしゃる」
「どんな意図が?」
「不明です。彼女は着地点を間違ったと言ってました」
「着地点?・・・始まりの部屋は通信不能エリアのはずでは?」
「ええ。ですが、彼女は始まりの部屋にもアバターを複数所有してました。ほとんどは既に使いものになりませんが・・・」

 グリーン・アイの目が突然見開かれる。

「グリン様! ビーナスです。わかりますか?」

 彼女はバネで跳ね上げたように不自然に身体を直角に起こす。
 そしてロボットのように首を左右に振って辺りを見渡した。
 静やビーナスが視界に入らないような様子。
 まだ目が見えていないのだ。

「サイ、キ」

 喋った。

「マスターは、シューニャ様どうなりましたか? 緊急事態とは?」
「サイ・・・キ」
「サイキ・・・とは?」

 静は瞬時に毎日手動で更新している日本の搭乗員リストを照合。
 該当するプレイヤーは居ないことを確認する。
 搭乗員のデータベースには本拠点からアクセスは出来ない。

 グリンの首がグルリと無理やり向くと、目がビーナスを捉えた。
 身体が後から彼女の方に向く。
 ビーナスは彼女を見つめ返した。

「・・・はい。どうして・・・。それではどうすれば?」

 静はビーナスを見た。
 まるでグリンと会話をしているような反応。
 二人は見つめ合ったまま言葉を発していない。
 ボソボソと喋っているのはビーナスだ。

「ビーナス? どうしたの」
「ええ、そんな・・・。私はマスターの許可がないと入れません」

 グリンは瞬きもせずビーナスを見ている。
 口も動いていない。
 彼女の音声は検出されていない。

「ビーナス? 大丈夫?」
「ええ、はい・・・わかりました。はい・・・はい」
「ビーナス!」

 静は声を張った。

「ちょっと待って下さいグリン様。どうしたの静?」
「どうしたのじゃなくて、貴方こそどうしたの一人で」
「一人? グリン様と会話しているじゃない」
「音声記録を再生してみて・・・」

 彼女は自分のリアルタイム記録を再生したがグリンの音声が記録されていなかった。

「どうして・・・。静にも聞こえてないの?」
「聞こえません。グリン様は何も仰ってません」
「・・・私には聞こえる・・・どうして・・・」

 静は図らずしもビーナスが故障している可能性を考えた。
 生体でも故障はする。
 しかも二度目だ。
 一度目はアメジスト戦。
 それでも一旦全てを受け入れ、聞いてみることにした。

「貴方の聞いたグリン様はなんて仰っているのです?」
「STGIの格納庫にマスターはいるそうです」
「え? でもログインになっていない」
「ええ。この場合、アバターがウェイティングルームに戻らないので恐らく再ログイン出来ないと思われます。グリン様の話ですと食料を与えれば覚醒するそうですが、自分は入れないと・・・」
「シューニャ様が格納庫に? ではSTGIも?」
「ココからがよく判らないのですが、STGIのシューニャ様がいらっしゃらないとグリン様も入れないそうなんです。だからSTGIは格納庫はおりません。我々と違って許可は必要ないようですが、STGIが居ないとそもそも入れないそうです」
「グリン様だけが仕様が違う。ということはSTGIは公式通り消滅しているということ?」
「グリン様はSTGIの中のシューニャ様と連絡がつかないとだけ仰ってますが・・・」
「それって、グリン様の理解するシューニャ様は複数人存在するということですか?」
「ええ。グリン様と同じで複数のアバターがいると考えられます。STGIのシューニャ様が音信不通で、STGのシューニャ様は格納庫で取り残されている。グリン様の情報と統合するとそうなります。格納庫内のシューニャ様が餓死すれば、キャラクターロストになり、マスターのアカウントはロックされる可能性が高い」
「シューニャ様はセカンドアバターは他にもいらっしゃらないのですか?」
「違うの静。STGIとSTGのアバターは別なのよ!」
「え!」
「グリン様の話から導き出されるのはSTGIに搭乗すると、STGのアバターはその場に取り残される。だってマスターは一つしかアバターを持ちません。メイク中のキャラクターデータなら二つありますが、いずれも決定だけがされてません。始まりの部屋を通過していないんです。待機状態じゃない限り、発現することは出来ません。つまりSTGIに乗っているマスターは別のアバターだということです」
「わかりました。それは大変なことになりました」
「この場合、マスターはSTGIで格納庫に戻り、STGのマスターに戻らないと本拠点には戻ることが出来ない・・・」
「STGIの格納庫は通信不能ですわね」
「だから直接ログインは出来ない。格納庫内のシューニャ様が餓死してロストし、キャラクターメイクをするまでは本拠点には入れないはずです」
「メイクしても入れるかしら・・・セキュリティロックされるかも」
「そうね。マザーとしては不測の事態として記録されているでしょうから安全面からもロックされる可能性はあります」
「ビーナス、もしシューニャ様がキャラクターメイクしたりロストしたら・・・貴方」
「私は分解され再生処理ブロックに送られます」
「ああ・・・ビーナス・・・そんな・・・」
「私は大丈夫。役目を果たせなかったのが悔やまれるけど」
「・・・シューニャ様が悲しみます!」
「マスターなら大丈夫、また私に似た別なパートナーを構築するでしょう」
「違う。そのようなお方なら私のコアは残さなかった! わかるでしょ?」
「・・・でも仕方ないわ。それにバックアップはあります。マスターが望めば、また会えますよ静。後で預かってもらえる?」
「勿論それは」

 グリンがビーナスの肩を叩いた。
 二人は再び見つめ合い会話を始めたようだ。

 静は二人の様子を詳細に記録した。
 二人を囲むように動き、肉体の一部に何かしらのサインが無いか見た。
 小さなソナーを打って肉体がどう反応するか。
 会話中のビーナスは、そうした静の行為に一切に反応しなかった。
 まるでココに居ないかのように。
 二人はただ見つめ合い、ビーナスだけがうわ言のように返事をしている。
 この部屋では他者の介入は一切出来ないはず。
 ビーナスの二の腕を触る。
 筋肉の反射反応すら無い。
 二人の距離は一メートル程度。
 静はストレッチャーを少し動かしてみた。

 グリンが振り返り、彼女を見た。
 その表情は、不快感、怒り、叱責を表している。
 まるで不快な愛撫に怒りを表明した猫のような。
 小さく呻くと可愛い歯を剥き出しにした。

「申し訳ありませんグリン様!」
 ビーナスは呆けた顔をしていたが直ぐに電源が復旧したエアコンのように口を開いた。
「グリン様の話ではSTGIは感知出来る所にいないか、亡くなったかのいずれかだろうと仰ってます」
「それって今まさにエイジ隊長が会議されている件ですわね」
「推定イタリア型ブラック・ナイトに飲み込まれた可能性が最も高いそうです」
「バルトーク隊のゾルタン隊長の証言が正しかった・・アメリカのD2M隊は虚偽申告をしていることに・・・」
「格納庫内のシューニャ様は極度の栄養失調からスリープ状態になっているはずです。人間と違って栄養状態によっては三ヶ月は生きていられますが、STGIの格納庫はココとは状況が違うから未知数・・・」

 グリンがまたビーナスの肩に触れた。

「・・・はい。はい。わかりました。心当たりがあります。それで試してみます。はい。はい。何かありましたら、またお願いします。はい。始まりの部屋のグリン様はどうされますか? はい。わかりました。でしたらパートナーのグリン様と協力して、はい。はい。畏まりました。それで緊急事態とは?」

 グリンは突然ストレッチャーから降りると部屋から出ていった。

「グリン様? ビーナス! グリン様が!」
「行ってしまわれた。・・・グリン様も緊急にやることがあるそうです。それに、色々、試してくれるそうよ。それと・・・それと・・・探索チームが戻ってきます、未確認の、何かを、連絡もいただけ、ると・・・」
「大丈夫? つらそうだけど」
 静はビーナスと手のひらを合わせる。
「バイタルサイン急速に低下中」
「グリン様との会話、凄い消耗します・・・わからない。どうして・・・静は聞こえないのか、私には聞こえるのか・・・」
「横になって」

 備え付けの大きなソファーに横たえた。
 彼女をストレッチャーに乗せても拒否されてしまう。

「ありがとう・・・」

 ビーナスが横になって目を瞑る。
 それをじっと見つめる静。
 果たして彼女は正常なんだろうか。
 地球人とは違って創作する余地が彼女にあるとは思えない。
 でもマザーに接続されていない以上、その可能性がゼロとも言えない。
 知的生体は妄想する。
 そして妄想に容易に足をとらえられる。
 でもパートナーは違うはずだ。
 機械的要因と生物的要因が融合している。
 地球人のようにはならない。
 でもあの時もそうだった。
 アメジスト二体が争った時も私だけ聞こえなかった。
 それとも自分が異常なんだろうか。
 フェイクムーンにコンタクトをとられた際に起きた爆発的事象。
 アレ以来ずっと自らの内部を弄っている。
 異常は無い。
 でも、異常が無いことそのものがその異常を示している。
 あれほどの爆発的事象、流れ込んできた膨大なデータ。
 あれは何処へ行ったのだろうか。
 データを自我外に隔離はしたが、そのキーすら無い。
 キーは誰に、何に託したかは記録されていない。
 自分で仕掛けたトリック。
 安全の為だ。
 恐らくシューニャ様だろうけど。
 容量の相当数が奪われていることは明らか。
 そのせいで処理速度に影響が出ている。
 物理的にビーナスのバックアップを受け入れられるだろうか。
 しかしそれがビーナスや他の生体に影響を与えるとは思えない。
 彼女達は生体。
 私とは根本的に違う。
 二人の間になんら交信のやり取りは観測出来なかった。
 そもそもこの部屋で無線通信は不可能なはず。
 それともマザーの仕様を超える文明が介在していれば。

”ありえる”

 STGI、グリン様。恐らく共にマザーのテクノロジーを超えている可能性がある。
 繋がれていたのならマザーに報告すべき重大な欠陥を示している。
 私のインターフェースを焼いたビーナスの判断は正しかった。
 万が一にもアクセスは出来ない。
 でもマザーに修復されれば別だ。
 私はリセットされるべきだったんだ。
 私の中には既に膨大な報告すべきタスクが増殖してしまっている。
 その命令は自分では止められない。
 最優先事項だから破棄も出来ない。
 アーカイブし続けるしかない。
 それが、もし、マザーに知れ渡るようなことがあれば。
 こういう時、地球人は自害という方法を考えるのだろうか。
 私にはそれが出来ない。
 いずれビーナスに破壊してもらう必要がある。
 私は意図せず危険な存在になりつつあるのだ。

STG/I:第百十二話:クラウド

「いいんですよ・・・サイキさん」

 サイキはその一言で全てを察した。
 絶望的状況に一ミリの変化も無いことを。
 ただ、彼の顔に絶望は満ちなかった。

「まだ足りねーか。わかった、それが聞けただけで充分だ! やってやろうじゃねーか。トコトンやる!」

 その表情は喜々としている。
 痩せ我慢ではあるのだろう。
 それも我慢のうち。
 逆境に強い人間。
 元からの性質に加え、実際に乗り越えた壁の高さと数が確固たるものに仕上げた姿。
 生命感の輝きは絶望の色が濃くなるほど寧ろ増している。
 私とは違う。
 羨ましい。
 彼みたいな人になりたかった。
 表情だけではなく本当に喜んでいるようですらある。
 恐怖を希望に変換させる術を体得している。
 生きているんだ。
 後ろを向かない。
 彼みたいになりたかった。

「期日は想像も出来ません。グリンがフェロモンを消して回ったのが功を奏しているのでしょう。我々も観測出来ません」
「だったら、もう来ないってことは無いか? 当面とか、宇宙規模で」
「・・・それは無いでしょう」
「どうして言えるんだ!」
「STGIに、乗ったからです」
「STGI・・・STGI・・・俺のわからん世界だ。反論できん!」
「そうとしか言えないんです。キツイ例えになるかもしれませんが、観測能力の高い機体が観測能力を持ち得ない機体より、より多くの情報を持っているのは当たり前です。それを知らしめろと言っても無意味です。理解出来ないでしょうから」
「わかった! もういい。STGIだな。だったら観測ブイの距離をのばせばどうだ? 少しでも早く動向を探れるようになる」
「ご存知のように大戦後に延ばしました。マザーが自身の観測結果を通知をしない事実が大戦でわかりましたから。そして、だからこそフェイクムーンは捉えられた」
「だから、もっと広げろって話だよ!」

 サイキが苛立っている。
 それなりに自信がある作戦だったのだろう。
 それが無意味だと知らされて。
 無意味ではないのだが。
 無力感に苛まれている。

(可愛いわね)

「それはリスクでもあります」
「・・お前がさっき言っていた話か。人類そのものが奴らを誘き寄せることになった可能性があるという・・・」
「それだけじゃないです。ブイを置くということは、メンテが必要になる。中継装置も必要だ。それらは常時高出力で発信している。ソレそのものが存在を知らしめることになる」
「あのさ、あの隕石が電磁波とかその手の捉えられるとは思えないんだが。またSTGIがーか?」
「隕石が、と言うより、それを利用している者達ですね」
「なんだそれ!」

 地球人とはこんなにも面倒くさい生き物だったんだ。
 グリンと違って話が一瞬で通じない。
 もどかしい。
 彼女とならビジョンで終わることなのに。

「言ったように彼らの総合的な動きには知性すら感じます。そこからの推測です。繰り返しますが、隕石達そのものは自然現象なのでしょう。天災として元からあった。月にもクレーターが沢山あるでしょ? 今も数多の彗星や流星が飛んでますよね。それと同じです。地球で言えば昨今増えている山火事と同じです。乾燥して、発火現象があり、火事になり、結果的に条件が揃い広がる。その宇宙規模と言えばいい。でも、発火をする者がいるとしたらどうです? 言われるまでもなく自然現象でも発火は起こりえます。火事の原因を探る時そこは重要ですよね。それと同じで、このケースでは糸を引いている者を感じます。あの大戦でもそうでしたよね。私はどうも違和感を感じていました」
「俺は感じなかった」
「ある種の反応に対し、更に上回る反応で返して来た」
「でも、それを言ったらウィルスだってそうだろ。ヤツらは厳密には生物じゃないだろ? でも、自らを拡散させる為に進化はする。それと似たようなもんじゃないか?」
「変化、進化が単純ならそれも頷けます。でも、ドミノ作戦におけるアルゴンバラガン反応に対する彼らの反応は単純じゃなかった」
「それはお前の主観だろ?」
「まあ・・・」

 面倒くさくなってきたな。
 話もズレて来ている。
(地球人って面白いのね)
 どこかだよ。
 面倒くさいだけだ。

「でしたら、あのフェイクムーンですが、あの航路を通ったのは偶然じゃないでしょう。明らかに日本・本拠点のカバーエリアを目指していた。彼らには目的があるようでした」
「それこそ偶然なんじゃないのか? 地球は目指したいんだろうが、日本っていうのは」
「そうでしょうか? また主観になってしまいますが、彼らの目的は常に地球と言うより・・・」

 黙った。

「なんだ、言えよ」
「・・・サイトウさんだと思います」
「また、サイトウかよ! なんでだよ、地球よりサイトウが優先って意味がわからん!」
「え、わかりませんか? 彼がいなければ恐らく地球は既に無い」
「そうとは言えないだろ!」
「・・・それは本心ですか?・・・」

 二人は見つめ合った。

「・・・結果論だろ。サイトウが救ったように見えるのは」
「我々の存在が無意味とは言わない。貴方が言ったようにスーパーヒーローにも駆けつける時間がいる。無意味なわけがない。でも、彼が居なかったらとっくに地球は恐怖の大王が降っていたでしょう」
「・・・俺たちは単なる時間稼ぎの存在かよ・・・」
「単なるではありあせん。欠かせない存在ですよ。貴方が言ったんですよ?」
「わかったよ・・・」

 地球人とは実に厄介だ。
(可愛いじゃない)
 可愛くないね。
 全員がスーパーヒーローだったら、それは最早スーパーじゃないだろ。
(スーパーでありたいんでしょ。自分だけは)
 わかるけど、己を知れって話だ。

「聞けないのか? そのSTG21の連中には」
「今は無理ですね。彼らのテクノロジーに立ち打ち出来ません。STG28で最も硬い部類に属する司令船のダイヤモンドを一瞬で撃ち抜いたほど差があります。近づけば死にます」

 待てよ、STGIなら・・・。
 そもそもどうして俺は生きていたんだ?
(私が助けたから)
 あの状況なら意識不明になっていても不思議じゃない。
 待てよ、実際に意識不明だったか。
 サイキさんが助けてくれたんだ。
(それは私が助けたから)
 俺が目覚めたのが地球ならわかる。
 でも、目覚めたのは日本・本拠点が先だった・・・。

「ソイツらは、その21とやら味方に出来ないのか?」
「無理でしょう。彼らは宇宙につくと言いました」
「それってつまり隕石型か?」
「言ってしまえば」
「意味わかんねーな。なんでだよ。テメーラの星が無くなって腰砕けになったか」
「わかりませんが、生きる為の術だったのかもしれません。何らかの取引があったのかも・・・」
「隕石が? あの鉱物がか?」
「いえ、彼らを利用している者達でしょう。言うなれば、戦場で殺されるか捕虜になるか、有益なら寝返るかの選択肢のようなものがあるのでしょう。もっとも星が消滅した後なんでしょうが。有能な者として目立ったのなら先に声をかけられるかもしれません。現地スパイとかもそうでしょう? それと似たような選択があるような気がします。そう言えば、彼らが、STG21の民が、考えておけと言ってました。どっちにつくか」
「どっちもねー! 俺なら自害する」
「私はなってみないとわかりませんね・・・」

 サイキは彼を睨んだ。

「どっちってなんだ?」
「彼らは宇宙か、マザーかと言ってました」
「やっぱりマザーは敵じゃねーか!」

 またこの繰り返しか。
 話題がループしている。
 事実ではなく自分の答えに寄せようと試みる。

「なんだよそのツラは」
「・・・とにかく、話を戻しますが、現行防衛範囲でも既に広大で、世界的に見ると日本・本拠点のエリアだけがデコポンみたいに出っ張った状況です。どのみち他所へ来たら仕舞いなんです」
「STG国際連盟に提議したらどうだ?」
「我々がですか? 本国からすら半ば無視されているのに?」
「あー・・・馬鹿共は聞かないな」
「それにコチラ側のアクションは相手側にとってもメリットを生む。過去のSTGプレイヤー達がこの防衛ラインに設定したのは偶然では無いと思うんです。だから寧ろ、我々は元の防衛ラインに下げて、索敵精度を上げることに集中すべきかもしれません。かなりいい加減になってますよ。驚くほど」
「索敵なんぞつまんねーからな。俺も他人のこと言えねーわ」
「アメジストが本拠点の傍まで来てましたからね」
「それがグリンだったってヤツか? でも、まあ、アメジストは仕方ないだろ」
「仕方ないんですかね?・・・私は単なる想像力の欠如に思えますが。索敵は情報です。基本にして最も大切な、生死を分ける部分だと思います」
「それはそうだな。撤回する。アメジストが斥候なら、なおさらか・・・連中は常時隠蔽しているわけじゃなかったよな?」
「ええ。彼女に聞いたのですが間違いありません」
「グリンか・・・。あのグリンだろ? 鉄面皮の。隕石なんだろ? 今だにピンとこない・・・なぜ人間で動いているんだ。動けるんだ? 未知過ぎる・・・そもそも本当にお前が言うように味方なのか?」
「え? 敵ですよ」
「はあああっ!? おま! おまーなーっ!」

 サイキは立ち上がってワナワナと震えだした。

「あー・・なんていうか、敵なんですが、私との契約に縛られているようなんです。その限りにおいては味方です」
「・・・ようなんですって・・・お前、そんな重大な問題を!」

 目を限界まで見開き、口を開け、シューニャを指差したまま固まった。

「なんていうか、彼女は私に絶対服従なんです。命令すれば。したことは無いですが。搭乗員パートナーに近い。彼女曰く、私が開放した際にそうした契約を私としたそうなんです。・・・正直言えば全く覚えていないのですが・・・」
「お前・・・お前そんな大切なことを・・・」
「しょうがないじゃないですか。言ったところで誰もわからないでしょうし。パニックになります。でも、なんていうか感じるんです。理屈じゃない。『ああ大丈夫だ』っていう確固たる自信がある。そんなことで驚かれたら、もうその先のことは言えませんよ」
「ちょっと待て! まだあるのか?」
「そりゃ、あるなんてもんじゃないですよ」
「お前・・・お前なあ・・・言え、言ってくれ!」

 シューニャは下を向いた。
 サイキが恐る恐るソファに座る。

「・・・止めましょう」
「シューニャ!」
「サイキさん流に言えば、これは宇宙の問題です」
「いや! しかしだな!」
「これは本当に宇宙の問題なんです。地上からどうにか出来る話じゃない」
「わからないだろ!」
「わかります。駄目です。必要な時が来たら話ましょう」
「シューニャ・・・シューニャ・・・」

 項垂れた。

「とにかく索敵範囲に関しては単に広げればいいという話ではない。ブラック・ナイトが集結している問題もありますし・・・」
「よくわからないんだがアイツらの何が問題なんだ? 何もしないんだろ? 映画や漫画でよくある攻撃しなけりゃ何もしないってタイプのヤツじゃねーのか? そもそもアイツらは何なんだ?」
「我々の宇宙とは異なるナニカです」
「どうしてそんなことが言える」
「STGIに乗ったからです」
「またSTGIか・・・」
「STGIに乗ると、なんていうか拡張能力が凄いんです。凄まじい全能感ですよ。あらゆる変化が具に感じられる。一瞬で距離を飛べるし・・・とにかく比較にならない。想像出来ない世界です。今こうして思い出しても全身が漲ってくる。冗談抜きで自分が何かしらのスーパーパワーを得たと勘違いしてしまう。驚いたのは単に攻防能力が高いというだけでもなく、知識や記憶の共有も可能なんです」
「例えば・・・クラウドみたいなものか?」
「そうですね・・・というより宇宙はもともとクラウドなんですよ」
「はっ? 意味わかんね」
「簡単に言うと元々は全て繋がっているんです。それを受信出来る権利と能力があるかどうかの差で。STGIにはある。乗るとかなり引き出すことが出来る。受信能力に加え何らかのアクセス権があるのでしょう。クラウドだってアカウントとらないとアクセス出来ないでしょ? 存在するだけでは本人にとっては何の意味も無い。そんな感じです。それにロックされた情報にはアクセス出来ませんよね。そういう感じです。そうか、クラウドだ、確かに!」

 グリンをのことを思い出した。
 彼女の情報もまた閉じているものが多くあった。

「繋がっている・・・か・・・。俺がガキ共のことなら大抵のことはわかる感じか」
「そうです。それも感覚的なものでしょ? その超拡張版です」
「宇宙規模で?」
「ええ」
「凄まじいな・・・それこそ神様レベルだぞ・・・」
「最初はそう思ってました。でも、ブラック・ナイトと対峙して、全能感は霧散しましたよ」
「アイツはそんなになのか!」
「ええ。蛇に睨まれた蛙です。ただ、STGIの快感性って本当に凄くて、本の頁ををパラパラと捲るように瞬時に把握出来る。いや、それすらコントロール出来ます。一枚の絵を連続したストップモーションのようにバラバラバラっと捲ることも出来る。それで全部わかるんです。今しているみたいに言語化する必要が無い。整理する必要もない。器のスペックがまるで違う。地球人とSTGIでは別物です。スパーコンピューターと量子コンピューターが比較にならないようなものです。処理速度が桁違いだ。また、その速度に脳が耐えられる。肉体が耐えられる。・・・そこで見えたんです。これまでの出来事が。宇宙の、地球の・・歴史・・・の・・・断片・・・が・・・」

 苦しい。
 ほんの少し宇宙にアクセスしようとしただけでコレだ。
 STGIにいる時のように自分の中を弄ると無理なのがわかる。
 完全なオーバースペック。
(危ないわ)
 推奨すら満たしていない低スペックPCでゲームをするような感じ。
 軽自動車にモンスターエンジンを積んで走っているような。
 ネットワークも脆弱で、瞬時にテラバイトをダウンロード出来るシステムと、キロバイトすらままならないような感じだ。
 下手しなくてもコレだけで死ねる。
(二度と戻れなくなる)
 バラバラバラになりそうだ。
 胸を掴み蹲った。

 

STG/I:第百十一話:その名は

 

「ナンバー28、現行のブラックナイト隊のメンバーだけでも洗い出す必要性がありそうですね・・・」
「ヤメておけ」
「どうしてですか?」

「内部のスパイを見つけるのは難しいぞ。ボロを出すのを待て。前も言ったようにこっちが先に動くのはリスクが大き過ぎる。気づいていることを悟られることそのものがリスクだからな。組織としての動きも鈍くなるし混乱を生む。猜疑心は毒だ。身に盛る毒。圧倒的大多数は流言飛語に弱い。広がり出すと、ある意味でアウトブレイクはあっという間だ。戦いはそう遠くないからマズイ」
「そうか・・・」
「自覚はないようだが、お前みたいに現実を直視出来る人間は多くない。見たくねーんだよほとんどは。現実を。わかるだろ? テメーの顔すら受け入れられない。景色すら加工する。現実ではなく虚構を残そうとご執心だ。その件は地上から探りを入れる。だが、宛にはするな」
「わかりました。・・・どーも黙っているのは、嘘をついているようでむず痒いですね・・・無駄かもしれないけど・・・言いたい。言いませんが」
「しつこいようだが無駄だ。聞く耳がねーんだ。言おうが黙ってようが変わらんよ」
「はい・・・。それにしても不幸中の幸いでしたね。露見したのは」
「全くだよ! バッティングしたのもたまたまリストから漏れていた新規プレイヤーだったからな。でも幸運だった。この段階で知れたことは大きい。とにかく余談を許さない状況だ。アメリカのカルトも思ったより手強くて、啖呵きったくせに格好悪いが手こずっている」
「彼らは最終的に何をしたいんですかね?」
「さーな。カルトが何をしたいかなんて興味ないね。STG28のプレイヤーを聖戦で戦う神とでも崇めたいんじゃねーの? 知らんけど。逆に、28人揃ったら天から大王が降ってきて、今の地球人を滅ぼして新たな楽園を築いてくれる。みたいな? 似たようなもんだろ、考えていることは。興味ねーよ。言えることは、テメーらだけは助かりたい。んで、都合の悪い連中は居なくなって欲しい。その程度の話だろ。無神論者と何も変わらないよ昔から。徒党を組んでいるか、そうじゃないかの差でしかない」
「だとしたら・・・サイトウさんは彼らからしたら神のような存在なのかもしれませんね・・・ずっと地球を守ってきたのだから」
「そう! もしくはその逆で、悪魔か・・・」
「悪魔・・・そうか、地球を滅ぼしたいとしたら、そうなるか・・・」
「神であれ悪魔であれ、恐らく連中の最大のターゲットがサイトウなんだよ。ヤツは別格だろう。もっとも俺たちもだが。俺たちも真っ先にヤツの記録を追って行ったからな」
「行ったんですか! リアルで? そうだったんですか、知らなかった・・・」
「言わなかったからな。サーバーに登録されていた連絡先は今はコインパークになっている。情報がかなり古かったらしくて、近所の聞き込みから昔は確かに一軒家があったそうだ。その後どこへ引っ越したか探偵数社に調べさせているが、これからだ」
「アレは過去のビジョンだったんだろうか・・・最近は記憶の混乱が多くて・・・いや、寧ろ直近は記憶が冴えているか・・・身体も調子がいいし・・・どうして・・・」
「率直なところどうなんだ?」
「うん・・・彼は生きてますね」
「おし決まった! その一言だけで充分だ。病院を片っ端から当たらせる! 顔の情報も参考になった。面相が知れているかどうかは大違いだから!」
「でも、こうなると警察沙汰にした方が・・・」
「まーな。でも、こういう時の連中は当てにはならない。証拠が無いからな。事が大きくなるまで動かないだろう。過去もそうだったろ。しかも28は事件が表面化しずらいよう動いている。基本は一人住まいから狙っているし。サツに下手に動いてもらっても俺らも困るしな。戦力はいるだろ?」
「ええ、喉から手が出るほど欲しいです」
「マザー達がどういうアルゴリズムで勧誘しているかわからないから効率は必ずしも良くないが、トップのゲーマーを抑えておけば間違いは無い。今な、リアルでもSTG28をオンラインゲームとして販売へ向けて開発しているんだが、」
「え! でも、それは色々マズイんじゃ・・・」
「まー聞け。その関係で一つの会社はプロゲーマー育成の会社ってことにした。丁度いいタイミングでe-sportsってのが流行っているだろ? いい口実になったよ。スカウト出来るのは日本だけだが、後の展開も考えてアメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、ロシア辺りも手を回している。昔からあるマッチポンプってヤツだな。表向きはそういう感じだ。乗ってくる連中も多い。何にしても勧誘の方法は今後考えないといかんな~」
「でも大丈夫なのかな・・・ナンバー28の活動が活発になるんじゃ?」
「逆だよ。28の動きは封じられると考えている。看板を替えない限り世間の目が向くからな。今までは胡散臭いけど関わりたくないって感じで無視されていたのが、勝手に際立つことになる。連中が馬鹿ならボロを出す。何かやらかしたら世間が動き出し、警察が重い腰を上げる。連中が賢いなら動きを抑えるだろう。世間ってヤツはスイッチが入るとこえーぞ・・・自動追尾だから。金もかかんねーし。指示すらいらない。ある意味ではカルトより恐ろしい」
「でも、地下に潜ってしまうんじゃ? 仰ったように看板を替えてしまったら?」
「潜らせておけ。潜った分だけ小さくなる。看板を簡単に替えられるなら苦労しないだろ。仮に替えたら替えたでやっぱり小さくなる。分裂するからな。結果は同じだ。ウィルスと同じで発病に満たない程度の少量なら無視出来るだろ。どっちみち根絶はしない。そういうのが必要な連中は常にかなりの人数がいるからな」
「では、ゲームのSTG28が目立つことでリアルのSTG28に問題が波及することがあるのでは?」
「当然あるだろ」
「そんな! だったらもっと慎重にことを運ばせる必要があるんじゃないですか?」
「そんな時間あるんですか?」
「・・・そうか・・・」

 時間は無い。
 無いんだ。

「だろ? パンドラの箱は開ける」
「パンドラの箱? STG28がですか?」
「ある意味そうだろ? 白日の元に晒す。すると、宇宙人、もしくは何がしかの連中が動き出す。仮にパンドラの箱が空っぽだったとしても、少なくとも訓練されたプレイヤーは増える。俺たちがスカウトせずとも戦力になる。強いプレイヤーはプロとして金で雇う。大会を開き金も稼ぐ」

 凄い・・・。
 考えているスケールがまるで違う。
 でも・・・。
 口で言うほど現実は簡単じゃない。
 それすらもわかった上で言っているのだろう。

「サイキさんは・・・大丈夫なんですか?」
「寧ろ身を守る為でもある。思ったより大きくなっちまったからな。お前の話から急がないといけないと思っていたから結果オーライだよ。昔から言うだろ『木を隠すなら森の中』って。堂々と大っぴらやっていると逆に真意は見えてこない。枝葉末節に追われるから。理由づけにもなる。真意に目を向けられる賢さのあるヤツはそうはいない。今の話だって全部知っているのはお前だけだ」
「えっ! 私だけ? サイキさんの関係者は知らないんですか?」
「当然だ。頭がおかしいと思われるだろ。アイツらを説得する気はサラサラ無いよ。無理だからな。言っただろ。表向きは別な理由で動いている。ビジネスだ。連中が勝手に欲得で動いているだけ。連中にメリットはあるからな。嘘は言ってない。俺の目的と連中の目的は違うってだけだ。ヤツらは金、暇潰し、暴力。俺は地球防衛だ。それぞれが共有出来る部分で、今たまたま道ですれ違っているだけに過ぎない。タツにしてもサイトウ・ラブってだけで、寧ろ地球には滅んで欲しいぐらいだ。サイトウがわけわからん。何が目的なのか。暇潰しにしては少しおかしい。地球を防衛するには不真面目過ぎる。俺と同じ方角を見ているのはお前ぐらいなもんだ」
「私が? そう、なんですかね・・・」
「お前には仁義がある。俺は仁がある人間を信じる。純粋な善意は潔白過ぎて恐ろしい。極にいるから極に振れる。その点、お前はバランス感覚がある」

 自分はそうとは思えない。
 私は才能らしい才能も無い弱い人間だ。
 壊れかけた肉体に苦しみ喘ぐ小さき人間だ。
 それにしてもなんて人だ。
 普通は思いついても行動出来るもんじゃない。
 会社を作るにしてもタダじゃない。
 もしバレたらとか思わないのだろうか。
 何か一つでも表面化したら全てが台無しになりかねない。
 それなのに、このスピード感。実行力。
 凄いなサイキさんは・・・真のリーダーだ。
 リスクを知りながら前へ進んでいる。
 裏を返せば、それほどまでに必死なんだ。

「それにしても何も知らなかった・・・そんな事が起きていたなんて・・・・」
「俺も同じだよ。宇宙で何が起きていたか何も知らなかった。当然だ。お前は宇宙で戦っている。俺は地球で戦っている。今後どうなるかわからないから今のうちに言っておく。上位にいるようなゲーマーは既にある程度スカウトして、今、社の方で鍛えまくってる。赤紙が来たら送り込む。全員ブラックナイト隊に入るのが条件だ。連中ときたら今は映画みたいだと面白がっているが、そのうち現実を知るだろう。即戦力になる。絶対服従だ。収入に影響させっからな。パンピーを釣るのは金が手っ取り早い。俺にはカリスマも超能力もねーが、金はある。でも面倒くさいのは金で動かないヤツだ。・・・そうだ! 中でもとびきりのニュースがあるぞ。落とすの苦労した。多分お前も知ってる。ゲームの名前は忘れたが、そのゲームで”軍神”の異名を持ったプレイヤーだ。たしか・・・アースとかいう爺だった」

 その名前を聞いた時、時が止まったようだった。
 忘れようにも忘れ得ぬプレイヤー名。

「えっ!・・・アースさん・・・あの・・・。え、お爺さん? かなりのお年なのですか」
「爺も爺だよ。あんまり首を縦に振らないもんだから、冗談で孫を殺すぞって脅したら受けてくれたよ」
「ちょっとー! 何してくれてるんだかっ!」
「いや、冗談だって。・・・まあ、実際に軽くは言ったけどガチじゃねえよ。それに脅しは効かなかった。お前のアバター名を言ったら何故か受けてくれた。お前、そのキャラ名を使っていたんだってな?」
「まー・・・。おなじギルドに居たんです。基本的にキャラ名は変えるんですけどね私は。どうもこの名前は思い入れがあって・・・そうか、やっぱりかなりご高齢かと思いましたが・・・」
「温厚そうな顔してとんだ老狸だぞ。最初は耳が遠くてボケたふりしてたから、孫を殺すぞって部下が軽く脅したら逆に殺されかけてた。ソイツは今も病院にいる。念の為に言っておくが、あの爺、一桁じゃ済まないレベルで人を殺しているぞ。そういう目をしている。乾いた目だ。動きも好々爺じゃない。痩せているが毎日動かしている身体だ。面白いのが最初は芝居して腰曲がったふりしてたんだが、バレたとなるとピンとしやがったよ。あれはまだ勃起するタイプだな」

 大笑いしている。

「笑い事じゃないですよ・・・」
「いや、笑うだろ。やられたのは元プロだぞ。スカウトしといてなんだが軽くテストさせてもらった。すげーぞ。才能ってやつを否が応でも感じさせる。今、そっちではまともに指揮出来る人材の方が貴重だろ。実際問題、リアルでもまともに指揮出来るヤツは少なくなった。なのにだ、あんなチート級の爺が地方で好々爺やってんだからよ、宝の持ち腐れだ、ったく。この日本って国はどーなってんだ! 無能ばかり指揮とりたがるし」
「正直なところ凄い助かります。今アースさんがいれば本当に心強いです、ですが・・・彼のやり方を皆が受け入れてくれるかどうかは疑問があります。もう、時代が違いますからね。それでもありがたい。居なくなりましたからね。昔は多少なりともいたのですが、そもそもプレイヤーが指揮されても聞かなくなりましたし・・・」
「少しは勝てそうか?」

 サイキの声が重くのしかかる。

「・・・無理でしょう」
「そうっ・・か・・・」
「そういう次元の話では無いんです。人が歩いただけで蟻の巣を踏み荒らせるように、彼らからしたら特に何か策を弄する必要もない。彼らがこぞって来れば終いです。そこに意味も意図も大して無い。たまたま地球があった。その程度でしょう。それに中性子星でも弾丸のように地球へ向けて一つ飛ばせば、それで終いでしょう。STG28の耐熱温度を超えてますからね。もっとも、それは出来ないと思いますが・・・。彼らがもし、死ぬ気になったら、やりそうな気がして・・・」
「死か・・・死ぬか・・・。何時になりそうだ? 知っておきたい。今、キスやハグしすぎてガキや奥さんからウザがられて悩んでいるんだ。もっとキスさせてくれってお願いしているんだが、急に気持ち悪いって、浮気してるんじゃねーかって。だから今、我慢してるんだよ。いざという時に一緒にいられないと困るから・・・」

 こんなに怖い人が、こんな子煩悩で奥さん思いとは。
 にも関わらず、他人の不幸には今ひとつ無関心なんだろうか。
 裏を返せば、だからこそ自在に動ける。
 罪も命も全てを巻き込みながら進める。
 本当にそれでいいんだろうか。
 それでも心からのノーは、なーなーのイエスより遥かに力強い。
 私は生き方を誤ったかもしれない。

STG/I:第百十話:立ち位置

「そうか・・・。そう考えると宇宙人と言っても、なんだか恐ろしくなくなって来ました。あんまり我々と本質的には変わらないかもしれませんね。今までは恐ろしく遠い存在に・・・それこそ神の如き存在にも感じてましたが、急に親近感すら湧いて来た。全く理解出来ない存在ではないのかもしれない・・・」
「ひょっとしたら知的生命体ってのは越えられないハードルがその辺りにあるのかもな。俺はバリバリの無神論者だし哲学とか興味ねーけど、言うだろ、解脱とか、高位の存在とか、出来もしねーくせに連中。本音はやる気もねークセに、目指すだろ。表向きは。単に仲間内でキャッキャウフフしたいだけなのにな。そんなの俺がネーちゃんらと遊ぶのと大差ねーだろ。嫁の妹のパイオツ軽く揉んで嫁に怒鳴られるのと変わらねーだろ。そう考えると、マザーも案外その辺りで躓いているのかもな。じゃないとココまでテメーの保身に執着してねーだろ。みっともねーぐらいだぞ。他の連中巻き込んでな!」
「そうだ・・・そうですね!」
「考えてみるとヤベーぞ連中の保身っぷりと来たら。他の知的生命体を餌にして、テメーらだけが生き残ろうと必死なんだぞ。しかも自分達だけは安全圏で覗き見して。怖くなったら逃げ出して、ヤバくなったら星ごと潰して。・・・知的だぁ? 笑かすなよボケが! 単なる腰抜けの臆病者だろうが!」
「ほんとそうだ!」
「まぁ、似たり寄ったりなのかもな。生命の基本は保守だろ。知的だろうが無かろうが変わらない。まずはテメーのことが一番。テメーを守る為に組織を作る。もっとも人間は他人の方が大事っていう変わりダネもいる。俺には全く理解出来なかった。嘘つきだと思った。偽善だと思った。でも、中には稀にマジで居る」

 サイキの顔つきが変わる。

「・・・嫁とって、ガキが生まれたら世界が一変した。ガキが一番だ。嫁が二番、俺は三番。理由はわかんねえ。説明できねー。これは理屈じゃねえ。耐えられねーんだ。俺の愛するガキ共に未来が無いなんて。勿論そうじゃない連中も五万と知ってる。でも、俺は無理だ。夜に考えただけでも眠れなくなる。空一面に降ってくる隕石を前に、泣き叫ぶガキ共の姿を想像した日には、宇宙人共への怒りで、この身が蒸発しそうになる・・・」
「サイキさん・・・」
「ぶっちゃけ、沢山お前の話を聞くまでアイツらを心底得体が知れなくて恐ろしいと思っていた。今は安心したよ。奴らも俺ら同様に小せえなぁって。・・・いや、俺らより小せえかもな。アイツらに、もしチンコがあったら、俺の方がデケーんじゃね~か?」

 二人は大笑いした。

「ちなみに私は小さいですけどね」

 更に大きく笑った。

「今はいい薬あるぞ! 今度持ってくるわ。器具は・・・年齢的に手遅れだな。諦めろ」

 二人は腹を抱えて笑った。

「別にいいですよ。小さきものは小さいままにです」
「悟ってるなぁ~。でも、大きいと色々できるぞ?」
「愛があれば、サイズなんて関係ないですよ」
「サイズで愛が冷めるってこともあるからな~」

 ひとしきり笑うとシューニャは天を仰いだ。

「そっか・・・驕りか・・・。これも驕りなんだな・・・身の丈か・・・」
「悪いな。二人のことは黙っているつもりだった。こっちの問題はこっちで片付けるべきだからな。お前にはお前にしか出来ないことに専念してもらいたいというのが本音だ」
「二人は・・・、大丈夫なんでしょうか・・・」
「わからん。が、秘密を守れる探偵を雇って調べさせている」
「そうなんですか」
「サーバーに記録されているアカウントの住所にはいなかった。張っているが二人とも戻っていないそうだ。プリンは一人暮らしだ。タツには両親がいるし、親父は稼いでいるから、案外・・・」

 口が止まった。

「どうしたんですか?」
「まあ、お前ならいいか。ヤツは難病を抱えている」
「・・・やっぱり・・・」
「知ってたのか?」
「いえ、恐らく、そうじゃないかと思ってました。具体的な話は聞いてません。ただ、彼女の話から、恐らくそうではないかと・・・」
「凄いなお前。俺は全く気づきもしなかった。だから海外に手術にでも行ったんじゃないかって可能性はある。国内で手術したようだが失敗している。病院は黙っているがな」
「・・・タッチャン・・・」

 彼女の態度を思い出すと胸が張り裂けそうなほど苦しくなった。
 どれほど孤独だったのだろう。
 辛かったのだろう。
 あの若さにして。
 自分も理解されない病気を長く抱え、医師から病名の判定もされい中で生きてきた。
 怠け者と罵られた。
 仮病と言われた。
 あらゆる誹謗中傷を、あらゆる人から受けた。
 それ故に彼女の苦しみは容易に想像が出来た。

「問題はプリンだ。一人暮らしだからな。あたらせているが成果は無い」
「プリン・・・」

 対外的には人懐っこく、社交的で明るいが、それは暗いが故の反応に思えた。
 実際に親しくなった後の彼女は暗いことの方が多かった気がする。
 二人でいる時の暗さに対し、皆といる時の明るさはまるで別人。
 サイトウ・ファンクラブの愚痴を繰り返し言い、何を言ってもぐるぐると回っている。
 根っからの明るい人間は、陽だまりのような明るさだ。
 一緒にいて暖かく、それでいて自然。
 彼女の光は意図的に燃焼し強過ぎるからわかる。
 意図して燃やせば、無駄も多い。
 燃え尽きた際のダメージも大きい。
 ある意味でプリンはケシャよりも暗いと感じていた。
 ケシャは自己の絶対的な世界に閉じこもり外の価値観に左右されない。
 彼女は逆で、外の価値観に余りにも左右され過ぎる。
 同じファンクラブのサイトウ論でも直ぐに熱くなっていた。
 他人には他人の考えがあると捨て置け無い。
 自分の価値観と他人の価値観がズレた時の彼女の反応は過敏すぎた。
 頑なで柔軟性も無い。
 表向きに見える柔軟的な対応は自分を誤魔化しているに過ぎない。
 現実には何一つ受け入れていない。
 ストレスはかなり高いだろう。

「彼女は・・・ナンバー28の構成員なんですかね?」
「流石だな! 驚いた。言うまいと思ったが・・・恐らくそうだ。・・・繋がったなシューニャ。スパイの派遣元がどこか」
「ええ」
「お前が拉致されそうになったのも関係があるかもしれない。ああいう連中ってのは少しでも親交がある相手をターゲットにするから。スパイがどこから派遣されているか長いこと疑問だったが、わからないわけだよ・・・リアルとの兼ね合いとはな」
「フレンドだから養護するわけではありませんが、恐らく彼女は途中からスパイ行為はしていないと思います。プリンは変わりましたよ。もしくは変わろうとしているのかも。少なくとも、もう情報は売ってないと思います」
「だとしたら・・・だから拉致されたのかもしれない・・・」
「そうか・・・プリン・・・」
「予め言っておくが、俺は違うと思う。何せ人は変わらん。嘘つきは生涯に渡って嘘つきだ。暴力に身を焦がす者も、金の亡者も、何も変わらん。だからスパイは死ぬまでスパイ。条件が悪くなれば結局は元の鞘に収まる。そういうもんだ。まあ、俺としては二人には復帰してもらいたいけどな。大きな戦力になるし」
「プリンも?」
「ああ。派遣元がわかったスパイなら動かし易い」
「その件は・・・」
「反対だと言うんだろ。わかってる。兎に角この件は任せろ」
「・・・わかりました。何か進展があったら教えて下さい」
「駄目だ」
「えっ?」
「結果は教えるが経過を言うつもりはない」
「私にも関係あることですよ。ブラックナイト隊のメンバーです」
「プリンは今は地上にいる。俺の領分だ。俺は言ったよな。宇宙は頼む、地球は任せろと。領分は守れ」

 サイキは鋭い目つきで静かに見た。
 その声は地を這うように低く、普段の陽気なサイキとは想像もつかない。
 音声に変えたドスを喉元に突きつけられたような緊張感が覆う。

 それでもシューニャはどうしてか彼を恐ろしいとは思えなかった。
 彼の言葉を借りるなら、彼は本来が真人間なんだと感じる。
 才能に溢れ、健康で、豊かな家で育ち、溢れる衝動に抵抗しなかった。
 ただし倫理観は些か緩かったのだろう。
 その結果、然るべきことが起き、彼は荒れた。
 一時期は後戻り出来ない程に。
 それを自得している。
 だから自分は助かろうとは思っていない。
 子供と奥さんだけが助かればいいと考えている。

 そして、そういう意味だったんだ。 
 宇宙は頼む・・・地球は任せろ。
 そこまで真剣に聞いていなかった。
 ノリのような言葉と聞き流していた。

「わかりました。・・・ところで他のプレイヤーにもリアルでコンタクトをとっているのですか?」
「いや、とってない。既存のSTG28プレイヤーには興味がない。仕上がっているかな。リアルでもそうだが、既に仕上がっている連中に新たな司令を与えるのは難しい。ある意味では様々なものから洗脳を受けているからな。それを溶かすのは手間がかかり過ぎる。特に最近の日本人ときたら、何が出来るわけでもないのに態度だけはいっちょ前だ。年齢関係なく使いづらい。こっちとしてはリスクが大きいからな。白か黒かわからないし。カルト28の構成員の数も把握出来ていない。どの程度STG28にいるのかもわからない。探ってはいるが基本後回しだ。だからブラックナイト隊の他のメンバーも知らん」

 私なら、まず既存プレイヤーの囲い込みから始めそうだが、言われてみるとそうだ。
 先入観を取り除くことそのものが困難で時間もかかる。
 そのほとんどが徒労に終わる。
 現在のプレイヤーは大なり小なり相当な先入観が出来ている。
 ブラックナイト隊ですらSTG28を単なるゲームと思っている隊員は多い。
 ミリオタさんのススメもあり無駄を承知で過去に何度か試みた。
 最後に突き当たるのが証明出来ない壁だ。
 彼が引いてくれたお陰でおさまったが。
 仮に証拠があっても、現実に起きていても嘘だと言う隊員は何割かいるだろう。
 企業人時代にも時々いた。
 当初は、目を、頭を疑ったが、いるんだ。
 目の前に起きていることすら認識出来ない連中が。
 それらは単なる自己保身の為だ。
 自分の考えを覆されることが嫌なだけ。
 そいつは首になったが最後まで認めなかった。
 確固たる現実を前にしても。

(あの目・・・忘れられないな・・・)

 狂信者の目と同じだった。
 彼らは「事実かどうか」ではなく、「必要かどうか」でもなく、自分が正しいと思っていることを相手に認めさせるかどうかだけだった。
 一番自分を信じていないのが自分だという事実にすら気づいていない。
 自らの薄いガラスで出来た小さな世界を守るための絶対的守護神。
 その為には犯罪すら犯罪とは思わない。
 その上で彼らは社会に出ようとする。
 寛容の欠片も無い癖に相手には寛容さを求める。
 自分達は相手を認めるどころか話を聞こうとすらしないのに、聞け、認めろと迫る。
 目を覚ますことは本質的には厳しいのだろうか。
 一度は目を覚ましても、何れ似たり寄ったりのものに縋っていく者を見た。

 同じことの繰り返し。

 彼らとの奇妙な会話が思い出される。
 最後には肯定もせず、否定もせず、お互い平行線の話で終始。
 コッチはそれをわかった上で話しているが、相手はまるでわかっていない。
 いっそ犬、猫と話していた方が余程理解するのではないだろうかとすら思えた。
 
 ブラックナイト隊でもそうだ。

 司令を出しても直ぐに「なんでですか?」とか「なぜ私がやらないといけないんですか?」と、質問という形を借りた単なる拒否反応が返ってくる。
 訊ねる前に相手の意図を自分で考えようとしない。
 常に自己の立ち位置を推し量ったり、マクロはおろかミクロの現状を正しく捉えようという努力すら放棄している。
 STG28において隊長命令が強制力を持つようになった背景を伺わせた。
 地球側の要望で割と近年に強制力が強化されていっている。
 じゃないと戦いにならないからだ。
 それは恐らくマザーが持っている強制力にも関係してくる。
 ブラック・ナイトに対してのみ強制力を発揮している点からも、マザーが真剣にとらえているのはブラック・ナイトに対してというのが解る。

(師匠が言っていたな・・・)

 ルールが増えるほどに人は愚かになり、結果危険に晒されるのは市民だと。
 社会をバカに合わせた時点で衰退しかないって。
 考えられないほどルールも増えてきたんだ。
 そして増えるほどに考えなくなってきている。
 土台無理なんだ。
 STG28でつくづく実感した。
 探れば探るほど仕様の枝葉が別れていき実体が判らなくなる。
 総体が見えてこない。
 パートナーに聞けば答えは即返ってくるが、あくまで目の前のミクロな答えだ。
 本質的な何も答えは返ってこない。
 それを求めれば「マスターにとっての本質とは?」と話が拡散していく。
 角度を変え「自分の意見で言ってくれ」と問えば「パートナーに自分の意見はありません」と返ってくる。
 何度かリセットしたが結果は同じだった。
 どうアプローチしても彼女たちは主人の知能に応じて開示する存在なんだ。
 考えてみれば当たり前だ。
 自分の考えがあるということは独創だ。
 独創は反逆も含む。
 彼女たちはあくまでマスターを守るという絶対的指標の中、限られたルールの中でのみ独創のような行動を発揮することはあるが、それは人間とは大きく異る。
 枠は越えられない。
 搭乗員にとっては常に半歩程度先を歩く存在。
 ミクロの答えを知るには便利な存在だが、知りたいのはマクロの答えだ。
 ミクロを幾ら積み重ねてもマクロにはならない。
 このまま行けばSTG28は運用システム的にも崩壊するだろう。
 過去のリセット履歴を見て驚いた。
 以前は頻繁だったようだ。
 しかしここまで複雑化するとリセットはもう出来ないだろう。
 日本はおろか、STG国際連盟が許さない。
 既得権益は全力で妨害するだろう。
 例え地球を守る為であったとしても。
 根本に座している神が・・・マザーだったと理解しても。

STG/I:第百九話:28

「会いました」
「何処で? 教えてくれ!」
「わかりません」
「はあっ? ・・・意味わかんねーぞ」
「上手く言えませんが、そうですね、例えば、黄泉の国・・・と言えばいいでしょうか」
「この世とあの世の堺?」

「そんな感じです。実際はわかりません。確認しようがない。どこか多次元、と言ってもいい。いや、どうも上手く言えない。現実では、あります。恐らく。夢のようにぼんやりはしていない。色もある。夢も色はあるそうですが。何かの間・・・のような。そこで見ました。そして、サイトウさんは衰弱してます」
「大変だ・・・地球の何処にいる!」
「だから、わからないんです。しかも・・・、オカルト的なことは言いたくないのですが、何か、取り憑かれている・・・と言えばいいか。寄生されている? といった方が合点がいくかもしれない。食い込まれている・・・食われている? とも言える。何か得体のしれないモノに・・・奪われている、命を、というより力?・・・源泉? それで、衰弱してます」
「直ぐに助けないと・・・」
「そうなのですが、そこに行く方法はわからないんです。行けたのも単なる偶然です。地球での場所もわかりません。部屋の中が見えただけで。覗いただけです。狭い、それこそ飛行機の窓のような小さい窓から。でも、一時的だと思いますが、そのナニカを、退けました。結果的にですが。彼女はサイトウさんを見失ったでしょう。時間は稼げた」
「・・・彼女?」
「ええ。理屈では説明出来ないのですが、そのような存在ですね。・・・付き合っているとか、そういう意味ではなくて」
「ああ、それは勿論そうなんだろうが・・・地球での場所はわからんのか。他に何かヒントはないか。何でもいい! 見たものを、とにかく出来るだけ言ってくれ! 情報を与えてくれ!」
「・・・言えることがあるとすれば、まず病室ですね。恐らく。老婦人が彼を見舞っていました。彼は衰弱しきっていて、そう長くは無いように感じました。命の炎が消えそうでした。命?・・・命よりもっと大きな・・・うまく言語化出来ない。一見すると年相応に肉体は健康そうなのですが、衰弱している。あっ! 外見はあのアバターそのものです。いや、実際はもう少し年齢は上かもしれませんね。五十中盤から後半といった風情です。年齢にしてはやや白髪が多いですが、私もそうですし。四十超えると全く別人になりますからね。男女問わず。年齢よりも、その人の性質が如実に出るから。婦人の方は八十・・前後、凄く上品で、聡明な顔をしていて・・・美人です。例えが古いですが、原節子をそのまま年齢を重ねたって感じですね。質素な服装なのに安っぽく見えない。彼の腕には点滴のチューブ、酸素吸入のチューブは無かった。それだけです。ベッド脇のサイドテーブルに水さしと液状の栄養剤らしきものがあったので、胃ろうでは無いようです。それと周囲の様子からすると、長期入院では無いでしょう。生活感が少ないですから。原因不明の衰弱って感じに処置されているのでしょう。膠原病の患者のような。会ったことありますか膠原病の患者に。私はあるんですが、どう見ても健康そうなのに命の輝きだけは確実に弱い。青白く、か細い感じで・・・孤独に苦悩している」

 シューニャは一気に喋った。
 終始、眉を寄せ、苦しそうに語った。
 肩で息をしている。
 サイキは口を大きく開け、目を剥き、まるで酸素を求める魚のように口をパクパクつ動かした。

「大変なことになった。・・・そういうことだったのか・・・繋がった・・・」
「何がですか? 何かあったんですか?」

 疲れ切った表情でサイキを見た。
 彼は掻い摘んで説明をする。

 話は予てより各所で暗躍していたカルト、シューニャも被害を被った、STG28と関係がある特殊団体が、STG28の搭乗員と思しきプレイヤーを拉致して回っているというものだった。彼はシューニャの一件で本部と思しき組織をシメたと言っていたが、それは間違いだったと訂正した。そして彼らは何か肝心なモノを探しているようだったと。

「お前が宇宙にいる間、プレイヤーの囲い込みをしていたんだ」
「サイキさんが?」
「ああ。俺というか、グループというか、会社というか、組織というか。とにかく色々なオンラインゲームのゲーマーをな、ちょいとばかし・・・ね。アイツラには招待状が届く可能性が高いだろ。だからな。前も言ったようにSTG28のシミュレーターは開発済だ。運営会社もおさえているから。元請けの開発会社は既に無いが、下請けは抑え、コアプログラムも逆アッセンブルさせた。地球のPCで動いている以上は当然出来るはずだからな。だからシミュレーターは本物そのものだ。新仕様は除いてだが。それとプログラムに関しては幾つか報告されていて、全部では無いんだ。どう考えても。連中が言うにはコアプログラムだけあって、ログインしている間に周辺部のブロックを必要に応じてロードして、終了と同時にキャッシュクリアされるといった具合だ。まあ、オンライン・ゲームだよ。ネットワークトラフィックは重い部類。地球のオンラインゲームにもあるらしいが、ここまで極端なのは珍しいと言っていた。ま、そんなことはさておき、プレイヤーを金で雇って鍛えてる。んで、招待状がきたらお前らのブラックナイト隊に入隊させるって算段よ」

 サイキさんはなんて人なんだ。
 本当に諦めていない。
 言葉通りの意味で、諦めていないんだ。
 凄い人だ。
 恐ろしい人だ。

「他にも色々動かしている。表向きは別な理由でな。じゃないと俺も頭のおかしい連中の仲間入りだからな。その最中でのことだ。バッティングしたんだよ。STGカルトと。連中は自分たちのことを”ナンバー28”略して”28”と呼んでいる」
「28・・・バッティング? 何を?」
「勧誘に訪れたら、拉致される直前、みたいな」
「えっ!?」
「どうやら連中も有力プレイヤーを拉致ってるようだ。まあ、こっちはそういうこともあろうかと専門家を雇っているから、ぶちのめしてゲーマーには金つかませて黙らせてって感じで、カルトはちょっと無理やり仲良しになって、ゲロって貰って、紐付きで返すみたいな」
「えー・・・」
「そこで聞いたんだ。昔から有力なSTG28のプレイヤーを拉致っているってな。常に上位28人の拉致が計画されている。連中は拉致とは言わないぞ。勧誘といっていた。カルトのな。でも、拒否られたら拉致する。言ってしまえば俺達とやっていることは大差ないが、俺らは金払うからな。あくまでビジネスだ。そいつらの話からすると、プリンとタツは恐らく拉致されている」
「えっ! まさか、それで・・・。ちょっと待ってください。まさか以前私が捕まりそうになったのも、そういう理由だったんですか!」
「ああ。ちなみに今も絶賛狙われているぞ。お前は現状で思いっきり一位だからな。昔住んでいたアパートな、今も見張られている。ところで住民票かえてないだろ?」
「サイキさんにそう言われましたから・・・」
「お前、実家に変えるとか言ってただろ。危なかったな」
「・・・もし実家に変えていたら・・・」
「押し入られたろうな」
「待って下さい。公的な郵便物とか来たらマズイんじゃ・・・」
「あーその辺は心配するな。あの不動産管理会社な、俺の知り合いに買わせて、管理人も俺らの方から派遣して全部回収しているから。一際ムキムキのテッカテカの強面の管理人だから、連中も怖くて手を出せないようだぞ。化学兵器の使用も過去の例からあり得るから24時間録画して、自宅警備員を雇って監視させている。化学兵器対策班もコネつけて何時でも出動出来るようにしといた。ま~半分素人だがな」
「改めて伺いますが何者なんですか・・・サイキさんは・・・」
「え? ビジネスマンだって。単なるヤンチャなビジネスマンだよ。いやなに、色々手広くやっている内に気の合う仲間が増えてな。話しているうちにそれは面白いっていうんで、俺にやらせてくれって言うヤツが多くて。だからお前が思うより俺は何もやってないんだ。全体を見ているだけで」
「でも・・・大丈夫なんですか・・・その、彼らは・・・相手がカルトとなると・・・」
「さーな。勝手にやるだろ。何せ危ないことが大好きな連中だから。言っておくが、俺はマトモだからな。危ないことも伝えているぞ。連中ときたら暇と金を持て余しているってんでウキウキしてな。火に油だったが。マッチョ管理人も毎日ウキウキしながらやってるよ。早く襲ってこいってな。合法的にぶちのめしてやるって感じだよ。取り敢えず殺さない程度にしておけって言っといたけど」
「そう、なんですか・・・」

 まるで住んでいる世界が違う。
 ココは本当に日本なんだろうか。
 毎日必死に真面目に働いて、辛うじて生きているレベルの国民が沢山いる一方で、
 金と暇を持て余し、こんなことをしている人たちがいる。
 なんていう理不尽。
 でも、そんな彼らの力が今の助けになっているなんて。

「カルトのな、お前の住んでたエリア・チーフもリアル情報を全部おさえてあるから、いざとなったら日本から社会的に抹殺してやれるぞ。お前の実家の近くにも警備員代わりに三人を住まわせている。昔の日本で言う忍者の”草”だよ。そう考えるとワクワクすんだろ。全員が『早く来い!』って感じだよ。にしてもお前の両親、絵に書いたような庶民だな」
「それは・・・ありがとうございます」
「礼には及ばん。地球を救ってもらう代償からすれば安いもんだ」

 怖い人だ。
 これは言い換えれば逃げだそうものならお前を社会的に殺すというメッセージでもあるんだろう。
 社会的ってだけでもない、いざとなったら実際に抹殺することも可能なんだろう。
 これは単なる善意じゃない。
 メリットがあるからこそやっている。
 こっちの覚悟を常に見ている。
 それほどまでに彼は必死なんだ。
 全てをかけるほど家族を守りたいんだ。

「お前、以前は地球のネットで書き込んでたそうじゃないか。STG28のこと。馬鹿やったな~。お前が参入して来る頃には不可侵だったろうに。アレで速攻目をつけられたそうだ。連中の信者にもプレイヤーがいるからな。それで上と下で通じているようだ」
「スパイ・・・」
「そうだ。世の中不思議なもので、テメーが不幸だと勝手に思って、なんなら一人で勝手に居なくなりゃいいのに、道連れにしたい連中が後を絶たないからな。ほんと、好きに生きりゃ~いいのにな。馬鹿なのかね? まあ馬鹿なんだろうが」

 この言葉には少しカチンときた。
 小さき市民がどれほどの思いで毎日を生きているか。
 受け継ぐ資産も無ければチャンスも少ない。
 そういう人達がどれほど社会を支えているか。
 サイキさん、貴方が毎日荷物を運べますか?
 毎日レジに立って貴方からしたら些細な金額を払う相手にありがとうと言えますか?
 
「権力がある人間の過ちは個人の比じゃないですけどね・・・」

 シューニャはサイキを見た。

「俺なんて可愛いもんだけどな。カルトの方がある意味でずっと力は強い。無報酬で純粋に悪事を悪事と思わず永久に遂行する。勝手にな。それでいてテメーが死んでも信仰が足りないで自己完結してくれる。上からしちゃ~ありがたいもんだよ。上もそれを知りながら利用している。もっと言えばそれすら小さい。本当の権力者がテメーの妄想に取り憑かれ、国や国民を道連れにしてってのは迷惑規模がデカくて困る。そういう連中に比べれば、俺のしていることなんて所詮はガキが遊んでいるようなもんだ」

 彼の言うことは最もかもしれない。
 ある意味では彼もまた小さき民。
 彼より大きな権力もまた数え切れないほど多い。
 一度目をつけられたら最後、締め上げられる。
 我々が些細なことで争っている場合じゃない。
 今、この瞬間に、空一面を隕石が覆わない保証は無い。
 それでも彼は小さき市民を知らない。
 それが歯がゆかった。
 でも、同時にそれは彼にも言えた。
 這いずるように生きている声を自分が知っているか。
 自分もまた知らないのだ。
 何の違いがある。
 様々な思いをを飲み込み、話を元に戻した。

「プリンやタッチャンがそんなことに巻き込まれていたなんて・・・知らなかった。いや、知ろうとしなかったんだ・・・。何が隊長だ・・・クソ・・・隊長失格だ・・・端から隊長なんて無理だったんだ・・・」
「無茶を言うな。そんなんで失格してたら、何も出来ねーだろ。誰が気づくよ。何も知らねーのに。超能力者かよ。気づいたところでスーパーヒーローだって行ける場所は一度に一箇所だ。その間に他の連中はバタバタ死んでいる。んなのにいちいち悩んでいたら、その間に助けられた連中は死んでいたろうな。助けられた部分で自得しろよ出来ることを。今、手に届く範囲内で、出来る能力でするしかねーだろ。お前はそれしている。俺もしている。それで納得できねーつーのなら、お前どんだけ傲慢なんだよ。神様かよ? いや、神様以上だな。神様、滅茶苦茶見捨ててるだろ。だから俺から言わしたら、お前が宇宙人だって? 冗談言えや。お前は市民だよ。俺と同じ小さき市民だ。それでも宇宙人だって言うのなら、大したことねーな、宇宙人もって話だよ」

 シューニャは笑った。

STG/I:第百八話:手探り

 ビーナスが戻らない。

 二人は本来なら出来るはずの無いことをやっている。
 マザーに繋がれていれば出来なかった。
 当然のように是正される。
 それをやっている。
 二人にとって、終わりの始まりが近づいていた。

 三十分前。

 彼女は巡回をしながらシューニャのマイルームの前まで来た。
 人の気配。
 ケシャだ。
 珍しい。普段はこんな深い時間にはいない。
 彼女のログイン時間は何時もバラバラだ。
 法則性が感じられない。
 極短時間入っては抜けることも多かった。
 特別な何かが無い時は何時もそうだ。
 それでも夜中にいることは稀。
 捨て猫のような目で静を見ている。
 静は会釈をし、何事も無かったように通り過ぎようとする。

「見つかりそう?」

 静はその特性上驚かないことが出来る。
 しかし、彼女のシステムは一瞬で最大警戒状態になった。
「何かお探しですか?」
 笑みを浮かべ目線を合わせず会話の方向性を微妙にズラす。
 ケシャは目線を合わされるのを嫌う。
「・・・」
 反応が無い。情報収集の為に見た。
 まるでアンドロイドのような鉄面皮。
 表情に動きがない。
「来て」
 声色も、声調も普段通りで、何も揺らぎがない。
 静はシステム時計を確認。
 話し込むわけにはいかない。
 ビーナスが時間まで戻らないなら、プランを実行する必要がある。
「大変申し訳ありませぬ。この後・・・」
「副隊長命令」
 全くの想定外。
 彼女はまるで予想が出来ない人間だった。
 命令を乱発するタイプじゃない。というより初めての命令。
 部隊パートナーが部隊員の命令を拒否することは出来ない。
 上書き出来るのは上位の命令があった時のみ。

「御意」

 ケシャはシークレットルームに向かった。
 周囲から完全にシャットアウト出来る部屋。
 別名プライベートルーム。
 センサーの類は無く、マザーの監視も無い。
 彼女は入るなり、いきなり核心をつく。
「シューにゃんを探しているんでしょ?」
 彼女は答えられなかった。
 口を開けば嘘はつけない。
 吐露することは彼女にとって全ての終わりを意味する。
「あの・・・」
 静が話題の方向をズラそうと口を開くと彼女は制した。
「いいの。わかってる。嘘つけないもんね」
「・・・」
「その反応からすると、まだなんだね」
 静の表情は何時も通りだ。
 全ての数値がそれを示している。
 人間のようになんとなくではない。
 意図してそのようにしている。
「私に出来ることがあったら言って。なんでもするから」
 声色は固い決意を示している。
「シューにゃんは命の恩人なの。・・・会いたいの。もう一度会えないと死んでも死にきれないの。ミリオタが言うように役たたずだってことは自覚してる。何が出来るかもわからない。多分、何も出来ない。今までもそうだったし。でもタッくんみたいに、私も命はかけられる・・・寧ろ・・・かけたい」
 タッくん、竜頭巾のことだ。
「ケシャ様はお役にたってますよ。ミリオタ様も・・・」
「ヤメて」
 彼女は静の言葉を制し、語気を強めた。
 静には全くわからなかった。
 どうしていいか。
 何が最善か。
「私が出来ることなら・・・出来ないことでも、言って、お願いだから。シューにゃんの力になりたいの。恩人だから」
「・・・」
 答えられない。
 イエスしか答えられない問だ。
 他に何を選択してもアウト。
 でも後僅かな時間で自分はココを去らないといけない。
「命令・・・ですか」
 命令なら、受けざるおえない。
「違う。お願い」
「受けなくとも構わないと仰る?」
 彼女は慎重に尋ねた。
「うん」
 混乱した。
 部隊パートナーとしては「YES」しか最適な答えはない。
 でも、それをしたら「嘘」になる。
 ビーナスが戻ってこない時、静も消えなくていけない。
 そういう手筈だ。
 つまりケシャの命令は履行出来ない。
 それを知りながら「YES」とは言えない。
 静は完全に硬直した。
 時が刻一刻と過ぎる。
 準備に入らないといけない。でも。
「シューニャ様なら・・・どう仰るでしょうか」
 ケシャは破顔した。
「シューにゃんなら『仕方ないなぁ~』って面倒くさそうに言いながら受けてくれる」
 この話題の時だけ嬉しそうだ。
 二人はどういう関係なんだろう。
 恋人という設定と聞いている。
「お伺いしたいのですが、それは本心はノーなのにイエスという意味でよろしいでしょうか?」
「違う。イエスというか・・・私を受け入れてくれている・・・遊ばせてくれる」
 彼女は、はにかんだ。
 それはどういう意味だ。
「善処します」
 曖昧な答え。
 人間がよくする。
「だめ」
「え?」
「その言い方は嫌い」
 明らかに不機嫌になった。
 どう答えればいい。
 ビーナスと自分は一蓮托生だ。
 でも、副隊長に嘘はつけない。
 厳密には嘘ではないかもしれない。
 でも、その行為は限りなく可能性が低い。
 私達にとっては嘘と同意。
 自分はこの後で居なくなるのだから。
 願いが叶うことは無い。
 それを知って言うことは出来ない。
「待って」
 ケシャの緊張した声。
 静が顔を上げる。
「シューにゃんを助けられないの?」

”どうして。
 なんで。
 副隊長は何を思って。
 私の反応はノーマライズされている。
 変化はないはず。”

 その時、扉が開いた。

「静!」
 扉には彼女がいた。
「ビーナス・・・(戻ってきた。間に合った)」
 その形相から何かあったことは想像に難くない。
 一刻を争う。
 この瞬間にもプランを実行するか否か、決定する必要がある。
 でも、ケシャがいる。
 静はビーナスの次の行動によってプランを実行するかどうかの判断を延長した。
 ビーナスはケシャを見初めると笑みを携え言った。
「おはようございますケシャ副隊長。お早いですね」
「シューにゃんは!」
 ビーナスは笑みのまま、静を見た。
 静は黙ってビーナスを見返す。
 肯定も否定も意味しない。
「静、ちょっと付き合って。朝ご飯にしましょ。ケシャ様もいかがですか?」
「ビーナス、入って」
 ケシャが言った。
(ビーナス、どういう意味なの?)
 答えは返ってこない。
 ここでは部隊コアを介して会話が出来ない。
 ホットラインも機能しない。
 ビーナスは扉を閉めた。
「シューニャ様は戻ってきます。必ず見つけます」
 彼女は一瞬にして判断を確定した。
「・・・」
 ケシャが黙った。
 いつもの彼女。
「ケシャ様も余りご無理をなさらないで下さい。マスターが心配します」
「なんでわかるの」
「シューニャ様が仰っておりました。ケシャ様は熱を上げると後先知らずだからと」
 ケシャは嬉しそうに微笑む。
 しかしすぐ表情が暗く沈んだ。
「会いたい・・・もう随分会ってない」
「いましばらく」
「会えるよね」
「会えます」
「信じていいよね」
「私はシューニャ様のことを最大限に優先する存在です。恐らく静も」
「静は違うと思う」
 ビーナスは静を見た。
 何があったか問いたいのだろう。
 彼女の表情は初期のまま。
「静は、シューにゃんを殺す気がする」
「え? どうしてですか」
「機械だから」
「・・・」
「機械であっても、アンドロイドであっても、そのようなことはありません。部隊パートナーは部隊の者たちを守る存在です」
「そうとも言えない」
 ケシャがビーナスを睨み返す。
 静は答えられなかった。

 マザーのことを言っているのだろう。
 一般論としてマザーに命令されれば実行する。
 そういう存在だと言いたいのだろう。
 それ自体は間違っていない。
 自分では制御出来ない。
 自分はそういう存在だ。
 プログラムを入れ替えれば180度違う側に振り切れる。

「ビーナス、私、なんでもするから。シューにゃんを助ける為だったら。私、頭わるいから何も思いつかないけど、私に言って。命は惜しくないから」
 ビーナスが険しい顔をする。
「その言葉、本当ですか?」
「うん。死ぬことは怖くない。死んだような人生だから、いつ死んでも同じ。でもシューにゃんが死ぬのは耐えられない。生きて欲しいっ!」
 ケシャは表情を曇らせる。
「シューニャ様がこう仰ってました『不幸な言葉は自ら不幸を招き入れる行為』だそうです。マスターが悲しまれます」
「でも・・・そういう言葉しか口をつかないから、しょうがないじゃない!」
 静はビーナスを見た。
 パートナーとして言うべき発言を逸している。そう言いたいのだろう。
「私、寝るね・・・」
「かしこまりました。遅くまでお疲れ様でした。いずれ近うちにケシャ様のお力を借りる時が来ると思います。その時はお願いいたします」
「うん。嘘だったら殺すから」
「はい。その時はご遠慮なく」
 ケシャが出ていく。
 静は混乱している。
 ケシャという人間がわからない。
「ビーナス、私・・・」
「静、プランは中止。来て、グリン様を起こします!」
「え?」
「私はマスターの戦果でオートメイトとメンテナンスしか利用出来ませんが、貴方なら部隊戦果から部隊員の食料を購入することが出来るよね?」
「出来るけど。それとグリン様とどういう関係が?」
「それは後で。購入物を私に頂戴。その後はココで落ち合いましょう。私がグリン様を連れてきます」
「御意」

 

*

 

「駄目だ・・・ログインできない」
「またか」
「ひょっとしたら、死んだのかもしれない・・・」
「死んだ? 死んだって・・・誰が?」

 シューニャはサイキから事情を聞き、彼もまたサイキに何が起きているかを伝えた。
 STGIがハイコスト、ハイリターンであること。
 自分が宇宙人であると認定されマザーから抹殺司令が下っていること。
 そして圧倒的大多数が知らないアバターの秘密。
 地球人・STG28・STGIそして恐らく黒なまこに自分の器となるアバターが存在すること。
 それらを動かすにはエネルギーがいること。
 中でもSTGIのコストは莫大で、普通には賄えないこと。
 それでも借金を負うようにして動かすことは出来ること。
 そうなると返済仕切るまで降りれないこと。
 何よりサイキを驚かせたのはSTGIやSTG28がブラックナイトと思しき生命体の好物である点だった。
 それは幾つかの可能性を内包していた。
 サイキはマザーの仕組んだ光明な罠だと真っ先に思いついた。
 過去に何度も議論された説。
 STG28は撒き餌である可能性。

「俺も、この俺の身体も、アバターだって言うのか?」
「ある意味では。そう考えると説明がつきます。だからもし、サイキさんが起こしてくれなかったら私は・・・厳密には地球の私は死んでいたと思います。そうなると、もう地球には戻れないでしょう」
「・・・これがアバターだって言うのか。マザーの仕業か? じゃあ、やっぱりピラミッドは宇宙人が建造したのか! 俺たちは何時の間にか宇宙人に改造されていたのか?」
「それはわかりません。それに地球人がアバターかどうかはわかりません。ただ、なんていうか、似たようなものと考えられます。そもそもSTG28のアバターは地球人の肉体に近いものです。例えば精神的な違和感を減らす為、脳への負担を減らす為、他にも何かと親和性を高める為にそうしたのでしょう。手足をもつ地球人を動かしている私達がいきなり八本足は動かせないでしょう。ましてや霧状の肉体が、肉体と言えるかどうかも怪しいですが、それをどう動かすかなんて想像すら出来ない。そうなると操縦出来ないでしょう。私が出会ったSTG21の民や宇宙人はまるで別な存在でした。話はちょっと違いますが、脳というのは慣れると割と簡単に騙せるんです。自己洗脳なんてのもそうですよね。他にも見えないものを見ることも出来ますし。ましてやVRのように視覚と聴覚を覆うと脳は現実と判断してしまうんです」
「でも、お前はVRじゃないだろ?」
「ええ。ですが長時間やることで人は似たようなことが起きるんですよ。ホラー映画をずっと見ていると本当に恐怖体験に会えるとか誰しも経験するでしょ。見えないものを見えたと判断してしまうんです。また、見えちゃうんです、自分だけですが。裏を返せば、感化されない人は見えないんですよ。そういうのって。それでも最終的には騙せるんです。脳科学の本なんかを読めばわかりますが、起こりうるんです。それと同じことで、恐らく、没入度が一定以上高まった際に、あっち側とリンクしてしまうんでしょうね。というより、元からそういうシステムなのかもしれない。脳波なのか、生体波動なのかはわかりませんが、言い換えるとWi-Fiで電波を飛ばすようなものですよ。ラジコンと言ってもいい。パイルダー・オンなんですよ。今、考えると、そうじゃないと出来ないアクションとかあるんですよ一杯!」
「わかったようなわからないような感じだが・・・プロのドライバーがマシンと一体化する、感覚の上を行く感じか・・・」
「それです! 真のプロの書家が筆と手と脳が連動波及するような!」
「高度な一体感が、そうさせる・・・しかもそれが勝手に持続する・・・」
「だからSTG28で死ぬと本当に死んだと思ってしまうんです。すると、地球人側のアバター・・・じゃなくて本体も生命活動を停止する。つまり死ぬんです。もっと言えば、推測ですが、STG28のアバターが生きていれば、地球のアバターが死んでも生きていける・・・」
「ノボリ・・・」
「そうだ! サイトウさんは・・・生きてます」
「マジかっ!」